【ソールズベリ】伝え行く思い、繋がる未来
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 17 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:08月10日〜08月20日
リプレイ公開日:2005年08月19日
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●オープニング
何が変わったわけではない。
だが、不思議に空が晴れ渡って、街が明るく見える。
そんな事を考えながら歩いていた彼は
「あのご領主様‥‥」
その声に振り向いた。
政務から一息を入れて、お忍びで街を見回っていたセイラム領主、ライル・クレイド。
正体が解っていても彼に声をかけるものはそう多くないのだが。目を留め、声をかける。
声の主はまだ若い女。
「そなたは‥‥」
顔を直接見た事は無かったが、話には聞いていた。確か‥‥今回の事件に巻き込まれた猟師の妻?
確認するライルに頷くと彼女は丁寧に頭を下げた。
「その節は、大変お世話をおかけしました。彼の埋葬も終え、今は周囲の人々に力を借りながらなんとかやっております」
「それは良かった。辛い事だったろうが、私も力になるゆえしっかりな」
「ありがとうございます。実は一つお願いがあるのですが‥‥」
「願い? 一体何だ?」
身体の前で腕を組み、捧げられた真摯な願い。ライルはその願いに笑顔で頷いた。
執務室に戻ると、補佐官が困った顔を見せる。事件の後処理が片付かない。その原因は‥‥。
聞いたライルはテーブルの上の羊皮紙にペンを走らせた。
「やれやれ、だが‥‥丁度いいかもしれないな」
「ご苦労さん。無事依頼完遂のようだな」
キャメロットの冒険者ギルドに戻った冒険者を、係員は笑顔で労った。
聖杯戦争も節目を超えた。
そしてまた、一つの依頼が無事、誰一人傷つくことなく終えられたことはうれしいものだ。
穏やかな空気の広がるギルドに、使者が一通の手紙を運んだ。
何度か見たことのある、ソールズベリからの使者。
「また、何かあったのか?」
緊張が走る。だが‥‥広げた係員の頬に浮かんだ笑顔は、消えない。
「ああ、心配ない。依頼は依頼だが、ちょっとした頼みごと、だそうだぜ」
『オーガ退治の功に感謝する。
だが、今一度ソールズベリーに足を寄せて貰えぬか?
オーガ、ブラック・アニス討伐の際に協力した老婆が姿をくらました。
おそらく森にいるのであろうが、老婆とは思えぬ身のこなしで部下達は手玉に取られているようだ。
彼女を捕まえて欲しい。
彼女自身を罪に問うつもりは無いが、事情を聞きたい。今回の事件のみならず、ソールズベリに関する重大な何かを彼女は知っている可能性がある』
冒険者達の間に安堵の空気が流れた。それと時同じく苦笑の混じった微笑みも。
「なさけねえなあ。ソールズベリの自警団はよ!」
「ちょっと訓練が必要かもしれませんねえ」
だが、先の戦いの時、時間が無く聞けなかった彼女の思い、事情、そして秘密。
それには冒険者達にも少なからず、興味があった。
ライルの言葉どおり、彼女は確かに何かを知っているはずだから。
どうしようか、と考える冒険者達の一人の背中を係員はポンポンと叩いた。
「なんでしょうか?」
依頼書とは別の、もう一つの手紙を彼は指し示した。
「あら? これは‥‥」
『優しい冒険者様 もし、お約束が叶う時があれば、どうか名前を贈って頂けませんか? 未来に繋がる我が子に‥‥』
●リプレイ本文
「太陽が笑ってますねえ。ルーニー君、ファニー君。今回はのんびり行きましょ〜」
眩しそうに空を見上げて笑うギルス・シャハウ(ea5876)に二匹の犬達は頷くように同時に尻尾を振った。
「確かにいい季節だ。少し暑いがな。この件が無事終わったらのんびり観光でもしたいものだ」
幾度もこの道を歩いた。だがゆっくりと風景を楽しみながら歩くのは初めてな気がする。穏やかな田園を眺めながらアリオス・エルスリード(ea0439)は伸びをした。
ここ暫く国中が慌ただしくて、騒がしかったから生き返るようだ。
「しかし、いろいろライルも大変だな。暗殺者に戦争。訓練が必要な部下に謎の婆さんだからな」
森は彼女のテリトリー。簡単には捕まえられないのも無理は無い。カッカと笑う陸奥勇人(ea3329)にエリンティア・フューゲル(ea3868)も同意した。
