●リプレイ本文
古い遺跡の中で、彼女は待ち続けていた。気の遠くなるような時を‥‥。
『だいじょぶ?』『さびしい?』
心配そうに膝に乗る小さな精霊達に、大丈夫よ。と彼女は微笑む。
自らの力が必要とされる時はこの地に『彼』が復活する時。
自分が解放される時は『彼』が消える時。
いつも、思ってしまう。
もし、あの時‥‥と。
彼女は望みをかけて扉に眼をやる。
願い続けること。
それは封印から解き放たれること。あの人と共に‥‥。
『そんな日が来るわけが無いと、解っているのにね。あの人の滅びを見届ける。それが、私の罪‥‥』
その時、扉が開く。微かなカンテラの灯りがまるで太陽のように彼女には感じら、声を上げた。
『貴方達は‥‥』
「やれやれ、どうにも面倒になったものだよ。司祭には戻ったら一発ハリセンで叩かせてもらおうかな」
苦笑めいたアシュレー・ウォルサム(ea0244)の言葉を誰も笑いはしない。アシュレー自身の目も決してふざけた光を放ってはいない。
「油断、しすぎたようですね。月のエレメントが相手‥‥」
ケンイチ・ヤマモト(ea0760)は穏やかな顔には似合わぬ舌打ちを小さく発した。
「‥‥でも、何とか、助けたいですね」
自分は役に立つことができるだろうか。
「月だけじゃない。太陽と、他の精霊もいるかもしれないんだよな。精霊研究者としては、精霊とは戦いたくないんだけど‥‥今はそんなこと言ってる場合じゃないか」
精霊との共存は、ロット・グレナム(ea0923)にとって夢の一つであった。精霊と共存しともに生きていた時代があるとしたらそれはどんなに素晴らしかったことだろう。
だが、今、彼らの前に広がる太古の遺産は憧れ続けた精霊との戦いを、彼に強いる。
同じではないだろうが、と精霊についての知識を仲間に知らせながらも心と口は重い。
「本当は精霊との共存を目指して集めてた知識だってのに‥‥それが精霊と戦うために生かされるってのは皮肉だな」
そして、そんな仲間達の思いを頭の後ろに聞きながら、陸奥勇人(ea3329)は沈黙を続ける一人の老人を見つめていた。
大司祭、巫女、そして冒険者全ての視線を集めながらも『彼』は沈黙を続けている。
ふう、とも、はあ、とも聞こえる大きなため息の入り混じった空気を口から吐き出すと、肩を軽く上げてその沈黙を自ら切り破った。
「これ以上にらめっこをしてても仕方ねえ。なあ、事情はともあれもう隠し事は無しで頼むぜ、タウ老。今度詰めを誤る訳にはいかねぇからな」
自戒の意味が込められた言葉にタウ老と呼びかけられた人物の細い肩もぴくりと動く。
言い辛いこと、言えない理由のあることなのだろうが、もう、譲れない。キリリとした眼でタウ老を睨み、勇人は核心の言葉を発した。
「予想はしてたが‥‥結局ローランドが『高き長』だったのか?」
大司祭や、巫女は目を丸くした。
大司祭は、優れた才と心を持つ自らの弟子の正体に。巫女は30年前、体も残さずに消えた孫の存在に。
逆に、一人目を閉じているタウは否定の言葉も、肯定の言葉も発しない。ただ沈黙し続けている。
「コリドウェン様ぁ? 赤ん坊の死を確認したのは誰ですかぁ?」
エリンティア・フューゲル(ea3868)はまるで関係ないことのように、巫女に向かって問いかけた。
おっとりした間延びしたいつもの口調、に聞こえるがその瞳には真剣さが見える。
「あたしの息子と嫁が二人で、心臓を貫いた。と聞いてるよ。あの子が生まれたときに与えたトルクに祈りを捧げた時、一瞬支配が弱まった。その時を狙って。悲鳴の直後、あの子の身体が光とともに空に舞い上がり、散るように消えたのを覚えてる‥‥」
「トルクと、言うのはこれのことか?」
