【ソールズベリ 終章】開封の時、復活の時

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 73 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月09日〜09月19日

リプレイ公開日:2005年09月19日

●オープニング

「神父様‥‥、私は貴方の事が‥‥」
「私の身体と心は神に捧げた身。貴方の思いに答えることはできません‥‥。許して下さい」


 ソールズベリー領主、ライル・クレイドが自ら赴き出したその依頼は、冒険者達を驚嘆させた。
「何? ストーンヘンジの封印を解くぅ? 何考えてんだ?」
 本人を前に、俄かに信じがたいと目を瞬かせる。
 いくつかの依頼を通しストーンヘンジには古代の魔法使いが封じられている、と判明していた。
『タリエシン』と呼ばれるその存在は古き時代、最高の魔法使いの一人で四種の魔法を使いこなし、精霊を使役するという恐るべき力を持つとも。
「そんな化け物を自ら進んで封印を解いて、街に被害が出たら、どうするつもりなんだ?」
 責めるような口調を向けるものもいるが、ライルは十分に考えた上だ、と言って続ける。
「自らの街の側に、それだけの化け物がいる。そんなことを知ったら人々は安心して暮らすことはできぬ。現在封印を完全に解く鍵は無い。ならば完全に復活させる前に叩くべきだ、と思ったのだ」
 隣接の街では、近年遺跡に封じられていた魔法使いが復活し、問題が起こったが冒険者によって解決された。
 より大きな力を持つと言う魔法使いが、遺跡に封じられているとあれば、このまま放っておくことは確かにできないだろう。
「先だってかの街に遺跡の調査を依頼した。どうやら同じ仕組みを持つように作られているらしい。共通点が多い。ストーンヘンジの方がさらに大きく、複雑ではあるが」
 遺跡の封印を守る巫女は語る。封印の効力は夏至に一番強まり、冬至の日に一番弱まる。と。
 逆に言えばその日が来るまでは遺跡の封印を解呪しても、タリエシンは遺跡に縛られることになる。
「封印を先送りにして、未来に不安を残すよりは‥‥いいかもしれないね。まあ、最悪の時には遺跡に閉じ込めなおすくらいは多分、あたしにもできるから‥‥」
 後悔を未だ胸に抱く彼女は、ライルの願いに頷いたという。
 そして‥‥
「遺跡の封印がある限り、私達月の一族はソールズベリに責を負います。母の為にも、私も封印を解きたいと願っています」
 月の一族の長、ルイズはそう積極的に言った。少し悲しげな目で。
「僕も‥‥封印を解けるなら解きたい。きっと父さんがずっと苦しんでいたことは、それだから‥‥。死んだ僕らの兄の為にも」
 太陽の一族の末裔、ソウェルも勇気を出してそう答えた。
 彼らの意思統一はなされている。もう開封は決定事項らしい。
「依頼内容は、要するに遺跡の開封への立会いと、護衛だな」
「そうだ、ひょっとしたら遺跡が開いた時に、『タリエシン』とやらの亡霊が出てくるかもしれない。それを倒すのも主目的になる。あとは遺跡の調査も」
 四種の魔法を操る古代最高の魔法使いの一人。
 倒すと言っても簡単ではないだろうが、月と太陽の魔法のエキスパートもいるし、冒険者が側にいてくれれば決して不可能ではないだろう。
「もう、決めたことだ。民の為、どうかよろしく頼む」
 彼はそう言って領地に帰っていった。
 難しい、そして危険を伴う依頼。
「どうも、嫌な予感がするぜ。何だって急にそんなことを言い出したのやら‥‥」
 どこか非難する口調で係員は珍しい事を言う。だが、それは冒険者達も同じだった。
 何かを忘れているような、見落としているようなそんな気がする。
「まあ、あの領主の気持ちも解らないではない。だから、行くつもりなら、慎重にな‥‥」
 
 数千年の長きに渡り、伝えられてきたソールズベリーの伝説。
 縛られてきた一族と、魔法使い。
 今、解放の時を迎えようとしていた。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea0923 ロット・グレナム(30歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4202 イグニス・ヴァリアント(21歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea5876 ギルス・シャハウ(29歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

