獣人Drs放映編・第九話アジア・オセアニア

種類 シリーズ
担当 龍河流
芸能 2Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 4万円
参加人数 10人
サポート 1人
期間 06/19〜06/25
前回のリプレイを見る

●本文

●『獣人ドクターズ第八話』終了直後
 自分と同年代の女性の身に起きた衝撃的な出来事に、観終えた皆川紗枝はタオルを握り締めて泣いていた。今日の話は泣けるとわかっているので、最初から無撚糸のやわらかいタオルを準備していたのだ。
「あんなに優しくて、才能があって、優秀で、娘さんも可愛いし、旦那さんもかなり素敵な美人さんをなんでフルのかしらー。出てこないとはいえ、上司とやらの頭の中が謎だわー」
「待て。今のは設定と現実が混同しているぞ」
「細かいことはいいのよ。歳も近いし、他人事とは思えなーい」
「だから、設定と現実を混ぜて、わがことのように語るな。俳優陣に迷惑だ」
 冷静に突っ込んだら、タオルで叩かれた英田雅樹だったが、紗枝のおかしな発言はそれでも一々訂正していた。妄想世界に浸られて、訳の分からないことをファンサイトに書き込まれたら厄介である。
 しかし、紗枝は片足突っ込んだ妄想世界から脱出する気配も見せず、第九話の脚本を取り出してぱらぱらとめくり始めた。
「あー、今度はあれだぁ。他の人達の明かされなかった過去が出てきたり、あっちとこっちが和解したりする話ね。そうそう、このシーンがまた泣けて」
 更には、妄想世界に頭のてっぺんまで浸かり始めている。彼女は泣ける話が大好きで、他人がそれほど泣かないシーンでもぼろぼろ泣いているが、その理由が勝手に膨らませた妄想のことも多々あったりするのだ。
 そうして、右手ではタオルで涙を拭き、左手では真夜中だというのにチョコレートを摘まむのだから始末が悪い。英田がチョコレートをしまおうとしたら、手の甲を引っ叩かれた。
 挙げ句に。
「雅ちゃん、お茶がないの」
 せめてもの腹いせに、プーアル茶を淹れてやる英田だった。


●『獣人ドクターズ』第九話次回予告
 思いがけないことで雰囲気が停滞していたドクターズの元に、追加で届いたのは『衛生局、医療関係者で所在が知れない者』のリストだった。『フッキョーワヲーン』感染者のみならず、獣人界でまったく行方が掴めない者が複数存在することを示すリストに、動揺する何人かの若者。
 そうして、彼らを待ち構えていたとしか思えない敵はウィルス開発に至る経緯を語り、謎の楽譜の持ち主は冷たく言い放つ。
「自分達が正しいと、どうして言い切れるのだね?」
「おまえ達の手に負える問題ではない。こちらの邪魔をするな」
 不意に顔を覗かせるそれぞれの過去。その枷を、ドクターズは打ち払うことが出来るのか‥‥!

●今回の参加者

 fa0595 エルティナ(16歳・♀・蝙蝠)
 fa1257 田中 雪舟(40歳・♂・猫)
 fa1359 星野・巽(23歳・♂・竜)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa1628 谷渡 初音(31歳・♀・小鳥)
 fa2844 黒曜石(17歳・♂・小鳥)
 fa3066 エミリオ・カルマ(18歳・♂・トカゲ)
 fa3109 リュシアン・シュラール(17歳・♂・猫)
 fa3172 浪井シーラ(26歳・♀・兎)
 fa3860 乾 くるみ(32歳・♀・犬)

●リプレイ本文

 OP曲は、ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第二番・第一楽章』だった。
 隣り合う課長代行の狼、熊野蕪村‥‥三田 舞夜(fa1402)とサブチーフの鶯、カーラ・アディントン‥‥谷渡 初音(fa1628)の間に代行秘書の猫、夜啼鳥(ナイチンゲール)の後姿。
 見詰め合う研究員の猫、ルイ・セレネ‥‥リュシアン・シュラール(fa3109)と兎のレリア・トパーズ‥‥浪井シーラ(fa3172)。
 揃って何かを覗き込んでいる臨床検査技師の竜、ウェイ・リュー‥‥星野・巽(fa1359)と看護士の燕、リョー・ライト‥‥黒曜石(fa2844)。
 それぞれに違う方向を眺める薬剤師の蝙蝠、エリューシャ‥‥エルティナ(fa0595)と猫のドクター・ゼロ‥‥田中 雪舟(fa1257)ともう一人。
 口笛を吹く楽譜を抱えた犬のジェーン・ドゥ‥‥乾 くるみ(fa3860)とメディカルエンジニアのトカゲ、ラガル・ティッハ‥‥エミリオ・カルマ(fa3066)。
 最後に現れた『獣人ドクターズ』のタイトル画面は、物寂しい淡い緑で覆われていた。

