【銀の一族】光の中の闇 闇の中の光

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 22 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月02日〜11月12日

リプレイ公開日:2005年11月13日

●オープニング

 ‥‥もう街は彼のものだった。

 領主が呪いに犯されていた。
 その情報は確定情報となってすぐ街へと知れ渡った。
 折しも収穫祭間近でやっと取り戻しかけた街の明るさは、人々が慕う領主が負った闇が移ったかのように静かに消えていった。
 災厄の続く、呪われたようなシャフツベリー。
 最初は冗談だった軽口、人々の口の端に昇っては消えた噂が真実のものとなった時、それを突きつけられた時、人々は心を凍らせ、心の光を失っていった。
 それは、仕方ないことだったかもしれない。
 だが『彼』はそんな街の者達にこう呼びかけた。
『諦めちゃいけない。今まで、領主様は街の為に懸命に働いてくれた。今こそ、その恩に報いる時ではないか!』
 彼は、街の有力者の息子。力はあるが悪どく、他者の事を考えない強欲者。
 人々は心の底で彼の父を蔑み、彼とその家族を蔑んでいた。それは、同情だったり、苛めだったかもしれない。
 だが、彼はそんな思いをおくびにも出さず、人々に手を差し伸べた。そして先頭に立って働いた。
 街の為に、無償で懸命に。
 
 ‥‥人々にはそう見えた。
 そしていつしか、街は彼を信じていた。彼の財力を、知識を、そして人柄を頼りにした。
 今ではひょっとしたら、領主以上に。
「ねえ、あの人が銀の姫のお婿さんになったら、シャフツベリーはきっと安泰よね」
 時に、そんな噂さえ、流れるほどに‥‥。

 ‥‥人々はまだ知らない。
 14年間銀の姫と呼ばれてきた少年の真実を。
 彼らは知らない。
 貴族として生まれ、その生活から切り離され、それでも誇り高く生きている少女の思いを。
 領主は真実を明かさなかった。まだ、語ってはいなかった。
 だから、彼らにとって街の後継者は領主の第一の息女「ベル」。
 養子としてケンブリッジに学ぶ「ヴェレファング」はその後ろだ。
 だから、いつしか夢見ていた。領主不在の不安をすり替えた。
 希望へと。

 
「これは、ソールズベリの教会からの依頼だ」
 冒険者達に係員はそう告げた。シャフツベリーからの依頼ではない。
 ベルを心配し、彼女の力になろうとする冒険者達は落胆する。
 断ろうとさえする者もいた。だが‥‥
「いいのか? この依頼、落とすとシャフツベリーの領主、確実に死ぬぞ」
 その言葉に彼らは足を止めた、止めざるを得なかった。振り返り、係員を見る。真剣な眼差しで。
「シャフツベリーからの依頼で、ソールズベリは呪い解呪の為の高司祭を送ることになった。今まで二度司祭を送ろうとしている。だが、それはまだ一度たりとも成功していない」
「何故?」
 冒険者は呟く。それは当然の疑問。シャフツベリーとソールズベリの間は近い。1日もあれば十分に行き来が可能な筈だ。係員は答えた。
「ソールズベリー。セイラムとシャフツベリーの間にズゥンビを従えた悪魔が出る」
 と。
「従者と共にシャフツベリーに向かった高司祭は部下ともとどもその身を切り裂かれた。二度目に神聖騎士を二人連れて行った高司祭は‥‥騎士に守られてセイラムに戻ったものの騎士一人を失い先に進むことはできなかった‥‥」
 淡々と告げられた言葉は事実のみを告げる。
「ズゥンビの数は十体前後。その他にデビルらしき黒い影を見たという証言もある。三度目の派遣は、今現在見送られている」
 シャフツベリーからは要請が何度も届く。早く高司祭を派遣して領主を助けてくれと。
 だが、出来なかった。
「ソールズベリも、現在半端ではない災厄に襲われている。だからこれ以上騎士を派遣して街を手薄にするわけにはいかない。高司祭も失うわけにはいかない。‥‥だが、シャフツベリーを見捨てるわけにもいかない」
 このままシャフツベリーに高司祭を派遣することができなければ、シャフツベリーはソールズベリを領主を救ってくれない敵、とみなすだろう。万が一領主が死ねばその怒りは全てセイラムに行く。
「大きな声では言えないが、領主不在はソールズベリも同じなんだ。そんな時騒ぎが起こったらどうなるか‥‥」
 解るな? 彼は、そう続けた。
 争いになるだろう。お互いの街を憎むかもしれない。
 下手をしたら戦争になるかも‥‥。
 そんな可能性さえもこの依頼は孕んでいる。

