【英雄 仰ぎ見た遠き夢】 鋼の意思
|
■シリーズシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:10〜16lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 82 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月23日〜10月30日
リプレイ公開日:2005年11月02日
|
●オープニング
夢見たのは騎士の姿。
凛々しく、強く、そして美しい笑顔。
憧れたのは騎士の心。
彼は言った。騎士とは守る者。
王を、国を、民を大切なものを守る為の力を持つもの。
だから、誓った。
騎士に、真実の騎士にいつかなると。
そして、大切な者を、人の命を、幸せを守ってみせると‥‥。
「おや?」
仕事に向かう係員はふと顔をそちらにむけた。キャメロットの教会前広場。
竪琴の音色が聞こえる。
それは、まあ珍しいことではない。吟遊詩人など街ならばどこにでもいるのだから。
いつもなら一度顔を向けて、耳で音を楽しみ、そして去ればいいことだ。
だが、今日は違った。
「あれは?」
その吟遊詩人を彼は知っていた。決して優れているとはいえない演奏だが、どこか心に迫る音を奏でる青年。彼は‥‥。
「パーシ・ヴァル?」
ほんの微かなささやきを聞き分けた訳ではあるまいが、竪琴を止め、彼は街の人並みに消えた。
「今のは一体?」
パーシ・ヴァルの珍しい姿を見た、と係員が冒険者に雑談交じりで話していた直後、彼は現れた。
そっと、静かに、顔を左右に動かして何かを確認するように。
「パーシ様はこちらに来ていないな?」
「パーシ卿? いないが‥‥どうしたんだ? 一体?」
彼はイギリス王国騎士の一人。円卓の騎士パーシ・ヴァルの部下だったはずだ。
ここに来るのは初めてではないはずなのに一体なんだ? と係員も居合わせた冒険者も思う。
そうか、呟いて彼は部屋に入ると、顔を上げた。
「依頼がある。パーシ様を助けてくれないか?」
「えっ? パーシ卿を助ける?」
驚く冒険者達に騎士は静かに頷いて、マントを脱いだ。
椅子に座って事情を説明する。
「ことの起こりは2〜3日程前。仕事で街に来ていた時の事だ‥‥」
円卓の騎士立会いの下、家宅調査が行われていた。
最近人々にムリな金利で金を貸したり、粗悪品を高く売り付ける悪徳商人が摘発されている。
小物が多く、上にそれを操る者がいるのではないか? と言われているが定かではない。
この摘発がより大きな悪を見つける手掛かりになれば。
円卓の騎士自らの立会いは威嚇の意味も持っていた。
周囲は円卓の騎士を一目見ようと言う野次馬が多く、仕事は少し手間取ったがなんとか終了した。
「よし、城に戻るぞ」
パーシが、部下達にそう告げ、部下達が動き始めたその時だ。
「円卓の騎士さま、お花をどうぞ?」
子供達が前に進み出てきた。年のころは6歳から12歳くらいだろうか? それが2〜3名。
先頭の少女は小さな花束を差し出している。
まだ10歳くらいに見えた少女にパーシ・ヴァルは膝を折り目線を合わせた。
そして花束を受取る。深い青い瞳が真っ直ぐ彼を見ている。
「ありがとう‥‥ 君は? うっ!!」
「パーシ様!」
唸り声を上げて蹲ったパーシに部下達は慌てて駆け寄った。
見るとパーシの腕に細いナイフが立てられて、手は赤く膨れかけている。
「毒か? まさか、今の子供達が?」
「追え! 逃がすな!!」
近くにいた一人の青年騎士が一番遅れそうになっていた子供の肩を掴もうとする。
その時だ。
「‥‥‥‥神よ。我らを追う敵に黒き鉄槌を!」
ソプラノの声の呪文詠唱が完成すると同時
「うわあっ!」
声が上がって、手が引かれた。黒い光が騎士の手の甲で破裂したのだ。
「今だ! 逃げろ」
「く、くそっ!」
騎士達はそれでも人ごみに紛れようとする子供達を追おうとした。だが
「待て!」
強い言葉が彼らを縛った。
