【魔法使いの一族】闇からの誘惑 光の戦い
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 65 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月20日〜06月30日
リプレイ公開日:2005年06月28日
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●オープニング
『我が声を‥‥聞け。さすれば‥‥』
「う・うるさいい!!」
「カイちゃん? どうしたの? 顔、真っ青だよ」
突然大声を上げた兄に、妹は目を瞬かせた。叔父を看病するための水桶を運んでくれていた兄。
一体、どうしたのだろうか? と。
「い、いや何でもない‥‥」
彼は、首を振った。
兄に、姉に、兄弟達に相談すれば良かったのかも知れない。
だが‥‥
「なあ、ララ‥‥」
「なあに?」
「もし、俺が‥‥負けてしまったら‥‥」
「何に負けるの?」
「いや、こっちの話だ」
だが‥‥彼には、それができなかった。だから、一人、一つの決意を固めていた。
まだダメージから回復していない叔父を、サーガ家の兄弟達は交代で看病していた。
看病と、言っていいのかどうか‥‥。
「あんたが母さんを殺したんでしょ? 兄さんを殺そうとして‥‥封印を解いたのもあんたでしょ! あんたのせいで!!」
病人に掴みかからんばかりの妹を、兄は黙って腕で制して、叔父のほうを見つめた。
「叔父上‥‥何があったのです? 教えて頂けませんか?」
殺されかけた相手だというのに、この甥の自分を見る眼差しはまったく曇りをしらない。
叔父上と呼ばれたザイードは小さく苦笑して呟いた。
「遺跡に封じられていたのは、古代の魔法使いだ。アル・ブラスという。彼は私に魔法を与えてくれた。私には使えない魔法を自由に操る力を。彼は約束したのだ。遺跡の封印を解き遺跡の奥に眠る彼の身体を蘇らせれば、私をより、偉大な魔法使いにしてくれると‥‥」
「封印が、解かれたのは‥‥あの時?」
長兄と長姉の言葉にザイードは沈黙で答える。彼らは覚えている。
父親が死んだ直後、生まれて間もない妹を抱いて家を出た叔父を、それを必死の形相で追いかけた母を。
以後叔父が家に戻ることが無かったことも。
「たった、一滴の血では封印は微かに動いたのみ、そこから出てくるまで15年かかったと、彼は言っていたよ」
そして『彼』アル・ブラスはザイードに憑依したのだ。
「私は、力が欲しかった。あの人を失って‥‥人間の力には限界があると、大いなる力を手に入れたいと‥‥心から思ったのだ‥‥」
いつしか彼の復活こそが、自分の願いであり、望みであるように思えてきた。
そのためならどんな犠牲を払っても、正しいと思っていた。
「私は、姉上を殺すつもりは無かった。だが‥‥アル・ブラスは願っていた。封印の解呪と‥‥自分を封じた一族への復讐を‥‥」
ナイフを胸に突き刺した時、姉は最後の力を振り絞ってファイアーバードの魔法で、遺跡から逃れた。
血が地面に滴り落ちる前に。
「姉上が逃げた為に、長の血は、流れなかった。そこで、考えたのだ。お前達一人一人の血は力が足りない。だが、4つの血が全て流れれば、きっと封印は解かれると‥‥」
バチン! 少女の平手がザイードの頬に飛んだ。頬に一杯雫をためて。
「馬鹿にしないでよ! そんなことの為に、母さんが‥‥、母さんが‥‥」
「ファーラ‥‥」
妹を、兄の腕がそっと抱きしめかけた時、部屋の扉がいきなり開かれた。
「兄貴! 大変だ!!」
「ウィン! どうしたんだ?」
「カインが、カインの奴が‥‥、家を飛び出して行ったんだ!!」