沈黙を破り口を開いたタウの横のテーブルがカタリと音を立てた。
懐から出し、テーブルの上に置かれた品物に冒険者達の眼が釘付けになる。
金と銀。月と太陽の意匠を掘り込んだ精巧なトルク。
ソウェルとルイズがつけていたものとよく似ている。
「これは! 一族に伝わるトルク。そうだよ。あたしが、これをあの子に。‥‥なんで、これをあんたが‥‥」
「タウ老や話に聞くキール様の性格からするとぉ、寄り代となった赤ん坊の命を奪う事は出来なかったのではないですかぁ?」
沈黙を続けるタウにはエリンティアの笑顔が眩しかった。
「そろそろ肩に背負ったモノを僕達に預けて楽になってみませんかぁ?」
「‥‥助けたのはルシアだ」
突然、タウは話し始めた。その一瞬で十歳も老けたような疲れきった顔をして。
「あの時、キールも、わしも街の為にあの子を殺すことさえ仕方ないと考えた。だが‥‥」
(「ルシア‥‥」)
『こんな、小さく無力な子を殺すなんてできないわ。‥‥お願い‥‥』
両手で頭を抱くタウの言葉を冒険者達は待ち続けた。そして彼は長い沈黙を破って話し始めたのだ。
30年前のあの日の事を‥‥。
『うわああっ!!』
「戻りたまえ、タリエシンよ。大地の底へ‥‥」
『く、くそっ。お前ら!!』
寄り代となった身体ごとに与えられたダメージに、タリエシンは唸り声をあげた。
このままでは肉体ごと滅びると思ったのか、タリエシンは赤ん坊の身体を空に弾き飛ばし、自らは憑依から放れ逃亡を図った。
だが、ダメージを持つ身体では封印の魔力に効する事はできない。
巫女と月と太陽の長三人で万全に時間をかけて敷いたそれは、完全な封印の呪。
『いつか、いつか取り戻してやるからな。この大地を全て‥‥それは、僕から大切なものを奪った者達への‥‥』
解けかけた封印は再び結ばれた時、丁度同じくして領主達が街を襲っていた怪物を倒したようだった。
断末魔の悲鳴が風に乗ってここまで聞こえてくる。
だが、そんなものは彼らには見えず、彼らには聞こえなかった。
見えるのは後悔、聞こえるのは我が子の最期の泣き声‥‥。
「‥‥ごめんなさい。ホリン。私の‥‥子」
そう言って、母たる月の長は泣きじゃくった。開封から僅かな日数で街は滅びかけ、一族の多くも命を失った。
彼らが命と引き換えに作ってくれた準備期間があったからこそ、失われかけていた封印の呪は結べたのだ。もう二度とは作れない。
「俺と、お前の間に子が出来なければ、もう二度とタリエシンの復活は無い。‥‥許してくれ」
父たる太陽の長と彼女が辛い決断をしていたころ、街を襲う獣を倒した戦士達キールとルシア、そしてタウは草むらにあるものを見つけていた。
まるで、ボロキレのごとく弱りはてていたそれは‥‥。
「赤子!? どうしてこんなところに?」
「酷いな。もう死んでるんじゃないか? 可哀想に‥‥」
キールは眼を伏せた。小さな胸は切り裂かれ、呼吸は既に無く、抱き上げた服を濡らす血さえも固まりかけていてもう死んだかと誰もが思う状態だった。
だが‥‥一人、ルシアだけは違った。
「まだ、死んではいない。生きてる。助けて見せるわ。私が絶対に!」
小さな身体を抱きしめ涙を流し、その言葉どおり全力の技を持ってその子を救おうとしたのだ。
自らの命さえも分け与えた不眠不休の看護が続き‥‥やがて一週間ほどの後、奇跡的に赤子は命を取り留めた。
「良かった‥‥。本当に良かった」
困憊しながらも聖母のような表情を浮かべるルシアの笑顔は神々しく、キールもタウもなかなか告げることはできなかった。
責任を取って旅立った太陽と、月の一族の長から聞いた全ての事情を。
