【英雄】 夢の彼方

■シリーズシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:10〜16lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 84 C

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月05日〜01月10日

リプレイ公開日:2006年01月16日

●オープニング

 夕日を背に立つ影が真っ直ぐに伸びてくる。
 庭で遊んでいた少女は顔を上げた。
「‥‥ヴィアンカ」
「お父さん!」
 影に向って走っていく少女。その真っ直ぐな笑みと瞳を「お父さん」と呼ばれた青年は軽く舞うように受け止め抱き上げた。
 小さな擦り傷、切り傷は手にも身体にも無数に見える、髪は汚れ、服も汚れている。
 だが、その笑顔は明るかった。だから、少女は何も聞かずに笑いかけた。
「お帰りなさい‥‥」
「‥‥ただいま。ヴィアンカ」
 それは、美しい親子の風景に見えた。

『くそっ‥‥! 父さんたちを殺したくせに‥‥』

「?」
 少女を肩に乗せたまま青年はふと、顔を上げた。後ろに視線を送る。そこには誰もいない。いるようには見えない。
「どうしたの? お父さん?」
「いや、何でもない。‥‥司祭はどこだ? 話があるんだが‥‥」
 心配そうな娘に笑顔を向けると、青年はそっと地面に下ろした。
「司祭様? こっちよ!」
 地面をトンと踏んだ少女は小さな指で、大きな指を掴み、引っ張る。
 青年は引っ張られるままに笑いながらそれに従う。
「パーシ様! お戻りになっていたのですか?」
 一度だけ振り返った青年は、自らを呼ぶ声に顔を戻す。
「ああ。いつも娘が世話になっている。ちょっと話があるのだが‥‥」
 なんでしょう? 首を傾げる司祭、前を向いて話をする青年。楽しそうに青年の足にじゃれつく少女。
 幸せそうなその一場面を

『許さない‥‥。俺たちの父さんを、母さんを殺したくせに‥‥』
『そうだね。‥‥君は何をしたい?』
『俺は、復讐するんだ。俺たちから全てを奪った奴らに同じ思いをさせてやるんだ!』

 暗い瞳達が静かに見つめていた。


 聖杯探索行は死さえ覚悟しなければならない戦争だった。
 わずか三日での往復。そして戦い。厳しい戦いだった筈。だから
「よう!」
 あまりにも明るく戻ってきた青年の笑顔に、一瞬ギルドの係員は目を瞬かせた。
 腕にこの場には不似合いな少女を抱いた金の笑顔の青年騎士。
「パーシ・ヴァル!」
 鎧を脱いだ平服の彼は少女を降ろすとカウンターに向っていく。
「ヴィアンカ。いたずらするんじゃないぞ!」
「はい。お父さん。でも、少しは遊んでいいでしょ♪」
 見たことの無い場所に、初めての人。好奇心で目を丸くしている少女にパーシは小さく頷く。
「あれが、噂に聞くあんたの娘か? パーシ卿」
「ああ。今年8歳になる筈だ。まったく、俺も歳をとる筈だ」
「おい、あんたの歳でそれを言われたくないんだが‥‥」
 突然現れた天使のような少女はすっかりギルドのアイドルになっている。
 聞こえてくる笑い声。どうやら係員や、暇をしている冒険者達が構ってくれているようである。
 そんな様子を微笑んで一瞥するとパーシはギルドの係員に依頼書を提出した。
「依頼と言うより招待だがな‥‥」
「公現祭の招待? 場所は‥‥パーシ卿の家?」
「ああ」
 パーシは背後で跳ねる歓声の少女を軽く見やって頷く。
「今回、冒険者には大分世話になった。だから、まあお礼代わりにな。聖夜祭は娘と一緒に過ごしたんだが夜中にいきなり呼び出しを食らったし、年末は知っての通りだったからな。だからせめて公現祭を賑やかに過ごしてやろうと思うんだ」
 少女は現在保護観察の意味も込めてキャメロットの教会に預けられている。
 何も知らず、操られる形であったとはいえ人を何人も傷つけ、ひょっとしたら殺めてきたのだ。
 ‥‥現在、暗殺教団の主宰者テイニスの取調べが行われ、教団の実態が明らかになっている。
 大人である三人とテイニスは既に牢獄へ拘束されていた。取調べやその他の後重い罰が下されるであろう。
 『使者』と呼ばれていた子供達はパーシやエーヴベリーの領主サーガ家の陳情もあって拘束こそ免れているが当然野放しや無罪放免などはできない。厳重な監視下の元バラバラに保護され、再教育を受けているところだ。殆どの子はジーザス教白への改宗を勧められそれを受け入れている。驚くことにテイニス自身が子供達にそれを勧めたことが大きな理由の一つであるが、第二、第三のテイニスを生み出さないためにもそれは彼らの監視は当分の間続けられるだろう。
「俺が家を開けることが多い事もあるし、仕事もある。だから、ヴィアンカも今は教会に預けてあるんだが公現祭の間は俺の責任において外出の許可を取った。ヴィアンカも冒険者達に会いたいと言うし、良かったら泊まりに来ないか? 無駄に広い家だ。十人や二十人泊まりに来てもまったく問題は無い」
 街外れ、使用人も殆どいない館だから多少賑やかに過ごしても問題ないだろう。
「良ければ俺の料理をご馳走するぞ」
「‥‥俺のって! アンタ料理するのか?」
「俺は元冒険者だと言ったろう? どんなところででも自分を養えないといけないから一通りは出来るぞ。まあ、取り立てて美味いという訳では無いけどな」
 一緒に作ってもいいし、届けてもらうこともできる。特に不自由はさせないからと言って彼は話を終え、娘を呼んだ。
 喜んで走りよってくる様子は正しく親子そのものだ。
「じゃあ、待っているからな。ああ‥‥あと、他のお客も来るかもしれない。良ければ手を貸してくれ。一緒に話し相手になってやって欲しいから‥‥」
「?」
 最後に子供に見せないように意味深な笑みと、言葉を残して彼は去っていった。
 意味が解らないと、係員は首を捻る。
 すれ違いに入ってきた冒険者が首を傾げてこう言うまで。

