【暗殺計画 ソールズベリ】変化の時

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 65 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月25日〜05月05日

リプレイ公開日:2005年05月01日

●オープニング

 ギルドのカウンターに座った大司祭は、懐かしそうに周囲を見回した。
「私も若い頃は、冒険者として仕事をしたものじゃ‥‥。こういう活気の溢れる所に来ると昔を思い出してワクワクするのお」
 楽しそうな大司祭と反対に、冒険者達の顔色はあまり良くは無い。
「‥‥説明していただけますか? 大司祭殿」
 やがて冒険者の一人が睨むように、一人の老人に声をかけた。
「あの手紙は一体? 何をお考えなのです?」
「病み上がり、というか怪我が治ったばかりの老人に、冷たいのお?」
 泣き真似をするような老人だったが、周囲の視線は冷たい。声もまた冷たい。
「大司祭! 我々がどれほど心配したと‥‥」
「怪我なんて‥‥毒が消えてしまえば小さなものではないですか? それなのに何故重傷などと‥‥」
 苛立ちを隠しきれなくなって声が粟立って来る。そろそろ潮時かと、彼は椅子からゆっくりと降りた。
 冒険者の方に真剣な目を向ける。
「私はな、大掃除が、したいのじゃよ」
「は? 大掃除?」
 思いがけない言葉に眉を動かし、目を瞬かせた冒険者に大司祭は続けた。
「そなたらも気が付いておろう? 今回の襲撃を犯人に命じたのはおそらくは司祭長のはずじゃ」
「気付いておられたのですか?」
 少し驚いた目の冒険者に大司祭は小さく頷いた。
「あやつは教会権威主義に凝り固まっておってのお。赴任した頃からまったく変わらん。まさか、私を殺そうとするほどの実行力があるとは思わなかったがな‥‥。なまじ長くセイラム教区を受け持ち、なまじ影響力が有るゆえ、やっかいでのお」
「‥‥じゃあ、まさか、今回半ば無理やりキャメロットに来たのは‥‥」
 この問いかけに返事は無い。だが、にやりという擬音がしそうな笑顔が頬に浮かぶ。
「私が死んだ、となればいろいろ後始末が面倒になるが、重傷。大司祭赴任まで全権を、ということになれば、まあ隙を見せて好き勝手始めるじゃろう。そこを付いて、と思っておる」
「まさか、お一人でやるおつもりで? 例の犯人もまだ目的を達してはいないから、襲ってくるかもしれませんよ」
「おや、手伝ってはくれんのか? ライル殿の依頼は私をセイラムまで送り返すまでが依頼なのであろう?」
 ニッコリ。微笑む老人の笑顔は底知れない。思わず口をついた言葉が吐き出される。
「‥‥ぬき‥‥」
「ん? なにか言うたか?」
 いいえ、と首を横に振った冒険者に老人はそうか、と頷き今度は殊勝な顔になる。
「まあ、無理は言わぬ。だが、これもセイラムの街の為じゃ。私は教会を変えたいのじゃ。力を貸しては貰えぬか?」
 そう言われて駄目、とはなかなか言えるものではない。
 まして、老人の頼みである。そこまで考えに入れているとしたら‥‥
「やっぱり‥‥狸‥‥」
「ん? どうした?」
「いいえ、何でも」
 首を振った冒険者に老人は、そうかと、頷き最後にまた、悪戯っぽい笑顔を見せた。
「私をどうするか、とか、どう追い詰めていくか、とかはそなた等に任せよう。私は、全ての証拠が揃うまで隠れていたほうか。逆に変装でもしてひっかき回すか? 囮になっても良いぞ」
「大司祭!」
 自分の子ほど、孫ほどの冒険者達に怒られて彼は肩をすくめたのだった。


 ソールズベリのライルから届いたシフール便をギルドの係員は冒険者達に渡した。

『建材商人についての調査』

 そう始まった羊皮紙を係員は読み上げた。冒険者に頼まれた調査である。
「キャメロット出身の建材商人。家族は妊娠中の奥方が一人‥‥。最近ソールズベリに移動してきた。石材の流通から始まり、いろいろな仕事で手を広げてきた。建設においては今回が、初めての大きな仕事。随分とこれに賭けているらしいが‥‥怪しい噂もあるらしい。と書いてある」
 底辺層から這い上がってきた。金儲けの為に手段を選ばないと言われている。などを冒険者に告げたあと、係員は最後の数行で、読むのを止め、そこを無言で指し示した。

