【鉄の御所】酒呑童子討伐

■シリーズシナリオ


担当:ゆうきつかさ

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 94 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月23日〜07月29日

リプレイ公開日:2007年08月04日

●オープニング

●討伐の勅令
 新撰組に酒呑童子討伐の勅令が下されたのは、7月下旬の事である。
「歳、討伐の勅が出るぞ」
 その数日前、御所に呼び出された新撰組の近藤勇は、安祥神皇の近臣より近いうちに勅が下る事を知らされた。
「ようやくか、待ちくたびれたぜ。鉄の御所の鬼どもに、目にもの見せてやる」
 土方歳三は不敵な笑みを浮かべる。鬼の襲来から約一月、激戦に参加した隊士達の傷も癒えて、戦いの準備は整っている。

 去る6月末、突如として都に襲来した鬼の軍勢。
 京都を守る侍と冒険者の活躍により、辛うじて撃退したものの、酒呑童子が率いる数百体の人喰い鬼に禁門まで侵入され、ジャパンの帝都はその防備の甘さを露呈した。
 折しも、京都方と反目する長州藩の吉田松陰、高杉晋作らが滞在中の事件であり、少なからず交渉にも影響を与えたと言われている。
 この時、守備勢の主力として奮戦し、多くの犠牲を出した新撰組は直後より酒呑童子討伐を願い出ていた。
「だが、俺達だけで戦うことになりそうだ。見廻組も今回は手勢を出すと言ってくれているが、正規の兵は動かせんそうだ」
「相変わらずだな、御所の連中は。鬼の報復も怖いし、負けた時は新撰組の責任にしようってことか。まあ、おかげで俺達が戦えるんだから皮肉だが‥‥」
 比叡山の酒呑童子退治は筋目からいえば見廻組、黒虎部隊の管轄だ。或いは大大名が大軍を動かして討伐に当たるべきなのだが、そこには今の京都の複雑な政治事情が関係していた。
「悲観する事はない。あそこを本気で攻めるなら、かえって少数精鋭の方が成功率が高いと思っていた。都の警備も疎かに出来ないが、動ける組長を集めて討伐部隊を編成しよう。冒険者ギルドにも協力を要請しなければな」
 そして、新撰組局長近藤勇より冒険者ギルドに酒呑童子討伐の依頼が届けられた。

●一番隊屯所
「こんな時に沖田組長がいれば‥‥」

 ‥‥誰かが言った。
 実際、沖田総司が居れば土方も攻撃に逡巡する事はなく、そうすれば芹沢が無惨に敗れることも無かったという者は少なくない。芹沢は一時生死を彷徨い、今も療養中である。あの時、土方はわざと芹沢を見殺しにしたのでは無いかという者もいたが‥‥政治的な話はおく。
 ともかく、「沖田がいれば」との囁きを耳にするたびに一番隊の隊士は歯噛みしていた。

 だが、当の沖田は行方不明。
 生きているかさえ、分かっていない。
 そんな状況で沖田を待ったところで、戻ってくる可能性は皆無に等しかった。
 それに加えて沖田は未だに虎長殺し犯人として、罪人扱いされている。
 例え彼が戻ってきたとしても、今回の作戦に加わる事は出来ないだろう。

「‥‥俺達だけで、やるしかない」

 酒呑童子と渡り合う事の出来る実力を持った沖田はいない。
 ならば誰かが沖田の代わりを務めればいい事だ。
 沖田ほど上手く戦う事は出来ないかも知れないが、何もしないよりはマシである。
 酒呑童子がいる場所は分かっている、『鉄の御所』。
 鉄の御所があるのは、京都の北東に位置する霊峰比叡山の一角。
 その名の通り、鉄の御所は鉄の塀に鉄の門で囲まれた御殿だ。
 精強な鬼に守られた難攻不落の城塞であり、これまで軍隊や勇者が度々やってきたが、かつて誰も討伐に成功した者は居ない。
 まさしく相手に不足なし、である。

 各隊、更に応援の見廻組や他の連中に後れをとることはできない。
 酒呑童子の首を獲ること、それが一番隊の使命と口に出さずとも隊士達は心得ていた。その意気を感じてか近藤も一番隊を討伐の本隊と位置付けた。いわば決死隊である。

