楽士たちの歌・最終楽章ヨーロッパ
種類 |
シリーズEX
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担当 |
香月ショウコ
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芸能 |
3Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
12.9万円
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参加人数 |
11人
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サポート |
0人
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期間 |
10/26〜11/01
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前回のリプレイを見る
●本文
「私はやっぱり音楽が好き。音楽を通じて聴く人を感動させたい。それがZの皆となら出来る気がするの」
「僕なら第一でも上手くやっていけるだろう。だけど、僕はお前と一緒に演奏したいんだ!」
「でも、まだ抜けないわよ。今のこのワケ分かんない気持ちの正体が掴めるまで。アンタにも付き合ってもらうからね」
アウレリア、エルハルト、リーゼロッテ。そして、
「俺と組んだ時間が無駄だったって言われたら、皆に申し訳立たないしな。俺は、俺の今できる事をすればいいんだな」
クラウス。彼ら4人、カルテットZはようやく一つにまとまりだした。ソロとカルテットの違い。仲間がいること。戻ってきた旋律。
しかし。世界は非情にまわる。
「クラウス・エッシェンバッハ。校則第32条の規定により、貴方に自主退学勧告をいたします」
カルテット『Z』。クラウス、リーゼロッテ、エルハルト、アウレリアの4人で構成される、学院の落ちこぼれカルテット。
そんな4人の、マリアンネ音楽学院での日常を描く舞台演劇『楽士たちの歌』。
最終楽章。
●楽士たちの歌・あらすじ
優れた音楽家の工場である音楽学院。成績の悪いカルテットを放置し続けることはなかった。
入学式での演奏を終えて半月ほど。再びクラウスは学院長から呼び出しを受けた。それは彼への自主退学勧告よりも衝撃的な内容だった。
学院長が彼に言った言葉、それは「次の定期演奏会の結果次第で解散」。
カルテットZは、1ヵ月後の演奏会に向け合宿を行う。そこで明らかになる各自の悩み・想い。
喧嘩も多かった。辛いこと苦しいこともあった。それでも。思うことは4人とも同じ。
「この4人で音楽を続けたい!」
1ヶ月はあっという間に過ぎ行き。4人は運命の演奏会当日を迎える‥‥
●『楽士たちの歌』キャスト募集
舞台演劇『楽士たちの歌』へ出演する役者を募集します。募集する役は、以下の通りです。
・カルテット『Z』‥‥クラウス・リーゼロッテ・エルハルト・アウレリア
・マリアンネ音楽学院の関係者
劇中カルテットメンバー等による演奏がありますが、楽器演奏が出来なければならない等の制限はありません。演奏が出来ない場合でも録音などで対応します。
●リプレイ本文
●パンフレット
クラウス‥‥ジェイムズ・クランプ(fa3960)
リーゼロッテ‥‥月居ヤエル(fa2680)
エルハルト‥‥ユリウス・ハート(fa2661)
アウレリア‥‥エルヴィア(fa0095)
クラリッサ‥‥マリーカ・フォルケン(fa2457)
ロザリンド‥‥羽曳野ハツ子(fa1032)
アルノルト‥‥ジョゼ・ジャクリーン(fa3768)
