WarCry1−3ヨーロッパ

種類 シリーズEX
担当 成瀬丈二
芸能 2Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 24.8万円
参加人数 11人
サポート 0人
期間 10/25〜11/08
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●本文

「カーットっ!」
 インチキアクション映画監督ファーナス・王の声が響いた。
「リハーサルの出来は上々なんだがな‥‥」
 先程までスウェーデンの荒海を撮っていたのは、これをファーンの根拠地である香港に持ち込んで、合成やら加工をする為である。
 何でも最近ファーンは秋の海に落ちて、これから寒くなるのに海上ロケを敢行しようものなら、死人が出かねないと漸くに気づいたようであった。
「大体、バイキングの農閑期を考えれば、夏に撮った画像で十分。まあ、少しリアリティを交ぜれば、観客も『ああ、そうか』と納得するモノだ」
「で、ダド。ルークさんはどうするの?」
「飛行機代くらい出すさ。そこまで飢えていない」
 と、後ろから話しかけてきた、まだローティーンの息子であるリューキ・王に言葉を返すファーン。
 ルークとは、芸名がルークのアンチヒーローっぽい役回りのバイキングの頭領『無髭公エイリーク』を演じる、狼獣人の事だ。靡く銀髪に緑の眼。服装も銀一色という傾いた格好である。
 一方、リューキが演じるのはスタンダートなバイキングの若長『金髪の小僧ハロルド』となっている。
「とにかく、皆に徹底するのは──今度の本番は、前回のリハーサルの続きではなく、それを元に自分の反省を踏まえたもう撮り直しが利かない拡張版だって事だ。自分の役名くらい自分で決めて、自分なりに次の会議に向けての伏線も張っておく。もちろん、使い回す映像もあるが、問題は役者だ。こればかりは集まらなければ何とも言えないな」
「ところでダド、本当に香港に帰るんだよね、このシーンを撮り終わったら」
「ああ、短い欧州生活だったな」
 カット38スタート
 欧州でのパートの撮影は終了しました。海戦シーンなども含めて今後のWarCryは撮影舞台をアジア・オセアニアに移します。

●今回の参加者

 fa0225 烈飛龍(38歳・♂・虎)
 fa0378 九条・運(17歳・♂・竜)
 fa1163 燐 ブラックフェンリル(15歳・♀・狼)
 fa2944 モヒカン(55歳・♂・熊)
 fa4558 ランディ・ランドルフ(33歳・♀・豹)
 fa4616 グライス・シュタイン(32歳・♂・猿)
 fa4768 新井久万莉(25歳・♀・アライグマ)
 fa4773 スラッジ(22歳・♂・蛇)
 fa4776 アルヴィン・ロクサーヌ(14歳・♂・パンダ)
 fa4941 メルクサラート(24歳・♀・鷹)
 fa4942 ラマンドラ・アッシュ(45歳・♂・獅子)

●リプレイ本文

 ロングシップ──バイキングの、そう今宵の主役バイキング達の愛した船である──の群れが、イングランドの海にたゆたう(無論、現物や精巧なミニチュアは少数で遠景はCGによる嵩増しである)。
 その船首で未発達な上半身を覆う鎖かたびらをはだけて、白い胸板を海風に晒し、鞘に収めた剣を舳先に突き立て、白い海岸をはっしと見る少年は──。
「若長!」
 バッフィンランド族の若長、金髪の小僧ハロルドであった。演ずるはリューキ・王であった。
「風邪をひきます。せめて、毛皮をお召しに──」
 烈飛龍(fa0225)演じるところの『赤毛のバルガス』であった。鋲打の革の鎧を着込み、半ば体重を預けているのは血をたっぷり吸った、双頭の巨大ないくさ斧。兜の両脇に頂く角は利き腕側が折られている。斧をスイングするのに邪魔であるからだろう。
 いかにも、な質実剛健さである。
 その外見に違わず、先代からの重臣であり、幼いハロルドが仮にも『長』と呼ばれる立場になったのはバルガスの老獪さに依る所が大きい。正しく要石であった。