「依頼内容はソールズベリから高司祭を連れて来て、領主を治すこと。だが、それだけじゃ問題解決にならないし、片手落ちだってのも解ってるな?」
 呪いは大本を絶たなければ、いくら解除しても同じこと。
 そして万が一高司祭がシャフツベリーで命を落とせば‥‥。
 誰かの喉がごくりと鳴った。

「ここが正念場か‥‥」
 仲間か、係員か、それとも自らの予感か。そんな言葉を確かに聞いた気がした。
 瞼の奥にあの少女の輝く銀の笑顔を浮かべながら‥‥。


 ‥‥もう、この街は彼のもの。
 領主館から見つめる街を見つめながら彼は微笑んだ。
 小さな小箱を手の中に弄び、やがて机の中にしまう。
 背後には小箱に引き寄せられるように黒い影が、立っていた。
 まだ安心などしなかい。確実に全てを手に入れるその時まで、気を緩めるわけにはいかない。という男に主に影は吠えた。
『いつまで待たせるつもりだ。私は、この一族は気に入らないぞ。銀の髪も蒼い瞳も癪に触る。いい加減に契約を‥‥』
「ダメだ!」
 彼は言い放った。
「もう少し、そうもう少し待て」
 手に入れられる。確実に。あの鮮やかな輝きを持つ少女を。
 もう、街の人々の心は手に入れた。後は領主の許可と、婦人を陥落させれば事は済む。
 あの少女の心と同時、この街を完全に手に入れることはもうすぐだ、と。
 拒絶される筈など無い。彼は絶対の自信があった。
「そうだ。手に入れられる。皆、俺の手の中で踊らせてやるよ‥‥」
 声を出して彼は笑う。それはたった一人以外には見せることの無い、暗い笑い声だった。

 そして、少女は祈る。銀の輝きを持つ心で迷いを払うために‥‥。
『結婚して下さい。それが、この街と人々の為に一番にいいことですよ』
「皆さん‥‥、私は‥‥」

●今回の参加者

 ea0071 シエラ・クライン(28歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0447 クウェル・グッドウェザー(30歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0668 アリシア・ハウゼン(21歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea0780 アーウィン・ラグレス(30歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2182 レイン・シルフィス(22歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ティズ・ティン(ea7694

●リプレイ本文

 ソールズベリの中央に組まれた石造りの建物は、完成すれば後の世に名を馳せる大聖堂になるだろう。
 冒険者達を案内した若い司祭はそう言って自慢げに微笑んだ。
 街の中を子供達や、住人達、犬猫とすれ違って通り抜ける。
 クロースと呼ばれる教会の領域を入り仮聖堂へ。
 そこに待つ大司祭と側に仕える高司祭と思われる男性がこちらに向けて頭を下げる。
「この度は依頼を受けて頂いて感謝する」
 一歩前に出たのは大司祭、丁寧な対応にクウェル・グッドウェザー(ea0447)は臆することなく礼儀正しく応じた。
「いえ、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
「この依頼、私たちには無関係ではないのです。むしろ依頼を出して頂いたことを感謝しなくてはならないほどですわ」
 たおやかに微笑みながら告げるアリシア・ハウゼン(ea0668)の言葉に大司祭は目を瞬かせる。
「どういうことですかな?」
 李彩鳳(ea4965)と簡単な事情を説明する横でアーウィン・ラグレス(ea0780)は護衛対象の高司祭と襲撃の体験者である神聖騎士に敵の数や様子などを確認している。
「ふむ、デビルの姿は完全に見た訳じゃないんだな?」
「はい。ズゥンビ以外に異質な空気を感じた。というところです。そのデビルもインプのような小型のものだけでは無く他にもいたような‥‥」
 その時は圧倒的な数の差。倍以上の敵に囲まれて高司祭を護るのが精一杯だったと悔しそうに騎士は唇を噛む。
 興味無さそうに背中を壁につけていたゼディス・クイント・ハウル(ea1504)はただ冷静に状況を頭で組み立てる。解りきった情報収集は自分の出る幕ではない。仲間達に任せておけばいい。
(「何故だか‥‥あの男にしては甘さを感じるな」)
 微妙に引っかかるものがある。そう、今回はソールズベリからの依頼。依頼が無ければ動けない冒険者達にとってシャフツベリーと関われる格好の機会であった。
 しかし、あの策士である男ならば依頼そのものを手玉にとって支配するか、最悪表向きだけでもシャフツベリーも高司祭の招聘、つまりは領主の呪い解呪に協力していると思わせなければならない筈。
「一体、何故‥‥」
「高司祭様でないと解けない呪いと、外部からの救援を絶つデビル‥‥。これだけの偶然は普通重なりませんし、この状況下で得をしているのは実際にはただ一人‥‥。状況証拠でいいならほぼ決まりですよね。ですがそれを私たち以外が納得するには‥‥」
 考え事をするゼディスの思いを読むように隣でシエラ・クライン(ea0071)は囁いた。さっきまでアーウィンと騎士や高司祭の話を聞いていた筈だが。
 顔を背けながらゼディスもまた囁くように呟いた。
「証拠がいる、‥‥か」
「ええ‥‥」
 目を閉じ、開くその視線の先には前回の失敗から冴えない表情を続けるアリエス・アリア(ea0210)がいる。悩み、落ち込みに突入しかけた彼の横でアリオス・エルスリード(ea0439)はポンと肩を叩いた。
 その意味をアリエスもちゃんと理解している。落ち込んでばかりでは冒険者の資格は無い。
(「何もできないことこそが、一番厭なのに。何もできないどころか、迷惑をかけた。でも‥‥今度こそは‥‥」)
 秘めた思いが決意となって瞳を輝かせる。
「絶対に失敗は出来ねぇな‥‥。無論失敗するつもりない」
「どうか、僕達を信じて下さい。全力でお守りします」
 告げたギリアム・バルセイド(ea3245)とレイン・シルフィス(ea2182)の言葉に冒険者達の顔が真剣にたった一人を見つめる。
 神に仕えるその高司祭は十字架を握り締め
「改めてお願いいたします」
 自らの使命を果たす為に頭を下げた。