 『一番隊、ここにあり』と、示す時が来た‥‥。

●今回の参加者

 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3108 ティーゲル・スロウ(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1067 哉生 孤丈(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2535 フィーナ・グリーン(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb4994 空間 明衣(47歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●一幕 鉄の御所
 京都の北東に位置する霊峰比叡山の一角に『鉄の御所』と呼ばれる場所がある。
 その名の通り、鉄の塀に鉄の門で囲まれた鬼の御殿。
 酒呑童子とその軍勢はここを拠点にして、山城近江を始めとする畿内諸国の人々から恐れられていた。これまで幾度となく軍隊や勇者がやってきたが、かつて誰も酒呑童子の討伐に成功した者は居ない。
 今回、酒呑童子討伐に手を挙げたのは、新撰組であった。
 そして酒呑を倒す決死隊に選ばれたのが一番隊だ。
 一番隊は沖田事件以降、これといった功績をあげていない。
 この討伐の成否が一番隊と、そして新撰組の今後を決めるといっても過言ではなかった‥‥。

「長年、京の脅威で有った、酒呑童子の討伐、武者震いがします。しかし、この戦い決して負ける訳には行かず、決して失敗する訳には行かない。‥‥邪魔する者は斬る。そして、この命、神皇様への忠誠に捧げるまでだ」
 無駄な戦闘を避けるためブレスセンサーを発動させ、山王牙(ea1774)が緊張した様子でゴクリと唾を飲み込んだ。
 志士である牙は新撰組では無い。酒呑童子討伐には新撰組隊士以外にも多くの冒険者達が参加していた。
 しかし、『鉄の御所』を守護する鬼達は強く、一番隊の面々の前には『地獄』の光景が広がっていた。
 元より鉄の御所を正面から攻める戦力が無いから、戦い方は霍乱と陽動が主体となる。不十分な戦力で戦うのだから犠牲も大きい。倒れた仲間は救えず、すべては一番隊の道を開けるために。
 一番隊は新撰組隊士と鬼の死体を横目に、『鉄の御所』の門扉を目指して突き進む。
「他の鬼は無視して、酒呑童子討伐だねぃ」
 唸り声をあげて襲い掛かってくる鬼達の攻撃をかわし、哉生孤丈(eb1067)が門を潜り抜けていく。
 辺り一面、鬼、オニ、おに。
 小鬼や茶鬼から山姥、天邪鬼に人喰い鬼まで、ありとあらゆる鬼がひしめきあい、まさに鬼の国の様相だ。その鬼の群れが壁となって、一番隊の行く手を阻む。
「まったく‥‥、困ったものですね。これじゃ、ゆっくりわんこさん達と遊んでいられません」
 疲れた様子で溜息をつきながら、フィーナ・グリーン(eb2535)が前進を阻む鬼の列に飛び込んでいく。
 だが、『鉄の御所』を守るだけあって、鬼達の強さもハンパではない。
 普段なら苦戦する事のない小鬼ですら、今回だけは状況が違っていた。物陰に潜んで槍を繰り出してくる小鬼もまた恐るべき敵となった。
