(カンナヅキマリバナ)神無月まりばな
【東京怪談OP】疫病退散! 納涼花火大会2020 in井の頭
「さてもこの度の疫病は厄介至極。これでは縁結びイベントもままならぬ」
新型肺炎が蔓延し、東京はおろか世界中が戒厳令さながらの昨今である。
当然ながら公園に人影はなく、まして来客があろうはずもない。弁財天宮1階カウンターに肘をつき、弁天は頬を膨らます。
「最近はリモート婚活が人気のようですよ」
「リモートとな」
「はい。なんとも間が悪いですねぇ。弁天さまの長年に渡るサボり、いえ引きこもり、いえ充電期間がやっと開けたというのに。あぁ、カウンターも消毒しますんでちょっと肘をよけてください」
あるじのぼやきに慣れっこな蛇之助は、老舗酒造から取り寄せたアルコール分75%含有の強力除菌スプレーを吹き付け、掃除に余念がない。
「されど。三密を避け、マスク着用、感染対策ばっちりの街コンなら問題なかろうに」
「街コンと言い張りますか。過去、この異界で開催された数々の愉快・痛快・奇絶・怪絶・また壮絶な爆笑イベントを」
「黙らっしゃい! しかし花見大会がお流れになったのは痛恨の極みじゃ。今年こそは大々的にお花見&春の合コンを執り行いラブラブカップルを量産し、縁結びの女神ここにありとバズるはずであったのに!」
「桜の季節は緊急事態宣言の真っ最中でしたからねぇ。公園には入場制限がかけられましたし」
「満開の桜吹雪の下、公園中のベンチというベンチがKEEP OUTの黄色いテープでぐるぐる巻きにされて、どこの事件現場かと戦慄したぞえ」
主従が顔を見合わせ、ふ〜っとため息をついた時。
「あらあら。暇そうね」
壁に、すうと霧が立った。
陽炎のように空気が揺らぎ、薔薇の香りの異界通路が開く。
弁財天宮の床をピンヒールで打ち鳴らし、豪奢な金髪の女が現れた。
幻獣国エル・ヴァイセの女宰相、マリーネブラウ・ダーナチルゼである。イベント時にはかまってちゃん属性のツンデレ悪役として登場する都合のいい女だが、弁天のサボりに伴い、ここのところ出番はなかった。
「なんじゃマリーネ。おぬしこそお茶っぴきのようじゃが」
「私は普通に宰相として政務をこなしているわ。それにしても、こういうご時世で、なおかつ今まで活動を怠っていたからとはいえ不人気ね、貴女」
「失礼な! 今は寂れたテーマパークの如きこの異界にも、千客万来押すな押すなのときめいた時代があったではないか」
「たしかに、いつぞやの年越し舞踏会は華やかだったわね。何もかも今は懐かしい……」
マリーネはふっと目を細める。その舞踏会では、彼女はずっと後方で皿洗いをしていたはずだが、思い出は美化されているようだ。
「そこまで云うなら、この度の疫病感染拡大にともなうイベント参加どころじゃないわこの先どうなるの的不安感、おぬしに何とかできるとでも?」
「それは貴女の務めでしょう? 神様なんだから」
「わらわとて万能ではないゆえ、できるのは民の祈りを聴くことくらいじゃ」
「……祈り、ね。それは確かに、そうね」
マリーネは目を伏せる。
いつになく真面目な面持ちで。
「そうねぇ……。光の聖女のちからを持ってしても、異世界の疫病となると、どうにも」
「光の聖女?」
弁天はきょとんと小首を傾げる。
「はて、誰のことじゃ? そのような清楚で高貴な乙女がどこにおる?」
「 わ た し で す ! 」
「おおお! きれいさっぱり失念しておったが、デュークを裏切る前のおぬしはそういう初期設定じゃったのう!」
「初期設定とか言わないの!」
ちなみに『光の聖女』様は、光の魔力を駆使し、夜空に様々な文様を描くことが可能であるらしい。
「ほほう。するとおぬしは火薬を使用せずに花火を打ち上げることができるのじゃな。これは重畳」
「花火ですって?」
異界の文化に不案内なマリーネは不思議そうにしたが、東京の花火大会の歴史を説明され、肯く。
「ああ。ショーグン吉宗が慰霊のためにスミダガワに打ち上げた経緯があるのね」
「うむ。隅田川花火大会はおろか、全国の花火大会は中止となってしもうたが、おぬしであれば彩色千輪錦残輪も昇曲導付八重芯菊先オレンジ銀乱も昇り朴付き芯入椰子菊先変化もばんばん打ち上げられようぞ!」
ようし、今年の夏はもらった! と弁天は拳を握りしめる。
マリーネはまだよくわかっていない表情のまま、それでもほんの少し、口元を緩ませた。
++ ++
■ライターより
おっ久しぶりでっす!!(くどい)
いろいろ時は過ぎましたが、まるっと巻き戻して、通常の異界調査依頼OPふうに解釈いただければ幸いです。
最後ですので、都合のいい悪役、マリーネブラウ女史の手を借りて花火を自由に打ち上げてみようと思います。
火薬を使わないので公園でもOK!
