【ソールズベリ】伸び抱く灰色の腕、白き腕
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■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 21 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月27日〜08月06日
リプレイ公開日:2005年08月05日
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●オープニング
「‥‥統治者として今できることははこれしかない。1匹の羊を探しに行って残りの羊を殺されたらそれは羊飼い失格だ」
「ですが‥‥神はその1匹を見捨てることさえも良しとはしないでしょう」
「解っている。だから‥‥」
暫くの後、一通の書簡を持った使者が街道を走りぬけて行った。
今回の依頼は基本が調査である。
行方不明者の捜索と発見の為の調査こそが、冒険者に与えられた依頼。
だから、ここまでで止めても正直、なんらの問題も発生しないと思われる。
元々は結果が出ればセイラム侯ライル自身も自分達で解決しようと言う気持ちを持っていたはずだから。
だが、帰ってきた冒険者を出迎えたキャメロットは戦乱の影に揺れている。
そして、冒険者とほぼ時を同じくしてやってきた依頼は、ライル侯の苦しい思いが滲み溢れていた。
『現在、我が元にオクスフォード侯より、打倒アーサー王の挙兵に力を貸して欲しいという親書が届いている。ソールズベリ セイラムは中立を望んでおり、挙兵を断るつもりだが、その返事をすると同時に我々も備えなくてはならなくなっている。
敵と回るかもしれない我らに向けたオクスフォード侯からの敵意に対して。そして、先にあったゴルロイス侯の戦乱についても、だ。
故にこのまま放っておけば危険があると解っていても、現状セイラムの街は人喰い退治に動くことはできないのだ。
また、近年あの森に今までよりも多くのオーガが集まってきているとの報告もある。
戦乱が近づく中、申し訳ないとは思うが人喰い退治に動いてもらいたい』
「前回の報告、見させて貰ったぜ。どうやら人喰いがどっちかは解ったようじゃないか?」
冒険者達は頷いたが返事はしなかった。
だが、その正体は解らない。
どんな力を持っているのか、そもそも人間なのか、オーガ種なのかも誰も知らない。
「老婆のオーガが稀にいて‥‥それをそう呼ぶと聞いたことがあるぜ」
人ではないとしたら、それはまだ広く知られていない魔物なのかもしれないと彼らは考えていた。
例えばブラックアニス。老婆のオーガだとタウ老人は言っていた。
セイラムではその名を持つオーガがかつて出たことがあると、退治しようとして逃亡したと。
そして彼女達のうちのどちらかがそうかも、と彼から軽く聞いた気がする。
「今回は人喰いの退治が依頼だ。二度と被害が出ないようにすること。‥‥例え相手がオーガだろうと、人間だろうと‥‥だぜ」
依頼を叶える為には犯人の逮捕、もしくは殲滅が必要となるだろう。
冒険者達の頭に思いが浮かぶ。
闇を操る暗色の魔女。
陽の魔法を操る灰色の魔女。
どちらを信じ、どう動き、どちらを倒すのか‥‥。
冒険者の目と、知恵と力、そして心が試される。
前線での華々しい戦いはそこにはない。
だが、たった一人の無念の思い、たった一人の涙。たった一人の孤独。
それを晴らすことができるかもしれない。
冒険者達はそれを思い‥‥立ち上がってたのだった。
●リプレイ本文
森の一角。小さな弔いの石の前に彼は立った。
そこに夏草の花が供えてある。
やがて、そこに訪れた一人の老婆。
様子を伺っていた彼は膝を付いた。
「‥‥今、貴方の力が必要なのだ」
と彼女に伝えるために‥‥。
