【LP】各自の決心アジア・オセアニア

種類 シリーズ
担当 言の羽
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや易
報酬 なし
参加人数 7人
サポート 0人
期間 10/16〜10/18
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●本文

 舞台は一度、日本へ戻る。
 同行していた東雲咲と染谷洋子の通う専門学校の夏休みが終了したからだ。それに加えて、彼女達の両親もあまり長期間、仕事に穴をあけ続ける事はできなかった。
 だが、前回で調べた第一階層の各部屋及び通路のデータを過去のものと照らし合わせ、どれだけの変化があるのかを確認するには、丁度よかった。こういった情報的な部分は、新生『Last Phantasm』の中では洋子の分担であった為、彼女が主に自分の両親から仕込まれつつ解析をおこなっていた。もちろん、忙しい。学校の授業、課題。家事は同居人である咲が進んで引き受けてくれるが、彼女ではどうにもならない分野もあるし、任せきりではいられない。平日のわずかな空き時間に情報へ目を通し、休日は実家に戻って両親に教えを請うという、そんなあわただしい毎日だった。
 一方、チームを構成する残りの二人はというと‥‥彼女達なりの悩みを抱えて、うんうん唸っていた。
「――って、言われたんだけど。これってどう? 脈ありそう?」
「うーん‥‥意味深ではあるけど‥‥」
 散々悩みつくしたのだろう。咲が頭を抱えながらぼやいた。だがその質問に、残念ながら葛原みちるは答える事ができない。
「洋子は何て?」
「妹さんの言う通りね、って。ほしいなら意思表示をしないといけないんだってさ。‥‥その理屈はわかるんだけどねぇ」
「怖いんだよねぇ‥‥それを口に出して、もし断られたらって思うと」
「ねぇ‥‥」
 はぁーーー‥‥っと、そろって大きなため息をつく。
 会話の断片を聞くだけでも察しがつきそうだが、恋愛方面の悩みである。彼女達は18歳の女の子。命や仲間、過去に起きた事の為に行動する事も重要ではあったけれど、それらと同様に、恋愛はとても重要な位置を占めているのだ。
「難しいよね、ほんとにさ。‥‥あーあ、先に一言でも言ってくれればそれで勇気出して後は頑張るのに」
「でもその為には場所とか雰囲気とか、そういうまわりのものを整えないとダメなんじゃない?」
「‥‥あたしにできると思う?」
「‥‥‥‥‥‥」
「なんで目を逸らすの」
 重要だから延々と悩むし、親友に相談したり愚痴をこぼしたりもする。そして意見をもらい、また悩む。
「で、みちるは何に悩んでるわけ?」
「え、ちょっ‥‥何を急に!? 今は咲の話じゃ――」
「目を逸らしてくれたからねー、反撃よ、反撃。ほらほらぁ、ラブラブのくせに何を悩んでるのか言ってみなー?」
「うぅ‥‥」
 一瞬で立場が逆転するのも、こういう話をしている時の醍醐味である。いつまでもぐだぐだと言い続けるのが咲には合わないと、彼女自身が一番わかっているから、というのもあるだろうが。
 みちるは元々よく顔を赤くするものの、なぜか今回は一段と赤い。とてもとても言いにくそうに俯いている。
「‥‥まさか、襲われたっ!?」
「ちっ、違うよ! そんな人じゃないもの! ‥‥そんな人じゃないけど‥‥」
「けど? 何?」
「‥‥‥‥‥‥うー‥‥‥‥‥‥‥‥な‥‥なんとなく、なんだけどね? その‥‥抱きしめられる時の力強さとか‥‥キスする時の熱のこもり方とか‥‥そういうのが、前とちょっと違うかな、って‥‥思って」
 とうとう湯気まで発し始めたみちるを眺めていると、次第に咲も、彼女が何を言わんとしているのかがわかってきた。
「さすがに襲われるのはないだろうけど、そろそろ求められそう、って事?」
 かわいそうに耳の先端まで真っ赤になって、みちるは頷いた。
「はぁ〜‥‥そういう事ね。うん、確かに迷うわそれは。ただ男だからって言うのは簡単だけど、要するにスキンシップの延長線上にあるものなわけで、あいつがその気になったとしてもそれは自然な流れでしょ」
「私も、彼なら、嫌じゃないんだけど‥‥」
「ほんっと、羨ましいくらいにラブラブだね。でもみちるがそう思ってるなら、それをあいつに伝えて、後は丁寧に大切に扱ってくれるのを願うのみじゃない?」
 自分の事にはあれやこれやと悩むのに、ひとの事だと結構冷静に考えられるのもまた、この手の話の常である。
「そういうものかなぁ」
「伝えなきゃわからない事もあるってね。たとえとっくの昔にわかってる事だとしても、言ってほしい言葉っていうのはあるし」
「‥‥そうだね。いつもありがとう、咲」
「こっちこそ、いつもありがと、みちる。――あたしも、頑張ってみるからさ」
「うん」
 最近、とみに涼しくなってきた。人肌が恋しくなるのはしかし、そのせいだけではないだろう。

