【LP】足元を固めるアジア・オセアニア

種類 シリーズEX
担当 言の羽
芸能 4Lv以上
獣人 4Lv以上
難度 難しい
報酬 18.1万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 06/25〜06/29
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●本文

 あの子はねぇ、可哀想な子なんですよ。
 母親は‥‥私の娘なんですけどね、こんな田舎の娘が都会に憧れて突然飛び出して、うまく行くはずないっていうのにねぇ‥‥。案の定、たちの悪い男に引っかかって、子供ができて。それでも産めば引き止められるって娘は考えたらしいんですけどね、田舎の娘をたぶらかすような男がそれで留まるわけがなくてねぇ。結局、その男とは連絡が取れなくなったみたいで。
 帰ってくればよかったものを、飛び出した身で意地があったのか、娘は都会に留まったんですよ。簡単に想像できるでしょうよ、成人もしてない、学もない娘が、生まれたばかりの子供を連れて、どうやって生活していたかなんて。苦労しただろうに‥‥その苦労を、全部、子供にぶつけるようになってしまったんですよ。言葉でも、暴力でも、何でもね。
 それでも、あの子は、零夜は、前向きな気持ちを忘れてはいなくてねぇ。芸能界なんて大変そうなところに入って、最初は母親も金儲けしか考えていなかったらしいし‥‥それなのに、今じゃあんなに立派になって。小さかった頃、母親につけられたやけどの痕が、今のあの子の妨げになっているのは可哀想だけどねえ。
 ‥‥私はね、いつも考えてるんですよ。零夜がちょっとばかりひねくれてしまったのは、私のせいだって。
 子供っていうのはね、生まれた時は本当にまっさらなものなんですよ。それが、親の育て方次第でどうとでも変わってしまう。零夜があんなふうになってしまったのは、母親のせいですよ。そして母親がそういう風に零夜に接するようになってしまったのは、私のせい。つまり、全部私のせいなんですよ。零夜の事も、零夜の母親の事も‥‥私が悪いんです。あの子達は悪くないんです‥‥。

 ◆

「で?」
 葛原徹は苛立たしげにそう言った。口にくわえている火のついていない煙草が、今にも噛み千切られそうになっている。
「‥‥徹を連れて行かなくてよかったよ。その様子だと、お婆さん相手に本気で殴りかかっていたかもしれないね。最近は落ち着いたと思っていたのに‥‥相変わらず血の気が多い」
 対して、零夜の祖母の話を徹に伝えた染谷浩介は、旧友に残る子供っぽさに肩をすくめた。
 さらわれたみちるが友人達に連れられて戻ってきた時、彼女は泣き通しだった。悲しそうに悔しそうに、眉間に皺を寄せ、何度もしゃくりあげ、友人達のうちの一人に抱きついて泣いていた。抱きつかれていた少年によってそのまま自室に連れられていったが、しばらく出てこなかった事からも、みちるとその少年が友人どころではない間柄であるとわかった。
(「そのせいもあって、こんなに機嫌が悪いんだろうなぁ」)
 長い付き合いのおかげで徹の心の機微も手に取るようにわかるが、自分の出した結論を浩介はあえて口に出さなかった。出したら恐らく、今度は矛先が自分に向くだろうから。
「で?」
「あー、はいはい。話すからその目つきをやめてくれるかな。心臓に悪い。――お婆さんにはあのまま家にいてもらって、もしまたお孫さんから連絡が来るような事があれば教えてほしいとお願いしておいたよ。了解はしてくれたけど、連絡なんてまず来ないだろうね。もう手が回っていると、向こうもわかっているはずさ。こちらが事を荒立てたくないと考えている事もわかっていて、また別ルートでみちるちゃんに接触する為に潜伏中ってところかな」
 警察には話せない。マスコミに感づかれるわけにもいかない。
 みちるはそこそこに名の通った芸能人であるから。そしてもうひとつ、最大の理由は‥‥
「みちるちゃん」
 L字型ソファの丁度角のあたりに座っているみちるに、浩介は声をかけた。
「なぁに、おじさん」
 みちるがにっこり笑って小首を傾げる。意識して明るく振舞っていると思われる。そうする理由はわかっているので、特に指摘する必要もない。
「見られてないよね? ここ」
 浩介は指先で自分の胸元をとんとんと叩いた。
 すぐに、みちるの顔から笑みが引っ込んだ。
「‥‥まさか」
「み、見られてはないよ! うん、見られてはないっ!!」
「じゃあ何ならあるのかな」
 慌てて否定する様子が、逆に怪しすぎた。黙っているのが心苦しかったのだろう、問い詰めれば簡単に吐いたが。
「少し‥‥触られただけで‥‥そこだけ、硬いから、何かあるんだろうって言われて‥‥。でも、ペンダントのトップだって言い張ったから!」
 だから大丈夫だと彼女は言い張るものの、浩介にはそうは思えない。
「‥‥嘘だと、わかっているだろうね。強引にでも見ようとしなかったのは不可解だけど」
「それは‥‥その時に、絶好のタイミングでお婆さんがあの人を呼んだからで――」
「という事は、お婆さんが彼を呼ばなければ、そのまま見られていた、と」
「う‥‥」
 見られなかったのはただ運がよかっただけで、零夜の中には小さな疑問が生まれている事だろう。となれば、その疑問を払拭しにかかるはずだ。強硬手段にも容易に出る相手だから、今度は何をしてくるか。
「つーか、なんで触るんだ。そんなとこ」
 最高に不機嫌な声で、徹が言った。
「‥‥‥‥‥‥な、なんでだろうね?」
 まずいと思いつつ、答をはぐらかそうとするも、うまくいくわけがない。