 しかも大小様々な鬼が群れを成して攻撃を仕掛けてくるため、一番隊だけでは進む事も退く事もままならない。瞬く間に憤死するかに見えたが、各隊の行動が功を奏したか鬼達の動きにも混乱が生じる。
「各隊の皆‥‥、頼んだぞ」
 他の隊士達に感謝しながら、鷲尾天斗(ea2445)が山鬼を斬り捨てる。
「各自いいか! これより我ら修羅に入る! 仏と会えば仏を斬り! 鬼と会えば鬼を斬る! 情や迷いを捨てろ! ただ一駆けに敵地に攻め入れ! 目指すは鉄の御所、酒呑の首! 突入!!!!!!」
 大量の返り血を浴びて力強く刀を掲げ、天斗は隊士達の先頭に立った。
 一番隊組長代理として‥‥。
 ここで怯んでいるわけには‥‥、いかなかった。
「天斗さんはかつて十矢隊としてともに戦った仲‥‥。手が空いているのに、その呼びかけに答えない理由はない」
 含みのある笑みを浮かべながら、カイ・ローン(ea3054)が天斗に続く。
 人食い鬼の攻撃が激しく、なかなか先には進めない。
 それどころか人食い鬼の気迫に圧倒され、気を抜けば一瞬で地面に転がるか、門扉まで押し戻されそうな勢いだ。
「クッ‥‥、敵も必死だな!」
 悔しそうな表情を浮かべながら、空間明衣(eb4994)が右肩を押さえる。
 人食い鬼が振り下ろした棍棒の一撃で、彼女の右肩には青痣が出来ていた。そのため、自由に槍を振り回す事も出来ない。
 こちらも死力なら敵も死力、気を抜けば一瞬で地面に転がるか、門扉まで押し戻されそうな勢いだ。
「不動‥‥、遅れるなよっ!」
 金棒を振り上げて襲い掛かってきた人食い鬼を斬り捨て、陸堂明士郎(eb0712)が忍犬の『不動』に合図を送る。
 既に何匹もの鬼を斬り倒し、ソフトレザーアーマーが血塗れだ。
 そのため、自分が怪我をしていても、返り血を浴びているので区別がつかない。興奮のために痛みは感じなかった。
「よほど早死にしたいようだな」
 クールな表情を浮かべながら、ティーゲル・スロウ(ea3108)は数匹の犬鬼の相手をしていた。
 犬鬼は倒れても諦める事なく、唸り声を上げてスロウの左足に噛み付いてきた。首を切り落として止めを刺し、自らにリカバーをかける。
「大丈夫ですか? ‥‥急ぎましょう」
 大事そうに鳴弦の弓を握りしめる七神斗織(ea3225)がティーゲルに声をかける。
 後方支援の斗織は仲間の分もポーションを持ってきている。犬鬼が背後から襲いかかるのを、彼女は自らの体で受けとめた。鎧と指輪、それにオーラボディが犬鬼の毒刃を通さない。
「こんな所で倒れてたまるかっ! 拙者達にはやるべき事があるでござるっ!」
 険しい表情を浮かべ、最前列に立つアンリ・フィルス(eb4667)は鬼切丸を振り下ろした。人の領域を遙かに超えた剣撃は一太刀で人喰い鬼から戦闘力を奪った。その彼でも、突出すれば袋叩きは自明。自然と仲間を庇う戦い方を強いられていた。或いはアンリと同等の使い手が他に三人居れば、真っ直ぐに進撃出来たかもしれない。
 人食い鬼を主力とする鬼の勢いは衰えず、他の場所から鬼の軍勢が集結し始めていた。冷静に考えたら、勝機など一分もない戦いである。

