【魔法使いの一族】始まりの日 水の願い

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 58 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月20日〜04月30日

リプレイ公開日:2005年04月28日

●オープニング

 聖職者が祈りを捧げる。
 遺跡が取り囲む町、エーヴベリー。
 町全てが今、涙に濡れていた。
 ‥‥生前、彼女は慕われ、愛されていた。
 墓地に集まる人々の祈り、涙。
 たった一人の女性に、それは捧げられていた。
 誰も、言葉を発しない神聖な静寂の中に‥‥その声は響き渡った。
「‥‥待て!」
「‥‥カイン? よくここが‥‥」
 棺にもっとも近かった男が声の主に声をかける。バックパックを投げ捨て、剣を放り投げ青年は棺に寄り添った
 葬儀を司る司祭は顔を顰めるが止めはしない。誰も‥‥。
 棺の蓋を開ける。
 雪のように白い肌の女性の動かない顔がある。
 生前、どれほど美しくこの顔が笑ったか。優しく微笑んだか。
 青年は声を上げて泣いた。
「‥‥母さん」
 母の唇は答えてはくれなかった。


「殺された? 母さんが? 誰に?」
 葬儀が終わり、遺族だけになった館の一室で声は上げられた。
 部屋の中の影は5つ。だが驚いた声は一つ。他の影は沈黙する。
 一つの影が、答えるまで。
「解らん。今、自警団が調べている。いずれ犯人も知れるだろう」
「いずれって、マイト兄! 自分で調べようとは思わないのかよ。母さんの敵を、取りたくないのかよ!」
 剣を帯びた若者は、黒いローブの男性に掴みかかる。胸倉の服を彼は遠慮なく掴むが、マイトと呼ばれたウィザードの青年の方が背が高く力も強い。弟の手を彼は軽く払って弟の目を見た。
「黙れカイン! 母さんの死は、悲しいし、辛い。だが、今、俺にはこの家の家長として、やるべきことがな‥‥」
 カインと呼ばれた若者は顔を背けるが、逆に椅子から立ち上がり兄を見つめた者がいる。
「ちょっと待てよ! いつ、兄貴がこの家の家長に決まったんだ。母さんは言ってたろ。この家は魔法使いの家系。年なんか関係ない。一番相応しい者がこの家を継ぐ、って!」
「そうよ。確かにマイト兄さんが一番年上だけど‥‥こと魔法に関しては私だって負けていないもの。私だってこの家を継ぐ権利があるわ!」
「‥‥ウィン、ファーラ。お前達‥‥」
 立ち上がった男と女はそう言って、手を広げた。長兄であるマイトが口を開こうとするより早く、カインが今度はマイトを守るように二人の前に立つ。
「ウィン兄! ファラ姉! 何を言ってんだよ。この家を‥‥って、今はそんなことを言ってる時じゃねえだろう?」
「今だから、だ。俺達サーガ一族は古くから、この町を支えてきた。人々を守り皆から慕われて来た。母さんのように俺も。そうなりたいと思って何が悪いんだ」
「そうよ‥‥。私だって‥‥母さんのようになりたい。その思いで辛い修行だって耐えて来たの。兄さんでも、譲れないわ!」
 挑むような目がマイトに向けられる。マイトはその視線から‥‥目を逸らした。
「それに‥‥兄貴は」
「兄貴がどうしたって言うんだよ! はっきり言えよ!」
「カインは黙ってて! 魔法も使えないくせ‥‥」
「ファーラ!」
 今まで、黙って話を聞いていたマイトはその時初めて声を荒げた。本気の怒りを浮かべた兄にファーラは小さく背筋を震わせ‥‥フン! と顔を背ける。
「‥‥私だって‥‥聞いているんだから。兄さんが、何をしているか‥‥。私は、兄さんなんかに負けないもん!」
 杖だけを掴んで、ファーラは部屋を飛び出て行った。後を追ったのか‥‥部屋を逃げ出した長姉の後に次兄も黙って部屋を出る。残して行った視線は、友好的なものでは無い。
 閉ざされた扉を見つめていたカインは、拳を握り締めた。その手のひらから、ぽたぽたと血が流れ落ちる。
「カイちゃん‥‥止めて。剣が‥‥持てなくなっちゃうよ」
「‥‥ララ」
 今まで部屋の隅で怯えるように黙っていた少女が、カインの手をそっと取った。ハンカチを取り出して傷に巻くその少女はカインよりも少しだけ、年下に見える。
「ララ‥‥。お前は‥‥」
 疑問を問いかけられる前にララは首を横に振った。強く、強く。
「ララは、何も聞かない。何もしないし、何も欲しくない。ただ‥‥母さんの為に祈るの‥‥」
「‥‥みんな、みんな、どうかしてるよ! 母さんがいなくなった、っていうのに、殺されたっていうのに、そうして‥‥!」
 握られたララの手を払い、カインは歩き出した。部屋の隅に置いてあった剣と、旅支度のバックパックを背負いマントを身につけて‥‥。
「カイン! どこにいくつもりだ!」
 マイトの言葉にカインは振り向かなかった。背を向けたまま彼は答える。
「俺は、俺のやり方で母さんのことを調べる。そして、真実を突き止める‥‥この家の、兄ちゃん達の力は借りない」
 苛立ちに濁った声で、それだけ言うとカインは部屋を出た。その足で家も出る。
 自分の生まれた、でも、何故だか悲しいまでに居場所の無い我が家を‥‥


