The Holy Grail War A2ヨーロッパ

種類 シリーズEX
担当 三ノ字俊介
芸能 4Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 難しい
報酬 21.7万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 12/15〜12/19
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●本文

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【聖杯伝説】
 イエス・キリストが最後の晩餐で使用したとされる、聖なる杯にまつわる中世ヨーロッパの伝説。アーサー王伝説とむすびつき、その主要テーマとなっている。伝説によれば、アリマタヤのヨセフが、処刑されたキリストの傷口からながれる血をこの杯でうけ、聖杯として保管したのだという。その後、聖杯はブリテンへ運ばれ、ヨセフの子孫に代々守り受け継がれた。罪なき者のために食物を満たし、心の穢れた者の目を見えなくし、ふさわしくない者が近づくと口がきけなくなるといった、奇跡をおこす力を持つと信じられた。
 聖杯は中世の、パルジファル(パーシバル)の物語に登場する。若者パルジファルは、アーサー王の宮廷の騎士になることを夢みて旅に出て、途中、漁夫王の城に到着する。パルジファルは知らなかったが、じつは漁夫王はパルジファルのおじで、聖杯と、十字架上のキリストを傷つけるのに使われた槍の管理者だったが、自らの罪のため、聖杯の力で口をきけなくされていた。入城したパルジファルは、無言の王の面前をいく、血のついた槍と聖杯の不思議な行列にでくわした。パルジファルは驚きのあまり理由を聞こうともせず、その奇妙なパントマイムのような光景を無言でみていた。しかし本当は、穢れを知らない魂をもつ彼が王に話しかければ、王は救われるはずだったのだ。その後、紆余曲折の末、パルジファルは再度城を訪問し、折れた剣を修復した後、あるいは他の物語では、おじが口をきけるようにした後、その跡をついで王となる。
 後の伝説では、聖杯の探索は聖なる使命とされ、アーサー王の騎士のひとりガラードが、その中心的役割を担った。他にも多くの騎士が聖杯を探して旅をするが、聖杯の発見に成功するのは、『アーサー王の死』(マロリー著)によれば、ガラードただ一人だけである。
 現在では、聖杯探索の物語は、キリスト教に改宗したケルト人の説話から登場人物や題材を得て、キリスト教の道徳や宗教を広める推進力として利用されたとみなされている。
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「『聖杯(Holy Grail)』――キリストが最後の晩餐に使用し、伝説ではアーサー王が求めたというこの聖遺物を題材に、今回はシャシンを撮る」
 ジョン・B・カーペンタリア監督は、居並ぶスタッフに向かって言った。
「基本的な物語はこうだ、聖遺物『聖杯』を巡って、人間と悪魔は対立している。悪魔王サタンは現界するために、聖杯に満たされた乙女の血を欲し、人間はそれを阻止するために戦ってきた。だが1000年に一度、悪魔は人間界に干渉して『闇の王子』を現界させることが出来る。つまり悪魔の子、ダ○アンみたいなものだ。しかしまかり間違って、『闇の王子』はバチカンの悪魔殲滅機関の尼僧に恋をしてしまう。絶対的な『悪』にほころびが生まれてしまうわけだ。あわてた悪魔たちは『闇の王子』を抹殺し聖杯を手にしようとするが、そこに『闇の王子』が立ちはだかる。聖杯と尼僧を守って『闇の王子』は戦うが、聖杯の力のためにその超絶的な能力を発揮できないどころか、人間並みに減退してしまう。逆に悪魔は、悪魔信徒などの『人間』を利用して聖杯を得ようと画策する。そして――」
 ジョンはそこで、言葉を句切った。
「尼僧は『竜殺し(ロンギヌス)の槍』を『闇の王子』に託し、自らも剣を取って戦う。その剣は『聖剣デュランダル』というのがいいかな。ともあれ現代兵器で武装した悪魔信徒と、『闇の王子』とバチカンの戦いという図式を作ってドラマ化するのが今回のメインだ。舞台はロンドン。クライマックスは現界した高位の悪魔アビゴールとの戦いあたりがいいだろう」
 ほとんど即興で作ったとしか思えない物語を聞いて、皆がうなった。さすがはB級専門監督、やることにソツが無い。
「基本的な登場人物は次の通りだ」
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●代表的な登場人物
・闇の王子:アヴァランス
・尼僧騎士:シスター・アレーナ
・悪魔の花嫁:マリー
・悪魔信徒:ジャック
・バチカンの使者代表(敵対派):ブラザー・スフィード
・    〃    (親和派):ブラザー・チェンバレン
・悪魔アビゴール(CG:声のみの出演)
・中ボス的悪魔信徒若干名
・その他
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●物語:4回中の第2回
 シスター・アレーナとアヴァランスは、悪魔信徒の手を逃れてイングランド某所に身を潜めていた。悪魔信徒の追跡は執拗で、アヴァランスたちを逃がさぬよう追い詰めてゆく。
 そんな中、アレーナがジャックに襲われ敗北する。アヴァランスを誘惑するアレーナ。しかしアヴァランスはその誘惑をはね除け、アレーナの窮地に駆けつける。
 アヴァランスとジャックの最初の激突。熾烈な戦いは両者痛み分けで終わるが、アレーナとアヴァランスは英国国教教会(プロテスタントの総本山)に確保されてしまう。二人は有無を言わさず宗教闘争に巻き込まれてしまうが、そこにバチカンの使者は二人派遣され、情況は緊迫する。
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「ざくっとこんな感じだろう。あとは企画を進めてゆく上で調整する」
 カーペンタリアが言った。