「なあ、今、ここを凄い目で睨んでた男の子がいたぜ。変なシフールも連れてさ。今出てった親子連れを追っかけて行ったけどなんかあったのか?」

 
 教会で、神を見上げパーシは呟く。
「俺に、その価値があるかどうかは解らない。だが、俺は守りたい。この国も、人も‥‥愛する者も‥‥できるだけ失わずにすむように、彼らがいつも笑顔であるように‥‥」
 一人の少年が願った夢の彼方。
 手にした現実と夢。目を閉じて思うものは‥‥何か?
「‥‥力を貸して欲しい」
 その言葉の先にある思いを知る者は少ない。

●今回の参加者

 ea0127 ルカ・レッドロウ(36歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1314 シスイ・レイヤード(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea2253 黄 安成(34歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea6228 雪切 刀也(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9951 セレナ・ザーン(20歳・♀・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

ベルナルド・カスパーニャ(ea4020)/ リリル・シージェニ(ea7119

●リプレイ本文

 金の髪が風に靡く。
 彼は不思議な人物だった。
 人の前に立つとき誰もが目を話せない程大きく強い存在に見えるのに、人ごみに紛れていると唯の青年に見える。
 今は、人ごみに紛れている方。
 荷物を片手に抱え、もう片方の手を小柄な少女と繋ぐ様子はどこにでもいる幸せな親子連れに見えた。
 だが、少年は見逃さなかった。側にいる者が教えてくれる。
「ほら、あれがパーシ・ヴァル。彼と、その娘ヴィアンカが君の幸せを滅ぼした元凶だよ」
 小さく頷いて少年は後を追う。
「絶対に許さない。あいつらだけ、幸せになんかさせない‥‥絶対に!」