その子は今回の大災害の元凶。生まれてはいけない呪われた子。いつか封印されし悪魔の寄り代となってしまうかもしれないなどとは‥‥とても‥‥。
事情を知った後、ルシアは涙のまま二人に訴えた。子を抱きしめたまま。
「こんな、こんな小さな子を、無垢で無力な赤子を殺すなんてできないわ。‥‥お願い‥‥助けてあげて、キール、タウ」
街の長としての立場と、一人の人間としての思い。そして、仲間の涙ながらの願いに、長く悩み続けたキールは一つの結論を出した。
「タウ、誓えるか? ルシアの為に。この子が生きていると誰にも告げないと‥‥」
「解った。キール。誓う。誰にも言わない」
‥‥そして、『彼』は教会の保護を受けることになった。
身元は隠され、本当の名前を失い、自らの命以外の全てを持たない捨て子として。
それが領主キールの指図であったことを、もはや知る者はタウ以外いない。
大災害の直後で孤児が増えていたこともあり、一人の子供の素性は不信に思われること無く健やかに育ち‥‥やがて長い年月が過ぎたのだ。
暫くは、誰も声を発しなかった。大司祭も、巫女コリドウェンすらも、初めて伝えられた真実に言葉も無い。
「どうもこう、ハードな事ってヤツは重なるなよな‥‥。まあ、こうなったいじょうやる事は一つだがな」
やっとのことで、言葉を見つけ出したイグニス・ヴァリアント(ea4202)は仲間達の方を見た。
「もし、わしがその事を皆にちゃんと話し、対処していたら事態はまた変わっていたのかもしれない。だが、誓いを破りたくは無かった。許してくれ」
いつもの飄々とした好々爺の面影はそこにはない。疲れきった涙顔の老人の肩にエリンティアはそっと触れた。
「タウ老、コリドウェン様、タリエシンだけ封印する事が出来たと言う事はぁ、引き離す方法があるんですよねぇ? それについて、もっと詳しく教えてくれませんかぁ?」
「老、俺たちはあんたを責めるつもりは無い。その資格も、権利も無いしな‥‥」
責めないのか? という表情のタウに、頭を掻きながら勇人は言った。反論は無い。
「だが、情報は必要なんだ。何しろ物騒な連中相手。手持ちより有効な道具があればそれを使うし、体験談なら尚更重要。敵を知り己を知れば百戦危うからずってな」
「全員が‥‥もちろん、ライル様やルイズさん、叶うなら司祭も‥‥生きて戻るためにどうか、お知恵をお貸し下さい」
真摯に頭を下げる夜桜翠漣(ea1749)にタウを見つめていたコリドウェンは小さく微笑んだ。
そして、今度は思いっきりタウの肩を叩いた。
「ほらほら、老? あんたも少しでも思い出したことがあるならお話し! 30年前のことを昨日のことのように覚えてるあんただ。いろいろ知ってることもあるだろう?」
「怒らないのか? 責めないのか? 今回の事件の本当の原因を作ったのは‥‥」
「その事に対しての恨み言や意見はぁ、あとにしましょ〜。じゃあ、本当に覚えていることがあるんなら、お願いしますぅ」
タウと巫女、二人の老人達に向けてニッコリとエリンティアは笑う。そうだな、とコリドウェンは心で思った。
タウに言いたいことは山ほどある。だが、過去を見てばかりはいられないのだ。
「任せておき、あんたもいいね?」
「ああ‥‥ありがとう‥‥」
小さな小さな彼の声は、思いは、その場にいた、いや、いなかった者達にも確かに届いたような気がしたのだった。
さてその頃、遠いエーヴベリーの遺跡の地下でも過去を知る者と、現在に生きる者達との会談がなされていた。
『そうなのですか‥‥。遂にあの人が‥‥我らが王が復活されたのですね』
「だがまだ、完全な復活じゃない。それを、止めるために俺たちはここに来た。知恵と、力を貸してくれないか? コグリちゃん?」
