蛇、ヘビ、へび! 弐アジア・オセアニア
種類 |
シリーズ
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担当 |
龍河流
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや難
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報酬 |
3.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
4人
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期間 |
03/25〜03/31
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●本文
特注の蛇主役芝居を請け負った着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』では、衣装作りが行われていた。担当の笹村初美が、皆に手伝わせているのだが‥‥
「それでだな、初美。あの中のどれがいいんだ?」
「別にどれもよかないけど」
「なんじゃ、一人くらいは良さそうなのがおるじゃろ。どれもよう働くし」
その初美を左右から挟んで、笹村金一と漆畑銀二が煩く騒ぎ立てている。かと思えば、その近くでは大量に出した衣装を片付けている笹村睦月には、笹村ハルと漆畑明子がひっついていた。
「睦月もそろそろいい人連れてきてくれないの?」
「恵一郎が貴方の歳には、もうカンナもいたんだけれどねぇ」
「手伝いに来たのか、邪魔しに来たのか、どっちなんだ」
今年になってどちらも二十六になった孫の結婚を心配している‥‥というより、面白がっている祖父母に対し、孫達は冷淡だ。それでも居合わせる笹村葉月に祖父母達が寄っていかないのは、仮脚本のまとめをしている彼が『出番削る』と脅すからだった。
そんなに劇に出たいのならおとなしくしていろよ、と初美と睦月に腹の中で思われていると知ってか知らずか、祖父母は今度は笹村カンナを振り返った。いつもパンダ姿のカンナは、この日もパンダのままで、初美の指図通りに布を裁つ手伝いをしている。
「カンナはどうだ?」
「ボーイフレンドはおらんのか?」
「あら、今時は彼氏っていうんでしょう?」
「おばあちゃん達にこっそり教えて?」
どこがこっそりだよと、睦月と初美と葉月が思い切り表情で語ったが、肝心の人達は気付いていない。挙げ句にカンナが『え〜』と照れだしたので、彼女に注目する目は七対になった。
けれども。
「あたちは、らめれちゅよ〜」
「待て、カンナ。駄目ってどういうことだ。そういう後ろ向きな考えは良くないぞ」
「あたし‥‥あたしじゃなくてカンナが従妹だったら、睦月と今頃纏まってたと思う」
「あ、そう思うの、俺だけじゃなかったんだ」
恋人なんてまだまだと首を横に振った妹に、うるさく話し掛けている睦月の態度に、初美と葉月が意見の一致を見ていた。それだけなら、まあ平和だったのだが。
「らってぇ、にーにとねーねがまじゃにゃのに、あたちがかれひちゅれてきちゃら、らめでちょ?」
葉月が『思っても言うか?』と呟き初美に頭をひっぱたかれ、カンナは睦月に拳骨でぐりぐりとこめかみを押されていた。
世の中、言ってはいけないことが色々とあるものである。
何はともあれ、衣装の作成は順調だった。
そうして、特注蛇主役芝居は当日の舞台設営計画の決定、小道具の作成と、脚本の読み合わせに始まる芝居の稽古が始まる。
このとき何よりも重要なのは、如何にして獣化を着ぐるみ、特殊メイク、極秘の舞台装置などといって誤魔化すかの計画だ。特に蛇獣人の獣化の特殊性は、怪しまれないように入念に計画と準備をしなくてはならない。
現在までの依頼人発表による来客数は、大人と子供合わせて、おおよそ百五十人だそうである。
●リプレイ本文