「追うな‥‥。‥‥証拠物件の確保が先だ。後は、教会に怪我人を連れて行け」
「しかし‥‥」
「これは、命令だ」
命令、という以上に意思の込められた思いの言葉に、騎士達は頷いた。
腕を破裂させた騎士を運び、パーシを教会に連れて行こうとする。
だが、助けを断りパーシは自らの足で、最後まで倒れることなく歩いた。
唇を強く、噛み締めながら。
「教会で手当てを受け、仲間もパーシ様も回復した。パーシ様に使われた毒はかなり強くて、下手な相手なら死んでいたかもしれないと司祭様に言われたよ」
普通の人間なら数日は寝込むというところを、彼はその日のうちに起き上がり仕事に復帰したという。
その日から、パーシ・ヴァルは昼間は完璧に仕事をこなし、夕方になると姿を消すようになった。
朝になれば戻ってくる。
だが、彼の家に灯りが灯ることは無く、彼が眠っているようにも見えないと心配する部下を彼は笑ってかわした。
「これは、俺のプライベートだ。気にすることは無い」
そして、もう何も答えてはくれないのだ。
「今、我々はその悪徳商人の関連調査で手が離せない。それに‥‥悔しいが我々ではパーシ様の力になれない。‥‥だから、頼む。パーシ様の力になってくれ」
騎士は全てのプライドを捨てて頭を下げる。
その頭と依頼に込められた思いを、冒険者達は、黙って見つめていた。
夜の街をパーシ・ヴァルは歩く。
街は暗く、星が空に輝く。
「あれは、夢か‥‥? それとも‥‥」
自らに問いかけながら彼は空を仰ぐ。
彼が見つめるものが何なのか、今はまだ誰も知らない。
●リプレイ本文
竪琴の音色が思い出させる‥‥。
それは、遠い日の記憶。
山奥で農家の子としての生活しか知らなかった自分の前に現れた光。獣に襲われていた自分を助けてくれた天使。
『騎士』
その姿に、心に‥‥憧れた。
『騎士とは守る者。弱き者の盾となって人々を救い、剣となって王を、国を、人々を護る者』
あの言葉を一日たりとも忘れたことは無い。
「なら、僕は騎士になります。僕は必ず騎士になって人々の命を助けて、幸せを護る者になります」
今、自分は騎士として人の上に立つ。
あの幼き日の誓いは未だ果たされてはいない。
彼の騎士は言った。
『‥‥君はいつか多くの人を救い、幸せを守る英雄と呼ばれる者、真の騎士になることができるかもしれない。
ただし、覚えておくといい‥‥人々を守る真の騎士は孤独を纏い、血に濡れる。‥‥君は‥‥』
若い騎士達が一人の騎士を取り囲む。彼らの中心の銀鎧の騎士もまだ若い。
その中にギルドにやってきた依頼人を見つけて
「プライドの高い騎士が‥‥誇りをかなぐり捨てて、か。‥‥パーシ卿は良い部下に恵まれているようだな」
雪切刀也(ea6228)は小さく苦笑した。
「そうですわね。きっと慕われているのでしょう」
横のセレス・ブリッジ(ea4471)の囁きに
「そうだよ。いい人っぽいもの!」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)も元気良く頷いた。
『パーシ卿の助けになること』
それが、彼の部下達から冒険者達が受けた依頼。何かを悩み、動く主の為に。
部下に慕われ好かれていない者にこのような依頼が出るはずも無い。
「‥‥どうしていつも一人なのでしょうか?」
「えっ? 一人?」
振り返るティアイエルの後ろで同じように様子を見ていた夜桜翠漣(ea1749)がぽつりと呟く。
「‥‥いえ、何でもありません。私は夜に向けて周囲を調査してきます」
仲間達からスッと身体を下げて翠漣は人ごみに消えた。
「確かに‥‥まさか、どんな奴でも命を狙うつもりなら真っ昼間からまた同じ手口で仕掛けてくるような馬鹿はしないと思う。パーシ卿に近づくならやはり夜だな」
とりあえず、顔は確認できた。刀也もセレスも情報収集に動き始める。
「あ、アタシも行く。ちょっと子供達のこと調べてみるから」
走りかけたティアイエルは一度だけ立ち止まって考えた。何故かさっきの翠漣の言葉が気になって仕方なかったからだ。
「どうして‥‥一人‥‥?」
