【銀の一族】決戦 闇の彼方の希望

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 75 C

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月22日〜12月02日

リプレイ公開日:2005年12月01日

●オープニング

 彼は、才に溢れていた。
 運動、学習。武器の扱いも、何もかも人並み以上にできた。
 その中で、彼が一番興味を示し、一番の才を表したもの。
 それは、人の心を捉え、操り、思いのままにすること。
 思い通りに動かないことなどなく、動かない人物など誰もいないと、彼はずっと思っていた。
 だから、本性を出さず、いい人物の顔をして人々を操っていけばいいと考えていた。
 自らの手を汚すつもりなど全く無かった。
 だから、夜毎街を行き、人の命を奪う。
 罪を被せるためとはいえ、今の状況は想定外だった。
 この状況が生まれた理由は一つ。
『ごめんなさい‥‥私には、愛する人がいます』
 ベルと冒険者。
 彼らの心の絆が、彼の仮面の糸を切ったのだ。
 そして、今、彼は楽しんでいた。心底、この状況を。
「もう、お前たちに用は無い。娘が来たら、一緒にあの世に送ってやるさ。相棒もそれを望んでるしな」
 本当は、デビルが狙うほどの聖人の血、伝説が何かの意味を持っているのか興味もあった。
 だが、それももう、どうでもいい。街を手に入れる。それももう興味の半分以上を失っていた。
 今はただ、滅茶苦茶にしたい。あの少女を。冒険者達を。
『行くぞ。ベネット!』
「ああ」
 昼はまだムリに仮面を被っているが、夜を駆ける快感はもう止められない。
 そこにいるのは悪魔二人。
 今日も細い手に持った剣に、悪魔の爪に血が濡れる。

 寄せられたシフール便を見て、顔を顰めていた係員は、落ち込んだ顔の冒険者達を呼んだ。
「いろいろと、悔いや言いたいことはあるだろうが、言っておく。終ったことよりも大事なのはこれからだ」
 そして、届けられた手紙を差し出した。シャフツベリーの最新情報だと。
 それを届けたのは誰か、という問いに旅の騎士からの情報、と言葉を濁したものの情報内容は確かだと係員は指し告げる。
「まず、街中に傭兵や戦士が溢れている。その数は50人前後。怯えて暮らしている街の住民の援護って形でやってるらしいな。怯えの原因は今まで慕っていた領主の一族の娘が悪魔を従えて、街を襲った、とか。最初は怒りに血が上って領主の館に押し入ろうとしたりしたらしいが、領主の説得で退いた直後、今度は館が襲撃にあって領主と婦人は現在行方不明。領主の代行は‥‥例のベネットが返り咲いている」
 事件の後、民は、領主一族に微かな不信感を抱いた。
 だが、まだ永い年月積み重ねてきた信頼は、完全には失われていない。
 冷静になれば、領主一家と銀の姫を信じる者は多いはずだ。だが、銀の乙女と悪魔の襲撃は夜毎続いている。
 一日も欠けることなく。
「そして、ここに切り札に近い情報がある」
 係員は、冒険者達に告げる。怪しい家がある。と。
 村はずれの小さな家。そこは領主の妹夫婦の家。人が住まなくなって久しく、今は領主の管理化にあるというその家は数名の戦士が常に物々しい警備が布き、時折唸り声のようなものが聞こえるらしい‥‥。
「銀の髪の美少女や黒髪の若い男が普通に、入っていったので何事も無いのかもしれないが、妙に気になるから冒険者に調べてみてくれるように頼んで欲しい、と言うのがその男からの手紙の内容だ。だが、この情報の意味をあんた達は解ってるな」
 そう、冒険者達はもう解っている。そして、遠慮などしてはいられない。
 これがおそらく最後のチャンス。決戦なのだ。
「依頼主はベル。領主から預かったお金を全て依頼料に回すという。だから、今度は人数も少し増やせるぜ」
 ベルは勿論同行するし、ソールズベリから来ている高司祭も、事態終結までの協力を申し出ている。
「悪魔のような頭と行動力の持ち主と、文字通り、悪魔との対決だ。下手をすれば街全体を敵に回すことになるかもしれない。相手は、もう手加減無しにやって来そうだ。命の保障は勿論無い。それでも‥‥」
 行くか? と彼は問う。
 冒険者達の気持ちは、決まっていた。


 冒険者と共にキャメロットに逃げ来た少女は、ソールズベリの高司祭と共に教会にで祈りを捧げる。
 願いは一つ。いつか、故郷に戻るその時まで‥‥。
「どうか、ご無事で。お父様、お母様‥‥」