ローラン‥‥黒曜石(fa2844)
ハインツ‥‥伝ノ助(fa0430)
カトリーネ学院長‥‥エマ・ゴールドウィン(fa3764)
クララ‥‥乾 くるみ(fa3860)
●母へのフューネラル・終曲のプレリュード
学院長カトリーネはクラシックというものが嫌いだった。何故か。天才音楽家の母に付けられた悪評が理由だ。
音感にリズム感、音楽的才能、そして何より音楽への愛情に恵まれたマリアンネはしかし、財に恵まれなかった。毎日を生きながら愛する音楽を続けるため、マリアンネは音楽以外で恵まれたもう一つの武器を使う。見た目麗しき彼女は学びの為に体を売り、才能を開花させてからは音楽と美貌の両方を駆使してパトロンを得た。
次第にマリアンネは音楽界の階段を上ってゆく。しかし一方では人に媚び体を許してまで富と名声を得ようとした女として嘲笑われた。
「私が教育者として仕事を始めた頃、この学院を創って学院長になっていた母は死んだわ。その辺りの時に、知り合いに言われたのよ。『君は聡明だ。クラシックを聞いても腹は膨れない。所詮金持ちの道楽だよ』」
学院長室にはカトリーネ。その真正面に一人立つクラウス。壁際にはもう一人、時々学院内で見かける中年の女性。
「その通りだと思うわ。クラシックは金持ちの道楽。奏でるのも聴くのもね。マーケットが狭いのよ。だからコストが高い。音楽界も狭いし、維持もまた大変」
今の徒弟制も高いコストを払って、得られるリターンはどれほどか全く分からない。
「オーダーメイドのスーツは高いけれど、大量生産のスーツはとても安い。この学院は、音楽家にその論理を適用する為の工場なのよ。分かるかしら? クラウス」
返る言葉は無く、ただ沈黙。学院の正体は確かに衝撃的ではある。だが、彼にはもう一つ、別の衝撃的な話を既に聞かされている。
Zの解散。それは学徒の学びの意志を無視するという点では教育として問題であり、しかし成果の上がらない部署を解体するという点では企業として正しい決定。
俺達で、定期演奏会で最高の演奏をお見せします。解散を聞かされた時クラウスは青ざめながらもそう言った。結果次第では解散を取り消してほしいと。
「先程、最高の演奏を見せると言ってくれましたよね、クラウス。望むところです。自分達が優れた商品である事を見せて下さい。そうして一人前の演奏家としてこの学院を出、貴方の旋律を聴かねば生きてゆけない中毒者を一人でも多く増やして下さいね。‥‥もう貴方は私の共犯者です。真にカルテット存続を願うなら、貴方は演奏家として合法ドラッグになる他道は無いのですから」
クラウスの眼前にいつもの学院長の柔和な笑みはなく。あるのは老獪な女商人の顔。
「‥‥期待を、裏切らないようにします」
学院長室を出て行くクラウスの背を見送って、ようやく中年の女は息を吐いた。
「売人で生成工場で、麻薬そのもの。とんでもない学校ですね、ここは」
と話すこの女性はクララという。学院のOGというのは本当だが、肩書きに不足がある。彼女は学院の『顧客』だ。
楽団オーナー。学院への数度の寄付に、学院卒業生2名のパトロネス。カトリーネが売人ならクララは客であり仲買人。
「悪くないですね」
ファイルに閉じられた資料を流し読み。
「じゃあ、決まりにする?」
「もう少し様子見。彼がどこまで有言実行出来る力があるか、それを確認してから。それまでは、私はただのOGですよ?」
「分かってるわよ」
軽く笑って机上の資料を整理しながら、カトリーネはクララを見送る。
「それにしても、合法麻薬がどうのって言っても、結局ここって人身売買機関なんですよね。音楽家専門の」
「悪く考えればね。良く考えれば、職業安定所みたいなものよ。音楽家専門のね」