    *

 ともあれ、企画は承認され予算が下りた。かなり力の入った企画になり、芸能人としての『格』も要求される仕様になった。
 本募集は『役者』の募集である。主役ないし準主役相当の募集で、エキストラはこれに含まれない。
 やる気のある参加者を待つ。

●今回の参加者

 fa0964 Laura(18歳・♀・小鳥)
 fa1126 MIDOH(21歳・♀・小鳥)
 fa1257 田中 雪舟(40歳・♂・猫)
 fa3960 ジェイムズ・クランプ(22歳・♂・犬)
 fa4480 ダグラス・ファング(34歳・♂・獅子)
 fa4741 ジャック・ピアス(27歳・♂・豹)

●リプレイ本文

The Holy Grail War A2

●幕間:新教と旧教の略史
 キリスト教の歴史は、腐敗と軋轢の繰り返しである。
 もちろん極論だ。しかし、現在のカトリックとプロテスタントに分裂した現状が成されるまで起こった事変を書き連ねれば、納得せざるを得ない。
 新教、つまり『プロテスタンティズム』の成立は、『宗教改革』によって誕生した。1517年10月31日、マルティン・ルター(1483〜1546)が、ローマ教皇の行っていた『免罪符』の販売に反対し、ヴィッテンベルク城教会の門扉に『95箇条の提題』を張り出したことによって始まる。ルターの掲げた提題は大きな反響を呼び、翌11月にはライプチヒ、マグデブルク、バーゼルで印刷され、ニュルンベルクではドイツ語訳も出版された(オリジナルはラテン語)。
 教会側は反響の大きさに驚き、神学者たちに反論させようとするが、1518年7月、ルターは論戦で教皇の権威を否定し、中世教会の基礎を大きく揺るがすことになる。1520年には『キリスト者貴族に与う』『教会のバニロニア補囚』『キリスト者の自由』という『三大宗教改革文書』を発表。ルターの教義は『万人司祭主義』『聖書主義』『信仰のみ』に集約され、カトリック教会の制度や伝統、秘蹟などの行事を真っ向から否定することとなった。そのため1521年、教皇はルターの破門を宣告。しかしルターはザクセン侯などの有力者を味方に付け、カトリックとの対立を本格化させていった。
 1541年には、ジュネーブでヨハン・カルヴァン(1509〜1564)が改革の狼煙を上げる。その思想はルターの思想の影響を強く受けたものだったが、ルターが聖書を重んじたのに対し、神の絶対主権を強調した点に特色を持っていた。
 カルヴァンは新約聖書だけでなく旧約聖書も重視し、信仰と律法の両方が重要であると主張。そうしてルター以上に徹底して教会改革を行う一方、『教会規則』によって市民の生活を厳格な規律のもとに置く一種の神政政治を行った。
 カルヴァンによれば、一切は全能の神の意志の摂理に支配されており、人間の計画や意志も、神の定めた目標に向かわしめるよう支配されているとされる。ここから発生したのが、カルヴァンの『予定説』である。
 予定説とは、人間の救いと滅びが予め神によって決定されている、という考え方だ。このことは教皇や教会、人間の努力などが人間の救いと何の関わりも持たないことを意味し、さらに人間は自らがどちらの側の存在か、すなわち救われる側に予定されているのかそうでないのかを、知るすべを持たないということである。無論、努力しても救いという形で報われるわけでもない。そうした不安をぬぐい去り、自分が救いの側に予定されていることを確信するために、人びとは神の召命としての職業労働に禁欲的に従事すべし、というものだ。
 この時、働いて利益が上がるのは自分の行い(ひいては自分の存在)が、神の意志に適っているからである、と考える。こうして、新興の市民層は世俗的職業活動に邁進し、やがてそこから近代資本主義が成立していったのは、封建社会に依っていたカトリックにとっては皮肉な話であろう。
