楽士たちの歌・第2楽章ヨーロッパ
種類 |
シリーズ
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
4.6万円
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参加人数 |
9人
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サポート |
0人
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期間 |
09/04〜09/10
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●本文
マリアンネ音楽学院。この学院には、クラシック音楽の道の先頭を歩きたいと願う若者が集う。
音楽学院の敷地の一角、弦楽器科では‥‥
「解散させるべきです」「機というものがあるはずよ。彼らの今までの努力だって、いつかは」
論議は平行線、告げられる結論。
「‥‥Zにはもう少し時間をあげてみましょう。尤も、わたくしも策を考えてあるけれど」
・ ・ ・
駆けていくクラウス。残される3人。
「‥‥最近、クラウスおかしくない?」
「何となく、ぼんやりしていますよね」
リーゼロッテの呟きに、アウレリアが答える。エルハルトは‥‥
(「クラウスは‥‥今」)
・ ・ ・
「ごめんなさい」
去っていく姉を見送る妹、アウレリア。
「Zなんて、不要よ」
カルテット『Z』。クラウス、リーゼロッテ、エルハルト、アウレリアの4人で構成される、学院の落ちこぼれカルテット。
そんな4人の、マリアンネ音楽学院での日常を描く舞台演劇『楽士たちの歌』。
第2楽章。
●認めてもらいたい・あらすじ
練習に気持ちの入らないクラウス。その理由を知るエルハルトと、知らず歯がゆい思いのリーゼロッテ。アウレリアは自分の姉が『Z』は不要と学院長に進言しているためメンバーに申し訳なく思う。
自らの挫折の経験から『Z』を救いたいクラリッサ。『Z』擁護の友人が教師間で肩身の狭い思いをしていることを心配し、『Z』不要論を唱えるロザリンド。二人の思いを見抜いている学院長の『策』とは。
そんな中、楽器職人育成のための学校に通う『Z』メンバーの弟(妹)が、自分の腕が認められるだろうかと不安をメンバーに打ち明ける。
弟(妹)を励まそうと、『Z』は彼(彼女)の作った楽器で演奏を行うことを決め、音楽準備室で練習を開始する。しかし、そこは過去に亡くなった生徒がいて、その幽霊が出るらしいという曰く付きの部屋。
楽器の不備やトラブルを乗り越え、演奏される楽曲。
●『楽士たちの歌』キャスト募集
舞台演劇『楽士たちの歌』へ出演する役者を募集します。募集する役は、以下の通りです。
・カルテット『Z』‥‥クラウス・リーゼロッテ・エルハルト・アウレリア
・マリアンネ音楽学院の関係者
劇中カルテットメンバー等による演奏がありますが、楽器演奏が出来なければならない等の制限はありません。演奏が出来ない場合でも録音などで対応します。
●リプレイ本文
●パンフレット
クラウス‥‥ジェイムズ・クランプ(fa3960)
リーゼロッテ‥‥月居ヤエル(fa2680)
エルハルト‥‥ユリウス・ハート(fa2661)
アウレリア‥‥エルヴィア(fa0095)
クラリッサ‥‥マリーカ・フォルケン(fa2457)
アルノルト‥‥ジョゼ・ジャクリーン(fa3768)
エステル‥‥紗綾(fa1851)
ライナー‥‥伝ノ助(fa0430)
カトリーネ学院長‥‥エマ・ゴールドウィン(fa3764)
●音を求める者、音に求める物
「ええ。双子だからかしら? バイオリズムが似通ってくるのは」
幾つかのファイルを広げ、綴じられている書類の文字に目を通しながら。
「その割りには適正は別のところに現れているのね‥‥え? 質は‥‥いいのだけれど。実際エルハルトはソロテストではいつも上位エントリー者よ。音に傲慢さが残るようだけど」
電話での話は徐々に纏まってきたようで、話半分手元半分、片手で机上を片付けていく。
