蛇、ヘビ、へび! 終アジア・オセアニア
種類 |
シリーズ
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担当 |
龍河流
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
2万円
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参加人数 |
9人
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サポート |
1人
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期間 |
05/04〜05/06
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前回のリプレイを見る
●本文
着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』への特殊な依頼、蛇を主役した芝居『瑞草蛇精奇譚』の上演は五月の連休中に予定されている。今のところ、準備はおおむね順調だ。
ただし、上演が終わるまでは気が抜けない。なにしろ主要登場人物が揃って完全獣化、体長が四メートルに達する蛇獣人が二人もいる。これを『着ぐるみ』と『門外不出技術を使用した特殊メイク&特撮用技法など』と言い張り、誤魔化し、絶対に真実を悟られてはならないのだ。単純に、人間の観客は客席に留まってもらい、舞台や楽屋に近付かせなければ良いわけだが、相手は蛇マニアの群れ。何が起きるか、気は抜けなかった。
「衣装よし、メイク道具よし、鬘もOK」
「前日の道具類搬入の運搬車両手配済み。運転手は俺とカンナでいいだろう。舞台の設営に男手がもうちょっと欲しいところだな」
「あちゃちも、てちゅらいまちゅー」
「人間姿じゃ、力と身長が姉貴は足りない。バランス取るの面倒だし」
『ぱぱんだん』の今回の主要メンバー、笹村睦月、初美、カンナ、葉月が資材搬入の準備を確認していた。今回は舞台から設営だが、彼らはそういうのも良く体験している。さすがに自前で一トントラックを持っているわけではないが、首尾よく借りてきて、後は設営の人手だけの問題だ。
あとは。
「ちゃんと人が揃わなかったら、困る」
要するに、これである。
着ぐるみ劇団『ぱぱんだん』、今年の収入の第一位になりそうなお仕事も、この上演が無事に済めば完了である。
その前に、全力を尽くさねばならないのだが。
●リプレイ本文
あ、と皆が思った時にはもう遅かった。
「おまえらなぁ、熱くなるなよ」
本番直前に怪我人を出すつもりかと、蓮城久鷹(fa2037)が笹村睦月、葉月の二人を叱っていた。その足元では、突きを思い切り喰らい込んだジーン(fa1137)が初美に背中をさすられている。励まされているかと思いきや。
「ナイトウォーカーと戦える男がこの程度で音を上げるな。打ち上げには酒を差し入れてもらう約束よ。期待してるわよ」
と、お財布扱いされている。先日の通し稽古を香港で戦っていて休んだので、本番直前に追加稽古を入れていたのだが‥‥動きのよさに嬉しくなった睦月に突きを入れられるは、初美にはたかられるはで、ジーンはあまりいいことがない。
「台詞と突きのタイミングが微妙にずれているから、そこには気をつけてもらおうか」
挙げ句に、先日の録音でヒサの友人が代理で台詞をあててくれていた通称B録音をセッティングしている三田 舞夜(fa1402)からも、細かい注文がついた。ずれが微妙すぎて、ポム・ザ・クラウン(fa1401)や蘭童珠子(fa1810)、リュシアン・シュラール(fa3109)にはさっぱり分からなかったが、マイヤーが言うのだからどこかがずれているらしい。