 ソールズベリ、セイラムの街からシャフツベリーまでは直線距離で20km前後。
 普通に行けば一日で辿り着く。街道も通り、野営の必要も無い平坦な道。
 手伝ってくれた友ティズ・ティンの心遣いの食事を食べながら目的地を目指す。
 もうじき見えてくるであろう街並み。至る道は静かだった。
 だが、そこで冒険者達は足を止める。日が暮れ薄紫になりかけた空気の中、それは現れた。
「‥‥来たな」
 ギリアムは周囲を見回しながら剣を構えた。現れたのはズゥンビ。数は10体もいまい。
 だが意思の無い瞳をしている割に統率されているように冒険者達を取り囲む。
 彼らの背後には黒い小さな影。シエラの持つ指輪の中でクルクルと蝶が踊る。
「デビルの反応があります! 間近に!」
「月の矢よ。悪魔を貫き、滅ぼしたまえ!」
 レインが唱え放った光は、瞬きの間に森の手前に向けて走る。
 微かな呻き声が聞こえる。
 あそこか! 影にいる敵は視認できた。その敵は動かない。唸りを上げた様子もズゥンビ達に影響を与えた様子も無い。
 ズゥンビ達は近づいてくる。生き物全てを羨むような虚ろな目で。
「司祭様は後ろに下がって下さい!」
 横に立っていた司祭を中央の仲間に押し預け彩鳳は前に歩み出た。
「おいでなすったか‥‥司祭サマ、俺から離れないで下さいよ!」
 前線に出ようとする仲間に援護の魔法をかけるシエラとクウェル。
 その間、ほんの僅かな準備の時間をゼディスは無駄にはしなかった。
「吹雪け。アイスブリザード‥‥」
 感情の無い氷のような声で、氷の呪文を唱え打ち付ける。
「!」
 悲鳴にならない声がズゥンビ達の口からこぼれた。先制攻撃に足が止まり行動が遅れる。
 無論、そんな隙を冒険者達は見逃す筈が無かった。
「ようやく鎮魂剣の出番だな。そら! いくぞ!」
「申し訳ありませんが、また眠って下さいな!」
 素早く群れの中に素早く踏み込んでいくギリアムと彩鳳の初撃が会心のタイミングで決まった。
 渾身の力での袈裟懸けに倒れ落ちるズゥンビ。彩鳳の翻った足はズゥンビの頭を鋭く突いて地面に叩きつける。
「魔法を! 少し避けて下さい」
 同時に横に飛んだ二人の間をすり抜けるように打ち落とされた水の固まりは、地上に蘇った波となって悪魔たちに打ちつける。
 もがくような彼らにまた生まれた致命的な隙は、ズゥンビ達に二度目の死を確実に贈る。
 シュン! シュン!!
 軽い音共に白光のごとき矢がズゥンビの眉間に食い込んで行く。殆どのズゥンビは二人の戦士と矢によって外周で動きを止められ、中に食い込めた幸運だったかもしれない敵はさらに速やかに
「司祭には近づけさせないぜ!」
 アーウィンの持つ聖なる剣に攻撃をかき消された。切り伏せられ、倒れていくズゥンビ達。
 その数は減ることはあっても増えることは無い。盾を構えるクウェルや万が一に供えるゼディスがそこにいる。
 前線の仲間達の実力なら、大丈夫。
「アリオスさん、アリエスさん‥‥」
 シエラは囁いて二人を見た。頷きあった二人は薄れたズゥンビの陣の隙を縫って奥に見える小さな影に駆け寄る。
「地の底に眠る星の火よ、我が呼び声に目覚め、不浄の者達を焼き払え!」
 その呪文はほんの一呼吸の間。
 影の足元が赤く光ったと同時、光は燃え上がる炎となって立ち上がる。逃げることさえ敵に許さずに。
 だが、敵は逃げなかった。軽く宙に羽ばたいただけ。
 上がった火柱は瞬間で消えうせる。影にダメージを与えて。
 意外なまでに決まる攻撃は止まる事を知らない。彼女の背後から膝を立てた弓兵が二人、同じ敵を狙う。
「もう一度堕されて地を舐めたいようですね?」
「逃がさん!」
 左右から放たれた矢は蝙蝠の羽を左右から射抜く。
「何もできない訳じゃない。昔の私ではない。今なら‥‥私にだって、此れくらいはできるんです」
 油断があったのか、動かなかったのか、動けなかったのか。驚くほどあっけなく、それは地に落ちた。
『グシャアア!』
 ここで敵は初めて声をあげる。
 闇に染まりかけた空気の中でしっかりと視認したその姿にシエラは眼を見張った。
「えっ?」
 死に物狂いの、もう壊れかけた身体で、それでもその影だったデビルは突進する。
 逆らえない何かに命じられたような狂気の眼で、冒険者達の中心に向かって。
「あっ! 大地よ!」
 でも、それをさせるわけにはいかない。横をすり抜けて走るその小さなデビルに向かって彼女は躊躇うことなくスクロールを開いた。
 重力の転換。羽根の力を失った敵はそのまま宙に浮かび、地面に叩きつけられる。
 悲鳴を上げる暇さえない。
 地面から起き上がることさえなく、デビルは絶命した。最後に喉を刺した剣がデビルスレイヤーであることに気付いたとしても抵抗はできなかっただろう。
 その頃にはズゥンビも全てが地面に倒れていた。
 冒険者達にケガらしいケガは殆ど無い。
「1〜2人、ちょっと腕の立つ奴がいたが、所詮ズゥンビだ。俺たちの敵じゃない」
「あの方達は司祭様の護衛だった方かも、しれませんわね。どうぞ、安らかに‥‥」
 息を荒くしながらも、祈る余裕が冒険者達にはあった。だが、表情は晴れない。
「こいつは‥‥インプか?」
 鉛色の肌、蝙蝠の羽。それは、どこからどう見てもインプと呼ばれる下級デビルだった。冒険者達が良く知る。
「司祭。この間あんた達を襲った時にいたのもこのインプだったのか?」
 もう警戒の必要は無いだろうと庇った背中の後ろに立つ高司祭にアーウィンは肩腰に聞く。ゆっくりと前に進み出た司祭は十字を切ると首を横に振った。
「いえ。このデビルもいたかもしれませんが、我々に牙を向けた敵はもっと大きく力に溢れていました。体調は人間と同じかそれより大きく、そして豹に似た姿を‥‥」
 それは、どう見てもこの敵ではない。
「まさか、我々が動いていることに気付いて?」
「その可能性はありますね‥‥? どうしたんです」
 シエラは二人の様子に顔を上げた。同時にハッと指を見る。石の中で微かに蝶の羽根が踊っている。
「誰だ!」「くそっ!」
 ギリアムとアーウィン。二人が感じたのは殺気。森の奥。紛れも無くこちらを見ていた視線はその声と同時に冒険者達のいる方向とは反対のほうへと翼を広げた。
「逃がさない! 月の光よ。かのデビルを!」
 星空に向けて飛ぶ黒影に向けて金色の矢が飛ぶ。真っ直ぐに。
「えっ?」
 だが、光の矢はかき消されるように敵の直前で消えた。アリオスはとっさに矢を番えた弓をそのまま下に降ろす。悔しそうに舌を打って
 射程から完全に逃れられた。
「あ、あれです! 我々を狙っていたのは!」
 司祭の言葉でもはや確認するまでも無い。木々の彼方に消えた翼持つ黒豹。ズゥンビを従え、司祭を狙った敵はあれなのだと理解できる。
「逃がしたな。あれはやはりグリマルキンだ」
 ゼディスの言葉には悔しさや、苦悩は無い。ただ、冷静に事実を告げる。
 デビル‥‥グリマルキン。
 それが彼らの敵の一つなのだと、確かに確認できた。呪いを使い、死者を操るデビル。
「手駒を使って、僕達の実力を? あいつを倒さない限り‥‥」
 レインの握り締めた手が揺れる。クウェルは弄ばれた死者たちに祈りを捧げる。
 敵は撃退した。だが、勝利と言うにはそれはまだ余りにも欠けたものだった。