馬 斧陽(ea0329)/ 小野 織部(ea8689)/ テスタメント・ヘイリグケイト(eb1935

●リプレイ本文

「神よ。その御名を借りて‥‥逃げた臆病者をお許し下さい。そして‥‥私に勇気をお与え下さい‥‥」


 蒼き空には、鷹が一羽二羽、飛んでいるのが見える。
「ソールズベリに来るのは初めてだけど‥‥まさか最初がこんな重要な依頼でとはね」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)はそう言って肩を竦めて笑う。
 セイラム領主、ライル・クレイドの依頼に応じた、彼らはイギリスでも指折りの戦士達だ。
 だが、その彼らとて、いや彼らだからこそ緊張の糸を切ることは無い。
 旅の空の下でも、ソールズベリのこと、遺跡でのこと、過去の依頼の情報交換に余念は無かった。
「‥‥と、言うわけで‥‥コグリはタリエシンのことを、四種の魔法を使う偉大な魔法使いと言っていたようです」
「あのはた迷惑な魔法使い、アル・ブラスの封じられていた遺跡には、四種の精霊達がいて‥‥その奥にコグリがいたな‥‥。確か」
「ええ、あのエレメンタラーフェアリーさんとはお友達になりたかったですねえ。可愛かったですから」
 少し楽しげに話しているようにも聞こえるが、ギルス・シャハウ(ea5876)も、ジェームス・モンド(ea3731)もその瞳は真剣そのものだ。
「その遺跡の形そのものも変わっていたのですよね? 円に、十字でしたか‥‥」
 考え込むように夜桜翠漣(ea1749)はその羊皮紙に描かれた、その図形を見つめる。これにも、何か意味がありそうな気がする。
「俺は、ソールズベリにはあんまりいい思い出は無い、というか、あの暗殺者のことを思い出しちまうからな‥‥」
 呟くイグニス・ヴァリアント(ea4202)の肩を陸奥勇人(ea3329)はぽん、と叩いた。
「あんまり、考え込むなよ」
 同じ依頼を知り、同じ思いを体験した者であるからか、イグニスは素直に笑って、頷いて見せた。
「解っている、割り切ってこの依頼に真剣に挑むさ。どう考えても、簡単に終ろうはずが無いからな‥‥」
「難しき依頼に身を置いてこそ、腕は鍛えられ、心も磨かれる。全身全霊で挑み、極めて見せるでござる!」
「優しき歌を、人々に送るために‥‥」
 黒畑緑朗(ea6426)や、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)。それぞれの決意を横に聞きながらロット・グレナム(ea0923)はずっと考えていた。
(「俺に、何ができるのか。俺は、何をするべきなのか‥‥」)
 いくつもの依頼を通し、考えてきたこと、身につけてきた事、それが全て求められる。この先で。
 そんな、予感がしたから‥‥。

