劇場版奏デ歌ウ想イ・�Uヨーロッパ

種類 シリーズEX
担当 香月ショウコ
芸能 3Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 12人
サポート 0人
期間 08/20〜08/24
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●本文

●奏デ歌ウ想イ
 奏歌楽士と呼ばれる者たちがいることを、おそらくあなたは知らないだろう。
 世界は調和の下に成り立っている。世界各地で大なり小なり争いは起きているが、それも調和の中の一部分。
 『歪』。それは世界に生じた歪みとも、もともと存在していたが気づかれなかった歪な部分とも。『歪』が世界に生まれた瞬間、調和は乱される。

 世界の調和のため、日夜人知れず『歪』と戦う奏歌楽士たち。
 この『奏デ歌ウ想イ』は、彼ら奏歌楽士たちの戦いの記録を記す特撮番組劇場版である。

●『奏デ歌ウ想イ』の世界
 奏歌楽士とは、『奏(ソウ)』『歌(カ)』と呼ばれる特殊な能力を使用して『歪(イビツ)』と戦う者たちのことである。『奏』を使用する者を『奏士(カナデシ)』、『歌』を使用する者を『歌士(ウタシ)』という。
 楽士たちは世界各国にある楽士協会に所属し、そこから下される指令によって『歪』退治を行う。楽士協会は、楽師(マイスター)と呼ばれる強力な力を持つ数人の奏歌楽士によってその上層を構成され、『歪』の調査と退治、奏歌楽士の訓練、新たな楽士の育成を行っている。

●出演に当たって
 出演者にはこれらと以下注意点各種を踏まえてテンプレートを埋め、番組の登場人物を設定、毎回提示される目的の達成を目指してほしい。

【能力】「奏」もしくは「歌」を選択。
【ジャンル】能力の種類を設定。いずれか一つ。
 奏‥‥白兵(+5)、単体射撃(+3)、複数射撃(+2)、散弾/扇状/放射(+1)、回復(+3)、補助(+3)
 歌‥‥単体射撃(+4)、複数射撃(+3)、散弾/扇状/放射(+3)、回復(+3)、補助(+4)、修復(+5)
【射程】能力の射程を選択。いずれか一つ。
 奏‥‥短(+5)、中(+3)、長(+1) ※短:0〜1m 中:1〜12m 長:12〜100m
 歌‥‥短(+4)、中(+4)、長(+2)
【効果】4つのパラメータに合計20ポイントを1〜15の範囲で振り分けてください。
 威力/効果:破壊力、回復力など。
 速度:演奏・歌唱から発動までの速度。射撃であればその弾速。
 持続:その能力が発動してからどれだけの時間効果を持って存在し続けるか。
 安定:発動確率、効力の安定、妨害に対する抵抗。
【回数】能力を一日に使用できる回数。
 ジャンルと射程を決定後、()内の数値を足した数。
 パラメータポイントを2点消費することで使用回数+1することも可。
【その他】能力についての注意点
 『奏士』と『歌士』の掛け持ちは不可。しかし、『奏士』なら『奏』、『歌士』なら『歌』の複数習得は可能。

※フリー楽士オプション
 フリーの楽士となる方は以下の制限に注意して設定を作ってください。
・無条件で『奏歌』の持続+1、使用回数+2。
・3人以上での『共鳴』『共声』『共音』の発動・参加不可。
 フリーの楽士は協会に属さず、かつ一人で戦うことに慣れた楽士のことを指します。フリー楽士オプションの対象になる基準は決まっていませんが、協会に所属しなくなってから最低でも半月以上を目安にしてください。

<キャラクターテンプレート>
キャラ名:
能力:能力・ジャンル・射程/効果:威力・速度・持続・安定・回数
備考:

<テンプレート見本>
キャラ名:香月
能力:奏・白兵・短/効果:6・7・3・4・10
備考:楽器はヴァイオリン。弓が光の剣になる。

※皆さんが演じるのは原則として奏歌楽士です。一般人、マイスターは現在選択できません。

●劇場版『暗黒』
 ドイツの楽士協会に到着した一行は、協会施設とは別に建てられた寮の3階を宿泊施設としてあてがわれ、そこへ案内された。1室3人、ビジネスホテルの部屋を少し広くした程度の部屋。楽士達は荷物を置き休憩しながら、日本協会から共にやって来た研修リーダーを名乗る女性から入国後すぐ渡された研修のしおりを読んでいた。曰く、


 到着後荷物を置き、適当な休憩を取ったら、翌日の行動希望をリーダーまで報告すること。

 1.本部精鋭部隊と共に演習に参加
 本部精鋭部隊と共に演習場まで移動し、演習に参加。実戦形式で行われるこの演習では、精鋭部隊と行動を共にし、本部が用意した仮想敵との戦闘を行う。この際、精鋭部隊の指揮下には入らず自由に行動して良いが、精鋭部隊の戦闘方法の見学も目的に含まれるため、彼らから大きく離れることが無いよう注意すること。