「そうですか、では、捜査そのものはもう大体終っているのですね」
はい。居残りの騎士見習いはパーシ・ヴァルの手伝いを依頼されたという冒険者の一人。アルテス・リアレイ(ea5898)の問いにはっきりと頷いて見せた。
「とりあえず、末端は完全に見捨てられたようです。ですが、そこからさらに上の方についても現在パーシ様の指示の元、かなり肉薄出来ていると思います。証拠を見つけ告発まで持っていくのも時間の問題だと‥‥」
パーシ卿は元冒険者であった為、このような調査の判断や行動力においては優れている。と言われている。
生粋の騎士達では解らない裏ルートなどを調べるのに秀でているのだ。
その為の夜の調査なのかもしれない。とも。
ふむ、と黙って話を聞いていたシャルグ・ザーン(ea0827)がでは? と問い詰める。
「パーシ卿がいなくなれば?」
「‥‥恥ずかしながら、捜査の瓦解は免れないでしょう。完全に崩れる、とは言わないまでも確実に遅れます」
「では‥‥パーシ卿を恨む者はやはり少なくないか‥‥あの黒クレリック達以外でも‥‥」
腕を組み、顎に手を当てる。
「あの黒クレリック達?」
聞き返すアルテスにシャルグはああ、と小さく頷く。
「ここに来る前に、ちょっと、興味深い話を耳にした。‥‥後で報告しよう。どうだ、そちらは? 黄殿」
「なるほど。逃げた少女自身の言葉かもしれないのだな‥‥。ああ、話は今終わった。手間を取らせてすまなかった。ご自愛なされよ」
黄安成(ea2253)の手を真っ直ぐ立てた祈りの仕草とお辞儀に、若い騎士も礼を返す。
「ならばそろそろ失礼するとしよう。パーシ卿が戻ってこられると説明が、後々面倒になる」
頷きあって三つの影が部屋を出て暫くの後、石の床に規則正しく足跡が響く。
「お帰りなさいませ。パーシ様」
出迎えた部下に、部屋を見回したパーシ・ヴァルは問うた。
「何か変わったことは?」
「お手紙が一つ。その他には何も‥‥」
そうか、と彼は小さく呟いて手紙を確認し仕事に戻ったのだという。
時は十月。日の落ちるのが目に見えて早くなったな、と屋根の上でキット・ファゼータ(ea2307)は思った。
差し出された二の腕にはほんのさっきまで空を巡っていた鷹がふわり、舞い降りる。
「よしっ、カムシン」
主の腕で小さく羽ばたきする鷹の頭を軽く撫でた後、キットは鷹にも似た強い眼差しで小さな屋敷の門を見つめていた。
あれが、円卓の騎士の家。王国最高の騎士のひとりの住まいにしては慎ましやかだった。
出入りする者も殆どいない、静かな家だ。
「‥‥家族、いないのか‥‥」
鷹以外に聞くものがいない言葉を吐き出しながらキットはさっきの話を思い出した。
昼間集めた情報の交換会で同じ旅団の仲間シスイ・レイヤード(ea1314)は言っていたっけ。
「‥‥どうやら‥‥ごろつきの中でも腕に覚えのある連中を‥‥集めている奴が‥‥いるらしい」
他の冒険者達からもパーシを疎む商人連中がいるという裏情報が集まってきたし、何より自分自身も何度か聞いた。
かなりの金を使って、パーシ暗殺を企んでいる者がいるらしい、という噂を。
「‥‥きっと、あいつは言うんだ。円卓の騎士なんてやってれば、悪人の恨みの一つや二つや三つや四つくらいかってて当たり前だって」
涼しい顔で言うんだ、絶対。
そう思ううち、何故かキットは妙に腹が立ってきた。
シスイも気にしていたように、おそらく一人で抱え込んで囮になろうとしているのだ。
彼だって、結構抜けているくせにと思う。
別方向からは騎士らしい人物がここ数日、裏通りの酒場に出入りしている、何かを調べているようだという噂が聞けたのだ。物腰がしっかりとしていて円卓の騎士かもしれないとまで言われている。
円卓の騎士がこっそりと調べているらしいなんて噂が立つほど知れていたら囮なんて成立しない。
「もっと俺達を頼れってって言ったのに! まだ頼りないなんて言う気かよ!」
握り締めた手の震えに鷹が羽を振るわせる。
「子供を使った暗殺なんて、許せないのも助けたいのも皆同じなのに‥‥」