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0668 アリシア・ハウゼン(21歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea0780 アーウィン・ラグレス(30歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2182 レイン・シルフィス(22歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea2207 レイヴァント・シロウ(23歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

五百蔵 蛍夜(ea3799)/ レイン・レイニー(ea7252)/ 水琴亭 花音(ea8311)/ リースフィア・エルスリード(eb2745

●リプレイ本文

 それは、何度と無く繰り返された旅の始まり。
 だがいつもと違う何かが胸を過ぎる。
 彼らは感じている。この戦いこそが、決戦となることを。

 門を出て振り返りギリアム・バルセイド(ea3245)は息を付いた。
 視線の先にあるのは見えない筈のケンブリッジ。
 あの手紙はそろそろ到着しているだろうか?
「間に合って、くれるといいんだがな」
「どうするかは受取った本人次第ですが‥‥」
 我が子を心配するような表情のギリアムにそうシエラ・クライン(ea0071)は笑いかけた。
「ヴェルなら必ず来てくれますよ。‥‥今こそ行動の時。全てに決着をつける時!」
 細い指に力が入る。レイン・シルフィス(ea2182)の指が赤くなるのを心配そうに見つめる少女。気付いて李彩鳳(ea4965)は優しく微笑む。
「大丈夫ですわ、ベル様。神はいつでも正道を歩む者の味方です。正しき心を持つ限り、邪悪な者に負けたりはしませんわ。彼も、私達も‥‥そして伯爵様達も‥‥」
「そうそっ! 元気出して気合入れなきゃ! ついに、決戦なんだから。ううっ! なんだか身体が力余って震える感じ?」
「そうだな。確かに今回で、必ず決着をつけねばな」
 ぶると武者震いに身体を揺らすティズ・ティン(ea7694)を見ながらアリオス・エルスリード(ea0439)はくすくすと笑う。
 妹を見るような優しい目線。心配してくれたリースフィア・エルスリードの為にも‥‥この勝負は負けられない。
「平和な街で辻斬り。なんの関係ない人に攻撃か。ああ〜胸クソ悪ぃにも程がある。やっぱしあいつ最低野朗だな!」
「人の心さえも失ってしまった者には何を言っても無駄ですわね。きっと‥‥。街に安息を取り戻す為に私達は全力を尽くすだけですわ」
 怒り心頭の様子のアーウィン・ラグレス(ea0780)の横で真剣、かつ冷静、冷徹な目でアリシア・ハウゼン(ea0668)は頷く。そしてベルに言った。
「伯爵様達はきっとご無事です。必ず助け出して主導権を取り戻しましょう」
「‥‥」
 沈黙を続けるゼディス・クイント・ハウル(ea1504)をアーウィンは軽く一瞥してからワザと視線をそらした。
 奴が何を思っているかは解る。その推理の正しさ、思いがわかるからこそ顔を背けるのだ。
(「妙だ。相手の行動はどうも一貫性に欠ける。今までと比較するとあまりに露骨で無駄が多い‥‥」)
 ゼディスはそんな視線を感じることなく思考を巡らせていた。
 あえて口にはしなかったが、彼がもしあの男の立場なら、伯爵や夫人などもう生かしてなどおかない。
 人質としたり、罠を貼ったりするにしてもだ。
「‥‥あの男。もう壊れているのかもしれんな」
 呟いた言葉は他の誰に聞こえてはいないだろう。誰にも、言う意味も必要もないこと。
 自分達のするべき事はもう決まっている。
 馬上のクウェル・グッドウェザー(ea0447)は友からの報告書を読み耽っている。
 向こうのアリエス・アリア(ea0210)もまた心の中に決意を固めている。
 それぞれが、それぞれの意思でそれぞれのすべきことに向っていく。戦おうとしている。
 目的は一つ。
「苛酷に生きることは、苛酷に死ぬより何倍も力がいる。我々は無論生きる気満々だ。だから負けはしないさ。というわけでさぁ皆の衆。Ahead Ahead Go Ahead だ。夜に朝を、地に希望を取り戻しにいこう」
 高らかに笑ったレイヴァント・シロウ(ea2207)の言葉どおり夜に朝を取り戻すこと。
 一瞬だけ、目を閉じゼディスは前を行く仲間達、そしてまだ見えない夜の街を見つめ歩き出した。

