鬼ごっこ―消失点アジア・オセアニア
種類 |
シリーズEX
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担当 |
玲梛夜
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
8.2万円
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参加人数 |
7人
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サポート |
0人
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期間 |
02/19〜02/23
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前回のリプレイを見る
●本文
事実その1。
好きだと言っていた。
事実その2。
いつもいた。
事実その3。
今は、もういない。
勝ち逃げ。
突然、知ることになる。
それは人の多いカフェで、突然に。
もう姿形、何も無い。
本当に、ないの?
学園に名は無くただ『学園』と呼ばれる。
この学園には稀有な能力を持つものたちが集められ、その力を育成され多方面へと放たれていく。全寮制、年齢ごとに生活区域は分けられ、生活の保障はされている。
稀有な能力は、破壊から創造までレベルの違いこそはあれ、多岐にわたる。ただ唯一つ『死者蘇生』といった、自然の法則を覆すようなものは確認されていない。
『学園』から卒業するには自分の能力を生かすことのできる場所からのスカウト、もしくは売り込みをして認められるのどちらか。
また、その売り込みの機会を与えるということで『実習』というものが有り、学園外で活動を許される。
●『鬼ごっこ』概要
第一話は耀と壱。
第二話は耀を想う二人、朔と尚。
第三話は壱を亡くした耀と朔と尚。
一話では壱の一方的押しであり二話では耀が少し好きかも、と思い始める。三話では気持ちが向くのだが壱がそれを言葉で聞くことは無いという流れを予定。
登場人物については他にも臨機応変に作成可能。
●最終話について
今回、特にシーン数は指定しない。
ただ『壱と耀』、『耀と尚』、『耀と朔』というシーンは含めてほしい。
ラストは『壱と耀』のシーンとなる予定。
なお、学園トップ3以外の人間が『壱が死んだという事』を知る、意識するということが重要で壱は生きててもいいと監督の意識変化が起こっています。
●役について
主要役の基本設定。『稀有な能力』については特に指定がなければ自由に設定していいが、話の中で触れる必要なければ設定しなくていい。
なお、衣装は役者の希望をできるだけかなえるが、世界観から外れる服装(例えば丁髷に裃、縦ロールにドレス、十二単など)は却下される。
なお、今回は話の内容も考慮して『壱』と『耀』のみ外見年齢20歳以上が望ましい。
壱‥‥ドSだがドMっぽい。髪も瞳も黒なので『黒』と呼ばれる事が多い。高すぎる知性を持ち、それは『稀有な能力』に関係している。耀が好きで好きでたまらない。ちょっとどころか果てしなく変態くさい。好きといいながらも優しさのかけらもないかもしれない。二人称すべて君付。
耀‥‥自他ともに認める優秀な子。ただいつも壱には勝てない。壱が嫌いではないが好きではなく、苦手で告白後は迫ってくると静々と逃げる。『稀有な能力』については触れられる事を嫌う。
朔‥‥もともと壱に興味を持ち、そこから耀へと気が向いて行く。ちょっと乱暴な物言いで行動力抜群だが頭が悪いわけではない。ないけれども阿呆。尚とは腐れ縁でライバルだが傍から見れば仲良し。