 2.協会本部施設の視察、新人楽士への『紋章』教習の見学
 本部職員の案内のもと、本部施設内を視察する。質問は適宜行って良いが、単独行動は厳禁。講習室や司令室などの視察ののち屋外訓練場へと移動し、新人楽士に対して行われる奏歌『紋章』の教習を見学する。
  ・
  ・
  ・


 その指示に、どっちへ行こうか考える楽士達。そこに。天井から突如、一枚の紙が落ちてきた。その紙には。

『第3の選択肢がある。
 1・2のどちらにも行かず、深夜地下2階東棟B201号室前ダクトを探ること。
     F.K』

「F.Kって誰よ」

 ・ ・ ・

 一方。ドイツ教会司令室。
「奴らは?」
「精鋭部隊との演習と、本部内視察に分かれるそうです。どちらも、準備は既に完了しています」
「そうか。ぬかるなよ。ガキばかりとはいえ奴らは『楽団』を潰した者達。どんな切り札を隠し持っているか分からん」
「了解しました」
 男が言って部下を下がらせると、もう一人、部屋にいた男が口を開く。
「Heiliges Land‥‥あれは本当にドイツ協会の設備のみで構築可能な曲なのか? 我々の精神支配『楽団(オーケストラ)』は、『楽譜(ノート)』と日本協会の『転送弦』の力を用いることでようやく構築することが出来るものだった。あれをさらに凌駕する規模となるとな」
「問題ない。規模こそは広大だが、対象にするものが全く違う。マイスター・トウジ。お前の『楽団』は、対象が人間だろう? あれは人間の理性という防壁を破らなければならない分、必要な力が膨大になる。だが私の『Heiliges Land』は空間を対象にとる。空間に意思は無い。だが、空間はそこに在る全てのものに影響を与える。精神支配『楽団』と比べて回りくどいやり方だが、しかし確実だ」
「‥‥なるほどな。だから、構築のための奏歌は楽師13人で行うが、『増幅器(アンプ)』はお前一人で事足りるというわけか。‥‥警戒しろよ。発動までの準備は少なくて済み、発動すれば速やかに世界はお前や我々のものになる。だが、弱点が多い。お前と私を含めた14人、誰が欠けても構築は失敗するのだからな」
「君の宿敵が、やはり立ち塞がるかね?」
「奴らだけではない。アメリカを始め各国の楽士が今ここに集まっている。奴らも敵に回るかもしれん。奴らをこの時期にここへ寄越した、こいつらも障害となる」
 モニターを指差す。そこには、闇夜に紛れて疾駆する4人の影。
「まだ邪魔をするか、ロシア東協会‥‥『新響派』のイヌどもめ‥‥」

●今回の参加者

 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa3028 小日向 環生(20歳・♀・兎)
 fa3369 桜 美琴(30歳・♀・猫)
 fa3742 倉橋 羊(15歳・♂・ハムスター)
 fa4131 渦深 晨(17歳・♂・兎)
 fa4133 玖條 奏(17歳・♂・兎)
 fa4371 雅楽川 陽向(15歳・♀・犬)
 fa4769 (20歳・♂・猫)
 fa4823 榛原絢香(16歳・♀・猫)
 fa5241 (20歳・♂・蝙蝠)
 fa5498 雅・G・アカツキ(29歳・♂・一角獣)

