●リプレイ本文
「いけいけシフール騎犬隊〜♪ ルーニー君、ファニー君。ソールズベリは少し遠いですが頑張って下さいね」
ひらひらと空を飛びながらギルス・シャハウ(ea5876)は足元を走る愛犬たちに声をかけた。
「馬のように、乗っていければ楽しいのに。僕も騎乗の練習をした方がいいのかなあ?」
少し残念そうなギルスを陸奥勇人(ea3329)は小さく笑って見た。乗馬のように乗ろうとして落っこちかけたギルスを支えたのは彼だから。
「本来、乗用じゃないからねえ。やっぱり、訓練が必要かもしんねえぜ、乗せる方にも乗る方にもな」
「ソールズベリ‥‥か。夏至の日に行ってみたかったが、あそこで今度は一体何が」
アリオス・エルスリード(ea0439)は言いながら考え込む。以前行った時とはまた別の‥‥何かが始まる予感がする。リースフィア・エルスリードからの見送りと祈りの分も、無事に戻らなくてはならない。
「夏至の調査の時、森で怪しい婆さんを見た奴がいたとか噂は‥‥あったよな? 孤児院の子達が何か言ってなかったか?」
「我輩も直接会ったわけでは無いのではっきりと怪しいとはいえないのであるが。確かに」
子供達と遊んでいた時、そんな話を確かに聞いた。勇人とマックス・アームストロング(ea6970)はその時の話を知っている限り仲間に語った。
「子供? 孤児院。ほおっ? それは楽しみで‥‥」
じゅるる‥‥。何故か舌なめずりの音がする。一体何に舌を鳴らしたのか? 水野伊堵(ea0370)から一歩と半分下がりながらカノン・レイウイング(ea6284)は首を傾げた。
「とにかく、できることをやるしかありません。急ぎましょうか」
仲間を促す夜桜翠漣(ea1749)に頷いて風霧健武(ea0403)は足を早めた。
何が起きるのか、何が起こるのか。まだ、誰も知る者はいない。
領主館は冒険者達の前に開かれている。
「いつもすまないな」
「いや、気にするな。で、現状に何か動きは? 何でもいいんだ、新しい情報があれば聞かせてくれ」
依頼人のしかも貴族に対しての言葉遣いではないが、領主ライル・クレイドは勇人の口調を気にする様子も無く執務官に合図し何かを持ってこさせた。
「これは?」
ギルスの問いかけにライルは羊皮紙を冒険者の前に広げる。
「最近ソールズベリ近辺で行方不明となった者の名だ。依頼に出した猟師は家族がいたからだが、旅の商人や、木こりなど数名の行方が判らなくなっているようだ」
全員ではないがそのうち数名は、森に行ってから姿を見なくなった、と近所の者は語った。
その数、約半年程で5〜6人になる。
資料と森の概略を冒険者達に示した後、ライルは彼らに向けて言葉を続ける。
「あの森は、昔はそれほど危険な場所ではなかった。花や果物を採りに行く女などもいたほどだ。だが、近年モンスターなどの数も増えて危険になってきた。それなのに、あの森に住み着いている老婆がいる、と連絡もあった」
「老婆?」
「一人で?」
冒険者達の問いにライルはああ、と頷く。
「鉤鼻の老婆が森にいる、と調査隊が報告してきた。一体何を目的としているかも解らんが、街へ来いという誘いは断ったという」
強引に連れてくるべきだったのかもしれないが、オールド・セイラムの者や家族のいるものではないようだったので、調査隊は無理強いはさせなかったという。
「君達の調査次第では対応を変える事も必要になるだろうが‥‥」
とりあえずの今回の所は森の調査と行方不明者の捜索。とライルは念を押した。
「‥‥正直、もし生きて戻る気があるのであればもう戻ってきてる筈。つまりは、何かがあったと思われる」
気をつけろよ、と結んだライルの言葉に冒険者達は頷いた。
夫を待ち続ける妻は気の毒な程に憔悴しきっていた。
今にも倒れそうな細い肩、揺れる瞳は泣きはらしたのだろう。真っ赤に染まっていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい‥‥ありがとうございます」
気遣う翠漣が妻の肩を抱きそっと座らせると、彼女は静かに頭を下げた。
「辛いでしょうが、どうか話をお聞かせ下さい」
「夫の特徴と、服装、そして所持品だな」
「はい」
健武の問いに彼女は背が高めで金髪、手縫いの服を着て、弓とカバンを持っていった、と説明する。結婚指輪をしていただろうとも。
「あの日の少し前、夫は森で老婆と出会った、と話してくれました。彼は家族を亡くしているのですがその老婆はどこか彼の祖母に似ていたのだそうです。エールをご馳走になり、ケガの手当てをしてもらった。嬉しかったと‥‥」
