●リプレイ本文
事態は風雲急を告げていた。大沼一成(eb5540)は前線のにらみ合いから距離を置き、合掌すると、深傷を負った鴉天狗『十郎坊』に魔法をかけていた。
「魔力を損耗するが、命には換えられんじゃろう」
ポーションを買いに行けるほど悠長な状況ではなかった。
黒く淡い光が一成を包み込む。
その中、シェリル・オレアリス(eb4803)は己の身がひとつである事をふがいなく思っていた。
一気の攻勢で数の不利を打破を狙う。
とかこの吹雪。
ちゃこの毒ガス。
止めは、イタニティルデザート専門で前方を埋めて、対魔法特化組を潰す。
それに加えて、幻十二人衆のふたつの奇襲を止めなければならない。
精霊と竜とで戦線を張る。
前衛に立っている者はいた。
無視して潰す訳には──いかない。
クェイクドラゴンの『ちゃこ』は実際に戦いに参加はしなかった。好戦的ではない存在に戦いを強いるには縁が薄かったようだ。
清原静馬(ec2493)は自問自答する。
「忍者が正々堂々戦う筈が無い」
幻十二人衆と名乗ったが、その身を晒したのは10人しかいない? 残るふたりは何処だ。
「こいつ等は囮か──本命は」
口に出した瞬間に気付く。僕達が護っているのは大山伯耆坊と‥‥。
「白虎か!」
目前の敵と相対したまま後退し一旦間合いを外そうとする。その場は仲間に任して白虎の元へ駆けつけようと心は猛る。
「やらせるかよ」
次の瞬間、岩盤を波打たせながらひとつ、いやよっつの影が現れる。
(そこまで詐術を使いますか?)
今しも白虎へ襲い掛からんとした忍者へと飛び込み、渾身の力を込めた一撃を繰り出そうとするが、距離がありすぎる。
日向大輝(ea3597)はさもありなんと判断していた。忍者が自分から真実を明かすはずがない。
「ばかしあいか! 忍者は油断ならないってか!?」
そんなふたりにシェリルが警告を発しようとする。魔力の反応が増えた事に関して。シェリルは分析できなかったが、分身の術である。敵意をもった影は二体のみ。しかし、分身と本体とが卓越した体術により、入れ替わり立ち替わり場所を換え続けている。
この事態は静馬の状況予測を上回っていた。ひと太刀浴びせれば終わるものではない。
幾重もの魔法に長けているマグナス・ダイモス(ec0128)は、幻十二人衆熱月と斬り結びながら、己の適切に魔法を使う、という事に関して自分が如何に向いていないか。適切に──というのは向こうの力量が判っていて初めて出来る事である。
やるべき事と、それに伴う選択肢が多すぎて、マグナスは逆に追い込まれていく。
そこで目を見開き真言を唱える。
朱色の闘気が渦巻き、大きく翼を広げた竜の姿を取った。パラディン最大の切り札、ドラゴンウォリアーである。
熱月、霧月を圧倒していく。心技体、全てが人間の頂点に達する。
しかし、臨界もあまりに早すぎた。
十秒。そのあまりに短い時間がマグナスの精一杯である。
しかし、その十秒間の間にシェリルは数多の精霊力に包まれ、虚空から大量の熱砂を生み出した。入り口が熱砂で埋まっていく。
大輝少年と静馬の一刀が分身を捉えている間にふたつの影はレミエラの光を点らせながら、白乃彦目がけて突進していく。
シェリルの展開したホーリーフィールドを破壊する。今度は移動に伴うチャージも付与されており、次々と結界を展開しようとするが、さすがに連続詠唱に確実に成功するほど、シェリルは生物離れしていない。
「させはせん。我が老い先短し命なれど、悪を滅ぼす礎とならん」
白乃彦に凶刃が襲うのを、一成が一刀を己の肉体で受け止める。その動きが止まった所に追いついた静馬が一刀を浴びせた。倒れ伏す収穫月。
それでも、残った影───葡萄月が尋常ならざる速度で白乃彦を襲う。
オーラマックスと疾走の術の併用である。莫迦莫迦しいほどの脚力であった。
シェリルが渡した聖なる釘を、十郎坊が懸命に守った少女『おの』が懸命に岩盤に打ち付けようとする。しかし、それを許すほどこの洞窟は脆くなかった。
隠し持っていたソルフの実を嚥下してシェリルは懸命に魔力の回復を図る。自分にしか出来ない事が残っている内は。
爆発的な突進から、葡萄月は納刀から抜き打ちの斬撃を放つ。掠めて斬る一瞬の一打。
この技は本来、居合い抜きと突進を併用してはできない筈であるが、レミエラがそれを可能としているのだろう。
人の首程度なら切り落とせる一撃であったが、白虎の体格は人のそれではない。故に即死は避けられた。
だが、確実な効果があった。今まで集積されていた風の精霊力が制御を失っていく。
それは、莫大な精霊力による封印崩壊を意味していた。
祠から褐色の光が溢れる。