本番前に骨折でもしたら、誰か一角獣の人を連れてこなくっちゃと三人が思っている背後では、衣装の飾りを悩んでいる姉御こと中松百合子(fa2361)と、舞台の立ち位置指示の一覧をB録音で確認しているダミアン・カルマ(fa2544)と藤田 武(fa3161)、タケの友人のジスがいた。
上演時間はB録音で七十五分。
「おきぎゃえ、らきゅになりまちゅ」
カンナは喜んでいるが、それより先に舞台の設営が彼らを待っている。
愛称が姉御に定着したユリは、タマと初美と一緒にカーテンコール用の幕を準備していた。薄い布はすぐに準備できたが、その片端に吊り下げ用の輪を作るのがなかなか面倒だ。ミシンで直線縫いでも、ずれないように押さえているタマはけっこう神経を使っていた。
「でもここでエネルギー少し使わないと、補給しすぎちゃったし〜」
力仕事も大歓迎、とはいえ、極普通の二十代女性の腕力なので、タマに出来るのは幕を始め、衣装類の準備である。これが終われば、次はユリと初美が最終チェックした衣装やかつらをトラックに運ぶことになっている。
そのくらいで、この仕事の前に補給しすぎたエネルギーがどれほど消費されるかは不明だが、何事もやらないよりはまし。過ぎたるは及ばざるが如しだが、ここで手を抜くと打ち上げの花見でご馳走が食べられなくなってしまう。
そんなわけで、三人で作成した小道具確認リストに従って、彼女達は細々した道具をせっせと準備していた。ユリは基本が運搬のタマと違い、かつらの具合を調べたり、衣装のほつれがないかを確かめたり、より細かな作業が主だ。自前のメイク道具は、一抱えもあるバックに入っていた。
「明日のメイクは、照明に合わせて少し変更が必要かもしれないから、今日のうちに誰か一人くらいは試しておいたほうがいいわね。幕も吊るしてみないといけないし」
それは舞台の設営が時間通りに出来れば、通し稽古を現地でやることになっているので、合わせてやればいいかとユリも時計を見ている。
「ところで姉御」
「どうして皆でそう呼ぶの」
初美にまで呼ばれて、ユリの気力がちょっと萎えたが、この際空元気でも何でも舞台が終わるまではモチベーションをあげておかなくてはならない。
と分かっていても、だんだんドキドキしてくるのはユリもタマも同じなのだが。
その頃、ポムとルカは台所でクッキー作りに精を出していた。観劇前後に『ヘビと記念撮影』と言い出す客がいるのは織り込み済みで、しっかりとお断りする理由も考えてあるが、子供が『見たい、触りたい』と駄々をこねると無下には扱えない。そんなわけで、子供達の気を逸らすのと、長時間の観劇でも飽きないように、ジュースとクッキーの用意をしておくことになったのだ。ジュースはさりげなく有料。
もちろん、こういう時には必ず現れるカンナが、味見役をやっていた。ルカもそれは予測済みで、渦巻き模様がウロボロス風に見えるクッキーの端っこや型崩れしたものを与えている。
「後は、これを入れておく籠とゴミ袋とウェットティッシュも用意しておかないといけませんね。長机が一つ必要でしょうか」
「そうだね。確か予備があるから、それを使わせてもらって、ほこりを被らないように気をつけないと。カンナちゃん、もう味見はおしまいよ?」
「ちぇ」
さっきまで「美味しい」と食べていたカンナが、もうちょっと欲しそうにしていたのにほだされかけていたルカだが、今の『ちぇ』で冷静になった。よく舌打ちを同様の音で示すが、本当に『ちぇ』としっかり発音する人は初めて見る。ポムが『甘えたら駄目』と口癖のように言っている気持ちが、ちょっとわかったルカだった。
分かられても、ポムはポムでそれほど嬉しくはないだろうが‥‥冷蔵庫から何か取り出そうとしているカンナを見て、やっぱり口を酸っぱくして注意を繰り返している。
「明日が本番なんだから、食べ過ぎたら駄目なのよ」
食べないと力が出ないと抵抗するカンナとポムの戦いを横目に、ルカは速やかにクッキーを箱に詰めた。そうしないと、またポムの神経が磨り減るのが目に見えるからだ。
