【魔法使いの一族】五つの力 みんなの力

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:11人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月04日〜07月14日

リプレイ公開日:2005年07月12日

●オープニング

 サーガ家のカインの部屋に兄弟達は集まっていた。
 彼は‥‥まだ眠り続けている。
「まったく‥‥バカだ、バカだと思っていたけど、ほんっとうに、バカなんだから‥‥」
「まあ、いいじゃないか。ちゃんと戻ってきたんだから‥‥」
「本当に良かった。カイちゃんが‥‥戻ってきてくれて」
 涙を浮かべる妹達の肩を長兄マイトは柔らかく抱きしめる。
 だが、その横、次兄ウィンはいきなり眠る弟の横に立つと‥‥
 ボガッ!!
「何してるんだ? ウィン!」
 いきなり包帯を巻いたほうの手で、渾身の拳骨をその頭にみまった。
「いい加減に起きやがれこのバカ! ファーラ姉や、ララにこれ以上心配かけんな!」
「ウィン! まだ寝てるんだから‥‥」
「いててて‥‥怪我人に、もう少し手加減してくれよ。ウィン兄」
 弟を宥めていた姉も、心配そうな妹を慰めていた兄も、皆、目を瞬かせた。
「「「「カイン!!」」」」
「‥‥ただいま。迷惑かけて‥‥ごめん」
「本当に‥‥人がどれだけ心配したとおもってんのよ!」
 ウィンを抑えていたその手で、ファーラはベッドの上のカインの両頬を思いっきり伸ばした。
「ひたい! ひたいよ。ファラへえ‥‥おえは、はだへはにんで‥‥」
 口でそう言いながらもカインは抗わない。右に左に抓られて頬の肉は引きつりそうだ。
「カイン」
 やっと離して貰った頬を撫でている頭上から、厳しい声がする。自分にとっては父代わりの兄の声だ。
 頭を下げ下を見る。
「自分がしでかしたことが、どんなに皆に迷惑をかけたか、解ってるな? 冒険者がいなかったらどうなっていたか‥‥最悪、この街が滅んでいたかもしれないんだぞ‥‥」
 それは、脅しでもなんでもなく、事実だった。
「‥‥解ってる。ゴメン。本当に悪かったと‥‥思ってる」
 神妙な顔の弟に兄は小さく苦笑して、そして、昔、子供だったときにしたのと同じように頭を撫でた。
「冒険者が、お前に言ったこと覚えているか? お前がお前であること、それが‥‥一番大事なんだ」
「‥‥うん‥‥」
「解ったら‥‥言っておきたかったことがある。おかえり。カイン」
「‥‥ただいま」
 他の兄弟達は、もうそれ以上は何も言わなかった。ただ、微笑んでいた。
 その笑みが弟の帰還を見つめ喜んでいたことは、紛れも無い真実だった。

 青年と、少女がキャメロットを訪れたのはそれから間もなくのこと。
「カイン! もう具合はいいのか?」
 ギルドの係員は声を上げた。いろいろと騒ぎがあったのを彼は知っている。
 だが、そのことには触れなかった。
 ああ、と頷く馴染み客の一人の生還を、今は心から喜ぶことにしたのだ。
「おや、あんたは‥‥」
「妹だ。ララ」
「はじめまして‥‥。その節はありがとうございました」
 最初の挨拶とかみ合わない言葉に少し首を捻りながらも、カインはギルドに依頼を差し出した。いや、依頼と言うよりこれは招待状だ。
「なになに‥‥エーヴベリーの夏至祭にご招待いたします? 夏至なんてとっくに過ぎてるぞ?」
 カインは、苦笑交じりの顔で頭を掻いた。
「いろいろあって、出来なかった夏至祭をやりなおすことになったんだ。エーヴベリー最大の祭りで、周辺の商人とかも集まる。昼は街で大騒ぎして、夜は蝋燭やカンテラの明かりに照らされたエーヴベリーサークルで、サーガ家の党首が祈りを捧げる。街の平和と自然への感謝を‥‥良かったら。見に来ないか?」
「あのね、今年は五人でやることにしたの。お祈り。今、お兄ちゃんとお姉ちゃん、皆で五人でできるのは、みんなのおかげだから‥‥。犬さんや、猫さんも動物さんもいっしょに‥‥来ない?」
 世話をかけたお礼代わりに滞在費は全てサーガ家が持つとカインは言った。
「あと‥‥実は祭りの前に、遺跡の封印を完全に解いて中を確認したいと思っている。良かったら立ち会ってくれないか?」
「あそこにね、アル・ブラスの身体があるの。たぶん。どうしたらいいか、またみんなで‥‥ケンカ。だから冒険者のみんなの意見、聞きたいってマイトお兄ちゃんが‥‥言ってた」
 二人はそれぞれにアル・ブラスに対して複雑な思いを抱いている。
 いや、二人だけではないだろう。兄弟五人、ザイード。そして冒険者達もきっと‥‥。