「まあ、中々良い『品』だと思うわ。二人とも」
カチャリ、と夫との会話を置く学院長。
・ ・ ・
「‥‥ねえアウレリア、どうして皆『合わせよう』としないの?」
カルテットA第2ヴァイオリンの『天才少年』アルノルト。飛び級で入学してきたこの少年は痛いところを気遣う事無く一撃必殺で貫くことを得意としている。彼がここでZの練習に付き合っているのは、カルテットAの顧問教師が出張で不在、その顧問が代役を頼んだクラリッサという教師の提案からだ。
アルノルトの言葉に、アウレリアが他の3人の様子を見る。クラウスは演奏前からダメ出しを受けた今まで変わらず、やはりどこか気持ちが抜けているように感じられる。リーゼロッテはクラウスとは違った意味で相変わらず。
「‥‥?」
エルハルトの様子だけが違っていた。いつもなら演奏が終わると自信満々に自分の腕を自慢し、今回のようにダメ出しが入ると即噛み付き返すはずなのだが、何か奥歯に物が挟まったような表情を浮かべて黙っている。
「アウレリア、私ちょっと飲み物買ってくるわ。話聞いといてー」
予想通りといえば予想通り、アルノルトが演奏の問題点を指摘し始めるとリーゼロッテがご退場なさる。
「僕らのことをたいして知りもしないで、無責任に色々言ってくれるね。お子様のくせにこの僕に意見しようなんて10年早いよ」
いつもよりテンション低めだがやはり噛み付くエルハルト。人より抜きん出て『耳の良い』彼は、演奏中にやはり気付いたのだった。クラウスの不調に。
「お子様って、おいらとあんまり変わらないのに」
「誰が背が低い童顔だって!?」
「言ってない言ってないそんなこと」
「エルハルト、いい加減そのくらいにしとけよ。ほら、少し頭冷やそうぜ」
クラウスがエルハルトを連れて練習室を出て行く。
練習室に取り残された二人。アルノルトはかつてのカルテットAチェロ奏者で自分を弟のように可愛がってくれていたアウレリアに言葉を向ける。
「一人一人はすごい音を持ってるのに。何で皆他の人の音を聞かないんだろう」
Zのちぐはぐな演奏。だが恐ろしい質の音。元Aのアウレリアの、本番という気負いのない状態での演奏のレベルは高い。だがそれだけでなく、リーゼロッテのヴィオラも、エルハルトのヴァイオリンも賞賛に値する。
「『聞こうとしない』訳じゃないんだね。『どの音を聞いていいのか分からない』そんな感じ。‥‥悩んでるのかな。皆」
あるいは。各々が聞こうとしている音の『迷い』に引き摺られてしまっているのか。
曇った音色だけひとつ、遠く響かなかった。
●認めてもらいたい
「そう、いいんじゃない?」
学院長がサインして返した紙は施設使用許可証。Zには通常の使用割り当て以外の室内設備使用は届出でなく申請が必要なのだ。
そんな申請が行われた理由というのが‥‥
「兄がいつもお世話になってます」
という妹さんの襲来による。明るい笑顔を見せるエステルはエルハルトの双子の妹。その彼女の『相談』が事の発端だった。
エステルは音楽学院に併設された楽器職人育成学校の生徒で、尊敬する楽器職人の元へ弟子入りすることが決まったのだ。だが、表には見せないが自分の腕に自信を持てないエステルは、その楽器職人に認めてもらえるか、新しい環境でやっていけるか不安に思い、こうして兄とその仲間たちに突撃をかまして不安を打ち明けたのだった。
誰に、どうして認めてほしいのか。聞いたリーゼロッテへの答えが先の通りだったのだが、エステルの本心はまた別のところにもあり。
いつか自分の作った楽器で兄や友人達に最高の演奏をしてもらいたい。それがエステルの夢だ。
その夢が「じゃあエステルの作った楽器を使って演奏会をしよう!」という提案によって、本人の充分な自信無いままあっという間に叶えられようとしていた。
そして、先の施設利用申請である。本人は隠しているつもりなのだろうが実はバレバレのシスコンエルハルトが妹のために珍しく申請へ向かい、そして無事部屋を借りることに成功した。何故か数日先の予定まで見ても、他の練習室が全て予約済みでも予約されていない部屋。
「幽霊が出るんだってさ。全く、そんなもの信じていないで現実を見るべきだね。この僕のように」