妻の顔がテーブルに突っ伏した。彼女自身も何かを感じているのかもしれない。戻ってくると‥‥信じつつも。
「どうか、心を強く持って、そして待っていて下さい」
翠漣は彼女に向けて優しく微笑む。その微笑みは彼女をほんの少しだけ力づけていたかもしれない。
孤児院は元はライルの館。広い庭があり、晴れともなれば子供達の笑い声が響く。
「おお‥‥なんすかこのパラダイスは。すげいよソールズベリ‥‥ッ!」
興奮気味の伊堵に少し、マックスは眉を上げた。
じゅるり、じゅるりと舐められる舌、表情もどこか怪しい者を漂わせて‥‥
「おぼっちゃん、おねいさんとあっそびましょ〜〜♪」
「これ、水野殿! 今はそのような時では‥‥」
マックスの忠告も聞こえないフリをして伊堵は庭で遊んでいた子供達の特に少年達に手を伸ばす。
「頬っぺたきれいやね。食べちゃいたいくらい‥‥いただき‥‥あ!」
突然動きを止めた伊堵の横を通って、少し遅れてやって来たギルスと勇人はマックスに目配せした。
「お待ちしていました‥‥」
「ご機嫌はいかがですか?」
現れた二人の大人が冒険者達を出迎える。側には少年が一人促されて立っていた。
「お二人とも元気そうで何よりである。では早速だが」
ライルから話が行っていたらしい。
冒険者達は早速要件に入った。子供達の間に立ち尽くす伊堵以外は‥‥。
「鈎鼻、白と言うか灰色の髪、黒い目、薄黒いローブ‥‥爪が長いのが目に付いた‥‥」
カノンは、捜索隊から聞いた人物の特徴を羊皮紙に書き出していた。
「あれ? 白髪が混じった黒、でしたっけ? 爪が長いとは言っていなかったかもしれませんわ?」
「出会った二組は別々に出会ったらしいな。同一人物の可能性もあるが‥‥! こっちだ!」
少し混乱気味のカノンを横に、アリオスは手招きする。酒場の入り口で場所を迷っていた冒険者達は真っ直ぐとそのテーブルを目指してやってきて腰をかけた。
集まってきた八つの頭はそれぞれに、集めた情報を考察を込めて仲間達に知らせていく。一つの情報は八つの情報となって、それぞれの頭に吸い込まれる。
「森で子供が会った老婆ってのは、確かにこんな感じだったようだな。爪の長さ? そこまでは聞いてないな」
捜索隊からアリオスとカノンが聞いた特徴と、勇人が子供達か聞き出した特徴は大よそのところで一致する。
「でも‥‥性格はまるで違うように話していたな。ある人物は優しい感じのする老婆、でも別の人物は偏屈さが漂っていた、という」
「なんすか一体。まるで証言がチグハグですが、実は双子の姉妹でした、とでも言うんですかねい?」
冗談めかした水野の口調だが、目は真剣そのものだ。仲間達も誰も笑いはしない。
「後は、直接行ってみるしかないでしょう。猟師達は街に近い森の南を主に猟場にしていて‥‥けれど最近南は皆が猟をするだけあって実入りが減っていた。だから、北に向かったかもしれないとのことです」
「老婆の家らしい洞窟も北らしいな」
「偏屈な老婆は、家では無い所で出会ったようで‥‥家はどこだか」
「手分けするのはいいですが‥‥単独行動は危険ですよ」
「それじゃあ、二手に別れましょうか?」
彼らの真剣な相談は夜遅くまで続いた。
森は深くは無いが広い、とライルは言っていた。奥に入るに従いその表現が正しいことに冒険者達は気付いていく。
足元の草は日が当たっていないためそれほど重いわけではないが、長く歩くうち冒険者達の足を取る。
「きゃあ!」
バランスを崩したカノンが尻餅を付く。
「大丈夫であるか?」
「は、はい。なんとか‥‥」
マックスが差し出した手をカノンは取って立ち上がった。
「おや、膝をすりむいてますねぃ。今ポーションでも‥‥ん!」
巻物を広げ、何回目か唱えた呪文の直後、アリオスは顔色を変えた。伊堵は黙って刀を抜き身構えた。
「人影が‥‥一つ。来る!」
カサカサ、木の陰からひょい、と頭が覗いた。
可愛らしい笑顔を浮かべた老婆の顔がこちらを見ている。
「おや?」
冒険者達は少し気が削げた。ニコニコと笑う優しい表情に伊堵も刀を鞘に戻した。
老婆は躊躇いも無く冒険者達に近づくと、カノンの膝を優しく撫でた。まるで母親ようにさえ感じられるとカノンは思う。
長い爪が肌に当たらなければ。
「お婆さん? えっ? こっちに?」
立ち上がり、と冒険者を手招きする。顔を見合わせながらも付いていった冒険者は古い小さな洞穴を見つけた。
小柄な老婆はその中に入っていくが、背の高い冒険者は屈まないと入れない。巨体のマックスなどは入ることさえもできない。