(なお、このOPを使用いただかなくても構いませんヨ〜 ご自由にどぞなのです)
■NPC登場のガイドラインについて
まずはこちらをご一読ください
https://t-on.jp/omc/guide/howto.html#process04
登場ご希望の場合は、「必ず」発注分の中でご指定をお願いいたします。
指定がない場合は登場できません。
【参考/ライター固有NPC】*一部です
◇井の頭・弁天
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC0631
◇妙王・蛇之助
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC0844
◇デューク・アイゼン
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC1107
◇鯉太郎
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC1526
◇マリーネブラウ・ダーナチルゼ
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC4238
新型肺炎が蔓延し、東京はおろか世界中が戒厳令さながらの昨今である。
当然ながら公園に人影はなく、まして来客があろうはずもない。弁財天宮1階カウンターに肘をつき、弁天は頬を膨らます。
「最近はリモート婚活が人気のようですよ」
「リモートとな」
「はい。なんとも間が悪いですねぇ。弁天さまの長年に渡るサボり、いえ引きこもり、いえ充電期間がやっと開けたというのに。あぁ、カウンターも消毒しますんでちょっと肘をよけてください」
あるじのぼやきに慣れっこな蛇之助は、老舗酒造から取り寄せたアルコール分75%含有の強力除菌スプレーを吹き付け、掃除に余念がない。
「されど。三密を避け、マスク着用、感染対策ばっちりの街コンなら問題なかろうに」
「街コンと言い張りますか。過去、この異界で開催された数々の愉快・痛快・奇絶・怪絶・また壮絶な爆笑イベントを」
「黙らっしゃい! しかし花見大会がお流れになったのは痛恨の極みじゃ。今年こそは大々的にお花見&春の合コンを執り行いラブラブカップルを量産し、縁結びの女神ここにありとバズるはずであったのに!」
「桜の季節は緊急事態宣言の真っ最中でしたからねぇ。公園には入場制限がかけられましたし」
「満開の桜吹雪の下、公園中のベンチというベンチがKEEP OUTの黄色いテープでぐるぐる巻きにされて、どこの事件現場かと戦慄したぞえ」
主従が顔を見合わせ、ふ〜っとため息をついた時。
「あらあら。暇そうね」
壁に、すうと霧が立った。
陽炎のように空気が揺らぎ、薔薇の香りの異界通路が開く。
弁財天宮の床をピンヒールで打ち鳴らし、豪奢な金髪の女が現れた。
幻獣国エル・ヴァイセの女宰相、マリーネブラウ・ダーナチルゼである。イベント時にはかまってちゃん属性のツンデレ悪役として登場する都合のいい女だが、弁天のサボりに伴い、ここのところ出番はなかった。
「なんじゃマリーネ。おぬしこそお茶っぴきのようじゃが」
「私は普通に宰相として政務をこなしているわ。それにしても、こういうご時世で、なおかつ今まで活動を怠っていたからとはいえ不人気ね、貴女」
「失礼な! 今は寂れたテーマパークの如きこの異界にも、千客万来押すな押すなのときめいた時代があったではないか」
「たしかに、いつぞやの年越し舞踏会は華やかだったわね。何もかも今は懐かしい……」
マリーネはふっと目を細める。その舞踏会では、彼女はずっと後方で皿洗いをしていたはずだが、思い出は美化されているようだ。
「そこまで云うなら、この度の疫病感染拡大にともなうイベント参加どころじゃないわこの先どうなるの的不安感、おぬしに何とかできるとでも?」
「それは貴女の務めでしょう? 神様なんだから」
「わらわとて万能ではないゆえ、できるのは民の祈りを聴くことくらいじゃ」
「……祈り、ね。それは確かに、そうね」
マリーネは目を伏せる。
いつになく真面目な面持ちで。