 戦いに手間取った冒険者達が、街道を抜けシャフツベリーに辿り着いた頃はもう深夜に近づいていた。
 遠くに見える明かりにふうとため息を付いたその時。
「誰だ!」
 厳しく敵を誰何する声が響いた。見るとそこには武装を整えた戦士が数名。剣をこちらに向けている。
 以前はこんな物々しい警備の者はいなかった。穏やかで静かな田舎の街に?
 そんな問いに答えてくれる者はいない。むしろ、相手の疑問に答えなければ敵と思われるだろう。
「俺たちはソールズベリの教会から依頼を受けた冒険者だ。領主の治療の為にやってきた高司祭をお連れした」 
 ギリアムが指し示した司祭を見ても剣は引かれない。
「そのような話は聞いていない! 怪しい者は通すことはできない」
「では、確認をなさって下さい。護衛の依頼は教会からですが、教会に司祭の派遣を要請したのはこちらである筈ですから」
 丁寧な物腰でアリシアは戦士たちに向かい合った。うむ、と顔を見合わせて彼らは動き出す。馬が夜を駆けた。
 やがて、一刻ほど寒空の中で待たされて冒険者達は街へ入る事を許された。
「ベネット様に確認した。派遣要請に間違いは無いと。通ってかまわん」
 ただ、もう深夜なので治療は明日と念をおされて、彼らは街へ入ることを許された。
 そう、許されたのだ。こと、ここに至って彼らは町の雰囲気が今までと違っていることに気付いた。
 穏やかで、柔らかい空気を持っていた優しい街、シャフツベリー。
 だが、今、街は明らかに空気を変えている事に。
 街道を見張る、物々しい戦士だけではない。街のあちらこちらに見える自警団ではない、戦いの為の兵士の存在。
 この空気には覚えがあった。
 数ヶ月前のキャメロット。敵を迎え撃つ準備をしていたあの熱病のような戦前の高揚感。
「‥‥こういうことか」
 ゼディスの歯が鳴った。奴にしては甘いと感じた今回の所業。
 高司祭の派遣を要請しながら、援軍を出さず、犯人を捕らえることもしない。好転していない状況に冒険者を呼ばない。
 その理由の全てが、彼の思うとおりなら。
「踊るか、踊らされるか‥‥」
 明日が、運命の境目になる。
 ゼディスの、そして仲間達のやるべき事は決まっている。
 それが、圧倒的不利だと確信できていても。