 宗教改革によってプロテスタントが誕生すると、失地回復を目指すカトリック側はイエズス会を結成し、アジアなどへの布教に力を注ぎ始めた。フランシスコ・ザビエルが日本に『天主教』を伝道したのはこの頃だが、やがて新旧両教のあいだで宗教戦争が勃発。これは17世紀半ば過ぎまで続ことになる。
 イギリスでは、16世紀に英国国教会がローマ教会から独立。英国国教会は初期にプロテスタントの影響を受けたが、メアリ王女がカトリックのスペイン王と結婚したのを契機に再びカトリック化し、メアリ一世の後をうけたエリザベス一世が再びローマ・カトリック教会との断絶を宣言する。しかしローマ・カトリック教会の立場に妥協するところが多かったため、それを不満としてカトリック的な色彩を浄化しようとする清教徒(ピューリタン)が現れた。
 現在の英国国教会も、ローマ法王を認めない点をのぞけばローマ・カトリックに近い。しかし初期の混乱からその軋轢は深く、街路を挟んで旧教徒と新教徒が対立し、銃弾が飛び交うような状況になっている(紳士の国とは思えない状況だが)。
 双方の『現在の当事者』に言い分はあるだろうが、実際は過去の英国王室が『離婚したいからプロテスタントに鞍替えする』とか、『結婚したい相手がカトリックだからカトリックに改宗する』とか馬鹿なことをやったお陰であり、現在の人々が血を流す必要など無いはずである。むしろそれを未だ引きずり煽っているのはローマ教皇長であり英国国教会であり、真摯に神を信じ奉仕しようとしている人が『報われない国』というのがイギリスなのだ。
 だから、
「ほんと、バカよね〜」
 などと、悪魔信徒のブラッディー・マリー(Laura(fa0964))に言われることになる。手にはWebサイトの記事を表示させたPDAを手にして言った。その側には病人に憑く死に神のように、ジャック・ザ・チョッパー(ジャック・ピアス(fa4741))が控えている。
「あたしね、思うのよ」
 PDAを放り出しながら、マリーは言う。
「過去、宗教があって世の中良くなった試しなんかないわ。神様の名の下に、殺して殺して殺し合う。それも神の使徒たちが、ただ一人の『全知全能の神』とかいうのに踊らされて。ああ! 愉快だわ! ゼウス、アッラー、ゴッド! 過去どの名で呼ばれた神も、同じ『もの』には違いないのに!! あの栄養不良のひげ親父のせいで、世の中がこんなに混乱している! 闘争、殺戮! 殺し合い!! 人間が殺し合えば殺し合うほど『神を穢すことにしかならないのに!!』」
 饒舌な時のマリーは、かなり精神的にキている。悪魔信者も『信徒』には違いない。彼等と『狂信者』をわけ隔てるものなど紙一重であり、それもかなり曖昧なものだ。
「しかし」
 ジャックが、声を出した。キッと、マリーがジャックをにらむ。面白くなかったらしい。
「『闇の皇子』はヴァチカンの尼のところに居ます」
 ゲシッ!!
 ものも言わず。
 マリーがジャックの顔面を蹴った。しかし石動のように、ジャックには応えた様子は無い。そもそも体格や体重が違う。
「ああ! ムカツク!!」
 マリーが、完全にキレた。
「『闇の皇子』がなんでヴァチカンの雌豚と『失楽園』してんのよ!」
 ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ!
 理不尽な怒りをぶつけるように、マリーがジャックの顔を蹴る。いい加減蹴り疲れて肩で息をするほど蹴って、さらに一発蹴った。
「見ぃてなさい‥‥絶対アタシのモノにしてやるんだから‥‥」
 憤慨するマリーを見ながら、ジャックは昏い笑みを浮かべていた。