「手を貸して欲しい」
 そう言って、カイン・サーガは冒険者ギルドにやってきた。
 冒険者の一人であり、18歳と若いが決して低くは無い実力を持った戦士の一人である。
 母親が死んだ、と彼がキャメロットを飛び出したのは一週間前、故郷の街はここから歩いて4日ほどの筈だから、とんぼ返りしてきたとしても驚く早さだ。
「一体、どうしたんだ?」
 係員の問いかけにカインは唇の端を噛む表情で告げた。
「俺の、母さんが何者かに殺された。母さんは実力のある魔法使いで、村の長も努めていた。俺はその犯人を捜したいんだ!」
「自警団が調査しているんじゃないか?」
 そんなもの! 鼻をならすとカインは息と共に声を溢す。
「長である母さんが死んで、村は混乱している。仮に動いていたとしても、俺自身の手で探したい。でも、それには俺一人じゃ力が足りない。手を貸して欲しい」
「‥‥解った。伝えておこう」
「頼む」
 言ってカインは依頼書と、報酬を置いて一度宿へと戻った。
 その直後だった。扉から不思議な青い目の少女が現れたのは。
「君は?」
「お願い。カイちゃんを助けて。そして、お兄ちゃん達と仲直りさせて‥‥」
「カイちゃん? お兄ちゃん達? おい、アンタは?」
 それだけ言うと少女はまた、扉から外に出て行った。カウンターの上に硬貨の入った袋だけを残して‥‥。

「調べてみたんだけどな‥‥」
 係員は冒険者に言う。
「依頼の町エーヴベリー、小さな町だが、そこはサーガ家という一族が代々治めている。今は慕われていた先代が亡くなったから、いた、だけどな」
 そして、サーガ家は代々魔法使いを多く輩出する家系として有名なのだと彼は、告げた。
「先代が亡くなって五人の兄弟のうち誰かが跡を継ぐことになるだろうって噂だ。何でも兄弟四人がそれぞれ、火、地、水、風の魔法のエキスパートらしいぜ」
「四人? 五人兄弟じゃ‥‥?」
 冒険者の疑問に係員は苦笑する。
「物事に完全なんてことは絶対にありえないのさ」
 なるほど、と冒険者は思う。つまりカインが‥‥ということなのだろう。
「カインの依頼は、母親の殺人事件の調査。でカインをカイちゃん、って呼んだあの女の子の依頼は、カインを助けて、兄弟を仲直りさせること、だな。女の子の話をカインに教えるかどうかは、任せるぜ」
 