尚‥‥耀に一目惚れ。壱の事はすごいとは思うが嫌い。インドア派。朔とは腐れ縁でライバルだとは思っていない。というかもう関わるな的な感じでありスルーすることの方が多い。
●その他
世界については近未来ファンタジー。今よりも文化は進み、退廃も進んでいるイメージ。ただ『学園』の中は快適生活を送れる。話はこの中で進んで行くので他の事に触れる必要は無い。またその必要がある流れになった場合は、その都度提示。
能力については特に触れる必要無しの流れになれば、触れなくて構わない。
壱は最終的に死に役となるが、そのタイミングは出演者の希望によっても変わってくる。
●リプレイ本文
●キャスト
壱:西村 哲也(fa4002)
耀:笙(fa4559)
朔:桃音(fa4619)
尚:忍(fa4769)
鈴:ミッシェル(fa4658)
蘭:ユキカ(fa5202)
故:桜 美琴(fa3369)
●消失点
ただ、消えただけ。
突然に、春の嵐のように。
乾いた鈴の音が、響く。
思い切り、君の心に爪たてて。
●ざわめき
どこにだって、人が一番よく集まる場所というのは存在する。
この学園でのその場所はカフェだ。
そこでは日々の出来事や噂、入ってくる外の世界の話などが飛び交う。
いわゆる情報交換の場所。
今ここは、ある一つの事実で持ちきりだった。
飛びぬけて、特別であったある人物が死んだという事実。
事故か、事件か。その理由などの、憶測。尽きることは無い。
けれども誰もそれを、大声では言うことはできず、ひっそりと小声で話すだけ。
おおっぴらに話す勇気は、誰も無い。
漏れ聞こえるのは、小さな声。
いつもよりも静かだが、ざわざわとしている。
「え‥‥?」
「死んだのよ。噂知らなかった、の? ほら、持ちきりじゃないの」
その言葉に、手に持っていたカップを耀は落とす。
割れる、カップ。残っていた中身も零れ落ちる。
一瞬の間をおいて耀ははっとする。かけらを拾おうと指を伸ばして、その破片が触れる。
滲み出す赤。
そのじわりとした痛さが現実だと言う。
「‥‥俺の、所為?」
ポツリと呟いた言葉は、耀に壱の死を知らせた蘭の耳にも、届かないほどに小さく。
「耀‥‥」
みてられない、と蘭はその片付けを手伝う。
このざわめく中で、耀への視線は二つ。
「‥‥死んだんだ‥‥死ななさそうなのに、何があるかわかんないものね」
噂は、カフェにくればどんなに小声でも、耳に入ってきた。呟いて、朔はふっと瞳を細める。
『耀って、あんな感じだったかしら』
得体の知れない変なものを感じる。それが確実になんだと明確に言えないのだけれども存在している。
「‥‥?」
ソレが何かわからないのが、気持ち悪く、本当になんだろうと朔は首を傾げた。
そしてそれを振り払うようにカフェの中を視線一巡り。
ふと、見知った顔に視線が止まる。
「アイツは‥‥気付いてないわよね‥‥」
朔はくるっと踵を返して、カフェを出る。かつかつと足音立てながら。
頭はいいくせに。察しが悪いんだから‥‥苦労するわよ。
溜息をつき、流れる髪を軽く払う。
そして心の中でバカにするように紡がれる言葉たち。
その言葉たちを向けられた相手はもう一人の、視線の主。
尚が、壱が死んだ事を聞いて思うことは複雑だ。その気持ちの整理は今すぐにはつかない。右手、その手のひらに巻かれた包帯に一度目を落として、耀がいるはずの場所に視線を向ける。
そこに耀の姿は、無く辺りを見るとカフェの外へと急いでいた。
足早にどこかへと。
●耀と、鈴
主のいない白衣。
ハンガーからおろし、僅かな埃を取り除き、皺が無いか、どこか綻んでいないか、汚れが無いかを丁寧にみていく。
一通りの流れを終えればまたハンガーに戻し、上から下まで眺める。