蓮城久鷹(fa2037)の拳骨が、ダミアン・カルマ(fa2544)と弟のエミリオの頭に落ちた。自分も殴られては叶わないと、蘭童珠子(fa1810)が頭を抱えたが、そちらはさすがに無事だ。
「見合いパーティーでも合コンでもないんだ。さっさと準備しろ」
僕はパンフ作りをと逃げ腰だった藤田 武(fa3161)と音響の準備に気が急いている三田 舞夜(fa1402)も捕まって、どのくらい動けるかを確認されることになった。舞台に上がるのが決定済みのジーン(fa1137)やポム・ザ・クラウン(fa1401)、リュシアン・シュラール(fa3109)は当然お仲間だ。
この間にエミリオとポムが連れてきた手伝いの甲斐と百合子、ヒサの友人の河田は、初美に連れられて衣装や武器の元になる小道具を運んでいた。それを見て、百合子がメイクや髪のセットを考えてくれる手筈だ。甲斐は衣装を着けた一同を撮影して、『ぱぱんだん』と依頼人のHPに使用できるように加工する。
「存分にこき使っていいからね」
兄の職場を覗きに来て、『彼女誰?』と挨拶代わりの暴言をかました弟に対して、ダミアンはちょっと冷たかった。何故かカンナに『きょのちと』と指差されたタマは、じい様ばあ様にがっかりされて、なんだか居心地が悪かったのだが‥‥
「あたし達より、マイヤーさんが上手ってどうして〜」
「ポムも柔軟性は自信があるんだけど、迫力が違うね」
ポムとタマがぼやいたが、ヒサの厳しいチェックに、おおむね全員が着いていった。さすがにまったく本業と関係なく、格闘技の心得もないタケは柔軟の段階からきつそうだったが、アクションシーンのメインを張るわけではないのでとりあえず問題にはならない。ただしヒサから『怪我予防に毎日柔軟』と指示されてはいたが。
『ぱぱんだん』のメンバーは、じい様ばあ様もまだまだそれなりには動けている。でもこちらも、アクションは無理。ジーンの動きを見て限界を悟ったじい様達は、ぶつくさ言いながらも村人役で納得した。同じく村人役をするはずのカンナは、ルカが持ってきてくれたバタークッキーを抱えたまま、百八十度前後開脚中。睦月と葉月は空手を習っていたとかで、動きの切れにも問題はない。
ここからは、劇の練習メインと準備メインに分かれて多忙を極めることになる。
裏方専任予定のダミアンには、読み合わせの必要がない。悪役妖怪で登場予定のタケとマイヤーも、台詞はほとんどないのでそれぞれの作業が優先だ。台本読みあわせ中は細かい指導もないヒサに、手伝いの河田と甲斐とエミリオが入って、こちらはこちらで大変だった。
「おい、この辺の文面がなんだかすごいぞ」
「いやぁ、書いてたら分からなくなってきて」
マイヤーに宣伝文章の原稿をチェックされたダミアンが、照れ笑いを浮かべている。文章は専門ではないのにとぼやきつつ、マイヤーが手直ししているが、そもそもこの場に文章作りが専門の者はいない。HP関係なら甲斐が得手だが、文章は全員でこねくり回すことになった。
とはいえ、予算もあるわけではないし、客は依頼人のHPを通じたお仲間が大半だし、期待されているのは『特殊なメイクと舞台装置で脈動するヘビ』と言うことで、難しい解説は入っていない。当日の注意事項に『撮影禁止』をどう目立つように盛り込むかが、最大の難問だったのだ。
観劇中の撮影禁止そのものは珍しい条件ではないので、後はそれを徹底してもらうべく、失礼にならない程度にマイヤーが文面を補正して、だいたい完成。チケットは簡素にパソコンでデザインし、プリンターで刷ることにしたが。
「僕が描くの? なんで?」
「あんたが一番上手いからな。背景もあるんで、手早くな」
ヘビの絵の一つもないと依頼人が煩いかもと意見があって、タケがイラストを押し付けられている。描けと断言したヒサは、その後に面倒だと口にしながらもチケットの印刷をやっていた。彼が連れてきた河田は、この日一日ずーっと荷物運びや背景を作る大工仕事など力仕事でこき使われていた。甲斐は延々と『ぱぱんだん』のHPに蛇芝居の宣伝ページを特設している。
そうして、専門仕事に戻ったマイヤーは。