「そうねぇ……。光の聖女のちからを持ってしても、異世界の疫病となると、どうにも」
「光の聖女?」
弁天はきょとんと小首を傾げる。
「はて、誰のことじゃ? そのような清楚で高貴な乙女がどこにおる?」
「 わ た し で す ! 」
「おおお! きれいさっぱり失念しておったが、デュークを裏切る前のおぬしはそういう初期設定じゃったのう!」
「初期設定とか言わないの!」
ちなみに『光の聖女』様は、光の魔力を駆使し、夜空に様々な文様を描くことが可能であるらしい。
「ほほう。するとおぬしは火薬を使用せずに花火を打ち上げることができるのじゃな。これは重畳」
「花火ですって?」
異界の文化に不案内なマリーネは不思議そうにしたが、東京の花火大会の歴史を説明され、肯く。
「ああ。ショーグン吉宗が慰霊のためにスミダガワに打ち上げた経緯があるのね」
「うむ。隅田川花火大会はおろか、全国の花火大会は中止となってしもうたが、おぬしであれば彩色千輪錦残輪も昇曲導付八重芯菊先オレンジ銀乱も昇り朴付き芯入椰子菊先変化もばんばん打ち上げられようぞ!」
ようし、今年の夏はもらった! と弁天は拳を握りしめる。
マリーネはまだよくわかっていない表情のまま、それでもほんの少し、口元を緩ませた。
++ ++
■ライターより
おっ久しぶりでっす!!(くどい)
いろいろ時は過ぎましたが、まるっと巻き戻して、通常の異界調査依頼OPふうに解釈いただければ幸いです。
最後ですので、都合のいい悪役、マリーネブラウ女史の手を借りて花火を自由に打ち上げてみようと思います。
火薬を使わないので公園でもOK!
(なお、このOPを使用いただかなくても構いませんヨ〜 ご自由にどぞなのです)
■NPC登場のガイドラインについて
まずはこちらをご一読ください
https://t-on.jp/omc/guide/howto.html#process04
登場ご希望の場合は、「必ず」発注分の中でご指定をお願いいたします。
指定がない場合は登場できません。
【参考/ライター固有NPC】*一部です
◇井の頭・弁天
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC0631
◇妙王・蛇之助
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC0844
◇デューク・アイゼン
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC1107
◇鯉太郎
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC1526
◇マリーネブラウ・ダーナチルゼ
https://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC4238
過去サンプル(SS):弁天さまの受難
『井の頭公園でボートに乗ったカップルは、必ず別れる』
それは有名な都市伝説のひとつである。いつ発生したのか定かではないが、少なくとも数十年以上前から存在するらしい。
しかし、別離の謂れがあろうとも、井の頭公園を訪れるカップルは減らない。なにしろ吉祥寺にほど近く、動物園と水族館を有し、春にはお花見の名所ともなる重宝なデートスポットなのだ。
さて。
梅雨時の日曜日、あいにくの曇天を押して、ボートを乗り終えたひと組の男女がいた。
ふたりとも10代後半、初々しい高校生カップルである。
「その。悪かったかな。こんなところに来ちゃって」
「やだ、そんな。一緒にボートに乗っただけなのに」
「だってさ……。聞いたことあるよね? 井の頭公園でボートに乗ると、別れちゃうって噂」
「でも、別れるっていうのは、その前につき合ってなきゃ無理なことだし。……つき合ってるの? 私たち」
「う、それは。あの……うん」
うろたえて顔を真っ赤にしながらも、少年は少女に向き直る。
「前々から言おうと思ってたんだ。その、ぼくとつき合ってください」
「え?」
少女の頬が、ぱっと薔薇色に染まる。
だめかな? 急だったかな? ううん、そんなことない。でも、私なんかでいいの?