 買い物から帰った主に家令は笑顔で告げた。
「冒険者の皆様がお見えです」
「そうか!」
 早足で彼は応接室に向かう。押し開けた扉の向こうで
「ヘ〜、なるほど。こういうお屋敷ってのも、なかなかいいモンだな。おっと、パーシ卿。邪魔してるぜ!」
 冒険者の明るい声が主を出迎えた。
「やっとまた会えたー! 捕まえたよ、あの時のお兄ちゃんっ!」
「! お前は‥‥あの時の‥‥」
 明らかに動揺顔の円卓の騎士をにやにやと笑いながらルカ・レッドロウ(ea0127)は見つめていた。
 姿を見ると同時、ダッシュで駆け抜けて腰元に抱きついたチカ・ニシムラ(ea1128)を誰も止めない
「ずっともう一度会いたかったんだから! ダメだよ。いくら助ける為って言ったって純真な子供の夢を壊しちゃあ!」
 ふくれっ面のチカの言葉にパーシは苦笑を浮かべた。チカはパーシ・ヴァルに会えると聞いて是非にとやってきたのだ。
「‥‥‥‥‥‥」
 ふと振り返ると 暗雲発生。
『おとうさん』が『お兄ちゃん』と呼ばれ抱きつかれている。しかも知らない綺麗な女の子に。
 背後で見つめる『娘』の表情が複雑に曇りはじめる、その瞬間
「ヴィアンカちゃん♪ お久しぶり! 元気だった?」
 爽やかな笑顔と声が暗雲を吹き飛ばす風のように吹き抜けた。
「お姉ちゃん?」
「覚えててくれた? ほら、アスティもヴィアンカちゃんと一緒に遊びたいって! こっちはぴんくの卵ちゃん」
「ワン!」
 ティアイエル・エルトファーム(ea0324)の足元で犬が元気良く同意した。
「お元気そうで何よりですわ」
 手を舐めるアスティの温もり。そして柔らかく微笑むセレス・ブリッジ(ea4471)やアルテス・リアレイ(ea5898)など見知った顔を見てヴィアンカの表情も少しずつ晴れてきた。
 その隙にチカもさりげなくパーシから離れる。
「この度はお招きいただいて感謝いたす。無礼を承知で今回我が娘を同行させて頂いた事をお許し願いたい」
 堅苦しいまでの礼儀正しいシャルグ・ザーン(ea0827)の口上の後ろから大柄ながら上品な美しさを湛えた少女が歩み出た。
「はじめまして。ザーン家の一人娘でセレナと申します。どうか皆様、よろしくお願いいたしますわ。パーシ卿、本日はお招き下さりありがとうございます」
 スカートを軽く摘んでまるでパーティのように優雅にお辞儀をするとセレナ・ザーン(ea9951)はヴィアンカの前に膝を落としスッと目線を合わせた。
「ヴィアンカ様もどうぞ、よろしくお願いいたしますわ」
 今まで教団の中での狭い世界しか知らなかった少女にとって日常の全てが驚きであり、喜びだが、この日はまた新たなるサプライズ。
「私11歳ですの。歳も近いことですし仲良くして下さいましね」
 きょとんと目を丸くしながらも、彼女は敏感に目の前の人物たちの好意を感じていた。
「うん! お姉ちゃんたち遊んでくれる?」
 勿論。と四者四様の笑顔で女性たちは答える。
「ねえ、ヴィアンカちゃん。このお屋敷一緒に探検しない?」
「おとうさん。いい?」
 頷くパーシの笑顔を受けて女性陣は一時部屋を出た。楽しげな笑い声が遠ざかる中。
「‥‥で、卿?」
 探るような空気が動いた。ピンと張り詰めたような空気が場を支配する。
「‥‥今宵どうやら、あまりお呼び‥‥じゃない客ありと?」
 知らず声を潜めたシスイ・レイヤード(ea1314)の問いをパーシは否定しない。
 これが、彼の肯定であると冒険者達は長くも無い付き合いで把握していた。
「その正体はお解りなのですか?」
 夜枝月奏(ea4319)が聞く。パーシの答えは竦められ、上げられた肩。
「まあな。俺を怨む者など生きている者でも、死んだ者でも山といるだろう。だが、その敵意がヴィアンカにも向けられているとすればおのずと限られてくるだろう。ましてその側にシフールがいたとなれば‥‥」
「なるほど‥‥。解った」
 自分の髪の毛を軽く荒らして考えを纏め、雪切刀也(ea6228)は頷いた。
 自らと仲間達が想像するとおりの相手なら、なんとしても倒さなければ鳴らない相手だ。自分達の為にも、そして彼らの為にも。
「二人の今は壊させない。絶対に!」
 握り締められた拳と決意、広がっていく思い。それを‥‥
「だが、その前に! リベンジだ。パーシ。約束しただろう!」
 キット・ファゼータ(ea2307)の声が切り、動きが散らせた。
「なんだ? 本気だったのか?」
「あったりまえだ! 絶対に、何が何でもお前から一本取ってみせるからな。さあ、勝負してもらうぞ!」
 ズルズル。
「俺は、今夜の用意があるんだが?」
 本気を出せば振り払えるだろう手を払わずにパーシは素直に引きずられていく。
 ズルズルズル。
「んなもん、後だ! さあ勝負してもらうぞ!」
 ズルズルズルズル。
「やれやれ」
 口元を歪め肩を上げたパーシの笑みはどこか怪しさを湛えている。どこか楽しさも嬉しさも。
 このまま勝負が始まるなら、それは見逃せない。
 彼らはキットとパーシが歩み去った先。中庭に向って足を早めた。

「パーシさん、あたし達会場の飾りつけしてるね」
「この飾り、お借りいたします」
「‥‥卿、掃除の手伝いを‥‥致す‥‥道具を‥‥お借りするぞ」
「ヴィアンカちゃん。どうだ? 待ってる間お兄さんと遊ばないか?」
「そっちは任せる。俺は料理の準備をしておこう」

 館の中の賑やかな声が外まで響いてくる。
「さすが、とでも言うべきでしょうか‥‥」 
 庭の枯れた草の上で半ば失神に近い状態で倒れたキットをアルテスは軽く手で仰ぐ。
「くそ〜っ。俺はまだ負けてないぞ〜」
 時々、寝言のように繰り返す少年を見ていると何故か笑みが浮かんでくる。
 と、同時に思い出す。さっきまでここで繰り広げられた胸躍る戦いを。 