 ソールズベリに着いたその日、冒険者達は自分達の計画が大きな変更を余儀なくされていることを知った。
「ローランド司祭はいない?」
「ああ。遺跡の開封を行うと冒険者に依頼に行った日のことだと聞いている。大司祭にも手続きを取って休みを取って出かけたらしい。少し考え事をしたいから、暫く‥‥と。行く先は聞いていないが‥‥どうかしたか?」
 想像以上に青ざめた顔の冒険者達にライルは、疑問の表情を浮かべた。
「儀式が始まってからじゃ遅いんでな。まずは打ち合わせだ。関係者を集めて貰えねぇか?」
 そう言った勇人の言葉に答えたライルの答えだ。
「司祭さんが‥‥いない? まさか‥‥」
 心配そうに唇を噛むギルスに何故、そんなに心配するか解らないと、ライルは首を傾げる。仕事の手を止めず、彼は言った。
「あんまり、心配はいらないと思うぞ。ローランド司祭が街を離れたのは、ルイズと少し間を置くためだ。何せ、彼女をふったばかりだからな」
「「「「「ええ??」」」」」
 ルイズとローランド、その二人の名を知る冒険者達は声を上げた。
「ふったあ?」
「どういうことなんですう? ライル様ぁ?」
 いつものように気の抜ける言葉遣い、でも迫るようなエリンティア・フューゲル(ea3868)の迫力にライルは目を瞬かせると説明した。
 孤児院預かりとなっていたルイズは、子供達や司祭と共に暮らすうちローランドに思いを寄せるようになって行ったという。
 他の月の一族はソールズベリを故郷とし、旅の空で吟遊詩人として暮らす。
 だが、ルイズだけは一族の長としての責任からソールズベリを離れることは許されなかったし、彼女もそれを望みはしなかった。
「今、思えばそれは司祭が好きだったから、なんだろうがな‥‥」
 一瞬、ライルの顔に過ぎった表情に、エリンティアは眉を動かしたが、言葉を遮らず黙っている。
 それが、変わったのはソウェルが街に戻り、さらに冒険者から一枚の絵を貰ってからだったという。
 やがて‥‥彼女は司祭に告白した。
「私は貴方の事が‥‥」
 ルイズの告白に、ローランドは静かに、でも即答の答えを返す。
「私の身体と心は神に捧げた身。貴方の思いに答えることはできません‥‥。許して下さい」
 表向き、二人の関係は変わりはしなかった。
 だが、ルイズの表情は明らかに生気を失っていき、それを見つめるローランドの様子もまた変わっていく。
 それは、たまに孤児院に視察に向かうライルにさえ、明らかだった。
「だから、少し間をおくのはいい事だと思ったのだが‥‥一体、何が‥‥?」
「随分、事情に詳しいんだな。ライル?」
 勇人のそれは、単に状況に対する確認と苦笑の意味だったろう。だが、ライルは焦るように言葉を繋いだ。
「それは‥‥その場にいた子供がいて、話として、聞いただけで‥‥」
 だが、とりあえず今は、それどころではない。
 いつもと違う、鋭い声と眼差しでエリンティアは話を遮るとライルに告げた。
「改めて、大事な話があります。皆さんを集めて下さい。急いで!」
 無論、ライルはそれに答えた。召集の使者をさらに急がせるために部下を呼び寄せて‥‥。

「まず、最初に伺いますぅ。ライル様ぁ、本気なんですねぇ? 本気で遺跡を開封しようというのですねぇ?」
 議場の広いテーブルの真正面から、エリンティアはライルを睨むように見た。滅多に見ない、いや、長いことの付き合いになるが、初めて見る、初めて見せる厳しい表情だ。
「街に被害が出るかも知れませんしぃ、ライル様自身の命を賭ける事にもなりますよぉ?」 
「我が命など、別に惜しくは無い。街には被害はなるべくなら出したくないが‥‥このままにもしておきたくはないのだ」