「ルーニー君、ファニー君、ご苦労様です。ちょっとだけ、休んでいてもいいですからね」
息を切らせる愛犬たちをギルス・シャハウ(ea5876)は優しく労った。
超、と付けてもいいほどの強行軍でやってきた冒険者達はさらに休む間も惜しんで調べものに散っている。
「書庫をお借りしますぅ」
そう言ってライルの許可も取らずにエリンティア・フューゲル(ea3868)は城の書庫に踏み込んで行った。
「すみません、少し調べものをさせて頂きたいのです」
丁寧な礼を取って頭を下げる夜桜翠漣(ea1749)の頼みを受けて執務官達は慌てて領主への連絡を走らせた。
キャメロットからアリオス・エルスリード(ea0439)の仲間、ゴールド・ストームやリースフィア・エルスリードが調べてくれた情報を合わせると、少しずつ情報も見えてくる。
「ブラック・アニス‥‥オーガ種のモンスター、闇魔法を使い、人を騙して食べることがある‥‥ですか」
「やはりあの魔女の正体はぁ‥‥これなのかもしれませんねぇ」
ただ、イギリスにしか棲息していない珍しいモンスターであるようで、調べてもあまり詳しい情報は出てこない。
「昔、ワシらが若い頃、一度戦ったことがある。手強くて‥‥逃げられてしまったのじゃが。その時は気付かなかったがあれが、ブラック・アニスと呼ばれるものかもしれない。そして‥‥その時逃がしてしまったモンスターが再び戻ってきたのかもしれぬ」
背後からの声に冒険者達は振り向いた。そこには書庫の主と、協力を要請した街の古老が立っている。
「あ、ライル様。挨拶が遅れてすいませんでしたぁ、来れない人がいたので代わりに来ましたぁ」
「調べものをさせて頂いてます。今は、情報が必要なので」
ぺこりと翠漣は頭を下げた。それを勿論書庫の主、ライル・クレイドは拒んだりしない。
「詳しい話はさっき聞いた。無理を頼んだのはこちらだ。必要なものがあればなんでも言ってくれ」
詳しい話をしたのは多分陸奥勇人(ea3329)だろうと、エリンティアは思う。そう言えば、あの子達は、どうしただろうか?
特に気にしていたマックス・アームストロング(ea6970)と勇人が向かっているはずだが‥‥。
「‥‥とりあえず、調べものにタウ老お借りしますぅ」
「どうか、知っている限りのことでかまいません。お教えくださいませ」
その言葉に頷いてタウ老は近づいていく。反対に冒険者に任せて部屋を出かけたライルに彼の友人は囁くように小さな声で言った。
「そう言えば何か大変な事になっているみたいですねぇ。向こうの方も‥‥」
ピタリ、足が止まる。
「僕は家柄とか血筋ではなくその人自身を信じますぅ、だからライル様も自分の信じた道を選んで下さいねぇ」
言葉で彼は答えを返したりはしなかった。だが、止まった足と、動いた足がちゃんと彼の言葉を聞いてくれた事をエリンティアは知っていた。
伝わったことを、信じていた。
立ち止まっていた彼女からは花と草の匂いがした。
彼女の行動を確信し風霧健武(ea0403)は精一杯の礼を取る。
「いろいろと、詮索する非礼をお詫びする。俺達はこの森に住む人喰いの魔女を斃すために来たのだ」
アリオスの言葉に目の前の老婆の背と眼差しが微かに動いた。だが、彼女の唇はまだ開かれてはいない。
「俺達は、斃すべきは、貴女では無いと思っている。もう一人の‥‥暗色の魔女こそ怪しい。貴女はあれが人を喰らう魔物と知っているのか?」
「何故、貴女方は二人とも森に来た者を手当てしてくれるのです? お互いの存在を知っているはずなのに何故、戦うことなく暮らしているのですか?」
戦いに力を貸して欲しい。その強い思いを抱いてカノン・レイウイング(ea6284)は説得を続けるが彼女の表情は頑ななまま。口も思いも、同じだ。
「嫗は太陽の一族の者なのか? 何故森に住んで‥‥!」
ひゅん!