扉の向こうへ消えるクララ。定期演奏会まであと半月。
●反復のエチュード・至高のコンチェルト
「ごめん、皆‥‥」
練習室に遅れて駆け込んできたアルノルトはだいぶ慌てているのか商売道具のヴァイオリンも持っていなかった。よって彼はもう一度学院半周走をする事になるのだがその前に。
「『Z』が解さ‥‥」
「話は休憩の時に聞こう。まずは楽器だ」
おいらの休憩は無いのかー、と思いつつ自業自得。ハインツの指摘に従いまた走り出すアルノルト。足音が遠ざかり消える。
「ローラン、聞いた事があるか? あの噂」
「くだらない。他人の事を気にする暇があるなら練習する」
「だろうな。アウレリアには気の毒だが」
開かずの練習室での事件がクラウスに音楽へ真っ直ぐ向かう姿勢を取り戻させたのだが、アルノルトはまだ少し心配していた。その心配が、偶然見かけた学院長室へ向かうクラウスを追いかけさせ、中での会話を立ち聞きさせた。退学勧告と解散予告は、自分との会話がクラウス着火のきっかけになったかもと考えるアルノルトを混乱させていた。Zを助けられないかとアルノルトはAメンバーと話そうと思っていたのだが、ローランもハインツも風の噂として既に知っていた。そして先程のアルノルトの様子で確証も得た。が。
「あれ以上進歩が無いならZは学院の『和』を乱す存在になる。仕方の無い事かもしれない」
「まあ、ZはZなりに好きにするだろう」
「無駄話はそれくらいに。アルノルトが戻ってくるまで、もう一度34小節から3人でやりましょう」
ロザリンドが告げる。このA専用の練習室には現在4人の人間がいる。第1ヴァイオリン『神に愛されし』ローラン、ヴィオラ『協奏曲』ハインツ、学院教師『鉄面皮』ロザリンド、そして入学式模範演奏時からAに所属するチェロ奏者。
カルテット制の弊害。上級生は皆カルテットを組んでいるため端数がおらず、欠員が出れば簡単に補充は利かないという事。しかもAに出た欠員を埋める人材となると、なかなか見つからない。そして今、Aはようやく見つかったチェロ奏者と最高の演奏をするための練習をここの所繰り返している。
やっと戻ってきた第2ヴァイオリン『天才少年』アルノルトを加えて、新生Aはその旋律を響かせる。
「ストップ。アルノルト、音が上擦っているわ。ハインツ、少し弾き急いでいるわね。少し落ち着きなさい。ローランは、もう少し彼女に手加減してあげなさい」
皆へダメ出しをすると、自己修正を待つロザリンド。
Aは学院最高のカルテットだが、学院最強のカルテットではない。Aの面々も他の生徒と比べスタートラインが前にあったわけではないからだ。彼らは天才だからと、生徒達は口々に言う。だがそれは妄想の産物。彼らが最高たり得ているのは単純に練習量の差。一つの綻びも見逃さず、見過ごさず。それこそが最も簡単に得ることが出来る、最も大きな力。才能などという夢物語を語っていては何も得られない。
「今日はこれくらいにしましょう。各自自分の演奏の見直しと、気持ちの整理をつけてくること。特にアルノルト」
「はい。すいません‥‥」
「Zの事が気になるのでしょうが、Aと関わりがあるのはZだけではありません。全てのカルテットが貴方達を見ているのです。自分たちに無くて、Aにあるものは何なのか。Aに追いつくためには何が必要か。それを模索しているのです」
だからAがするべきは他を気遣う事ではなく。B以下を振り返って手を差し伸べてはいけない。ただ、前だけを見て。より高い所へと。
(「そうだよね。おいらに出来る事はこれしかないんだ。‥‥でも、本当に大丈夫かな‥‥」)
解散するA。アルノルトはいつも通りに一人単独行動へ。
(「四重奏の良さは協調して一つの響きを作る所。おいら達はそれほど苦も無く音を合わせられた。‥‥Zは」)