「俺は育ちが悪いからな、お上品な宮廷剣術とは違うぜ」
 そう言って挑戦者キットは両手に握り締めた短剣を構えた。
「ほお」
 薄い笑みを浮かべる騎士の武器は槍。
「真剣勝負だ。手を抜くなよ。俺の今の力を示す。全力で‥‥行く!」
 その言葉を合図に場の動きは静から動へ。静からキットは肩に軽くとめていたマントを強く引くと全力でパーシに向けて投げつけた。
 視界を遮るのが目的、と見せかけて実はナイフも投げている。
 一瞬でも隙ができれば、そこを左から背後に回りこむようにして‥‥。
 そんな計算をしながらの初撃は‥‥
「甘い!」
 嘲笑を込めた一閃によってマント共に薙ぎ払われた。
「ーーッ!」
 歩みを止められた少年は舌を打つ。攻撃がそんなに簡単に当たるとは思っていなかったがそれ以前に止められるとは。
 元々、槍対剣の戦いは圧倒的に槍が有利と言われている。
 踏み込んでくる敵を迎撃するのは自らが打って出るよりも容易く、射程範囲も保ちやすい。
 キットは悔しげに唇を噛む。
 今は1本になってしまった短刀で槍に勝つ為には隙を作り、懐に攻め込むしかない。それは解っている。
 だが構えられた槍に、それを操る槍騎士にどこをどう探しても隙など存在しなかった。
 考えなく踏み込めばその柄に腹を打たれ、踏み込みが浅ければ腹を裂かれる。
 その見切りを考えている間にも。
「ほら! ボーっとしている暇は無いぞ!」
「ワッ!」
 容赦ない打突が手や足元を狙ってくる。その素早さは正に雷。早さと手数の多さを得意とするノルド使いでさえ付いていくのがやっとだ。
「ああ、言い忘れたが、俺は上品な宮廷剣術なんぞ使わん。俺の槍はアルスター。敵を倒し、生き延びる為の槍だ」
 急所を狙ってくる閃光のような一撃を、キットは短剣で必死に受け止めた。僅かにずれた軌道。その隙と勢いを利用してカウンターを放つ。だが‥‥。
「うわあっ!!」
 戻りさらに撃たれた槍の攻撃の威力と数はますます上がっていく。かわすのが精一杯、急所の攻撃を弾くのが精一杯。そして‥‥
 キン!
 打ち合うこと数合、もしくは数十合。体格の差と武器の差、そして刃を持つ力の差が弾き飛ばされた短刀に出た。
「しまった!」
 手首を払う一撃。そして‥‥
「ウッ!」
 鈍い音と共に槍の柄がキットの腹部にめり込んだ。これが穂先であれば致命傷になりかねない一撃。
 瞬間、槍を半回転させて穂先を返したのだと冒険者が気付いた頃には、パーシは槍を収め、キットは地面に倒れていた。
 とどめにポカッと頭に一撃。
「ムギュ」
 完全に彼の意識は沈んだ。
「まだまだ、だな。覚悟があるなら屋敷にいる間いつでも来いと伝えておいてくれ。さて、俺はそろそろ夜の準備をしないとな」
 目を回すキットが決して弱いわけではない。
 ただ『円卓の騎士』その名を持つ騎士の巧さを冒険者は目の当たりにさせられたのだった。

 ふとアルテスの肩越に影が伸びた。
「何をしておる? かような所で?」
「ああ、安成さん。お帰りなさい。キットさんがパーシ卿に負けたので少し介抱していました」
 彼が言うのも変かも知れないが、用事で少し遅れてきた仲間の一人、黄安成(ea2253)に顔を上げてアルテスは答えた。
「負けた負けた言うなよ。まだ、完全に負けたわけじゃ無いんだから‥‥っ!」
「いや、あれは完全敗北だと思うがねえ」
「‥‥同感。‥‥素直に負けを‥‥認めることも重要」
 やっと目が覚めたのか、それともふてていたのか、頭を押さえつつ抗議するキットにつっこむ旅団の仲間二人。
 いつの間にか庭には男性冒険者が全員集合していた。
「るさい! 後でまたリベンジだ。ちょっと思いついたことも有るし」
「ふむ、で、どうだった? こちらも少し気になることがあって調べていたのだが‥‥」
 シャルグは腕組みをして遅れてきた仲間に問いかける。教団の司祭、暗殺教団の首魁たるテイニスに彼は話を聞きに行っていた筈なのだ。何か情報を掴んできたかもしれない。
「そのことだが‥‥あのシフールがデビルであるという確信は取れなかった。むしろ、月魔法を操るバードの力を持つものというから本当のシフールではとも思ったがな」
 だが、どちらにしても心壊れたものであろうと、それだけは間違いないと安成は思っていた。
『彼は‥‥人が足掻き、苦しむのを見るのが楽しいと言っておりましたの。今思えば、我々も、我々が殺した人々も、彼にとっては玩具と同じだったのかもしれませんわね』
 面会に来た安成に微笑みながらも彼女の目には寂しげな光が灯っていた。
 父親がパーシに殺され、家族と思っていた者達と離され、弄ばれていたかもしれないと解っていても、彼女達にとってあのシフールは「守護者」だったのだから。
「暗殺教団の者が仕事に行く時に側について、サポートをしていたのだとか。連絡や逃亡を助ける文字通りの守護者だったらしい。逃亡後はテイニスは勿論、今は誰の元にも来てはいないようだが」
「逆にワシが聞いた話ではあの悪徳商人の子、そう、暗殺教団に皆殺しにされた一家の生き残りである子供三人。その長男が行方不明らしい。14になったばかりのその子がいなくなる直前にシフールのバードが現れたとか‥‥」
 パーシに恨みを持つ人間は多いだろうがその人間が『子供』であると言うのであれば対象は限られる。秦は口を濁す。
「ならばシフールが、その子を唆しているのかも、しれませんね。もしそうだとすれば‥‥私には少年の気持ちが良く解ります。たった一つきっかけがあれば、心は闇に落ちるでしょう」
「二人の、幸せは壊させない。絶対に!」
 同意するように冒険者達の首が前に動いた。
 屋敷の構造などは、歩き回って掃除や見学をしているうちに把握した。
「それに、時々屋敷の様子を伺っている少年を僕も見ました。彼がそうだとすれば‥‥守護者の手を借りて今日あたり来るかも‥‥しれませんね」
 ただキットの側に座っていただけではない。アルテスの観察力に冒険者達も頷く。
 公現祭前夜祭は今日、この日が一番盛り上がる。
「よし、じゃあ、予定通り行くぜ。だが、単独行動はするなよ。女達にも伝えておくんだ」
「解った」「解った。伝えておこう」
 同時に木戸が開く。
「そろそろ、用意ができたそうですわ。どうぞ中へ‥‥」
 頷き立ち上がった彼らの頭上で、ゆっくりと日と月が空の守護を交換しようとしていた。  