 今回の依頼は、調査の手伝い。
 だが、それだけでは終りそうも無い予感を、冒険者達は確かに感じていた。

●今回の参加者

 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1390 リース・マナトゥース(28歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5592 イフェリア・エルトランス(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 歩いて4日間という距離は、決して短いものではない。
 歩くにも、話をするにも。だ。
 だが、必要以外は喋ろうとしない依頼人にリース・マナトゥース(ea1390)は息を吐き出した。
「まだ、ご不満をお持ちなのですか? カインさん?」
 柔らかく、優しい問いかけに依頼人カイン・サーガは頷きこそしなかったが、肯定するように手を握り締める
「兄ちゃ‥‥いや、兄貴も姉貴も‥‥母さんのことなんかどうでもいいんだ。俺は‥‥尊敬していたのに‥‥」
「母親が亡くなったのに兄弟で家督争いとは悲しいわね。こういう時こそ力を合わせていくべきだと思うけど‥‥」
 気持ちに寄り添うようにイフェリア・エルトランス(ea5592)はカインに笑いかけた。
「そうなんだ! なのに‥‥どうしてみんな、それを解ってくれないのか‥‥」
「カイン兄ちゃ。みんなじゃないよ」
「ん? どういうことだい?」
 背が高いカインは、軽く膝を折って遊士天狼(ea3385)と目を合わせる。妹よりも年下の少年に自然にそうするのは彼の性格だ。
「あのね、天がね。依頼うけたのはね、ララ姉ちゃに頼まれたからなんだよ♪」
「! ララ? ララが一体何を?」
 話すか、話さないかは冒険者に任せる、と係員は言った。だから、天狼はちゃんと知らせようと思った。ララの思いを‥‥。
「ララ姉ちゃね、カイン兄ちゃの事、すごく心配してたよ。あとね兄弟で仲悪くなっていりゅのも、とってもしんぱいしてた。だから、天はララ姉ちゃの依頼受けて、仲直りのお手伝いすりゅです!」
「‥‥そうか‥‥」
 俯くカインの頭を天狼はよいしょ、と背伸びして頭を撫でた。なでなで。優しい感覚に守るつもりだった存在の、強さをカインは知る。天狼、そして‥‥妹の。
「彼らは自分のやるべきことを優先して考えているのですからそんなに責めてはだめですよ。カインさん」
「今は、兄弟でケンカしている時では無い事は、解っているんだろう? 俺達は必ず力になる。だから‥‥立ち止まるなよ。前に進むんだ」
 ジェームス・モンド(ea3731)の言葉と一緒にカインは顔を上げた。
「解ってるよ。俺は、前に進むために故郷に戻るんだ。だから‥‥皆、頼む」
 その言葉に冒険者達は黙って、そしてある者は微笑んで、頷いた。