そんなやりとりを経て、誕生したばかりの恋人たちは、そっと手をつないで公園の散策を始めた。
狛江橋を右手に、池の周りを道なりにぐるりと進む。
ぽつりと雨粒が落ちてきたが、そこはなりたての恋人同士、特に気にする様子もない。
池に張りだした欅(けやき)や、吹き上げる噴水、そのまわりを泳ぐ鴛鴦(おしどり)に目を細めながら進む。
やがてふたりは、鮮やかな朱塗りの社(やしろ)の前で立ち止まった。
雨脚が強くなった。
近辺を歩いていた家族連れは、足早に公園から抜けていく。
社付近には、彼らだけが取り残された。
灰色の空を映して、池の水面は暗い。薄暗い空と鬱蒼とした木々とは対照的に、社の朱色だけが照り映えて、どこか禍々しい。
……彼らは、さっさと通り過ぎるべきであった。
しかし告白が受け入れられて有頂天の少年は、かなり気が大きくなっている。
そして。
こともあろうに、この公園に縁切り伝説がある理由について解説を始めてしまったのだ。
「どうして井の頭公園で、カップルがボートに乗ると、良くないんだと思う?」
「えー? わかんない」
「ここの弁天さまに嫉妬されるからなんだってさ」
「そうなの? どうして?」
「弁天さまは女の神様だから、仲のいい恋人同士を見るのは悔しいらしいんだ。だから、別れさせられる」
「ふぅん。こわい神様だね」
「弁財天宮にお参りするのも、男女が一緒に行っちゃいけないって言うよ。別々に、時間をずらして行けばいいみたいだけど」
「そうなんだ。物知りだね」
「いやぁ、そんなことないけどさ」
そう。
彼女の尊敬をかちえるために、少年が蘊蓄を披露しているこの場所こそが、井の頭弁財天の社であった。
ここに、井の頭公園ボート伝説の中核をなす存在が。
幾多もの恋人たちを引き裂いてきたと言われる最強の女神が。
——『弁天さま』が祀られているのである。
少年は弁財天宮を横目で見た。
そして、ささっと背を向け、話を逸らす。
「雨、降ってきたね。どこか行きたいところとか、ある?」
「んーと、そうねぇ」
初々しい恋人たちは雨宿りの心配をし始めた、その時。
池に、ざわりと波が立った。
瞬間、公園中に白い霧が立ちこめる。
朱塗りの社の前に、風が小さく渦を巻く。
白い霧はゆるやかにまとまって、美しい人型を描き出した。
古風に結い上げた黒髪に、透けるような薄衣に包まれた白い肌。
切れ長の目はきららかな知性をたたえ、唇は桜の薄紅。
——弁天登場、であった。
傍(かたわら)には使者たる白蛇が、すっと鎌首をもたげている。
「待ちや! そこな若者!」
弁天はしなやかな両腕を胸の前で組み、恋人たちの背後から、凛とした声を響かせた。
「ん?」
「なに?」
少年と少女は、怪訝そうに振り返る。
彼らは弁天が出現した瞬間を見ておらず、したがって、彼女が人ならぬ存在であることを知る由もない。
「誰あのひと」
「さぁ?」
豪快にスルーされ、弁天は片眉を吊り上げた。
「おぬしは誤解しておるぞえ。わらわはそのような心の狭い神ではないわ。妙な噂を立てられて迷惑千万じゃ!」
「いきなり何なの……?」
「すごい美人だね。あんな薄い服、よく着れるなあ。うわ、長い足」
「ちょっと! どこ見てるのよ。早く行こう。目を合わせないほうがいいよ」
「綺麗なのに、どこかおかしいのかな……。気の毒だね」
「失礼な!」
通りすがりの不審な女と認識されてしまった弁天は、むっとして言いつのる。
「良いか、少年! 考えてみるがよい。そもそも『女の神様だから嫉妬する』とは何事ぞ。女性蔑視もはなはだしい。ジェイソンとかジョナサンとかいう問題に抵触するではないか」
「ええっと、それは、もしかして、ジェンダーと言いたいんですか……?」
「おお。それじゃそれ」
「うーん」
少年は考え込んだ。素直な性格らしい。
「そう言われれば、そんな気もします」
「相手にしちゃだめだったら!」
少女は少年の腕を掴み、引っぱる。
弁天は勝ち誇ったように胸を張った。
「そもそも誰のおかげで、ここで呑気にボート遊びができると思っておる? 井の頭池に毎日2万トン以上もの湧水があったのははるか昔のこと。多摩地域が都市化するにつれ、水は枯れてしまったのじゃ。それでも未だに池が水を湛えていられるのは、市当局の努力もあろうが、水の女神でもあるわらわの守護あってこそ」
「……悪いけど、私たち急いでるの」
「恋が終わるのは自己責任じゃ。デート場所のせいにするなぞ言語道断、うまくいかなくて当然」
「何ですって? 言いがかりもほどほどにしてよ」
成就したばかりの恋に水をさされ、少女は気色ばんだ。恋敵でもあるかのように『不審な女』をきっ、と睨む。その視線の凄みに、少年は多少、引いている。
「まあまあ。おふたりとも落ち着いて」