視線の先で扉が動いた。人が出てくる。見知ったあの顔‥‥。
「よし、行くぞ、カムシン!」
軽い、羽のような素早さで地面に降りて、キットはその竪琴を持つ戦士の後を追った。
夜の帳の中を金の髪の青年は静かに竪琴を弾く。
竪琴を持って歩いていく彼は、どこでもいそうな唯の青年に見えた。
「竪琴、好きなんですか?」
彼の演奏をそう呼び止める声がする。ふと、顔を上げた青年の前には金色の天使のような少女の姿が有った。
「僕も、時折楽器を扱うんです。笛が得意なんです」
笑いかける銀の青年がいた。
「聞いたぞ。大変だったらしいじゃないか‥‥」
頬を膨らませる黒髪の少年がいた。そして‥‥
「お話がある。少し、お時間を頂けまいか」
パーシ卿、‥‥と声なき声で語りかける男がいた。呼びかけられた青年は、一度だけ目を閉じると無言で立ち上がる。
彼らの前に立ち止まって、振り返り‥‥その背中が語る。ついて来いと。
お互いの間に言葉は無かった。だが、再び歩き始めた時そこに留まる者はいなかった。
誰も‥‥。
「‥‥あいつらの差し金か‥‥気にすることは無いと言っておいたのにな」
歩きながらそう言うと青年は口元を歪めた。どうやら全てお見通し、という事だろうか。
でも、あえて依頼の事は口に出さず、冒険者達は周囲に人がいないのを確認して後、パーシ卿と呼びかけた。
「何故、お一人で動かれる? 囮のつもりなのであろうが、これだけあからさまな行動では敵も警戒して出てこぬのではないか?」
安成の言葉に返事は無い。腕組みして‥‥微笑むのみ。
「前にも言ったろう? もっと俺達を頼れって。それともまだ信頼には足りないっていうのか? 知らないのか? 噂になりかけてるんだぜ? あんたの動きはさあ」
「今回の件は、俺がプライベートな時間に何をしようと構わないだろう?」
頬を膨らませた少年にクスと笑う。この〜! と伸ばしかけた手をアルテスは軽く制した。
「やれやれ。人に心配をかけて平気な御仁とは。これでは亡くなられた奥方も浮かばれまいて‥‥」
ピクッ。
安成の言葉に初めて、パーシがその飄々とした表情を崩した。安成とて解っている。
彼にどんな過去があり、思いがあるかは解らないが、妻の名を出されることは心の傷を抉ることだと。それでも、何か反応が欲しかったのだ。
目に厳しいものを浮かべたまま、足を止め彼は声を上げた。周囲に聞こえる程の大きめの声が夜の広場に響く。
「余計な事はしなくていい。俺一人で十分だ。帰っていろ」
「こら、待てよ。まだ、話は終って無‥‥えっ?」
くってかかろうとしたキットは目の前を通り過ぎる騎士を瞬きして見つめた。
聞こえるか、聞こえないかの囁きを残して彼はその場を去っていった。
「‥‥そんなに暇なら手伝っていけ。半刻後、教会の横の橋下‥‥」
パーシの言葉を反復するキットの頭上。何かを察知したように鷹が声を上げていた。
周囲からは殺気が溢れている。隠すことさえ知らないような無骨な殺気。
「俺一人の為に、随分人を集めたもんだな? 暗殺者の子供を捕まえたというから来てみれば、お前達の方が暗殺者のようだ」
だが、それも大して気にする様子も無く、パーシはニヤリ笑う。
「あんたがいつまでたっても調査とやらを止めてくれないからだぜ。もう悪い連中は捕まってるんだ。これ以上善良な市民を怯えさせるのは問題だぞ」
「善良な市民と言うのは、そういう脅しは言わないもんだ」
「ふん、いくらあんたが強かろうと一人でこの人数に叶うと思ってるのかよ!」
凄みを持たせた脅迫のつもりだったのだろうが、この場合完全に男達は間違っていた。目の前の騎士が肩を竦めて口元をゆがめた。
「一人でだろうとなんとかなると思うが‥‥。お前達は、計算もできないのか?」
彼は一人ではなかったのだから。
「何?」
シュン、という微かな音と同時。
「ぐあっ!」
悲鳴を上げて男の一人が自分の手首を掴んだ。手裏剣が突き刺さっている。
「パーシ殿!」
タイミングを見計らっていた刀也が飛び出したと同時、パーシは服の下に隠していた剣を素早く抜いて、目の前のリーダーらしい男に向けて突進した。
