楽士たちの歌・第3楽章ヨーロッパ

種類 シリーズ
担当 香月ショウコ
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 4.6万円
参加人数 10人
サポート 0人
期間 09/20〜09/26
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●本文

 マリアンネ音楽学院。この学院には、クラシック音楽の道の先頭を歩きたいと願う若者が集う。
 音楽学院の敷地の一角、弦楽器科では‥‥

 カルテットAのヴァイオリニスト、アルノルト。
「『聞こうとしない』訳じゃないんだね。『どの音を聞いていいのか分からない』そんな感じ。‥‥悩んでるのかな。皆」
 天才と呼ばれる彼も、音楽を続けたい彼自身と彼のため働く家族のために努力と才能と桁外れの結果を強要される、2代目学院長カトリーネの定めたカルテット制の呪縛に捕らわれた一人で。

 大切なのは結果を出すことではない。音楽を愛する気持ち。それを持って努力を続けていれば、結果は勝手に着いてくる。認めてもらえずとも、努力を続ければ必ず認めてもらえる。
 表面的には変わらぬまでも、舞台の裏側で一人練習を始めたエルハルト。
 音楽が好きだと、だから続けているのだと、気持ちを新たにしたアウレリア
 幽霊ライナーとの演奏会の後、氷解しない疑問に悩むリーゼロッテ。何故、自分は音楽を続けているのか。
 いつまでも音の響かないリーダー、クラウス。戻らない情熱。

 そして、かつてのカルテットAの仲間であったクラリッサとロザリンド。
 今は立場を異にする親友を思って、クラリッサは小さく呟いた。

 ・ ・ ・

「お帰りなさい、ロザリンド。ご苦労様」
 手元で2冊のファイルをめくり確認しながら。各カルテットについてのファイルと、9月の学院行事である入学式関連のファイル。
「ええ。貴女に一任するわ。こき使ってあげて」
 移り変わっていく状況。カトリーネがロザリンドに指示したこととは。


 カルテット『Z』。クラウス、リーゼロッテ、エルハルト、アウレリアの4人で構成される、学院の落ちこぼれカルテット。
 そんな4人の、マリアンネ音楽学院での日常を描く舞台演劇『楽士たちの歌』。
 第3楽章。

●隠された時間、秘められし光・あらすじ
 ある日、学院からカルテットZに出された指示。それは入学式の手伝いだった。
 万年最低ランク、少しは学院の役に立つことをしろ。暗にそんな言葉が込められた指示に反発し練習するメンバー。

 そこに現れるカルテットA。彼らにZメンバーは劣等感を抱く。挫折を感じたクラウスは、ある夜寮を抜け出し『開かずの間』と呼ばれる古い練習室へ向かう。
 侵入法を知っていたクラウスはそこで物思いに耽るが、他の誰かの気配に身を隠す。そっと様子を窺うと、入ってきたのはカルテットAのメンバーの一人だった。
 生徒たちのトップ。その実力の裏には、ここでの規定時間外の練習など必死の努力があった。
 ちょっとした事故で二人は鉢合わせしてしまうが、その夜のことは内緒の約束で、日常へと戻っていく。

 クラウスはメンバーを励まし、入学当初の希望に満ちていた頃の気持ちを思い出す。
 入学式での演奏の役目。そこをひとまずの目標とスタート地点と定め、4人は練習に打ち込む。

●『楽士たちの歌』キャスト募集
 舞台演劇『楽士たちの歌』へ出演する役者を募集します。募集する役は、以下の通りです。
・カルテット『Z』‥‥クラウス・リーゼロッテ・エルハルト・アウレリア
・マリアンネ音楽学院の関係者

 劇中カルテットメンバー等による演奏がありますが、楽器演奏が出来なければならない等の制限はありません。演奏が出来ない場合でも録音などで対応します。

●今回の参加者

 fa0095 エルヴィア(22歳・♀・一角獣)
 fa0430 伝ノ助(19歳・♂・狸)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa2457 マリーカ・フォルケン(22歳・♀・小鳥)
 fa2661 ユリウス・ハート(14歳・♂・猫)
 fa2680 月居ヤエル(17歳・♀・兎)
 fa2844 黒曜石(17歳・♂・小鳥)
 fa3764 エマ・ゴールドウィン(56歳・♀・ハムスター)
 fa3768 ジョゼ・ジャクリーン(12歳・♂・リス)
 fa3960 ジェイムズ・クランプ(22歳・♂・犬)