 冬のイギリスの夜は長く寒い。
 だがこの日、この時の屋敷の中の空気は春を思わせる暖かいものだった。
 湯気を立てるシチュー。メインはローストビーフに、魚のフリッタ。
 ミンスパイにプラムプティング。ハーブティに公現祭の焼き菓子もあり、少女達が飾りつけたリボンや布と相まって立派なパーティの用意が設えられていた。
「全部アンタが作ったのか?」
 という感嘆の声にパーシは素直に、まさかと首を横に振る。半分は家の料理人の手腕だと苦笑して。
 部下の手柄を横取りしない、真っ直ぐな心に微笑みながら冒険者達はパーティを楽しみ料理に舌鼓をうつ。
「美味しいよ。パーシさん!」
「お兄ちゃん、凄い」
「いや、なかなかだ」 
 料理人はホッとした表情でそれは良かった、と呟いた。
 褒めるのが苦手な者達も口と手は動いている。賛辞以上に空になった皿が感想だろう。
「食事が終ったら、ガレットでもどうだ?」
 円形の焼き菓子が切り分けられ、皿に載せられた。
 中に豆が入っていてそれを引き当てた人物がその日の主役になる、というのが公現祭前夜の趣向なのだそうだ。
「あっ! 私のに入ってた!」
 嬉しそうにヴィアンカが声を上げる。父親の優しい配慮に冒険者達も文句は付けない。
「では、姫君。お手をどうぞ」
「うん!」
 ルカがレディに向けるように差し出してくれた手に笑顔で少女は答える。
「娘を育てると言うのは、なかなか難しいことだ。いずれ、父親の手から誰とも知らぬ男の手に奪われるのだからな」
 娘を持つものの先輩としてシャルグは眩しげに少女を見つめるパーシに語った。
「そうだな‥‥」
「でも、娘と言う者はいくつになっても父親が理想ですわ」
 ニッコリ、セレナの笑顔とフォローに父親二人は苦笑する。
「パーシ卿、そう言えばディナス伯とはその後は?」
 思いもかけない不意打ちにパーシの顔が驚きに振り返った。背後では笛を持った青年が微笑んでいる。
「‥‥近いうちに仲直りできれば、と思っているが仲直りと言うものは自分だけじゃできないものだからな」
「確かに。でもいつか仲直りできることを祈っております。それから‥‥これが最後の機会かと思いまして、ぜひ円卓の騎士にお伺いしたいことが‥‥」
「なんだ?」
 照れた顔で耳打つ言葉にパーシは耳を丸くする。
「すみません、変な事を伺いました。忘れて下さい」
 アルテスは苦笑すると広間に出て笛を口にした。
「何を聞いていたんだ?」
 冒険者の質問には答えずパーシも竪琴を握る。そして、笛の音に寄り添う様に音を紡いだ。
 少女たちは笑顔になり、リズムを取り、踊り出す。それを見つめる男達。穏やかな時。
 いつまでも続けば良い、そんな願いは。
「パーシ様! 火事です!」
 使用人の慌てた声にかき消された。