「まあ大丈夫ですしょ〜。ライル様なら〜」
「しかしあの嫗は一体何を『守って』いるのだろうな」
『御婆さんに失礼を働くんじゃないよ! お弁当を持ってちゃんとご挨拶して‥‥』
見送りの風霧芽衣武は風霧健武(ea0403)の気持ちを読んだようにそう言ってのけた。
あの老婆が健武には気になって仕方なかったのだ。
「彼女は約束してくれたのである! 事情は後で話すと。だから信じるのであ〜る!」
戦闘を行くマックス・アームストロング(ea6970)の言葉は前を向いている。彼はいくつかのソールズベリでの事件に関わった。
いくつかの謎と思いをその腕に抱く。だからこそ、信じるつもりだった。
老婆の約束を。
そんな賑やかな男衆から少し離れ夜桜翠漣(ea1749)は歩いている。彼女に預けられた手紙をもう何度も読み返しながら。
(「楽しみですね」)
花のような笑顔が咲いている。男達はその笑顔を邪魔せずに賑やかに、楽しく歩いて行った。
教会では冒険者の提案でミサが行われていた。
森で見つけられた被害者は猟師を含め10人以上に及ぶ。
彼らが安らかに天に昇れるように人々は静かに祈りを捧げていた。
「終わってしまった運命。だが、残された者は生きていかねばならぬ。どちらが苦しいか解らんがな」
「ですが、生きている限りきっと希望はあり続けます。人はその為に心を持っているのですから」
遠く聞こえる鎮魂の音色を聞きながら領主ライルと司祭ローランドは頷きあった。
『この街とも随分縁が出来たしな。何かの時には声を掛けてくれれば力になるぜ‥‥』
『のんびり過ごして心にゆとりを持つのも大事ですよぉ』
周囲を跳ね回る元気な子供達。その笑顔を見つめ空を仰ぐ。
今まで、未来を見つめ続けてきた。だが、未来を守る為には過去を知らねばならない。
冒険者達はそう言って出かけていった。
今頃、彼らは出会っているだろうか? あの老婆に。
どんな話をしているのだろうか‥‥。
「良く来たね。待っていたよ」
探す必要も無かった。
ライル侯の部下には決して姿を見せなかったという彼女は冒険者達が森に入るとほぼ同時に彼らの前に姿を現したのだ。
「やはり、姿を見せてくれたか。太陽‥‥遺跡の巫女よ」
アリオスの言葉を彼女は今度は否定しない。沈黙という肯定が示される。
「そう言えば、お互い名乗っていなかったな‥‥俺の名は健武‥‥貴女の名を教えてはくれないか? 」
「俺の名は陸奥勇人。こっちの二人はソウェルとルイズだ」
自己紹介の冒険者の後ろ。顔を出した少年と娘を見つめる老婆の顔に笑みが浮かんだ。
「太陽と月か‥‥いい名前を付けたものだね。せっかくこの地を離れても忘れなかった、ということか。あの子達は」
「どういう意味ですの?」
「何か、僕達の事を知っているのですか? 僕達の父さんや母さんのこと」
母親しか知らない娘と、父親の顔しか覚えていない少年の目が真剣みを帯びた。どちらも黙して語らなかったという。
故郷の話も、自分達の過去も。
「もし覚えていることがあるのでしたら、教えてもらえませんかぁ」
一番大事で、聞きたかった事。エリンティアは老婆を見た。その眼差しにくるり背を向け彼女は歩き出す。
「あの!」
「ついておいで。約束は果たすよ」
森に向けて老婆は歩いていく。一番初めに動いたのはギルスだった。そしてソウェル、ルイズ。冒険者達が続く。
大勢の人間達を吸い込んでなお、森は静かだった。
最初に出会った犠牲者達が埋葬されていた塚のさらに先、森の奥にそれはあった。
古く巨大な一枚岩。その横に小さな新しい石碑が一つ立てられている。
「これは‥‥ストーンヘンジと同じ石であるな」
マックスが岩を撫でる。触れると暖かささえ感じるブルーストーン。巨体の彼よりさらに大きな岩には古き言葉が刻み込まれていた。
「この森で、あたしが守っていたのはこれさ。古き伝説を伝えるモノリス。代々の巫女達の墓でもある」
彼女は敬虔に祈りを捧げると顔を上げた。そして音朗々と語り始めたのだ。
「‥‥古代より、一族はこの地にあり。風と共に生き、大地と共に歌う。水の調べを聴き、炎と共に踊る。太陽と月の守りし光の中。我らは生きる。楽しき原、喜びの郷、至福の大地。 讃えあれ。闇の彼方にも光る、月と太陽輝く故郷よ‥‥」
歌うような声に彼らは聞き入っていた。
「全てを修めし王、我らが神の御許、未来、永遠に光輝かんと信ず‥‥」