 冒険者達が決めた街への侵入は夜。
 体調を万全にする為、そして鍵となる人物を待つ為に彼らは街より少し離れた宿に休息の場を取った。
 シャフツベリーまで半日前後のその宿で、ベルは司祭と共に一人の娘に祝福の祈りを捧げていた。
「私達兄妹には母がいませんでした。私達を生んだ母は早くに亡くなって、父の周囲に入れ替わり立ち代り集まる自称『母』達とは仲良くなることができませんでしたから‥‥。時々思ったものです。領主の姫はあれほど家族や民に愛されているのに、どうして自分達は、と」
 寂しげに彼女は言う。良い評判の無い商人の子に周囲も笑顔を見せてはくれなかった。集まるのは金目当ての者ばかり。
「孤独の中、私は自分に閉じこもり、兄は‥‥逆に誰でもいいと、自分の回りに人を集めようとしました。人々を操り、金と自分の才で人の心を操って‥‥」
 人の心など、愛など頼りにする必要も無い、そんなもの簡単に操れ、手に入れられるのだから‥‥と。
 愛しげに自らの中で眠る命を撫でて彼女は呟いた。手を合わせ神に祈り、誓う。
「私は、この子とあの人と暖かい家庭を築いて見せます。本当に愛のある家庭を‥‥必ず」
「‥‥貴方と御子に神の祝福があらんことを」
 司祭が祈りを捧げる。側でそれを見つめる銀の少女。
 ‥‥ギリアムとレインは解っていた。彼女の言葉の意味。
 彼女自身もきっと解っているだろう。この宿に泊まる冒険者の意味を。
 だが、何も言わず願わない。‥‥だから、彼らも何も言わない。
「ヴェルさんが来ましたわ!」
 呼び声を聞き、聖母の祈りに背中を向ける。
 迷わない。
 外道にかける情けは無い。唯一あるとすれば、一刻も早く引導を渡してやること。それだけだから。
 

「遅くなってすみません!」
 馬から飛び降りて少年は頭を下げた。
 息を切らせ疲れきった様子の少年。足に血を滲ませた馬。彼らがどれほど急いでやってきたか解る。
 だから‥‥名付け親は満面の笑みでその頭に無骨で大きな手を当てた。
「いや。いきなり面倒に巻き込んでしまってスマンな」
「ギリアムさん‥‥」
 硬いが優しい手が額に触れて髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜる。自らを愛してくれるぬくもりに、少年は自らを愛してくれるもう一人の存在を思い出す。
「いいえ、シャフツベリーは僕の街です。父上も、母上も僕が守らなければ!」
 ほう、という顔でギリアムは銀の少年を見つめた。以前も芯の強い子であったがケンブリッジでの勉強は確かに彼を成長させたのかもしれない。
「ならばお前の力が必要だ。向かい合え。‥‥お前は俺が全力で守ってやる」
「がんばろーよね! 危なくなったら、私も守ってあげるから」
 ギリアムだけではない。ティズも跳びはねるように明るく笑って励ましてくれる。
 少年は頷いた。自分が故郷を、両親を、そして‥‥大事な従兄弟姫を守れるなら命を賭ける価値はある。
「僕、何でもやります。だから、よろしくお願いします!」
「ほお、なんでもやると言ったかね?」
 楽しげな声が少年の背後から迫る。
「え゛?」
「これはいい返事だ。化粧は女の武器と言うからね、武器は武器で多くて構わないし。さ〜て、おにーさん頑張るよ?」
 腕まくりしながら楽しそうな、本当に楽しそうな顔でレイヴァントはブラシを握り締めている。手には白粉?
「あの‥‥僕は、男なんですけど‥‥ってあ、あの? だから、ですねえ〜」
「あ! ズルイ! 私もやる〜!」
 アリエスから借りた道具を片手にレイヴァントはヴェルを引き摺っていく。
 抵抗や反論は、どうやら彼の長い耳には入らないようだ。
 銅鏡を振り回しながらティズもスキップしながら後を追う。
 小さな苦笑にも似た笑みが、少しだけ緊張していた冒険者達の心を解きほぐす。
「こっちの準備は整ったようだな。‥‥向こうの様子も、そろそろ気にした方がいいだろう。俺が偵察に出よう」
 アリオスがブーツを履く。
 打ち合わせが始める。全ての役者は揃った。
 決戦の夜がもうすぐ始まろうとしていた。