ジェームス・モンド(ea3731)の呼び声にコグリは眼を丸くして、そして微笑んだ。
自分をコグリちゃん、などと呼ぶ人物に出会ったのはどのくらい前だろう。思い出せないほど、遠い昔の話だ。
「どうかお願いします」
小さな精霊達と、それほど変わりない大きさのシフールなのに、目の前のギルス・シャハウ(ea5876)はとても大きく見える。
その瞳を見つめて、コグリは問うた。
『王‥‥タリエシンは強き力を持つ魔法使いです。今は、依り代を得てさらに力を増しているでしょう。さらに、彼に使役される精霊達が側に仕えているはずです。とても、危険で勝ち目は無いかもしれないのに、それでも行かれると、戦うとおっしゃるのですか?』
ギルスは答える。もちろん。と。
「人の心はときに理性を超えて、自らを窮地に追い込みます。でも、その心が不可能を可能にすることもあるのではないでしょうか。‥‥希望は捨てません」
『人の心が‥‥希望を‥‥』
「拙者達は信じているのでござる。希望は信じ、努力する者の前に現れると。だから‥‥」
『解りました。喜んで‥‥』
ハタと、黒畑緑朗(ea6426)は声を止めた。
「いいので‥‥ござるか?」
頼んでおいてなんだが、これほど素直に教えてくれるとは思わなかったのだ。封印を解いたことを責められるかもしれないと思ったりもしたのに、彼女の周りの空気はとても優しい。
『私の役目は、兄の封印を守ること。そして‥‥いつかあの方、私達の王が蘇った時に、戦うものに力を貸すことです。どうぞ、ご遠慮なく‥‥それがしか、私の罪を償う方法はありませんから‥‥』
「罪?」
彼女は微笑んで、頷いた。彼女はここに括られて動くことができない。だから、託すしかないのだ。願いを。
『あの遺跡は、基本的にこの遺跡と同じつくりをしていますの。規模は比較にならないほど大きいですけれど。仕掛けも同じで‥‥』
(「タリエシンを倒すことが出来れば、この子を解放することもできるのかな?」)
ギルスや緑朗の質問に真剣に答える白い影を見つめながら、ジェームスはふとそんなことを考えた。
もう一つ、タリエシンと戦う理由を見つけたように思いながら‥‥。
「大丈夫ですか? 皆さん」
遺跡から戻った冒険者達をサーガ家の兄弟達は心配そうに出迎えた。
「大丈夫でござる。目的も十分果たせたので来たかいはあったでござるよ」
「僕達は、急いでセイラムに戻ります。皆さんは‥‥多分余り無いとは思いますが、身辺や遺跡への警戒をお願いしますね。あとで、またご協力をお願いするかもしれませんから‥‥」
「その点はお任せ下さい。なあ、皆?」
家族を纏める長男の促しに、兄弟達は誰一人澱むことなく頷いた。
「俺達も一緒に戦うべきなんじゃ‥‥無いですか? もし、できるなら俺も‥‥」
言いかけた騎士見習いの言葉をストップ、と指で閉じてジェームスは首を横に振った。
「お前さん達に動いて欲しいというわけじゃないんだ‥‥これはもう俺達のヤマだしな。ただ、お前さん達に何かあってもと心配しただけでな‥‥そんなわけで、宜しく頼む」
「皆さんは、兄弟仲良く力に溺れることなく街を治めて下さい。それを、貴方方のご先祖様も、望んでいますよ。ね?」
空をふわふわと舞いながら、ほんの少しギルスはその真下にいるであろう人物、いやゴーストの言葉を思い出す。
『できるなら私達の子孫は、力に溺れず、同じ過ちを繰り返さないで欲しいのです。遺跡を守るという重荷を背負わせてしまった。だからこそ、幸せに‥‥』
彼女は託してくれたのだ。自分達に全ての思いを‥‥。
(「それに、答えます。必ず‥‥」)
ギルスは自らが信じる神と、その対極にいる存在に心からの誓いという名の約束を捧げていた。