「屋敷の庭や、建物の影でいくつか火の気が!」
「皆は、消火に当たれ。無理はしないで構わないが、できるだけ消し止めるんだ!」
 主の言葉に使用人たちは走り出す。手伝おうと冒険者達も‥‥だが。
「パーシ卿」
 使用人とすれ違いに部屋に戻ってきた秦と刀也が無言で指と、視線を隣の部屋に向ける。
「旦那。どうやら‥‥お客さんが来たようだぜ」
 その意味を、彼らは瞬時に理解した。
「皆も、火を消すのを手伝ってくれ!」
「解ったのじゃ、二人はここで残っていてくれ!」
 冒険者達の足音が走り出し、遠ざかる。
 部屋に残ったのはこの館の主二人だけ。
 それを確認したかのように、静かに隣の部屋の扉が開き影が音も無く出てくる。
「俺達も行くぞ。人手はあったほうがいい」
「うん!」
 扉に隠れ様子を伺っていたその影は、闇に紛れ二人を追おうとする。突進し肉薄し、命を奪おうという気迫を抱いて飛び出す筈だった瞬間を。
「ねえねえ? 君、そんなところで何してるのー? かくれんぼ? 一人なら一緒に遊ぼう♪」
 あまりにも明るい声がものの見事に出鼻を挫いたのだった。
「えっ?」
 戸惑う声にいくつもの明かりが向けられる。
 そう、明かりを持ついくつもの手が、顔がそこにあったのだ。
 
 カンテラや、蝋燭に照らされた明かりが照らし出したのは少年の顔だった。
 彼の悔しげに歪んだ唇が呟く。
「くそっ、罠だったのか?」
「罠、ではない。来るのは解っていたけどな‥‥」
「武器をお捨て下さいませ」
 この人数にたった一人で叶うわけはないと、言外に少女が圧力をかける。どこまでも悔しげに少年は唇を噛む。
「やはり、そなたあの商人の‥‥」
 シャルグは少年の顔を見て吐き出すように言った。彼自身を知るわけではないが、兄弟たちと面差しが似ている。
「そうだ! 俺は忘れないぞ! 父さんを追い詰め、母さんを殺し、俺達から全てを奪ったパーシ・ヴァルと暗殺教団を!」
 冒険者達の間に冷えた空気が走った。あの惨事の記憶は今も彼らの脳裏に焼きついている。
 少女を背に庇いながらもルカは、いやその場の全員が目の前の少年に敵意を持てずにいた。
「確かに、父さんは悪人だったかもしれない。殺されても仕方ないことをしてたかもしれない。でも‥‥俺達にはいい、父さんだったんだ。それに‥‥」
 彼はキッと一人の人物を見つめる。全てを受け止めるように見つめるパーシ・ヴァル。
「どうして、俺達の幸せを奪った奴が幸せに笑ってるんだよ。どうしてそんなことが許されるんだよ。俺は許さない。絶対に!」
 言葉と同時、彼は床を蹴った。パーシに向って突進する。手には白刃。それを
「ダメェ!!」
 とっさに反応したいくつもの影が動いた。
 影を縛られ、剣を砕かれ、足を止められ、そして‥‥
「止めて。まだ遅くない。幸せは取り戻せるよ。だから‥‥止めて」
「それ以上は駄目っ! それ以上やったら本当に後に引けなくなっちゃうよっ!」
 天使の涙が、声が心まで完全に静止させた。
 パーシ・ヴァルは動かない。
「もう俺達には幸せなんか無い。犯罪者の息子で、家族も無い。殺せよ。父さんたちの所に行かせてくれよ‥‥」
 凍ったように動かない身体で少年は涙を流す。それに無言で近づいたキットは
 ギリリ!
「いってええ!」
 思いっきりの全力で頬を抓った。
「痛いか? 痛いだろ? ‥‥人を傷つけるのはなあ、もっと痛いんだ。大泣きだぞ?」
 涙さえ止まる痛みに少年は顔を上げる。そこには冒険者達の眼差しがあった。
「おまけに心だって痛い。心が痛いとなかなか治らないんだ。だから悪い事はするんじゃない。もうやってしまったなら謝るんだ。ごめんなさい、だ」
「やれやれ‥‥怨む気持ちも‥‥わからないではないが‥‥怒りに我を忘れては‥‥駄目だろう? 復讐は‥‥連鎖を生む。虚しい‥‥ものだ」
「憎い相手を許すことも勇気だよ。ね?」
 あまりに優しい『敵』。目を丸くする少年にパーシは、強く、優しく声をかけた。
「俺を恨むのは構わない。だが死のうなどと思うな。お前には、まだ守るべきものがある筈だ‥‥」
「‥‥あっ」
 怒りで忘れていたものを暖かい瞳が思い出させる。
 自分を待っているであろう小さな弟達。彼らを残したり、犯罪者の兄弟にしていいのか。自分と同じ思いを味あわせるのか。
 澄み切った自らを見つめる円卓の騎士の暖かい瞳に、少年は自らの過ちと敗北を認めた。
「ごめんなさい‥‥」
 小さな囁き。だがその言葉は全員の心に届いた。笑顔が浮かぶその時
「なあんだ、つまらない♪」
 外にいた人物が声を上げた。冒険者は慌てて部屋に飛び込み、窓を開ける。
 月光の中、シフールが怪しげな笑みを浮かべて飛んでいた。
「よう、暇人。まだ生きてたのか」
「貴様、ただのシフールではあるまい」
「ううん。ただのシフールだよ。ただね、僕は人が足掻くのを見てるのが好きなんだ♪ 苦しんで悩む子供は見てて最高に面白いもん!」
「ふざけるな! 貴様も風車に刻んでやるッ!」
 刀也は風車を渾身の力で投げた。土の波、雷撃。シフールを捕らえんと放たれた力は全てすり抜けるように空に飛ぶ。
「!」
 幻影。それを気付いて彼らは窓に近づいた。
「忘れないことだね。世の中には僕みたいな奴は一杯いるんだよ。説得なんか意味も無い歪んだ心の持ち主がね」
 今回の件は遊び。人を傷つけるのが楽しいという邪悪な思考を隠しさえせず彼はどこからか笑う声を上げる。
 微かな笑い声に向けて
 シュン!
 ナイフが飛んだ。草陰に刺さった何か微かに聞こえた呻き声。
 放たれた沈黙の魔法よりも早く、銀の光が輝く。
「また会おう。その時は命を貰うかもしれないけどね!」
「そんな奴らがいくらいようと、皆を守る。それが‥‥俺の選んだ生き方、俺の役目だ」
 消える銀光。握り締められた手と言葉、そして瞳に込められた思いを冒険者と娘、そして、少年は沈黙と共に見つめていた。