(これらのバイキング達の装飾品は新井久万莉(fa4768)が心血を注いで、金髪の小僧側は血や僅かな錆などの凄みを、後に出てくる無髭公のサイドは磨き抜かれて、統一が取れている、とコンセプトを明確に打ち出していた)
 そんなやり取りが交わされている中、久万莉演じるところの女冒険商人ルシアが一歩、前に出て脇を指さし──。
「どうやら、銀髪の、じゃなくて──金龍のボンボンがやってきたみたいだよ、どする?」
 バルガスはこの場はハロルドに主導権を与えるのが、帝王教育としては相応しいと考え、無言で帆に金龍──東方の異教だろう──が描かれたロングシップが近寄ってくるのを眺める。
 そこへ通った声でハロルドが断を下す。
「よし。客として遇そう──父の代までに様々な因縁はあれど、敵を増やすのを避けるにこした事はない」
「判りました若長。やろうども! 金龍のヤツを酒と飯とで出迎えてやれ、戦いの前の宴と行こうじゃないか」
 バイキングは農閑期は敵から奪い、味方とは略奪品の取引をする冒険商人──あるいは山師の癖が強い。
 近寄ってくるロングシップから若々しい男の声が聞こえる。
「よう、赤毛のオッサン! 久し振り! 世代交代したって聞いたんで、顔見に来たぜ!」
 九条・運(fa0378)演じるところの『流離いの冒険商人』アクセルである。
「俺の顔を見たって仕方ないだろう。俺はまだ倅に跡目を譲るつもりはないぞ」
 バルガスもこう見えて人の親。まだ、歯の生えそろっていない乳飲み子を、妻と一緒に故郷に残している。
「それもそうだな。で、年格好からするとアンタが噂の『金髪の小僧』か? 俺はアクセル、ま、ヨロシクな!」
「今日の買い物は何だ? アクセル」
 と、空っぽのロングシップを見て鋭くハロルドが問い返す。
「まあ、尻馬にでも乗らせてもらおうかと思ってな。遠方の航海でメシも無くなってきた所なんだ」
 まだ、十代の若さで(あくまで外見は──であるが・笑)、東洋への大航海を成し遂げた男の言である。
 その東洋のエキゾチックな文化を思わせる、背に黄金の龍が刺繍されたダブレットとマント、長ズボン、毛皮の手袋、ブーツ。
 更に腰の裏に右手で抜ける様にジャマダハルを備え(最近までは俗にカタールとして知られていた武具だが、この誤認の原因はインドの歴史書での図版が取り違えられていたことに起因する)、左腰に逆手で抜ける様にブロードソードを帯びる。
 尚、実践的に実戦で用いる場合は両手で同時に武器を振り回すことは出来ない。あくまで映画などの型としてしか振り回せないのである。
「ルシア、待っていてくれたか?」
 そこへ彼女が──。
「何、呑気こいてるの、略奪が始まっちまうでしょうが? どこまでほっつき歩いていたの?」
「ちょっと『TENJIKU』までな」
 ここでアクセルは声をひそめて──。
「裏付けも取れてきた。ここで会えたのも神の加護といった所だ」
「全く、心配ばかりさせて。酒と宴ばかりが好きなんだから」
 折良く風も止みロングシップの動きも止まる。
 アクセルも船団に合流し、サクスで塩漬け肉を斬り分け、エールの樽を素手でたたき割る宴会を始める一団。
 ルシアもその空気に飲み込まれそうになるが、岸に集う船を指さし──。
「ちょっと! どこの船だかわからないけど、武装船があれだけ停まってる中に宴会する訳!?」
「女、喋りすぎだ‥‥なんて、な。これじゃ、無髭なんて名前が似つかわしくない、『銀髪の野犬』エイリークの真似と言っても、洒落にならんな。ま、気にするな若長がおり、俺と同じく、神の加護を受けたお前が居る」
「でも、私、何の加護を受けてるか、判らないのよ?」
 ルシアの声にバルガスは──。
「こうして、ロングシップに乗っているからにはオーディンから戦死者の半分を譲り渡す約定を交わした女神『フレイア』に決まってるさ。多分、俺は軍神『チュール』だろうな。ま、寿命が尽きれば判るさ。アクセルはフレイって所じゃないか?」
 と、自分のグレートアックスに刻まれたチュールの別名、ティワズのルーンを示す。
「バルガスがチュールなのは良しとして、それ以外は絶対やだ、却下する。あたしとアクセルが夫婦神だなんて‥‥そんなのは一生判らない方が幸せよ」
「ま、守護神談義は置いておくとして、だ。このまま敵船が見えているのに、向こうの船団を歯牙にもかけない理由、か? それは俺たちがいくさ上手のバイキングで。やつらがのろまだから、だ、それにこの風向きなら、どちらも動けん。風が吹けば、こちらが最大戦速で斬り込んでいる間にやつらが反転できるか、どうか‥‥怪しいもんだ」
「さすがね『赤毛のバルガス』」
 守護神論議を有耶無耶にされた事でルシアはバイキングの老獪さをようやく思い出していた。
 そして、宴が終わると、バルガスがルシアに語ったが如く、ロングシップは帆に風を受けて錐が板を穿つ様に、鋭く船団の側背を刺し貫き、矢が飛び交う中、陣頭指揮を取る『金髪の小僧』ハロルド。今は先祖伝来の剣を抜き放ち、毛皮と鎖かたびらに身を装う。
 程なく、バラバラになったイングランドのいくさ船を追い散らす。
 ハロルドもブロードソードを片手に先陣を切り、バルガスが脇を固める中、着実に速い剣さばきで、イングランド兵や騎士を斬って落としていく。
「野郎共! 無駄に蛮勇を誇る暇があったら、少しでも多くのお宝をかき集めろ!
 女子供を手に掛けるなんて汚いことは、若長が率いる俺たち誇り高きバッフィンランド族の勇者がすることじゃねえぞ!
 銀髪野郎とそれに媚びへつらうくそ野郎共が獲物を嗅ぎ付けてくる前にやるべきことをとっとと片付けやがれ!」
 言って、修道院に殴り込む。当時のキリスト教徒にとって、そもそも修道院が略奪の対象であるという思考が無かったため、バイキングにとっては、無防備で良く肥えたいい獲物となっている。
「いくさ船が来ているからには何か、運びだそうとしたか──運び入れたか?」
 そこへ、スラッジ(fa4773)演じるところの『赤目のウルベルト』が、先程、ハロルド達を乗せた風を逆に利用して、突入してきた。
「略奪は任せた。俺は血を流し足りないんで行ってくるぜ」
 ウルベルトの咆吼に、モヒカン(fa2944)が演じるところのファゾルトが下卑た笑みをその黒い巨体からひねり出す。
「任せろ義兄弟! 宝も女もガキも残さず掻っ攫って来るぜ! グッヘッヘッ」
 ハロルドと代々敵対しているバイキングの一族、『無髭公エイリーク』の率いる船団だ。
「赤目のウルベルトだ。我を討ち取らんとする自殺志望者は出てこい!」
 言って、彼の船が鉤を引っかけ、後背の船を乱戦に持ち込む。
「若長、ちょっと行ってきますわ。なーに、時間は取らせません。その間にあの赤目だが、白目だかをあしらってください」
 バルガスはそのまま陸上の人になる。
「あ、俺も」
「まったく、世話ばかり焼かせて」
 アクセルとルシアも上陸して矢のように真っ直ぐ修道院を目指す。
「一騎打ち所望する!」
「小僧が、やるかぁーっ!? 俺はバルガスの首をこの穂先からぶら下げたいんだよっ!」
「邪流の槍で、正統なる剣技にかなうものか」
「ふん、小僧。貴様はファゾルトの慰み者になるのがオチよっ!」
 ウルベルトの槍とスパイクシールド、対するハロルドのブロードソードと、スパイクシールド交差する。
 しかし、膂力に単純に任せた攻撃なら、ウルベルトの方が上であったろうが、風の如きハロルドの動きについていけない。
 ウルベルトの槍がハロルドの一撃を捌ききれなくなったと見えた瞬間──。
「そこまでだ──金髪の小僧」
 海を吹き渡る風よりも尚激しい、そして冷たい声がハロルドの動きを止めた。
「エイリーク、貴様!」
『無髭公エイリーク(ルーク)』はバルガスと同じように鋲打ちのレザーアーマーに身を包み、片刃の戦闘ナイフ──スクラマサクスを持つと、冷たい緑色の目で周囲を睥睨する。