音がして、健武の頬の横を石が飛んだ。一つ二つ、足元の石が飛んでくる。
魔法を帯びていない、老婆の細い腕が放つ攻撃は、一つとして冒険者の身体に当たりはしないが‥‥心にはぶつかる。
彼らには見える。瞳に帯びている‥‥目に見えないほどの涙。
「出ておいき! その顔をアタシに見せるんじゃないよ。とっとと、セイラムにお戻り!」
冒険者達は素直に引く事にした。黙って、いや、一言だけを残して消える。
「‥‥俺達は明日、あいつと戦う。あんたも守って見せるから‥‥必ず」
消えていく影達を、老婆はいつまでも見つめていた。
その夜、酒場に集まった冒険者達が話す。
「こちらで集められる情報は集めましたよ」
「あの暗色の魔女、おそらくブラック・アニスについても出来る範囲は‥‥」
「あとは‥‥彼女の決意次第だな。語ってくれるだろうか‥‥真実を」
「例え、どんな結果が出ようと、私は、手加減はしませんよ。そんなことはできません」
「解っています。悲しみに涙する人、恐怖に震える人を救うのに、何の理屈が必要だと言うのでしょうか。戦って倒す事に迷いは無ありません。でも、僕は‥‥」
言葉を聞いて飲み干された酒は甘くは無い。明日の戦いもおそらく。
「そういえば、どうだったのですか? 孤児院でのお話は?」
カノンの問いにああ、と勇人が手を叩く。忘れる所だった。と。そして戸口に手招きをする。
「来いよ」
その言葉に従ってやってきた小さな人物が頭を下げる。決意を瞳に。思いを胸に。
いよいよ、明日が本番になりそうだ。命運を分ける本番に。
翌日、小鳥よりも早く彼らは旅立った。
森に踏み入り、注意深く。
やがて、人と動物。彼らが何度と無く立ち寄った場所に彼らはたどり着く。
そこには‥‥やはり、何度と無く出会った一人の老婆が立っている。
ほとんど純白に近い灰色の髪。そして、ほとんどの物が色あせた中で、唯一輝きを放つ黄金色の瞳。
今まで、暗い森の中で、夕刻しか出会っていなかったので気付かなかった美しさに負けない凛とした眼差しで彼女は冒険者達を見る。
「‥‥やっぱり来たんだね。あんた達‥‥」
「もう一度だけ頼む。力を貸してくれないか?」
「あたしには、あんたらを手伝う義理は無いんだよ。巻き込んだりしないでおくれ! もうあたしは人と関わりたくないんだ‥‥」
「あの‥‥ひょっとして、僕の事、貴方は知っていますか?」
幼い声に彼女はハッと俯きかけた顔を上げた。彼女の前には少年が立っている。さっきまでは見えなかった少年の瞳と、首から視線が刺さる様に動かない。
マックスと勇人の足の影から出てきた彼は、驚く彼女の前に臆しながらも立って顔を見つめる。自分と同じ色合いの黄金の瞳を。
「お、お前は‥‥」
「僕の名はソウェルと言います。この地の生まれじゃないですけど、僕の父さんはここが故郷だって言っていました。僕は古い一族の最後の末裔だと‥‥」
「街には他に月の一族の末裔を名乗る者達もいるのである! これは、その証拠に長であるルイズ殿から預かったトルク。これに見覚えはござらんか?」
「月の一族まで‥‥。まさか、両方とも戻ってきているのか。なんと‥‥いうこと」
白い腕で頭を抱え、膝をついた老婆の言葉は震えているようにも見える。何かに脅えているようにも、そして、逆にどこか喜んでいるようにも‥‥。
「婆さん、あんたこの遺跡の巫女で、かつてセイラムを追われた太陽の一族の一人じゃねぇのか? この子は今は月の一族や街の人々とも一緒に暮らしてる。今のセイラムはそういう場所だ。だが、あの狩人も含め街の住人がこの間から此処の森で行方不明になっていて‥‥俺たちはその元凶を断つ為に来た。だから改めて頼む。知ってる事があれば何でもいい。教えてくれ!」
「巫女よ、貴殿は、今ある運命から、避けて通ることのまかりならないことを知っているはずである!」
「ソールズベリに暮らす人々は、この街に過去ではなく未来を求めているんです〜」
冒険者一人一人の言葉がゆっくりと老婆の背中に、心に吸い込まれている。
そしてカノンは無言で音楽を奏でた。それは、ギルスを仲介に月の一族、ルイズが教えてくれた一族に伝わりし古の呪歌。
老婆の頬から雫が滴り落ちる。それをソウェルの小さな手がそっと拭った。
「どうしたんですか? 何がかなしいの?」
「‥‥‥‥‥」
「改めて頼む。力を貸してくれ!」
(「ダメ‥‥か」)
動かない背中に健武が諦めかけたその時だ。
「何を、ぐずぐずしているんだい? 行くよ!」
「はあ?」
呆けた顔の冒険者達の前にすっくと老婆は立ち上がった。老いぼれた様子さえ感じさせない伸びた背筋、真っ直ぐな瞳。