●リプレイ本文

●パンフレット
クラウス‥‥ジェイムズ・クランプ(fa3960)
リーゼロッテ‥‥月居ヤエル(fa2680)
エルハルト‥‥ユリウス・ハート(fa2661)
アウレリア‥‥エルヴィア(fa0095)
クラリッサ‥‥マリーカ・フォルケン(fa2457)
ロザリンド‥‥羽曳野ハツ子(fa1032)
アルノルト‥‥ジョゼ・ジャクリーン(fa3768)
ローラン‥‥黒曜石(fa2844)
ハインツ‥‥伝ノ助(fa0430)
カトリーネ学院長‥‥エマ・ゴールドウィン(fa3764)

●新たな原石へ
 椅子や資料を並べておく長机を数台重ねて持ってきては大ホールや廊下に置いていくZメンバー。そして置かれた椅子の位置などを調整しながら皆を見守るクラリッサ。
「ところで、何で私たちがこんなこと手伝わされなきゃならないの?」
 壇上からクラリッサに尋ねるリーゼロッテ。「話をした時貴女はいなかったわね」と答えようとクラリッサが口を開きかけると、エルハルトが肩をすくめながら言った。
「準備を手伝ったら、入学式で模範演奏をする機会を与えるわ。人前で演奏することなんて、貴方達にはそうそう無いでしょう? なんだとさ」
 エルハルトが口調を真似たらしい某ヴィオラ教師はどこぞでクシャミをしたとかしなかったとか。

 ・ ・ ・

 時間は二日ほど遡る。
 学院長の部屋へと呼ばれたクラリッサは、出張から帰ってきたロザリンドと久しぶりの再会をした。お互いに話したいことはいろいろあったが、まずはカトリーネから話を聞くのが先だった。
 学院長が学院の教師たちに望むことは、教師が上手く生徒同士をぶつけ合い、最高のダイヤを作り上げていくこと。それが『音楽家の卵達の市場』、現在の学院の裏の顔とも言える一面が求める学院の在り方だ。
 だから。
「カルテットAとZに、入学式の模範演奏に参加してもらうわ。お願いね、二人とも」
 分かりました、と答える二人の教師。一人は窮地に立っている生徒たちのためを思い、一人は同僚の立場を思い。
「ところで、クラリッサ。Zのクラウスのことなのだけど」
 と学院長が話し始める。
 学費の滞納ついて。学費は月毎の納付となっており、滞納が半年を越えると自主退学勧告がなされる。彼の父親が倒れてから、学費の目処がつかないのだった。
「‥‥分かりました。せっかくの才能を此処で潰してしまう訳にはいきませんから」
 クラリッサが了承したのは、入学式での演奏でクラウスをはじめZの技量を出来るだけ高めよという指示。
 学院の生徒が外部の人間の前で演奏する機会は多い。『客』に『商品』の質の高さを披露する必要があるためである。興味を持った生徒に個人奨学金を与える篤志家もおり、学院が商品をより良く完成させるための一助となる。同時に、早い段階から買い手を探しておく手段にもなる。
 Zの技量を高めるというのは、エルハルトの父親らからの要望だった。学費などについてクラウスを救おうにも、現状手立てが無い。だが彼が実力を示すことが出来れば、胸を張って『将来の大音楽家への投資』が出来るようになる。
 そういう、大人の事情。

 ・ ・ ・

 彼らが入ってくると、ホールの空気が変わったように錯覚された。カルテットA。
 独奏・合奏共に天賦の才を持ち学内屈指の腕前を持つローラン。
 旋律の中の和を大事にする、特に合奏で驚異的な調和を見せるハインツ。
 飛び級で学院に入学し、学院トップクラスへ上り詰めた天才少年アルノルト。
 そして、プロ並のチェロの腕前と音を聴く『耳』を持つアウレリアがいた。
「雑用か。似合いの仕事だな」
「お前らだってやらされるんじゃないかよ」
「入学式での模範演奏をお前たちもやるということだが」
「おい無視かよ無視!」
 ローランと対峙し話すアウレリアに対応してやる必要は無いとばかりガン無視のリーゼロッテ、空回りするエルハルト。クラウスは彼らを見つつも何も言わず。
 フン、と軽く鼻を鳴らして、ローランは二人に楽器を持つように指示する。そして目だけで会話し始める演奏。G線上のアリア、模範演奏でZが弾こうと練習中の曲。それを完璧に演奏してみせるA。
「落ちこぼれが今になって付け焼刃で練習したところでどうにもならない。いい加減足掻いていないで解散したらどうなんだ」
 演奏を終え、楽器を下ろしたローランが言い放つ。その言葉にアウレリアが激昂した。
「落ちこぼれなんかじゃない、皆立派な音楽家よ。そんな言葉は入学式での演奏を聴いてからにして。‥‥あなたには負けない。Zは、私達は最高の演奏をしてみせる」
 アウレリアの初めて見る表情にZの3人とアルノルトは驚き、ローランとハインツは変わらず。
「口では何とでも言える。音楽家なら、音楽を示せ。‥‥行くぞ」
 二人を促し去っていくローラン。Aが消えていくその方向をアウレリアは暫らく見つめたまま。
「‥‥音楽家なら、音楽を示せー。だってさ。どこぞの鉄面皮みたいな言い方だな」
 何とか立ち直ってエルハルトが言う。だがしかし。やはりまだ彼は立ち直っていなかった。
「そうね、貴女に似ているかもしれないわ、ロザリンド」
「え゛!?」
 エルハルトが振り向くと、クラリッサの隣にロザリンド。その表情は変わっていないが、気のせいかいつもより強いオーラの流れを感じる。
 そのロザリンドに、アウレリアは。
「私はやっぱり音楽が好き。音楽を通じて聴く人を感動させたい。それがZの皆となら出来る気がするの。だから、少しだけ時間を頂戴」