部屋にエステル作の楽器を持って揃うZの一行。自分の作品に不安な表情のエステル。
「ところで、何を演奏する? 次の定期演奏会の課題曲なんかが手頃かな?」
「そうだな‥‥何か他にも希望はあるかい?」
クラウスの問いに、ヴァイオリンを取り出しつつエルハルトが言う。調弦の必要はあるかと楽器を構え弓を弾いたその瞬間。
何者かの意志がエルハルトの意識の前に降り立った。
そのまま始められる演奏。俗にバッハの『シャコンヌ』と呼ばれる楽曲、正式には『無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ第2番ニ短調』の第5曲。第1部を弾き終えると、一息置いてすぐに第2部へ入る。
「ねえエルハルト、いつまであなたの演奏会を聞いてればいいのかしら?」
ニ長調の16変奏から。
「エルハルト‥‥?」
19変奏で躓く。全体的な違和感に首を傾げ、また弾き始めるエルハルト。
「エルハルト、もういいだろ。お前は天才なんだから、ソロ曲は別の機会にやったって」
「駄目だよ、どんな天才だって一日休むとそれを取り戻すのに三日はかかるんだから」
エルハルトの手を掴んで言ったクラウスに、エルハルトじゃないエルハルトが答えた。
「お、お兄ちゃん‥‥?」
エステルの困惑した声も届かず。
「いくら練習しても納得出来る音にならないんだ。特にこの、A線の音が‥‥」
・ ・ ・
――誰も使わない音楽準備室に、幽霊が出るらしい。
――少し古い学院の制服を着た、赤毛の青年。
――志半ばで病死した、学院の生徒らしいという噂がまことしやかに流れている。
「‥‥幽霊ね、幽霊。何処の学校でも七不思議ってあるしな。声楽科の方でも似たような話が‥‥あれはトイレか。何にせよ、エルハルトが変なのは事実だからな」
「元々エルハルトは変だけど」
リーゼロッテのツッコミは置いといて。
幽霊などあまり信じられる話ではないが、他に心当たりが無かった。その学院の幽霊についてアウレリアがチェロのレッスンの際クラリッサに尋ねたところ、それらしい情報があると聞いたという。クラリッサやA顧問教師ロザリンドの同級生、ライナーの話。
「ライナー君は、わたくしなんかとは比べることも出来ないほど才能に満ち溢れていて、将来を嘱望されていたヴァイオリニストだったわ。だけれど、生まれつき心臓に病を抱えていたらしくて、それが原因で才能を散らせることになったのよ」
未練が残ったんだと思う、と。クラリッサからその話を聞いた一行が、どうしたらライナーが成仏しエルハルトを解放してくれるかと考えた結果、アウレリアの提案で深夜に演奏会を開くことに決めた。問題は、演奏曲だが‥‥
一方、毎日のように準備室で演奏を続けやつれていく兄の姿を見て自分がダメな楽器を作ったせいかもしれないと思ったエステルは、ライナーの乗り移ったエルハルトを奇襲してヴァイオリンを奪取、エルハルト自身のヴァイオリンを代わりに押し付けて楽器のチェックを始めた。
ニスの問題か魂柱の形状の問題かは判らないが響きにムラがある、というクラウスからの実際使ってみての感想を元に各部をチェックしてみると、やはり。
「‥‥ここだ」
見つかった、失念していた不備。他の楽器も調べてみると、果たして全く同じ場所に同種のミスが見られた。
そして同じく、全ての楽器から見つかった跡。渡してから間もないのに使い込まれた跡。
エステルは修正を開始した。
・ ・ ・
学院の生徒の中でも抜きん出た才能を持ちながら努力を続けていた赤毛の生徒。無理しなければ大丈夫と軽い心臓病を患いながらも楽器を弾き続けてきた彼は、周囲の止める声から逃れるため音楽準備室でこっそり練習していた。
楽器に関わっている時は時間など忘れていた。自分の体にかかっている負担や疲れにも気付かなかった。だから。
ライナーは、ある日発作で倒れた。音楽を何より愛した彼は、音楽への愛ゆえにヴァイオリンを弾けなくなった。
そのライナーを前に、クラウスたちはエステルの楽器を手に深夜に集まって。クラリッサが語りかける。
「ライナー君」
「クラリッサ‥‥だね? 変わらないね。久しぶり」