●今回の参加者

 fa0510 狭霧 雷(25歳・♂・竜)
 fa0911 鷹見 仁(17歳・♂・鷹)
 fa0918 霞 燐(25歳・♀・竜)
 fa1718 緑川メグミ(24歳・♀・小鳥)
 fa2582 名無しの演技者(19歳・♂・蝙蝠)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3709 明日羅 誠士郎(20歳・♀・猫)

●リプレイ本文


(「なんで俺はここにいるんだ」)
 鷹見 仁(fa0911)が心中でぼやくのも当然だった。葛原みちるを迎えに行こうと家を出た矢先に霞 燐(fa0918)に捕まり、彼女の実家たる霞神社に連れてこられ、今は鍛錬用の板間にて正座で向かい合っているのだから。しかもなぜかゼフィリア(fa2648)までいる。
「二人の仲が着々と進展しているようだな。実に良い事だ」
 満足げに頷く燐。どうも、と仁はとりあえず礼を言う。だが多少なりとも余裕があったのはそこまでだった。
「されど、一線を越えるとなると今まで以上に責任がのしかかってくる」
「ぶふっ!?」
 噴いた。勢いよく。
「待て、こいつの前でそんな話するな!」
「気にせんといてぇな。うちの言いたい事もその事やから」
 まだ中学生であるゼフィリアへの影響を考えての仁の発言は、その本人にすっぱりと切り捨てられる。
「まあ、二人とも健全な男女だ。そういう事になるのはいたって自然な事。行為自体は止めはしない」
「止めるんじゃないのかよ!?」
 うろたえてしまい正座どころではない仁をよそに、燐は淡々と語り続ける。返事も相槌もいらん、聞けばいい――そんな態度だった。
「ただし、行為を行う前にちゃんと準備をしてからするように。初めてでデキてしまうという話は意外とざらにあるのだからな」
「そうやな。愛ってのは躊躇わない事さ、なんて名台詞があるんやけど、二人は躊躇ったほうがいいかもしれへん。妊娠して探索延期なんて歴史、繰り返す事もないやろ」
「な‥‥」
 同性ならまだしも、異性から大真面目にこんな話を切り出されて平気な顔をしていられる人がいたら見てみたい。行為とか妊娠とか、本来は特にやましくないはず単語が、今は強烈に卑猥な言葉として耳に届く。
「文字通りに相手を傷つけるわけだからな。マナーとして、必要最低限の事くらいは覚えておけっ」
「うわっ!」
 この場から去ろうとして体を後方へ引いた矢先に力強く両肩を掴まれ、情けなくも仁はつい驚愕の一声を上げた。そもそもどこからその話が沸いて出たのか、彼には全くもって不明だった。確かに、愛する人とそういう行為に及ぶという事を今までに一度でも考えた事がないのかと問われれば、答えはノーだ。しかしだからといって、燐が話を持ち出した理由にはならない。考えた事はあっても口に出した事はまだないのだ。
「みちるへの眼差しを見ていればわかる。‥‥私を誰と心得る? あの若白髪と同じ血を別けた妹ぞ」
「妙に納得できるから困る」
 若白髪こと狭霧 雷(fa0510)は常に微笑み温和な雰囲気の絶えない人物であるのだが、逆鱗に触れたが最後、手に負えない。
 その彼も今は色恋で少々悩んでいるわけなのだが、仁は自分の色恋で忙しいし、燐は静観を決めている。むしろ自分達のほうも静観してほしいと仁は思う。
「最後にもう一つだけ言う」
「‥‥何だよ」
「命をかけて守りたいものがあるならば、死ぬ気で生き延びろ」
 死んでしまっては、その時は守れたとしても、以後は守れなくなる。守り続けたいならば生き続けねばならない。
「わかってるさ。嫌と言うほど」
 みちるの本当の両親が、水元良が、死んでいった理由。彼らの気持ちと、遺された者の気持ち。仁にも似たような覚えがある。
「まぁ、そうなったら徹さんがどういった行動に出るかわからへんから楽しみでもあるけどな」
 今度みちるさんにも同じ話をするつもりやと悪びれる風もなく言うゼフィリアに、げんなりと肩を落とす仁だった。