戦闘開始。まさか、こんなところでと冒険者が思う間もなく、彼らは戦いに巻き込まれた。
場は完全に混乱、乱戦となる。
「まったく! 何を考えてんだよ。最初っから俺達をこきつかうつもりだったのか?」
「彼らは、どう見ても子供じゃありませんものね‥‥パーシ卿の行動は一体?」
キットと翠漣が驚きながらも、パーシ卿に襲い掛かる人物達と組み合いを始める。
見たところ、ゴロツキの総数は20名前後。それぞれ腕に覚えはあるようだが‥‥戦いのリズムさえ掴んでしまえばそれくらいの人数は円卓の騎士と冒険者達の敵では無い。
槍ではない剣の戦いであろうと、パーシの雷光の腕は変わらず切っ先を的確に相手に吸い込ませる。
冒険者達も的確に魔法で、剣で、技で男達を沈ませていった。
「悪いけど、やっつけちゃうからね!」
「暗殺なんて割が合いませんよ。神の名の下に‥‥ホーリー!」
瞬く間にパーシ襲撃犯達は枯れ草の上に累々たる身体を並べることになった。
見るとパーシは草陰に隠してあったロープで男達を縛っている。その準備のよさにまさか、という顔を浮かべた安成に
「これは、どういうことか、説明してもらえぬか?」
「‥‥すまなかったな。助かった。まあようは囮調査だ。焦れて向こうから襲ってくるのを待っていた。俺が直々に調べていると噂を立てれば必ず襲ってくると思ってな」
小さく笑みを浮かべパーシは言った。
「予想していた襲撃は子供達、では無かったのですか?」
翠漣は駆け寄って問うた。パーシはリーダー格の男を尋問しながら無論、と首を降る。
「考えてみるがいい。一度失敗した子供を敵が使うと思うか? 襲ってくるなら別の奴らだと俺は見ていた。だから、敵を追い詰める為に動いていたのだ」
あっ、と思う気持ちとなるほどと思う気持ちが胸の中で交差する。と、同時に目の前のこの騎士は知っていたのだろうか?
一度失敗した子供を、敵が使わない。即ち、彼らを操る者がいたということを‥‥。
その質問にパーシは頷く。
「あの子供達は‥‥おそらく‥‥何! バカな!」
突然荒げられた声に、冒険者達は背筋を震わせた。パーシの表情が見る見る青くなり、男を突き飛ばすと即座に駆け出していく。
「パーシ!」「パーシさん!」
正しく雷のごとく彼は走り行く。
「何を言ったんだ? 言え!」
荒い声で問い詰める刀也に男は苦しげに答えた。
パーシ暗殺を最初に行った子供達を捕まえているのは本当だ。と。
子供達は今、雇い主の家に捕らえられて彼らを派遣した暗殺団に引き渡されるのを待っている筈だ。失敗に怒った依頼人は暗殺団の責任者を呼び出した。と。
「暗殺団? まさか、あの噂は本当だったと言うのか?」
シャルグが唸るように声を上げた。
ジーザス教の教会で聞いた、あの噂。
闇の者達の間で囁かれる噂と同意語の『情報』
『暗殺による選別を教義とする、過激な黒の一派があるという話を聞く。彼らはその殆どがまだ若く、子供も多い。そして神の試練を与えるという名目で暗殺を仕事として請け負っている‥‥』
『命を狙われるということは何かを為す力を持つというもの。仕事としてと同時に神に仕える喜びを持って彼らは殺しを為す』
「‥‥子供達も暗殺団の一員?」
「雇い主の家に‥‥って事は‥‥。まさか!!」
シスイとセレスを襲撃犯達の見張りに残し、残り全員は即座に後を追った。
既に見えないパーシ・ヴァルと冒険者との間の距離は時間にしてはほんの僅か。
だが、その僅かの間が、彼らにはとてつもなく大きく、長かった。
その家は、普通よりかなり豪奢な以外は、ごく普通の家だった。
今回の事件のことを調べた冒険者達の中にはそこが、調査の中で名前が挙がった悪徳商人の家だと気づいた者がいたかもしれない。
だが、そんなことは今は気にしている余裕は無かった。
既にパーシ・ヴァルが蹴破ったらしい入り口から中に入る。
ツンと、錆びた鉄と似た匂いがした。
翠漣は手を鼻に当てながら息を飲み込む。