 エーヴベリーの街の中心はマールバラと呼ばれる市場街で、セイラムから北へ向かう行商人達の宿場。
 人の大きさほどの巨石が点々と並んで旅人を出迎える。
 なかなか、活気に満ちている、とアンドリュー・カールセン(ea5936)は思った。街の中央にある広場で街道はまた4つに分かれそれぞれに広がっていく。
 広場の中心は小さな泉と、集まる人々。品物を売るキャラバンの行商人達の威勢のいい売り声で、明るく活気に満ちていた。
 吟遊詩人の甘い竪琴の音色も似合う。ケンイチ・ヤマモト(ea0760)の目の前を歩いていく人物の一人がサーガ家の長兄だと、人々は教えてくれた。
「いい街だな‥‥。っと街の長に失礼か?」
 顔を伺うアンドリューに別に、かまわない。と横の青年は笑う。
「マイト様。こんにちは!」
 声をかけてきたのは女の子だ。向こうの果物屋のおかみがこちらに軽く会釈をする。会釈に手を下げて応じ、マイトと呼ばれた青年は膝を落とした。
「やあ。店の方はどうだい?」
「ぼちぼちね。後で、マイト様も買いに来て♪」
「ああ、寄らせてもらおう」
 嬉しそうに母親の元に女の子は駆け戻っていった。周囲の商人や人々もマイトに軽く声をかけていく。
(「慕われている、というのは本当なんだな」)
 素直に思う。目の前の青年は魔法使いにしては体格がいい。優しげで大らかで人を惹きつけるものを持っているようだ。
 暫く歩いた後、街の酒場で二人は改めて顔を向かい合わせた。
「そうか‥‥ララが‥‥済まなかったな」
「気にするな。兄弟喧嘩の仲裁も冒険者の仕事だ」
 頭を下げるマイトにアンドリューは肩を竦め、手を振る。
「ララは兄弟を仲直りさせて欲しいと言ってきた」
 そう言って館にやってきたアンドリューの言葉を、マイトは驚くほど素直に信じて街の案内と、話に応じてくれた。
「俺達の一族は、魔法使いを多く輩出している。そして魔法と知恵によって街を守っているんだ」
「‥‥見ているだけでもいい街だと解る。為政者がちゃんと治めている証だ。あんたの母上は立派な方だったんだな」
 ありがとう、とマイトは素直に笑う。
「で、あんたも魔法使いなんだろう?」
「ああ。俺は地の魔法使いだ。俺達はそれぞれ別の魔法の才能を受け継いだみたいでな‥‥」
「他の兄弟は?」
「マイト!」
 二人の会話を一人の男が遮った。黒のローブを纏った彼も魔法使いであるとなんとなく解る。
「叔父だ。‥‥ちょっと失礼」
 軽く挨拶をしてマイトは叔父と言った男性に近づいていく。そして話した後、アンドリューの卓に戻った。だが座らない。
「すまない。ちょっと用事が出来たようだ。‥‥仲直りは、考えておく。としか言えない。ゆっくりしていってくれ」
 肝心の話は聞けなかった。少し悔しい気分で二人を見送るアンドリューは何か、嫌な予感と呼ばれるものを感じずにはいられなかった。

 館を留守にしていたファーラ・サーガをイフェリアはやっと見つけた。
 墓地にそっと膝を付き祈りを捧げる姿は、カインが言うほどキツイ性格には見えない。
 そう思って木陰で見ていたイフェリアに
「誰!」
 鋭い声と一緒に風の刃が足元に突き刺さった。本気の攻撃では無いことは解るが‥‥いきなりの攻撃に彼女は手を上げてゆっくりと姿を現す。
「母さんを殺した奴?」
 女性と見て、少し警戒を解いたようだがまだ魔法の準備をしている。違うわ、と首を振った後イフェリアは隠さずこう告げた。
「カインさんからの依頼を受けて、お母様の事件を調べに来た冒険者よ」
「カインの‥‥?」
 やっと手を降ろしたファーラにイフェリアは優しく微笑む。
「貴方もお母様を殺した相手のことは気になっているのでしょう? だったら協力して下さらない?」
「それはいいけれど。まったく、カインったら、勝手なんだから!」
(「あ〜らあら♪」)
 口に出さずイフェリアは笑う。彼女の口調は表情と同じではない。弟を心配する姉の顔だ。質問にも思ったよりも素直に答えてくれた。
 雑談をかねて事件の情報を引き出したあと、ファーラの顔をイフェリアは伺う。
「な、何よ!」
「いえ、自分こそ町の人達に尊敬された母親の後継者、と啖呵をきった人物には見えなかったものだから‥‥」
「カインったらそんなことまで言いふらしてるの? もう! アタシは別に‥‥」
 言いかけて、墓石を見て、そこで彼女は言葉を切った。
「‥‥そうね。少なくとも‥‥兄さんよりは、アタシの方が跡継ぎに相応しい、って思ってくれるわ。母さんもきっと‥‥」
 寂しげなファーラの表情は決して虚勢でもなければ嘘でもない。彼女の思いの底にあるものをイフェリアは確信出来たような気がしていた。