「ぜひ、来てね」
 ララはそう言ってギルドに招待状と当座の旅費を置いて行った。
 カインはララを連れて祭りの準備の為に、一足先に帰るという。
「いろいろ、つもる話もあるだろう。頑張ったご褒美だと思って、行ってきたらどうだ?」
 係員は陽気に笑う。

 招待状の下には古い古語の一文が書かれていた。
 祭りで捧げる祈りの言葉でもあると、ララは言っていたっけ。
 ちゃんと訳も付いている。

『マグメル・メグメル・イ・ブラセル。ルイズ・ソウェル・ナ・ソルチャ‥‥
 〜楽しき原、喜びの郷、至福の大地。
  讃えあれ。闇の彼方にも光る、月と太陽輝く故郷よ〜』

●今回の参加者

 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1390 リース・マナトゥース(28歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3385 遊士 天狼(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5592 イフェリア・エルトランス(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

レイジュ・カザミ(ea0448)/ ブレイン・レオフォード(ea9508

●リプレイ本文

 エーヴベリーの街は、大変な賑わいだった。
 金色の飾りと歓声に包まれている。
「うわあ〜♪」
 広場の活気に遊士天狼(ea3385)は目を丸く輝かせた。
「いままでいちばんにぎやかなの〜」
 香具師が食べ物の露店、装飾品を売る店を広げ活気ある声で客を呼ぶ。
「夏至祭ですか、楽しみですね」
 きょろきょろ周辺を楽しそうに見て回るルーシェ・アトレリア(ea0749)は声を上げた。
 あれは、彼は‥‥
「カインさん!」
 リース・マナトゥース(ea1390)の声に駆け寄る青年。アンドリュー・カールセン(ea5936)は軽く手を上げ答えた。
「招待感謝する」
「ようこそエーヴベリーへ。来てくれてありがとう」
 頭を下げるカイン・サーガに藤宮深雪(ea2065)はいいえ、と優しく微笑む。
「本日はお誘いありがとうございます。兄弟みんなが無事に揃ったお祝いですね。本当に良かったです♪」
「それにげしさい! たのしみなの〜」
 跳びはねる天狼を横にジェームス・モンド(ea3731)も楽しげにウインクした。
「事件も無事解決したし、せっかくの招待だ、ここは羽をのばし‥‥」
 言いかけて彼は言葉を止めた。皆に笑われるから? いや、少し真剣な目になって。
「それにアル・ブラスの最後の言葉も気になってな」
「アル・ブラスか」
 小さくエヴィン・アグリッド(ea3647)は呟いた。カインの顔も下がる。
 空気が変わりかけたその時だ。
 むぎゅ。
 カインの頬が右と左に引っ張られた。
「ひふぇりあはん?」
 突然の白い指の動きに彼は抗わない。台無しになった美青年の顔をイフェリア・エルトランス(ea5592)はニッコリ見つめた。
「悪い子はだあれ? 今度またファーラさんを泣かせたら許さないからね。今回はこれで許してあげる」
 パン。軽く頬を叩かれ、何故かカインは笑顔になった。
 それを見ていた冒険者達もまた。
「暗い話は止め、止め!」
「ええ、この場には似合いませんわ」
 クリムゾン・コスタクルス(ea3075)と李彩鳳(ea4965)は空気を元に戻す。明るいものに。
「そうだね。行こう。皆、待ってる!」
 ケンイチ・ヤマモト(ea0760)は竪琴を持ち直し彼らは歩いて行った。楽しげに笑いながら。
 
 キン! カキン! 鉄の音が庭で踊る。
「行くよ!」
「来い!」
 クリムゾンとカインの手合わせをエヴィンは笑顔で見ていた。
「あんたには、あんたの戦い方がある。もう力の誘惑に負けんなよ!」
「約束する。絶対に!」
 剣士同士が楽しく剣を交えられる、戦いではない時間。
(「いいものだ」)
 浮かべた笑みは微かに邪笑を交えていたが、優しかった。