 その館の一室は静寂の中にあった。
 朝一番、冒険者達は館に訪れた。
 立会いを求めた、青年商人と共に緊張しながら部屋に向かう。
 ベッドに眠るのはこの街の領主。側に寄り添うのは娘。
 周囲を取り巻くのは冒険者。一刻たりとも警戒は怠らないと周囲を取り巻く。
 その警戒の半分以上は窓際に腰をかける一人の商人に向けられている。
 彼は、それを知ってか知らずか‥‥。目を閉じたまま微笑んでいて‥‥。
 不思議な緊張漂う中を自らの役割りを果たすべく、その人物は救うべき人間の手を取った。
「‥‥確かに、この方には呪いがかけられているようです。黒き具現神の信者か‥‥とても強いものですね」
 つまり、黒魔法カースによってかけられた呪いの呪縛が彼を包んでいると言ったのだ。
「お父様は‥‥助かるのでしょうか?」
 心細げに見上げる同じ神を信じる少女に、彼は優しく頷き微笑んだ。
「他に病変や、ケガは見られません。呪いを解除すれば直ぐに元気を取り戻せるでしょう」 
 少女の顔が久しぶりの笑顔に輝く。看病に弱り倒れそうになっていた少女を支え続けていた青年も
「良かったですね。ベル‥‥」
「レインさん‥‥」
 腕の中の細い肩を抱きしめた。
「では、解呪の準備を早速‥‥」
 司祭が動き始める中、クウェルはその準備を助けて動く。
 もうあと僅かで、領主は元気を取り戻すだろう。
 それは、この男の野望の終わりである筈なのに何故か腕組みしたまま、微笑み、動かない。
 シエラにはその理由がまだ解らなかった。だから、
「ベネットさん、そして皆さん。もし、よろしければお願いがあるのですが‥‥」
 提案してみることにした。この言葉が窓際にいる男のみを指していることを、冒険者が彼を警戒している事を完全に知られると解っていても。だ。
「この病気は呪いが原因だそうです。ですから、この周辺に呪いの実行者と、指示者がいないかどうか、確かめてみたいのですが‥‥」
 魔法を使って確かめる。自分を見つめ、そう言うシエラに今まで沈黙を守って来た商人は薄く笑った。
 拒否すれば、それは自分への疑いを高める。頷けばその時は‥‥。
「別に構いませんよ」
 穏やかな声で、彼はそう言った。冒険者達の目線は全て、疑惑の主ベネットに向く。
「但し、それはやはり解呪が終わってからの方が相応しくありませんか? 司祭様の精神集中のお邪魔をするべきではありません。領主様が回復されてからの方がいろいろお話もしやすいですしね」
 否定できることではなかった。正論、だった。
「解りました。では、解呪成功の後に‥‥」
 シエラは引き下がり、冒険者達もまた様子を見る。
 ベッドの側には大司祭と、それを手助けするクウェル。そしてベルが立つ。
「ベル様」
 ベネットの問いかけにベルは顔を上げた。
「この間の告白の答えを、頂くことはできないでしょうか? このような時に失礼とは思うのですが‥‥」
「精神集中の邪魔をするべきでは無いんじゃ無かったのですか?」
 むっとした顔のシエラを無視して彼はベルを見つめる。悩んだ顔をしたベルは、冒険者達と、一人の冒険者を見つめ胸にそっと、手を当てる。
「解呪が終ったら、お答えしますわ」
 解りました。そう言ってベネットも下がる。
 もう準備はできたようだ。
 呪文詠唱の前に司祭の許可を得て、グットラックの魔法をかける。白い領主の顔が微かに赤みを帯びた。
「では‥‥。我らが聖なる母の名において‥‥」
 明るい日差しの中、呪い解呪の式が始まった。