「そういう事なら私も乗せて貰うわよ。よろしくね。相棒?」
 エイリークの参陣で、混沌を極めている海上を余所に、ルシアはアクセルから『地図』に関する情報を共有すると、修道院めがけて突き進む。
「ぐへへへ。何の相談かな?」
 石壁をスレッジハンマーで突き崩し、ファゾルトが笑みを浮かべながら現れる。
「とりあえず、上玉の女と、ガキが一匹か」
「ガキゆーな、俺は20越えているぞ!」
 アクセルの反論にファゾルトは唾を吐き捨て、顔を歪める。
「じゃーあ、ぶち殺ししかねーな。女、そんな優男より、『スルト』の祝福がある俺の所に来れば、体中可愛がってやるぜ」
「おととい来やがれ、この変態!」
 隠しからルシアがナイフを投げ放つが、ファゾルトが逆手に持っていたスパイクシールドで弾かれる。
「ちっ! ここは退くぞ」
「地図と女を此方に寄越せぇ!」
(こいつ地図の事まで知っている?)
 疑問に思いつつも、アクセルがブロードソートとジャマルハルを引き抜きながら後退しようとするが、相手は障害物全てを破壊しつつ押し寄せる黒い砲弾である。
「南無三!」
「ファゾルト──莫迦のひとつ覚えの破壊か」
「け、胸くそ悪い声だな、バルガスか!」
 赤黒い髭を靡かせながらバルガスが後ろから登場する。ゆったりとした歩みはファゾルトに襲われるふたりから、自分へと注意を引きつける意味もあった。
「後ろから斬りかからないのは余裕を見せつけてるつもりか? 後ろからなら、俺を止められたのによぉ」
「違うな。俺は誇りがあるのでな。お前と同レベルのゲスにまで身を持ち崩すつもりがないだけだ。それに──」
「まさか──後ろからでなくとも、俺を斬り殺せた──等とほざくんじゃないだろうな?」
「自分の腕前を良く判っているじゃないか?」
 両頭の斧を振りかざすバルガス。
「我が守護神チュールにかけてお前を斬り倒す!」
「ほざけっ!」
 ファゾルトのスレッジハンマーを受け止めた斧から一瞬火花が散る。
(アクセル、ルシア──死ぬなよ!)
 ふたりが逃げ落ちたのを見て、バルガスが気合いを込める。