 時は夜、光の無い街道の奥。
 こちらを見る見張りの兵たちが気付かないぎりぎりの場所で、一つの影は二つに分かれた。
 二つのうち、一つは息を潜め、森を抜けてさらに暗い闇の向こうに消える。
 そしてもう一つは街に向けて動き出した。
 警備の厳しい街道を避け、冒険者達は静かに街に足を踏み入れた。
 夜毎人が襲われるとあって、大通りにも人影は殆ど無く、酒場にも商店も灯りは落ちている。
 自分達の呼吸音しか聞こえない張り詰めた緊張の中で‥‥だが、冒険者達はその叫びを耳にした。
「た、助けてくれ〜!」
 瞬間、その場にいた全員が地面を蹴り同じ方向に駆け出した。
 幸い、聞こえた声の方向はそれほど遠くない筈だ。
 一番最初に角を曲がったアーウィンは、ホッと安殿の息を吐いた。悲鳴の主であろう男は生きている。
 鋭い‥‥爪で掻かれたのだろうか? 血の滲む手で顔を押さえ、腰を抜かしながらも生きているのだ。だが、安心している暇など当然無い。
 剣を握り締めなおし、男を庇うように飛び込んでいく。
「大丈夫か?!」
 背の後ろに男を庇い、アーウィンはキッと前を見た。
「あら‥‥アーウィン様? 私の邪魔をなさいますの?」
 響くアルトの声。
 目の前で細い剣を構える銀の髪の少女。その背後に、もはや隠そうとさえしない翼持つ悪魔を従える様子は正に魔女に見えた。
 解っていても、思わず喉が鳴る。
「‥‥その外見を止めろ。もう解ってるんだ。ベネット!」
「人の思いを踏みにじるなんて、酷いよ!」
「人の思いを踏みにじったのは、そちらだろう? ‥‥やれ!」
「キャアア!」
 放たれた命令に黒い影は突進する。思わずティズが悲鳴を上げた。
「ティズ!」
 襲われた人物を庇い動けないアーウィンに旋風のような素早い剣が襲い掛かる。
 早い、だが、軽い。剣で受けてアーウィンは力任せに跳ね飛ばした。
「だ、大丈夫ですか?」
 心配そうに後ろで青年が呟く。心配するな、というようにアーウィンは笑うと前を見つめる。
「救いがあるならまだ最悪じゃない、ってな‥‥誰かさんの受け売りだが。それに‥‥もう来る筈だ‥‥ほら!」
 シュン! シュン!
 風を切り裂くような音が二連、冒険者達の前に飛んだ。
 更なる攻撃に転じようとした悪魔の影が、矢の一矢に足を縫いとめられる。
『グガアッ!』
 低い悲鳴と共に悪魔は渾身の力で手を払い、矢を砕いた。翼をはためかせ自らの主の前の背後に向けて飛ぶ。
「もう、逃げられないし、逃がさないぜ‥‥!」
「神の名の下に、もう誰も傷つけさせません」
「紅の魔女の名にかけて、この街の悲劇に終止符を打たせていただきますわ」
 彼らの完全には冒険者達が、次々に集い始めた。一呼吸ごとに仲間が集まり、防御を固めていく。
 2対6、完全に不利に見えるのに、まだ彼女は‥‥いや、奴は微笑んでいるようにさえ見えた。
 奴の視線は冒険者達の背後にいる、一人の人物に注がれている。
 被害者を守ろうとする銀の髪、蒼い瞳。この地の全ての祝福を得たような少女。
「諦めろ! もうお前に勝ち目は‥‥」
 アーウィンが言いかけたその時、冒険者達の背後で何かが‥‥破裂した。