●隠された時間
「アルノルト。音に迷いがある」
 カルテットAのために用意されたともいえる練習室で。
「ごめん、ちょっと考え事しちゃっててさ。入学式での模範演奏。上級生の実力を測られちゃうわけだよね。プレッシャーだなぁって」
 そう話すアルノルトに、ローランはほんの少し口元を緩めて。
「俺たちはカルテットだ。一人で演奏するわけじゃない。実力を測れるものなら、測らせてやればいい」
「うん、ローランもハインツも皆いる、大丈夫だよね」
 顔に笑みの戻るアルノルト。だが。
(「だが、アウレリアはここにはいない、か」)
 ハインツはそう気付いていて。
「ローラン、時間だ」
 そう短く告げて眼鏡を直し、楽譜を片付け始める。解散の号令の後、彼らは各々の個人の生活に戻っていく。時間の使い方は自由だ。
「アル、無理はするなよ。音を保つのに日々の努力は不可欠だが、体を壊しては元も子も無い」
「ありがとうハインツ。大丈夫、程々にしておくよ」
 楽器を抱えて去っていくアルノルトを見送り、先に去ったローランに追いつこうと早足で廊下を行きながら。
(「アウレリア‥‥これは君が選んだ道だ。歩くのも君自身だ。いつまでそこで立ち止まっているんだ? 観客はもう待ちくたびれてるぞ」)

 ・ ・ ・

 クラリッサはチェロの教師だが、他のヴァイオリン属の楽器も一通り演奏できる。それを活かして、他の楽器に合わせて演奏し、『合奏』を聴かせた。
「1+1+1+1の答えがどこまでだって伸びていく。それがカルテットの魅力よ。その魅力を分かってほしいと思うのよ」
 クラリッサの言葉もよく分かった。だが、3人はまだ『迷って』いた。
 リーゼロッテは持つ疑問がより大きくなっていることを感じていた。幽霊ライナーを送った時、彼の音楽に対する姿勢に思うところがあった。そして今日、Aの演奏を聴いて劣等感を抱いた。私は音楽に興味無かったはず。どうしてこれほどに悔しいのか。
「エルハルト」
 クラリッサが席を外し4人だけになった練習室で、ふいにクラウスが口を開いた。呼ばれたエルハルトが視線を向ける。
「1st、お前にやってもらえないかなって思って」
 相変わらずの、しかしいつも通りじゃないクラウスの言葉に、エルハルトの表情が一瞬にして変わる。
「こっ‥‥この大馬鹿者! この僕が、何のためにここにいると思っているんだ!」
 立ち上がりクラウスに詰め寄って。エルハルトは言葉を続ける。
「お前が父さんの所で聞かせてくれたあの音‥‥僕に無い音を聞いて、僕はお前とずっと組みたいと思っていた。お前がマリアンネを受けたいっていった時僕がどんなに嬉しかったか判るか!?」
 そのエルハルトの言葉に、初めて知る彼の真意に、クラウスは俯き視線を逸らす。
「僕なら第一でも上手くやっていけるだろう。だけど、僕はお前と一緒に演奏したいんだ! それなのに、糞クラウス! お前なんかヘソ噛んで死んでしまえ!」
 飛び出していくエルハルトをアウレリアが追い。部屋に残ったクラウスにリーゼロッテが話しかける。
「私をカルテットに誘ったのはアンタでしょ。私より先に音をあげてどうするのよ」
 答えないクラウスにリーゼロッテは続けた。
「覚えてる? カルテット、私が抜けたいと思ったときに抜けるって。でも、まだ抜けないわよ。今のこのワケ分かんない気持ちの正体が掴めるまで。アンタにも付き合ってもらうからね」
 言って部屋を出るリーゼロッテ。部屋にはクラウスだけが残り。