●ニ幕 人食い鬼
「このままじゃ、囲まれるっ! すぐに陣を取れ!」
 仲間と呼吸を合わせてダブルアタックを叩き込み、天斗は倒れた人食い鬼の死体を踏み越える。
 これより先には通さぬとばかり、新手の鬼が次々に現れた。
 仲間達の死すら気にも留めず、人も鬼も血溜まりの中を這い進んでいた。
 みんな‥‥、感覚が麻痺していた。
 人食い鬼も‥‥。
 そして、一番隊も‥‥。
「クッ‥‥、せっかくここまできたのにっ!」
 悔しそうな表情を浮かべ、明衣が右肩を押さえて膝をつく。
 ずっと我慢してきたが、とうとう限界が来た。
 既に右腕全体が痺れているため、槍を持っている感覚がまったくない。
「早く退けっ! そんな状態で酒呑童子に戦いを挑んだとしても、足手纏いになるのがオチだ」
 険しい表情の明士郎が彼女に近寄り、左手で明衣の右肩を強く握った。
「あっ」
 目も眩む激痛に堪え切れず、悲鳴が洩れる。
「それ見ろ。これでは物の役に立たん」
 こんな状態で酒呑童子と戦えば確実に命を落としてしまう。
 それが分かっているからこそ、明士郎はあえて彼女にキツイ事を言った。
「侮辱するな、私はまだ戦える。こんな傷、薬ですぐ治るんだ」
「その槍もか?」
 言われて橙紅の槍を見ると、大きな亀裂が走っていた。痛みで気付かなかったのだ。予備の武器は持ってきていない。
「くっそー。これ、修理効くかな?」
 使った薬の補充は報酬に入ってると聞いた。武器の替えも用意してくれるだろうかと明衣は渋面を作る。
「‥‥安心しろ。酒呑童子の首は必ず俺達が持ち帰る」
 高速詠唱のコアギュレイトを放ち、カイが道を塞いでいた人食い鬼の動きを封じ込める。思考を切り替えた明衣は右肩を押さえ、死体を避けて来た道を戻っていく。
「俺っちの所属する十番隊のモットーは、熱血・痛快・一日一ネタ! ここじゃ、笑いが取れない分、お前等鬼の首を頂くねぃ!」
 スマッシュ&ソードボンバーを放って人食い鬼を牽制し、孤丈がクスリと笑って大量の血を吐いた。
 ‥‥脇腹から突き出た鋭い槍。
 彼の背後に立っていたのは別の人食い鬼。
 いつの間にか背後を取られてしまったらしい。奥に進むに連れ、味方は減り、敵の攻撃は激しさを増していた。
「まだまだ、だねぃ」
 孤丈は踏ん張ったが、一度傾いたものは立て直せない。鬼達が次々と金棒を振り下ろし、意識が飛んだ。
「くそ、ここまでか‥‥すまないが、後は頼む」
 人食い鬼の金棒を受けきれずに吹き飛び、スロウが唇をグッと噛み締める。
 倒れながらもしゃにむに刀を振り回すが、もはや腰に力が入らない。
 全身から溢れ出る血で意識を失いかけており、いつ気絶してもおかしくない状況だった。
「無茶をしないでください。どんなに功績をあげても、ここで死んだらお終いです」
 人食い鬼の金棒を聖騎士の盾で受け止め、フィーナがスマッシュEX+カウンターを放つ。一撃で地面に伏した人喰い鬼は何が起きたのか理解出来なかっただろう。
「‥‥残りの薬はどのくらいだ?」
 回復しようと近づく斗織にスロウが訊ねる。
「ヒーリングはわたくしの分はこれが最後です。あとリカバーが3本」
 冒険者達は薬屋が開ける程の回復薬を用意したが、前後左右敵だらけの状況で突撃の度に湯水のように消費していた。
「シュテンドゥルフめ。師匠の仇は討てずか。‥‥俺も、まだまだだな」
 スロウは治療を拒み、フラつきながら立ち上がると、負傷した隊士達と共に出口に向かった。
 その直後、人喰い鬼の増援が一番隊の背後に現れる。
 あと少しで前方の敵を打ち破れるという時だったが、今挟撃されたら壊滅だ‥‥冒険者に戦慄が走る。
「ここはわたくしに任せていってくださいっ! この程度の敵に後れを取るほど、わたくしも弱くはありませんので‥‥!」
 オーラボディを発動させた斗織が、後方に現れた人食い鬼の行く手を阻む。
 彼女の背中には斬られた跡があり、白鳥羽織が真っ赤に染まっている。
 手には倒れた仲間の刀を握り、決死の眼で鬼を見据えた。薬は使いきり、自分の力量ではこの先は見込めない。スロウを見送った時に、覚悟は決まっていた。
「わたくしの弓を持っていってください」
 笑顔を向ける。こんな予定では無かったが、侍ならば已むを得ない状況にて間違うような事はしない。
「‥‥行きましょう。彼女の覚悟を無駄にしないためにも‥‥」
 拳をブルブルと震わせながら、牙は前方の人食い鬼に攻撃を集中する。
 決して振り向く事なく‥‥。
 溢れ出る涙をグッと堪え‥‥。
「人喰い鬼など所詮有象無象の雑魚に過ぎず、我が道を阻めようか!」
 迫りくる人食い鬼を斬り捨て、アンリが固く閉ざされた扉を蹴り飛ばす。それが最後の扉だ。
 そしてアンリ達は酒呑童子の待つ部屋へと踊り込んだ。