そこには使用人なのだろうか。若い女性が倒れている。息は‥‥勿論無い。
「ナイフで、心臓を一突き‥‥凄い手腕ですね」
「おい! 誰かいないのか? いたら、返事をしてくれ!」
必死にキットは声を上げる。それは心からの願いだった。だが、返事は返ってきてはくれなかった。
「くそっ!」
「まだ身体が温かい。誰か生き残っている人がいるかもしれません。パーシ卿もですが、無事な人を探しましょう」
アルテスの言葉に冒険者達は頷き動き出した。
決して一人にならず、冒険者達は手分けして家の中を、外を探して回った。
だが、一人見つけるたびに絶望が心を支配する。
歯を食いしばらずにはいられなかった。
ある者は魔法で腕を砕かれていた。ある者は目をナイフで差されていた。
その中には、明らかに素人ではない闇の住人と解る者もいたが、ごく普通の使用人と見られる青年や少女もいたのだ。
生きている者が一人もいない、そこはもはや死の館だった。
「酷い‥‥。どうして、こんなことを‥‥」
もう、その先の言葉をティアイエルは紡げない。
酷いと言う言葉さえも生ぬるいかもしれないその惨状。それを、引き起こしたのが子供かもしれない。
そう思うと冒険者の誰もが、吐き気を押さえることができなかった。
一階にはもう死体以外の何も見つからない。
その死体の多くが使用人だと思われる青年〜中年男女だったことから一つのことが推察される。
ここの家族の住まいは二階なのだろう。二階に行けばこの家の主がいるかもしれない。
彼と会えば何か解るかも。
勿論死体になっていなければ、だが。
「行きましょう。皆さん‥‥気をつけて」
翠漣の促しに冒険者達はゆっくりと屋敷の中を歩く。
足音だけがやたらと煩い。
ふと、その時、暗い廊下の向こう人影が見えた。静かにどこかに向かって走る‥‥自分達以外の生存者?
「待ってくれ」
キットは思わず声をかけた。
振り返ったのは少年。自分と同じくらいだろうか?
思わず彼は駆け寄っていた。警戒を失っていた訳ではない。ただ、この絶望の館でその人物が希望に見えたのだ。
「あ‥‥っ‥‥」
だが、その希望は彼の手が触れる直前に床に崩れて落ちた。カタンと微かな音を立てて何かが床に落ちる。
足の折れた木の人形のように倒れる背後に、冒険者達は信じられない人物を見た。
「パーシ卿? どうして‥‥」
少年は腹から血を流して倒れているのが見えた。そして同時に見える赤く濡れた彼の剣、倒れた少年に倒れる原因の傷を与えたのがパーシであることは、誰の目にも明らかだった。
「今、治療を‥‥。パーシ卿。どうして子供を斬ったりしたのですか?」
リカバーをかけるアルテスの声が責めるようにパーシを打った。彼は答えずさらに奥に進んでいく。
「待てよ! パーシ!!」
無理やり走って追いついたキットの眼前で、パーシは最奥の部屋を開けた。
ツンと鼻につく血の香りは、今流されたもの。
キットも、冒険者達もパーシへの追及の言葉を暫し失った。
窓を背に一人の女、その前に護るように二人の子供が立っている。どちらも血の匂いを全身から漂わせて。
この部屋の匂いの本流は、彼らの前の椅子に座っている男だろう。
首がぱっくりと開かれている。机に伏せた身体とその上に固まりかける血だまり。もう、どう見ても生きてはいなかった。
暗闇の中、微かな月の光だけが部屋を照らす。
黒髪を靡かせる女は、少女達とそれほど歳が離れている様には見えない。若くて二十歳前。行っていたとしても二十代前半だろう。
ただ、何故か人々の上に立つような威厳を纏い、何故か真っ直ぐに、パーシ・ヴァルを見つめていた。
「お久しぶりですわね。パーシ・ヴァル様」
「‥‥お前は‥‥。やはりお前が‥‥」
何かが砕ける音が聞こえた気がして刀也は横を見た。
そこには蒼白を通り越した白い顔で憎しみを噛み締めるさっきまでとは別人の顔をしたパーシ・ヴァルがいた。
「ええ。お陰さまで。‥‥私はあの時、神の声を聞きました。今は神に仕える忠実な召し人。我が子らと共に父の後を継ぎ、神の世を作るもの‥‥」