突然声の表情が変わった。悲しみを込めた声で語られる言葉。
「なれど戦いありて、大地は血潮に濡れた。一族の数多なる命失われた時、我らが王にして神、タリエシンは怒りと憎しみ、欲にまみれた悪神となり人々に災いをもたらさん」
「‥‥タリエシン?」
初めて聞く名だった。だが、何故か身体が震えるのを冒険者は感じていた。
「一族の戦士、一族の魔法使い、一族の母、王と部下を封じる。命を支払いて。封印を開くは血、封印を解くは高き長の血なり‥‥」
最後に続く歌には聞き覚えがある者もいた。ルイズは目を見開く。
「広き草原、緑の野
月と星と太陽と、風が守りし我らの大地よ。
石の柱は神の寝所
月と太陽に閉ざされて
聖なる眠りに夢を見る 大地が守りし我らの神よ。
汝 今を望むのか
なれば決して扉を開けてはならぬ。
汝 過去を望むのか
扉の向こうにそれはある。
今を愛し、望むなら、決して扉を開けてはならぬ‥‥」
「この歌は‥‥」
瞬きを繰り返すルイズの肩をマックスはそっと抱きしめた。
「あたし、遺跡の巫女コリドゥェンは、代々この伝承を伝え守ってきたのさ」
コリドゥェンは一族の母と呼ばれる巫女の名。本当の名は忘れたと悲しげに彼女は笑った。
「つまり‥‥あの地には危険な古代の神、タリエシンが封じられているというのですねぇ? 封印が解けると危険なのですかあ?」
エリンティアの問いかけに老婆は頷く。
「かの方は全ての精霊魔法を使いこなす。蘇ればおそらくこの地など簡単に滅ぶ。だから一族は自らの血を二つに分けた。二つの血が混じり一つになって封印を解く『高き長』が生まれないようにね」
ワザと諍いの種を撒き二つの血が惹かれあい交じり合うことの無い様に。だからかつて太陽と月の一族は互いにいがみ合っていた。
全ては封印を守る為。
「ではその太陽の一族と月の一族、巫女との過去に何が起きたんだ? 何故封印を守る一族が街を離れ、貴女が森に住まうことになったのだ?」
「鍵はまさか30年前なのでしょうかぁ? ルイズのお母さんが語ったという一族が犯した大いなる過ち。それは街を滅ぼしかけたドラゴンとひょっとして」
健武の疑問をエリンティアが引き継いだ。彼の脳裏にいくつもの事件がフラッシュバックする。いくつもの情報が繋がる‥‥予感がする。
だが老婆はそこで沈黙する。言葉にならない。そんな表情だ。
思い出すのも辛い過去なのだろうと容易に想像がつく。それでも‥‥翠漣は躊躇う老婆の手を取って跪いた。
「過去があるから現在がある。だから過去は関係ないという気はありませんが正しく活かされるべきだと思います。そして過去を知るからこそ、未来を導くことが出来ると思います」
未来を生きる為に必要なのだと翠漣は言う。
「貴女がたった独りで何を、どんな思いで守って来たのかを知りたいです。教えてくれませんか?」
「そうだね‥‥。あんた達なら信じられる。いや、聞いて欲しいね。あたしの命が尽きる前に」
冒険者達の眼差しに支えられ励まされたのだろうか。静かに彼女は語った。
遠い昔の物語を‥‥。
「この街は、昼でも夜でもない“時”の只中にある。そう、太陽が沈み・昇り、月と星が姿を表す・姿を隠すわずかな時。そのわずかな時にのみある、もっとも暗き“闇”の時』
らしくないと思いつつもマックスはそんな言葉を思い、語り街を歩いてた。
「しかしあんな事情があったとはな」
深い息を誰とも無く吐き出した。何度目かのため息にも似た息だ。
老婆の語った話。それは悲しい、辛い。そんな陳腐な言葉では言い表すことはできなかった。
30年前。
太陽の一族の若長と月の一族の娘長は愛し合い、子を為した。
だがそれは、禁忌の恋。封印を解く鍵となる子供は存在さえも許されない忌み子と呼ばれる。
『封印が消え、封じられている者がいなくなれば僕達の結婚が禁じられる理由は無い』
『我が子の為に!』
愛する子らの頼みに悩んだ老婆は封印の解呪を手伝った。
その結果は街は滅びかけた。大いなる神タリエシンと彼の操るドラゴンによって。
『大いなる神は『高き長』。二人の間に生まれた赤子の身体を乗っ取り、復活しようとした。恐怖だったよ。赤子が闇に包まれ、現れたドラゴンが街を破壊していく様は』
もし、当時冒険者だった領主達がドラゴンを倒さなければ、そしてタリエシンが封印しなければ、ソールズベリは滅んでいたかもしれない。