 練習室を飛び出したエルハルトと彼を追ってきたアウレリアは、意外と近くに留まっていた。リーゼロッテが追いつくと、そこにはロザリンドの姿も。
「それ、マジかよ」
 エルハルトが小さく呟く。アウレリアも真剣な表情で聞いている。
「何、どうしたの?」
「貴女も‥‥誰も気付いていないでしょう? クラリッサの立場のこと」
 ロザリンドが話すのは、Zの成績のせいで学院内でのクラリッサの立場が悪くなっていること、そして下手をすると解雇もあり得るということ。
「貴方たちは今自分のことしか見えていない。ソリストならそれも良いかもしれない。でも、貴方たちはカルテットを組んでいるの。その意味をもう一度、よく考えてみることね」
 そこまで言うと、ロザリンドは踵を返し去っていった。

 ・ ・ ・

 夜。
 そこは『開かずの間』と生徒たちに呼ばれている練習室。しかしそこが『開かず』になったのは最近の話で、クラウスが4年になるまでは練習に使っていた。だからこそ構造をよく知っていて、今夜のように忍び込んで一人思いを巡らすことがあった。
 倒れた父親から手紙が来た。家のことは気にせず勉強しろと。頑張れと。そう応援してくれることは嬉しかったが、父の治療費や生活費、それに加えて自分の決して安くない学費では‥‥
 その時、不意に聞こえてくるヴァイオリンの音色。モーツァルトの小夜曲。途中で演奏を止めては、また少し手前から弾きなおす。そんなことが幾度か繰り返される。
(「‥‥Aの、アルノルト?」)
 その姿をしっかり確認しようと覗き込んでいた場所から一歩踏み出す。と、足元に落ちていた教本に足を滑らす。
「誰?」
「いてて‥‥ごめん、俺」
 転んだ音で止まる演奏、クラウスに気付くアルノルト。


 一人、開かずの練習室で練習していたアルノルト。彼は奨学金の都合などで、Cランク以下に落ちると退学を余儀なくされている。学校を辞めると二度と楽器を持てないかもしれない。そのプレッシャーに打ち勝って、迷いや悩みを音に出さないよう、こうして努力を重ねていた。
 アルノルトに対する学院の生徒一般の認識は『天才少年』である。だが、彼の『天才』ぶりは並々ならぬ努力の上に成り立っている。自分が信じた道を進み続けるための努力。
 実家の状況に悩み、音楽を続けるも辞めるも決心のつかなかったクラウス。だが、その中途半端な立場は甘えだったと気付いた。
 認めてもらえずとも、努力を続ければいつか必ず。ライナーの事件でエステルが思ったように、クラウスもそれを信じ、今やれることを精一杯。突っ走ってみよう。
(「俺と組んだ時間が無駄だったって言われたら、皆に申し訳立たないしな。俺は、俺の今できる事をすればいいんだな」)
 苦笑を浮かべるクラウス。その表情から悩みや迷いが消えていくのを見て、アルノルトの顔にも笑みがやって来た。

●秘められし光
「‥‥なんだか知らないが、覚悟は決めた様だな。スッキリした顔をしおって、僕は眠いから今日の練習はパスだ」
 翌日練習室に現れたクラウスを見て、エルハルトは安堵の声を上げた。気になって眠れなかったらしい彼が部屋から撤収しようとすると、掴まれる首根っこ。
「エルハルト、逃げられると思うなよ。リーゼロッテも、いいな?」
 クラウスの言葉に、リーゼロッテは軽く肩を竦めてみせる。どこか、受けて立とうじゃないかと言っている様にも見えて。
 やっぱりZは落ちこぼれなんかじゃない。そう確信するアウレリアは楽譜を開く。


 居並ぶ観客。横で眺めている教師たちやカルテットA。
 震える指先を気持ちで押さえながら弓を構えるアウレリア。挑戦的な笑みを浮かべて楽譜を譜面台に立てるエルハルト。戸惑いは消えない、だが演奏を楽しいと思い始めたリーゼロッテは、リーダーの合図を待ち。
 クラウスの合図。呼吸を合わせ、演奏を開始する。
 戻ってきた旋律。しかし、ローランの言った付け焼刃という言葉もまた事実。たった数日の練習で完璧になるほど音楽は簡単なものでは無い。だがそれでも、今までのZの演奏を聴いていた者達にはその演奏は驚異的で。
 入学式での模範演奏は、無事に終了した。当然のようにAには及びもつかなかったが、それでも皆晴れ晴れとした表情をしていた。

 ・ ・ ・

「突然呼び出してごめんなさいね、クラウス。でも、用件は何か大体分かっていると思うわ」
 自分が今から話そうとしていることに間違いが無いかと念の為資料を確認してから、学院長が告げる。
「クラウス・エッシェンバッハ。校則第32条の規定により、貴方に自主退学勧告をいたします」





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