 屋敷と呼ぶには古くて小さいが、良く手入れされたその館の様子を冒険者達はそっと伺った。
 中から確かに聞こえる唸り声は‥‥人のそれとは違って聞こえる。
「外の見張りは五人。中にも‥‥他に誰かいるのでしょうか?」
 アリエスは注意深く気配を読みながら仲間達に告げた。外にいるのは、剣を構えている。
 街の見張りをしていた者達とは明らかに纏う空気が違う。近づいて来たものに対して遠慮なく剣を向ける無頼の者だ。
「司祭様。中にアンデッドはおりませんか?」
 側に慣れぬ様子で身を潜める司祭は、彩鳳の問い頷いて祈りを捧げた。
「推察のとおりです。どうやら中に数体のアンデッドがいます。生きている者もいるようですが」
「ならば‥‥時間はありません!」
 レインの言葉にアリエスの弓弦の音が答える。
「さ、て‥‥銀の姫を助け‥‥でも、私は私の白の姫の為に生きて還らないと」
(「私が亡くしたモノ、故郷にあった全て。昔の私の全て。だから、守りたいと思った。あの村を、あの街を。微笑んで生きられるその場所を。願わくば、彼女と彼とに、また昔の平穏を」)
「行きます!」
 祈りと願い、渾身の力と技を込めた一矢が違うことなく、灯りの真下。一番間近に立っていた男の喉に突き刺さった。
「ぐっ‥‥」
 きっと何が起きたかも解る間もなく、彼は絶命しただろう。
「どうしたんだ!?」
 駆け寄ろうとする男達。だが同時に彼らは崩れ落ちる。膝を崩し、身体を横たえる。
 抗えない眠りに落ちる男達。
 あっと言う間に立っているのがさっきの半分近くになってしまった。
 走る動揺。その隙を無論、冒険者達は見逃したりはしなかった。
 闇の中から物音と同時、声がした。
「ごめんなさい! 手加減はできませんわ!」
 声と共に素早く踏み込んだ彩鳳の腕が右の男の腹にめり込み壁へと叩きつける。と、レイヴァントは反対側、左の男の身体をスピアの一閃でなぎ払った。
 強化された身体と遠心力で叩きつけられた槍の払いは容易に男を横殴りの如く、壁に貼り付ける。
 問答無用、手加減無しの瞬間攻撃に、唯一残された男は一人、訳も解らず息を飲み込んだ。
「な、なんだ‥‥てめえら!」
 精一杯上げた声はそこで止まった。
 カチン。軽い音と共に男の全てが凍結する。
「今は、答えている時間はありません。後でゆっくり」
 アリシアは氷像に軽く会釈して、扉に近づいた。その横に既に仲間達が立っている。
 ベルと、司祭も‥‥。
 この向こうには待つ何かがいて、待つ誰かがいる筈だ。
 罠か、それとも。
「よろしいですわね?」
 確認する彼女の問いに、全員が頷いた。中に飛び込むべく武器を握り締めた戦士たちの前で、扉は微かな音を立てて開いた。

 部屋の中にいた数匹のズゥンビは冒険者達の足元に完全に崩れ落ちて、土と還った。
 息を付く冒険者の背後で、声が上がる。
「お父様! お母様!」
 古ぼけたベッドに横たわる蒼白の領主。それが目に入ったと同時にベルは駆け出した。
 少し前に見たのと同じ表情。また動きを封じる為に呪いをかけられているのだろうと、容易に推察できた。
 万が一の罠があれば、と警戒していた冒険者達はベルを静止しかけたが、彼女を押し留める罠は存在せずベッドサイドに彼女は膝を落とした。
 ベッドに眠るのは領主のみ、その横の椅子には婦人が静かに座っていた。
「‥‥ベル。無事で良かった。待っていましたよ」
「えっ?」
 思わずベルだけではない顔達が彼女を見つめた。儚い夢の住人だった時とは違って聞こえる。
「奥方様?」
「私達がお解りになりますか?」
 近寄るアリシアと彩鳳の問いかけにええ、と彼女は頷いた。
「ベルを守って下さったこと、感謝いたします。冒険者の皆様」
 凛とした声は貴族の婦人の強さを、その蒼い瞳は優しい輝きを湛えている。
 今までには無かったそれは、彼女が本来持つ性質なのだろうか?
「お心が‥‥どうして?」
「私にも解りません。まるで‥‥長い夢を見ていたようです。我が子でないベルと出会い‥‥この人と二人になった時、まるで霧が晴れたように今の状況を私は知ったのです‥‥」
 誰も頼る者が無く、愛する者が目の前で苦しみ、失われようとしている。
 恐怖に砕けた心が逆に現実から逃げ、胸の奥底に眠らせていた自分を呼び起こしたのかもしれない。
「苦労をさせて、ごめんなさい。ベル‥‥」
「お、お母様!」
 婦人は自らの胸に飛び込む娘の髪を撫で微笑む。
 自覚すれば恥ずかしいほどの自らの弱さが胸を責める。だが‥‥
「でも、今はお願いです。冒険者。この人を救い、街を助けて下さい」
 婦人、いや、領主夫人の言葉には強い力があった。
「お任せを、貴婦人の御心に必ず添うて見せましょう」
 とレイヴァントは恭しく礼を取る。
「それが、私の目的でもありますから」
 アリエスは自らの誓いを思い出すように頷く。
「言うまでもありません。一刻も早く民の気を鎮め、誤解を解きましょう」
 司祭に回復とかけられた魔法の解呪を願いながら彩鳳は言った。
「今度こそ街を覆う闇を晴らせますことを‥‥。奥方のお心の闇が晴れたように」
 微笑んでいのりを捧げるアリシアは嬉しそうだった。危機的状況は勿論解決していないと解っていても。だ。
「今こそ行動の時‥‥全てに決着をつける! 僕たちは、負けない!」
 強く宣言したレインの背後で、柔らかい銀の光がまるで月光のように輝き冒険者達の心を照らしていた。