 ――結果、居間の壁に穴が開いた。

 ◆

 以下、浩介からの話。
「徹は頭に血が上っているので、僕が代わりに説明するよ。
 君達にはみちるちゃんの身辺警護をお願いしたいんだけど、そちらは今回は最重要事項じゃない。‥‥ああ、勿論、手を抜いていいっていうわけじゃないけどね。そこのあたりはさすがにわかってるよね?
 では何をもって最重要とするのか。君達が信用と信頼に足る人物かどうか、見せてほしいんだ。霞‥‥徹の奥さんが一緒について動くから、彼女の目を通して僕らは君達の言動や行動などを把握する。その内容によって、君達への僕らの今後の対応は変化するだろう。心して取り組んでほしい。
 ‥‥ああ、そうそう。僕ら旧『Last Phantasm』について調べるなら、自分がどれだけ目立つかは考慮しておいたほうがいいよ。若いみそらで真っ白な髪なんて、印象に残りやすいからね」

●今回の参加者

 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa0918 霞 燐(25歳・♀・竜)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3709 明日羅 誠士郎(20歳・♀・猫)
 fa5002 紅露(16歳・♀・竜)

●リプレイ本文

●まずは五日間を
「私は、目立つのは承知のうえです。目立つ事で抑止力になりますからね」
 26という若さながら見事な白髪を持つ狭霧 雷(fa0510)は、鏡に向かって前髪を引っ張りながらそう言った。
「まあ、容姿的に目立つ事は隠しようがないやろ」
 ゼフィリア(fa2648)の髪は銀色であり、瞳は緑色をしている。少なくとも日本人ではないだろう。
「そうか? 俺はとりあえず黒く染めてきたけどな」
 光沢のある灰色が、鷹見 仁(fa0911)の髪の本来の色。だが学生の頃そうしていたように、彼は髪の色を変えてきた。芸能界という特殊な世界にあれば多少日本人離れした髪色も珍しくはないのかもしれないが、不用意に人目を引く事もない‥‥そう考えての行動だ。
 この三人の意見だけでもわかるが、今回集まった者達は、一般的ではないと思われる容姿についてはそれぞれに思う事があるようだった。三人のほかにも紅露(fa5002)は白髪で赤い目、霞 燐(fa0918)は髪は黒いが瞳が赤い。黒髪黒目というスタンダードな日本人的外見を持っているのは明日羅 誠士郎(fa3709)だけだった。
「街中でロケをする場合には、帽子などで髪を隠してください。目の色はまじまじと見ない限りは気づかないものですから、大丈夫でしょう」
 何がきっかけで騒ぎが起きるかわかりませんから、と要求してきたのは、葛原みちるのマネージャーだった。ずれた眼鏡の位置を直した後、全員に身分証を手渡す。テレビ局内やロケ現場を自由に動く為に必要であり、肌身離さず持っていなければならない大切な物だ。紐がついていて首にかけられるようになっており、各自が早速身分証をぶら下げる。