 それと時間を前後すること僅か、同じ館の別の部屋で二つの影が息を潜め、動いていた。
「タイミングがずれたが‥‥大丈夫か?」
「はい、やることは同じですから‥‥」
 部屋の主の留守を確認して、部屋の中に入る。
 増えた館の中の警戒をなんとか交わし、素早く部屋に潜り込んだ。
 危険を犯し、この敵の本拠で探すものは一つ。
「証拠‥‥ですね」
「ああ、この部屋に罠を貼っていたということは何かを隠しているということだろう。この契機を生かして闇を光に変える」
「解りました。アリオスさん、ちょっと動かないで下さい」
 黒く染めた顔の汚れを消さないように、緊張の汗で濡れた目元を一度だけ横に拭ってアリエスは布袋を取り出してそっと開いた。
 微かな泣き声と足音が、部屋の中を走り回る。
「ネズミか‥‥」
 ソールズベリで集めてきた数匹のネズミは今まで、狭い所に押し留められていた為か慌しく駆け回る。
 扉の前も、机の上も、周囲の荷物の前も元気良く。
 様子を見ながら安全と確認できた周囲を二人は探し始める。
「今度は、魔法のトラップをしかけていないのでしょうか‥‥?」
「さあな? だが、ここで何か証拠を掴まないことには‥‥ん? こいつは‥‥」
 重ねられた書類。中に無造作に積まれていた一枚に彼は眼を留めた。
「何ですか?」
「そんな!」
 アリエスがその手元を見つめる。彼には読めないその文字に眼を走らせるアリオスの表情がみるみるうちに苦々しいものを見る目に変わる。
 それは、契約書だった。大量の武器と傭兵がシャフツベリーに集められている。
 小さな街の守護には多すぎるほどのそれは、全てベネットの指示で動く兵。
 もう、この街の乗っ取りは半ば成功していると見ていいのかもしれない。
「この数が、一気に動いたら街は‥‥」
 ぐしゃっと音を立てて羊皮紙が握られる。
「アリエス! 他に証拠になりそうなものは?」
「それが、見つかりません。どこにも」
 クッ。アリオスの唇が歪んだ。
 考えてみれば、一度泥棒が入った『部屋』にそんな大切なものを置いて置く筈が無い。
 冒険者が来た、来ると解った時点で目の届く所に置いてあるか、持ち歩いているか。
 どちらにしても‥‥調べるとしたら、彼の身の回りだろう。
 だが、収穫はあった。彼が街を自由にしようとしている証拠にはなる。
 ベネットを追いつめることができるかもしれない。
 書類を握り締めて、二人は静かにその場を離れることにした。