●三幕 酒呑童子
「酒呑童子! 新撰組一番隊が貴様の首を貰い受けに来た!」
 声を振り絞って名乗りをあげ、天斗が霊刀『ホムラ』についた血を払う。
 彼らの前には絶世の美青年が立っている。
 強力無比の力を持つ最強妖怪が一角、酒呑童子!
「ようやく来たか。待ちかねたぞ‥‥」
 穏やかな表情で答えた酒呑童子がゆっくりと立ち上がる。黒鉄の胸甲を着け、手には斬馬刀を握っていた。その姿は対峙しただけで並の者なら気絶しそうだ。
 一方、数百の人喰い鬼を乗り越えてきた一番隊は、ぼろぎれのようだ。
 回復薬により見た目ほど酷くないとは言え、仲間は減り、薬も使い果たした。
 理屈としては撤退して捲土重来を期すべきだろう。だが、様々な想いが背中を押す。
 ‥‥志半ばにして倒れていった仲間達の顔が浮かぶ。
 散開する冒険者達。天斗は最初の予定通り『イ班』と『ロ班』に分かれて、酒呑童子に攻撃を仕掛けていくつもりだった。
 しかし。
「人間。シュテン様、触れさせなイ」
 護衛団の熊鬼が立ちはだかった。その後ろには親衛隊と思える十数体の人喰い鬼が控えている。一斉に襲われたら、一部の勝機も無い。
「‥‥四天王が一人とお見受けした。拙者と一騎打ちを所望したい」
 アンリが機転を利かせた。
「一騎打ちダナ? 虎熊ドウジ、受ケタ」
 アンリは笑みをこぼし、歩を進めた。太刀の重さをのせた鬼切丸の振り下ろしを、虎熊童子は六角棒で受け止める。
「‥‥強いナ」
「なかなか。瞬殺する気でござったが」
 六角棒の反撃をリュートベイルで弾き、一歩退く。踏み込んできた虎熊のフェイントを交ぜた攻撃はアンリの頬を掠め、カウンターで放った鬼切丸に虎熊童子は絶命した。
 絶技と言う外はない。人喰い鬼の力を宿した指輪により、アンリは人を超えた力を得ていた。
「しからば、次は大将と」
「良かろう。かかってくるが良い」
 酒呑童子が冒険者の前に進み、人喰い鬼達は固唾を飲んで見守る。
 一騎打ちの間に冒険者達は準備をしていた。アンリも魔法をかけて貰う為に下がり、天斗はここまで残っていた一番隊の隊士達を後ろに下がらせる。既に疲労困憊で、酒呑相手では実力不足と判断してのことだ。
 まずはイ班の陸堂、哉生、グリーンが一斉にかかった。
「さあ来い、酒呑童子!」
 正面から挑発する明士郎の横から、孤丈が体ごと酒呑にぶつかっていく。
 敢えて斬馬刀を受けた孤丈はデッドorライブで致命傷は免れた。しがみつく孤丈を振り払う酒呑に、明士郎が突きかかる。
「ば、馬鹿なっ」
 血反吐を吐き、明士郎が呻き声を上げて床に突っ伏した。被弾覚悟でカウンターを狙ったが、酒呑童子の攻撃は予想以上に重かった。
「‥‥」
 崩れ落ちた仲間を踏み越えて、ホーリーパニッシャーを振り回すフィーナの攻撃。狙いは酒呑童子の徳利。
 間一髪で鉄球を避ける酒呑。反撃を途中で止め、酒呑は間合いを開けて徳利の酒を飲む。
「‥‥」
 フィーナはそれを黙って見つめた。
 その髪は逆立ち、碧色だった瞳が赤く燃えている。ハーフエルフの狂化、無感動状態に陥った彼女には先程までの戦意が消失していた。その姿は酷く場違いに見える。
「体捌きは達人以上、剣は私より速い‥‥戦い方を変える必要があります」
 冷静に分析してフィーナは後退した。代わりに今度はロ班が鬼王に挑む。