「狭霧さんはADで紅露さんはその手伝い、霞さん‥‥すみません、みちるちゃんのお母さんと混同してしまうので名前で呼ばせていただきます。燐さんは広報・渉外ですね。担当者には連絡済ですので、後程そちらへ。紅露さんは年齢が年齢なので、アルバイトとしてお願いします。ゼフィリアさんはうちのプロダクションの新人という事で、現場研修という形にしてあります。みちるちゃんか私の側にいてください。共演者の方々から演技などについて話を振られる事があるかもしれませんので、そのつもりで」
 続けて、紛れ込む為の立ち位置の確認と、伝達事項が伝えられるのだが――
「鷹見さんと明日羅さんは警護との事ですが、それは表に出さないでください」
 NGを出された二人は、虚をつかれて目をぱちくりさせた。
「特別に警護をつけているという事をマスコミに知られたくはありませんので。局内でしたら警備員がいるわけですし、こちらが過敏になっているとマスコミもどこからかかぎつけてやってきてしまいますから」
「‥‥ああ、そっか、そうだよなぁ」
「最終的にちゃんと守れればいいんだもんね。護り屋の仕事を完遂できるなら、表向きどうするかは、あたしは気にしないよ」
 マネージャーの言い分に従い、仁も誠士郎も立場を変更する。局内では雑用をこなし、ロケでは主に人員整理に回ると決まった。
「先の照明落下も、コードの切断面から人為的に起こされたものと判断されて調査中のようですが、犯人の潜入時に獣人の能力が使われているとしたら、警察が犯人を特定する事は困難でしょう。スクープを狙って情報を聞きだそうとする人がいないとも限りません。皆さん、厳重な注意を忘れませんように」
 ではよろしくお願いします、とマネージャーが一礼して、彼らの任務は始まった。

●とある昼休み
「昼食のお弁当、まだもらってない人はいますかーっ!!」
 出演者だけでなくスタッフの分もあるので、仕出し弁当の数はかなりのものである。額に汗かき配って回るAD組をよそに、みちるは母お手製の弁当を食していた。ちなみに本日は街に出てのロケが行われており、昼休み中である現在、彼女と母・霞はロケバスの中にいた。むやみに日に焼けない為にも、なるべく日差しは避ける必要がある。
 とぽとぽとぽ。自宅から持参した水筒の中身は麦茶だった。
「ふぇー‥‥暑くて汗かくから、水分がおいしい」
「そやなぁ、うちもそう思‥‥思い、マス」
 ロケバスの中にはもう一人いた。ゼフィリアである。プロダクションの新人研修という名目で紛れ込んでいる以上はと、彼女は言葉遣いに気をつけているのだが、普段は関西弁を使う彼女の丁寧口調には違和感を覚えて仕方がない。みちるは笑い出してしまわないように堪えるので精一杯のようだ。