「何故? まぁ確かにそんなものが近くにいたら、いい気分ではないだろうが、封じられ害をなさないものと、何故今危険を冒して対峙しようとする?」
 真剣な問いに、生真面目すぎるほどの真面目な顔でライルは答えた。
「正直に言うなら、この開封を決意した五割は街の為。だが、残り四割は‥‥私の私情だ。この遺跡にもう誰も縛り付けたくない。父が心から愛し、そして多くの者達の思いの篭った遺跡を未来に、喜びと誇りを持って繋ぐために‥‥」
「最後の一割は?」
 彼は答えなかった。だが、その瞳に満ちた決意は‥‥揺るがない。
「皆さんも、いいんですねぇ?」
 巫女は静かに頷いた。
「森の中で、墓守を続けるのにももう飽きたよ。二度とこの街に足を踏み入れないつもりだったけど‥‥新しい街の美しさを見たら、未来を信じたくなったよ。私の命と引き換えにこの街の未来が輝くなら、何も悩む選択は何も無いしね」
「まさかとは思いますけど自分が犠牲になって。とか考えていませんよね?」
 諌めるような口調で翠漣は巫女、コリドウェンを睨んだ。巫女は静かに微笑む。
「ダメですよ。そんなことはさせませんからね!」
「若いっていいねえ。あんた、嫁の若い頃にそっくりだよ‥‥。昔は仲が良くなかったけど、今だったら仲良くできたのかもねえ〜」
「はぐらかさないで下さ‥‥」
「僕は‥‥」
 すりかえられた質問の答えを翠漣がなおも追おうとした時、横から少年の声がした。自分の勇気を探して、振り絞るような声だ。
「僕は、今までずっと役に立たない人間だと思ってた。家族は父さんとイェーラだけ」
 父は自分には優しかったが、心からの笑顔を見せてはくれなかった。自分は罪人だと‥‥。
 この話を聞いた時、イェーラは反対した。危ないと、危険だと。
「でも、この街で、友達が出来て、冒険者さんや司祭様や、お婆様。大事な人も出来た。生きているのが、嬉しいんだ。僕にできるなら、この街を‥‥守りたい。そして、父さんの悔いを晴らしたい」
 くしゃくしゃくしゃ。大きな手が無言で自分の頭を撫でる。ソウェルは顔を上げた。‥‥優しい笑顔がある。どこか、父にも似た‥‥。
「ライル様の決意、四割が私情であるというなら、私の思いは十割が私情ですわ。‥‥私は逃れたいのかもしれません。母の無念、過去の苦しみの詰まった、自分を縛るこの地から‥‥」
 かつて、この地に戻った時、帰る場所ができたことを嬉しく思った。
 その気持ちは変わらない。この土地を愛している。この地に住む人々も。
(「でも、今はそれ以上に、このまま、ここにいるのが辛い‥‥」)
 俯くルイズを、ライルは黙って見つめている。彼の視線に気付いてか、気付かずか‥‥。ルイズは顔を上げた。
「私は、自分の気持ちを言葉以外でも伝えたい。自分を縛る過去を断ち切り、その上で、未来を見つめたい。どうか、お力をお貸しいただけませんか?」
「みなさんは過去を封印するよりも、断ち切ることを選んだのですね‥‥。未来の為に」
 当事者達はギルスを、そして冒険者達を見つめた。彼らの瞳は光を湛えている。
「なら僕は、僕らはその決断が正しかったと思える未来を目指して全力を尽くしましょう」
「それじゃあ封印を解く前に出来る事をしておきましょうねぇ」
「内容が内容だし、受ける以上悔いを残す真似はしたくねぇからな。今回の一件に関する俺たちの質問と確認に判る限り応えて貰いてぇ」
 反対を受けるかもしれない。そう思っていた彼らの前で冒険者達は一気に活気付いたように討論を始めた。そして、質問をぶつけて来る。
 呆然とする彼等にエリンティアはニッコリと微笑んだ。
「皆さんが決めた事を、僕達は止めるつもりは無いですぅ。全力をつくしましょ〜。ソールズベリの未来の為に」
 それは、いつものように気が抜けるような声だったけれども、その奥に込められたものを全員が感じ取っていた。