●リプレイ本文

●再会、そして再開
「はっ!? 何でお前らがここにいんだよ!?」
「少なくとも、お前に会いに来たわけじゃないのは確かだ」
 夕飯を食べに楽士協会日本支部御一行様が食堂へ向かう際、その接触は起きた。日本協会の悪ガキと、ブラジルに戻ったはずの悪ガキの邂逅。
「はいはい、二人ともそこまでよ。会った途端に犬と猿みたく喧嘩なんかしないの」
 暁(雅・G・アカツキ(fa5498))が久瀬 灯(倉橋 羊(fa3742))とジルベルト・パーラ(渦深 晨(fa4131))を引き離すも、今度はどっちが犬で猿かを言い争う二人。仕方ないので灯は暁が後方から抱きしめてこめかみをぐりぐり。ジルは‥‥
「どうしたのジル、お友達?」
 少女がうふふと微笑みながらやって来て、ジルの頬をぐいとつねる。
「いてっ、何だよ、いちいちそんなだから会いたくなかったんだよ‥‥」
「素直じゃないわね。本当は構ってもらえて嬉しいくせに」
 えーと、誰? 的な視線の灯と暁に少女は気付くと、ふわりと少しわざとらしい動作でスカートの裾を持ち上げてみせる。
「ブラジル協会所属の歌士、イネス・ブラガンサよ。このジルの許嫁ですわ」
「嘘!?」「マジ!?」「嘘吐くなお前!!」
 イネス(榛原絢香(fa4823))の言葉に、同時に上がる3つの声。
「ま、その通り冗談ですわ」
「何してるの、灯? あら、久しぶりに見る顔がいるわね」
 はぁぁ、と脱力のジルを面白そうに見つつ、やって来る如月 春燈(富士川・千春(fa0847))。
「あら、貴女もジルのお友達なの? 可愛いお友達がたくさんいて、わたくし嫉妬してしまいますわ」
「え? 何々!? 彼女ジルのこれなの!? ねえ灯、暁さん、どうなの!?」
「何かいきなりテンション上がったな。‥‥‥‥そーだってよ」
 暁と一度目配せをした後、ジルに小指立てて迫る春燈にそう教えてやる灯。ジルはイネスに弄られながらなにーと声を上げている。
「へー、そうなんだぁ。ねえねえ、私日本協会の如月 春燈っていうんだけど、もしよかったら夕食の後にうちの部屋に来ない? 色々、ジル君のどんな所に目をつけたのかとか、決め手とか教えてよ」
 やっぱり楽士といえども女子高生、知り合いの絡む恋の話題には興味しんしんなのか、結構強引に話を取り付けていく春燈。それをイネスも嫌がることなく応じて。ってか、誰か春燈の誤解を解いてやれ。ジルが可哀相だ。

 ・ ・ ・

「へえ、これが日本の『ユカタ』ね」
「そうやで。もし気に入ったら着てみてや。予備はたくさん持って来とるから」
 朝香 凛(雅楽川 陽向(fa4371))が自分のベッドの上に広げるのは、日本から持ってきた浴衣。柄は可愛らしい花柄や、某方向けに持ってきたのか渋めの男物や、明らかに誰かさん専用の背中に『歪』と大きく書かれた物や。イネスは大きな赤い花の柄の浴衣を試しに着、渋谷 伊紀(小日向 環生(fa3028))はまだ眺めているだけ。
「こっちにはおやつも持ってきたで。梅干に、こっちは裂きイカや」
「いやそれにしてもさ。外国のお菓子ってどうしてあんな油っこいんだろうな」
 いつの間にやら出現した灯が、一人裂きイカの袋を開けてもしゃもしゃ食べ始める。その光景だけ見ていると歳相応の男の子のようで微笑ましいのだが、ここがどこだか忘れてはいけない。


 コンコン、とドアノック。春燈が「どちらさま?」と答えると、ドアの向こうからは「ああ、いたか」と懐かしい声が聞こえてきた。
 部屋の中に招かれたのは如月 楓雅(星野・巽(fa1359))。日本協会からドイツ協会へ数ヶ月前から出向してきていて、幾度か妹の春燈と連絡を取ってはいたものの、直に会うのは久しぶりだった。
「実は、日本協会の楽士の案内役を仰せつかってな。協会内の案内と、通訳だ。‥‥ところで、転がってるそれ何だ?」
 楓雅が指し示すそれは、部屋の片隅、ゴミ箱の隣にあるもの。女性陣にボコボコにされた灯。特に着替えを覗かれたかもしれないと思ったイネスは念入りにトドメをさしていた。「春燈2号か(灯談)」とのことだが、ファンの人気投票は二分されるだろうか?
 もぞもぞぐぐぐいっと立ち上がる灯は、その目に楓雅の姿を映すと、急に目をキラキラ‥‥いや、ギラギラさせて。
「せんぱぁい、お久しぶりですわぁ!」
 ヘタクソなエセ関西訛り。きっと凛の真似なのだろうが、全然似てないその口調と走り方で楓雅に駆け寄る灯。そして飛びつく振りをしてラリアットをかまそうと‥‥
「『燃え上がる 炎の力 手に掴む』」
「成長が無いな、灯」
 ラリアットをかわされ追撃に入った灯だったが、凛の歌の援護を受け威力の上がった楓雅のフルートアタックを白羽取りし切れずゴンッと。効果音がゴーンでないのはお決まりごと。
「まったく、うちはそんな喋り方とか走り方はせんわ! ‥‥って、何やこれ? さっきの衝撃で何か落ちてきよったで」
 凛が拾い上げた、一枚の紙。そこには。

『第3の選択肢がある。
 1・2のどちらにも行かず、深夜地下2階東棟B201号室前ダクトを探ること。
     F.K』

「第3の選択肢? それって、あの研修のしおりの、演習か視察かの他にってこと?」
 伊紀がしおりの内容を思い出して言う。しかし、演習も視察も翌日の午前中だ。今夜ダクトを探るとこれらに行けなくなるというのだろうか。
「それより、F.Kって誰よ‥‥如月 楓雅?」
 春燈が笑いながらそう言うのを、楓雅は違う違うと否定する。もし彼だったら、直に言えばいいだけのこと。なら、差出人は誰か。