「ララ! そいつらは何だ?」
「‥‥ごめんなさい」
 館の書斎に篭っていた兄の怒鳴り声にララ・サーガは身体全体を小さくする。
「ダメだよ! ララ姉ちゃいじめちゃ!」
「‥‥大丈夫ですわ。天さん、ララさん、少し席を外して頂けますか?」
 ララを庇うような天狼をさりげなく制するとその僧侶は正しく礼をとってお辞儀をした。
「突然のご無礼をお許しください。私は藤宮深雪(ea2065)と申します。ララさんからご依頼を受けて参りました」
 明らかに振り上げた拳を下ろしそびれた表情でウィン・サーガはその口上を聞き、冷静さを取り戻した後、問いかけた。
「ララが、一体何を?」
「ご兄弟の喧嘩の仲裁を。そして‥‥仲直りを‥‥」
「そんなことは、余計なお世話だ。人の家の事に構わないで貰おう!」
 燃え上がる炎のような厳しい声。だが、深雪は怯まなかった。澄んだ瞳がウィンを射抜く。 
「私の依頼人はララさんです。仲直りが出来ないというのであれば、依頼人を納得させる理由を、お聞かせ下さい」
「‥‥しく‥‥ないか‥‥だ」
「えっ?」
 その声は小さく、最初、深雪には届かなかった。瞬きしたその瞬間、ウィンの思いが燃え上がるように弾けた。
「兄貴が‥‥相応しくないからだ。この家の家長に。この家を、この街を守る、その使命を解っていないからだ。母さんとの約束を、破ろうとしているからだ。だから、俺は兄貴にこの家を渡さない。母さんと同じ魔法を持つ、俺が後を継ぐ! 冒険者に出来ることなんか無い! 解ったら、とっとと帰れ!」
「‥‥解りました。今日は失礼します」
 自然、荒くなった呼吸を戻そうとするウィンにお辞儀をして、深雪は部屋の扉を開ける。ああ、と思い出したように一度だけ振り返って‥‥聞く。
「また会いに来てもよろしいでしょうか?」
 返事は返らない。だが、拒絶の言葉も無い。深雪はにっこりと微笑むと静かにお辞儀をして扉を閉めた。
 暗くなった部屋のランプに小さな炎が灯ったのはその暫く後の事だった。

 書斎からの帰り道、天狼は、横を歩く少女に聞く。
「ねえ、ララ姉ちゃ。聞いてもいい?」
「‥‥なあに?」
「ララ姉ちゃ、何かしってりゅ? お母さんの殺された訳とか‥‥、マイト兄ちゃのしてりゅこととか‥‥」
 純粋な問いかけに、ララは無言で答えた。天狼は、ララの気持ちを理解する。嘘をつかない代りに沈黙するのだと‥‥。
「ねえ、天、み〜なが仲良くなれりゅようにがんばりゅから、知ってりゅ事は隠さず伝えて欲しの。言葉じゃなくても良いから‥‥」
 彼に出来るのは、精一杯の思いを伝えること。ただ、それだけ。だから、心からの思いで、ララの目を見た。水のように澄んだ瞳が微かに悲しみに曇っている。
「‥‥ララは‥‥、この街が好き、だけど‥‥嫌い。そして叔父さまが、嫌い‥‥。叔父さまが‥‥来なければ‥‥」
「ララ姉ちゃ?」
 もう、彼女の沈黙は解けなかった。彼女の言葉と沈黙。それはこの街に、そして家族に何かがあることだけを天狼に知らせていた。