「あっつ‥‥」
 水の入ったペットボトルを持って、木陰でぐったりしている仁。小道具の搬入などを手伝わされたせいで、やや疲労している。
「はい、お弁当」
「ああ‥‥悪いな」
 そこへ誠士郎がやってきて、仁に仕出し弁当を手渡した。
 誠士郎は尋ねるまでもなく仁の隣に腰を下ろし、自分も膝の上で弁当を広げる。
「う〜ん‥‥みちるちゃんには沢山聞きたい事があったんだけど、この忙しさじゃ無理そうだなぁ」
「あの落下事故のせいで、色々遅れてるんだろう。‥‥聞きたい事って何だ?」
「それは勿論、ジンとみちるちゃんの関係がどこまで進んだかー、とか」
「却下だ、却下」
 子供の頃からの知り合いとあって二人の掛け合いは絶妙なタイミングもばっちりだった。
 そしてそんな二人を物陰からこっそりとうかがうのは紅露である。
「世間話をする時間もとれないって事だよね。‥‥有名になるのも考え物だよね〜」
 二人にもちゃんと弁当が渡っているかどうかの確認に来たのだが、大丈夫そうなので身を翻して自分の持ち場へ戻る事にした。

 ‥‥戻る事にした、その道すがら。
「事故については現在、警察が調査中だ。詳しい事は追って事務所から報告があるだろう。それまで待っていただきたい」
 はっきりとした口調で述べる燐の声が聞こえたので、紅露はまた物陰に隠れてその様子をうかがった。
 見つからない程度に首を伸ばしてみると、首からカメラを提げた、たちの悪そうな週刊誌の記者と燐が対峙していた。
「いやでもね、世間が気にしてるんですよ。かつて恋愛騒動のあった二人ですしねえ。それも男が女をかばったとなると――」
「あれは誤報だったという事で決着がついただろう。事実であると確認の取れた情報のみを取り扱ってほしいものだな」
 紅露は、みちるとその周囲の事情について詳しくない。が、自分の目にうつる状況が好ましくない事はわかる。よって彼女は再び身を翻した。
「だからその確認を取ろうとしてるんじゃないですか。減るものでもないし、ちょこっとさわりの部分だけでも教えてくれたって、罰は当たりませんよ」
「減るぞ。人としての品位がな」
「‥‥ひょっとして馬鹿にしてますか? 大人しくしてるからっていい気にならないでくださいよ?」
 暖簾に腕押しの状況にイライラしたのか。記者は今にも燐に掴みかかりそうな勢いで凄みを利かせる。やはりそういう世界の人間のようだ。
 今まではそれでどうにかなっていたのかもしれないが、神に仕える者として不屈の精神を持つ燐に、ちゃちな脅しが効くわけもない。
「いい気になってるのはどちらだ」
「何ぃ!?」
 とはいえ、屈しない燐の態度はますます記者の気に触ったらしい。今度こそ振りではなく実際に掴みかかろうとした。スーツ姿の燐へ、まっすぐと伸びていく手‥‥それを、横から伸びてきた新たな手がパシッと軽快に受け止めた。
「はーい、現行犯ー」
 誠士郎だった。後ろにいる紅露が呼んできたのだ。
 動転した記者は誠士郎の手を振り払おうとしたが、がっちりと手首を掴まれていて振り払えない。
「近所に交番があるんだけど、今そこまでおまわりさんを呼びに行ってるから。もうちょっと待っててね」
 笑顔で記者の手首をみしみし言わせる誠士郎。呼びに行っているのは仁だろう。
「丁度いい。警察と心行くまで話しこんでくるといい」
 燐も笑顔のようでいて、言葉は一層冷ややかである。笑顔の女性二人に挟まれて、記者の顔はみるみる青ざめていく。
(「‥‥かっこいい!!」)
 誠士郎と燐に強い大人の女を見た紅露。将来どうなる事やら。

●各自の思惑
 葛原家への泊り込みを希望したのは、燐とゼフィリアだった。二人とも女性なので、相変わらず機嫌の悪い徹も、特に何も言う事なく新聞を広げているばかり。怒鳴られないだけいいほうだが、かわりに挨拶もない。
「お父さん、ただいま」
 みちるが声をかけても新聞から目を離さず、軽く片手を挙げただけだった。
「確かにこれは機嫌が悪そうや」
 ぼそりと呟いたゼフィリアの視線の先は居間の壁、徹があけたという穴に注がれていた。