 光がディナス伯を包み込む。
 隅々までゆっくり浸透していった輝きは、白、どころか蒼に近かった肌に命の輝きを取り戻させていく。
「う‥‥ん‥‥」
 微かだが、力の戻った声。そして瞳が開かれた。
「お父様!」
「‥‥ベル!」
 解呪は成功した。ふうと深い息を付く司祭の笑顔の横では、心から『父』の無事を喜ぶベル。
 目の前にいる『娘』の存在と、周囲の様子に軽くなった身体を伯爵は静かに起こした。
「気が付いたか? 伯爵。どうだ? 気分は?」
 ギリアムがそっと側に近寄った。一瞬驚きの表情を浮かべながらもああ、と頭を振って微笑む。
「悪夢から醒めたようだ。気分はとてもいい」
 そいつは良かった。笑顔を見せながらギリアムはざっと事件のあらましを話す。
 シエラは司祭の側に寄り添う。クウェルも警護する。たった一人を警戒して。
 レインは、ベルの横で、決意を噛み締めていた。
「と、言うわけなんだ」
「なるほど、呪いをかけられていたのか‥‥。無様なことだ。迷惑をかけたな」
 伯爵は告げ微笑んだ。彼の髪が風に揺れる。
「伯爵‥‥聞いて欲しい。酷なようだが‥‥」
「待って下さい」
 ギリアムの続けようとしていた言葉を、遮る声がした。
 優雅に礼をとるベネットがこちらを見つめている。冒険者達はしばし、沈黙し彼の行動を見つめる。
「伯爵がお元気になられたのなら、私の役目は終わりです。お暇を頂くことになるでしょう。ですが、その前に一つお答えを頂きたいのです」
 ベネットの見つめる先にいるのはベル。
「私は、銀の姫を愛しています。その輝かしき魂を。そして‥‥結婚を申し込みました。できれば伯爵様の前で、お答えを頂きたいのです」
 丁寧な礼儀正しい態度。まだ、非を打つことはできない。伯爵は黙ってベルを見た。
 貴族の娘には、本来親の決めた結婚を断る権利は無い。だが、彼女にそれを強制するつもりは伯爵には無かった。
 それは、かつてした約束‥‥。
「ベル、お前が決めなさい」
「お父様‥‥」
 一度だけ頷いた父もまた沈黙する。そしてベルとベネットは向かい合った。
「ごめんなさい‥‥私には好きな方がいます」
 はっきりと彼女はそう言って頭を下げた。
 正直、少しだけ迷った時があった。
 自分の結婚が、多くの人の幸せに繋がるのなら‥‥。と。
 ほんの少し暮らしただけだが、彼女はこの故郷に生まれ育った村とは違う愛着を持ってしまっていたから。
 そして、倒れた父と、か弱い母。彼らを守る為にそれは、良い選択肢なのでは無いか。
 頼る者、寄る辺無く、神に祈る日々、そう考えたこともあった。
 だが、冒険者達の顔を見たとき、その悩みは消えた。
「自分が我慢すれば、なんて思ってないか? お前さんは”ベル”として生きる事を選んだろう?」
 父のように頼りにする人物はそう言ってくれた。
「貴方の恋人候補を信じておあげなさい」
 ずっと自分達を見つめてきてくれた女性は暖かく、優しく囁いてくれた。
 そして‥‥
「遅くなりました‥‥。ベル、安心して下さい!」
 あの腕に抱きしめられた時、全ての悩みは消えた。自分が本当に誰を愛しているのかを確信したから。
 だから、迷わなかった。
「そう、ですか‥‥。解りました」
 ベネットは俯いたまま、そう告げた。
「では、私は退場いたしましょう。失礼を致しました」
 驚くほど素直に彼は部屋を出た。顔を上げないまま、静かに。
 追求の暇も無いほどその行動は早く、潔かった。
 ベネットの退場を伯爵はほんの少し、惜しむ表情を見せる。
「ディナス伯、聞いてくれるか?」
 まだ床上の伯爵にギリアムは近寄った。そして告げる。いつまでも隠してはいられないヴェルと、ベル。二人の真実の公開を。と。
「一族の秘密全てを明かす必要は無い。ただ、ベルが自由になり、ヴェルが認められる。その方法を考えてやってくれ」
 一族の全てを知る存在だからこその言葉に、伯爵は頷いた。そしてベルに目線を送り柔らかく、優しく問う。
「ベル‥‥お前の好きな人とは誰だね?」
 無言で微笑むベルの隣には佇むレインの姿。銀の髪に見たことの無い髪飾りが揺れる。
「‥‥そうか。冒険者か‥‥」
 伯爵の口調は重く、顔つきは暗い。だが、否定はされなかった。
 それが、いつか肯定になると、肯定にできる日が来ると、レインは信じることにした。