色々と神経を尖らせている人々とは違い、舞台設営担当の皆は予想より手際よく作業を進めていた。ダミアンもタケもジスもこうした作業は初めてではないし、マイヤーが音響設備の設置に迷うはずもない。ヒサは設営された舞台が平坦になっているかなどを確認して歩き、準備してある配置図と実際を照らし合わせていた。ジーンは睦月に付き合わされて、設営が進んでいる倉庫に着替え用の物置を運び込んでいる。それが何故か二つ。
「おう、来たな。こっちももうちょっとで終わるから、その後に『箱』を入れるか」
ヒサが一通りの確認を終えて、音響設備に問題がないかを確かめる作業の前に物置の様子を覗きに来た。物置の片方は扉がないので、ジーンが何処にやったかと首をめぐらせると、今度はタケとダミアンがやってきて、扉代わりに厚地のカーテンを下げている。更に皆で、入口にスロープも設置した。
この物置、見た目の割に素材は薄くて軽いし、スロープも力いっぱい踏むと外れる代物だが、今回の重要な大道具の一つだった。
「蛇の着ぐるみというか装置の『箱』、いつ頃入れたらいいですかね。一度運んで、また片付けます?」
危うくその辺がいい加減になるところだったが、タケが『獣化を解いても、それらしいものを持ち帰らないといけない』と『蛇関係道具入れ』を準備したのだ。どう考えても長さが着ぐるみにならないので、特殊メイクと装置の融合だとかいうことにして、それらしい設備を整えたのである。『箱』の中身はそれっぽい大道具、小道具の詰め合わせだった。
「本番にいきなり使うのも秘密っぽくていいけど、動作確認もないのはおかしいかな」
睦月と一緒に、依頼人に『今回はツテで海外直輸入の特殊舞台装置を使うけど、他人に見せると契約違反だから』と嘘八百並べ立てて、控え室には近付くなと念押ししてきたダミアンが、倉庫の外をうろうろしている依頼人の観察をしながら言った。噂の装置が一目でも拝めないかと、期待しているらしい。
もちろんそんなものを拝むことは出来ないのだが、無理に見せろと言わないだけましだからと、タケとダミアンとジーンの三人で『箱』を搬入した。それを眺めていた依頼人が満足そうで、三人ともなんと言っていいか分からない。きっと色々考えて、依頼人は一人で悦に入っているのだろうが‥‥不思議な人だった。
そんな不思議人間はさておいて、マイヤーはヒサと音響の確認に入っていた。これが済んだら、もう一度通し稽古である。
「離れると、やっぱり音が割れるな」
「座席がここまでだから、ぎりぎり許容範囲だろう」
本格的なものを求め始めたら、まず会場から変更しなくてはならない。そこまでする気のないマイヤーも、ちょっとばかり不満がないわけでもないが、まあ音響設備は所定の位置に収まった。確認に、ヒサに一回天井まで飛んでもらったのは内緒である。
後は、全員揃ったところで、最後の通し稽古だった。
『集え! 我らの復讐を始めようぞ!』
『再び封じてくれる!』
出だしで音が大きすぎたり、アライグマズが勢い余って予定より転がりすぎたりしたが、現地での通し稽古もほぼ問題なく終わった。
そうして。
「はいはいはいはい、握手は順番でーす」
当日、舞台上や楽屋に押しかけられないためにと獣化したダミアンは、受付にいた。事前に尻尾は切って、偽物をつけておいたので触られてもいいのだが、蛇に限らない爬虫類好きの皆さんは出来が素晴らしいと大喜びだ。会場内撮影厳禁でなければ、記念撮影会となっていただろうが、現在は握手会の真っ最中である。中には蛇好きだけど、この機会だから握手しておこうと思っている人もいるかもしれない。
その観客を漆畑皐月、卯月、弥生が、せっせと誘導している。
この騒ぎが一段落したところで、観劇の注意事項を周知してから、『瑞草蛇精奇譚』本番は始まって‥‥
「僕は、獣化しないほうがいいかもしれない」
と、ダミアン。
「やられ役であんなに喝采を浴びると思いませんでした。やられたからでしょうけど」
と、ルカ。
「あの異様な熱気は夢に出そうね」