「ふざけるな! 人を殺し、その命を奪う。それが神の名の下にすることか?!」
「私達程度の試練を超えられないものなど、神の国の住人となる資格はありませんもの。早く天に帰ったほうが幸せでしょう‥‥」
「パーシ殿!!」
シャルグは全身全霊の思いを呼ぶ名に賭けた。もし、彼が止めなかったらパーシは踏み込んでいたかもしれない。
その手に握られた剣を女に向けて。
彼の声に動きを止めパーシは睨む。目の前の女を‥‥。
「やはり、あの時、殺しておくべきだったのか‥‥」
「今回は貴方にご挨拶にあがったまでです。この者達に試練を与えたのは我らを信じず、子供達を辱めたから‥‥。所詮、賢人の輝きの見えぬ愚か者ですから」
貴方と違って‥‥。女はくすっと言って立ち上がった。背後に佇む冒険者達に優雅な礼をする。
「我々と、この方の関係に関わるつもりでしたら、命の覚悟を常にしておいで下さいませ。賢人の輝きを持つ方は常に歓迎いたします。我々なりのやりかたで‥‥」
ぞくり、その笑顔を見て冒険者達の全身に悪寒が走った。
この女は、今までの敵とは何かが違う。とそう感じさせる何かがあった。
「クリスは‥‥、そうですか‥‥。では、帰りましょう。エリーゼ。ヴィアンカ」
「ヴィアンカ? 待て!!」
パーシが女達のほうに踏み込む。同時に素早く翠漣も動いた。
呼びかけられた一瞬、一人の少女が刹那振り返る。深い青い瞳が胸を射た。
だが、呪文詠唱、そして同時に窓から飛び出した三人は鳥に変化して‥‥闇に消えていく。
残されたのは物言わぬ死体の山と、冒険者達。
「‥‥‥‥っ!」
無言で床を叩くパーシ・ヴァルの手からは血が滲んでいる。
「パーシさん‥‥」
ティアイエルは泣きそうな顔でパーシの手を取った。少しでも安らいで欲しかった。
だがその顔色が、表情が数刻前、竪琴を弾いていた時の優しい顔に戻ることも、一刻前、戦闘を終えたときの飄々とした柔らかい顔に戻ることも無かったのだった。
翌朝、円卓の騎士暗殺未遂事件と、商人一家惨殺事件はパーシ率いる騎士団に捜査が引き継がれた。
平静、冷静な顔で部下を指示するパーシ・ヴァルに今は声がかけられず冒険者達は遠くからその様子を見つめる。
「くそっ!」
キットは悔しい思いをまた握り締める。その手の中にはあの夜拾った銀の十字架があった。
パーシ・ヴァルが斬りつけ、唯一生き残った生き証人、パーシ暗殺と一家惨殺に関わった少年の、それは残していったものだった。
あの晩、屋敷にいた者で生存していたのは僅か三人。パーシが救出した商人の子供達のみ。
冒険者はあの時、パーシが背後に子供達がいた部屋を庇っていた事を知る。
少年も暗殺者。
表情も変えず遠慮なく少年を斬り伏せたパーシに冒険者達は、今までと違った印象を感じていた。
誰かを救う為に自らを投げ出す。たった一人の為に全力を尽くす優しい円卓の騎士。
だがこの夜、彼が見せたのは、多くを救う為に一つを斬り捨てる騎士の冷酷さだった。
‥‥あの時、アルテスの治療で意識を取り戻した少年に、翠漣は言った。
「わたしは貴方達を責めません。正義や常識などは育った所で違うのでしょうし。でも今もし疑問に思っているのであれば時間は沢山あります。だから沢山悩んで自分の答えを見つけてください」
だが、少年の瞳はたった一つの揺るぎも無く、翠漣を見つめ告げた。
「疑問など何も持ってない。僕らは神の子。神の命を守るもの」
狂信とは違う、それは澄みきった悲しい眼。翠漣は黙って目を逸らした。
迷い無き者は止まらない。
パーシと冒険者があの時家に行かなければ、そして斬り伏せなければ、三人も殺されていたのだろう。
「やはり‥‥ですか」
セレスは仲間達の話を聞いて呟いた。微かな予感はしていた。パーシは犯人に心当たりがあるのではないか。と。それは当たっていたようだ。
だが、今回は少々事態を甘く見すぎていた。冒険者達は悔やまずにはいられない。
あの女と神聖魔法を使う子供達。
少なくともパーシは何かを知った上で動いていた感がある。
ならばもっと強引にパーシに張り付いて、強く迫るべきだったのだろうか?