●第4章:逃避行
 イギリスの宗教事情が複雑なのは、先に触れたとおりである。ましてやシスター・アレーナ(MIDOH(fa1126))は乱れた修道女姿で、アヴァランス(ジェイムズ・クランプ(fa3960))は着の身着のまま。さらに言えば、アレーナは大事そうに剣を持っている。一時しのぎの武器と思ったが、アレーナは文字通り肌身離さず剣を携えていた。
 『聖剣デュランダル』。それがその剣の名前だそうである。中東による西欧への宗教戦争の時、5倍する兵力を破った英雄ローランの所持していたと言われる剣だ。大理石をも断つという名剣で、聖母マリアの衣片の他、数々の聖遺物が封入されているという。ただし、アヴァランスには触れられない。剣が雷光を放って拒否するのだ。
 逃避行は、一昼夜に及んだ。ロンドンから(アレーナが拝借した)車で国道を北上し、ガソリンが無くなったところで車を乗り捨てた。
「歩きましょう」
「あ‥‥ああ」
 アレーナの言葉にうなずくしかないアヴァランスであるが、今のアレーナに反抗しようという気持ちは起こらない。今のアレーナはまるで行動力の塊で、何か強固な意志の元にアヴァランスを引き回しているようにしか見えない。
 二人が明け方に落ち着いたのは、国立公園の森の中だった。人跡未踏というわけではないが、そう簡単に見つかるような場所ではない。
 たき火を囲みながら、二人は黙って炎を見つめていた。
「あの」
「なあ」
 二人同時に声を上げ、口をつぐむ。先に口を開いたのは、アヴァランスだった。
「シスター、いったい何が起きているんだ?」
「‥‥アヴァランスさんは、知らないほうがいいと思います」
 悲しそうに、アレーナが言う。
「しかし教会の人や子供たちは‥‥」
「司祭様が、きっとなんとかしてくれているはずです」
 十字架片手に銃で武装した黒装束の男たちに向き合う司祭の姿が浮かんだが、それが『なんとか』なる手段にはとうてい思えない。
 そもそも、車を無断拝借し配線を直結して、銃撃の中を暴走運転するシスターというのにも無理がある。アヴァランスがこの6時間で見たアレーナの姿は、その前に見ていた聖母のようなものではなく『戦う乙女』であった。
 ――く〜〜〜〜。
「あら」
 アヴァランスの、腹が鳴った。アレーナがくすくすと笑い、僧衣の中からイギリス名物、高カロリーでだだ甘のチョコバーを取り出した。
「これは?」
「さっきの車の中にありました」
 つまり盗品である。もっとも状況が状況なので、アヴァランスも頓着するようなことは――。
 ――く〜〜〜〜。
 また、腹の鳴る音。夜目にも分かるほど、アレーナが顔をまっ赤にしていた。アヴァランスは苦笑すると、チョコバーを割ってアレーナに半分渡した。
「すいません‥‥」
 アレーナがそれを受け取り、食べ始める。それが年齢相応で、アヴァランスは妙に面白かった。
「あの‥‥何か顔についていますか?」
「ほっぺたにチョコが」
「え? やだ‥‥」
 ゆらぁり。
 頬を拭いかけたアレーナの手が止まった。立ち上がり、剣を手に取る。
「シスター?」
「ここで待っててください」
 アレーナはそう言うと、アヴァランスの言葉を待たずに走り出した。
「‥‥アヴァランスさま」
 そのアヴァランスに、後ろから女性の声が響いてきた。