「やばいな火をかけられたか‥‥急がないと」
 アクセルがきな臭い煙に顔をしかめる。
 ファゾルトがエイリークの下から派遣された段階で最早、火を放つ事は確定だったのだろう。
「急ぐんなら、舌を動かさず、脚を動かさないとね」
 ルシアが急ぎ、炎に包まれかかった修道院に飛び込む。
「中の見取り図とかは?」
「さすがに手に入らない、東洋に居たんだぜ! こんな田舎の修道院の事までは、ちょっと、ね。つまり──」
「つまり?」
「行き当たりばったりだ!」
「大航海が終わっても‥‥いつものパターンって事」

「──遅かったか!」
 炎の中に落ち崩れていく修道院を白馬に跨ったまま、歯を食いしばりながら──。ランディ・ランドルフ(fa4558)演ずるところのイレーネが、キュイラス、ヴァンブレイス、グリーブを僧衣の下に着込み──丘の上から終焉の風景を見下ろす。
(しかし『地図と魔女』は抹殺せねば)
 女性の身なれど教会神聖騎士として任じられたものとして、その務めは果たさねばならない──殊にそれが教皇の勅令によるものであれば──イレーネは白馬を御して修道院に向かって驀進した。
 修道院に近寄ると、煙の吹き出る地下の納骨所から、アクセルとルシアが巻物を持って現れる。
「蛮人が! 貴様等に『導きの書』を渡すわけにはいかん!」
「女か? それにしては背が高いな?」
 アクセルの疑問にイレーネは言葉を返さずに──。
「渡せ! というのだ」
 と押し問答になる。
 しかし、そこへ焼け落ちた天井がイレーネとアクセル、ルシアの間を遮り、どさくさ紛れに冒険商人ふたり組が逃げ出すきっかけを作る結果となる。
 炎に馬を御しきれず、たたらを踏むイレーネ。
 一方、バルガスとファゾルトの一騎打ちも炎にまかれ休止となっていた。
「ち、命冥加なヤツめ、次はないと思え! ラッキーだったな!!」
「それはこちらの台詞だ」
「カッカッカッカッカッ! その程度ではワシは倒せん!!」
 と、吠えつつ炎をものともせず撤退するファゾルト。これがスルトの加護というシロモノだろうか? 南の果て、世界を焼き尽くす巨人の住み家、ムスッペルヘイムの王である。
「チュールとルーンよ、我に加護を!」
 炎のまにまに見え隠れするエイリークの手勢に全身の力を込めて、双頭斧を投げつけるバルガス。
 一撃で手勢の胴体を両断し、何か大きな包みが落ちた。
 そこから、何か黄金の光が漏れ出す。
 神の加護を得ていると言われたものは自分の内に潜む『何か』がその光と共鳴する感覚を感じた。