「大山津見神が!」
自らに集積されていた魔力の喪失を感じると、大山伯耆坊が叫ぶ。
砕け散る魔法円。無数の緑の古代魔法語が浮かび上がり、褐色の光の中に消えていく。
そして、魔法円から顕現する巨影。そのまま、洞窟の岩盤を突破して天へと昇っていく。
全長が何十メートルという単位では測りきれない。蛇のそれを何乗にも優雅に、そして威厳溢れさせた体幹。五本の爪を持つ四肢。頭に頂くは鹿の角。金ではなく、あくまでも黄色い鱗が総身を覆う。
伝説に姿を現す黄竜──大山津見神であった。
「どうか鎮まり下さい──」
大山伯耆坊が天空に舞い上がると、大山津見神に相対する。
「大山伯耆坊か──残念だが封印の中に居てさえ、地脈の汚れ、大地の叫びは聞こえてくる。この倭と大和の戦いの歪みは幾星霜へとも変わらぬ。大地と人間は共存出来ぬ」
あまりにも深い諦観。それが一同にも重圧としてのしかかってくる。
「もっとも竜脈を歪めている地を砕いてくれよう。幾重にも月の精霊力が交差している地から」
そう言うと虚空へと黄竜は姿を消した。大山伯耆坊の翼では追いつけない。
混乱を想定していたらしい双角は呪文を唱えると、前進から黒い霧が吹き出し、姿を変容させる。一匹の小蟲となって戦乱から抜け出していた。
オーラ、忍法、デビル魔法のみっつを行使できる相手である、生中な術者では太刀打ちできないだろう。それでも──。
「間に合わなかった──」
シェリルが悲しげに呟く。洞窟からのぞく空は底抜けに蒼かった。
そして、マグナスが切り伏せた実月、熱月、霧月。大輝少年が倒した収穫月の死体の蘇生をし、レジストマジックが効果を終えるのを待って、記憶を読み取る──そして、絶望的な事に気づいた。
マンモンは己の直下まで信頼していないらしい。
皇虎宝団の首領の名前はマンモン、そして葡萄月の『双角』そこまでは一致していた。
皇虎宝団の本拠地の所在はそれぞれが自分の所領(それぞれが?ク士であった)
皇虎宝団を支援している大名は、新田家、大久保長安、奥州藤原氏、武田家。と思考があった。そして、自分だけが正しく幻十二人衆を所有者である、マンモンの寵愛を持っていると信じ込んでいた。
本物の伊織の消息と所在と、鳳凰鳥の翠蘭については誰も知らない。
無力なまま、思考を読み取ると、後で下手人として引き渡す為、石化させる。
しかし、祠の在った洞窟から運びだそうとした段階で、遠距離から鉄弓でそれぞれの頭を弓で射られてシェリルの手では治しようが無いほど、痛めつけられる。
バーストシューティングによる遠距離狙撃だろう。双角はストーンによる無力化まで計算していたと見える。
「クローニングの出来る方が必要。それに江戸に注進を走らせないと──でも」
シェリルはそこまで言って立ちつくした。
江戸の誰に知らせるべきなのだろう。
現在、江戸の支配者である伊達政宗に伝えるか? 少なくとも江戸での権威は彼である。
それに幻十二人衆のひとりが言っていた可能性を正直に信じるなら大久保長安はクロかもしれない。
以前、江戸の大戦で一緒に仕事をしたクローニングの使い手も長安の管轄らしいのだ。それに粉砕した人間を元に戻して尚かつ、修復できるだけの力量があるかも不明である。
「それでも今は出来る事を──」
黄竜の大激震により傷ついた修験者、天狗達を直す。それが今のシェリルの精一杯であった。
「大丈夫だよね‥‥」
「おのは心配症だな。それにしても天狗の隠れ里も盛大に大穴が開いたな。こりゃ雪の日は大変だな。でも、今の江戸は雪じゃなくて、矢や雷がふるからどっこいどっこいかな。でも、これで天狗や白虎たちも、黄竜の封印だけに向けられていた注意を周囲に向けられる。
思ってたんだ。とにかく、いい加減ここ数年の、ただ守って守っての、状況から脱する方策を、なにか考えないとダメだなって。ちょうどいい薬だよ。でも、おのに来て欲しい江戸は俺が守ってやる」
「大輝は一度した約束は決して裏切らないものね」
無言で頷く大輝。
風が渺々と唸っていた。
黄竜の言葉は修験者たちも聞いていた。
三々五々、その言葉を伝えに消えていく。
江戸を近いうちに黄竜が襲撃するだろう。そして、月道の交錯する地点、江戸城を襲撃する。
それは前兆として口伝えにされていく。
「やれやれ、年を取ると頑固になっていかんな」
年をとって頑固になったのは誰か一成は補足を加えないまま、傷の跡を撫でた。白乃彦も癒されている。首を両断されていないが、当分は喋れないだろう。
そして、一行は封印を守りきれないという失意の内に高尾山を後にした。
後始末は自分でつけるという確信を抱きつつ。
これが冒険の顛末である。