獣人ドクターズ撮影編3アジア・オセアニア

種類 シリーズ
担当 龍河流
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 3.1万円
参加人数 8人
サポート 2人
期間 06/15〜06/19
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●本文

●サイト運営は大忙し
 この日、弱小番組制作会社『るうぷ』の皆川紗枝は仕事用パソコンのセキュリティソフトのバージョンアップをやっていた。正確には、パソコンは使えるが機能がどうしたこうしたという話に疎い彼女は、後輩の金山圭吾にやってもらったのである。
 彼らが番組制作の要を担っているクラシック偏愛特撮番組『獣人ドクターズ』は、最近撮影が滞りなく進み、なんとか深夜の修羅場や連日の強行撮影などをせずに済んでいたので、そうした余裕も出来たのである。紗枝が開設した、番組のファンサイト運営も快調だ。
「仕事用ですからね、ほんとにセキュリティは気をつけてください」
「うん。この間の修羅場に手伝ってもらったときにも言われたの。ちょうど更新だから、雅ちゃんが一番高いのにしてもいいって」
「俺が言ったのは、一番性能がいいのにしろ、だ」
 値段の話はしていないとご機嫌斜めな英田雅樹が口を挟んだが、性能が良ければ値段も高いので、これは単なる表現の違いだ。
「更新できたら、『窓際クラシック』を覗かなきゃ。ドクターズで使ってる曲の解説と感想、あそこが一番分かりやすいよね」
 紗枝が運営する『獣人と白衣とわたし』は幾つかリンクしているサイトがあって、『窓際クラシック』もその一つだ。『獣人と』は主にドラマの人間関係部分を話題の中心にしているが、『窓際』はもちろんクラシック関係を、他に特撮関係と格闘系、更には獣人萌えなるサイトが奇妙に棲み分けて、相互リンクしている。
 このリンクしている『獣人ドクターズ』ファンサイトの中で、もっとも影響力があるのが『窓際』である。クラシック偏愛特撮番組なので、今までほとんどクラシックと縁がなかった特撮ファンなどは、こちらで解説を受けて雑学の足しにしていた。
「この前の『悪魔のトリル』の説明は分かりやすかったな」
「僕もあの曲の原曲は、あそこでお勧めの盤で聞きました。随分違ってますよね」
 製作側なのに、すっかりと『窓際』に感化された英田と金山が『原曲もいいけど、うちの番組のもなかなか』などと会話していると、紗枝はバージョンアップが終わったパソコンをネットに繋ぎなおした。
 それから、はたと気付いて。
「そろそろ、十一話のスタッフ募集のお知らせしておかなきゃ。今度は病人が出るんだっけ」
 もっと早くやっておけと、英田が怒鳴り‥‥いつもの『るうぷ』の光景が展開されている。


●『獣人ドクターズ』第十一話あらすじ
 ウィルス『フッキョーワヲーン』を開発したと思しき博士と、その博士に敵対している様子の、謎の楽譜を持った獣人の双方の行方を追っていたドクターズは、ある海岸でその双方を見付け出した。
 けれどもその時、博士が取り出したのは一本の試験管。それはドクターズの一人に投げつけられたが‥‥
「まあ、どちらでも良かろう。それは今のワクチンは効かないはずだ」
 ドクターズを庇って、新種のウィルスを受けたのは楽譜の主だった。
「ワクチンはなんとしてでも開発する。交換条件に、その楽譜の意味の解説は釣り合いが取れると思うが?」
「命より大事なもの‥‥という言葉も、ある」
 発病までの時間が分からない中、新規ワクチンの開発に挑むドクターズは、楽譜の謎を知ることが出来るのか。(以下次回)

●今回の参加者

 fa0388 有珠・円(34歳・♂・牛)
 fa1750 山田悟志(35歳・♂・豚)
 fa2037 蓮城久鷹(28歳・♂・鷹)
 fa2084 Kanade(25歳・♂・竜)
 fa2249 甲斐 高雅(33歳・♂・亀)
 fa2426 龍 美星(16歳・♀・竜)
 fa2544 ダミアン・カルマ(25歳・♂・トカゲ)
 fa2764 桐生董也(35歳・♂・蛇)