「ハロルドっ! ヘルの腐った半身に誓い、貴様の金髪を貴様自身の血で染めてやる!!」
 ウルベルトはエイリークの乱入という好機に、自身の不利を悟りつつも、神に誓いを立てながら、槍を引く。
「ウルベルトでは力不足か──」
 ならば、とエイリークがサクス片手に人間離れした体術でロングシップの間を飛び渡り、一気にハロルドとの間合いを詰める。
 辛うじてスパイクシールドで受け止めるハロルド。
 縁を金属で強化していない、スパイクシールドはサクスをくわえ込んで離さない。
 それを百戦錬磨の強者として、当然知っているエイリークはサクスを手から離し、組み討ちの技に持って行く。
 バイキングの機動力の源は予備の武器を携行しない事によって得られる。しかし、普通にここまで武器を失った場合に備えての、体術の技量を持っているものはいない。
 エイリークはその希有なサンプルであった。
 しかも、バランス感覚が要求される船上での戦いを難なくこなす、神の祝福よりは、魔性の加護を受けたような技のキレ。
 あっという間に足元を掬われて、ハロルドはエイリークに押し倒される。
「つまらん邪魔が入ったな。小僧、次も楽しませてくれるのだろうな? もっともここでくびり殺されれば同じ事だ」
「ここで死ぬわけには──」
 組み合ったままの零距離でエルボーを打ち込み、エイリークに打撃を与える。
 しかし、唇の端から血を滴らせながら、エイリークは不敵な笑みを浮かべる。
「次はこうはいかんぞ」
 言ってサクスを回収し、自分のロングシップに後ろ向きのまま、飛び移る。
 修道院から火が出た事で風向きが変わり、エイリーク側のロングシップが滑るように海面を走っていく。
 そして、乱戦から追走劇に移るかと思えた瞬間、修道院の炎が一瞬にして収まり、追い風を打ち消し、ハロルド一味を足止めする事となってしまう。
「私は‥‥ラル。ラル・ミリルドルフ」
 光に包まれて現れた銀髪の少女(燐 ブラックフェンリル(fa1163))がバルガスの前に自らの名を名乗った。
 ルシアとアクセルは手に入れた地図の事を明かさず合流し、周囲の者は誰も彼らが地図を(謎の神聖騎士イレーネが、導きの書と呼んでいたそれを)持っているなどとは夢想だにしない。
 ラルが修道院の中にいて、彼女がミーミルに連なるモノ? という噂が立ち、黒い肌という異人めいた外見のみならず、予言めいたものをするからという理由で、キリスト教徒に捕縛され、修道院に幽閉されていたという。
 悲劇的な話ではあるが、有色人種は神の加護の証しであるというバイキングにとっては、ああそうですか? というレベルの話であった。
 しかし、彼女の緑の眼に映ったものは右腕を失い、首から下を血に染めて倒れ伏すハロルドの幻像であった。
「いやっ! 血が流れて!? ああ、染まっていく──駄目、これ以上見たくない!」
「どうしたんだ? クリスチャンどもはもういないぞ。もう大丈夫だ」
 髭を捻りながらも訝しむバルガス。
「何か予言でも降りたんじゃないの?」
 ラルの瞳を真正面から見据えつつも、ルシアがフォローを入れる。
「で、何に関する託宣だ? 教えてくれよ、何か関係がありそうな事ッポイし」
 興味本位からアクセルが尋ねた。
「言わなければ‥‥何も知らない方が幸せな事が──沢山あります」
 何時の世にもカサンドラは嫌われるものだ──別に彼女がギリシャ英雄譚といった古事を知っているわけではないが、凶報をもたらす者は敬遠される事を体験上知っていた。
「でも、知っていれば、みんなの力を合わせて予言を変えられるかもしれません」
 そんなラルに明るくハロルドが声をかける。
「いきなり、僕たちを信じろ‥‥というのは無理な話かも知れませんが」
 ラルは冷たく整った顔立ちとは裏腹にその言葉に揺さぶられ、涙を一粒──‥‥流した。
「時が来れば語ります。どうか、それまで──どうか‥‥‥‥」
 その涙を前に、誰も託宣に関して、切り出そうとせず、見えない未来に立ち向かう事が如何に勇気がいる事かを思い知るのであった。

 一方、エイリークの旗艦『仰天号』では、ウルベルトとファゾルトが結局、修道院から大量の金品以外、何も持ち出す事は出来なかった事をエイリークに報告する一幕があった。
「──そうか」
 言って沈黙するエイリーク。
 ウルベルトとファゾルトは今にも天も裂けんばかりの叱責が来る事を覚悟していたが、予想に反して激しいものはなかった。
「どちらにしろ、ミーミルの首に至る鍵は向こうにあるのだ。やつらを追って、最後の最後でねじ伏せればいい」
 そのエイリークの傍らにある机には──もう一冊の『導きの書』があった。
 アクセルが見れば仰天したことであろう。
「さて、私の『産んだ』子供には八本脚の駿馬もいるのだよ──。道化はいつでも手早く参上できる準備を怠らぬものだ。最後に鍵を握っていた者が笑う。それには変わりない。何故なら、ミーミルの首は三位一体でなければ、用を為さぬのだからな。少々の幕間劇は楽しむくらいの心の余裕が必要だ」
 夜の大海が誰にともなく向けられたエイリークのその呟きを吸い込んでいった。