駆け戻った三人は、廊下に一人泣きじゃくる妹を見て、側に寄った。
「どうしたんだ? ララ?」
「カイちゃんが、カイちゃんが、いきなりサヨナラって、旅支度を整えて、窓から‥‥」
「何だって‥‥!」
開いた木戸から外を覗いてみても、もうその姿は見ることが出来ない。
「兄さん、これ見て!」
足元から拾われた羊皮紙に目を走らせた長兄マイトの唇から、血が滲む。
「あのバカ!! ‥‥ファーラ!」
「何? 兄さん?」
「キャメロットに行って、冒険者に助けを頼むんだ。カインを‥‥探して止めてくれってな」
「解ったわ! 任せて!」
家長の命令に風のように走り出す姉を、残された妹と、弟は黙って見送った。
「お前達は、家を出てはいけない。解っているな!」
「ああ‥‥。解ってる」
次兄は小さく頷く。唇を噛み締めながら。
だが、末妹は窓の外を黙って見つめていた‥‥。
「カイちゃん‥‥」
『今、俺の頭の中に囁きかける声がする。魔法使いアル・ブラス。俺に魔法の力を与えてくれる、と。
遺跡に封印されていたのは、こいつだと聞いてる。
でも、こいつを従えられたら、きっと俺も魔法が使える様になるかもしれない。
古代の知識や魔法を手に入れて、兄貴達を助けられるかもしれない。
母さん殺害の真相や、いろいろなことが解るかも知れない。
試してみるつもりだ。一人で。
わがままを許して欲しい。
そして、もし、俺が負けて、皆を傷つけようとしたら‥‥俺ごとあいつを殺してくれ』
「バカな‥‥弟よ。でも‥‥大事な弟なの」
涙を微かに目元に貯めて、ファーラは俯く。
「お願い、あいつを探して。そして‥‥助けて!」
●リプレイ本文
『お母さ〜ん』
『あら、またケンカしたの?』
『だって‥‥』
『マグメル・メグメル・イ・ブラセル。ルイズ・ソウェル・ナ・ソルチャ‥‥。忘れてはダメよ。本当に大切な事は何かを』
「楽しき原、喜びの郷、至福の大地。讃えあれ。闇の彼方にも光る、月と太陽輝く故郷よ‥‥。痛く、苦しい思いを忘れさせ、大切な事を思い出させてくれる為の呪文だと母さんは言ってたな」
「うん、母さんが教えてくれたわ。ケンカした時や怪我した時に‥‥」
そうマイトと、ファーラは冒険者達に語った。
「あの子、覚えてるのかしら。家を飛び出してから‥‥騎士の見習いをしていたって連絡をしてくるまでずっと、音信不通。帰ってきたのは母さんの葬式‥‥。おまけに宿敵のゴーストに取り付かれるなんて‥‥本当に馬鹿なんだから」
「サーガ家の兄弟は‥‥みんなそうね。信頼できる兄弟がいるのに、一人で問題を背負い込み突っ走る。全てが終わったら叱ってあげるわ。ねえ、ファーラさんも本当は解っているんでしょ? 彼の気持ち‥‥」
武装を整え、弓を確認しながら‥‥イフェリア・エルトランス(ea5592)はファーラに微笑みかけた。
「ええ‥‥」
気丈な女性が一人の姉となって涙を流している。その細い腕をイフェリアはそっと包み込むように抱きしめた。
古語の呪文を、口の中で小さく復唱しながら、アンドリュー・カールセン(ea5936)はイフェリアの背を叩く。そして、ファーラとマイトを決意の眼差しで見つめた。
「あいつは、必ず救い出す。任せろ、自分はプロフェッショナルだ」
「もう、誰一人兄弟を傷つけさせはしない、死んだ女房の墓前にもそう誓ってきたからな。命を賭けてやるさ!」
「誰かが悲しまなくてはいけないような終わり方は絶対に嫌です!」
「未来有る若者達を、過去の亡霊に好き勝手にはさせんさ‥‥なに、カインの意志の強さは本物だ。おそらく必死に亡霊の誘惑と戦っている、俺達は必ず間に合うよ」
真っ直ぐなリース・マナトゥース(ea1390)の視線にジェームス・モンド(ea3731)は頷いてリースの髪を軽くかき混ぜた。