ある練習室。丁度クラリッサとのレッスンを終えたアウレリアを捕まえ、アルノルトは。
「あ、ねぇアウレリア。クラウス、大丈夫なの?」
「‥‥? クラウスがどうかしたの?」
「え、あ、ほら、解散がどーのとか‥‥‥えーと‥‥なっ、何でもないっ!」
走り去ろうとするアルノルト。そのシャツの襟首はむんずとアウレリアに掴まれていて。
●連なるセレナーデ・終わらぬフーガ
その日々は意外な人物の意外な一面によって幕開けした。
クラウス提案の合宿。そこへ姿を現したクラリッサはまさに鬼と化していた。
「アウレリア、合わせようとするあまりに貴女らしさが消えかけているわ。もっと自分の音を引き出して! 周りと調和をとる事と個性を封印するのとは違います」
クラリッサは合宿に先駆けてクラウスから相談を受けていた。Zの解散予告、クラウスへの退学勧告について。
「エルハルト、個性と独走は違うわ。カルテットはお互いを高めあってこそのカルテット」
皆に余計なプレッシャーを与えたくない。だからクラウスは解散について話していなかった。自身の退学についても、彼らに背負わせる事ではないと思っていた。
「リーゼロッテ、まだまだ、皆との調和が取れていませんよ。この楽曲を、どのように奏でたいのか。皆の音から意志を汲み取りなさい」
ただ、クラウスでは演奏指導など出来ない。クラリッサはクラウスから相談を受け、合宿時に指導をしてくれと依頼をされたのだった。その結果、クラリッサはクラウスの想定外にスパルタ教官となって現れたのだった。
「貴方達の実力はそんなものではないはずよ! このまま中途半端で終わって後悔したくないのでしょう?」
そのスパルタ練習に、Zの皆は潰れる事無く取り組んでいた。入学式での模範演奏から復活し始めたクラウスの、まだ追い着ききれていない部分を補おうとするエルハルトに、何かを掴んだ様子のアウレリア。クラウスは相変わらず練習中はトップギア・フルスロットルで。他の3人に着いていくために必死で練習をするリーゼロッテは、真剣に取り組むがなかなか周囲に追いつけない自分自身に苛立ちを覚え。
・ ・
「で、唐突に組まれたこの合宿なワケだけど。突然どうしたのクラウス?」
入学式の時のエンジンが落ち着いていないのだろうと思いながらも、リーゼロッテは聞いた。と、返ってくるのは思いの他にはっきりしない回答。
「いや、今度の定期演奏会は、入学式の時より思い切りレベルアップしたとこを見せ付けなきゃなと思って‥‥」
答えだけを見れば理由は確かに頷けた。はっきりしないのはその口調。どこか浮ついているような、何か隠しているような。
「またお前は何か悩んでいるようだな。さしずめ学費滞納の事か、それとも雀どもの噂しているZ解散の話か」
「は? 何よそれ」
クラウスの様子にエルハルトがそう指摘すると、リーゼロッテが頓狂な声を上げる。
「解散の話の方か? 出てきても不思議は無いだろう、万年最下位実績無しカルテット、入学式での模範演奏が手切れ金だったとすれば無い話じゃない。それに、この僕のような天才にはソロの方から引く手数多、あの未来の大音楽家をこっちにまわせと圧力が‥‥」
「無い話じゃないって事は分かったけど、アンタの『引く手数多』ってのは信じられないわね。こんな捻くれた奴欲しがるなんて」
「その言葉お前が言うのか」
そんなやりとりが延々と繰り返される中、一人黙っていたアウレリアが口を開いた。
「合宿もそろそろ終わりだし、まとめでもないけど、少し楽器を置いて話をしない? 一つの音を一緒に作り上げるなら、皆の気持ちを少しでも近づけたいの」
と。いつもと少し違う雰囲気を持った口調にリーゼロッテとエルハルトは口喧嘩をやめて注目する。