何度も何度も、繰り返し繰り返し、それは行われる。
まるで神聖な儀式のように、やめるなんて考えは起こらない。
日常は何事も無かったように普通に、変わらず過ごす。
でも、鈴の抱える悲しみは深い。寄る辺を失ったが、想う事は変わらない。
変わるはずが無い。
「壱様‥‥」
名を呟き、首筋を撫ぜる。
聞こえない音と、無くなった重み。
それは壱が持っていった。そして、自分の下へ帰ってくることは無い。
「‥‥軽い‥‥」
と、乱暴に部屋の扉を叩かれる。
なんだろう、と思い鈴は、その扉を開ける。
そこに立っていたのは耀だ。走ってきたのか、息が少し荒い。
今まで見ることの無かった様子にどうしたんだろうと、鈴は怪訝そうな表情を向けた。
「壱が‥‥死んだのは、本当か」
「事実、です」
「何で死んだ」
「俺が知るわけない。学園が黙っているんだから、知るはずが無い‥」
鈴は瞳を伏せて、ゆっくりと答える。
「あれだけ腰巾着で纏わりついていながら何も知らないとは‥‥とんだ役立たずだな」
言葉は冷たく、鈴は瞳を一度瞬く。
こんな物言いをするとは、思わなかったと驚きが強い。
鈴は何も答えず、ただ沈黙を貫く。
反論できないのではなく、何もそうする必要が無い、そんな雰囲気で。
「何の為に‥‥傍にいた‥‥っ!」
耀の声は荒く、刺々しい。
「何の為に‥‥少なくとも、君の為じゃない」
静かに、悲しげに、でもはっきりと鈴は言う。
「俺のことは‥‥関係ない‥‥必要かどうかなんて、俺は常に壱様を選んだ。それだけ」
もうこれ以上言うことも、聞くことも無いと鈴は耀を突き放し、部屋の扉を閉める。
ぱたんと静かに閉まった扉は、拒絶そのままだ。
閉じた扉の向こう、鈴はまた首筋を撫でる。
自分は、壱のために在った、そしてそれはこれからも代わることの無い事実。
●耀と、朔
答えは得られず、耀は学園上層部に問う。
だがそれも、応えは返ってこない。
また、自分の所為なのかと鬱々とマイナスの方向に意識が向く。
耀の足は、知らぬ間に第二図書館のへと向ていた。
「あら、耀!」
と、カフェを出た後、本日二回目の耀との遭遇。
朔は耀の近くへ行くが、その表情を見て足を止める。
やっぱりいつもと違う。
先ほどよりもより濃く感じる違和感。
本能的に警戒しているものの、自分の、その違和感への好奇心がその場に朔を留めおいた。
「何だ‥‥」
めんどくさそうに、用があるなら言えと眉を顰める耀に、朔は意地悪げな笑みを浮かべる。
それはさらに、耀の気に障ったようだが、気にしない。
「いたから声をかけただけよ。何よ、随分変わっちゃったみたいね」
何の所為で、とは言わない。それは本人が一番わかっているだろうから。
もしかしたら耀自身、自分の変化に気がついていないのかもしれないけれども、含みを持たせて言葉を放つ。
「ちょっと機嫌が悪いだけ? それとも‥‥」
「黙れ」
耀の低い声が響くと共に、朔に異変が起きる。
耳鳴りと、頭痛。
じわじわと痛みは広がり、変な汗も出てくる。
でもそれを表情に出さず、朔は立ち尽くす。
耀も、朔の様子が変わったことに気がついていたが気にも留めない。
ただ静かに見下ろす視線を、見上げる視線。
「‥‥脆い俺が好きだとは悪趣味な。俺はそういう悪趣味な奴は嫌いだ」
「人の趣味を、知るほうこそ悪趣味じゃないかしら‥‥っ」
負けじと声を返すが、それが強がりなのがひしひしと伝わる。
こんな人好きだなんて‥‥壱の言っていた『耀が好き』ってどういう意味かしら。
ズキンズキンと、増す痛み。
朔はぎゅっと目を閉じる。
すると遠ざかっていく、足音が聞こえる。
少しずつ、痛みも和らぎ、消えていく。
それでも、ダメージがまだ身体に残っているような感覚。