「ご家族かい? そりゃあ、仲がいいよ。凄く」
 カインの手伝いを頼まれたという少女の質問にも、旅の吟遊詩人の問いにも、答えた人物の殆どが躊躇うことなく答える。
「ホーリィ様は良い方だったし、他のご兄弟も仲がよくってね。あたしゃ子供の頃から知ってるけど、女手一つでよく育てたもんだ、って思うよ」
「ご主人は旅の魔法使いだった、って話さ。でも、村を襲った魔物に殺されたんだ。ララ様が生まれた直後のことさ」
「ホーリィ様には弟君がいたんだけど、放蕩が過ぎて先代に勘当されたって聞くよ。だから、ご主人が亡くなった時のホーリィ様の悲しみようったら無かったよ。でも、お子様の為に、街の為に精一杯頑張って下さったんだ」
「‥‥カイン様ね、ご家族でたったお一人だけ魔法が使えなかったんですって。だからってホーリィ様も、ご兄弟も何の態度も変わっていなかったんだけど、何だか居辛いって。言ってた」
 人々の言葉にリースはやはり、と呟く。カインの胸に抱く思いが、なんとなく解る気がする。
「前日まで本当にホーリィ様は、いつもと変わらなかったんだ。ただ、ちょっと浮かない顔はなさっていたけど‥‥」
「見知らぬ人とホーリィ様が会話することなんて、いくらでもあるからねえ。でも、あの前日に出会った人は、どこかで‥‥見たような‥‥」
 ケンイチや、リースの聞き込みの最後にいつも、人々は言う。
「でも、これだけは言っておくよ。少なくともこの街にホーリィ様や、ご家族を恨みに思う人はいないはずだよ」
 それだけは、全員が口を揃えて。
 だからこそ、街の住人全てがこの事件を不思議に思い、犯人を憎く思っていたのだった。

 その人物の登場はやや、不信の顔で迎えられた。
「サーガ家当主の殺人事件について調べさせて欲しい」
 エヴィン・アグリッド(ea3647)の突然の言葉に何故だ、という思いが浮かぶ。
 だが‥‥
「俺達で解らない所を気付いてもらえるならいいだろう?」
 戻ってきたカインの言葉で調査資料と情報はエヴィンに渡された。
 自分なりの調査を続けるカインはあえて無視の表情で立ち去る。
 ほんの少し、見えない程の笑顔で見送ったエヴィンは資料を読んだ。
 殺害時刻は深夜、殺害場所はマールバラから少し離れた古代の遺跡。エーヴベリーサークルの側だった。と書いてある。
 街から歩いて少し先の場所だ。
 そして‥‥
「ナイフで胸を一突き? 自殺の可能性も?」
 優れた魔法使い、そして守るべき者を持つ母親が一体何故?
(「何か‥‥裏があるのか?」)
 それは今は疑問に過ぎない。だが、彼のカンが告げていた。この事件には、ただの殺人事件ではない、何かがある‥‥と。
 ふと、目の前をある人物と、誰かが通り過ぎるのを彼は見る。
「スマン!」
 駆け出したエヴィンの横で書類が音を立てて地面に落ちた。

 その頃、ジェームスは殺害現場に来ていた。
「現場百回は捜査の基本‥‥。しかし、デカイ遺跡だな」
 向こうに巨大環状列石が見える。
 街から来ようと思わなければ来れない場所だ。ここは。
 殺害現場であろう場所には花が、供えられていた。
 足元には赤黒い血の後が微かにまだ残っている。
 ナイフでの死、自殺の可能性も外見上では見られるのに、誰一人、自殺などとは考えていない。
(「つまりは、そういう人物と、いうことか‥‥なら‥‥ん?」)
 その時、ジェームスが気が付いたのは踏みつけられた殺害場所の雑草だった。
 花も咲いていない、小さな草。だが‥‥
「これは‥‥焦げているのか? 一体何?」 
 焦げていたのはごく数本。だが‥‥何か気になってジェームスはその草を摘んで手の中で握り締めた。

「俺は、絶対に母さんの敵を、この手で‥‥!」
 街を歩いていたカインは、本能的に腰に手を当てた。性格には腰の剣にだ。
 通りすがりに感じた殺気、いや、それよりも形容しがたい嫌な気配を感じたのだ。
 周囲を見て殺気の主を捜す。殺気の主は解らなかったがふと、人ごみに知った顔を見たように彼は思った。
「あれ? 今のは‥‥」
 目を擦る間に、それは見えなくなった。

 彼の心に不安だけを残して‥‥。