話は朝早くから始まっているのに、夜遅くまでかかってもまだ終ってはいなかった。
「なあ、タウ老? ちょっと聞いても良いかな? ドラゴン退治、した時のことだけれどもさ‥‥」
過去の戦いについて話すタウを呼び止め、ロットは確認をする。
敵となる可能性の有る存在全ての可能性を考えつつ、どう戦うべきか検討する。
その中、ずっと気になっていたあることを、聞いてみたのだ。彼の答えにロットは深く考え込んだ。
「倒すとその姿は掻き消えるように消えた‥‥か、じゃあやっぱりそのドラゴンは、本当のドラゴンじゃなくて、エレメントなんじゃないかな‥‥」
「エレメント? 上位のドラゴンとかじゃなくてですかぁ?」
思いもかけない新理論にエリンティアは眼をパチパチとさせる。ああ、と頷いたロットは自分の精霊知識の全てを検索して、答えを導き出す。
「可能性は高いと思う。全身が緑で羽があって‥‥。ウイバーンっていう風の上位エレメントに、そんなのがいた気がするんだ‥‥」
「じゃあ、あの遺跡にいるのはみんなエレメントってことに‥‥。本当に精霊を使役して?」
「ただいま戻りました。遅くなってすみません」
ロットが腕組みをしなおしたのとほぼ同時、扉が開き三人の冒険者達が入室してきた。仲間の帰還に冒険者達の表情は明るくなる。
「ギルスさん、ジェームスさん、緑朗さん、お疲れ様です。如何でしたか? エーヴベリーは?」
「行ったかいはあったでござるよ。今、報告をするでござる」
翠漣の問いに緑朗は、サーガ家の人物達に言ったのと同じ答えを返した。
「こちらもいろいろあったんだよ。じゃあ、情報交換といこうか?」
広いテーブルの椅子が引かれアシュレーは仲間を促した。明日はいよいよ遺跡に乗り込む。
彼らの真剣な相談は深夜を過ぎてもまだ続くほどだった。
翌日、できる準備は全て整えたつもりで冒険者達は遺跡の前に立っていた。
「まったくライル様も自分の立場を考えて欲しいですぅ、それに僕を置いて行くなんてずるいですぅ。早く助けて、文句を言わせてもらいますよぉ」
小さく、笑って勇人は仲間達を見た。
「いよいよ、突入だな。皆用意はいいか?」
この間、遺跡から出て以来、このサークル内には結界が強く張られていた。薄い空気の壁、一種のホーリーフィールドのようなものが有り、冒険者達ですら、そのままでは拒絶する。
「今、ここに穴を開ける。そうすれば、何日かは人が出入りできるようになるよ」
巫女の言葉に結界の端と、遺跡の中央までの距離を目算していたイグニスは軽く手を上げた。
「‥‥ふむ、確か10分だったか‥‥悪い、少し待っててくれ」
手のひらの中の石を高く放り投げ、もう一度握りなおす。
祈りを捧げ、結界を張るのだ。
道返の石。上手く行けばゴーストの動きを僅かだが拘束できるはず‥‥。
同時に緑朗も胸元からダークを取り出し、地に刺して祈った。
こちらは、エレメントの動きを阻害することができると言われている。
二人の準備の間は10分、その間にと翠漣は祈りの準備をするコリドウェンの側に立った。
「ちょっと、よろしいですか? 巫女様。一言、聞いていただきたいことがあるのです」
「なんだい?」
手を止めて、巫女は自分より背の高い娘を見上げる。
彼女もまた真剣な目で巫女を見つめ、お互いの姿が瞳に映ったとき、翠漣の方が先に話の口火を切った。
「貴方が犠牲になって街を守るというのなら、わたしは貴方を守るために犠牲になります」
「あんた? 一体何を言ってるんだい?」
眼をパチパチとさせるコリドウェンに、くすり笑って、唐突でしたかと翠漣は首を降る。