 ・ ・ ・

「へー、あんた、ドイツに左遷って噂本当だったのか」
「お兄ちゃんは左遷されたんじゃないわよ!」
「そういえば、クィンス家のご令嬢と同棲してるとか聞きましたよ?」
「いや、クィンス家の知人のツテで借りた物件だから‥‥」
 例の紙について別室にいた仲間達も呼んでの話し合いとなったが、結局のところは雑談に流れてしまうのはこの面々だからか。二宮 千鶴(欅(fa5241))は誤情報の確認に楓雅に失礼なことを聞き、景山 千歳(忍(fa4769))は確信犯で誤解を招くようなことを口にする。
「話戻すけどさ。皆はどうするんだ? 行き先。探索って言えば俺の能力の出番だろうから、誰か3つ目の選択肢を選ぶんなら、俺もそっちに遊びに行くけど」
「お前、普段あれだけ人にはサボるなって言っておきながら‥‥」
「迅雷はいつもサボってるから、そのツケを払わなきゃならないんだよ。俺はいつも勤勉だから、一度の有給休暇くらい‥‥」
「じゃあ、わたくしも勤勉で泣き虫なジルくんをあやすために、ダクトに行ってみようかしらね」
 ジルと迅雷(玖條 奏(fa4133))の喧嘩に、ニコニコ笑顔で口を挟むイネス。
「あんた‥‥誰?」
「わたくしはジルの許嫁ですわ」
「嘘だな。実はジルの肝っ玉母さんですと言うならそっちを信じる」
 いつものネタを迅雷はさっと見抜き。
「ドイツまで来て、座って講習は勘弁だな。やっぱ旅行は楽しまなきゃあ」
「そうやそうや、うちはオーロラが見てみたいで。これから外が白く明るくなって白夜になるんやろ? そんでカーテンみたいなオーロラが降りてくるんや」
「凛、それ違うぞ。オーロラはパッと見カーテンみたいだけど、実際降りてきたのを触ってみると固いんだ」
「えっ!? ほんまなんか灯!?」
「そうですよ。オーロラがたくさん降りる時期には、世界中のオーロラ奏者が集まってコンサートをするんです」
「灯、千歳さん、凛ちゃんに変なことを吹き込まないでください」
 その楓雅の一声に、凛はまたも自分が騙されたことに気づき。酷い、こんなからかわれるんなら観光なんか行かん! とダクト行きを主張。
「旅の恥はかき捨てっつーし、問題も起こし捨てだよな。冒険は男の甲斐性、っと」
「起こし捨てじゃないわよ! まったく、いつもいつも危ないことに首を突っ込んで‥‥」
「でも、私も行ってみたいかな。問題は発覚しなければ問題じゃないのよ」
「春燈ちゃんまで‥‥! いいわ、アタシも行って守ってあげるわ! 保母さんは辛いわ」
「ええ!? 教官!?」
 保母じゃねー保父だそもそも保護者ですらねーと灯VS暁が勃発する横で、伊紀は頭を抱える。どうしてこうも決められた流れに沿わない人が多いのだろう。視聴者も思う、本当に『こいつらだけ集中的に』流れに沿わない。こうなれば巻き込まれても‥‥?
「じゃあ暁さん、俺が伊紀さんのことは引き受けますよ。新人楽士だと春燈から聞いていますし、灯達と一緒に暴走させるには心配です」
「あら、気になってたところをナイスフォローよ楓雅クン」
 と、どうやら無事に演習には参加できる模様で。伊紀は、楓雅は日本で灯や春燈から聞いていた楓雅像とは全然違う、良識ある人物だと安心する。日本では『冷蔵庫のプリンに片端から名前シールを貼って独占する男』とか『婚約者に虐められている』とか散々な言われようだったが、デマだったのか。
「地下で何が起こるか分かりませんから、もし緊急の事態が起きればこれで連絡を。こちらは適当に誤魔化しつつ、少し協会の動きにアンテナを立てておく」
「えっ? 妖怪ならぬ楽士アンテナ? 千鶴専用じゃなかったのか?」
 ジルのツッコミをスルーしつつ、楓雅は暁に自身の持つ二つの携帯のうち片方を渡す。『シスコン−オカマ直通ダイヤル』と灯は爆笑したが、春燈と凛に再びボコボコにされ黙らされる。
「俺もダクトに行くかな‥‥また面白いことが起きそうだ」
 千鶴もそうダクト行きを決める。心のうちでは過去の痛い飛び降り記憶が蘇っているが。
 イネスはジルについてくる気満々のようだし、千歳は何も聞かずとも、あの紙が無くとも勝手にその辺を探りに行っていただろう。だいたい、行動選択は決定した。
「あ、迅雷、お前は?」
「‥‥俺? めんどい。パス」
 この辺も予想済み。
(「これだけ人が行くなら、大丈夫よね。‥‥今の私なんかが行っても、役には立てそうにないし。私はまず、力をつけなきゃ」)
 そう心の中で思い直し、演習参加を改めて決める伊紀。その気持ちの裏には、ダクトへの嫌悪感もあったが。狭い、息苦しい空間。暗く怖い音だけが迫る空間。自分を楽士へしたのと似たような空間。
 楓雅が協会建物内の情報や本部の情勢、知る限りの警備シフトなどについて皆に説明するそれをしっかりと聞きながら、千歳はあの紙について考える。ダクトに行けば何があるのか。協力者がいるのか。囮に使われるのか。もしかしたら誰かの罠かもしれない。
 とにかく行ってから決めると思考を一時中断し、楓雅の説明に集中する。だがやはり、ロシア関係者に『F.K』について心当たりがある人物がいない不安が、その集中を妨げていた。
 そして。
(「‥‥ダクト調査、か」)
 幼少時以来久しぶりに再会したジルに「どっか行ってたのか」と聞かれたイネスは、「女はミステリアスな方が魅力的じゃない?」と適当に返していた。イネスはジルの傍から離れていたのではなく、ブラジル自体から離れていた。その理由、目的となっていたことは‥‥