父親のような優しい腕。その顔を見上げたリースの心はもう、泣いてはいなかった。
「信じろ。あいつの意思を‥‥心を。そして、全てが終った時、受け入れてやるんだ」
刀の汚れを払い‥‥自分の姿を映すエヴィン・アグリッド(ea3647)の言葉にサーガ家の兄と姉は、そして冒険者達は黙って、同じ思いで‥‥頷いた。
本来だったらこの時期、夏至の祭りが街では行われる筈だったという。
古代の遺跡に街を囲まれたこの街は、もっとも高き太陽に恵みを感謝する自然崇拝の心がまだ根強く残っている。
昔、祖先がこの地を開き街を作った、その努力と自然に感謝する小さな祭り。
その中心はエーヴベリー・サークルでの祈りだった。
だが今、街は静まり返っていた。必要以外の人の通りは‥‥少ない。
自分達が頼んだ事とはいえ少し気も滅入る。籠を手に提げた藤宮深雪(ea2065)はため息をつくと館へと足を進めた。
家に戻り、階段を上がり‥‥奥の一室に入ると小さな身体と笑顔がはじけるように深雪を出迎える。
「おかえり〜。かいものおつかれさまなの〜」
「お留守番、ご苦労様でした。天さん、クリムゾンさん、李さん。変わりはありませんでしたか?」
テーブルの上に置いた籠を片付けながら遊士天狼(ea3385)は元気にうん! と手を上げた。
「だいじょぶ! みんないりゅよ!」
「出発まで少しでもとウィン様がおっしゃるので調べものをしていましたわ」
ララと話をしていた李彩鳳(ea4965)の後ろで扉が開いた。
「この書はここに?」
「ああ、ありがとう」
母の書庫から出てきたウィンは荷物を運んでくれたクリムゾン・コスタクルス(ea3075)に礼を言うと戻ってきた深雪と、目を合わせた。
「俺達にできる事は、全てしておこうと思ったんだ。今回の件、俺達にも責任があるから‥‥」
「そんな‥‥」
躊躇いがちに首を降る深雪の横でクリムゾンは小さく俯いた。調査の最中ウィンから聞いたカインの苦しみ。
「あいつは、遺跡に封じられたものの正体も多分知らなかっただろう。守れとも、言われなかった筈だ。母さんもあいつにはサーガ家の宿命を背負わせたくなかったんだと思う」
家族を愛しているからこそ、自分一人だけ違う。自分の居場所が無いのだという‥‥孤独。
「母のことを深く尊敬しているのに、母の命を奪うきっかけとなったアル・ブラスの力を借りようと思ったのは何故か、ずっと思ってたんだけどそれほどまでに、苦しかったんだね。家族の中でたった一人、違うって事は‥‥」
「それに、俺達は気付いてやれなかった。変わらず接していたつもりでも、届いていなかった。だからこそ、今は逃げちゃだめなんだって‥‥解ってる」
「ララ‥‥カイちゃんが大好き。絶対、帰ってくるよね?」
小さく澄みきった瞳を、輝く瞳が映す。手と手を重ね、天狼は答える。
「もちろん! 天‥‥信じてりゅもん、カイン兄ちゃはつよー子だもん。アル・ブラスなんかに負けないって信じてりゅもん」
トントン、ノックの音。
そして、イフェリアの呼び声。
「そろそろ、行くわよ。用意は‥‥いい?」
立ち上がって頷き合った冒険者達は、全員で歩き出す。
目的地、決戦の地。
遥か彼方からの歴史が息づく場。強き、力の源。
エーヴベリー・サークルへと。
「‥‥く、くそっ」
頭痛がする、何かを考えようとすると頭の中が割れるように痛む。
「せっかく、魔法の力を‥‥手に入れたのに‥‥」
小さく呟き唇を噛む。
「魔法は、素晴らしい‥‥自然さえも従えて‥‥もっと力が欲しい」
もっと、力を手に入れる方法も知っている。それが欲しいと心は望む。
だが‥‥
「どうして‥‥うっ!」
引き裂かれるような思いが胸の中にある。何故?