●リプレイ本文

 撮影スケジュールから強行という言葉が抜けたら、蓮城久鷹(fa2037)とKanade(fa2084)はさらりと口にした。
「何か不気味だ」
「かえって何かあったのかと思うよね、やっぱり」
「何かあったアルか?」
 龍 美星(fa2426)が首を傾げたので、桐生董也(fa2764)が何もないと態度で示した。せっかくまともな仕事になっているのに、けちをつけて本当に何かあったらどうするかと有珠・円(fa0388)や甲斐 高雅(fa2249)が口を挟むと、あまり効果がないのだが。
「余裕があるうちに、細かい仕事は進めておきましょう。ロケの許可申請も」
「そうだね。今回はちょっと手の掛かる小道具も必要だし」
 山田悟志(fa1750)とダミアン・カルマ(fa2544)が生真面目にやるべき仕事を数え上げ、皆はまた仕事の分担とスケジュールの相談から始めたのだった。
 その際。
「今回はもう大丈夫よ。許可はちゃんと取ったもん。最終回用のは返事待ちだけど」
 『るうぷ』の皆川紗枝は当たり前のことで胸を張り、同僚の英田雅樹にでこピンを食らっていた。まあ、懸念事項の一つが解消するのはいいことである。

 トウヤがコンテを切り、山やんが実験道具を揃えに出掛け、カイ君とダミアンとカナデとアリスが謎の楽譜のあれやこれやを煮詰めている間、美星には本来の仕事がない。スタントは撮影の骨子が決まってからが仕事開始だからだ。
 それで、自分の資料探しついでにヒサが必要としている資料映像を『るうぷ』の倉庫から漁っていた彼女だったが‥‥
「ヒサさん、そっちの山は、どうしたネ?」
「気分転換用。お、これあんた向けだな」
 こんな便利なものがあるやら、もっと早くから使わせればいいのにと愚痴っているヒサの傍らには、資料用の病院や研究室、細菌培養などの映像が積まれている。反対側にはそれに倍する高さで、流鏑馬だのなんとか行列だの弓道の歴史がどうとか、何か違う映像資料がてんこ盛りだ。
 さりげなくというより堂々と資料倉庫を荒らしているヒサが、美星に選んでくれたのは空手大会の映像だが、彼女はしっかりと見ていた。
「そこの『薙刀講習会』と『合戦祭り』も見たいアル」
 ヒサの舌打ちが聞こえたような気もするが、『後で回す』条件で美星は目当てのものを無事に手に入れた。他にも格闘技系の映像を見付けると、自分用に取り分けて‥‥
 結局二人して、資料映像の三倍強の映像をどこかへ運んでいっている。鑑賞時間は、ひねり出すのだろう。

 山やんは、実験用具を買い求めに出掛けていた。撮影用小道具だと断って、幾つかシャーレなどを見せてもらう。見栄えを考えて大きさを比べている彼を店員が面白そうに眺めているが、気にせず色々比べた結果で、必要数と予備を買い求めることにする。
「他に注射器も欲しいんですが‥‥小道具なので針は要りません。あと試験管と」
 針がなくても小道具に使えますかなどと突っ込まれつつ、冷や汗たらたらで注射器は自分が握って小さすぎないものにさっさと決め、試験管はまた大きさを確認しつつ選んでいく。もちろん買ったら領収書を貰わねば。
 注射が嫌いな山やんは、さりげなく包みを体から離して下げながら、帰路を急いでいた。

 設定表を見ていたトウヤは、人間関係がなんだか入り乱れていると思ったが、見直した放映分では細かい設定は削ぎ落とされて表に出ていない。おかげで紗枝の運営するファンサイトは憶測が入り乱れているようだが、それはそれ、楽しんでやっているので放置。
「気になるのはここだから‥‥差し替えるか。万が一にもウィルスを浴びたかもしれない奴が、ワクチン開発とは行かないから‥‥貧乏くじとインテリ眼鏡だな」
「ちゃんと名前の資料もあるよな?」
 解説のために一緒だった英田が口を挟むが、要は誰か分かればいいのだとトウヤは気にしない。英田だって、ちゃんと分かっているし。
「スピーカーの小型のを用意してもらいたい」
 他にもあれこれ細かい指示を出しているトウヤは、相変わらず皆にボスと呼ばれていた。