 街の中は猛暑の夏を越え涼しく過ごしやすくなった季節に、ますます活気を見せていた。
 かつては街を追われた老人達も、今は生き生きとあちらこちらで働いている。
「そうさのお。そのドラゴンは、全身が緑色で、広げた羽は10mにも及ぼうかと言う巨大さだった。あやつが舞った後には暴風が吹き荒れ、稲光が轟いた。それが、いつ果てるとも無く続いた。思い出すだけでも恐ろしいことじゃ」
「いろいろ、大変だったのだなあ。苦労も多かったのだろう?」
 その中の一人をジェームスは前にして、うんうんと相槌をうった。
「解ってくれるか!」
 老人は顔を輝かせてジェームスの手を取る。
「いくつもの家が壊され、復興するまで何年もかかった。その被害からワシ等は必死で立ち上がってきたのじゃ!」
 何時果てるとも無い老人の話にジェームスは根気良く付き合った。
「わしの妻と娘婿は仲が悪くてのお、わしは板ばさみになって‥‥」
 共に酒を酌み交わす酒場の前を、翠漣が通り過ぎても、老人の話が終わるまで彼は笑顔でその話を聞いていた。

 優しいノックの音に部屋の中で編み針を動かす女性は、ゆっくり立ち上がって扉を開けた。
「まあ、翠漣さん!」
「ちょっと、通りがかったので。経過は如何ですか?」
「はい、順調で、予定通りだと12月の末には生まれるのではないか‥‥と」
 中へと促す手を翠漣はそっと制した。まだ用事があるからと。
「どうか、お体を大事になさって下さいね。生まれてくるお子さんの為にも」
「はい、ありがとうございます。必ず元気な子を生みますわ」
「私も‥‥守って見せますから‥‥」
「えっ?」
 囁くような呟きは、決意は、彼女には聞こえなかった。
 だが恩人であり友人の背中に、今までとは違う何かを感じながらずっと、見つめ、見送っていた。