「スペースはこれでいいとして、この地点から奥は出入り禁止にするか。さて、スピーカーはと」
舞台と音響セットの位置を図面にして、どの程度のセットが必要かを見積もっている。『ぱぱんだん』も多少の道具は揃えてあるが、今回は大きい会場なのでレンタルなどの費用見積もりまでだ。この後、効果音作りが彼を待っていたりする。台詞の録音は、『ぱぱんだん』経営コンビニの地下スタジオを使って、通し稽古の前にみっちりとやる予定だった。
現在、彼の頭の中からはすっぽりと抜け落ちているが、明日あたりからは演技の練習が待っていたりするのである。
演技の練習のことは忘れていないが、すでに筋肉痛の予感がするタケは自分が描いた下絵に沿って、自分で背景画を描いていた。宣伝のパンフもチケットもHPも心配なし、霞代わりのドライアイスを流す道具は借りる算段終了、背景の作成に打ち込める環境が整っているのだが‥‥
「ねえ、誰か見てくれない?」
一人で作業すると、出来がいいのか悪いのか非常に気になる。楽しそうに主線描きをしていたエミリオがばっちりと太鼓判を押してくれたが、彼が書いた主線が曲がっていてタケが手直しして二度手間に。結局線はタケがひたすら描き、塗れるところはエミリオと河田にどんどん塗ってもらった。
「大変だったら、岩は適当にビールケース積んで、上に布掛ける方法もあるけど」
衣装の手直しをし終えた初美が教えてくれたのは、タケが岩場の絵の遠近法に悩んでいたときだった。
人の意見はこまめに聞かなきゃ駄目だと、地味に感じ入るタケであった。
そんなタケに背景はほぼ一任して、ダミアンは小道具を作っていた。剣やら錘やらあれこれと、注文が色々入っているのである。主に妖怪側。衣装の雰囲気に合わせて房や柄を作り、鞘があるものは中華ものらしく細かい模様など入れてみる。いずれも見栄えが悪いのでは興ざめだし、かといって途中で壊れても怪我の元になるので注意が必要だ。他に村の様子を表したり、妖怪の出現で壊れるようなものも作成する。
こうした作業のために、木材に紙粘土、布に紐にあれやこれやに取り囲まれていたダミアンは、葉月が様子を覗きに来たので『剣と矛のどちらが良いか』と尋ねた。葉月と睦月の分の武器はその二つの予定なのだ。けれども。
「長いものはあんまり使えないからなぁ。ほら、俺達空手だし」
心得がないのでどうしようと逆に返されて、後ほどヒサに相談することになった。
そのヒサはといえば、台本読み合わせに時々顔を出し、合間にチケットを印刷し、細かい作業の手伝いをし、生贄役になりそうなミニブタ二匹にまとわりつかれしながら仕事に励んでいたが、途中でじい様ばあ様に捕まった。まさに捕まったのだ、両脇から腕を掴まれたのだから。
「舞台監督にお願いじゃぁ」
哀れっぽい声を出すが、相手は芸暦何十年である。孫達に嫌がられるわけだと再確認しつつ、ヒサが一応話を聞くことにすると。結局見せ場が欲しいとかそういう話である。
「村長や仙人が殺陣の見せ場をもってどうする。怪我するぞ」
ぴしゃりと言ったのに騒ぐので、ヒサは幾つか課題を出した。同年代よりよほど元気な四人だが、もうちょっと体力増進に勤めてもらうのである。もちろん、途中で音を上げることを期待して。
他の面子には、もっと厳しい課題を準備している、鬼監督だった。
もともと芸事に従事している面子がほとんどの台本読み合わせは、滞りなく進んでいた。パンダ姿のカンナも、読み合わせでは普通に話す。驚いても口にしないのが、プロと言うものだろう。なにしろ仕事中。
けれどもアクション主体でほとんど台詞のないジーンは、睦月とアクションシーンの時間を計っていた。台本読みに動きは伴わないから、台詞の少ないシーンに掛かる時間は注意して計らないといけない。
「ヒサが、巻き付きは胴体部分を何か作るかって言っていたがどうする?」
考えてみれば、睦月も葉月も舞台上では完全獣化で足がない。アクションも蹴りや飛び上がりは出来ないわけで、中ボスのジーンとしてはそれでも相手が引き立つ演技が要求されるのだ。
それで巻き付きもあれば喜ばれるだろうとは思ったが。