 謎の楽譜は、なんとガラス製で、しかも特別なレンズを使うと合奏用の楽譜が浮かび上がるのだった‥‥
「誰だ、こんな設定作った奴」
「それよりこの楽譜、こうやって作らないと駄目なのかい?」
「そんなことはないけど、始めちゃったからには遣り通したほうが無駄にならなくて」
「これが出来上がらないと、映像加工のしようがない」
 カナデが編曲のイメージが固まるまでと参加した楽譜作りは、なんだか変な方向に突っ走っていた。別に作業そのものは問題ないのだが、いかに見目麗しい色合いと、別の楽譜が浮かび出る幻想的なところを表現するかで、楽譜をどう描くかのアイデアが試されては次にいき、また別のものを試してはどれにするかで‥‥
 挙げ句に楽譜の貼り付け方がああでもないこうでもないと、それぞれの立場で一番良さそうなものを主張するので決まるまでに時間が掛かった。すでに映像既出の楽譜部分を、前回も清書してもらった御神村小夜に細かい修正をしてもらうあたりには、色々と先のことまで決まっているので無駄な時間にはならないだろうが。
 そうして楽譜がおおむね出来上がると、ダミアンは特殊レンズのデザインに入る。獣人界らしいデザインと言うことで羽のモチーフを使う予定だが、登場人物の誰かに揃えたほうがいいだろうかと放映された映像を見直していた。
 カナデはもちろん『悪魔のトリル』の更なる編曲に取り掛かり、途中で、
「指がつりそう‥‥」
 自分で自分の手をもみほぐしていたりする。それでも何パートか弾き分けて、それを録音したものを聞きながら、楽譜を埋めていた。合間になにやら呟いているが、今のところは誰も聞きとがめていない。
 アリスとカイ君は、トウヤが描いた絵コンテを確認しつつ、どういう画面を作るか相談していた。現物の姿が分かれば、登場人物の誰にどう持たせて、CG加工のもう一枚の楽譜がどんな風に浮き上がって見えるのかを考えておく必要がある。
「一つは、モノクルを通した画面が必要だろ?」
「そうだね。後はもっと確実に楽譜が見えるように一シーン取ってもらってあるから」
 CG加工具合はどうしてこうしてと相談している彼らの横では、カイ君が作ったFlashアニメを紗枝が見て喜んでいる。肖像権に触れないようにデフォルメしてあるのだが、一応は関係者に見せてお墨付きを貰ったら、サイト公開になるらしい。その前にやっておくべきアクセスログの確認徹底などは、まったく理解していない紗枝の教育にカイ君は忙しい。
 そこにもってきて、やっぱりFlashアニメを見たアリスが言う。
「山やんも言ってたけど、夏のお祭りに参加するなら取材許可証つけて遊びに行くから」
「来なくていいよ。分かんない人は分からないままでいいから」
 含み笑いをするアリスと、きょとんとしている紗枝にそれぞれ言い聞かせて、カイ君は作業に没頭しているが‥‥しばらくすると紗枝に尋ねた。
「DVD化の話とか、ネット配信の予定はないの?」
「OPとEDはもう始めたかな。最初はアルバムの予定だったけど、BGM用の編曲に問い合わせが多いから随時追加できるネット配信でって。DVDは‥‥今度の会議だぁ」
 元同僚と殴りあったり、撮影許可取らなかったりしているので、ちょっと不安に思わないでもなかった臨時雇いの面々も、この話を聞いてちょっとは認識を改めた‥‥かも知れない。
「ネット配信オンリーで、悪魔のトリルのオーケストラバージョンを入れられないか交渉してきて」
「あ、ドクターズのフィギュア作りましたけど、権利問題の確認も」
「第二部とか映画とかDVD用新作なんかがあるなら、今のうちに白状しておけよ」
「研究室の場所確認とセットの設えが必要だから、それが先だ」
 その割にカナデも山やんもヒサも言うことは言い、それでもボス・トウヤの指令には速やかに動き出している。そして。
「若頭、いよいよ出入りアルか? 待ちくたびれたネ!」
 美星がヒサにこう呼びかけるに及んで、アリスが危うく自前のデジカメを取り落としそうになり、カイ君は素直に笑い、ダミアンは口を押さえながら視線を彷徨わせた。
 誰一人、この呼び名が似合わないと言わなかったのは、ヒサのせいか、それとも言いだしっぺが『あのお方』だったからなのかは不明。
 しかしこれ以降、『るうぷ』のロケは『出入り』と称されることになった。