「私はね、皆と運命に感謝しているわ。皆と出会ったのはとても幸運だった。Zが私を受け入れてくれた事、とても嬉しかった」
本番で弾けないチェリスト。Aを抜けやってきたZは、演奏バラバラ、学院からは厄介者扱い。それでも皆は優しく、個々の旋律を持っていた素晴らしい人達だった。
「私は、この学院を卒業してからの夢があるの。皆と一緒にやってきたから生まれた夢。その夢へ走って、辿り着くまで頑張れるように、その助走に、皆といられる間はずっと一緒に演奏したい。解散の噂? そんなの知らない。私は、皆と一緒にZで演奏する。それはもう決定事項なの」
そう言い切ったアウレリア。表情は笑みに満ちて、瞳には強い光が宿っていた。これまでのアウレリアはどこへ消えたのか。Zと出会って、彼女は大きく変わった。
一瞬唖然とした一同、破ったのはエルハルト。
「まぁそうだな。もし噂が本当で、Zを解散させようなどと学院が思っているなら、その考え撤回させてやればいい。万年最下位? ならのし上がって見せようじゃないか。実績が無い? そんなもの主張する前にまず黙って音を聴け。技量を見せ付ける。簡単な事だ」
フン、と鼻で笑って。
「ただ、少し憂慮すべき点はあるな。僕の所に毎日のように『ソロの誘い』が来る。全く鬱陶し‥‥」
「そうね、私も皆の足を引っ張らないようにしないと」
「ぶった切るなお前ぇ!」
エルハルトのいつもの自信に満ち溢れた、堂々とした態度。変わっているのは、昔の口先の自信と違って今の自信には仲間への信頼と確信があること。
自分の強い気持ちを表明したアウレリアとエルハルトとは違い、リーゼロッテは自分の中にあるよく分からないモノについて相談する。
「何だか腹立たしいのよ。エルハルトの幽霊騒動から始まった事なんだけど、何か悔しいっていうか‥‥Aなんかに音で負けてるのも物凄く癪だし‥‥」
自分の話が的を得ていないと思うのか話せば話すほど声が小さくなる。だがそれも仕方ない。話の核は何だろうという相談なのだ。そして、これにアウレリアが回答を出した。
「ねえ、それはきっと、リーゼロッテが心から音楽が好きだからよ」
「私が? 音楽を? 全然興味なんて無かったのに」
「ライナーさんの事件で悔しいと思うのは、きっとライナーさんの演奏に100%の調和を出せない自分が悔しかったのだろうし、Aに負けているのが癪だと思うのは、自分の出す音が一番素晴らしいものであるように願っているからだと思うの。‥‥興味の無いものに熱心にはなれないし、その結果出た答えに悔しがったり苛立ったりする事は無いもの」
「そうだな。興味が無いわりには、随分必死に練習しているなと僕も思っていたさ」
エルハルトのダメ押しに、導き出される答えは一つ。
「私は、音楽が好き。だから、続けてる。だから、頑張ってる」
その前提で思い返す。昔の演奏も記憶にある自分の言葉も、全て説明が出来るような気がする。思い起こしてみればずっと。リーゼロッテは音楽と共にいて、音楽を愛していた。
「クラウス」
アウレリアが促す。
「クラウスも抱えている事があるでしょう。一人で背負ってる必要は無いと思うの」
「心配事があるのなら皆にきちんと話せ。僕達はカルテットだろう。一人で力が足らなければ皆で補えばいい」
少しの沈黙。そして、やっと決心のついた表情で、クラウスはゆっくりと語りだした。
「この前、学院長に呼び出された。Zを、定期演奏会の結果次第では解散させるってさ」
声には出さないがショックが表情から窺えるリーゼロッテに、やれやれといった顔のエルハルト。アウレリアは、既にアルノルトへの尋問で全てを知っていた。