「冗談ですよ。誰かの為に犠牲になって死ぬ。というのは残された者に悲しみだけではなく無力感や罪を背負わせてしまうんじゃないかと思います。だから、わたしは何かを守ろうとするなら自分の命も守らなければならないと思います」
だから、自己犠牲は止めて下さい。口には出さなかったが翠漣の思いをコリドウェンはしっかり受け止めた。
走り去る彼女の背中を見つめ、ため息を付く。
本当は、そんな事をまったく考えなかった、と言えば嘘になる。自分の命と引き換えに街の未来が救われるのなら安いものだと。
でも、今は彼女自身思っていた。できるなら、運命から解放されて、素晴らしい輝きを放つ若者達と残り僅かな時を生きたい。と。
眩しいまでの太陽が輝く空をコリドウェンは見つめる。自分を巫女と呼ばず、母と呼んだ唯一人の存在に向けて。
「やれやれ‥‥おちおち、死ねないね。もう少しあんたの所に行くのは先になりそうだ‥‥」
反対側では、ギルス達がコグリに教わった遺跡の内部地図を確認していた。
「遺跡の形は‥‥エーヴベリーのものと、ほぼ同じ、と言っていましたっけ? ジェームスさん?」
「ああ、仕掛けも似たものだと、言っていたぞ。だが、規模は比べ物にならないほどで‥‥」
「十字と円の合わさった形、遺跡の形そのものがそう、なのですか?」
「確か、あの遺跡には四つのエレメント達がいて‥‥」
「‥‥話は、その辺にしておおき? 向こうも終ったようだし、そろそろ‥‥行くよ!」
贈られた人形を服の物入れに隠し、巫女は遺跡の中央に向けて祈りを捧げた。
意味のわからない呪文が長く紡がれて‥‥
ガツン!
そんな鈍い音がしたような気がした。外見は何も変わらないのに。
だが、ゆっくりと歩みを進めるうち、ある場所から確かに何かが変わった気がした。
冒険者達は遺跡中央の階段に近づく。壁は無い。冒険者達を遮りはしない。
「よし、行ける。行くぞ!」
「‥‥気をつけておいき」
「はい!」
巫女に見送られ、冒険者達は深く、暗い謎の遺跡探索に出発した‥‥筈だった。
「キャア!!」
「今度はそっちか? おい、しっかりしろ!」
膝を付いた翠漣に駆け寄ると勇人は庇うように立つと目を閉じた。
目を閉じていても感じる激しい光が、彼らに衝撃を与える。
「く、くそっ!! まさか、遺跡に入る前からこんなに苦戦するとは‥‥」
そう、その時冒険者達は、まだ遺跡の中に入ることすらできてはいなかった。
石の場の中央に立ち、階段に足を踏み入れようとした瞬間。その声は聞こえてきた。
『愚かな人間どもよ。王の寝所より去れ!!』
「「「「「「「「「「うわあっ!!」」」」」」」」」」
冒険者達、全員の目が光に焼かれたのだ。
まるで、太陽を見つめたときのように、瞳の裏が純白に支配される。
その瞬間に、小さくて大きな悲鳴が上がった。
「うわああっ!!」
「ギルスさん!」
ケンイチはとっさに空から落ちてきたギルスを受け止めるのが精一杯だった。彼の胸には鋭い爪の跡が見える。
「しっかりしろよ!」
仲間がとっさに薬を飲ませるが、まだギルスは眼を開けない。
さらにそんな冒険者の隙を見越すように輝く光のヒット&アウェイは続いた。
「まるで、太陽が暴れているみたいだ。あ、そうか‥‥陽のエレメント!」
「入り口の門番、って訳か。そう簡単には遺跡には入れない、って奴? せっかく地図も用意したってのに、ペット達の傾向と対策も調べたってのに‥‥さ」
ロットとアシュレーは息を切らせながら、彼の攻撃をなんとか紙一重でかわし続けていた。
冒険者達が遺跡に入るために巫女が穿った結界の穴。そこが今、彼らのバトルフィールドと化している。
遺跡の地下、内部にだけしか、敵は出ない。そう思っていた油断を付かれた形になる。