その時、カインは冒険者の本能で頭を上げた。誰かが近づいてくる。
近づいてきたそれは、人影。よく‥‥見知った。待っていた‥‥。
「向こうから‥‥来てくれた。これは‥‥チャンスだ」
手が、腰に伸びた。
太陽の光が天頂に上る。冒険者達は南側からゆっくりと中に入っていく。
大小の巨大列石の取り巻くその中央に、キラリ、光る白い輝きを見た時、彼らは全員走り出していた。
サークルの中央‥‥そこに予想疑わず彼らの探していた人物が‥‥いる。
「カインさん!」
「危ない!」
駆け寄ろうとしたリースに白い光が放たれる。ジェームスは彼女の手を強く引き、光の軌跡から救い出した。
とっさに深雪は背後に庇うサーガ家の兄弟達を白い結界に庇う。
オーラが背後の小さな石を砕いたのを見て、アンドリューはナイフを持ち替えながら小さく苦笑する。
「‥‥オーラの力。あいつ、あれも立派な魔法だという事に気付いていないのか?」
「カイン! 目を覚ませ!」
結界の中から弟に向けてマイトが怒鳴った。
「兄ちゃん、姉ちゃん‥‥ララ‥‥俺は手に入れたんだ。魔法の力」
ゴウッ! カインの側から、魔法が放たれた。炎の玉。
だが、それは結界も、冒険者達も避けて地面にぶつかり、砕け消える。
「もっと、大きな力を手に入れられる。だから貸してくれ‥‥兄さん達の力を‥‥」
カインは笑いかける。その笑顔はかつて共に旅した時と一見同じに見える。だが、違うと、そこにいる誰もが気付いた。
アンドリューは、その中で最初の一歩を躊躇わずカインに向けた。瞳を逸らさず、真っ直ぐに呼びかける。
「カイン! 聞け! お前に憑依しているアル・ブラス、奴は封印に携わった一族への復讐と封印解除の為に、力を欲したザイードに憑依してそそのかし、ホーリィを殺した。これが真相だ」
「母さんの、仇の力を借りてまで、魔法が欲しかったのかい? あんたにとって母とはその程度のもんだったのか!」
「‥‥えっ?」
クリムゾンの啖呵に動きは止まった。彼は知らなかった筈だ。アル・ブラスが母の仇だと。
「カインのバカ! 早く戻ってきなさいよ! でないと承知しないから!」
「ファーラさん、泣いてたわよ。ホーリィさんが亡くなった時の悲しみをまた皆に味合わせる気なの」
イフェリアの優しいが強い声が、気丈に声を上げるファーラの思いを包み込むようにカインに届ける。
「‥‥カイちゃん。一緒に、おうちに帰ろう?」
「カイン兄ちゃも持ってるの‥‥『そるちゃ』って言う魔法を、霧や闇の向こうの光‥‥希望って言う名前の光の魔法を心に持ってるの!」
小さな背中でララを庇うようにしながらも天狼は一歩も引かない覚悟でその思いをカインにぶつけた。
剣を構えようとしていた手が、震えるように下に下がる。
「そんなまやかしの力に頼ってはなりません。本当に大切なものは、小手先の技術や魔法の力などではなく、困難に立ち向かう勇気と優しさ‥‥貴方はもうその事に気付いている筈です」
「カインさん‥‥」
一人の影が動いた。
「リース!」
止める間もあらばこそ、リースはカインに近づき触れ、全力の魔法をかけた。彼の心を励ます為に。
「うわあっ!」
手を押しのけて、カインは膝を付く。その背に向けてリースは転びながらも強く叫んだ。
「貴方を助ける。絶対に。だから心を強く持って、アル・ブラスに負けないで!」
「負けるなカイン! 悪霊などはねのけろ!」
「う、煩い! 止めろ!」
駆け寄ってリースを庇うジェームスの言葉と同時に大地が揺れた。冒険者達が大地の咆哮に身構えた為、一人の人物が歩み出たのに気付くのが遅れた。
「‥‥アル・ブラス。バカ弟を放せ。血ならくれてやる」
「ウィンさん!」
‥‥いつの間にかそこには結界から抜け出てきたウィンの姿があった。
「お前の魔法なんか、大した事は無い。復活しようが絶対に俺達と冒険者が止めてみせる。弟の影に隠れるな!」
シュッ!