「それだけでも充分悪夢なんだけど、オマケに自主退学勧告まで食らったよ。‥‥俺は、Zを解散させたくない。ここを辞めるのもご免だ。前、リーゼロッテに演奏は選択肢の一つだと言ったけど、俺はやっぱり音楽が好きで、音楽しか無かったみたいだ。だから何が何でも定期演奏会では結果を残したかった。やっと進むべき道が、未来が少しずつ見えてきたんだ。Zが解散したら、俺は、俺達はまた道を見失ってしまうかもしれない。皆には必要以上に重圧を与えたくなかったんだ。黙っていて、ごめん」
「何を言ってるのよ。仮にもアンタはZのリーダーでしょ。途中で抜けるなんて、冗談も休み休み言いなさいよ」
「僕は、お前のいるZ以外で演奏する気は無いんだがな」
「私達はカルテットよ。皆で、立ち向かいましょう」
「‥‥ああ。後悔したくない。俺の為にも、皆の為にも。だから俺は全力を尽す。もしこのまま出資者が見つからず、俺が学校から去る事になっても‥‥俺はヴァイオリンを捨てないで必ず音楽を続ける。そして皆の所に必ず帰って来てみせる」
「『もし』の話など持ち込むな愚か者」
決意の色を秘めた瞳のクラウスに、エルハルトはそれは悪い癖だと後頭部を軽く一発。リーゼロッテもアウレリアも、それを見て声を出し笑って。
Zの皆にとって、カルテットZは失う事の出来ないかけがえの無い場所。
誰にも奪わせない。
定期演奏会まで、あと3日。
●聴衆のコラール・線上を降りたアリア
音を立てて大きな窓が開かれる。カトリーネは学院長室の窓を全て開けると、そこにはいない母へ告げた。
「お母様‥‥今日もお聞き下さいね」
マリアンネは四重奏を愛した。伝説のヴァイオリニストは生涯通してカルテットを組む仲間を求め続けた。だが彼女を取り囲む悪評が彼女を常に孤独に置いた。
窓を開け、旋律を天へ。生涯孤独な音楽家に、将来有望な生徒の旋律の捧げ物を。
学院長は時計を見ると、少し急ぎ足で部屋を出た。
定期演奏会はAで始まりZで終わる。最前列には他人を寄せ付けないオーラを放って両隣の席をも確保しているロザリンド。少しして隣にはクラリッサが座った。
「子供だと思っていたアウレリアが一人前の音楽家として花開こうとしているわ。もうわたくしの手から離れていってしまうのね」
「それは他のZにも言える事じゃないのかしら? 彼らの表情はだいぶ違うもの。ともあれ、色々と今まで手をかけさせてすまなかったわね。ありがとう」
「隣、空いてたら失礼しますよ」
二人の会話に割り込んで、クラリッサとは反対側の最前列空席に座る女性。確か学院の生徒の『就職先』になっている一人、クララというOGだと、ロザリンドは気付いた。
「付け焼刃は、少しはマシになったか?」
少しも緊張した所の見えない口調と立ち姿で、ローランは言った。
「今度は、名匠の剣を持ってきたよ」
クラウスは笑みまで浮かべて返した。これまで仲間達と多くの練習を積んできた。学院長から内々に情報を得たクラリッサから、クラウスに後援者が付くかもしれないという話も聞き、士気高まるZはそれまでと違った雰囲気を放っていた。
「ならば次は、扱う者の腕前を見せて貰おうか。どれだけ精密にその剣を振るえるか」
「ま、僕達はロボットみたいな演奏はしないがな。僕らは、命ある人間の演奏をする」
「他人からどう言われようと、他人がどうしようと構わない。俺達は音楽の才能を高めるためにここに集った。音楽が好きだ。奏でることが嬉しい。だから、俺達はそれをやる。その果てに何があっても、どう思われても、俺は構わない。俺達には音楽だけあればいい」
エルハルトの言葉に返したローランの言葉は、かつて聞いた事が無い程長く、強く語られ。去るローランにも譲れぬ何かがあるのだと。それを乗り越えるのがZの目標。その大きさに、改めて少しの気の緩みも許されないのだと実感する。
「宣戦布告は終わったか?」
ローランにハインツはどこか楽しそうに言った。ローランはつまらなそうに鼻を鳴らし。