「く、くっそおお!!」
 アーウィンは頬に濡れた血を握り拳で拭きながら、渾身のスマッシュをまだ少女の姿をしていた剣の使い手に打ち込んだ。
 必死に受け流し、背後に下がる『彼女』いや、『彼』は自分の過ちを今、心の底から認めていた。
 彼がした渾身の過ち、冒険者達の背後に庇われた襲撃のターゲット、一般人の男の頭をデビルに砕かせた事。
 背後に庇っていた青年の命が瞬時に破裂し、砕け散ったことで、冒険者達の動きは鬼気迫るものとなったのだ。
「‥‥あっ‥‥あ」
「ヴェル! しっかりするんだ!」
 鮮烈に染められた紅い手と髪に、呆然とする少年がいる。
 後は彼に罪を被せる為に逃亡すれば。
 そんな考えがあったのだが、もう、冒険者達はそんな隙を彼に与えてはくれなかった。
「くっ‥‥。予定が狂ってきた。何故だ?」
「人の心だけでなく、命さえも弄ぶ二匹の悪魔よ。神の名において‥‥いえ、僕自身の名において絶対に許しません!」
 勝利の剣を振るうクウェルの瞳は揺るぎ無き信念を浮かべている。
 弱者を守りたかった。その為に身体を張るつもりだった。だが、あまりにも早い攻撃と、意図しない方向にずれた呪文。
 命が消えるのを見るしかなかったことに、彼は今までに無い怒りを抱いていた。
 呪文によって、偽りの姿はもう消え去っている。闇色の姿で剣を構える男に背後から来る筈の呪文の援護は‥‥無い。
「エルスリードの名に懸けて‥‥お前を討滅する! 」
 本来人の手で傷つけることなどできない筈のパートナーが、一矢、また一矢ごとに身体に傷を負っていく。
 奴の呪文は全て、冒険者への牽制と攻撃、そして自身の回復に当てられている。
 こちらを助ける余裕などありはすまい。
 逸らした意識は僅か一瞬。だが、その頃には新たなる攻撃が彼に迫っていた。
「私だって、‥‥私だって許さない。人の心。命。そんなの誰も踏みにじったりできない筈なんだから!」
「人の心、命? 自分以外のそんなものに価値などある筈が無い! 人の心など、所詮簡単に変わる陽炎のようなもの!」
「違う!」
 意思と意思が剣の形を借りてぶつかり合う。
 それは数合。結果は直ぐに出た。
 自らの身体より大きな剣を涙と共に振り回すティズのクレイモアが高い音と、震える手だけを残して剣を砕き空へと巻き上げる。
「くっ!」
 徒手空拳となり、もはや攻撃手段も防御手段も失った。
 1対1ならまだしもこの戦力差を埋める方法は無い。計算を失った以上残された道はただ一つ。
 だが、それさえももう無駄だと彼は解っていた。
「引き際を知れ、ベネット・レイ・ゴンゼル。お前は既に負けている」
 氷の輪が足元を舞い、逃亡を引き止める。そして‥‥
「大地よ、彼の者を地に縛り付けよ!」
「うわあああっ!」
 彼の足元、天地が逆転した。空が回り、地が天へ、天が地へ。正しき理を逆転させて謳う。
 悲鳴と唱和する、彼の敗北を。
『ベネット!』
 一瞬、心配と言う言葉がデビルにもあるとすればそれに近い表情を奴はしたのかもしれない。
 鈍い音を立てて空から大地へと転落するベネットに意識が向った。
 ボロボロになった翼はもう飛ぶことも叶わず、切り取られすでにない足は歩くことさえできない。
 それでも、僅かな意識と魔法を彼に向ける。
 だが‥‥それを誰も許しはしなかった。
「デビルよ。これで、終わりだ‥‥!」
 デビルスレイヤーを高くアーウィンが掲げている姿。
 それがデビル、グリマルキンの見る最期の光景となることは解っている。
『だが‥‥せめて‥‥』
 あいつが憎み、そして、自分が倒すべきと命を受けたあれだけは‥‥。
「マルク!」
 長いことパートナーだった男の呼び声がする。
 同じ魂の色をした男。この共闘関係は悪くなかったと悪魔らしからぬ思いが一瞬心を走る。
 掲げられた剣が翻る。その瞬間、術者は自らの身体を黒く光らせ、自らの防御でない、最期の呪文を放った。
 