「我輩、ここで待っているのである。‥‥皆々気をつけるのである」
潜めたマックスの声が聞こえないように、冒険者達は気をつけながら洞に入っていった。
部屋の中には粗末な竈、そこにかけられた不似合いなほど大きな鍋。
あとは、種類の解らぬ草があちらこちらに干してある。
「お婆さん。この辺で行方不明になった人を‥‥知りませんか?」
カノンは椅子に座らせさせられ、傷口になにやら葉っぱを貼り付けられた。傷の痛みは無くなっている。
どうやら、薬草のようだ。
「すまんが、俺達は人を探して‥‥あのな?」
アリオスとカノン二人が、口調を変えながら何度も話しかけるが、老婆はまるで聞こえないように足を止めることもせず、くるくると働いた。
カノンの傷の手当てをし、いくつものジョッキをと運んで冒険者達に差し出して。
「私は飲み物を頂きませんの。ごめんなさい」
「‥‥頂くか。ありがとう」
「どうも、すみませんねぃあ、良ければ外の仲間にも‥‥」
外のマックスの所に老婆がジョッキを運んでいる隙に中身をそっと捨て、伊堵は部屋の中や干してある草花を覗いてみた。
「あ? これは?」
「!!」
鍋の蓋を取り、中を覗く。丁度その時戻ってきた老婆は伊堵の手に持っているものを一度だけ指差してから、腕をぐるぐると回した。
止めろ、という意味だと察して伊堵は蓋を閉じて一歩下がる。
「いやあ、ごめんなさい。ちょっとお腹がすいてたもんでねぃ」
「では、そろそろお暇するとしよう。ありがとう」
老婆は微笑し冒険者達を見送る。
その眼差しを背に感じながらアリオスは伊堵の耳に囁いた。
「何かあったのか?」
「あったと言えば‥‥いや。これ‥‥なんでしょうねぃ」
伊堵はさっき、老婆の目を盗んで鍋底から拾い上げたものを背後の様子を確認してから仲間達に差し出す。
「これは指輪? まさか‥‥?」
彼女の手のひらの上には真っ黒く染まった小さな輪が沈黙と共に載っていた。
「ちょっと、こっちじゃないんじゃありませんか? ルーニー君! ファニー君!」
先行する犬達をギルスは必死になって追いかけた。
「‥‥そのまま行かせよう! ギルス!」
勇人はそう言って自分の犬の様子を見ながら目配せして止める。
捜索隊のメンバーが見たという老婆の家はこちらでは無かった筈。何故か森に入ってすぐ犬達はこちらに来てしまった。
犬に妻から借りた帽子の匂いを追わせて行方不明者捜索を、と思っていたのだがちゃんと訓練もしていない犬達にやらせるのは少し難しいかも、と後で勇人は知る。
だが、走っていく犬達、彼らは彼らなりに何かを感じているのかも。
翠漣と健武にそう説明して四人で、彼らは犬達を追いかける。
広い森を足早に走っていた、その時だ。
「誰だい!」
少し開けた場所に出た時、冒険者達の足は止めさせられた。
身体をビクリと硬くして翠漣は声のする方に目をやる。
そこに立つのは一人の老婆。手には罠で捕らえたのだろうか? 兎を掴み鋭い形相でこちらを見ている。
「この犬達をなんとかおし! 邪魔だったらありゃしない!」
犬達は兎の血の匂いに引き寄せられたのだろうか? 老婆の側をぐるぐると回っている。慌てて勇人とギルスはそれぞれの飼い犬を押えた。
「すまねえな。婆さん。こっちも仕事なんだ。最近こんな風体の猟師を見なかったか? 行方を捜してるんだが‥‥」
優しく勇人は笑って見せる。だが老婆の反応は冷たい。
「知らないね!」
「すまぬ。誰か薬を持ってはおらぬか? さっき木で切ってしまった」
健武は腕を押えながら老婆の前に進み出た。話を変えるため。そして‥‥試すため。
「すみません、ちょっと‥‥」
がさごそと、翠漣がバックパックを探す真似をした時、乾燥した葉が一束、健武の顔に投げつけられた。
「ふん! こんなの傷のうちに入らないよ。これでもつけてとっとと帰りな!」
礼を言う間さえなく素早い足取りで木陰に消えてく老婆を、冒険者達は追おうとした。
だが足は進まなかった。
何故なら‥‥彼らは気付いてしまったから。
「!?」
足元に小さな塚がある。気をつけなければ見逃してしまいそうな土饅頭。その上に汚れた弓とカバンが乗せられて‥‥。
勇人と健武、二人は同時に地面にしゃがみ込んだ。土に手をかけて掘り返す。
嫌な予感が冒険者達の間を過ぎった。そして、それはやがて現実となる。
「こ、これは!」
翠漣は小さく声をあげ、ギルスは十字を切った。
預かった帽子とお揃いの色合いの服が、土の中で妙に冴えて見える‥‥。
そこにはもの言わぬ、言えぬ白骨が埋められていた。