「‥‥ダメだ。見つからない」
 教会に駆け込んだロットは息を荒く吐き出しながら、悔しそうに手を握り締めた。
「そうですか‥‥。もう時間切れですね。儀式が始まる」
 ギルスも同じ思いで空を見上げた。月がゆっくりと空に昇りはじめた。
 皆でギリギリまで探してみたのだ。ローランド司祭のことを。彼は、数日で戻ると言ったという。
 留守を頼んだルイズに、今日、大事な用事があると解っていたはずだから、ひょっとしたら、今日には戻ってくるかも、近くにいるかも。
 そんな期待で探してみたが、やはり、見つからない。
「大司祭様、念のため、子供達をここにお預かり下さい。そして、司祭が戻ってきたら‥‥」
「解った。出歩かぬように伝えよう」
 ギルスの頼みに大司祭は鷹揚に頷いた。
 仮教会の中で心配そうな表情を見せる子供達に、大丈夫ですよ。と笑うとギルスはくるり空を回って地面に降りた。
 二匹の忠実な犬達が、ワンと吠える。
「いいですかあ? ルーニー君とファニー君。君達はここでお留守番です。もし何かあったら、大っきな声で吠えるんですよお」
「ワウン!」「ワワン!」
 良い返事に満足そうに微笑むと、ギルスはロットと顔を合わせ、頷いた。ロットは大きなカーテンの布を借りて、腕に抱える。
 少なくとも子供達は大司祭の加護があるし、ライルの手配でいざというとき街の住民を逃がす算段は整っている。
 オールドセイラムの街が避難場所とできるはずだ。タウ老も準備をしてくれているはず。
「行こう!」
「ええ!」
「お待ち。‥‥汝らに神の祝福が有るように‥‥」
 大司祭からの祝福の言葉は、祈りを込めたグットラックの魔法。おそらく、儀式には間に合うまいが‥‥。
「ありがとう」「ありがとうございます。必ず戻りますから」
 駆け出す神の子達に向けて、大司祭は心からの思いで十字を切った。


「どうしたんです? 一体?」
「詳しい話は後じゃ。お前はここを動くでない!」 
「そうは、いきません。私は‥‥ルイズに謝らなくてはいけないのですから。そして‥‥ちゃんと謝らなくては‥‥」
「待つのじゃ! ローランド!!」  


 上天に半分の月が輝く。
 ストーンヘンジはどんな宵でも、空に月がある限り月光を石舞台の中央に集め輝かせる。
 まるで、古い力が立ち上るようだ、と緑朗は思った。
(「気になる‥‥。何か見落としがありそうでござる‥‥」)
 ふと、空気が動いた。ストーンヘンジの中央に、三人がルイズの魔法で姿を現したのだ。
 亜麻布の白いローブに足は素足。巫女の持つ儀式用のダーク以外は、何の武器も持たない彼らは、これから大いなる戦いに挑もうとしている。
 冒険者達の間にも身震いが走った。
 ライルと、冒険者達はストーンヘンジの外周、サーセン石と言われる立石のさらに外に立っている。
 中の様子は良く見える。だが、儀式の邪魔は出来ない。何が起きるか解らないからだ。
「タリエシンには、武器は通じない‥‥。魔法は利くと思うが‥‥抵抗される可能性が高い‥‥か」
 勇人は集めた情報を頭の中で整理する。
 なにぶん不安要素が多すぎる。情報も、足りない。
 復活の為の鍵、その寄り代となるものは、長の血を引く者でないといけないのか‥‥、代わりに動物を使えないか。遺跡の持つ力をタリエシンが使うことは考えられないか‥‥。
 全て間違いないと断言できる答えは出なかった。
 少しでも情報を手に入れるためにも一度開封して、いざとなったら再封印を行う。そう皆で決めた。
「本当にリスクは無いのですね」
 翠漣が念を押した時、巫女は苦笑しながら頷く。実際に試したことは無いが、口伝で伝えられた通りなら封印は力が強いものをこそ封じる。
 逆に、人ならば数名が一時的に通る穴を開けられるだろうとも。
「期限は‥‥あるがね」
 太陽の力の一番弱まる冬至の日には再封印が、完全に消えてしまう。その後は二度と封印をかけなおすことは出来ない。
「つまり、今日失敗したら、あとは12月までの間になんとかしなけりゃいけないわけだな‥‥」
「失敗するなんてことは、考えないほうがいいですぅ。とっととケリをつけちゃいましょ〜」
 のほほんと、気が抜ける声でエリンティアは言う。それが事実だと冒険者達は頷きあった。
「あ、来たようですよ‥‥」
 走ってくる影が二つ。大きいのと、とても小さいもの‥‥。
「マックスは?」
 イグニスが剣を構えながら確認する。
「スケッチだ」「スケッチです」
 小柄が下りて、仲間達が駆け寄る。
「どうだった? 司祭は見つかったか?」
 ロットとギルス。二つの首は両方とも横に動き、そうか‥‥とライルは肩を落とす。
「見つからないものは、仕方ない‥‥。とにかく今は、できる事に最善を尽くそう」
 月が真上に上がった。冒険者達が揃ったのを確認して、三人は向かい合う。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか‥‥」
 今、数千年の封印の扉が開こうとしていた。