 そうして、出入りであるからには、もちろん大変に厳しいものとなる。しかも今回は道案内やら、人払いをする紗枝がちょくちょく会議でいなくなるので、人手が微妙に足りない。山やんとダミアンが研究室セットを速やかに用意して、ロケにもくっついてきた。海岸ロケは特に天候が関係するので、何をさておいても撮影は手早く済ませなくてはならない。
「ボスと若頭、目が三角アル」
 どっちも元からそんな感じと言える命知らずは、この時はいなかった。二、三時間のうちに天気が崩れる予報だから、二人ともきりきりしながらあれこれ指示を出しているのだ。
 合間にアリスが冗談を言って場を和ませるが、『今日撮れなかったら、納期が危ない』と誰もが実感する状況である。
「こういうのも、楽しいアルよ」
 美星は平然としていて、なかなかの大物振りを見せていたが、慣れない撮影手伝いのダミアンと山やんは冷や汗をかいていた。
「ぎりぎりの日程じゃなかったはずなのに‥‥ロケってほんとに大変ですね」
「でも画面に出ないで済むならいいかな」
「そこ、うるさい」
 冷や汗の量が、倍増である。
 幸い、天候は予報よりもう少し長くもってくれて、海岸ロケは無事に終了した。美星は体のあちこちを絞めたり詰めたりしてのスタントだったが、動きが乱れることもなく、ボスからお褒めの言葉をいただいている。
 その他にも研究風景の撮影で、スピーカーの設置位置が今ひとつだと音楽方面の専門家も多い出演者とカナデとが言い出して、慌てて配線からやり変えたり、かける曲はスポンサー提供の楽曲のはずが番組BGMにすげ替えてみたり、また戻したり。
「音だけすげ替えるのは、なしなんだ?」
「それはあれだ、キミに『パソコンで服の色だけ変えれば済む』と言うのと同じ」
 仕事柄のこだわりと、音に対する微妙な動きの差異をどこまで追求できるのかとカナデとアリスが頑張っていたりもする。出演者に負担にならないように注意はしながら。
 特殊撮影部分はカイ君の出番で、毎度のごとくあれやこれやと必要な処理をして、トウヤやヒサ、アリスがそれのフォローに回り、チェックもして、カナデが音響の確認作業に入ると仕事も佳境である。今までほどへろへろではないが、なまじ時間にちょっと余裕があるとこだわりを発揮した面々がいて、結局睡眠時間を削ってみたり。
 そもそも『るうぷ』に泊り込んでいるあたりで、何かが駄目。食事は美星がせっせと買い物に行ってくれて、英田も時間がないなりに色々と作ってくれるので帰るよりもいいものが食べられたりするのだが‥‥それがいけないのかもしれない。
 それでも、後は最終チェックだけとなった最終日前夜の夕飯の後。食器の片付けに給湯室にやってきたカイ君は、英田が渋々といった様子で食器洗いをしているので手伝い始めた。次々と他の面子も自分の食器を運んでくる。
「ちょっと聞きたかったんだけど、正社員雇用は考えてないの? 我々の誰かじゃなくて、貴方か紗枝さんに何かあったら会社が立ち行かないのは問題だろう?」
「洗剤泡立てたスポンジ握って言うことか」
「だって、うちの山の神が『聞いてこないともう豚の角煮を作らない』と仰るから」
 ブタ? と山やんが顔を出したので、二人ともちょっと気まずい。更に美星が『山の神?』と不思議そうにしているのも、ある意味怖い。アイスコーヒーを淹れに来たはずのアリスが、何か耳打ちしているからだ。
 だがボスと若頭と、どこかの姉御の手下がやってきていたりするので、英田も腹を括ったようだ。間違いなく、『言え』と無言で促されている。
「ドクターズ関係で、最低一つはまだ仕事が入ってる。DVDが決まれば、二つだな。その後は社長の判断だろ。俺だって、雇われの身分だからな」
「あ、こういうときだけそれを言うんだ」
「俺が社長だったら、この仕事が終わると同時に会社は畳む」
 最近すっかり姿を見せない金山は、元専務の会社の撮影班に加わって日々修行中だ。残り二人で仕事を続けるのは無理があるので、培った人脈その他は分裂した二社に分けて廃業。とまで言われると、なかなか返す言葉はない。誰も見たことがない社長が、どう考えるのかは分からないが。
 そしてこの頃。
「うふふ、見たわよ。なんかいいメールだったんでしょ」
「気にしないでください‥‥紗枝さん、すごくご機嫌だけどどうしたの?」
「話を逸らした。ラブラブなメール?」
 夕方からのスポンサーとの会議に出席していた紗枝が、廊下の片隅で携帯電話を眺めていたダミアンに絡んでいた。この二人は給湯室の重苦しい雰囲気など、まったく気付いていない。
 そうして。
「あのねぇ、DVDが決まったの。ただ専務の会社はその頃別の仕事が入ってるから、悪いけど予定空けといて」
 来月の連休明けくらいに、また募集かけるから。それが駄目なら、月末の予定のOP、EDを含む関係クラシック曲の演奏会の手伝いでもいい。
 紗枝はにぱっと笑って、ダミアンに『頷け』と迫っていた。
「せいぜい、体は大切にしろよ」
「ボスのご命令じゃあ、今以上に気をつけるか」
 給湯室では、ボスの言葉に一同が頷いている。