 自らの前で砕かれた命。まだ人の死を実感したことの無い少年は怯え震えていた。
 無理は無いと頭の中で解りながらも、ギリアムは必死で少年の肩を揺する。
「しっかりするんだ! 自分を取り戻せ! ヴェル!」
 目の前で命が散るのを見てしまった。呆然とする少年をもし今、襲われたら抵抗する術は無いだろう。
 怒りと憎悪、そしてそれ以上の悔しさを抱いて、仲間達はデビルとベネットに攻撃をしかけていく。
(「あいつらは決してしてはいけないことをしでかした。負ける筈は無い」)
 自らの中に、きっと誰よりも強い憎悪を抱きながらも、ギリアムはベネットに剣を向けなかった。
 一人の人間を守る為に。
 だから、彼はその瞬間、自分の判断が正しかったことを知り、一瞬の躊躇も無く自らの身体を盾にした。
 全てを置いて見守っていたから気付いた悪魔の渾身、そして最期の攻撃から一人の少年を守る為に。
「危ない! ヴェル!」
「えっ?」
 グシャッ‥‥!
 突然、大きな身体がヴェルを包み込み、同時に彼の耳に何かが踏み潰されるような、逆に破裂するような鈍い音がした。
 それが黒い呪文が紡ぎ出す現象だと気付き、さっきも同じ音がしたのだとヴェルが気付いた時、彼は飛び散っていた自分の意識を完全に取り戻した。
 自らの前にある大きな身体。その背中が紅く染まっている。
「ギリアムさん!!」
「よう‥‥無事‥‥か‥‥!」
 崩れる自らの倍はある背中を細い手でしっかりと抱きしめる。
「しっかりして下さい。僕は、大丈夫ですから。しっかり!!」
「命は‥‥大丈夫。ギリアムさんは鍛え方が違います。直ぐに治しますから!」
 剣を捨て駆け寄ってきたクウェルが即座に治癒の祈りをかける。
 彼の言葉どおり、同じ呪文を受けてしまった同士でも、基礎体力と能力の差がある。一瞬で命さえ砕かれなければ回復は可能なのだ。
「ムリをなさいますね。貴方らしいと言えば、言えますけど‥‥」
 ギリアムの意識を飛ばさないように話しかけてくるクウェルにギリアムは苦痛を堪えながらも笑みで答えた。
「アイツに名前を送った。この事実は俺にとって十分重い‥‥」
「‥‥なるほど」
 名前を贈られ、命を贈られた少年は、ギリアムの無事を確かめると自らの心を改めて握り締め、一人の人物の前に立っていた。
 その人物は既に、満身創痍となって動くことさえ出来ない。
 冒険者達に綱を押さえられ縛られて、ベネット・レイ・ゴンゼルは顔を背けたまま膝をつけられていた。
「貴方が‥‥ベネット。両親を苦しめ、街を自由にしようとし、ベルさんを、多くの人の命と心を傷つけた人‥‥」
「ベルさん? お前は‥‥そうか、お前が『銀の姫』だったのか? これはお笑いだ。偽りの銀の姫に街中が騙されていたとはな‥‥」
 目を見開いた後、ベネットは口元を歪めた。そのまま彼に話させれば、彼はここで初めてシャフツベリーの真実をその頭脳で理解したのだろう。罵倒の言葉が続くかと思われたが氷の声がそれを制した。
「街中を騙したのはお前も、だろう? 独力でここまでやったことには感心するが、しかしお前が真なる心を完全に殺し、或いはさらに慎重であったなら誰にも不審に思われること無く目的を遂げていた筈だ。道を迂回した挙句に不要な敵まで作って一体何がしたかったんだ?」
 ベネットの顔色が変わり、言葉が止まる。視線はただ、目の前に立つ銀の少年に‥‥。
「敗因を教えよう。『己の欲を御せなかったこと』だ。断言する。お前は既に‥‥喰われている」
 ベネットが何を思い、何を考えてこの行為を為したのか。そんなこと興味が無い、と言うようにゼディスは視線を放した。
 冒険者にとっても奴は、憎んでも憎みきれない敵である。
 だが、だからこそ、生かして捕らえられたのなら、その罪と判断は領主に任せると、彼らは決めていた。
 長い戦いが終わり、空気の色がゆっくりと鮮やかな光を孕んで輝き始める。
 美しい朝の輝き、眩しい光。その向こうから仲間達がやってくる。
 眩しいまでに輝きを放つ銀の少女と、金の青年、仲間達。
 彼らに支えられ、歩き来たるはこの街の正当なる主達。
「父上、母上!」
「ヴェル!」
「ヴェルさん! 皆さん!」
 駆け寄った少年は、心配と言う言葉では足りないほど心配し無事を願っていた家族の胸に、その顔を埋める。
 血に濡れた少年を、躊躇うことなく彼らは抱きしめる。
 朝焼けの中輝く『家族』達の表情は、眩しさに目を細めたいほどに輝いていた。
「‥‥本当に輝かしいものは、誰かの思い通りになどならないものだ。手に入れるという考え自体おこがましいんだよ、ベネット‥‥」
 アリオスの投げた言葉にベネットはかすかに鼻を鳴らした。
 顔を背け、見ようとしない。
「シャフツベリーには、5つの宝あり‥‥」
 ふと、レインは昔、聞いた歌と言うか、そんなフレーズを思い出した。
 豊かな台地、実りの森、見事な腕の彫金師、黄金でも作れぬ美しき丘。
 そして心優しき領主一族の蒼き瞳。
 幸せそうに輝く一族の青い瞳はサファイアよりも美しく、髪は太陽を弾いて銀よりも黄金よりも美しい輝きを放つ。
 彼らは思っていた。
 この光景、この黄金の一瞬を見る為に自分達は戦って来たのだと‥‥。

