【ソールズベリ】迫り繰る闇からの手

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 17 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月13日〜07月23日

リプレイ公開日:2005年07月20日

●オープニング

「ご苦労だったな‥‥。だがどうやら、嫌な依頼になりそうだぜ」
 キャメロットに戻った冒険者達に係員はそう言った。
「どういうことだ?」
 森で冒険者達が発見した白骨は、衣服、髪などから行方不明になった猟師のものだとほぼ断定され、家族の下へ返された。
 その場に立ち会った者は残された妻の慟哭に、顔を上げることさえもできなかったと語る。
 確かに楽しい依頼では無かったが、嫌な依頼とは、どういう意味だろうか? といぶかしむ冒険者に係員は領主からの依頼書をもう一度指し示した。嫌な依頼の意味も‥‥
「いいか、よく聞けよ。行方不明になって10日足らずの人間が、何故白骨になっていたと思う?」
「?」
「喰われていたんだよ。あの被害者は‥‥」
「喰われて‥‥って何!」
 その余りにも衝撃的な言葉の意味を‥‥理解した時流石の冒険者も自分の身体から血の気が引くのを感じた。
「白骨に残された僅かな肉片が、歯型をしていたということだ。頭蓋に穴が開いていて‥‥目も内臓も無かった。骨以外ほぼ全て、と思っていい」
「それは‥‥つまり‥‥」
「あの森に食人鬼がいるってことだな」
 係員はなるべく平静を装って言った。だが、その声は震えている。
 当然の事だ。人を食べる存在を受け入れられる者などいない。
 嫌な依頼の意味が、冒険者達にも解った。
「セイラム侯からの依頼がまた来ている。引き続きこの事件の調査だな。犯人、いや多分人では無いんだろうがそれを突き止めてくれ」
 今回の猟師は発見されたが、まだ見つからない行方不明者が数名いる。確認されているだけでも。
 その数名も、また被害に合っているかもしれない。そして、これから増えるかもしれない。
「今はセイラム侯が情報を制限している。あの森に人喰いがいるらしいことは、死体を確認した教会関係者と、この依頼を受ける者しかしらない。危険な‥‥仕事になるだろう。無理強いはしない。それでも、引き受ける奴は行ってみてくれ」

 嫌な依頼になるだろう。
 だが、放っておくこともできそうに無かった。
 あの妻のような涙を流す者を少しでも減らすために‥‥  

●今回の参加者

 ea0370 水野 伊堵(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0403 風霧 健武(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

 セイラムの街は新しく出来たばかり。
 墓地はまだ空白の土地が広がっている。
 墓守の老人は悲しげに息をついた。立てられた新しい墓標に。それに跪く若い女に。
「年寄りから死ぬ、それが自然の摂理であろうに‥‥?」
 まだ訪れる人も少ないその場所に、二人目の人物がやってきたことに彼は目を見張った。
 その人物は野の花束をそっと墓標の前に置いて手を合わせた。
「あ、あなたは‥‥」
「前は待っていてくださいなんて無責任なことを言ってすみませんでした‥‥」
 静かに柔らかい口調で彼女はそう言った。指輪を握り締めたまま瞳に涙を浮かべていた彼女はその思いを、涙を全て吐き出すように泣いた。
 夜桜翠漣(ea1749)の胸の中で‥‥。

 教会前の広場は若草が拡がっている。その小さな草原を犬達は嬉しそうに駆け回っていた。
「ルーニー君! ファニー君も、言う事を聞いて。ほら、遊ばない! あ、服を引っ張っちゃダメですよ〜!」
「動物に教えると言うのは一朝一夕では難しいぞ、根気良く続けていくことだ」
 大聖堂前のクロースで犬の訓練をしていた(実は犬に遊ばれていた)ギルス・シャハウ(ea5876)は慌てて飛び上がり笑いながら現れた人物に、丁寧に頭を下げた。
「大司祭様。この度は‥‥」
 口を濁すギルスに大司祭はなんとも言えぬ表情を浮かべた。
「また、そなた達に手数をかけるのお」
「いえ、これは僕達の仕事ですから。ですが‥‥」
 言いかけて止めたギルスの問いに大司祭は静けさを抱いた声で答える。
「生きるために人を狩るモンスターを、その存在を完全に否定することはできぬ。だが、この世の生き物全ては死なないために抵抗する事を許されている。苦しみ、もがき‥‥それでも次代に命を繋ぐためにな」
 そう言って彼はギルスを祝福した。
「命を守らんとするものに神の祝福を」
 迷いは消えないが心の中に勇気が沸いて来たような気がする。
 そして、心からの感謝を述べるとギルスは改めて大司祭に向かい合った。
「依頼を解決するために‥‥どうか、お力をお貸しください」