知っていることがあるのか。手伝わせろと。
そしたら、事態はもっと早く動いていたのだろうか?
こうしていれば‥‥。ああしていたら‥‥。
‥‥答えは簡単に出はしない。
だが、一つ。確かな事を見つけた。
「今回の件について、気にすることは無い。俺自身も見通しが甘かった。まさか、奴らがここまでやるとは思わなかったからな‥‥」
それはあの夜。館から出た時に冒険者に告げた目に見えないほどの小さな微笑と労い。
巻き込んですまなかった。と。
誰よりも自分が傷ついているであろう男に首を振りながら安成は柔らかく告げた。
「おぬしはなんでも一人で背負いすぎておる。だから、少しだけでも弱くなって周りを頼ってみるんじゃな」
だが、返事はきっぱりとした即答で戻る。そこにあるのは冷静な、厳しい目の騎士の顔だ。
「騎士に弱さなど許されない。強く有らなければ背後に護るべき全てが消える」
素直にそれを受ける気になれず翠漣は目元に軽く手を挙げ、悲しげな目で言った。なら‥‥と。
「余計なことですが相方や恋人を求めてみてはどうでしょうか? 一人でいるには貴方は優しすぎます。頼れなくてもいい。近くに居て安心できる相手。そんな人がいるだけで大分救われると思いますよ」
その言葉にも彼は首を振った。
「救い‥‥? そんな物を求める資格は、俺には無い。この身は王に捧げた騎士。ただ王と、信じるものと人々の為に戦うのみ。‥‥何かを壊し、血を流し、それと引き換えで何かを護るしかできないものだ」
彼は何か後悔を背負っている。
自分は許されず、救いを得る資格も無いと心を凍らせる程の何かを。
「以前、自分は許されないと言っていましたよね。そう思っている間は絶対に許されないんじゃ‥‥」
「俺を、許すことができるのは王以外はもういない。さっきの出来事、そして見たこと聞いた事は忘れろ。お前達には関係の無いことだ」
パーシ・ヴァルはそう言って去って行った。
ほんの一瞬。むき出しの心を冒険者に覗かせて。
円卓の騎士は、国の頂点なるもの。だが‥‥
(「お前達は、こうはなるな」)
彼の行動の一つ一つが、発せられない言葉が、遠い背中がそう言っているような気がする。
気のせいかもしれないが‥‥。
「人は自分の行動を自分では決められない。きっと‥‥何かがあったんだ」
少年は苛立つ。それを教えてくれないパーシに。そして気付けない自分にも。
「暗殺教団‥‥あ奴らの狙いは一体‥‥」
シャルグの言葉も聞こえないキットは‥‥呟き、告げる。
「上がって来い、って言ったくせに。見てろよ‥‥」
真っ直ぐな視線の先、そこには自らの心を鋼の如く固く保ち強く佇む円卓の騎士の後姿があった。
遠い夢の向こうを思い出す。
あの時、出合った騎士の予言めいた言葉は今も忘れない。
血に濡れるのはかまわない。孤独を纏うのも平気だ。
だが‥‥
『君は‥‥夢を叶える。だが多くの人々の幸せと引き換えに、本当に大切で護りたいと思うものこそを失うだろう‥‥』