「やぁぁぁぁっ!!」
 怒声をあげて、牙が突撃する。
 それを見た酒呑は片手で素早く風の印を結び、激しい気流が童子を包む。負けじと突っ込んだ牙の野太刀が僅かに酒呑に届いた。浅手だが、ともかくも鬼王に一太刀。
「死ぬかと思ったねぃ」
「心配するな、いま回復させる」
 後方に待機したカイは孤丈にリカバーを唱えた。明士郎にも目を向けるが、見るからに瀕死で今のカイにはなす術がない。後はともすれば生きる意欲すら無くしたフィーナだが、死線を抜けてここまで来た事を考えればよく持った方だろう。
「一か八かに賭けるか‥‥」
 カイは覚悟を決めて、戦いに視線を移した。
「沖田さんが居なくても京都を護ってみせる!」
 組長代理の意地を見せる天斗は二刀必殺の『絶光』を酒呑童子に放つが、首狙いの大技は空を切るばかりで当たらない。
「くそっ」
 天斗も当たれば僥倖ぐらいだが、これは捨て身の陽動だ。人数が減った分は無茶をするしかない。天斗が引きつけている間に、アンリが酒呑の背後に回っていた。
「天運、我にあり」
 気づいた酒呑が後ろに向けて斬馬刀を薙ぎ払う。リュートベイルで受けるが、酒呑の轟撃は琵琶盾を真っ二つにして、アンリの首と胴が離れた。
 鬼切丸とその豪勇、虎熊童子に見せていなければ、酒呑を獲ったかもしれない男の首が宙を飛ぶ。
「‥‥んなっ!?」
 アンリの死に、冒険者達は信じられない様子で両目を見開く。
「酒呑童子はバケモノかっ!?」
 今さらだが、思わずにはいられない。
 広がる絶望に皆が動きを止める。一人だけ、動く影があった。
「‥‥」
 今この時は世界が終っても眉一つ動かないフィーナは、アンリの攻撃の後に定められたごとく、順番通りに酒呑童子の前に立つ。
 譬えようもなく頼もしく、壊れた世界最強のファイター。
 無防備に鬼王と対峙する姿から、未だ狂化が続いていると分かる。
 仲間達は気が気でない。冷静ではあるが、正気ではないのだ。
 酷い時には何もしないで、木偶のように倒される事もある。
「何をする気だ?」
「‥‥」
 何もする気は無かった。攻撃がかわされるので、酒呑の攻撃を待っているのだが、本当に反撃する気があるかも疑わしい。
 フィーナが囮となり、孤丈・牙・天斗・カイが最後の吶喊。
 まず、斬馬刀の閃きで孤丈の上半身と下半身が分けられた。間髪入れず踏み込むべきだが、牙も天斗も最大攻撃はカウンターで一瞬反応が遅れる。
 牙が先に行き、脳天を叩き割られる所を、咄嗟にカイが敷いたホーリーフィールドが防いだ。
「どんな必中必殺の攻撃だろうと、一度なら我が二つ名にかけて防ぎきる」
 牙は酒呑の二撃目で倒れたが、その前に一太刀浴びせた。
 しかし、勢いもそこまで。天斗は、絶光を放てば先に自分が両断されると分かっていた。
「ええい、死んだ!」
 意地で撃つ。
「そう簡単に仲間の命はとらせん」
 天斗をやらせまいとカイは酒呑童子に体ごとぶつかった。
 一固まりとなって交差する鬼と人間達。
「ば‥‥か‥‥な!」
 床に転がった左腕を見つめ、酒呑童子がガックリと膝をつく。もみくちゃとなって転がった際に斬馬刀が弾いたホムラが酒呑の左腕を斬りおとしていた。
「ちぃっ」
 冒険者達が山のように身につけていた幸運グッズが効いたのか、それとも神仏の加護が?
「シュテン様! シュテン様ぁ!」
「童子様、お下がり下さいっ」
 周りの鬼達がわっと駆け寄って酒呑と冒険者の間に壁を作る。
「待て酒呑童子、逃げるのか!」
 走り出そうとした天斗をカイが制止した。そんな余力は冒険者達に無い。
「‥‥退くなら今しかない」
 見れば、激昂した酒呑童子を人喰い鬼達が後退させようとして鬼達は混乱している。血が滲むほどに拳を握り締める天斗は、振り絞るように言った。
「‥‥撤退だ!」
 戦いを見守っていた一番隊の隊士達が仲間の死体を運ぶ。目についた鬼王の腕を拾い上げる。
「酒呑童子の‥腕、我々が取ったぞ!」
 そのあと、どう走ったかは覚えがない。
 鬼達の混乱に乗じる形で、鉄の御所から必死に脱出した。フィーナを何とか落ち着かせて狂化を解き、彼女を先頭に追いすがる鬼達をかわして比叡山を下りる。
 死んだ仲間は鬼の報復を恐れる貴族を脅して蘇生させた。それでも犠牲者は多い。

 討伐は失敗に終わった。
 が、鉄の御所から生還し、腕を斬りおとして酒呑童子をコテンパンにしたとして新撰組と一番隊の名はあがった。