「奥方さま?」
 心ここにあらず、夢を見ているような彼女が冒険者達は心配だった。
「なんでしょうか?」
 こうして返事と会話ができるようになっただけでも進歩ではあるのだが、あまりにも彼女はか弱い。
 本当であれば、母としてベルを守る強き存在であって欲しいのに。
 アリシアは奥方の護衛をしながら、ふと気になっていた事を聞いてみた。
「ベルさんが、結婚するとしたら、どう思われますか?」
「‥‥ベルが?」
 彼女の言葉は止まり、ゆっくりと目を閉じ、そして開く。
「あの子が花嫁になる姿を見られれば、私は‥‥他に何も望みません。願うのは、子供達の幸せ‥‥」
 小さな、でもしっかりした答えにアリシアは自然と頬に笑みが浮かぶのを感じていた。
(「この方もやはり、母親ですわね」)
 彼女にベネットが付け込まなければいい。どうか、このまま心安らかにいられるように。
 そう、願わずにはいられなかった。

 だが、その願いは叶わない。
 闇が密かに牙を向く。
 冒険者達にミスがあったとしたら、それはベネットを確保しなかったこと。
 彼を追いつめることができなかったこと。
 もし、多少強引にでも捕まえていれば、事態は変わったかもしれない。
 しかし自由に動く時を得てしまった彼はもう止められない。
『まだ、待てと言うのか? ベネット?』
「‥‥もう、呪いなんてまどろっこしい手は止めだ。大人しくしているのも止めだ。あの女、領主、そして冒険者達に思い知らせてやる‥‥」
『そうか? じゃあ、いよいよ暴れられるな?』
 嬉しそうに羽ばたく闇を、だが待てと彼は制した。
『何故?』
「お前の目的は、聖人、銀の一族だろう? 一族と、その地を闇に貶めるのは面白いとは思わないか?」
『‥‥なるほど。お前の意思に従おう』
 黒い光が闇の中で輝く。そして‥‥出てきたのは銀の乙女。
 彼女は美しく微笑んで、影を従えて闇へと消えていった。

「やはり‥‥か」
 街の有力者を回り、聞き込みを続けていたゼディスの表情は変わらないが、声は舌打ちに近い。
 夜を歩きながら解った事。
 ディナス伯の信用の高い人物でさえ、既にベネットの考えに陥落しつつある。
『この街に呪いをかけている者がいる。その相手から街を守る為には力が必要だ!』
 今まで戦いとは無縁であったが故に、災害に遭い続けてきた。これ以上の苦難から逃れようと溺れる者は救い手に縋りつく。
 その救い手が真の災いであると考えもせずに。
「何か、一つ動けば事態は動く。それを止める方法は伯爵の一刻も早い復帰‥‥!?」
 だが、その時彼は見た。事態が、もはや最悪の方向に動いた事を‥‥。


 音を立てて開いた扉に冒険者達は振り返った。
「ゼディスさん、どうしたんです?」
 今後のこと、主にベネットへの対応。
 彼の部屋で見つけた書類をアリオス達は見せる。決定的な証拠ではないがベネットが街に兵を集めていると伯爵に知らせ、警戒を求めることにしたのだ。
 伯爵が政務に復帰すれば、ベネットの力は確実に削げる筈。と。
 だから中にいるのは冒険者達と伯爵。高司祭と、ベル。
 彼女の存在を確認し、ゼディスは息を付いた。
「ベルはそこにいるな。なら、外にいたベルは誰だ?」
「外にいた‥‥ベル?」
 彼は見たのだ。空を飛ぶ黒豹と、それを従えるように立つ血まみれの銀の乙女。
 館の中にいた冒険者達はその時、館に迫る声を聞いた。
 ゼディスは思い出す。「あれ」を見たのは自分だけではない事に。

「銀の姫を出せ!」
「人殺し! 悪魔を従えた魔女!」
「シャフツベリーに呪いをかけたのはお前だったのか!」

 殺気立つ民の様子に、伯爵は息を呑んだ。
 自分の意識の無い間に一体何が‥‥。
 だが、彼も為政者。決断は早い。
「冒険者、ベルを連れてとりあえずここを出てくれ。あの様子では民も簡単に静まらない。私が誤解を解くまで‥‥頼む!」
 
 意味も、理由も解らない呪いの言葉は、次第に館を取り巻いていく。
 黒い、邪悪な意思がシャフツベリーの上空に羽ばたき、広がっていこうとしているのを彼らは感じずにはいられなかった。