●漆黒の甘いダクト
 深夜、ダクト前。そこでは既に先客が、ダクトの奥を窺っていた。
「やあエレ。お早い到着ですね」
「あら千歳。そっちは少し時間がかかったんじゃない?」
 ロシア協会が誇る災害級歌士、エレオノーラ(桜 美琴(fa3369))が千歳とかわす会話に、一同は首を傾げる。
「ああ、あの紙と同じものが、エレのところにも行っていたんだそうですよ。それで、俺もその情報を聞いていました。正直はじめは、差出人は楓雅さんだと思ってたんですが」
「私はHeiliges Landって言葉と、行方不明になったシードルを探してるのよ。ブラジル協会には行ってなかったことを考えると、スパイさんにだけ届いたのね」
「エレ」
「いいんじゃない? 別に話しても。私達と皆の仲じゃない」
 そう言われ、渋々何とかという言葉とシードルについて、エレに頭をぐりぐりされながらも特に様子を変えず説明する千歳。慣れとは恐ろしい。
「なあ、ロシアの不協和音の姐さん‥‥」
 ブン、とエレの蹴りが空を切る。怖いもの知らずの千鶴はそれをひょいとかわし。
「だったよな?」
 千歳に確認するために動きが止まったところへ、ミシリと蹴りが決まる。何か質問しようとしたのだろうが、それっきりでパタリと倒れるおに太郎。
「まったく、一人でも不協和音とはこれいかに。‥‥おっ、そこにいるのは灯君、お姉さんの歌声の感想をまだ聞いてなかったわよ」
「寄るな騒音公害!!」
 エレが歩み寄るのと同じ速度で後退する灯。その気持ちをよく分かる人がけっこう多数。そしてよく分からない人も数名。伊紀とか春燈とか、イネスとか。きっと彼女らは幸せ者。
「それはともかく、さっさと調べようぜ。そこそこ大きいダクトだから、楽に入れると思うけど」
「頑張って」
「きばってなー」
「はぁ? 俺なのかよ!?」
 まあそりゃあ、楓雅や千歳、千鶴あたりは身長の問題とか。暁は服汚したくないって言ってるし。女性陣を危険かもしれないところに潜らせるのはプチフェミニストの監督さんが許さない(何
 よって。
「ほら、さっさと行く! 見回りとか来たらどうするのよ!」
 春燈とエレにペシペシお尻を蹴られながら、ダクトに潜らされる灯。
「楽士の女ってのはこんなんばっかか‥‥ッ。同業者とだけは絶対付き合わねー‥‥ッ」
 おしとやかな楽士の女性っていたっけ? 凪や明日香やカナン君あたり‥‥ってカナン君は違う。うーん、灯の恋はスタートするのか。そして成就は間に合うのか?
「‥‥ん? おい、ちょっと。何か甘い匂いしねぇ?」
 ダクトに顔をつっこんだ灯が皆に問う。そう言われて意識して嗅いでみると、確かに何だかほんのりと甘い香りがする。その匂いはダクトに近づくと強くなり、離れると薄くなる。
「まあ、見てくれば分かりますわよ。匂いの原因がダクト向こうのケーキ工場なのか、灯君のおならなのか」
 それはどっちもねーよとイネスの言葉に反論してから、灯がダクトの奥に消える。こうなると、外にいる面々はただ待つだけだ。しばしの静寂。
「‥‥皆、集まって。ジルくん、透過をお願い出来る?」
 暁の言葉に、皆が一箇所に固まって身を隠す。やって来たのはドイツの楽士。見回りのようだが。
「ん? おい、ここ‥‥」
 言ってしゃがみ込む楽士二人。見ているのはさっき灯が潜っていったダクト。入り口の蓋は閉めておいたが、周辺のゴミやら埃やらが掃除されてしまっている。というか、見回りがそういう所まで意識が回るとは‥‥
「‥‥透過の時間切れが怖いですね。ぎりぎりまで粘って彼らが立ち去らないか、ダクトを覗こうとするなら、処分しましょう」
 千歳が小さく話す。
「じゃあ、まず私とエレちゃんで無力化するわ。その後のことはお願いね」
 言って暁がエレと頷きあうのを見て、凛も千歳も顔を青くする。エレが登場するということは、アレが披露されるということ。イネスは何のことか分からないからその対処がうまく行くかだけを考えており、春燈はついに聞く機会が来たと嬉しそう。
 行動開始。
 タタタンと暁がタンバリンを鳴らしながら踊って結界を形成、ドイツ楽士二人のみを包み込む。そのことに彼らが気付く前に、エレが歌う。結界内の対象の奏歌の力を奪う共音、『滅音』。それは対象の『音』を奏でる機会を『滅する』から『滅音』なのだが。
「‥‥わ、私達が滅せられそうだわ。『不協和音 結界の中だけ 不協和音』とは、いかないのね」
 ガックリと膝をつく春燈。効果は結界内でも、歌声は普通に隣から聞こえるのだ。合掌。
 その後凛の『疾風』の歌で加速した千歳が透明な弾丸を放ち、ドイツ楽士達の意識を刈り取る。とりあえず、自分達の姿は見られていないはずだ。あとは適当に犯人をでっち上げれば、自分達へ向く嫌疑は無くなる。
 ドイツ楽士達を少し離れた部屋に放り込んで戻ると、ちょうど灯がダクトから出て来るところだった。
「ダクトの奥、どうだった? 何かあった?」
 春燈がそう尋ねると、灯は一瞬ぽかんとした表情を浮かべ。
「え? 奥? ああ、奥ね。何も無かった。‥‥と思う」
 そう答える。
 ‥‥思う?