と、ユリ。
「パンダなのに、あんなに嫌われたの初めてー」
と、タマ。
「転がってるところ、笑ってくれたからいいかな」
と、タケ。
「ま、狼男は悪役だな」
と、マイヤー。
「あの動きを機械だと誤魔化せたのか?」
と、ジーン。
「もう二度と、あの連中の仕事は請けるな」
と、ヒサ。
まあ、そんな調子で終わったのである。それはもう、本当に夢に見そうな、観劇とは思えないが、別種の感激に客席が包まれていた舞台であった。
「片付けしたら、お花見だからねー」
と、ポムが言わなかったら、現実に立ち返るのがなかなか大変な状態だったが、無事に終わったのでよしとするべきだろう。
依頼人が、感激のあまりに泣きながら握手を求めに来たのは、多分忘れてもいい。いい仕事が出来たと覚えておいても問題はないけれど。
花見は、『ぱぱんだん』近所の保育園の庭で行われた。別に忍び込んだわけではなく、毎年お借りしてるそうだ。枝振りのよい桜が三本もあって、それは素晴らしい。札幌の花見どころの円山公園は、他に迷惑が掛かるから駄目だとか。
「ラム肉行き渡りましたかー? 飲み物もありますねー」
幹事のポムが細々と世話を焼いて、広げられた料理はジンギスカンのみならず多種多様だった。彼女とルカとダミアンと葉月がいると、大抵豪勢なものが食べられる。
「あ、うちぁね、お酒は手酌だから、気にしないでいいんだよぉ」
なんて言いつつ、ちゃっかりとタマにお酌してもらった恵一郎の横で、ジーンが差し入れさせられた日本酒を初美が抱え込んでいる。
「手酌なの? お酌廻りも楽しいけど」
「姉御の酌も悪くはないかもしれないけど、うわばみがいるもんで」
睦月にまで姉御と呼ばれて、なんでだとユリが呟くと、ジーンが返してきた。
「目上の実力者の女性に対する、敬意と畏怖を備えた呼び方だと聞いた」
そうそうと、ダミアンとルカも頷き、ちょっと離れたところでジンギスカンをつついていたマイヤーは、にかっと笑って親指を立ててみせた。その笑顔は、間違いなく悪戯小僧のものだ。
この騒ぎとは対角線上に離れた位置のタケは、野菜くれと鳴いているミニブタ二匹の引き綱を持った卯月とのんびりと肉を焼いていた。と、気付いたことがある。
「卯月くん、キミ、お酒は駄目だよ?」
「水、水だから。お米の水」
ジュースにしなきゃと注意しつつも、ここはけっこう平和だった。
対して。
「もう空か。ちょっと待て、俺は一杯しか飲んでないぞ」
「あたしもちょっとだけなんだけどー」
葉月と一緒の鍋を囲んでいたヒサとタマは、空になった一升瓶を前にやや呆然としていた。そんなにたいした時間も経っておらず、彼らは一杯しか注いでいないのだから、残りは全部葉月が飲んだことになる。けろっとしているが、それしか考えられない。
同様のことを、睦月も初美も恵一郎もじいさまばあさまも虎太郎もやらかしているのを見て、ヒサはほとほと呆れていたが、ふと目の前を見れば。
「カンナちゃん、野菜だけ持っていかないでー」
人数分ずつ分けられたはずの野菜を、こっそり持っていこうとしているカンナもいた。呆れる果てるしか、ない。
「いつもこんなですか」
「たいていこんなかしらね。円山公園にいくと、よそのお酒も勧められるままに飲み尽くしちゃうから駄目なのよ」
何年か前、一升瓶一気などしようとした学生を叱り飛ばした挙げ句に、その酒を奪って飲んでしまったので、以来人がいるところには行かない。そんな事情を文子から聞いたポムは、花見の場所が別にあってよかったと切実に思っていた。何しろ一升瓶だけで十五本くらい、その他のアルコールもあるのだから、人目があったら目立つのに間違いはない。
札幌市民としては、そんなところを知り合いに目撃されたくはないと切実に思うのだった。
でも、花見の後に覗いてみた依頼人の蛇HPでは、『ぱぱんだん』の名前がでっかく載せられて、劇『瑞草蛇精奇譚』の感想がすでに山と書き込まれていたりする。
当然、方向性は蛇に偏った感想が。