●第5章:誘惑
 アレーナが駆けた先は、古木が腐敗して倒れた場所だった。
「一人で来るとはいい度胸だ」
 月を背景に、男の姿があった。
「その入れ墨‥‥『屠 殺屋』ジャックか」
「いかにも。聖剣戦士であるシスター・アレーナにご存じいただけているとは、光栄の極み」
 わざとらしく、優雅にジャックがかしこまる。
「目的は‥‥聞くまでもないか‥‥」
「ちょっと違うな」
「?」
 アレーナが顔に疑問符を浮かべる。
「俺は『闇の皇子』なんてものには興味がない。俺はオレのために楽しんでいる。修道女を解体するのは初めてだ‥‥それもこんなに綺麗な女性はね。右腕の印を刻むのに相応しい‥‥たっぷり歓喜と恐怖を味あわせてあげるよ」
「くっ‥‥この変態!」
「それは傷つくなぁ」
 ジャックがおどけてみせる。
「ちゃんと『偏執狂』と言ってくれ。でないと刻んだ印たちに申し訳が立たない」
 しゃん! と、問答無用とばかりにアレーナが剣を抜いた。
「解体は好きだが、痛めつけるのは好みじゃないんだ」
 すすっと、物陰から黒装束が進み出る。
「やれ」
 何かの飛んでくる気配に、アレーナが飛び退いた。ほとんどをかわしたが、しかしそのうちの一つが脇腹に突き刺さった。
 ばしん! と、何かが体中を駆け抜けた。それが電流であることに気づくのに、コンマ5秒ほど必要とした。
 が、その時にはすでに、アレーナの身体の大半は運動機能を失っていた。テーザー銃(スタンガンの一種)による電気ショックである。
「最近は便利なモノが開発されて嬉しいよ」
 ジャックが言った。
「意識を失わせず無力化し、苦痛だけを与えて解体に専念できる。化学の勝利だね」
 すとん、と、ジャックが地面に降り立った。
「さて」
 ジャックがアレーナに顔を寄せる。
「下ごしらえだ」