●精鋭部隊、出陣
 結局、深夜0時にダクトへ出発した面々は朝7時になっても帰って来なかった。楓雅はそれを心配しつつも、起きてきて軽く朝食をとった伊紀と共に、精鋭部隊との演習の前にちょっとした訓練に入る。まだ眠っていた迅雷も引っ張ってきて、共鳴の訓練。
「暁さんと灯が教官だったって聞いたけど‥‥どの辺まで教えてもらってる?」
「ええと、灯君は教官っていうよりは楽士の先輩として、暁教官の助手を‥‥」
「ああ、なるほど。動く的だね」
 云い得て妙、と思いつつも、しかし伊紀は心の中で少し訂正する。かの動く的は、時々反撃もしてくる。
「訓練は、とりあえず協会でやっている研修や実践訓練ひと通りと、今は灯君を相手にして実戦に近い感覚での奏の演奏や制御をやってるところです」
「じゃあ‥‥そろそろ共鳴の訓練も始めたほうがいいかな。君の奏は速度が遅いそうだから、単独で戦うのは向かないだろうし」
 言って、音の無いフルートを奏でる楓雅。発生した風の太刀を軽く振るうと、目にはほとんど見えない空気の揺らめきが素早く奔り、地面の土に斬撃の痕をつける。確かに、これと比べるとあまりに伊紀の『泡沫』は遅い。
「手始めに俺とやってみるか。最初だから、特に難しいことは考えなくていい。演奏は俺が合わせる。君は俺の演奏をしっかり聞くことだけは注意して、奏でるんだ」
「は、はい‥‥っ」
 集中して、サックスを奏でる伊紀。失敗は許されない。1日に2回しか能力を発動出来ない伊紀は、この後の演習を考えるとここでは1回しか能力を使えない。
 空中に流れる泡。一見シャボン玉のようなそれは普通よりは高圧の空気を内包し、泡に触れて割った者を弾き飛ばしたり、対象の近くで割って弾くことが出来る。
 その『泡沫』の動きを楓雅の風が調整し、ホーミング弾のように自由に動く。安定力も持続力も平均以上にある伊紀の『泡沫』は、こうしてみると非常に凶悪なものになりそうだった。
「迅雷、ちょっとこれに、迅ら‥‥」
 楓雅が迅雷に呼びかける。と、その方向では迅雷が木の幹に背を預けて熟睡中で。
「‥‥‥‥」
 ターゲットロック、ホーミング泡沫発射。迅雷の近くまで誘導した楓雅の風を一瞬にして遠ざけて泡の周囲の気圧を下げると、伊紀に泡を爆破させる。通常より高圧の空気が通常より低圧の周囲に向けて一気に噴き出し、寝ている迅雷を軽く横に吹っ飛ばす。