『現在、私自身は商人の変更を望んではいない。意見会を開催し、現商人を交えて会談を行おうと考えている。だが教会の建設の最終決定権は、あくまで教会にあり、今月末の最終審査において正式に移行が決定されそうである』

「さて、どうする?」
 係員は口火を切った。
「確かに、これはチャンスかもしれないな。教会建設にまつわる影を掃除して、怪しい奴らからボロを出させる‥‥。だが、大司祭の依頼を受けるとなると、今回は領主にも内緒か、演技してもらうかしないと拙いし。勿論、逃げたあの暗殺者が依頼を果たそうとすることはあり得る。っていうか確実に来るだろう。大司祭の護衛と、彼にどうさせるか考えて‥‥。やる事はまた山盛りだぜ」
 元々の依頼である暗殺計画の原因が、教会建設にあるとするならば‥‥今回の事を捨てておくわけにもいかない。
 意見会などで、何か動きが出てくるかもしれないとも思う。
 しかし‥‥。
 悩む冒険者に大司祭は説教の口調で語る。
「なすべきことが沢山あるのなら、一つずつ片付けていくことだ。そうすることで、確実に問題は減っていく者のだから‥‥」
(「誰のせいで?」)
 少なくともやるべき事を一つならず増やしてくれた依頼人の言葉を聞きながら、‥‥そんなことを思いながら、冒険者達は考えようと思った。
 今、するべきことと、何をするべきかを‥‥


「随分楽しそうだね。依頼、しくじったのに」
「‥‥元々、お金の為にやっているわけじゃないの知ってるでしょ? 捜していたものが見つかったのかもしれない。確認の為のチャンスは‥‥多いほうがいいわ♪」
「まあ、僕は、面白ければそれでいいけどね‥‥」
 旅支度の冒険者を見つめる二つの影は、そう小さく薄ら笑っていた。

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0904 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1314 シスイ・レイヤード(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea1501 シュナ・アキリ(30歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4202 イグニス・ヴァリアント(21歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

 魔法使い風のローブを子供のように翻し、老人は嬉しそうにくるりと回る。
「ほっ、ほっ。変装か‥‥楽しいのお」
「大‥‥バーナバス殿。自分の状況を、解っておいでですか?」
(「怒鳴りたい、怒りたい」)
 そんな衝動を感じているのかいないのか‥‥御蔵忠司(ea0904)は楽しげな大司祭バーナバスに厳しい口調で告げた。
 ‥‥すまない、と謝る表情は少しだけ、しおらしさが見える。
 少しだけ。
「まったく。我々がどんな思いをしたか‥‥解っておいでなのですか?」
「タヌキだねえ‥‥、ま、そう言う御仁は大ッ好きだぜ」
 そう言ったシュナ・アキリ(ea1501)ほど、寛大になれなかった忠司の横でイグニス・ヴァリアント(ea4202)の顔にも笑みが浮かぶ、それは苦笑と呼ばれるものではあったが‥。
(「全く、やってくれる‥‥。だが、同じ事は繰り返しはしない‥‥絶対に‥‥」)
 周囲への警戒を怠らないイグニスの向こう。ギルス・シャハウ(ea5876)は大司祭の話を聞いていた。
 若い頃の話、冒険の話。話術が巧みなだけあって、話半分に聞いてもなかなか面白いものだ。
 ただし、彼も警戒は怠らない。周囲を不規則に飛ぶのは飛び道具の軌跡を邪魔する為だ。
「冒険者風の変装も夜間に街に入るのも、恐らく暗殺者には簡単に見破られるでしょうけど‥‥。司祭長の目だけでも誤魔化す必要がありますからね。ライル卿は、協力してくれるでしょうから」
 シエラ・クライン(ea0071)は考える。先行したエリンティア・フューゲル(ea3868)の連絡が通っていれば、オールドセイラムでタウ老も協力してくれるだろう。
 目に見える者は、仲間以外は全て暗殺者に見える。これが、暗殺者の狙いだとしたら、恐ろしいものだ‥‥。
「とにかく、一刻も早くセイラムに」
 冒険者達の足は速まる。老人の足には辛かったかもしれないが、流石の大司祭も文句を言いはしなかった。