「‥‥やれやれ。あの調子だと、話を聞くのは難しそうだな」
 客間に布団を敷きながら、燐がふうと息を吐いた。
「話って何の話や?」
 ゼフィリアはせっせと枕にカバーをつけている。
「旧『Last Phantasm』について、少しな‥‥。私達は、概要はともかく、詳しい内容はほとんど知らない。尋ねてみる価値はあると思う」
「同感やな。ただ、あの状態の徹さんが素直に話に応じるとは思えんからなあ。うちも後で言いたい事あるんやけど‥‥チームに関する話なら、霞さん‥‥ああ、みちるさんのお母さんのほうな。ややこしいったらないわ。で、その霞さんのほうに聞いたほうがいいかもしれへん」
「気にするな。――そうか、そちらをまず当たってみてもよさそうだな」
 二人はみちるが入浴中の時を見計らって、それぞれの相手に突撃をかける事にした。

 まずは燐。
「聞きたい事って何かしら?」
 キッチンで翌日の弁当用の仕込をしていた霞は笑顔で応対してくれた。
 そこまではよかったが、「Last Phantasm」について教えてほしいというと、少し考えてから、それはダメ、と拒否の意を示した。
「人数とか誰がメンバーだったかとか、あなたが知りたいのはそういう事ではないのよね? だったら教えられないわ。六日目にあなたが残れば、話す事にもなるでしょう。それまではダメよ」
 笑顔は絶えなかったが、そこにあったのは介入を阻む強固な壁。
 燐はひとまずおとなしく引き下がった。この五日間を乗り越えれば話してもらえるのなら、と。

 次にゼフィリア。トイレ帰りの徹を呼び止めた途端に、彼女は睨まれた。
「そんなにイライラするなら適当にストレス発散させてきたらどうや?」
 しかし彼女は屈せずに睨み返し、咎める言葉まで発した。
「忙しくて、んな暇あるか」
「そこを何とか作るんや。イライラする心情はわかるけど、徹さんがイライラしているこの家の雰囲気は最悪やからな」
「‥‥ガキが、知ったふうな口を叩きやがる」
 ちっ、と徹が舌打ちする音がゼフィリアの耳に届く。
「ただでさえみちるさんは傷付いているのに、これ以上その負担を増やすような事を徹さんがしてどうするんや」
 舌打ちが聞こえなかった振りをして、ゼフィリアは続けた。それから間をおき、改めて徹の反応を待つ。
 徹は横を見た。廊下の窓から、月が淡い光を放っている。
「‥‥‥‥時々、思う事がある」
 やがて徹は語り始めた。
「あの時、俺が囮になるべきだったんだ、ってな。みちるが生まれたばっかの翔壱じゃなくて、子供のいなかった俺こそが、囮をかってでればよかったんだ。そうすればみちるは、今も本当の両親と一緒に暮らしてたはずさ」
「‥‥徹さん」
「でもあいつは、手合わせは自分が勝ち越してる、自分のほうが強い、‥‥そう言って、飛び出した」
 月を通して過去の幻影を見ているような徹に、ゼフィリアはうまく唇を動かせなくなった。
「あの時怯えてた自分にイライラするんだよ。どうしたって翔壱を思い出させてくれる、あの鷹の坊主にもな」
 やや落ち着いたように思える声で締めくくると、徹は廊下を歩き去った。すれ違いざまに、くしゃくしゃとゼフィリアの頭を撫でて。