 ・ ・ ・

 物々しい雰囲気の中、楓雅と伊紀、迅雷は精鋭部隊との訓練に出発した。他にも数カ国の楽士達が同行していて、かなりの人数だ。伊紀は後で皆に訓練の様子を見せるためのビデオを回しながら、進軍する。
 と、部隊全体が停止した。仮想敵の登場か、と、楓雅と共鳴を試そうと話していた伊紀はいつ戦いが始まってもいいように心構えと身構えをし、周囲を見る。だが、一向に戦いは始まらないし、何かが起きている様子も感じられない。ドイツ精鋭部隊だけは多少の動きが見えるが。
「‥‥‥‥来るぞ、横に跳べ!」
 突然、楓雅が叫ぶ。伊紀がそれに戸惑いつつも体を動かすと、すぐ側を通過する奏歌の弾丸。周囲では、各国楽士達のうちから幾つか悲鳴のような声があがっていて。
「完全に奇襲したつもりだったのですが、なかなか勘が良いですね」
 二人に日本語で話しかけてきたのは、日本人とフランス人のハーフで、ドイツ精鋭部隊の雇われ指揮官、深雪・フランソワ。
「これはどういうことだ! 何故ドイツの楽士が俺達を攻撃する!?」
「それは、特に貴方達が知る必要はありません。我々に甚大な被害を及ぼすような抵抗をしない限りは全員生かして捕らえるよう指示を受けていますから、安心して投降なさい」
「なっ‥‥そ、そんなのワケが分かりません! せめて理由くらい‥‥」
「ですから、その必要がありません。理由を説明したところで、貴女方はそれを理解して投降してはくれないでしょう。ですからその工程を省いて、降伏勧告、もしくは宣戦布告を行うのです」
「でも!!」
「止めるんだ、伊紀。何を言っても聞いてはくれない。他の楽士達と協力して、何とか切り抜けるんだ」

 ・ ・ ・

「‥‥ん? 何か始まったな」
 でも俺はもう少し休んでから、と、後方にいた迅雷は遠くの戦闘音を聞くだけ。本隊が何かと戦っているのは分かるが、その詳細は見えない。もう少ししたら観察に行こう。
 という時に。
「君は、日本協会の楽士だな? 確か、迅雷とか聞いた」
「んあ? ‥‥あんた誰だっけ?」
「ロシアのシードルだ。今はとりあえず私と共に来い。ここにいては巻き込まれる」
「は‥‥何に?」