 それは、ドクターズにとっては平穏と呼んでよい、だがいささか停滞した雰囲気が漂う日のこと。
「出掛けてくるけど、なんか欲しいものあるか?」
「夏向きのアクセサリー一式」
「俺はないです。買い忘れがないようにしてくださいね。またカレーでしょうけど」
 すぱんとハリセンの音がして、今日も懲りずにウェイがラガルに殴られている。リクエストを却下されたリョーは唇を尖らせてその場を去ろうとしていたが、ウェイの呟きに足を止めた。
「キレがない? 殴られるのは楽しいか?」
「そうじゃなくて、元気がないなあと言っているんです。リョー、聞いてます?」
 嘆かわしいと芝居がかった仕草で頭を振り、エリューシャがこもりきりの研究室に向かったリョーが、ウェイの言い分を聞いているとはとても思えなかった。
 そうして、相変わらず作るのも食べるのも好きなカレーの材料を買いに出たラガルは、『元気がない』と言われたことを多少気にしていたのだが‥‥ふと見えた光景に、悩みを一時棚上げした。
「おお、激写。『るか、びじんとすきゃんだる』っとー、うん、代行に送るか。きっとからかってくれるから」
 ラガルの視線の先には、ルカが見慣れぬ年上の女性に話し掛けられて、戸惑った顔付きで立ち尽くしている光景があった。

 時間が少し巻き戻る。
 自分の買い物をした後、ラガルの買出しに付き合うための待ち合わせ場所に着いたルイは、相変わらず熱心に探知機を眺めていた。ラガルが近付いてもこれで分かるし、万が一にも感染者が発見できればそれに越したことはない。だが。
「この速度は車‥‥にしても、速い」
 目の前の道路をかなりの速度で近付いてくる獣人の反応は、ラガルでも感染者でもない。他のドクターズでもないとなれば、後はあの不可解な楽譜の持ち主かと目を凝らしていたルイの前に現れたのは、随分と見慣れた顔だった。
「ここにいたのね。乗りなさいな」
「レリア? どうして?」
 ルイの訝しげな表情などお構いなしで、レリアは紅いオープンカーから手を伸ばした。周囲の注目を浴びるのが面倒で、ルイは助手席に納まったが‥‥衛生局員ではない彼女が人間界にいる理由が思い付かない。なぜと考えを巡らせている間に、携帯電話型の探知機兼通信機を持っていかれた。
 強引なところは変わらないと溜息をついた彼に、許婚であるレリアは軽やかに笑った。
「性格はそうそう変わらないわ。ああ、心配ないの。私がこちらにいるのは、衛生局からの要請よ。ワクチンの開発協力要請ね」
「‥‥衛生局が、何度も他所の手を借りる決断をするとは思いませんでしたが」
 無駄にプライドが高かった元の上司など思い出して、ルイはいささか戸惑わないでもなかったが、レリアが獣人界でもトップクラスの製薬会社の社長令嬢にして、優秀な役員であることは間違いない。あまりに若いので苦労していることは、聞かずとも同様の体験をしているルイは察しているが。
 それにしても、わざわざ役員自ら乗り込んでこなくてもと考えていたルイは、差し出された飴の包みをきょとんとした顔で眺めた。普段はまず見られない表情だ。
「苺味が好きだったでしょ? 本当はそっちに顔を出すべきでしょうけど、煙たがられたら嫌だし、まだ視察段階だし」
 差し支えなければ今の様子を教えてとねだられ、でもルイはほとんど何も伝えなかった。その職業意識を呆れつつも許してくれる相手だと分かっていたからだ。
 ただ。
「騙された‥‥」
 最初に会ったところで別れた後、口にした飴が梅味だったことに顔をしかめることになる。そんな彼は、自分がラガルに写真を撮られていたとはまだ知らなかった。