「狩人よりも小柄? 犯人がか?」
 食人鬼の正体にしては思いかけない形容詞に陸奥勇人(ea3329)は聞き返すように目の前の老人を見た。
 領主からの命を受けて冒険者に説明するタウ老人はこくんと首を前に動かした。
「そうじゃ。歯形や僅かに残った指の後から、そう推察される。人の歯よりも尖っているようだ。オーガの種類かもしれん」
 教会の者が検死した結果骨に残った歯形は大きいものでは無かった。だが、小さい割に強い力で千切られている。
 脳は石のようなもので砕かれて、穴から吸い取られていた。火にかけられた形跡もあったようだった。
「何かで煮られたのかもしれん。何にしても哀れなことじゃ」 
 呟くタウ老の言葉にマックス・アームストロング(ea6970)は歯を食いしばった。目の奥が微かに熱くなる気がする。
「食人鬼か‥‥遺跡に子供たちを連れてった時に何も無くて幸いだったぜ」
 言いながら勇人はふと思い出したように問いかけた。
「タウ老、あの森に住み着いてる老婆がいる、という話だが何時頃からいつ頃から住み着いたか知ってるか?」
 あの森に二人の老婆らしい人物が確認されている。同一人物かもという疑いは拭えないが別人ならば一人はブラックアニス、そしてもう一人は人間なのかもしれない。
「‥‥その人物とは関係ないかもしれないがあの森には昔、古代の遺跡を守る巫女の末裔が住んでいたという。わしは詳しくは知らぬがな」
 ここ数十年来、その巫女の末裔がセイラムの街に姿を現したことは一度もない。
 広い森の全てを探索したわけではないから、いつから彼女がそこにいて、住み着いているのかそれさえも確証は持てはしないが‥‥。
「住んでいるとしたら何か意図があっているのであろう。我々の知らぬ思いが‥‥あるのかもしれぬ」
 ソールズベリの古い歴史、そこにはまだ、冒険者どころか領主、司祭、老人でさえも知らない何かが隠されているのかもしれない。
 だが、深い森の中で出会ったあの人物を勇人は何故か嫌いになれなかった。単なるカンであっても。
「とりあえず、行って見るしかねえな」
「そうであるな‥‥」
 二人は立ち上がった。森で待っているであろう仲間達と真実を見極めるために‥‥。