 公現祭が終わり娘を教会に帰し、少年を保護者の下に返し、一人屋敷の庭で空を見上げるパーシを
「もう一回勝負だ!」
 強い声が呼び戻した。
「槍を取りに行っている暇は無い。これでもいいのならな‥‥」
 今、彼が携えているのは愛用の槍ではなく、外出、正装用の剣。キットは頷いて剣を構えた。
 相手の出方を待つ慣れない沈黙の後、踏み込んできたパーシの斬り込みをキットは素早いオフシフトとカウンターで返す。
 渾身の踏み込みは長剣に弾かれるが、槍のときよりはまだ打ち合いにできる。自分の思いを剣に乗せてキットは放った。
「パーシ! 夢とは一体何だと思う?」
 高い鋼の音が言葉になって答える。
「手に入れた時、現実になる幻! だが‥‥手に入ると信じていればいつか辿り着けるものだ」
「なら、運命は?」
「自らの手で切り開くもの。思い通りには決してならぬ女神。でも、味方に付けることは不可能ではない」
「ならば、冒険者とは!」
 一際強く、早く、キットは双剣を返しクロスした剣でパーシの長剣を挟み込んだ。
「未知を追い求める探求者、そして、自らが信じるを貫き守る勇者だ」
「そうか‥‥カムシン!」
 口元を緩ませた後、キットは空に向けて声を上げた。主に答えるように鷹が舞い降りる。
「何?」
 背後に意識を飛ばした一瞬に、キットは全てを賭けた。剣を押し留めていたクロスを解き、そのまま右手の短刀を投げつけ、左手の剣でパーシの刀を弾いて懐に潜り込む。
「チェックだ!」
 喉元に突きつけられた剣と、首下から見上げる眼差し。見下ろしたパーシは剣を落とし、手を上げる。
「降参だ。腕を上げたか?」
「‥‥腕じゃあない。これは思いを示す戦いだ。生きている限り戦いだ。俺もお前も、生きるってことはこの世界に存在を主張し続ける事だ」
「そうだな‥‥。命は全て、自らの存在の証をこの世に示す為に生きる。俺は王に仕え、騎士となり王と国、そしてこの知に生きる大切なものを守ることが証だ。だが、お前にはまだそんな生き方は早すぎるし、小さすぎる」
 キットを見つめ、軽く微笑むとパーシは自分が握っていた剣をポンとキットに放った。
「おい、こいつは!」
「俺が旅立つ時、家から持ち出したもの。父親の剣だそうだ。俺は使わないからお前にやる。いらんのなら売って路銀の足しにでもすればいい」
「待てよ!」
 静止の言葉を聞かずにパーシは庭を出ようとする。
「ホントに似てるよ。あんたとあのボウヤはな」
 戦いを見つめていた冒険者達の中から笑いを含めたそんな声がする。パーシは微笑むだけで、返事をしない。笑顔で背を向け遠ざかる。
「う〜ん、やっぱりカッコいいかも。お兄ちゃん」
「あたし、思うんだけど、英雄ってきっと『希望』を具現化したものなんじゃないかな」
 未来に重ねる己の姿。憧れ、夢に抱き、いつかは辿り着きたいと願う存在、誰もが秘めたるココロの奥深くにありし偶像。
 一番遠くて一番近い。
 キットとの戦いは彼にだけに向けられ、語られたものではないと冒険者達は知っている。
 ティアイエルの言葉が英雄の定義なら、あの背中は紛れも無く英雄のものだろう。
「思いは‥‥きっと未来へと受け継がれる。きっと受け継いでいく‥‥」
 これからどうなるかなど誰にも解らない。だけど一つだけ確かなことがある。
 例え世の中に、悪しき魂が存在し、人々の心に闇を差したとしても世に英雄があり、それを目指す心があり、思いを伝え受け継ぐものがあれば、きっと人は闇に負けたりしない。
 未来は光輝くと。
 言葉で示されたわけではない、だがそれよりもはっきりと伝わった答えを冒険者達は手に入れたような気がしていた。