手近なところに座り込み、大きく息を吐く。
「‥‥脆い人は、好き。特に好きよ。でも耀は、もういいわ」
本質の見えない人間、何かを持つ人間には興味をそそられる。
特に、精神的に弱かったり、脆い人間は好きだ。
でもあの耀は、もうそうではないことを朔は知る。
「耀、壊れちゃったわけね‥‥」
膝を抱え、そこに顔を軽くうずめた朔。
詰まらない。また新しいお気に入りを見つけないと。
そんな軽さで朔は呟いた。
●耀と、尚
朔から、読み取ったこと。
それが耀の中で引っかかる。
「壱は‥‥俺だから好きだって言ったのか。なら何故‥‥」
何を考えても、そこへ思考は戻ってくる。
答えは、出るはずも無くいつの間にか、第二図書館に。
そう、ここでも壱と会ったなと思い、扉を開ける。
「‥‥壱」
静かに中に入り、思い出す。
「耀‥‥っ?」
と、いつものように第二図書館に篭っていた尚は、突然やってきた耀に少し驚いていた。だがすぐに笑顔を作って、声をかける。
来てくれた事が、嬉しくて嬉しくて。
耀が来る前、ぱらぱらと本を捲りながら壱の死を思う。
馬鹿にされたまま、死という形で逃げられたという恨み。
けれどもこれで耀は解放される。
二つの思いは鬩ぎあって、やがて恨みが負ける。
耀は、これで自由。
「耀は‥‥誰かのものになっては、駄目なんですから‥‥」
一つ呟き、これからどうしようと考える。
やはり慰めたほうが良いのだろうか、他にもどうしようと色々と考えをめぐらせる。
そうしている間に、やってきた耀。
耀に近づいて、尚は笑う。
「どうしたんです? 何か本を探しているんですか?」
「探しているのは‥‥本じゃない」
「じゃあ、何を?」
「壱」
耀の口からするっと漏れた言葉は、尚を固まらせる。
死んでもまだ、捕まえたままか、と。
「耀‥‥壱はもういません。いないのが事実です。貴方の周りには壱以外もいるんですよ。死人より、生きている人間のほうが大事じゃないですか」
耀の視線は冷たい。
けれども、その視線の意味は尚に届かない。
尚は、耀と共にいられて幸せで、穏やかで、その気持ちを抱えるだけで今は十分だったからだ。
「悲しむな、ということではないんです。まだ間もないから‥‥でも貴方を心配している人はいるんです。俺も‥‥心配しています、貴方のためなら‥‥何でもしますから」
そうか、と耀は呟き優しく尚を押す。
尚の背に、本棚が当たる。
ふっと優しい表情を浮かべた耀に。
尚は戸惑いつつも、喜びを感じる。
するっと尚の長い髪に触れて、それを梳く。
「何でもすると言ったな‥‥なら‥‥」
声色は冷たい、耀。
尚はやっと、耀の様子がおかしいと思い始める。
「なら壱になれ」
「え‥‥」
優しさから一転、冷たい瞳。
全部拒絶して、何も受け入れない。
「何でもするんだろ?」
「そう‥‥そう言いましたけどそれはっ‥‥できま、せん‥‥」
できるはずが、無い。
「出来もしない事を、言うな」
静かに言って、尚を突き放す。
耀は尚を顧みることも無く、歩き出す。
尚は、その場に力抜けたように座り込む。
あれが、耀?
本当に耀?
自分が抱いていた耀とは違う耀。
見たこと無い耀に寒気がした。
音をたてて崩れていく、自分の中の耀。
「あんなっ‥‥あんな人だなんて‥‥思ってなかった‥‥あんな‥‥」
冷たい瞳を思い出して、耀は震える。
あんな瞳、するなんて思ってなかった。
思ってなかった。
●蘭と故
「‥‥先生‥‥」
呼ばれて、故は立ち止まる。
「どうかしたんですか? さっきまで、囲まれていましたよね」
「噂は本当かって、聞いてきた勇気ある子たちよ。壱を消したのは私なのかって」
もちろん、そんなはずはない。故も、壱の死の原因を知らないから。