 ようやく届いた『行方不明者リスト』。そこに予想通りにドクター・ゼロとその子息、そして自分の義兄も載っていることを確かめてから、エリューシャは様々な考えを巡らせていた。奏でているバイオリンの音が、その焦燥を映して軋んでいるのは気付いていたが、手を止めることはない。
 一度カーラが何か言いに来たが、エリューシャの顔を見て、何も言わずに店のほうに戻って行った。気を使ったわけではないだろうが、その後は誰も研究室にやってこない。そうしてエリューシャは、まとまらない気持ちをバイオリンにぶつけていたが‥‥
「反応が出たそうだ。どうやら楽譜の主らしい。行くぞ」
 熊野が呼びに来て、彼女はバイオリンを抱えて部屋を飛び出した。熊野はその様子を、やれやれと見守っている。

 楽譜の主、とても本名には聞こえないが『ジェーン・ドゥ』と名乗った犬獣人が、ドクター・ゼロと古びた空き家で言い争っていた。仲間の有無を問答していたようだが、それもドクターズの登場で双方共に口を噤む。
「仲間がいるのなら、白状しなさい!」
「エリューシャ、またっ」
 ドクター・ゼロを見ると気持ちの留め金が外れたように問い詰め始めるエリューシャを、リョーが羽交い絞めにした。着ているものは似ていても、男女の体力差でリョーが腕をほどかれる心配はない。
 初対面のときとは別人のような動きで連携を取るラガルとウェイを眺め、ゼロは薄く笑った。その笑みがなんとなく優しげに見えて、ルイも含めた若者達が気色ばむ。格下だと侮られたと、これまでの相手の態度から判断したのだ。
 だが、彼らを切り捨てたのはジェーンのほうだった。
「下がっていなさい。あなた達の手におえる相手ではない」
「心配ないよ。数の暴力で当たるから」
 熊野の人を食った発言に、ジェーンがほんの一瞬意識を逸らした時、ゼロはもっとも手近にいた彼女の体を片手で投げ飛ばした。それを受け止めようとしたウェイが、自分が下敷きになっているが‥‥どちらもたいした怪我はない。すぐさま起き上がる。
「その力も、ウィルスの影響かしら」
「さて。自分で開発した物ながら、効果は未知数でね。実験体ごとに違うデータが取れる」
 実験体。そう言われて、ジェーンの目が細まった。対照的に見開かれたのがリョーで、エリューシャを突き飛ばすように下がらせると、常にスカートの中に仕込んでいるフルートを取り出す。臨戦態勢だ。
「ウィルスを開発‥‥実験体だと? ウィルス感染で同胞の人生を狂わせて、心が痛まないのかっ!」
「ほう。いい目をするようになったが‥‥まだ若いな」
 エリューシャがバイオリンの弦を構え、カーラがいつでも歌いだせる体勢で、リョーがフルートを口元に運ぶ。感染者の神経を落ち着かせ、保護を行うのには有効なクラシック音楽だが、ここまで戦闘的に使うのは初めてだ。奏でる曲は。
「悪魔のトリルか? いや、どこか違う」
「いつの間に、この曲を」
 ゼロが人間界で仕入れた知識をさぐり、ジェーンが僅かに顔色を変えた曲は、ラガルが耳で覚えていたものだ。謎の楽譜に書かれた楽曲でもある。
 とはいえ、ゼロの動きを鈍らせるほどの効果はない。まだ。
「フッキョーワヲーンウィルスは、息子の病気の研究で発見されたものだ。神の御心ともいうべき偶然だな。もともとは脳の聴覚を管理する部分に取り付いて、遺伝子を変質させる。それで生み出されるのが、あの病気の症状だ。脳波も変わるが、そこに気付いて探知機を作った点は賞賛に値するよ」
 楽しげに語るゼロには、それでも隙がない。リョーの叫びも、エリューシャの気持ちも意に介さず、『自分の正義』を滔々と語る。ジェーンが口を挟んだのは、大分経ってからだ。
「最近、流入者が増えていたのは、おまえのせいね?」
「おしゃべりが過ぎたようだ」
 足の位置をさりげなく変えたゼロに、ラガルが追いすがる。それに合わせて、ルイとウェイも動かしつつ、熊野が『悪役だねえ』とのんびり笑った。
「自分達が正しいと、どうして言い切れるのだね? 生物は常に新しい菌やウィルスに晒されている。私が一つ増やしたところで変わりはあるまい」
 途端に、リョーとエリューシャの旋律が変化した。そこにカーラの声が重なって、聞く者の心を掻き乱すような不穏な音の重なりになる。同時に、ウェイとラガル、ルイがゼロに向けて躍りかかった。
「誰だって、心配している人がいるんだ。その人達の不安を払いたいだけだ!」
「ラガル、ちゃんと避けてくださいっ」
 篭手を着けていたゼロの横殴りの一撃を、ウェイに引き摺られるようにしてかわしたラガルの主張は、ゼロに笑い飛ばされた。けれど、蹴りを送り込んできたルイの言葉に苦笑する。
「正義なんて関係ない。俺達は自分の仕事をする」
「女が逃げたぞ」
 ジェーンが何かに弾かれたように走り去るのを指摘して、ゼロはカーラの声すら凌駕する咆哮を上げた。それに弾かれたように、エリューシャのバイオリンの弦が切れる。
「追うな。夜啼鳥のようなことになるぞ」
 事態をずっと見守っていただけの熊野の指示に、皆納得はしていなかったが‥‥ゼロの咆哮を耳にして、後を追う力は確かに残っていなかった。
 ジェーンの行方も、当然分からない。
 彼女がこの場にいないはずの獣人の姿を認めて駆けていったことも、当然知ることは出来なかった。