 朝日と共に、街に平和が戻った。
 領主の復帰と、後継者の帰還。街を脅かしていた悪魔の死体と街を騙していた罪人の捕縛。
 そして、冒険者さえも驚く「全ての告白」を為した伯爵の下に街は秩序を取り戻しつつあった。
 冒険者達の援護もあって、混乱は最小限に抑えられ、雇われ兵のみならずベネット子飼いの兵士達も剣を降ろす。
「戻ったら感謝しないといけませんね」
 レイン・レイニーがくれた下調べの書類を軽く指で弾いてクウェルは笑った。アリエスが街外れの屋敷で見つけた悪魔の契約書と共に動かない証拠になる。
 ベネットによって街が負った傷は、決して小さくは無い。
 失われた命は戻らず、完全に癒えるまでには時間が必要だろう。
 だが、大丈夫だと冒険者達は確信している。
 祝福された銀の一族。どんな困難も彼らが率いるならばきっと民は乗り越えていけるだろう。
「必要な時は、いつでも呼んでくれ」
 見送る少年にギリアムは軽く手を上げ告げた。
「素敵な騎士様になれたら、私を迎えに来てね!」
 無垢な瞳に告げられたヴェルは顔を真っ赤にして、言葉を無くしたと言う。
「あの‥‥良かったら、クリスマスに‥‥」
 それだけ言うのが精一杯だったようだ。
 向こうの木陰では、金の詩人と銀の乙女が黙って互いを見詰め合っていた。
 言葉は‥‥なかなか見つからない。
「‥‥私」
 静かに乙女は顔を上げた。そこには澄みきった蒼の瞳がある。
 初めて出会った時から変わらぬと金の詩人は思った。
「もう少し、ここにいます。お父様と、お母様、そして‥‥この街の為に役に立ちたいから」
「そう、ですね‥‥。それもベルらしい」
 微笑んで、詩人は竪琴を鳴らすような優しい指で少女の髪を梳いた。流れる銀の髪が指を落ちる。
「僕達も、またここに来ます。必ず」
「お待ちしています‥‥」
 涙目の少女と青年を見守る会は、黙って、でも最高の位置でそれを見守っていた。
 全てを見守っていたからこそ、何も言わずに生暖かく青年の帰還を迎える。
「な、何を笑っているんですかあ?」
「いや、別に? 単に呪文は便利だなと‥‥」
 口元が笑っているアリオスに、レインは頬をさらに赤く染めて俯く。
「悪魔と人と‥‥。お互い、何の目的を持っていたのかは気になりますけ」
「そんなことは、どうでもいい。我々は目的を果たした。それで十分だ」
 楽しげな様子から少し離れ、呟いたシエラだがゼディスの感情の無い言葉に、そうですね。と頷いた。
 ベネットに同情などできない以上今は、考える必要は無いと振り払う。
 必要であれば、知れるときが来るだろう。
 今はただ、この輝く日、輝く笑顔を守れたことを、誇りに思えばそれでいい。

 一つの街、一つの家族、一人の少女を救い冒険者達は街を離れる。
 繰り返された道行き、思い出されるのはいくつかの悔い、いくつかの思い。
 だが、心は今、見上げた秋晴れの空と同じ色に美しく晴れ渡っていた。