●情報の開示
 五日間の同行を終えた次の日。葛原邸に呼ばれたのは、雷、仁、燐、ゼフィリアの四人だけだった。徹、霞、浩介、そしてみちるを前にした四人は、残りの二人が徹達の眼鏡にかなわなかった事を理解した。
「話を始める前に、君達にお願いがあるんだ。まあ、お願いというよりもむしろ命令って表現したほうが正しいくらいなんだけど」
 苦笑する浩介。
 四人はつい顔を見合わせたが、続く言葉に彼の苦笑の意味を知る。
「今ここに居ない人がこれから話す情報の公開・伝達を求めてきたとしても、応じないでほしい。その人は教えてもかまわない人物だと思うのであれば、僕達の誰かにそれを伝え、承認を得てから伝えるようにしてほしいんだ」
「‥‥なぜそこまで厳重にするんです?」
 答の予想がつく問いを、雷が仕掛ける。
「僕達はそうする事でみちるちゃんを守ってきた。これからも変わらないだろう。だから今回君達に話すのは、みちるちゃんを守る為に必要だと判断した結果の特例なんだ。僕達は、情報を誰が知っているかを把握しておかなければならない。君達にも相応の覚悟を求める」
 こくり。誰かの喉が鳴った。
 紅茶を一口飲んだ後で、浩介はさて、と本題に入った。
「ええと、そこの‥‥雷君、だっけ。君、みちるちゃんがオーパーツを持ってるだろうって徹に言ったんだってね」
「言いましたね」
「当てずっぽうか、それとも確信あっての事か。ともかく、君の予測は正解だ。みちるちゃんはオーパーツを持っている」
 皆の顔が一斉にみちるへ向けられる。みちるは黙ってうつむいていた。表情は隠れている。
「でも、それらしいものは今まで一度も見た事がないんだが‥‥」
「見た事があるなんて言ってごらん。徹とのガチバトルに直行だよ」
 首を傾げる仁には、すぐさまそんな風にきり返しがいった。なんでだよ、と仁が焦ると、場所が問題なんだ、と更に返される。
「胸元‥‥は、わかりづらいか。あいまいな表現をやめちゃうと、要するに、谷間にあるんだよね。胸の」
 自らの胸を指し示す浩介。一瞬想像したのか、仁の頬に朱色が混じる。そんな仁をゼフィリアが平手で軽くはたいた。

 みちるがまだ赤ん坊の頃、旧「Last Phantasm」のメンバーとその子供達はキャンプ場へ遊びにでかけ、ナイトウォーカーに襲われた。幼い子供達を救う為、囮となってナイトウォーカーを引きつけたのはみちるの実の父親、翔壱。何とか逃げ出した後、翔壱を助けようとして、来た道を戻っていったのはみちるの実の母親、霧。遠ざかる背中。それが、徹達が見た翔壱と霧の最後の姿。
 今も行方の知れない二人が敵をひきつけてくれたとはいえ、他の者が無事だったかというとそうではなかった。ナイトウォーカーの初撃をくらった、幼いみちる。病院に連れて行っても間に合わないであろう事が素人目にもわかるほどの惨状だった。別れる直前、翔壱がとった行動は、チームが苦労して発見したオーパーツを、みちるに使う事だった。
 高い治癒能力を持つそのオーパーツは、しかしその能力を発揮させる為には、体内に埋め込む――体と同化させる事が必要だった。幼い娘の小さな体に異物を埋め込む事に、ためらいが生じないはずはなかったが、すぐそこに敵の迫る緊迫した状況で、それ以上迷う事は許されなかった。
 おかげでみちるは一命を取り留め、今や立派に成長したものの、埋め込まれたオーパーツは既に体の一部となっていた。皮膚の上へわずかに顔を出してはいるが、それこそまさに同化の証だった。同化を解けば、みちるの体がどうなるかはわからない。最悪の場合、あの時助かった命が今度こそ失われる可能性がある。