 こちらも笑顔を湛えている。だがその笑みは邪笑より‥‥怖い。
 バキッ!
 熟練の武道家の一撃が頭に、手刀が腹にめり込む。
「ぐっ」
 攻撃を受けた人物は、膝を付き、咳を吐き出す。
「これで以前襲われた時のことは、チャラにして差し上げますわ。でも、解っていますわね」
 抵抗したら髪の毛でも毟って、と彩鳳は思っていた。だが彼は素直に頷く。
「解っている。姉上を殺した罪は‥‥十分に」
 かつて尊敬する義兄がモンスターの手によって死んだ時、恐怖に怯えてしまった。それが発端。
 死への恐怖。力への渇望、欲が闇を招きそして‥‥
「その責は俺のもの」
 口元からの血を拭い、ザイードは立ち上がった。
「この街を出る。だが‥‥本当の危機が迫ったら必ず守る」
 兄弟達を。その言葉を彩鳳は信じることにした。

「調べ物お疲れさまです」
 ウィンはかけられた声に振り返った。
 深雪の笑顔は彼を労うが、同時に軽く叱りもした。
「敵の前に飛び出したりして‥‥無茶はダメですよ。先日だって一歩間違えば怖い敵が復活したかも知れないんですから」
 母のようなその眼差しから逃げるようにウィンは書架から取り出した書物を深雪の前に広げた。
「これは?」
 彼女には読めない古語をウィンは静かに読んで聞かせる。
「‥‥光の都ソールズベリ。王と、家族とこの地を守るが我が使命。我が故郷に讃えあれ。フ・アル・ブラス・エル・サーガ」
「サーガ? まさか」
 ウィンは頷いた。
「我々の先祖ということらしい。無茶をするのは家系かな?」
「えっ?」
 深雪は彼を見る。その頬には最初とは違うはっきりとした笑顔が浮かんでいた。

 前夜祭の雑踏を抜け出して彼らはある場所に向かっていた。
 封印の地、エーヴベリーサークル。
 その中央に五人が、それを取り巻くように冒険者達は立つ。
「近くのストーンヘンジでも調査が行われたという。一度調べてみた方がいいだろう」
 そう冒険者達にも後押しされて遺跡を開封することにしたのだ。
「‥‥カイン」
 長兄に促されてカインは円の中央に立つと、ナイフを軽く閃かせた。手首に赤い筋。
 一滴の血がぽつん、と地面に滴り落ち‥‥同時、大地が揺れた。
「きゃあ!」
 一瞬の地響き、そして何かが開く音をエヴィンは聞いた。
「あそこだ!」
 北の一番石。それが場を譲るように動き、黒々とした大地に穴を穿つ。
 細い地下への道が、階段が見えた。
「行ってみよう!」
 全員の首が前に動く。
 カンテラの灯りが道を照らす。地下の、夏とは思えない冷え込みに背筋を振るわせ歩くうち彼らはそこにたどり着いた。
「何だ、これは!」
 丁度地上にあるサークルの外円と同じほどの部屋が突然目の前に広がったのだ。
 広い玄室。中央には氷の棺。
 中には人の肉体が封じられていた。思ったより若く、どこかカインに似た青年。
「これがアル・ブラス‥‥」
 どれほどの時を経たのか、生きていた時と同じ姿で彼は眠り続けている。
 全ての冒険者と兄弟達が見守る中、周囲の玄室の文字を調べていたウィンは、擦れた壁の文字に手を触れた。
「光の都の王タ‥‥シン。神に‥‥と欲し神殿‥‥封ず。その部下に‥‥長アル・ブラス、欲と怒りによって大いなる災いを与えん‥‥我ら、血と命と涙を持って彼を封ず」
「王、タリエ‥‥シン? そしてその部下がアル・ブラスということか?」
「死霊になるほどの妄執‥‥それは、忠誠か? それとも‥‥」
 広い玄室の調査をするには今は時間が足りない。だから一つだけ決めなければならない。
 兄弟達は冒険者に問いかけ、冒険者達の言葉に‥‥頷いた。
 