「これから、どうする?」
 片づけをしながらパーシは問うた。
 館の火事は大した事は無かった。世話になった礼にと冒険者達は手伝いを申し出る。
「あたしは、一度ケンブリッジに戻ってお勉強の続きかな‥‥。いつか夢を叶える為にも‥‥セージにいつかなれるかな」
「私はおそらく、故郷に帰ることになりそうです。いつか、ジャパンおいでになることがあったらまたお会いしたいですね」
「俺も、か。だがその前にやることが‥‥残っているな」
 ティアイエルや秦の言葉を聞きながら刀也は思っていた。国に帰る前に‥‥。
「俺は彼女とのけじめをつけるかな‥‥小姑も煩いし‥‥」
「誰が小姑だ!」
「お前だなんて誰も言ってないぞ」
「ぐ‥‥っ!」
 軽やかな笑顔が館に広がっていく。
 あのシフールを捕らえ切れなかったことだけが唯一の心残りではあるが、この国はきっと大丈夫だろうとシャルグは愛娘の肩を抱きしめながら思う。
 パーシと彼が仕える王、そして意思を受け継ぐ者達がいるのだから。
「どうせ、俺は小さいよ。見てろ。直ぐに大きく、強くなってルカなんか踏んでやる」
「外見なんて気にする必要は無い。人を決めるのは自らの志と行動だ。恥じ入る所が無ければどうどうとしていることだ。俺は皆を信頼しているし良き共だと思っているぞ」
 円卓の騎士からの思いもかけぬ賛辞に冒険者達が顔を見合わせる。その中アルテスはパーシの目が自分と合い、軽くウインクしたのを見た。
「パーシさん」
「あ〜、俺も、アンタと出逢えてよかったと思うよ。もし俺に子供ができたら‥‥親愛なる英雄の名を、伝えていきたいな」
「その前にちゃんとパートナーを捕まえておけ! ぐだぐだ言ってると愛想付かされるぞ!」
「ぐっ‥‥」
「‥‥反撃‥‥成功。めでたい」
 さっきと逆のかけあい、包み込むのは同じ笑顔。
 土産にと貰ったばかりの赤いスカーフを握り締めた冒険者の、スカーフよりも太陽よりも晴れやかな明るさを湛える笑い声は長く、消えることがなかった。

 教会に一人立つ少年。
 俯いていた彼は今、前を見つめている。
 心に持つは希望。そして小さな約束。
「俺は‥‥僕は雪切・刀也だ。また会えると嬉しいな」
 いつか、罪を償い彼との約束を果たそうと‥‥。

 冒険者が去り、静かになった屋敷の庭で、パーシ・ヴァルは一人空を見上げていた。
 落日が庭を紅く染める。それは、自らの運命そのもののようにさえ見える。
 希望を持って旅立ったあの日、幾つもの出会い、幾つもの別れ、幾つもの成功と失敗。そして流してきた自分と他者の血の後に今の自分がある。
 失ったものは多く、悔いは数知れず。心はいつもやり直せたらと願う。
 だが、この道を選んだのは自分自身。それに後悔は無いと今は胸を張って言えるだろう。冒険者達が教えてくれたのだから。
『王が進む道は正しいと思いますが、時にそれるかもしれません、正しき道に戻すことが出来るのは円卓の騎士だと思っています、よき国にして下さいね、再びこの地に立ったときには平和と繁栄で満ちた国になっていることを願っています』
 最後に彼らが残して行ったあの言葉、あの願い。
 それを守る為に残りの全ての命と剣を捧げようと彼は、己自身に誓っていた。

 こうして、一つの物語。
 英雄譚は終わりを告げる。
 だが話は終っても、彼らの物語は続く。
 命ある限り。思いある限り。

 再び幕が開かれた時、その場に立つ者たちに笑顔があることを願って‥‥。

●ピンナップ

キット・ファゼータ(ea2307


PC&NPCツインピンナップ
Illusted by KAXAK