「まだ、学院から離れられないの?」
「やっぱり、僕は音楽が好きだから。彼には申し訳ないけど、少し体を貸してもらってる。‥‥懐かしい。いい腕を持った子どもたちが集まったんだね。彼らが今のA?」
「いや、俺たちはZです。‥‥ライナーさん。俺たちと一緒に演奏してくれませんか? そして、それで納得して踏ん切りをつけられたら、エルハルトを返してもらえますか」
クラウスの言葉にライナーは一瞬驚いたが、そのあと真面目な顔に戻って。
「うん。さすがに僕もずっと借りているつもりはなかったから。合奏は、逆に僕からお願いするよ。曲は、何にしようか」
「バッハのシャコンヌで」
リーゼロッテの言葉にまたもライナーは一瞬驚いて、彼女の持つヴィオラに納得した顔で頷く。その笑みはとても嬉しそうで。
「それじゃ、わたくしは客として聞かせてもらうわね」
手近な椅子にクラリッサが腰を下ろし、直したヴァイオリンをライナーに渡したエステルが緊張の眼差しで見つめる中、4人は楽器を構えて。
『無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ第2番ニ短調』は、元々ヴァイオリン一本で演奏する楽曲である。だが別楽器のために編曲されたものもあり合奏は不可能ではない。リーゼロッテを見てライナーが嬉しそうな笑みを漏らしたのは、ヴィオラでこの曲を弾く腕前があると彼女の表情が語っていたからだ。
しかし。チェロは。
深夜の演奏会が始まった。弾き始めて数秒で、ライナーは三度目の驚きを顔に表すことになる。
多少の技量不足はあるもののピッタリとくっついてくるクラウスのヴァイオリン。美しいヴィオラで楽曲を彩り広がりを作るリーゼロッテ。そしてチェロでこの曲を弾くという名人技とも言える光景を披露するアウレリア。
もともとヴァイオリン、ヴィオラ、チェロはヴァイオリン属といわれ共通点が多い。だがだからと言って少し練習すれば出来るようになるというものではない。
(「目の前の事に囚われすぎて、すぐ成果を出して認めてもらう事だけ考えてた気がする」)
才能ではない、彼ら自身の努力によって積み上げられた演奏を聴きながら、エステルは思った。
大切なのは結果を出すことではない。音楽を愛する気持ち。それを持って努力を続けていれば、結果は勝手に着いてくる。
演奏を聴きながら、こっそり拭う涙。
●音楽を続ける理由
認めてもらえずとも、努力を続ければ必ず認めてもらえる。そう信じるようになったエステルのために音楽準備室に出入りを続けるエルハルト。いい昼寝場所が出来たと話しながらもそこでこっそり練習しているそのことを、リーゼロッテは知っていた。
相変わらず、音楽に関わり続けながらもその理由が分からない。死んでなお音楽を続けたいと思っていたライナー。じゃあ、何故自分は音楽をやっているのか。今まで「興味無い」「成り行き」という言葉だけで片付けていた疑問が、リーゼロッテの中に流れず引っかかっていた。
同じくライナーの事件で影響を受けたアウレリアは、クラリッサとのレッスンで。
「まだ人前で演奏するのは怖いけれど‥‥けれど、やっぱり私は音楽が好きです。今なら、死んでもまだ音楽を続けたいと思っていたライナーさんの気持ちが分かる気がします」
その言葉に、クラリッサは嬉しい笑みを浮かべて。
あの夜、エルハルトから出てきたライナーは生前の姿で「ありがとう」といって消えた。
「僕が無茶をするとロザリンドが叱って、それを君が宥めてくれて。でも、ロザリンドが叱ってくれるのは常に僕らを気にかけてくれたからなんだよね。いつもああだから誤解されやすいけどさ」
演奏を終えて彼が消えるまでの間、ライナーとは懐かしい思い出の話をした。ライナー、クラリッサ、そしてロザリンドともう一人のあいつ。あの時のカルテットA。
「ロザリンド‥‥」
今は立場を異にする親友を思って、クラリッサは小さく呟いた。
・ ・ ・
「お帰りなさい、ロザリンド。ご苦労様」
手元で2冊のファイルをめくり確認しながら。各カルテットについてのファイルと、9月の学院行事である入学式関連のファイル。
「ええ。貴女に一任するわ。こき使ってあげて」
――第3楽章へ