 染谷家で呆けていたのは、洋子にくっついてきた咲だった。かなり広めの洋間に所狭しと並ぶ様々な機械。モニターに表示される数字や画像を見ては素早い操作で入力作業をこなしていく染谷家の面々に、彼女は入っていく事ができない。手伝える雷が不思議で仕方なかった。
「私も本来、こっちですから」
 とは言っていたが、プリントアウトされた膨大な資料の山をどうしてああもすんなりとファイリングできるのか。自分が無理に何かしようとすると邪魔になる事がわかるから、居場所がないように感じてしまう。
「咲さん。先に帰って洗濯を済ませておいてください」
 眺めていた背中の当人から急に呼ばれて、咲はきょとんとする。買い物メモまで渡された。
「炊事と掃除は任せてもらいます。お二人には学校の課題もあるんですから。ああ、触って欲しくない場所があれば先に教えてくださいね」
 役割を与えられた事と、それが雷によるものだった事とで、咲の表情が華やいだ。
「あなたも結構罪作りな人ですね」
 咲が出て行った後、洋子は手を止めずに雷へ話しかける。
「そうでしょうか。どこかの誰かほど、鈍感ではないと自負してはいますがね‥‥私は見てのとおり、臆病者ですから」
「あら、そうは見えないのですけど」
 にこっと笑う洋子に、雷も笑みを返す。
「‥‥このままにしておく事は無いですから、ご安心を」
「ええ、お願いしますね」
 作業を続けながら微笑みあう様は、和気藹々かと思いきやそこはかとなくカオスな感じがした。