「‥‥鉄のようにも感じられたが‥‥未知の金属か?」
「完全に埋まってたなぁ‥‥」
 別室にて実際に自分の目で確認していた女性陣が、しばらくして戻ってきた。
 あの位置ならば、よほど露出度の高い服装をしなければ、見た目にはわからないだろうと燐は感想を述べた。
「つまり、みちるさんを守る為には、みちるさんの持つオーパーツを、守らなければならない、という事ですね?」
 念を押すように短く区切りながら言う雷に、浩介が頷く。
「そういう事になるね」
「確かにオーパーツは貴重なもので、みちるさんの命もかかっていますから、徹さんをはじめ、皆さんがみちるさんの持つオーパーツの存在を隠そうとしていたのはわかります。けれど解せない点がひとつあるんです。――隠そうとする必死さ。まるで、存在を知られれば確実に狙われると決まっているかのように」
 室内が、しん‥‥と静まり返った。
 皆の視線が自分に突き刺さるのを感じつつ、雷は決定的な問いを投げかける。
「そのオーパーツは『何』なんですか」
 雷に向けられていた視線が、今度は浩介に向けられる。浩介はみちるを見た。みちるも浩介を凝視している。
 ――みちるも、知らないのだ。自分の中に埋まっている物の正体を。
「それは‥‥」
「俺が言う。‥‥俺の役目だ」
 何度目かの瞬きを終えた後、浩介は唇を動かした。しかしその言を徹が遮った。
 みちるの凝視の的は徹に移り、徹もみちるに眼差しを注ぐ。
「わかった。確かに君の役目だ、徹」
 ぽすん。浩介がソファの背もたれに寄りかかる音で、話し手は切り替わる。

「『Last Phantasm』は元々、俺と翔壱が二人で始めたものだ。自分を鍛える事と、遺跡に潜る事。どっちも俺達は死ぬほど好きでな‥‥苦労を苦労とも思わずに、色々な遺跡に出向いた。最初は近所、次は日本国内、それから世界。‥‥つってもまずはせめて英語が通じるメジャーな所って事で、イギリス中心だったがな。
 他にも英語が通じる国は沢山あんのに、なんでイギリスだったのか‥‥まあ、そこで霧と霞に会ったんだから、必然だったのかもな。少なくとも翔壱はそう考えてたみたいで、イギリス中心だったのがイギリスオンリーになってな。どうせならただ潜るんじゃなくて本格的に調査しようって事になって、俺達にはない能力を持っていた奴らも仲間に加えた。この浩介と、他三人‥‥咲と洋子の両親達だ。おかげで探索ははかどって、この際だからって大きな目標を持つようになった。
 ‥‥ある日、俺達はとある遺跡で、その目標に大きく近づいた。今でも覚えてるさ、忘れもしない、あのぴんと張り詰めた冷たい空気。神聖な眠りについているものを呼び起こす緊張感。人外の存在によってもたらされたと語り継がれているのはなぜか、頭じゃなく体で感じたね。
 罠があるかもしれない。ナイトウォーカーが這い出てくるかもしれない。俺や翔壱が十分に周囲を警戒する中で、霧が『それ』に手を伸ばした。触れて、持ち上げた。その時俺達は手に入れたんだ、目標に到達する為には絶対に必要となる鍵を。――『あれ』の、『鞘』を」

 一旦、言葉が止まる。当時の様子を、感覚を、思い出しているのかもしれない。肺一杯に深く深く息を吸い、それを次第に吐き出している。
 今のここではないどこかを眺めている徹の眼差しに、仁は膝の上に乗せた拳を一層強く握り締めていた。拳の内側に痛みが走ったのは、もしかして爪が食い込んだのか。
 しかし痛みなどどうでもよかった。頭は徹の話から要点を抜き出し正解を導き出す事に全力を注いでいた。
(「神聖な眠り‥‥? 封印、もしくは安置されたって事か‥‥? 人外の存在‥‥大きな目標、遺跡、‥‥となると神話や逸話として残っている有名どころか‥‥鞘。鞘の必要な物。刃物。有名な刃物。剣? 治癒能力のある鞘を持つ‥‥剣‥‥イギリスの‥‥有名‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥いや、でも、そんな」)
 まさか、と自分でも思う。それなのに脳裏に浮かび続けるそのイメージ。
 ゼフィリアもそのイメージを浮かべていた。天に掲げられた細身の剣、そしてその剣を掲げる精悍な青年。以前、大英博物館で観た一枚の絵画。
(「じゃあ、あの時の依頼は――」)
 現在に意識を戻した徹が、緊張で乾くのか、唇を舐めた後で、再び口を開く。
「みちるの中にあるオーパーツは、『鞘』。『鞘』であるからには、単体では本来の意味を成さない。収めるべき本体とふたつでひとつ、両方が揃ってはじめて、完全なオーパーツとなる。‥‥本体である剣の名前は、お前達も聞いた事があるはずだ。聖剣の代名詞とも言われるその名前を」