    ◆◆◆

 たき火のそばで、アヴァランスは魅入られたカエルのように凝固していた。
 マリーの姿がある。それは扇情的なきわどい衣装で、アレーナの対極に位置するような姿だ。
「お迎えにあがりました、アヴァランスさま」
「迎え? 教会の人ですか?」
「いいえ、違います」
 にこやかに、マリーは首を振る。
「いいえ、あなた様が本来在るべき場所から来た者です」
 すすすっ。
 周囲に、黒衣の者たちが十数名現れた。アヴァランスが警戒を露わにするが、黒衣の者たちは、まるでかしずくようにアヴァランスを中心に膝を折った。それは礼拝堂に来る敬謙なクリスチャンの様子にも似ていた。
「これは‥‥」
 アヴァランスが、声を失う。
「あなたは、『神の子』なのです」
 マリーが言う。
「失礼」
 タン!
 銃声が、響いた。アヴァランスは胸に衝撃を受けて、思わずそれを見た。
 胸に穴が開いていた。銃弾の穴である。マリーの手にはデリンジャー22口径が握られていて、硝煙を上げていた。
 そしてアヴァランスが声を上げる前に、アヴァランスの胸から膿を吐き出すように、銃弾が排出され傷が塞がった。
「‥‥‥‥な」
「あなた様は、人間ではありません」
 マリーが言う。
「あなた様は、今まだ眠った状態‥‥この者たちに使った力は、あなた様にとっては寝言のようなもの。全てを解放してみたくはないですか?」
「解放‥‥」
「はい」
 マリーがにこやかに言う。
「血と闇と罪が支配し、硝煙と阿鼻叫喚が世界に満ちるのです。そして全ての者があなた様に平伏するようになります、この者たちのように‥‥どうです? 素敵でしょう」
「よせ!!」
 アヴァランスが叫んだ。
「何をためらうのです? あなたは、この世界で生きて行くことなど出来ない。人間ではないのですから」
「違う‥‥」
「このままでは、あなた様はあの頑迷な聖職者たちに狩られるだけの存在。あの女は、あなた様に付けられた猫の鈴。ひとたび鳴れば、その剣はあなたさまの首を刎ねるのですよ?」
「違う!」
「違うものですか。あの女は――」
「やめろっ!」
 ばしん!
「きゃっ!」
 衝撃波が、マリーを叩いた。思わずマリーが、尻餅をつく。
「アレーナはそんな女性じゃない!」
 その言葉に、マリーの顔が怒りに歪んだ。
「信じられない! あんな堅い女に操を立てているの? あんたは闇と混沌の王子『アンバランス』だというのに!」
 それは、いつものマリーだった。
「いいわ。ならこっちも手を変えるだけよ。あの女を殺して、あんたを奪う。ああ、もう『死んじゃった』かもしれないわね。ジャックは――」
 ぴきっ。
 マリーの軽口が止まった。アヴァランスににらまれたからだ。それは闇の眷属のみが持つ特有の『もの』。殺意でも敵意でもなく、『悪意』。魂を鷲掴みにする恐怖をもたらす、絶対的な畏怖だった。
 アヴァランスが走り出した。誰も、それを止めることが出来なかった。
 恐怖、のためだ。