「ったく! 一人で勝手な行動すんなって。また死にかけたらどうすんだよ? シスイ」
「すまない‥‥迷惑をかけるな‥‥」
 自分より遥かに小さな相手にシスイ・レイヤード(ea1314)は軽く頭を下げた。
「別にいいんだよ。仲間なんだから。‥‥ほら、次行こうぜ!」
 ぽん、と肩を叩いてキット・ファゼータ(ea2307)はシスイを促し、歩く。
 キャメロットの街で建材商人の噂などを調査していた二人だった。
 調べれば、調べるほど黒い噂がとぐろを巻く。
 元は貧民街の浮浪児で、商人に養子とは名ばかりの使用人として引き取られた。
 その後、病死した商人の跡を継ぎ、石材商から身を起こしかなりの成功を収めたという。
「金が、この世の全てだ。金さえあれば、ってよく言ってたよ。石材に紛れさせていろいろヤバイもんを運んでるって噂もあったしね」
「邪魔する奴は、結構病死とか、事故死とかしてたり‥‥」
「でも、奥方と出会ってからちょっとだけ変わったんだよな。彼女も貧しい家の出らしいけど‥‥」
「ソールズベリに行ったのは‥‥奥さんの故郷ってのと‥‥あと、いろいろ悪い噂があるからだろ? 恨みに思っている奴もいるし」
 奥方の為に場所を変えた、というところだろうか?
 良くない噂だけは、山ほど集まった。その中、一つ気付いたことがある。
「この商人、家族は大事にしているんだな?」
 ‥‥卑怯かもしれないが、突ついてみる価値はある。意見会までは時間も無い。
 ブーツを履き替えたキットの横でシスイは箒に跨る。
「油断するなよ?」
「解っている‥‥」
 間に合うか‥‥彼らは滑る様に、飛ぶように街道を行く。仲間達に遅れる事数日。意見会まであと2日。

 建材職人は店を構えているわけではない。一般人に小売をするような場では無いからだ。
 だから、セイラム領主、ライル・クレイドの呼び出しに応じて人前に滅多に顔を現さない彼が出てきたのを見て陸奥勇人(ea3329)はポンと横にいた青年の肩を叩いた。
「どうだエリック。司祭長と話をしてたのはあいつか?」
 少し考えるようにしてエリックは
「多分‥‥」
 と頷いた。顔は隠れていたが雰囲気や仕草は似ているようだ。と‥‥。
「そうか‥‥なら、ちっと領主さんにもご協力ってのを仰ぐかね」
 頭をかきながら勇人が呟いた言葉はエリックには聞こえず、首を傾げた。

 彼女は外套を被り、周囲を見回る。
 顔が見られないように、不審人物が近づかないように‥‥。
 だが、皆から離れたことは、有利にもなるが不利にもなるのだ。まして、一人では。
「こんにちは」
 かけられた高い声に彼女は振り向いた。
 そこにいるのは、子供‥‥?
「お姉さん? 遊びましょ?」
 一瞬対応が遅れた。そして‥‥
「‥‥うっ‥‥」
 手に針を刺したような痛み、そして襲う激しい睡魔。抗えない程、強く‥‥。
「眠ってて? 永遠に、でもいいけどさ?」
 微かな寒さ。服を奪い取られた感覚?
「‥‥くそっ」
 遠ざかりかける意識の中、彼女は必死にバックパックに手を伸ばした。