 獣人の耳には騒がしいばかりの映画館に連れ出されて、カーラは不機嫌も極まっていた。それでなくとも仕事は進まないし、熊野が一手に治療を引き受けている夜啼鳥の状態は改善しない。他のメンバーもこの先のビジョンが持てずに神経を尖らせているのに、熊野だけは鷹揚に構えているのだから‥‥といって、八つ当たりの出来るカーラではなかった。
「昨日、リストを見てウェイが言っていたが、あいつの上司も行方不明なんだと。ちなみに、エリューシャの義兄同様、ゼロのいた『ワクチン開発チーム』にいた人ね。あとこれ」
 熊野の探知機に映し出された写真を見て、カーラは軽く目を見開いた。ポーカーフェイスのルイが、女性と話して照れているように見える姿は予想外だ。けれども、相手の女性の顔を確認して、顔付きが改まる。
「開発チームは、珍しく官民合同だったわね。この女性もメンバーだったはず」
「うん、そう。リストにはない御仁だよ。‥‥届いている情報に操作の痕跡がある。我々はある意味厄介払いの集団だが、感染の危険があるにしても、人選が場当たり的過ぎる」
 厄介払いと言われて、思い切り眉間にしわを寄せたカーラだったが、熊野に次の言葉を促した。確かに精鋭ではない自分達だが、仕事に対する態度を他人に非難されるいわれはない。なのに、この人選がなんらかの目的で仕組まれていたのだとしたら‥‥
「ゼロの思惑は置いても、あのウィルスをわざとまいた連中がいるかもしれない。今、関係者を総洗い中だよ。夜啼鳥の資材もそちらに頼んだから、もう届くだろう」
「資材? 何か特別な治療機材が必要だったの?」
「いや。彼女は『修理が必要』だっただけ」
 言われて、カーラはああそうだったと思い出した。熊野は家業を継ぐのを嫌がっていたが‥‥
「ジェーンは、何者かしらね?」
「衛生局子飼いのイリーガルあたりだろうな。まあ、いずれにしても下っ端だろうけど‥‥丹念に潰していこうか、喧嘩は高く買わないと」
 仕事は好きだが、喧嘩は嫌いだと断言したカーラに、熊野は色々ご機嫌取りの言葉を投げかけた。娘への土産に始まり、嫌な相手への嫌がらせ加担から色々と並んだが、カーラが気に入ったのは彼女の実力を正しく評価した一言だった。
「君の歌がないと、喧嘩に勝てない」
「仕事以外で、あなたと仲良くする気はないから」
 それで結構と、熊野は悪戯っ子のように笑った。

 街の雑踏の中、レリアはゼロの姿を見付けて、囁きかけた。互いが無事かどうかを確認するための定時の顔合わせとはいえ、立ち話をするほど仲良くしたい相手ではない。
「やりすぎて、身を滅ぼさないようにね」
 すれ違いざまに一言を投げかけた彼女は、だからゼロの呟きが耳には入らなかった。
「君の憎悪より、私の愛情のほうが勝つと信じているよ、お嬢さん。それに、そろそろあのウィルスが‥‥」
 レリアとは違う方向に立ち去るゼロが、最近耳に馴染んでしまった曲をハミングし始める。

 それは場所を変え、ジェーンが二つの指輪を手の中で転がしながら口ずさみ、ラガル達ドクターズが懸命に演奏しきろうとしている曲だった。
 安らぎをもたらすはずの夜が、誰の上にも訪れる。


 時には膝をつく 遠回りして 躓きながら ここに居るから
 優しさだけがほしい日も きっとある
 また明日には 上手くいかなくても歩いて行く
 遠回りしても 躓いても 遥か 遥か‥‥