●第6章:血闘
「アレーナ!」
 アヴァランスが『そこ』に現れたとき、まさにアレーナは『解体』される寸前だった。下衣姿で肌が顕になっていて、そしてその肌に数多くの聖句や文様が描かれている。
 聖剣戦士の資格者が持つ、『紋章』である。
「おやおや闇の皇子、マリーはどうしました?」
 ジャックが、これ以上ないという小馬鹿にしたような表情で言った。
「アレーナに何をした」
「ああ、これですか? これから私はお楽しみの時間でして。皇子もマリーとよろしくやっていると思いましたが」
「そこをどけろ。アレーナを返してもらう」
「おやおや‥‥彼女ではお気に召しませんでしたか? まあ彼女は生娘だから、そういうのは不得意でしょうしね。でも折角、本当の自分を取り返せる所だったのに、残念な事をしましたね。もっとも、僕にとっては好都合ですがねっ!」
 たたたたん。
 テイザー針が立て続けにアヴァランスの身体に突き立った。そして総計で1000万ボルト以上の電流がアヴァランスを灼く。殺傷力の無いテイザーと言っても、20本以上を一度に喰らえば人間だって死ぬ。
 が、百雷の閃光がアヴァランスの身体に落ちたかと思うと、その電流は数十倍になって逆流し黒ずくめを灼きのたうち回らせた。
「ほほう? なるほど、『闇の皇子』の名は伊達じゃ無いわけですか」
 肉の焦げる異臭の中、ジャックは嗤(わら)っていた。
「俺は、『闇の皇子』じゃない」
 アヴァランスが言った。
「お前たちの、敵、だ」
「結構」
 ジャックが言う。
「俺は元から、アンタのことなんかどうでも良かったんだ。アンタが敵に回るなら殺 すまで。『闇の皇子』を殺せるなら、俺は悪魔を越えられる」
 ドン!!
 アヴァランスの胸に、ナイフが突き立った。スペツナズナイフ――スプリング式で放たれる投擲ナイフである。
 が、アヴァランスの傷はそれを押し戻し、地面に落とした。
「なるほど」
 まったく動じずに、ジャックが応じた。
「まあ、並大抵の武器じゃ無理だと思っていたよ。だがこれはどうかな?」
 しゃん!
 音高くジャックが抜いたのは、アレーナの聖剣デュランダルだった。
「俺はまだ『人間』なんでね。使えないことはない。ましてや相手が『闇の皇子』なら、剣は存分にその力を発揮する」
 剣風が走った。銀の弧が三条描かれ、そのうちの二条がアヴァランスを捉える。
「!」
 アヴァランスが驚愕する。銃で撃たれてもナイフで刺されても動じなかった身体が、苦痛に悲鳴を上げていた。さしたる傷でもないのにだ。
「くだらねぇ、くだらねぇぜ『闇の皇子』さんよ。あんたは『解体』する価値も無ぇ。とっとと殺して塵に還してやるよ」
 ぞん!
「ぐあああっ!!」
 アヴァランスがうめいた。左腕をまるごと持って行かれたのだ。地面に落ちた腕は、塵になって消失した。
「終わりだ!」
「くのっ!」
 アヴァランスが『闇』を放つ。ジャックがあわてて、それを剣で防いだ。剣は所持者を守るように、闇を霧散させた。
「アヴァランス!!」
 アレーナが叫んでいた。動かない身体で地面を這っている。
「アレーナ!」
 アヴァランスが駆ける。
「手を!」
 アヴァランスは、アレーナの言われるままに手を伸ばした。その手がアレーナの手に触れた瞬間、白い光がわき起こった。
 どすん!!
 妙な物音がした。
「うああああああああああああああああっ!!」
 知覚されたのは、ジャックの悲鳴である。ジャックは右腕が無くなっていた。その背後に、『何か』によって剣を握ったままのジャックの腕が縫い止められている。
 槍、だった。
「糞っ、糞っ! 糞っ!! 糞っ!!! 『ロンギヌスの槍』を女の身体に縫い込んだのか!? そんな話聞いてないぞ!!」
 ジャックが言う。見れば、全身を覆わんばかりにあったアレーナの紋章が、全て消えている。
 『法術分解』というものなのだが、その正体をジャックもアヴァランスも知らない。
 タタタタタン! タタタタタン!
 別の場所から銃撃音が響いてきた。目から殺意を溢れさせて、ジャックがこちらを見ていた。
「いいか、貴様は必ず俺が殺してやる。必ずだ」
 そして、きびすを返す。
 数分後、銃撃音はほとんど収まり、特殊部隊のような格好をした者たちが隊伍を組んで躍り込んできた。
 その時には、アヴァランスの腕は、ほぼ復元されていた。

●呉越同舟
 ブラザー・スーフィード(ダグラス・ファング(fa4480))は、今にもブチキレんばかりに不機嫌だった。専用ジェットに乗っているのが、簡単に言うと『大嫌いな』ブラザー・チェンバレン(田中雪舟(fa1257))であることもそうだが、それ以上に『闇の皇子』と『ロンギヌスの槍』『聖剣デュランダル』、そしてその使い手がプロテスタントに確保されたというのだ。
『言わんことではない! 貴様どう責任を取るつもりだ!』
 と御前会議で詰め寄ったスーフィードを、チェンバレンはあっさり『話し合いで解決します』といなし、そしてそのための段取りをあっさり決めてしまったのである。ぐうの音を出す間も無かった。
 チェンバレンは座席で涼しい顔で本を読んでいるが、このジェット機にはチェンバレン以外は1名を除き全て、スーフィード派の『壊し屋』合わせて20名余が乗っている。これは頑として譲らなかった、スーフィードの『条件』だった。
 ――異教徒と『話し合い』だと! ばかばかしい!
 吐き捨てたい思いで、スーフィードは思った。
 ――神の御心と恩恵を、異教徒にまでくれてやる必要など無いわ。1ミリでもミスをしてみろ、すべて私が『解決』してくれる。

 宗教闘争に向け、自体は加速する――当事者の知らぬまま。

【つづく】