「ララ姉ちゃ。これでいい?」
「うん」
 両手一杯の野の花を抱えて、天狼とララは膝を付いた。
「アル・ブラスのおっちゃんが少しでも望んだ光と共にいられますよーに。な〜む」
 小さな手を合わせる天狼の後ろで、彼らは十字ではなく、小高い丘の上、石で造られた墓標を見つめた。
「封じられても魂だけで主のために尽くそうとするところは尊敬に値する‥‥。そこだけは、だがな」
「安眠して欲しいもんだぜ」
 彼らの背後、墓標の前には広い平原とエーヴベリーサークル、遠くにエーヴベリーの街も見える。
 埋葬するのには少し不安も残ったが、死者には鞭打ちたくないとそれが皆の総意だった。
「確かに酷い事を沢山したけど‥‥最初から悪い人だった訳ではないはずです、きっとみんなの為にという志を持って、それがいつか変わってしまった」
 運命は小さなことで簡単に変わる。ザイードのように、カインのように。そして『彼』のように。
「『力』と呼べるものは全て、決して自分のためだけに使ってはいけない。それはそれぞれの大切な人を守って幸せにするためのもの。そうやって全ての人が自分の手の届く範囲で自分の大切な人を幸せにすれば、全ての人が幸せになれるはずです」
 師からの言葉を思い出しながらリースは心から祈る。そして冒険者達も。
 『彼』には伝わらないだろう。だが、自分達は忘れてはいけない。
 本当に大切な事を‥‥。
 
 賑やかな店の間、人々の間を天狼が猫と一緒に、猫のように駆け抜けていく。
「わ〜い、お祭りぃ。ララ姉ちゃ。みんな! 早くおいでよ!」
「二人とも。迷子にならないでくださいね」
 ルーシェは二人の後を一生懸命に追いかける。
「あ、これお土産にいいかも! ああ、待って〜」
 元気一杯の子供らしいララの笑顔に喜びながらも、なかなか大変なようだ。
「これおいしいの〜。ローストラムがあつあつなの〜。一口あげりゅの〜」
「あら、本当にいい味ですわね」
 彩鳳の手にも腸詰やハム、チーズの他、新鮮な果物たちが溢れている。先ほど深雪と半分にしても、だ。
「今日はね、ほんぽいぱーごはんたべりゅの〜♪」
 華やかな緑、映える青。そしてどんな色にも負けない鮮やかな人々の笑顔。
「本当にいい街ですね。私も少しは、この街の人々の笑顔のために力になれたのでしょうか?」
「それは、勿論!」
 カインはリースの独り言のような呟きにはっきりと答えを返す。
「そうなら、嬉しいです」
 リースの笑顔にカインはさっきのエヴィンとの会話を思い出していた。邪笑を溶かし、彼は真剣な眼差しで言った。
『お前がアル・ブラスの立場だったらどうしていた? 大切な人とまた共に生きるために他人を犠牲にするか?』
 難しい問いにカインはこう答えた。
『したかもしれない。でも同じ間違いは二度と繰り返さない』
 と。
 エヴィンはそれでいい、と言ってくれた。
 だから誓うのだ。リースや友の笑顔守るために強く生きる。と。

 ケンイチの竪琴が広場に優しい旋律を奏でた。
 音は喧騒に一時の安らぎを与える。仲間レイジュ・カザミから貰ったアイテムを手に子供達も今は静かにしていた。
 ファーラとイフェリアも並んでそれを見ている。胸には、お揃いで買ったローズブローチが‥‥。
「‥‥いろいろ世話をかけたわね。ありがとう」
 イフェリアは顔を上げ、それから小さく笑う。
「最初は兄弟仲が悪くて、どうなるかと思ったけど、上手く収まったわね。私だけじゃなくて、皆のおかげよ。よい仲間と、街の皆と、そしてこの町で得た得がたい友のね」
 友、その言葉にファーラは顔を上げる。そう思ってもらえるのか、と顔が言っている。
「今度は依頼を受けた冒険者としてではなくファーラさんの友人としてここに来ても良いかしら?」
 朗らかな声に、喜びを孕んだ笑顔が答えた。
「もちろん!」
 広場では元気な曲が弾かれている。クリムゾンもいつの間にか一緒に歌い、そして踊り出していた。
 一人から始まった踊りは隣の手、握り合った手を巻き込んで、明るく楽しく輪になっていく。長い昼はまだ終らない。祭りもまだ終らない。