だが、その噂を流しているのが故本人であることを、知るものは少ない。
おかしな様子の耀。
すぐに壱に向かって能力を使ったのだと悟る。それを隠すためにも、自分がしたのだと思い込ませる。
それが耀の先生として、自分がする最後のことだった。
「‥‥耀を、頼むわね。耀は‥‥崩れだしたら早いわ‥‥目を離さないことね」
あなたになら、託すことが出来る。
そんな雰囲気で蘭に、故は笑う。
少しずつ他人と距離を置き、本来の自分『零』へと戻る故。
その故の最後の優しさからの助言。
「私は、何も出来ないもの。耀が苦しい時も‥‥話を聞いてあげるだけ」
蘭は瞳を閉じ、思う。
「耀に必要だったのは‥‥そんな子だったのよ」
切々と、苦しさが漏れそうなのを抑えながら蘭は言う。
蘭は、自分の想いも、耀がそれに気づくことが無いことも、わかっている。
「先生は‥‥これからどうなさるんです?」
「最後の見納めをして‥‥外へ、元の場所に帰るだけよ」
素っ気無く言い放ち、故は歩き出す。
そして、最後に一目、教え子の姿を遠くから目にする。
「‥‥人は、誰でも死ぬ『物』よ。さよなら‥‥教え子さん」
少しだけ、楽しい時間だったかもしれない。ここでのことは。
故は最後に一度、思い出を反芻し、元の影の世界へと戻っていく。
●耀と、蘭
故と会い、その後いつものように蘭は秘密の場所へと向かう。
壱と関わるようになり、耀に変化が起きたのは‥‥知っていた。
耀がまた変わることも容易に想像できた。
これから先、どんな形であれ、耀に必要な存在になれないと、心のどこかでわかっている。
そして、耀が何を望んでも、耀が望んだならと、自分は止めない。
誰にも気づかれること無く、大事な想いを抱えていつもと同じ態度を、とるだけ。
ぱら、と文字が目には映るが、頭には入ってこない。
と、足音がして顔を上げる。
「‥‥耀‥‥こんにちわ」
「うん‥‥」
蘭は少し驚いたが、すぐいつものように接する。
いつもの距離感、いつもの二人。
「‥‥俺は‥‥好き、だったんだろうか‥‥」
「‥‥壱のこと?」
「自分でも、まだはっきり明確にはわからないけれど、嫌いではなかったと思う‥‥」
ぽつりぽつりと呟く言葉に、蘭はさらりと言葉を返す。
さして気にもしていないような、雰囲気で。
この距離感が、耀には今一番心地よい。
相手が蘭ということもあるが、それでもとても、心地よい。
気持ちがするっと言葉になって出てくるたびに、少しずつわかってくる。
「追うだけ追って‥‥勝ち逃げは、卑怯だろ‥‥」
自分の手。
その小指。
いたずらのように絡めてきた小指。
その指をじっと、耀は見る。
ぬくもりを感じたのは瞬間。
今は、もうそれもない。
「‥‥どうしたらいいんだろうな‥‥持て余してる、気持ち‥‥」
ぽつりと呟いた言葉は、蘭の耳にも、届いていた。
●耀と、壱
ふとうとうととしていた。
この眠気を払おうと耀は窓を開けて外気にあたる。
ちりん。
ふと鈴の音が聞こえて、耀はあたりを見回す。
ちりん。
また聞こえて、その音が錯覚ではないと、知る。
どこかで聴いたことのある音。
「‥‥誰か、いるのか?」
耀の部屋は角部屋。窓のそばには木があり、その下から、聞こえてくる。
暗くて、誰かわからない。
と、その人影が動く気配。
軽く木を登って、くる。
まさか、と思う。
「にゃあーお‥‥首に鈴がつくと、本当に居所がバレちゃうんだね」
変わらない。
変わらない笑い方と言い様の、壱。
「‥‥何故?」
のいて、と言う壱の言葉に従って、耀は後ろへ下がる。 身軽に、壱は窓から部屋の中へ。
「死んだんじゃ‥‥」
「忘れ物をね、しちゃったから。あの世から帰ってきた、なんてね」
目の前で動いて、話して生きている壱。
たまらなくなって、耀は壱に抱きつく。