 葛原家では、今まさに玄関で靴を履こうとしていたみちるが、緑川メグミ(fa1718)と対面していた。
「仕事中の兄からこれが届いたわ。仕込み日傘は決戦では頼りないからって」
 手渡されたのは60cmほどの棒。意思を込めると光が伸びて刃になるのだと説明を受けて、とりあえず一回、刃を出してみる。感嘆の声を上げれば、今度は白銀色のメダルと七色に輝く宝石を渡された。
 古きもの、新しきもの、蒼きもの、借りたものを花嫁が身につけると幸せになれる‥‥サムシングフォーと呼ばれるおまじないだ。
「どちらもオーパーツだから古きものだし、私から借りれば借りたものになるし、後の二つは仁君と探してみて」
 19歳になったばかりだというのに結婚の話が出てくる理由はわからないが、みちるとて結婚や花嫁というものには人並みに憧れを持っている。いつ使う事になるかは不明だが、それまでの間、ありがたく借りておく事にした。
「最後はこれね」
「まだあるんですか、なんだか申し訳ない‥‥わ、かわいい箱‥‥あの、えぇと」
 カラフルでいかにも女の子受けしそうな小箱。素直にわくわくしたみちるだったが、裏面記載の品名を読んで、表情を凍りつかせた。
「愛し合う事は素敵な事よ。勿論応援するけど、徹さんがおじいちゃんになるのは、まだまずいからね。頑張りなさい。仁君くらい素敵な人はなかなか見つからないわ」
 要するに。逃がさないようにスルのはかまわないが、準備と対策は抜かりなく、と。
 楽しそうにみちるの肩を叩いて、メグミは玄関を上がって居間に向かう。目的は徹だ。急に玄関の扉が開いて名無しの演技者(fa2582)が外から入ってきたのは、そうするタイミングを玄関ポーチでずっと待っていたのだろう。みちるとは初対面だが、居間から顔だけ出しているメグミが手招きで呼んでいるところからして、彼女の知り合いのようだ。
 気にはなったが、仁との待ち合わせに遅れてしまう。仕方なくみちるはその場を後にした。
「一応注意はしたけど、徹さんもおじいちゃんになるかもしれないわね♪」
「‥‥あ? どういう意味だ」
「文字通りの意味よ。初孫ね」
「父親は」
「決まってるじゃない」
「‥‥爪でも研いでおくか」
「メグミの兄から伝言なのだが、徹殿にショットガンウェディング用に銃器を貸し出すそうだ。スレッジハンマーから南部14年式まで取り揃えている、と。まあ、いつもの冗談だとは思うが」
「本気にすると伝えとけ」
 ――こんな会話が居間でなされているとも知らずに。

「あたしのヒゲにピピンと来たよ!」
 何が来たのかは、猫獣人である明日羅 誠士郎(fa3709)がわざわざ仁の家まで来て彼の部屋を掃除と称して弄繰り回している事から自ずと判明するだろう。
「よくこんな本読む気になれるよねぇ」
 雑然としているものの、男子の部屋としては片付いている。本が多く、その内容も映像関係の物が多い。分厚い本をつつく誠士郎。これならポイントは落とさないだろうと、メインイベントたるベッドに目を向ける。
 這いつくばってベッドの下を覗き込み、奥の奥まで手を伸ばす。
「うふふふふふ、やっぱりあった。何で男の子ってこういう物、ベッドの下に置くのかねえ‥‥うわ、すごっ」
 18歳未満は購入不可の代物、発見。にやにやしながらページをめくっていく。
「うん? この娘、ちょっとみちるちゃんに似てる? ‥‥いけないな、こんな物が見つかったら気まずくなる事確定だよ」
 部屋から持ち出し、ここなら仁の姉の目があるから探せまいと、キッチンのゴミ箱に没シュート。その後、一泊だけだからとその姉を温泉に連れ出したのだった。
「あたしって親切♪」
 こうして着々とお膳立てが進む。


 雑居ビルの屋上。夜の街を見事に彩る車のランプとネオンを、雷は次々にカメラへと収めていく。資料にする為の撮影らしい。
 手伝いを請われて、咲もいた。人物との比較がほしい時には指定の位置に立って、被写体となる。‥‥雷に見られていると思うだけで、落ち着かなかったが。
「こんなところですかね」
 カメラからフィルムを取り出す仕草を、どうしてか咲は直視できなかった。あまり明るくない場所であるのが、自分が赤面していると確信を持っている彼女には幸いだった。
 けれど雷にはわかっていた。スカート姿で蹴りを繰り出す彼女が俯いているのは実にわかりやすい。
「そのまま動かないでください」
「へっ!?」
 咲の背後に回り、後ろ髪を指先で横にずらす。それから細い鎖を首に回して、小さな金具を留めた。
「これ‥‥え?」
 自分の首にかけられた鎖、それに下がる物を見ても、咲は自分の目に映る物が信じられなかった。
 シンプルな――いや、無垢な、銀の指輪。
 雷は咲の前方に移動し、恐る恐る指輪に触れる彼女を眺めた。
「いずれはその指輪を左の薬指にはめてもらいたいのですが、貰ってもらえますか?」
 弾かれたように顔を上げる咲。いつもと変わらぬ笑みをたたえる雷。
 くしゃっ、と咲の表情が崩れた。
「わあああああんっ! ばかぁぁーっ」
「はいはい。何がどう馬鹿なんですか」
 泣きながら飛びついてきた彼女を抱きとめて、ゆっくりと撫でてやる。すると一層強く抱きつかれた。
(「‥‥これは結構、くるものがありますね」)
 普段とまるきり異なる様子の彼女にいい意味でのギャップを覚え、我慢しようかどうしようかしばらく悩む羽目に陥った。