「もう、僕らもうかうかしていられないな。個々で抜きん出ていたZが『和』を得たとなれば‥‥どこまで伸びたのか、楽しみだ。アル、気持ちの整理は出来ているな?」
「大丈夫だよ。おいらに今出来る事は、全力で演奏する事。彼らに無い持ち味を全部引き出してぶつける。それがZへの応援にもなるんだ」
「上出来だ。さあ、今日も『楽しもう』か」
ローランの言葉で、Aは各々に楽器を持ち。
万雷の拍手をBGMに舞台を下りたA。時間は流れていき、Zの演奏の順はすぐまわってきた。
「さて、本番ね。本番での失敗癖は直ったかしら、未来の大音楽家サマ?」
「自らの弱点を把握したこの僕に、もう欠点など残っていない。この僕に恐れるものなど無いね」
「大丈夫、今まで頑張ったもの。だから私達なら出来るわ」
リーゼロッテの手には愛用のヴィオラ。想いを自覚し音楽と相思相愛になった彼女に退く理由は無く。
エルハルトは練習で自身の音は独り善がりだと言った。他人を意識した演奏を心掛けようと決めた彼には言葉通り怖いものなど無いだろう。
アウレリアの手は、しっかりとチェロを抱き弓を持つ。舞台に立てなかった過去は遠くへ置いてきた。今はただ自分の夢のために、皆の夢のために。
クラウスのヴァイオリンは、もう昔のような音を奏でない。一人響かず曇っていた音色は、今や雲を散らし世界を照らす。力強く主張しながらも周囲を引き上げ受け止める音は、合わせる対象を失っていたカルテットの拠り所たる『樹』となっていた。
「最高の演奏をしましょう」
「当たり前だ」
「ええ、もちろん」
「行こう。Zの演奏を聴かせてやるんだ」
奏でるはJ・S・バッハ『管弦楽組曲第3番第二曲「Air」』。アウグストにG線のみで演奏出来るよう編曲もされ、現在ではその知れ渡った名称が原曲にも適用される楽曲。
通称『G線上のアリア』。入学式模範演奏のリベンジとして選ばれたこの楽曲が、カルテットとして目覚め、磨かれたZによって演奏される‥‥
・ ・
今回の演奏の出来によって、Zの存続・解散が決まる。ホールに残っていた聴衆にカトリーネは説明すると、その決定を聴衆に委ねた。この演奏をもって、Zを存続させるに足るか否か。
その結果はすぐに分かった。
カルテットZの演奏は、これをもって最後となった。
●永久のトロイメライ・現在‐未来のインテルメッツォ
学院には様々な施設が併設されている。例えばよく待ち合わせに使われるこのカフェ。
「ごめんなさい、姉さん。何度も私を気遣ってくれたのに」
「謝る必要は無いわ。そのお陰で、貴女は居場所を見つけられたのでしょう?」
「ええ‥‥だから、あの時はごめんなさい。そして、ありがとう。最後まで見守ってくれて」
アウレリアの感謝の言葉に少し視線を外して話題を変えるロザリンド。
「ところで、クラウスに後援者が付いた事は知っているわね?」
「聞いたわ。すぐにでも楽団で引き取ろうかって事だったらしいけど、社会性に欠けるからここで勉強し直し、なんですって」
クララが言ったその言葉、裏に何か別の意図が隠されていたのかは推測するしかない。
「アウレリア。貴女に知り合いのチェリストを紹介しようと思うの。プロとしての道を歩んでみる気持ちは無いかしら?」
突然のロザリンドの申し出に、アウレリアは驚いて、しかし。
「ごめんなさい姉さん。私、将来はこの学院で教師になりたいの。姉さんやクラリッサ先生みたいな教師に。いつか自分のように道の分からなくなった子の手助けが出来るように」
そう、秘めていた自身の夢を語ってみせる。ロザリンドは少しだけ驚いて、それでも。
「問題児達の相手をするのは、ある意味プロになるより大変よ?」
鉄面皮と呼ばれていたその表情を崩し、片目を瞑ってそう応援してみせた。