 巫女は懐から取り出したダークをまず、ルイズに差し出した。
 静かに受け取るとルイズは自らの手首に細く線を描く。赤い筋がつつと流れるのを手首を上げて止め、ダークを今度はソウェルに渡す。彼もまた同じように行った。
 手のひらと、手のひらを合わせて絡み合った血が、一滴地面に落ちる。
「封印の扉よ、開け。我らが前に、大いなる光の都の神、偉大なる王よ。蘇れ‥‥」
 瞬間、いろいろなことが一度に起きた。
 まず、地面がきしむような音を立てた後、一気に揺れた。
 ドゴンとも、どおんとも聞こえる音と共に起きた地震は大きく衝撃が、場を揺らす。流石の冒険者達も真っ直ぐに立ってはいられないほどの力だ。
 だが、ストーンヘンジを形作る石は一つたりとも動かず、揺れず、石舞台の中を守るように立っている。
 その中央に‥‥冒険者達は見ることになる。
 ルイズとソウェルの血が落ちた地面に穿たれた漆黒の穴。
 そこから、煙のように、靄のように何かが沸き立った‥‥。
『ハハハ!』
 揺れる大地と共に、声が響き渡った、その音は想像していたものとは違う。天使の調べ。
「子供‥‥?」
 石碑の中央の三人は、呆然として膝をついている。身動き一つさえしない‥‥。
 彼らの頭上に立ちその影は、無邪気な声で告げる。
『僕は、不滅の王、タリエシン‥‥復活の時は来たれり。返してもらうよ。僕のものだった全てを!』
「黙れ!」
「来てはいないぜ!!」
 全ての気力と力、全てを振り絞るようにして、勇人は石塔の中に飛び込んだ。それとほぼ同時、ライルもまたルイズの前に立つ。
「まさかとは思ったが、一気にタリエシン復活かよ! 大丈夫か?」
 その背でルイズとソウェルを庇うように立つと、彼らは目の前の影を睨みつける。
「タリエシン! お前は今の世に出て何を望む? 理由無き破壊か、それとも力による支配か?」
 勇人の行動をきっかけに、冒険者達は我に帰ったように場に飛び込んできた。
 タリエシンは軽く呟いた。と同時、その場にいた全員の立つ大地が消えた。
「うわああ!!」 
 まるで立っていた場所が変わったかのように空中に浮かび、瞬間地面に叩きつけられる!
「う、う‥‥」
『ハハハ。な〜んだ。僕に挑んでくるからどんなに力があるのかと思ったら、て〜んで弱いんじゃない?』
「やっぱり、出てきたか‥‥。何も出てこなければいいと、思ったんだがな‥‥。しかし、まさか‥‥」
 レジストマジックも通用しない、重力の場に捕まった者達は、身動きもできず地面に転がった。
 呻く仲間にリカバーをかけながら、ジェームスは空を見上げる。そこに浮かぶ影は小さくは無いが、纏う空気はどうしても子供にしか思えなかった。
「神様がじ〜っと見ています。がんばってくださいね」
 ギルスは、それでも渾身の力でホーリーフィールドを場に展開する。
 ハハハ。また笑い声が聞こえてきた。
『神様じゃない。見ているのは僕だよ。僕に叶うと思っている? 大人しく‥‥僕に返しなよ。そうすれば、殺したりはしないでおいてあげるのにさ』
「この地はお前のものではない! 今、住まう者全ての者の故郷だ!」
「あんたの民はようやく安心して暮らせるようになったんだ。もうこっちに迷い出て来るこたぁねぇんだぜ!」
『‥‥民? 故郷? もうそんなの関係ないさ。‥‥この地の全ては‥‥僕のものなんだから‥‥!』
 ライルと勇人の言葉に、影が動く。また呪文を紡ごうとしているのか?
「究めれば、この世に切れぬものはなし!!」
 呪文を、これ以上完成させてはならない。緑朗は地面を蹴った。
「消えなよ!」
 だが‥‥
「うわあっ!」「なに!!」
 飛び退ったのは、冒険者達の方。
 目の前で光った存在に焼かれた目を押さえた緑朗の足を‥‥月光色の矢が射抜く。
 そして‥‥それを、為したのは
「‥‥鷹?」
 そう空を舞う二匹の鷹は、冒険者達の頭上でくるりと回ると金髪、金の瞳の男と銀の髪、銀の瞳の女へと変わる。
『お待ちしておりました。我らが‥‥王よ』
『月と太陽を従える王の元に‥‥』
『お帰り。僕の可愛い獣。精霊達♪』
 嬉しそうに微笑んだのかもしれない。足元に跪く二人を、抱きしめたような仕草が見える。
 高く浮かんだ影は、一つから、三つに。空中からの攻撃に冒険者達は攻めの決め手を失っていた。
 空に浮かぶ敵に、今、攻撃の能力を持つのは弓と魔法のみ‥‥。
「風よ!」「月の光よ!」
 放たれた魔法は小さく呟かれた指先の黒い珠に吸い込まれ消えた。
「くそっ、打つ手無しかよ‥‥」
『プレゼントありがとう。これはお・か・え・し!』
 逆に今度は炎の珠が鞠のように地面に落とされ、破裂する。
 冒険者達を守る聖なる力は消えるが‥‥握り締められた拳は戦意を消してはいない。
「その力が貴方の『強さ』ですか?」
 ふうん、と少しつまらないと言う顔で『彼』タリエシンの人型は今も冒険者達を見下ろしている。 
『聞き訳が無いなあ。いい加減‥‥諦めない? でないと、本当に殺しちゃうよ。まだ、遺跡の中には僕の可愛いペット達もいるし〜』
「ペット?」
 冒険者達の背筋に怖気が走る。ひょっとして、30年前に街を襲ったドラゴンすらも、ペットだというのか?