「振って、背中に回して、で、ここで抜いて――」
 キャンプ場隣の林にあるみちるの両親の墓から戻ると、みちるは仁と共に彼の私室にいた。
「尻尾のあるみちるなら効果的な動きだ。武器を仕込み傘から変えれば尚更な」
「‥‥メグミさんから武器もらったけど、鞘ないよ?」
 沈黙が漂ったが、相手の虚を突くという点では変わりなく有効なはず。
「座ってろよ。何か持ってくる」
 一息入れようと飲み物を取りに行った仁を、みちるは墓の前での事を思い出しながら待っていた。
 ――俺達はこれから二人で、皆と共に歩いていきます。あなた達が目指した場所にきっと辿り着いてみせますから、どうか見守っていてください。
 手を繋ぎながら両親にそう宣言してくれた事が嬉しくて、自分はなんて幸せなのだろうと胸がいっぱいになった。彼だけでなく、いつも助けてくれる友人達の顔も順に思い出していくと、ありがたくて涙が滲んできた。
「どうした?」
 戻ってきた仁が心配そうに覗き込む。
「‥‥いいよ」
 みちるの口から言葉が飛び出た。仁の視線がきゅっと引き締まる。
「私、ジン君が好きだし、信じてる。だから――」
「待った。俺に言わせてくれ」
 部屋に誘った時に。誘われた時に。二人の覚悟は完了していたのだろう。
 視線がまっすぐに交錯する。居ずまいを正した後、仁が両手でみちるの両頬を包み込む。深呼吸をひとつして。
「みちる、俺はみちるの全部が欲しい」
「うん‥‥私、ジン君にもらってほしい‥‥」
 答えて瞳を閉じた彼女の唇に、自分のそれを重ねた。

「みちるさんは?」
 WEAや近藤零夜に何か動きがあったのかを尋ねにきて、「何も」と肩をすくめた徹へゼフィリアが次に尋ねたのがこれだった。だが徹はまた肩をすくめた。
「出かけて、そのままだな」
「あの子なら今夜は帰ってこないわよ。仁君のおうちにお泊りだもの」
 さらりと述べる、夕食後の片づけ中の霞。時間が止まった。
 この後の徹の暴れっぷりは半端ではなく、仁をフォローしようと考えていたゼフィリアも、身の危険を感じて中止にした。あの二人の手綱を握るのはかなり困難であろうという事も、察した。

 はだけたシャツ。電気を消した室内で浮かび上がる白い肌と、コントラストでよく映える赤いレースの下着。
 そんなものを見て、仁の心臓はありえない速さで脈動しているが、頭は妙に落ち着いている。というのも二つの膨らみよりもその間にある物に目を奪われていたからだ。
「これが鞘か」
「ん‥‥」
 対してみちるは、露になった彼の上半身を前に余裕がなくなっていた。眉を八の字にして色々なものに耐えている。
 真っ赤になった顔を隠そうとする彼女の手をとり、仁は自分の胸に当てた。そのままゆっくりと体をかがめていき、鞘に口付けた。


 深夜ともなればさすがにファンの姿はなかった。静かに降る涙雨の下、傘を差し、メグミは水元良の墓前に立っていた。
「‥‥もう少し別の出会い方があったら、みちるちゃんの結婚式で一緒に大騒ぎしていたでしょうねえ」
 静かに眠る彼の為、そっと手を合わせる。彼の決心の結果を無駄にしないと約束しつつ。