 森の中に柔らかい竪琴が響く。
 小鳥達に歌を歌って聞かせるカノン・レイウイング(ea6284)はさっきの『会話』を思い出していた。
 動物達に歌を歌うと約束して聞いたあの質問を。
「近くに住んでいる二人のお婆さんはわたくしと同じ人間ですか?」
『あっちスキ、スキ!』『こっちコワイコワイ!』
「お婆さんは人間を食べましたか?」
『ワカラナイ、ワカラナイ』
 どうも要領がつかめない。
 動物達にそこまでの判断を仰ぐのは難しかったかと後悔もするが、音楽を奏でているうちにあることに気付く。
(「少なくとも、あっちとこっちにスキなお婆さんと、怖いおばあさんがいる、ということですわね」)
 方向から言えば「あっち」は死体発見現場の方角、こっちはあの優しい老婆の家の方向。やはり‥‥。
「カノン、そろそろいいか?」
「あ、はい。今行きます」
 演奏を止めて風霧健武(ea0403)の呼び声に従ったカノンは、仲間の元に集まり、さっきの情報を仲間に告げた。
「やはり、そうか‥‥」
「やはり、とはどういうことですかねぃ?」
 腕組みをするアリオス・エルスリード(ea0439)の言葉に水野伊堵(ea0370)は首を捻る。街での聞き込みを終えた仲間達の話を完全に聞き終えてからアリオスは彼自身の情報を語る。
「あの塚を作ったのは老婆の一人だと木々が言っていた」
『二週間前』『おばあさんが』『一人で』『作った』と木々はアリオスの魔法にそう答えてくれていた。
「どっちか、までは解らないのですねぃ。食人者ですか‥‥。うぅ、なんとおぞましい」
 ワザと背筋を震わせて見せる伊堵とは反対にアリオスの表情は冷静に見えた。
「喰い、喰われるは世の定め。ヒューマノイドが特別というわけではない」
「それは、事実ですが‥‥人間にも抵抗する権利がありますからね」
 大司祭に言われた事を思い出しながらギルスは顔を上げた。教会で聞いた情報と、仲間がタウ老人から聞いた情報。
 照らし合わせれば、道具を上手に使うことなく、だが、薬草や毒草の知識に秀でたオーガ種の存在が見えてくる気がした。
 しかも煮られている、ということは大きな鍋が必要な筈‥‥。
「単純に考えると、愛想の良い老婆が人間に化けたオーガということになるか」
「私もそう思います。ただ、証拠はありませんから‥‥」
「今まで見たオーガが犯人なら、獲物を喰い散らかして跡形も残さねぇ感じだが、今回のは遺体に加えて衣服やら持ち物まで残されてた。これだけでも、普段とは毛色の違う相手って感じがするぜ」
「二人の老婆は似ている。だが、別人かどうか確かめる術はあるはずだ」
 そろそろ行くべきだろう。立ち上がりかけたアリオスは健武の言葉に頷いた。
「爪‥‥だな。解った」
「無理はしすぎないで下さいね。きちんと捕まえる段取りがつくまでは待つのが無難です」
「りょーかい。まだ死にたくはないですからねぃ。‥‥なにしてんです?」
 前半は翠漣に、後半はマックスにかけられた言葉である。伊堵に言われて上半身裸になっていたマックスはいや、と笑う。
「手数が足りぬゆえ、鷹の手でも借りたい。ちと説得を‥‥な、ワトゥスン?」
 どこか怯えた様子さえ見える鷹の様子に、彼が何をしたのか想像した冒険者は‥‥それ以上追求するのは止めた。
「美少年の裸ならともかく、脂ぎった男の裸なんぞ観賞に耐えませんよ。とっとと行きましょう」
「何を、伊堵殿、この筋肉美と誠実さの前には誰であろうとも‥‥」
 無言で先を行くアリオスと伊堵を慌てて服を着て追いかけるマックス。
 冗談のような光景だが、見送る仲間達は心配はしていなかった。  
 彼らはプロの、目をしていたから‥‥。

 仲間と別れた冒険者達五人は、まずは被害者を発見した塚のところやってきてみた。
 考えてみれば偏屈な老婆の家を彼らは知らない。まずは、老婆を見つけないことには話を聞くこともできないのだ。
 草地や足跡に注意をしながら探して見ると、冒険者達は最初に見つけた塚の周囲にいくつか同様のものがあるのを見つけることが出来た。
 靴や、服、剣などが添えられたそれは土饅頭に過ぎないが。
「これは‥‥やっぱり」
 呟いた翠漣は軽く手を合わせた。だが、立ち止まってはいられない。
「はやて、どうだ?」
「ルーニー君とファニー君、頼みますよ」
 三匹の犬達は今度は走り出すことなく、静かに森を歩いて行った。
「獣は‥‥あちこちにいるようですが、モンスターはいないのでしょうか?」
 カノンは周囲を伺いながら疑問を口にする。
「森の中で一人暮らしている、もし、モンスターで無いとしても何かが‥‥うっ!」
「あたしに‥‥何か用かい? この森に来るなと言っておいたはずだよ!」
 先頭を歩いていた健武は思わず後ずさった。その迫力押されたから、というのもある。
 だが、気付かなかったのだ。彼が、老婆が側に近づくまでその存在に。
「い、以前、薬草を貰った恩を返したい。何でも良いから手伝いがしたい。手伝わせて貰えないか?」
 取り繕うように発せられた言葉に老婆は、ふん! と鼻を鳴らして顔を背けた。
「あんたらの手助けなど必要ないね。とっとと帰りな。それが一番の手伝いだよ!」
「この辺はモンスターや人食いが出るとの噂があります。危険ですのでご一緒に街に行きませんか?」
 これは反応を伺う為の問いかけだったが、冒険者達は見逃さなかった。街、その単語が出た時、一瞬浮かんだ彼女の悲しげな顔を。
「ばあさん‥‥正直に言う。俺達はこの森の調査を頼まれた冒険者だ。あの狩人の遺体を此処に埋葬してくれたのはあんただろ?」
「‥‥彼の遺体は家族の下に帰しました。彼の家族は例え遺体であろうとも彼の帰りを待ち望んでいたのです」
 勇人の顔に真剣なものを感じた翠漣もまた、老婆に向け真実を語ることにした。少なくとも彼女に敵意を、殺意を感じなかったからだ。
(「優しいお婆さまに見えますね」)
 二人の説得に顔を背ける老婆をカノンは観察した。手に握られた杖が微かに揺れる。
(「あ、爪が短い‥‥」)
「他に行方不明になってる奴もいる。早くそいつらも家に返してやりてぇんだ! 彼をどこで見つけたか教えて貰いてぇ。この通り、頼む!」
 土下座しかねない勢いで勇人が頭を下げたその時だ!
「危ない! オークが来る!」
「ゴブリンも。気をつけて!」
 殺気に声を上げたギルスと健武に遅れる事ほんの僅か、残りの冒険者達も臨戦態勢に入った。数匹のゴブリン、一匹のオーク。
 勇人はとっさに背中に老婆を庇った。ニッと軽く笑って。
「婆さん、危ないから下がってろ‥‥よ」
 背後を軽く見た勇人は眼を瞬かせた。冒険者達も驚きの目を開く。
「この森に入るでない! 愚か者よ!」
 太陽の光が彼女の指に集まり、放たれる!
「ぐわああ!!」 
 焼け付くような黄金の光が先頭のオークを撃った。膝を付く敵のスキを冒険者達は見逃したりしない。
 あっと言う間に彼らがオーガ達を片付けた時、気付けば彼女はそこにはいなかった。
「助けて‥‥くれたのか?」
「あれは、陽の魔法。陽の魔法を使うオーガなど‥‥」
 いるはずがない。
 だが、それ以上の問いの答えはまだ見つからなかった。