 外の喧騒から少し離れてアンドリューは一人の魔法使いと向かい合っていた。
 最初に出会った時と同じ酒場で。
「もう一度、礼を言わせてくれ。心から感謝をしている」
「これが自分達の仕事だ。それより、これからどうするつもりなんだ? 街のこと‥‥」
 アンドリューの問いに彼は、当面マイトが前に立ち兄弟で合議していくつもりだと話した。
「封印を守る必要は無くなったがこの街は守る。それにあの遺跡もまだ、謎が多そうだからな」
「そうか」
 満足そうな笑みを浮かべるアンドリューの前のテーブルにマイトは何かを置いた。
「これは?」
 ありふれた古いショートソードに見えた、だが、手に取ると感じられる込められた魔力。
「アル・ブラスと共に氷に封じられていたものだ。良ければ持って行ってくれ。そして‥‥そいつに見せてやって欲しい、俺達のこれからと、広い世界を‥‥」
 愚かで、でも悲しい先祖アル・ブラスに‥‥。
「解った」
 それだけ言ってアンドリューはその剣と思いを握り締めた。

「めでたい祭りと兄妹が仲直りした祝いに、今回は祝い酒を持ってきたぞ。一緒に飲もう!」
 ジョームスが景気よく瓶を開けた。皆、心からの笑顔を見せて返礼のハーブワインを冒険者に注いだ。
 そろそろ見送ってくれたブレイン・レオフォードや友のことを思い出す。お土産はどうしよう。
 それに‥‥折角だ。
「ねえ、皆で何かお揃いのものを買いませんか? 今回の記念に‥‥」
 香具師が耳ざとくその声を聞き、店を覗く少女達に商品を見せる。
「これなんかいかがです? 夏至祭の為に特別に仕入れた逸品で、天使の羽と呼ばれています。持つものに幸福を運ぶという伝説がありますよ」 
「こっちは、遺跡からよく出てくるメダルだよ。記念にどうだい?」
「うわ〜、綺麗‥‥」
「本当に、これが皆に幸せを運んでくれるといいですわね」
 彩鳳は白い羽飾りをそっと閃かせた。登り始めた月の灯りを静かにそれは弾いて光って見えた。


 翌朝、冒険者達は朝日と共に街を出た。
 幾度となく訪れたこの街ともとりあえずの別れだ。
「夕べのお祭り、綺麗でしたね」
 ルーシェは思い出すように笑った。月明かりの中、カンテラさえも消えた闇と静寂の中、兄弟達が炎と光に誓った言葉は、心に残っていた。

『大地と水、風と炎、そして、光と闇の全てと共に人は生きる』
『この大地の輪のように、人と人が手を取り合って、輪となって』
『自分と周囲を見失わず、できる事を成していくと‥‥』
『照覧あれ。我等の祈りを。そして‥‥この地に大いなる恵みあらんことを‥‥』
『楽しき原、喜びの郷、至福の大地。 讃えあれ。闇の彼方にも光る、月と太陽輝く故郷よ‥‥』

「まぐめる・めぐめる・い・ぶらせる。るいず・そうぇる・な・そるちゃ〜」
 歌うように天狼は繰り返す。その言葉に秘められた思いは、皆一つ。
 誰とも無く、遠回りした道の向こうに小高い丘が見える。その上の石が光を弾く。
「アルよ、今の次代は今を担う者に任せる‥‥それこそがこの街を輝かせるんじゃないのか」
 どこかで聞いているかもしれない魂に向けて、ジェームスはそう呟いた。返事は返りはしないが。
「さよなら、古の魔法使いよ‥‥!」
 イフェリアは目を瞬かせた。丘の上に現れた影が五つ。こちらを見つめている。
「またな〜、力を合わせて頑張れよ〜」
 思いっきり手を振るクリムゾン、深雪や彩鳳、ケンイチもそれに続いた。
『また、きっとどこかで会おう!』
「ええ、いつか」
 約束の印がリースの手の中で静かに光っている。
「あいつらなら、きっと上手くやっていくだろうさ」
 自分には出せない答えを出した兄弟達をエヴィンは信じていた。
 お互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた彼ら。
 だが、いつか再会の時は来るだろう。
「任務、完了。いつか‥‥きっとな」

 歩き続ける冒険者、見送る魔法使い達、エーヴベリーの街、そして眠る古の魔法使い。
 その全ての上に、遥か昔より変わらない青空と太陽がいつまでも、輝いていた。