 トトン。
 軽いノックの音。
「どなたです? 大司祭さまは面会謝絶ですよ。誰にも合わせません!」
 槍を握り締めたまま、扉の向こうの様子を伺う忠司に聞きなれた仲間の声がする。
「私です。明日は意見会。大司祭様を、お連れしないと‥‥」
「シエラさん‥‥解りました。宜しいですか? 大司祭様?」
 頷いて、大司祭はローブを被って立ち上がった。
 慎重に扉を開き‥‥そこにいる仲間を確認する。
 闇の中、小さなカンテラの灯りだけを頼りに彼らはゆっくりと、古い街並みを歩いていった。
 闇に紛れての移動をと提案したのはシエラだった。
 先頭を歩くのは忠司、シエラとギルスが側について離れず、背後をイグニスが守る。
 街道から少し離れたところでマントが動くのは、シュナのはずだ。
 足元の花。空を飛ぶ梟。目に見えるもの全てが暗殺者に見える。
 細心の注意を払って警戒していた彼らの向こうに、街の明かりが見えてきた。
「もうすぐです。気を引き締めていきましょう」
 大司祭の真上を飛んでいたギルスは、ふと近づいてきた影に気付いた。
 冒険者達は身構えるが‥‥、武器を下ろす。
 マントに顔を隠した、彼女はシュナだ?
「どうしました? 何か、怪しい人でも?」
「いいえ、あと少しだから近くでの警護を優先しようと思って‥‥」
 ! ギルスの表情が変わった。小さく呪文詠唱を始める。
 だが、その呪文が完成する前に『シュナ』の指から魔法が放たれたのだ。
「うわあっ!」
「ギルスさん!」
 忠司は慌てて地面に落ちたギルスを抱き上げる。逆にシエラは大司祭の前に立ちふさがり追い出されるように『シュナ』は一歩後ろに下がった。
「! させません!」
「やらせん!」
 イグニスが両手のナイフを閃かせて、一気に間合いを詰めようとする。その時!
「影に、気をつけて!」
 そう告げたギルスの言葉どおり『シュナ』のマントの下から銀色の淡い光が飛んだ。
「べ〜だ!」
「な、なんだ?」
 睡魔がイグニスの脳に襲い掛かる。それを何とか交わしたときには『シュナ』は横飛びに移動していた。
 そこからナイフが大司祭に飛ぶ‥‥。
「待ちやがれ!」
 石が当たり、微かにナイフの軌道をずらした。地面に突き刺さったナイフと、やってきたシュナにもう一人の『シュナ』の目が瞬く。
「あら? 良く動けますこと?」
「あ、あたしの顔で、そんな喋り方すんな!」
 息を切らせて駆け込んだ彼女に向かって、何故だか『シュナ』はニッコリした。
「フフ、なかなか有望ですわね。今日のところは退いて差し上げますわ?」
「逃がすか!」
 シュナが投げたナイフは空を切った。彼女の体は地面に吸い込まれるように消える。
「何?」
 残ったのは地面にふんわり落ちた、シュナのマントだけ。
 彼女は闇に消えた。
 ひょっとしたら、ムーンフィールド。そう冒険者達が気付くまでには暫しの時間が必要だった。
  