「巻き付くのが上半身役、尻尾を振り回すのが下半身役の二人一役だと、迫力と作り物感は出せるぞ」
生真面目に答えられて、本気で締め上げられそうだとちょっと思った。
ジーンが身の危険を感じていた頃、台本読み合わせが一区切りついた妖怪一派は、メイク教室に引き立てられていた。次の仕事の兼ね合いがある百合子に、急ぎ役柄にふさわしいメイクの仕方をご教授願うのだ。
その中で、ルカは自分の立場がめちゃくちゃ弱いと感じていた。四方から妙齢のお姉さん達に囲まれていると言うだけなら、悪い話には聞こえない。けれどもそのお姐さん達は、彼にどういうメイクをしたら『楽しいか』を熱心に話しこんでいるのだ。人の姿のときに隈取だけ入れたいルカとしては、鬘のずれない被り方を教えてくれたほうが絶対に役立つのだが‥‥
「俺、トランポリンの設置の相談に呼ばれてますから」
クッキーのお礼ではなかろうが、カンナが呼んでくれたのを機に脱兎のごとく逃げ出した猫のルカだった。そうして彼は、当日の椅子の貸し出しを願う睦月に連れられて、近くの保育園へと避難している。こちらで子供に戯れられているほうが、化粧よりまし。
そんな女性陣の一人ポムは、チークで頬に丸く円を描いて、まあ待てと宥められた。それならおかめの面を被っても変わらないと言われる化けっぷりで、タマもカンナも引いている。メイクがある意味上手過ぎたらしい。
「きゃれちぎゃみちゃら、びっきゅりでちゅ」
「ポムちゃんがそうしたら、おじいさん達もメイクがいるようになっちゃうわよ」
カンナとタマに口々に言われて、ポムも方向転換を余儀なくされた。確かにじい様ばあ様や虎太郎、由美、卯月の親子にも村人役をしてもらうのだから、一人だけ悪目立ちしてもいけない。しかしタマの演じる巫女との差異も浮き立たせるとなると、なかなか妙案がなくて。
「半獣化で耳だけ出しても、その後の妖怪と被るし‥‥」
皆で色々悩んだ結果、衣装と同じ色のでっかいリボンの髪飾りを作ってもらって、それをつけることにした。タマは清楚で抑えた色調のメイクを習っておく。その後には双子のパンダ妖怪になってしまうのだが、同一人物に見えるはずがないので心配なし。ポムもおちょぼ口に口紅を塗って変身を楽しんでいる。
「アクションがあるから、これからは食生活も気をつけないと駄目だよね」
台詞を覚えたり、劇そのものの練習も大事だが、当日までの体調管理も大切。よって食生活から注意せねばと栄養士らしいポムの一言に、カンナとタマは二人仲良く万歳をしていた。美味しいものを『食べさせてもらえる』と思ったらしい。後ほど、コンビにアルバイトから解放された卯月が加わって、『美味しいご飯に期待する一派』を形成していたが‥‥そんな彼女達に先に届いたのは、舞台監督様からの体力作りメニューだった。
でも、ポムと葉月が作った笹村家の冷蔵庫中身で作った和食は、全員に好評だったのである。更に食後には、ルカのクッキーが出た。
それから毎日、もちろん他の仕事に行く間も、ヒサ舞台監督の指導の下に練り上げられた体力作りのメニューは全員がこなさなくてはならない。またマイヤーからも発声練習の指導が入っていた。この時点で、タケはすでに顔色が青い。
ダミアンも、さらに必要な小道具はないかの確認に脚本を読み込む必要がある。台詞のないジーンも、他と合わせる都合上、台本のほぼ丸暗記はしていた。出番の多いタマは、巫女と妖怪の二役をこなすために早着替えの練習をするらしい。
さらに、ポムから体調管理を厳しく注意され、外食時の注意事項が記載された紙まで配られた。それなのに、ルカはカンナに『お菓子』とねだられている。彼はさぞかし、トランポリンの練習に熱中したかっただろう。
けれども。
「ええとぉ、ここでこうやって走っていって‥‥」
タケの緊張しきった面持ちを見たら、誰もが『全力を尽くせばいいんだ、それだけだ、それで十分なんだ』と思ったのだった。
「お菓子作りも、いい気分転換でしょうか‥‥」
ルカの呟きにも、やたらと力強い同意が複数返ってきたのだった。
次に集まる時には、台詞の録音と通し稽古である。