「おや、かえってきましたねぃ」
 伊堵は鉢合わせを避けるため部屋の隅でとっさにパラのマントを被る。
 背が高いほうではない伊堵だが、マントはやはり小さい。亀のように蹲り動かないでやっと、身体を包むことができた。
 視線をろくに上げることもできないが、音は聞こえる。部屋の中で帰ってきた老婆がしていることの音が。
 火の燃える音、水が入る音、その水に投げ込まれる何かの断末魔。
 その意味を察した時、流石の伊堵もほんの僅かだが背筋に寒気が走った。
 だが、動けない。
 火の燃える音がやがて収まり、聞こえてくるぐちゃくちゃと鳴る舌の音。
 カンが確証に変わる。
 それでも、今は動けない。 
 バサバサバサッ!
 鳥の羽ばたく音が何故か洞窟の入り口の方向からやたらと大きく響いて聞こえた。
 物を置く音、遠ざかる足音。
 そのタイミングで伊堵はマントを外すと急ぎ足で外に出た。
「早く来い! 水野!」
 アリオスの手招きで素早く木の側に身を隠す。
 それとほぼ同時悔しげな顔つきで、足音が、老婆が洞窟に戻っていくのが見えた。
 長い爪の生えた指を空に向け、悔しそうな顔をする。追いかけていた獲物は手に入らなかったのだろう。
「大丈夫であるか? 水野殿?」
 降りてきた鷹を腕に止まらせながら気遣うようにマックスも駆け寄ってきた。
「家の中は良く見えなかったが、何か食べていたようだったな」
「あの老婆、黒い光で動物を打ち落として‥‥ん、どうしたのであるか?」 
 アリオスとマックスが気遣うように問いかける。
 その時伊堵の瞳に怪しいものが宿ったのを二人は見た。彼女は‥‥声を潜め笑い続ける。
「食べ物の鍋に指輪‥‥まさか指輪が隠し味じゃあないでしょうしね‥‥ククク」
「お、おい?」
「帰りましょう。皆にほーこくしませんと‥‥」
 スタスタと歩き出す伊堵を二人は追う。
「どういうことだ?」
 問いかけるアリオスに伊堵はきっぱりと言う。
「あのばーさんは人間じゃあありません。絶対」
 彼女の瞳は既に獲物を狙うハンターの目になっていた。
 

 セイラム侯ライルの下に一通の書簡が届く。
 差出人はオクスフォード侯。
「こ、これは‥‥」
 彼は声を上げ、手紙を握りつぶす。
『偽王打倒の為、我らは蜂起する。協力を願いたい』