「‥‥お前はここで待っておいで。危ないからね」
紛れも無く愛しむような眼差しと手で彼女はソウェルにそう告げると、側の杖を握った。
「細かい事情は後で説明する。やるというのなら、ここでカタを付けさせて貰うよ。いいね!」
いつの間にか命令されているが、それを冒険者達はイヤだとは思わなかった。
「ああ、行こう!」
その言葉、そして行動こそが冒険者達の決意の証だった。
洞穴には一人の老婆がいた。
手に兎を握り締めうきうきの表情で料理でもしようか、という彼女はふと、目を瞬かせる。
『おばあさん、おばあさん?』
彼女は部屋に自分以外の人間がいない事を確認して、そして外に出る。声の主を探して。
太陽の真っ直ぐな光が瞬間、目を射すように彼女を焼く。
「うぎゃああ!!」
「もう、あんたの好きにさせる訳にはいかないんだよ」
老婆と老婆、まるで姉妹のようによく似た二人がそこに相対している。
だが、二人並ぶと外見は似ていてもまとう空気が違うことに冒険者は気付く。そして本性を表したもう一人の魔女の表情と姿の変化も‥‥。
「あれが‥‥本性ですか? ブラック・アニスの‥‥」
翠漣は思わず息を飲み込んだ。特に彼女の優しい老婆の姿を見ていた者はそのギャップに驚く。
鋭い爪、伸びた牙。髪を乱れ伸ばした恐ろしい形相のオーガ。
「あぶない!」
マックスはブラック・アニスの杖から放たれた黒い魔法を見るや、隠れていた物陰から飛び出した。
ほんの一瞬前老婆が立っていた所に黒い光が弾ける。
「騎士道とは、守ることにあり! 貴女も守って見せるのである」
老婆を翠漣に預け彼は前に飛び出した。オーラの力を纏い、体当たりでブラック・アニスに突撃していく。
「うっ、こ、これは‥‥」
飛び出したマックスの周辺を絡みつくように黒い闇が覆った。老婆が言っていたことを思い出す。
『あいつは、闇の魔法を使うんだ。だから、あたしの太陽の魔法とは相性が悪い。気をつけるんだよ』
と。
闇の中からでは見えないが、彼女は勝ち誇ったように近づいて来ているだろう。
その爪と牙を伸ばして。
マックスは声を上げた。
「今である!」
いくつもの事がその合図と共に同時に起こった。
ぐらり、頭が揺れて老婆の動きが鈍る。そこにアリオスの一矢が肩に突き刺さった。杖が手から取り落とされる。
「ぐああっ」
喉から搾り出すような声はそれ以上響かなかった。
彼女の背に深く二本の刃が、前に二陣の木剣が深くめり込んだからだ。
「悪く思うな‥‥罪は必ず裁かれる‥‥」
「これ以上、好きにはさせねえ‥‥」
致命傷を超えたであろうオーガは力を失っていた。
老婆を背中に庇いながら翠漣はその様子から目を逸らすことなく見つめていた。
「あたしは貴方を決して否定しない、ただお互いの道が相成れないだけ‥‥」
「こいつも‥‥安住の地を求めていただけかもしれないよ。あたしには、あたし一人にはこいつを止めることができなかった。力は勿論だけど‥‥」
どこか、似ている所があるかもしれない、とギルスは思った。
老婆とこのブラック・アニスは。
ブラック・アニスに人を思いやる感情があったとは思えないし、食べるためという行動が殺人と言う行動を正当化は決してしない。
埋葬したとはいえ、力かなわなかったとはいえ、人々を見捨ててきたという意味で老婆にも深い、罪の十字架はかかるだろう。
だが、それでも
「過去は取り戻せません。未来でつぐないましょ〜」
その言葉が老婆にどれほど伝わったかは解らない。
だが、これで少なくとも一つの事件が終わった。この森で命が消えることは少なくとも減るはずだ。
悲しみに涙する者、恐怖に脅える者を減らせたはず。
十字を切って祈るギルスや冒険者達の上に木々の隙間から、柔らかい太陽の光が注いでいた。
二度と目を開けることの無い、悲しいオーガにも。
街に戻った冒険者達を子供達の笑顔、預けた動物達が出迎える。
その喧騒から少し離れ翠漣は一人、一軒の家に向かった。
そして、静かに扉を開ける。
「あ、貴方は‥‥」
「全て、終わりました。貴方の大切な人は戻ってきませんが、二度と同じ悲しみを持つ人は出ないとお約束できます」
「あ、ありがとうございます。きっと‥‥あの人も」
気丈に顔を上げて、でも肩で泣く彼女を翠漣はそっと抱きしめた。
「また、依頼でこの街に来た時はよらせてもらってよろしいですか? 今度は普通のお話をしましょう。貴方が強き心をもって進めますように」
失われた命は戻らない。
だが、彼らの魂はきっと癒され、残された者は未来へ向かえる。
涙ながらに頷いた一人の女性が、それを冒険者達に教えてくれていた。