ぎゅっと、話さないよその腕には自然と力が入ってしまう。
壱はくすぐったそうに笑、それを受け止める。
「耀君は、俺に捕まってくれるんだ。鬼ごっこは、僕の勝ちだね」
「何故死んだなんて‥‥」
「色々あるんだよ、言えない都合、死ななきゃいけない都合」
壱は明確に何がどうとは言わずにはぐらかす。
抱きしめたまま、耀の耳元に囁く。
「‥‥俺に辿り着く情報は、あまり残せない。今、俺は世界を動かしているから」
そっと耀を身体から話して、壱は瞳を閉じる。
そして、笑う。
その口から出される言葉は、優しく、残酷で一番綺麗な響き。
「さよならです」
「っ‥‥なんで‥‥」
「俺は、ここにいるけどいない人間だからね。だから、哀しいけども、さようならです。追ってきちゃ、駄目だよ」
好きだって、言ったくせに。
大好きだって言ったくせに、置いていくのか。
「壱が捕まらないなら、俺も永遠に捕まらない‥‥」
「耀君?」
小さな声。耀は自分の手を、胸に置く。
自分から、自分に向かっての、能力行使。
その力は感情の高まりで、抑え込むことできず暴走し始める。
食い尽くすように、耀の力は耀の中を荒らす。
自分の力とはこんなものだったのか、と改めて感じる。
そして、こんなにも壱が、自分が思っていたよりも好きだったのかと知る。
この力を、朔にかけ、朔は様子がおかしくなった。
壱にも、かけたはずなのに壱は、変わらない。
きっと、壱だからなんだろうと、理由無く思う。
とうとう膝をついて、倒れこみ、苦しさで閉じてゆく瞳。
うっすらと、まだ壱の姿が見える。
駆け寄りも、支えもせずただそこに、静かに、微動だにせず立ち尽くし、壱は耀を見つめる。
その表情は、もう耀には見えない。
床に崩れるように倒れる耀。
苦しむさまも、全部壱は見て、受け止める。
「‥‥耀君」
倒れた耀の上で屈み、開いた瞳を、壱は閉じさせる。
そして、顔を寄せ耀の額に、一つ接吻づける。
「‥‥さようなら」
最後の言葉をおくり、壱は立ち上がる。
そして、何もなかったような、変わらない静かな表情で。
●鬼ごっこの、終わり
「壱様」
「ああ、もって来てくれたの。良くわかったね、鈴君」
変わらない言い様と表情。
間違いなく、壱だと鈴は笑顔を浮かべる。
「俺のつけていた鈴の音が聞こえました」
「そう、これ返すね。だからそれ頂戴」
「これはずっと壱様のものですから」
差し出された白衣。
これがないと落ち着かなくて、と壱は言う。
「かわりに鈴つけてみたんだけど‥‥これは鈴君じゃないと似合わないね」
「壱様も、その格好の方が一番です」
「そうだね、似合うからね、これ。ああ、鈴君、僕が生きていることは内緒だよ。誰にも‥‥言う子じゃないね、君は」
壱は笑い、鈴に自身が持っていた鈴を渡す。
「もうここは俺のいる場所じゃないんだ。だから外に帰るよ。さよなら、鈴君」
「はい。どこに壱様がいても、俺は壱様のために在ります」
そしてそのまま、去ろうと背を向けたのだが、ふと何かを思いついて立ち止まった。
肩越しに振り返って、鈴を見る。
「‥‥おいで」
「え?」
「うるさいんだよね‥‥部屋片付けろとか、今俺と一緒にいる人が。世話してくれる人がいないと、せっかく戻ってきた白衣も、すぐぐちゃぐちゃになるよ。だから、おいで」
「はい」
迷うことなく鈴は言い、壱の後ろをついていく。
「鈴君、外の世界は‥‥楽しいよ」
ここも、楽しかったけどね。
●世界
世界は、変わる。
けれども学園の中は、三人いなくなっても、変わらない。
すぐにいつもの平穏を取り戻す。
蘭は静かに、いつもの場所で本を読む。
ただ、時々顔を上げては、よく時間を共にすごしたもののいた場所を見つめることもある。
尚は、第二図書館でまた変わらずすごく。