タリエシンを封じる唯一の方法。それは二人の長が我が子を殺すことだったとしても。
『子殺しの罪を背負った二人は故郷を捨て、旅に出た。あたしはコリドゥェンとして‥‥この地を離れるわけにはいかなかった。だから街に二度と近づかないと誓い、この森で守り続けてきたのさ。封印の伝承と、肉体の欠片さえ残らず消えうせた孫の墓をね‥‥』
もう一人の孫の存在に目を細めながらも彼女は小さな石碑の方を優しく撫でた。抱きしめるかのように。
「それだけの事があれば街に住むことも顔さえも出せないことも理由がつく」
「だから森にブラックアニスが住み着いても助けを求めることもできず、被害者が出ないように人々を森から追い払うのが精一杯だった、か。確かに闇魔法と陽の魔法じゃ相性悪すぎだもんな」
腕を組んだ勇人の言葉に外套をふわり風に乗せてアリオスは頷く。
「なぁ、この森を出てセイラムでソウェルと一緒に暮らす気はないのか?」
勇人の言葉に首を横に振った彼女は、健武やソウェル達の説得にも応じず、彼女は森に住まい続けるという。
だが今までよりは住みよくなるだろう。孫のようなソウェルとルイズの存在に彼女は喜び、二人もまた彼女を慕っていた。
今頃は健武が部屋の掃除でも手伝っているだろう。皆でお茶でも飲んでいるかもしれない。
彼らは過去を乗り越えて未来に向かえる。きっと。
エリンティアは歩きながら羊皮紙にペンを走らせる。
「今回の件は資料に纏めておいた方がいいですねぇ。ソウェルとルイズが結婚しない限り『高き長』は生まれず従って『大いなる神』とやらの復活はないのでしょうけどぉ」
「ブラックアニスの調査資料も一緒に頼む。希少な種であるらしく情報収集に苦労した。過去を未来に繋ぐ、これも冒険者の仕事だ」
「婆さんの住む所に立ち入り禁止の規則でも作ってもらったほうがいいかな?」
一足先に街に戻ってきた彼らは真剣に話し合い歩き続ける。意見は尽きない。これからを少しでも良くする為にできることを‥‥と。
「復活はない。そうで‥‥あろうか」
呟いたマックスの顔をエリンティアは一度だけ振り向く。
彼が感じている胸騒ぎにも似た何か。それを実はエリンティアも感じていた。
理由はまだ解らないけれど。
くるくるくる。
小さき者達の伝道師は楽しげに空に舞う。
誇らしげな笑みの女性の顔はどこか神々しく見える。
「まだ、あまり目立ちませんね。でも‥‥あ、動いた?」
小さな手がお腹に触れる。柔らかい感触が手を通じて心に伝わるようだ。お茶を差し出す翠漣に彼女は微笑む。
「生まれるのは、今年の終わりか‥‥年明け頃と言われました。来年は、新しい家族と一緒です」
「敬語は使わなくてもいいですよ。私のは素ですから。友達のように接してもらえると嬉しいかも」
はい、と彼女は言うが言葉遣いは変わらない。翠漣はちょっと頭を掻き、ギルスはそれを見てくすくす笑う。
照れ笑いを浮かべながら翠漣はゆっくりと彼女に近づき手を触れる。胸にはお守りに贈ったブローチが覗いた。
真剣な目で彼女は語りかける。小さな命に聞こえると信じて。
「男の子だったら「ジェフサ」開く者。自分の未来を切り開く強さを可能性を持てるように。女の子なら「ステラ」タロットの星の意味で、希望・可能性を表す‥‥」
どちらも未来への可能性を秘めた名。名前を決めるのにみんなで一生懸命考えたものだ。
「子供達の為に祈りましょう。人の心を未来へつなぐ、大切な宝物達へ」
ギルスの祝福と祈りを見ながら翠漣はもう一度、彼女と『子供達』へ呼びかける。
「今は解らないでしょうけど、貴方は彼女の希望であり、支えです。だから優しく、そして強く育ってくださいね」
と。
母親は笑い、そして思う。きっとこの子達に彼らの思いは聞こえたと。
家を出た彼らの頭上。暮れた夜空には満点の星が子供に贈った名にも似て輝く。
「僕は誓いましょう。あの子達が生まれた事を幸せに思えるような未来を作る事を」
「私もこれに誓います。人との出会いを大切にして生きると。貴方の分まで必ず」
翠漣は銀の光を閃かせた。亡くなった猟師の形見を彼女が預けてくれたからだ。
未来を見つめて生きる。その為に全力を尽くす。子供達に贈った名に恥じぬように。
ソールズベリを覆う一つの暗雲は冒険者の手によって晴れた。
全ての謎が解けたわけではなく、脅威の影は胸に指す。
だが彼らは信じ、前を向く。
闇の中に星が輝くように、きっと未来に光は、希望はあると信じて‥‥。