●蠢く陰謀
「何か‥‥よく分からなかったよな。完徹したはずなのに眠くもねーし」
 灯のその言葉が皆の実感だった。地下2階ダクトから宿泊施設に戻るまでに地上に出るが、外ではとっくに日が昇り。戻ってきた自室(何となく皆日本楽士男子部屋1にやって来た。エレは自国部屋へ)では時計が午後3時を示していて、深夜の出発から既に15時間が経っていることが分かった。向こうでの体感時間はせいぜい1時間だったことから、何だか浦島太郎にでもなったような気分だった。
「あれ? 迅雷がいないよ? 確か、演習は昼ちょっと過ぎまでの予定だったよな?」
 ジルの確認に、千鶴がしおりをチェックする。と、確かにそこに記された予定には演習は昼過ぎまでとある。演習が少し延びたにしても、部屋に楓雅か迅雷のどちらかはいそうな時間だ。春燈が部屋に戻り伊紀がいるかどうかを確かめたが、そちらも不在で。
「ん? 灯、その手首の痣どうしたの?」
「え?」
 暁に言われて灯が手首を見ると、両手首の内側に青黒い、痣のようなものがついていた。いつの間にと思いつつも、ダクトに潜って這って進んだ時についたのだろうと考えた。
「とりあえず、3人を探しにいかんと。うちらもどう行動したらええか分からんよ」
 凛がそう提案した時、部屋の扉がノックも無しに開けられた。そこにいたのは迅雷と、シードルらロシア楽士4人。5人は酷く息を切らしていて。
「何だよ迅雷、どこ行ってたんだよ」
「シードルさん‥‥どうしてここに?」
 ジルと千歳が問うのも構わず、アドリアンが差し出すのはビデオカメラ。暁には見覚えのある、伊紀のビデオカメラだった。泥や草の切れ端などが付着した。有無を言わさず見せられるそのビデオには、楓雅や伊紀、他国楽士達がドイツ精鋭部隊と交戦状態に入り、次々に倒されていく画像が、地面に落ちた後のようなローアングルで。ビデオがそんな位置にあるということは、伊紀は‥‥?
 突然、ドアが勢いよく蹴り開けられる。入って来たのはドイツ協会所属と思われる楽士数人と、灯や千鶴などの記憶にしっかりと残っている男、桐原 藤次。
「なっ‥‥テメエ、何でここにっ!?」
「私の死体をしっかり検めたかね? 完全に調律を完了するまでは油断するなと、日本協会では教えなかったかな」
 イネスにとっては知らぬ相手だが、流れる空気からこの男は敵だと判断出来る。先のビデオでドイツ楽士も敵と示された。敵の本拠地のど真ん中で、自分達は今孤立している。
「だったら今ここでもう一回ぶっ飛ばしてやるわ! そうすればお兄ちゃんは日本に帰って来れるかもしれないし!」
 叫びエレキギターを構える春燈。だが次の瞬間。
「うっ! く、ぁっ‥‥!」
 突然苦しみ出すのは奏士達。見るとその手首や指が氷付けにされている。灯の両手首、春燈の指先、ジルの肩、暁の腕。
「それは、ドイツ協会の得意分野、紋章というものだ。予め対象に付与しておき、任意のタイミングで発動する。気付かなかったかね? 彼らにその紋章を付与されたことを」
 藤次が示すのは2人のドイツ楽士。彼らは、ダクト前で千歳達がノックアウトしたはずの楽士だった。
「あの時、奏歌を受けた形跡は一切無かった‥‥どういうことです」
 千歳が挑みかかるような視線で睨みつつ問う。歌士の歌だけでここを切り抜けてもいいが、少しでも情報を引き出さなければ、また次も不覚を取る。
「ダクトに潜ろうとした時、甘い匂いを感じなかったかね? あれは『奏歌の香り』だ」
「『奏歌の香り』!! ‥‥って、何だ?」
「そのままの意味よ。奏歌の発動中に漂う、正体不明の香り。その元の奏歌と似た効果を持つの。普通は弱すぎて感じないけど、それがあんなに匂っていたってことは‥‥」
「まさか、また精神支配の『楽団』をやろうっていうの!?」
 暁が思い出すのは、以前の日本協会での内乱事件。ジルの疑問に答えたイネスが何故そんなことを知っているのか、今は追及できる人間は誰もいなかった。
「いいや、違う。今回は私も歯車のひとつでしかなくてね。『Heiliges Land』という言葉に聞き覚えはあるかね? 千歳君」
「言葉だけは知っていますよ。日本で言う『聖なる絶対領域』と同じものだということも」
「精神支配術式を空間に付与する紋章だと考えてくれればいい。それは発動すると、その空間にある全てのものが、紋章付与者に都合の良い結果をもたらす。その匂いに中てられた君達は、あの場所で皆眠りこけていたのだよ。我々に都合のいいように」
 人間全てを支配下に置くのではなく、人間が立脚する空間を支配下に置くことで、全てを思うままにしようという紋章術式。それが『Heiliges Land』の正体。だが。千鶴が問う。
「何で、そんなことを俺達に教えるんだ?」
「私個人としては教えずに始末してしまいたいのだがね。友人が君達に興味を持っている。君達、というよりは、あのサックスのお嬢さんにだが」
「伊紀ちゃんに!?」
「さて、それではそろそろ捕まってもらおうか。紋章の効果も永遠ではないのでね」
「『ほほ笑みは 全てを包み 安らぎを』『舞い降りて 覆い隠さん 白きもの』」
 ドイツ楽士達が動き出した瞬間、凛が急ぎ歌を紡ぐ。深い眠りを誘う『玉響』と、目眩ましの『霧』。
 その場にいる者達が、一斉に動き出した。

 ・ ・ ・

「じゃあ、今回動いているのは主に旧響派の連中ってことなのね?」
 自室に戻ったエレは、あの紙の主F.Kことエステルと名乗る女と話していた。彼女としてはF.Kは楓雅のつもりだったらしいが、ちょうど彼がその場に居合わせてしまったせいで誰でもなくなってしまったのだという。
「そーそー。奏歌を絶対視する旧響派だから、全人類を平和にまとめあげて歪の脅威から守るために、楽士が人類のトップに君臨すべきって思ってるのよ」
「で、それを止めたいのが新響派‥‥うちのロシア東協会とか、アメリカ西、ブラジル、日本協会ってことか。だから私がここに派遣されたり、千歳やシードルやボリスが動いてるのね。‥‥キリルは?」
「キリルは旧響派のスパイだよ。シードルとボリスが旧響派の情報を引き出すために、あえて泳がせてるの。‥‥ところで、渋谷 伊紀ちゃんっていう捕まった奏士のことなんだけどね‥‥」