そこには朔の姿も、ある。
以前と同じように、二人は過ごす。
「尚ー、ちょっと聞いてるの!?」
「おチビさんの言うことなんて聞いてない」
「聞いてるじゃないの!」
心に持っていたものとすぐ決別は出来ないけれども少しずつ、それは傷跡残して、消えていく。
そして、変わる外の世界。
広く、富裕層と貧困層が明確に分かれた世界。
緩やかに、時間は流れていく。外へと戻った零は学園から出た後、世界が少しずつ変わっていくのに気がついていた。
「‥‥何だか焦臭いわね‥‥」
変わりなかった世界が動く、そんなことができそうな心当たりは、一人だ。
その心当たりである人物は、眉間に皺を寄せていた。
「あ、負けた‥‥俺に対してイカサマ? いい度胸だね」
「壱にはそうしないと勝てない。外に出してやったことを忘れるな。鈴、お茶」
「鈴君、俺も」
机の上に投げ出されるトランプ。それをすぐに鈴は片付けて、お茶をだす。
「次は鈴も、トランプで遊ぶんだぞ」
「はい」
「本当に女王様だね、君は。おもしろいけど。好きだよ、名前とかね」
「あはは、そうか。なら呼ぶと良い、いくらでも」
「そうするよ」
頬杖ついて、相手を見る。
瞳を細めて、逆光を背に座る壱はその相手の名を呼んだ。
●お疲れ様でした
「とりあえず監督はあれです、大満足。これからNG集をオークションにかけてくるから。チャリティー! 募金!」
にやり、と笑う監督の表情は‥‥とてもアレな感じだ。
そのNG集に、どんな内容が入っているか予測できるものとできないものがある。
「お、俺何したかな‥‥」
「ヤバイ人かな」
「だからあれは演技だから、ENGI!」
と、騒いでいるうちに監督の手よりその手は奪われる。
「あっ! 桃音ちゃん‥‥!」
「チェックしますのー!」
出演者一同、ダッシュ。
●NG集チェック開始
『平行線より その1―こけました』
「こんなところに隠れてたなんた‥‥しかも僕が周りにいないときばっかり来るんだね。鈴に調べさせて良かった」
「!! すまん、蘭。俺は逃げる」
「ええ‥‥気をつけてね」
荷物をすばやくまとめて、耀は壱のいない方へと走‥‥
「うわっ!」
こけた。
「笙さん、大丈夫‥‥?」
「あれはまだ一話で体が硬かったんだ、そういうことだ」
「それなら画面まっすぐみましょうね、笙さん」
「うっ‥‥」
穴があったら隠れたい。
『平行線より その2―強烈なアレ』
「やっと来たわね、尚! 遅いじゃないのよ」
と、ドアが開く音に、彼女、朔は入ってきた人物に怒涛のように喋りだし‥‥頭突き。
「ぐあっ! ちょ、桃音ちゃん!? 何か恨みでもあるのかな!?」
「ちょっとしたイタズラですの」
にやり。
『桃音ちゃんナイス頭突きー、三回まで許すけど四回目は一発で決めてねー』
「オッケーですのー」
「えぇー!?」
「‥‥痛かった‥‥あれは痛かった‥‥」
思い出してちょっとぷるぷるする忍さん。
『二重交差より その1―ヤバイの再び』
「綺麗な瞳、ですね」
「‥‥放せ」
「いつも見ていたんです‥‥貴方のこ‥‥」
「‥‥‥‥プッ! す、すまん‥‥でもっ」
「プッ!」
「だからあれ演技ー!」
大福になって転がり始める白い子。
『二重交差より その2―うっかり混ざったの』
「崩れても、俺の所為じゃないよ」
「!!」
その言葉に抑えていた箍が外れる。走り回って思考力が落ちていたのもあるけれども。
耀を好きなら何故心配しないのかと、思って。
振り上げられる、右足。
「!!」
「あ‥‥しまった、つい‥‥西村さんごめんね」
「俺も、反射でへたれ受身をとったんで大丈夫です、無傷ですから」
哲也、ダメージゼロはさすが。
『よかったー、気をつけて姉様ー、じゃない。先生ー』