光の形をした脅威は、そのフィールド内を駆け回っていた。
広くは無い空間は、相手にとっても空に逃げること叶わず、身を隠すもの無く、戦いやすい場所ではない。冒険者にとっても戦いにくい場ではない。
だが、敵は光に自らの身体を紛れさせ、身軽に冒険者達の攻撃をかわしていく。
そして、隙を見て襲い掛かってくるのだ。正視できない程の光の鎧を纏って。
最初にギルスに突撃をかけたのは、一番戦いにおいての隙があったからに過ぎないのだろうが、彼がやられたことで回復と防御に対して後手に回らざるを得なかったのが、きつかった。
『我らを長き年月封じ込めた、人間どもよ。思い知るがいい!』
冒険者達の攻撃も多少なりとも当たっているし、ダメージも入っているように思うが、突然の奇襲は、余りにも分が悪かった。
「門番の存在は、いるかもしれないと、おもっていたのですがぁ〜。うわっ!」
「戦うと言うことは、皆の頭から消えていたな‥‥。だが‥‥これ以上は勝手にはさせん!」
飛び回る光の 攻撃線を読んでイグニスは、渾身のダブルアタックをかけた。攻撃の瞬間。その懐を狙って。
「刺し、穿つ!」
『うがああっ!』
光が急速に縮んで‥‥逞しい男が、彼らの前に姿を現した。片膝をついてこちらを睨む男。
『彼』が最初にタリエシンと空に浮かんでいた『獣』の一人であることを冒険者達は思い出して、口の中の唾を飲み込んだ。
紛れもなき、強敵。だが、ここで侮られるわけにはいかない!
「三人の敵はとらせてもらいます!」
「悪いけど、ここは、通してもらうよ!」
「究めれば、切れぬものは無し!!」
三人の三方向からの攻撃が、一気に走った。
だが、彼らの攻撃は空を切る。そこに、さっきまそこにいたはずの『彼』がいない?
「あ、あそこ!!」
冒険者達が目指したフィールドの中央。階段の真上に『彼』はいた。
『まったく、無茶のしすぎですわ。彼らは歴戦の戦士ですのよ。力を探ったらあとは早く逃げてこられれば良かったのに。どうせ、簡単には王の所には来れないのですから‥‥』
『煩い! こんなやつらくらい‥‥』
その横に傷だらけの『彼』を支えるように『彼女』が立っていて‥‥冒険者に告げて言った。
『申し訳ありませんが、ここは引かせていただきます。皆さんもそうなさったほうが良いですわよ。お節介かもしれませんが‥‥。大丈夫。結界のおかげで私達は遺跡の『外』には出られませんの。この石舞台の中が精一杯。追撃は致しませんわ』
「ま、待て!!」
『ああ、一つ良い事を教えて差し上げますわ。お客さまは、私の部屋で丁重にお預かりしております。焦らずにおいで下さいな』
ふんわり、優しく笑うと『彼女』は消えた。一足先に『彼』も消えている。
「くっ‥‥。悔しいが、ここはひとまず彼女の言うとおりにしよう。先に進めないことも無いが‥‥ギルスのことも心配だ」
「焦りすぎたのかも、しれません〜。撤退しましょうぅ〜」
傷ついた体、疲れきったを引きづりながら、彼らは遺跡の、結界の外に出た。
外で待っていたコリドウェンが、傷だらけの冒険者に駆け寄っていくのが‥‥おぼろげな意識の向こうで見えた。
かくて、最初の探索は、一歩たりとも遺跡の中に入れずに終ることとなった。
ライルとルイズ、二人を助けたい。一刻も早く。
だから、先に、先に進もうと‥‥。
万全を期したつもりだったが、焦る心が生み出した結果は、ある種の惨敗だ。
せっかく書いた地図も、今はまだ役立つことも無くバックパックの中に眠っている。
『マグメル・メグメル・イ・ブラセル。ルイズ・ソウェル・ナ・ソルチャ‥‥皆に神と十字の導きがありますように‥‥』
闇の中で祈るコグリに、答えてくれる者も誰もいなかった。