「‥‥エクスカリバー‥‥」

 しんと静まり返った室内に、やけに響いた、ひとつの名詞。雷の呟きに、徹は小さく頷いた。

●これから
 話が長引いた為、店屋物をとって夕食となった。
 全員が黙々と食べている。この雰囲気の中で発してもよさそうな言葉が見つからないでいるのだ。頭ではぐるぐると思考を続けているはずだ、答に辿りついているいないに関わらず。
 かたん。きつねうどんを食べていたみちるが、まだ半分以上も残したままで箸を置いた。
「お父さん」
「‥‥なんだ」
 徹はたぬきそばの汁をすすろうとしていた。
「私の持つオーパーツ、この鞘がなければ、剣を手に入れることはできないって事だよね?」
「そういう事だ」
「お父さん達は剣のある場所を突き止めていたの?」
「ある程度はな」
「じゃあ、なんで鞘だけ手に入れて剣を手に入れなかったの」
 ずずずずず。皆が食事の手を止めて見守る中、徹はゆっくりと汁をすすった。
「お父さん」
「‥‥霧のお腹にお前がいるのがわかった。だから日本に戻ってきた」
 ごと。どんぶりがテーブルに置かれる音が重い。
「‥‥私のせい?」
「どのみち、咲と洋子ができたのも次々にわかったんだ。タイミングが悪かったんだろ」
「でも、私がきっかけで、目標を途中で諦めたんでしょ?」
「延期しただけだ」
「無期延期になっちゃってるじゃない」
 子供を産んで育てる為に延期して。やっと産まれて喜んでいたところを、襲われて、そのまま。きっと無念だったろう。
 みちるはすっくと立ち上がった。そして隣に座っている仁を見下ろした。
「ジン君」
「どうした?」
「私、イギリスに行く。エクスカリバーを手に入れてみせる」
 呆然と見上げる仁の奥で、ゼフィリアが水をふき出す。
「あのな、みちるさん。いつまた近藤零夜がみちるさんを狙ってくるか、わからないんやで」
「お父さん達が叶えられなかった目標を、叶えてあげたいの!」
「けど、徹さん達ですら危険だって言う遺跡なんやろ?」
 みちるの心身の安全を考慮するゼフィリアは何とかみちるを説得しようとし始めるが、みちるは彼女の言葉に耳を貸してくれない。
「「ところで」」
 言い合う彼女達をテーブルの反対側で傍観していた雷と燐が同時に口を開く。お互いの声が重なった事に思わず顔を見合わせると、二人は思わず苦笑を零した。
「‥‥その近藤零夜だが」
「皆さんとの関わりは何も‥‥?」
 こちらは徹達、旧「Last Phantasm」への質問だった。だが彼らは本当にそんな人は知らないのだと、首を振るばかり。
 ただ――と霞が言うには。霧は芽が出ていなかったとはいえ女優をしていたのだから、当然ブラウン管に顔を出していた。霧がテレビに映っていた頃の零夜は恐らくかなりの低年齢であったろうが、霧の姿を見た事がないとは言い切れない。もし見ていたならば、霧のすさまじいオーラが記憶に残っている可能性はある。
「となると、みちるさんの仕事があいた時に、近藤零夜を警戒しつつイギリスへ‥‥ですかね」
 零夜の同行は気になるが、有名すぎる剣をこの目で直に見てみたいとも思う。何しろ伝説の具現だ。厄介な事に首を突っ込んでいると雷は自分でも思うが、いまさら放り出す事は何より自分が許さない。

 少し前の静寂がなかったかのような目の前の光景に、徹は目を細めた。そんな徹に気づいて、徹の肩に自分の頭を預ける霞だった。