手に持っていたナイフが彼の手首に閃いた。赤い雫が一滴、大地に沈む。
微かに、地面は揺れた。だが‥‥直ぐにまた静寂が戻る。
「何故だ? 何故??」
その声はカインでは無いところから聞こえる。一つの確信を込めてエヴィンは叫んだ。カインに向けて。
「俺ごとあいつを殺せ‥‥か。甘ったれるな! 罪から永遠に逃げる事など許さない。自らの罪は生きて償え!」
エヴィンの最後の声が静かに響く。
「お前には帰る場所も‥‥家族もいるんだ」
ビクン! カインの肩と身体が爆ぜるように動いた。
他者には聞こえない叫びが石の杜に響き、次の瞬間冒険者達は見た。
カインの身体から、暗い影が噴き出して抜けていくのを。
『何故‥‥何故だ。お前に自然を従える力を、やろうというのに‥‥。力が欲しくないのか? 世界も制する魔法の力を‥‥』
「俺の‥‥家族を、これ以上‥‥傷つけさせたりしない‥‥。それくらいなら‥‥魔法なんて‥‥」
「カイン!」
地面に崩れ落ちるように倒れ伏たカインを、ウィンは駆け寄ってしっかりと支えた。
リースが近寄り抱きしめる。意識は無いが、呼吸は規則正しい。
「大丈夫。生きてます!」
「よくやったな。後の事は任せておけ、古びた亡霊など、俺達が始末してやる!」
「早く、こちらへ!」
深雪の作った結界にリースとウィン、そしてカインは滑り込んだ。
彼らが懸命に治療する頃、その奥は冒険者達がカインから離れた黒き影と対峙していた。
恐ろしいまでのプレッシャーが迫ってくるが、剣を、弓を握り締めた冒険者達の目に怯みは存在しない。
「何故、このような事をするのです? 死してなお、何を望むのですか?」
深雪の涙を浮かべた問いに、影は否定するように大きく揺れた。
『そなたらこそなぜ、邪魔をする。我は王と共に‥‥この地を‥‥自然の大いなる魔法の溢れる地にする使命が‥‥その為には臣民の命など小さな犠牲‥‥何故それが‥‥皆、解らぬのだ!』
すでに幾閃もの聖なる魔法を受け‥‥邪悪なる影、アル・ブラスの覇気は薄れてきているように感じていた。
彼からの魔法も、冒険者に少なくない傷を与えていたが致命傷にはなっていはいない。
それには魔法の守りの効果もあったが、強き意思がそれをなさしめていた。
「封印されてまでゴルロイスとやらに義理立てするとは、ご苦労な事ですわね」
彩鳳が嘲るように言葉を向ける。だが、返事は予想とは反する。
『わが王は、偉大なる魔法使い。自然を従える大いなる賢者‥‥古き知恵と力で‥‥世界を‥‥』
(「魔法使い? では、ゴルロイスとは関係ない?」)
戸惑いを顔に出さず見つめる彩鳳の横で、思い出したようにアンドリューは呟く。
「マグメル・メグメル・イ・ブラセル。ルイズ・ソウェル・ナ・ソルチャ‥‥」
『!』
「過去に囚われし怨霊よ。ここはもう生きとし、生けるものの世界だ!」
彼の呪文に怨霊の動きが止まる。瞬きして、何かを思い出すような仕草にそれは見えた。
小さく、決定的な隙。
聖なる祈りの加護を受けた銀の閃きが、聖なる力が彼を取り囲む。
「消えろ! アル・ブラス!」
「帰りな! 闇の彼方に」
「悪いことする子はめっ! なの!」
『う‥‥ぐぐぐ‥‥、こ、ここは‥‥! うわああ!!』
「ふん、封印の鍵を前にしておめおめと逃げるのか。たいした事ないな」
ナイフの投擲に最後の逃亡の力さえ封じられ、蠢くゴースト。その中心。人の面影の僅かに残る所に狙いを定めキリリ、イフェリアは弓を引き絞った。
「アル・ブラス‥‥古の魔法使いよ。サーガ一族は、私達は決して邪悪な意思に屈しない。もう一度この地で眠りなさい」
シュン! 微かな音と、絶叫。
身体の全てを震わせるようなその声を冒険者達は忘れられそうに無かった。
遥か過去からの怨嗟の思い、そしてそれを抱き続けさせた‥‥心の奥に抱く光への羨望。
『この地に‥‥復活を‥‥光の都を‥‥もう一度あの方と‥‥タリエ‥‥』
瞬きの後、彼はこの世の全てから消えた。
魔法使いアル・ブラス、消滅のそれが瞬間だった。
夕暮れの太陽の中、冒険者達は眩しげに見つめた。
太陽の輝きよりも眩しいもの。
戻ってきた家族を抱きしめて泣く‥‥姉妹達。そして兄弟達。
「帰る場所に‥‥家族か‥‥」
一瞬エヴィンが浮かべた表情は、逆光に消えた。
「さあて、帰ろう。俺達の‥‥戻るべき場所へ‥‥」
彼らは帰還した。
本当に大切なものを取り戻して‥‥。