・ ・
元Zのメンバーは、その日も練習室で演奏していた。
あの演奏会の日、静寂の中響いた一つの拍手を呼び水にホールを満たした歓声と拍手の渦。Aのローランは演奏会が終わった後、アウレリアにZを認める言葉を残していた。
悪くない。どこまでも高みを目指し、道を拓き続けるAとは違う道を持ったZ。その道がどんなものか分からないが、Zには見えているんだろう。観客もそれを垣間見た。それに喝采した。だからそれを目指せ。と。その事をアウレリアにのみ言ったのは、全員に言うには照れや何かがあったのかもしれない。結局アウレリアの口から皆に伝わるのだが。
学院の落ちこぼれカルテット、クラウス、リーゼロッテ、エルハルト、アウレリアのカルテット。そんなZの最終楽章は終わりを告げた。
そして。
これから、カルテット『Y』の4人の第1楽章がスタートする。
●The☆舞台裏&NG集
第1楽章
目を開けると、まだぼうっとした視界の中よく見知った月居の顔。
「ジェイムズ君、幾ら昼寝の場面だからって本当に寝なくても」
ジェイムズはゆっくりと上体を起こし、あちゃ、すまん寝てもうてたわと既に分かりきった話題。カフェイン補給にゴゥ。
稽古中舞台上にて。
「うーん、メイクも何も無いとバラバラのカルテットよねぇ」
呟くエマの視線の先にはエルヴィアとユリウス。実年齢の差は2倍以上!
「そこで、あたしのお化粧の出番よね」
・ ・
第2楽章
「こんなもんでどうっすか? 幽霊っぽく見えやすか?」
エマによるメイクで皆の前に登場の伝ノ助。一同大爆笑。鏡を覗くと。
「エマさん、あっしは女装なんかこの舞台じゃしないっすよ!」
「じゃ、別の機会にはやるのね?」
「何だか嵌められてる気がするのは気のせいっすか?」
「ちょっと半獣化で演技試してみますね」
言って耳を出し、帽子をかぶる紗綾。と。空中に不自然に浮く帽子。
「あちゃ。これじゃダメか‥‥コック帽でやる?」
「バッハのシャコンヌで」
月居は自信満々で楽器を構え、いざ演奏‥‥
ギコッ。
「‥‥‥‥」
すいませーん。楽器は振りだけで良いですよー。と天の声。
・ ・
第3楽章
「脚本家さ〜ん、アルの一人称『おいら』から修正利かないの?」
ジョゼの言葉に脚本家ボソボソ。
「え? ミント味の雷ナメクジ食べたらOK? 苦手なもの並べれば良いかと思って! そもそもそんなのどこにいるんだよーっ!」
「お昼のお弁当届いたわ! さあ皆はどれ食べる?」
羽曳野の声に各々は我先にと声をあげ。混線する言葉状況に待ったの声。
「口でなら何とでも言える。舞台役者なら演技で示せ! ってことで、食べたいお弁当はジェスチャーで申告のこと!」
昼食は1時間後になった。
・ ・
最終楽章
「声楽科編面白そう! でも歌う曲ってどうするのかな? オリジナル?」
そうなるかもしれないね、との言葉にユリウス。
「あ、マリーカさんが作詞も作曲も出来るよね!? どう!? 百曲くらいどーんと!」
さすがにねだっても無理です。
「エルヴィアさんがバスの都合で遅れるそうなので、それまで黒曜石さん代役で立ってもらえますか」
指示に従い舞台上へ出陣する黒曜石。普段見慣れたエルヴィアのアウレリアと比較して、感想はもちろん、みな一言で。
「黒っ!(服も髪もその他色々(ぇ))」
「クラウスは将来クララの楽団に入るんですよね?」
尋ねる乾に頷くジェイムズ。
「じゃ、あたしの楽団でクラウスにはこれをやってもらいましょう!」
ヴァイオリンを構えると突然踊りだす乾。同時に演奏も始める。『踊る大G線上アリア〜楽器固定できません!〜』は公開日未定です。
・ ・
こうして無事に、長期に渡った舞台演劇企画『楽士たちの歌』は無事公演を終えたのだった。
「「「お疲れ様でした!!」」」