「あれはびっくりだったけど、すぐ反応できる俺って‥‥」
「役が染み付いてるのよ、きっとそう」
『二重交差より その3―降☆臨』
「主席様は毎日毎日随分としつこい様ですね、耀も可哀想に‥‥」
その言葉にはは、と乾いた笑いを壱は向ける。そして、尚を見る。
「自分の足りない部分、アタシのせいにしないでよね!? イイ子な顔するのは自由だけどっ」
「っ!!」
小指しっかりたてて、降☆臨。
このあと30分ほど小指で盛り上がり撮影中断。
「シリアスの中に息抜きの笑いをいれたら、あんなことになっちゃったのよ!」
「でたああああああ!!!」
小指たってまーす。
『消失点より その1―首が』
「ちょっと機嫌が悪いだけ? それとも‥‥」
「黙れ‥‥脆い俺が好きだとは悪趣味な。俺はそういう悪趣味な奴は嫌いだ」
「‥‥‥‥」
「‥‥桃音さん?」
「‥‥ず、ずっと見上げ‥‥く、首つっ‥‥」
「!?」
『ちょ、医者! 医者!!』
「今はもう大丈夫ですのー、でも痛かったですの‥‥」
「ずっと見上げてたらそれは痛いわよね‥‥」
「え、俺が悪いのか、もしかして」
視線がチクチク。
『消失点より その2―色気』
「壱様」
「ああ、持って」
『カット! 鈴君、鈴君ちょっと色っぽすぎ! いや監督的にはOKなんだけど放送的にもうちょっと抑えてー』
「も、申し訳ありません、役が降りてきて‥‥哲也様ももう一度お願いします」
「僕も役、入り込みそうになるから大丈夫だよ、鈴君」
「壱様‥‥」
哲也、ならぬ壱様は鈴君の首筋撫上げる。
『‥‥はいオッケー、ドラマに使わないけどオッケー』
「お、お恥ずかしい‥‥」
ミッシェルは照れてちょっと頬染める。
●上映会(違)終了
NG集の検閲終了。
結論、まぁ世の中に出ても大丈夫かな。
監督の下へ返却。
「あ、別によかったのに。ダビングいっぱいしてあるから‥‥記念に一本ずつあげるね、家宝にしてね」
と、いうことで皆さんの思い出に一本ずつ。
「ありがとうございます」
「はい、それでは本当にお疲れ様でした。三話、ご協力ありがとう。また何かできるといいね」
「他の番組でも、何人かは会うかな」
「ユキカ君はパンツよろしくね」
「パンツですね、頑張ります」
「あとヘタレ星とビバでも、会うかな。楽しみにしています。というか、まぁどこでも皆が活躍してたらこっちは見れるから、会う必要も無いんだけどね。それぞれの活躍を応援しています」
「そういえば‥‥最後のシーンの方って誰なんですか?」
「あー‥‥シークレット、秘密です、秘密」
「西村さんたちは知ってるのよね?」
「知ってますが、秘密です。硬く口止めされてるんで」
「はい、お約束したので」
「誰なんだろう‥‥放送を録画してガン見しなきゃ‥‥」
「知ってるかもしれないし、知らないかもしれないねー」
一つ謎を残して、すべて終了。
本当にお疲れ様でした。
●放送後‥‥
「誰なのかしら‥‥ん? ‥‥あれ?」
何かに気がつく、美琴。思わずテレビがしっとつかむほどの至近距離。
そして同じ時刻に桃音も。
「‥‥こ、この方はっ!!」
『ヘ タ レ の 新 人 さ ん !!』
裏事情は、出演者捕まらなくてメイクとウィッグで連れ出されたそうです。
あとは、制作費の倹約らしい。
「もう、しませんから‥‥」
「まぁまぁ、こっちは大助かりだったから。ちゃんとメイクに逆光でわかる人いないって」
「はぁ‥‥で、話を途中で変えた監督の、最初に会った終わりってどんなんですか? それくらい教えてください」
「‥‥最後に残るのは、耀。過程は端折るけど耀だけ残るんだよ。あと朔は耀泣かしたりとかね」
「‥‥なんかもういいです‥‥」
「皆見てて、話変えていくの楽しいなーってねー。うん、本当に感謝してるんだ、楽しかったから」