 朝早く、領主ライル・クレイドは冒険者を伴ってやってきた。
 招き入れられた部屋には、セイラムの街の建材商人が新たに選ばれたという建材商人が向かい合って座っている。
 領主と冒険者の席もその側に設えられ、やがて約束の時間を少し過ぎて、司祭長が入ってきた。中央の椅子に座る。元大司祭の席に。
「御領主様には、お忙しいところお越しくださってありがとうございます。では、これから教会建設に関する意見会を行いたいと思います」
 言葉にいくつもの棘を感じながらも、誰もそれを口には出さずにまずは司祭長の話を聞いた。
「まずは‥‥建材商人の変更に関する根拠について‥‥」
 話は現建材商人の問題点が並べられる所から始まり、教会側の意向として新しい建材職人に変更をしたい。という予想通りの展開になった。
 予算の無駄遣い、経費のロスなどが根拠としてあげられたが、裏付ける証拠は提出されなかった。
「我々は、品物に見合う適正な価格をつけています。その点に関しては何一つ、恥じ入る所はありません!」
 現建材商人の意見をサポートするように領主も意見を述べる。
「教会建設は、地元の重要事項だ。地元の商人を使い、早く的確に作るのが良いのではないか?」
「おやおや‥‥」
 今まで黙っていた新しく推挙されたという建材商人が口を開く。挑発的な口調で彼は言った。
「随分と、御領主様の信用が厚いようで。ですが、田舎商人などよりはキャメロットでの最新技術や工法を取り入れることができる我々の方が、より良いものをご提供できるでしょう?」
「ですがぁ、それではかなりの費用がかかるのではないですかぁ?」
 ニコニコと微笑む冒険者の言葉に司祭長は顔を顰める。領主の友人と招かれた冒険者の一人、彼はエリンティア・フューゲルと名乗って話しの腰を折った事を詫びた。
「費用など‥‥教会の資金と、教区から徴収した税を使用すればよい。教会建設は街からの要請でもあるので御領主様からも出して頂けるはずでしたな?」
「現在は街移転に伴いその経費の投入を控えたい、と告げてあるであろう?」
「何のことでしょう?」
 司祭長は首を振って、そら惚けた表情を作った。
「そのような話を聞いてはおりません。大いなる神に相応しい教会を作る為にはやはり先立つものが必要ですから‥‥」
「ほんの僅かの金を出し渋って長い年月の栄光を無駄にするとは‥‥人の上に立つ方とは思えませんな?」
「教会建設を見直し、より良いものにする必要がありますな。その為に教会側としては、建材商人の交代は必要と考えます。よって‥‥」
「ちょっと待ったあ。せっかくの意見会だ。ひとつ寛大な神の御心に免じて、俺たちにも意見を述べさせて貰えねぇか」 
 今まで席を外していた勇人の登場と言葉に失礼な‥‥と呟きながらも司祭長はその発言を認めた。
「まずお伺いしたいのですが、それ程華美にする必要があるんですかぁ、一体誰の為の教会なんでしょうねぇ? 相変わらず教会本位で救いの手がなかなか届かないと言う話も聞きますぅ。神様は必要なんですかねぇ?」
「何を無礼な! 神なくして人の幸せなどありえぬ!」
「なら、税金を払わされる人々は教会を作って『幸せ』なんですかぁ?」
「教会の威光とは建物の立派さに由来するのか? 立派な建物が無くては金が無くては人はついてこないのか? 金が無ければ幸せになれないのか?」
 畳み掛けるようなエリンティアと勇人の攻撃に、司祭長は顔を真っ赤にした。爆発寸前。だが、それより先にこちらが爆発した。
「金が無い者に、幸せなど無い! 神とて金が無いものには助けなど差し伸べてくれぬのだ!」
 それは、建材商人の爆発した思いだったのだろうか? 微かに瞬きした後、エリンティアはさらに言葉を突き立てる。
「外見ばかり繕っても中身が無ければただの箱ですぅ? お金を使って箱だけ作っても、何の意味も無いと思いますがねぇ」
「‥‥だ、黙れ! この教区の責任者は私だ! 大司祭の遺志を継いでこの地に教会を建設する。それはもう決定と‥‥」
「誰の遺志じゃ? ワシはまだ、死んではおらぬぞ‥‥」
 静かな、だが深い声に部屋の全員が振り返った。
 そこには冒険者に支えられて入ってきた大司祭の姿があった。
「大司祭‥‥どうして?」
「‥‥まさか、こんなことが‥‥」
「さあて、大司祭様は確かに暗殺者に狙われたが、こうして今は無事だ。さて、それじゃ黒幕は? 大司祭様がいなくて一番誰が得をするか‥‥どう思うよ、司祭長さん」
 勇人の言葉に司祭長はがっくりと項垂れた。新建材商人になるはずだった人物も頭を垂れる。
「さてもワシの留守に勝手をしおったのお。司祭長。職権乱用につき、汝を大司祭の名において更迭する。‥‥申し訳ないが、今回の話は無かったことにして貰えるかのお?」
 前半の言葉は厳しく司祭長に、後半の言葉は優しく、項垂れた建材商人に大司祭は告げた。
 明確な証拠があるわけでもない。作ったわけでもない。これ以上の追求は難しいだろうと冒険者も思った。
 神聖騎士に連れ出された司祭長を見送った後、建材商人は黙って立ち上がった。帰り間際シフールがふんわりと飛んでその耳に囁く。
「生まれてくるお子さんにも、自分のような人間になって欲しいですか?」
 彼は足を止めず‥‥部屋を、教会を黙って後にしたのだった。


 更迭がきっかけとなり、司祭長が建材商人から賄賂を貰い、商人交代を企てたことが発覚した。
 キャメロットから戻った冒険者達の情報から建材商人が闇に通じていたとことも知れ、改めて商人交換は白紙となった。
 司祭長はセイラムから離れ、新たに若い司祭が大司祭の補佐に立つことになった。
 教会建設も、人々や領主と共に新たに作り直していくという。
「権威ばかり振りかざしていたら誰も認めてくれませんよぉ、人々に認めて欲しいのでしたら教会側が人々を思いやって手を差し伸べてからではないですかぁ?」
 大司祭は、その言葉を忘れる事は無かったという。
 かくて、教会建設に纏わる陰謀は、幕を引いた、かに見えた。


 闇の中で声がする。
「なんだい? 暗殺が失敗したなんて文句を言って貰っちゃ困るよ。冒険者の相手なんて契約範囲外なんだからね」
「それは、もういい‥‥‥だが、金を出した以上仕事はして貰う。邪魔をした‥‥冒険者達を殺せ!」