 この力で鍵を持たず、完全復活していないと、言うのであれば‥‥
「どうしますかぁ? ライル様ぁ。本当に思った以上の、化け物みたいですよお〜」
「関係ない。あいつは‥‥もう一度封印せねば‥‥」
 引きつる笑みを見せながらエリンティアは横に立つライルを見た。
 ライルの瞳は、心はまだ折れていないのだ。
 そして、背中で隠した背後の巫女は‥‥ルイズとソウェルは呆然としたままだったが‥‥小さな声で呪文を作っている。
「ならば‥‥」
 小さく笑って、決意する。
「本気を出しますかぁ 我が最大の呪文‥‥」
 目配せした仲間が頷くのが見えた。
『懲りないなあ』
 タリエシンが呪文を紡ぐのも聞こえる。それと、同じタイミング。
「消えるんだ!」
 全身の感覚を研ぎ澄まし、あえて場に飛び込まずに待っていたアシュレーは、渾身の力で弓を引き絞った。
『うわああっ!』
 梓弓の一矢はタリエシンの影を突き抜けた。だがダメージは与えたようだ。
 人で言うなら胸を押さえる仕草をした彼の周りの空気の色が変わる。彼は怒りの炎を燃え上がらせた。
『許さない、許さない。お前を、お前らを許さない!!』
 怒りに任せた力が、冒険者に落ちようとした、その時だ。
「王よ! 我が力の全てを縛に汝を縛る。闇の中に一時帰られん事を!」
『こ、これは‥‥コリドウェンの呪縛‥‥まだ、残っていたのか?』
 巫女がその両手を空に掲げた。天空からまるで空気を押しつぶすように、悲鳴を上げて天上に立つ三人が、遺跡の中に押し戻されていく。
『くそっ‥‥またか!』
『お許し‥‥下さい』
 羽ばたくような音と共に、金と銀の精霊は消えていった。残るのは黒き影、タリエシンのみ。
『僕の邪魔はさせない。全ては‥‥僕のものだ!』
 コリドウェンに向けて、黒い影が襲う。それをイグニスがソニックブームの力を放った。
 力は影をすり抜けるが、一瞬の足止めにより、呪文は完成する。
『また、闇に‥‥封じられるのはイヤだ。僕は‥‥僕は‥‥取り戻すんだ。大事なものを‥‥』
「貴方が真に欲したものは何ですか?」
 そのまま消える、タリエシンが再び闇に戻る。誰もがそう思い、翠漣が帰らない答えを覚悟で問うた、その時だ。
「皆さん、一体何をしているんです? ルイズ? ソウェル! そこに、いるんですか?」
 緊迫した空気に不似合いすぎるほど不似合いな、優しい声が響いた。ライルとソウェル、そして、ルイズが同時に声を上げる。
「司祭!」「司祭様?」「神父様、どうしてここに!」
 銀の髪、金の瞳の司祭ローランド。
「ローランド? まさか!」
 瞬間遅れて、巫女の顔色も変わった。だが呪文は止まらない。
「ルイズ、聞いて欲しい。‥‥私は貴方に、大事な話が‥‥」
「危ない! 司祭! 下がるんだ!」
「えっ?」
 事情を理解できずに目を瞬かせるローランドを前に、消えかけていたタリエシンが唸りを上げた。
 今まで、冒険者どころか、ソウェルやルイズ。コリドウェンを見ても何の変化も見せなかったのに、それはまさに歓喜の叫びだった。
『帰ってきてくれるとはね。僕の身体。30年前は逃げられたけど、今度は逃がさないよ!』
「えっ?」
 最後の力を振り絞ってか、タリエシンの影がローランドに向けて突進する。
「させるかあ!」
 ロットはこの時の為に準備し続けていた魔法を渾身の思い出放つ。
「アイスコフィン!」
 タリエシンと魔法の競争は、一瞬魔法が早くローランドの胸元を駆け抜けた。
 凍りついた肉体はタリエシンを拒絶し、跳ね返す。
 それとほぼ同時、封印の魔力が最大の力を持って、タリエシンを遺跡へと押し込もうとした。
『く、くっそお! でも‥‥鍵は貰っていくよ。これは、僕のものだ!』
「あっ!」
 刹那のことだった。司祭の立っていた地面の真下。黒い穴が開き‥‥司祭とタリエシンを吸い込んだのは。
「嘘! 神父様!!」
 氷の棺に包まれたまま、司祭の身体は滑り落ちるように地の底に消えた。タリエシンと共に。
「待って! 神父様!」
「危ない!! 止めるんだ。ルイズ!」
 止める手を振り解いて、ルイズはまだ形残るその穴に、身を翻した。
「待て!!」
「ライル!!」
 そしてライルもまた、ルイズの後を追うように穴の中へと。
「ライル様ぁ!」「ライル! ルイズ!!」「司祭様!!」
 叫び声に返事は帰らず、闇の穴は静かに消えていく。と、同時に再封印は完成し、ストーンヘンジは元の静寂を取り戻した。
 外観は何一つ変わっていない。あれほどの地震と感じたのに‥‥石一つ動いてはいない。
 変わったのは、ただ一つ。
 遺跡の中央に穿たれた黒く深い、地獄へ続くような階段のみだった。

「こんな、こんなことって‥‥」
「ライル様ぁ。どうして‥‥どうして?」
「ローランド‥‥あの子は、まさか‥‥‥‥‥‥!」
 崩れ落ちる巫女を、イグニスと勇人が支えた。彼らの上に朝の太陽が注ぐ。

 あるものは呆然と、あるものは愕然としたまま、そして誰もがやりきれない思いを抱え遺跡で迎えた朝。
 そこには昨晩は、確かにいた二人。
 地の底に消えた二人と‥‥一人の姿は、戻ってはいなかった。