のんびりした声とともに、ひょいと割って入ったのは、成り行きを不安げに見守っていた白蛇だった。
井の頭弁財天の眷属、蛇之助である。
「すみませんねぇ。弁天さまに悪気はないんですよ。さぁさ、おふたりとも、雨に打たれますと体に良くないです。屋根のあるところへ移動したほうがいいですよ。どうぞ、お幸せに」
「蛇が……喋った?」
「この人の腹話術とかよ。ねえ、もう関わり合いになるのはやだよ。行こうってば」
少年の腕を強く引き、少女は一刻も早くその場を離れようとする。
「おふたりにはジブリ美術館とか、いいんじゃないですかね。すぐそこの坂道を上って500mほどで着けますよー」
白蛇が言うや言わずのうちに、まさしくその坂道を、少年を引きずるようにして少女は駆け上っていった。
本降りになってきた雨が、木々の葉の隙間からこぼれ落ち、彼らの背を濡らす。
「おぬし、おせっかいなくせに、気の利かぬやつじゃのう」
去っていく恋人たちを見つめたまま、弁天がぽつりと呟く。
白蛇はおどおどと、あるじの顔色をうかがった。
「何か、まずかったですか」
「かわいそうじゃが、雨宿りはできまいて。ジブリ美術館は日付指定の予約制じゃ」
とっぷりと、初夏の夜が更けていく。
とうに雨の上がった空には、欠け始めた月が淡い光を放ち、噴水の止まった池に影を映す。
湿気を含んで、緑の香が強い。
社から少し離れ、橋の手すりにひらりと腰掛けながら、弁天はずっと愚痴っていた。
「それにしても不愉快じゃ。公園でボートに乗るなどというのは、いかにも安易なデートコースではないか。発想と努力を惜しみ易きに流れておきながら、何もかもわらわの責任にするとは。心得違いもはなはだしい」
「あのぉ、弁天さま……。何も昨日今日広まったジンクスではないんですし、神様なんですから、もっとこう、鷹揚に」
「そう思って何十年も我慢したと云っておろうが。まあよい。わらわとて、手をこまねいているつもりはない。誤解を解くべく、あのあといろいろ調べてみたのじゃ。わらわの力を駆使し、世界中を回ってな」
「……?」
白蛇は鎌首をもたげたまま、上体をやや横に倒した。彼なりに『首を傾げ』てみたのだ。
なぜならば、井の頭弁天の活動範囲、つまり〈神〉としての力が心おきなく発揮できる場所ーー早い話が彼女の『ショバ』は、井の頭公園を拠点に、せいぜいが武蔵野市、三鷹市あたりで限界なのである。それだって、常に他の神様との競合は免れない。
そんな弁天が、世界中を回ったなどとははなはだ怪しい。
第一、恋人たちが去ってから、この時間になるまで弁天が何をして過ごしたかというと……。不愉快じゃ不愉快じゃと言いつつも、そこら辺の娘に化けて吉祥寺の街を散策していたのだ。
やれ今日はサンロード商店街のアーケードが工事中で落ち着かないだの、公園口右側の喫茶店の、洋菓子とワインのセットがいけるだの、ヨド◯シカメラ吉祥寺店を冷やかして、気の毒な店員に新型MacBookの説明を延々2時間させただの、それなりに充実した日曜日の午後を過ごしたようなのに。
傾いたまま硬直している白蛇を鼻で笑い、弁天は池に手をかざした。
「わらわの前身は水神サラスヴァティ。聖なる河の女神ぞ。動かずしても情報は流れ、集まってくる。いでよ! 林檎まーくのにゅーぱそこん!」
池の水面が、銀色の鏡のように滑らかになる。弁天の指先の動きにつれ、巨大なスクリーンさながらに長方形の枠が描かれた。その真ん中に、大手検索サイトのロゴが浮かび上がる。
検索バーには『行ってはダメ! 別れのジンクススポット』と打ち込まれた。画面が変わり、検索結果が表示される。
白蛇は、今度は上体を前に傾けた。『うなだれた』のだ。
「……ヨ◯バシで、こっそり検索してきたんですね。わかりましたから、こんな大がかりに再現してくださらなくとも」
「ちゃんと見ろ、この大量の、有象無象の縁切り伝説を。何も我が井の頭公園だけの独壇場ではないぞえ。ほれ、江ノ島にも上野の不忍池にもある」
「あー。でもそれは全部、弁財天が祀られているところなんで、弁天さま嫉妬説の補強にしかならないのでは」
「関係のない有名どころもあるぞ。浦安のなんとかランドとやらも『初デートで行くと別れる』率が高いではないか。井の頭公園が西の横綱なら、こなた東の横綱」
「ずいぶん狭い範囲の東西ですねぇ」
「おぬし、そのどうでもいいような口振りは何ぞ。わらわが濡れ衣を着せられたままで良いのか?」
「だって弁天さま。都市伝説は根深いですよ。どう啓蒙なさるおつもりで?」
「うむ。わらわに考えがある。ここで縁結びイベントを行うのじゃ」
「はぁあ?」
「街コンとやらが流行っておるそうではないか。大々的に【井の頭弁天プレゼンツ、公園でボートに乗ってカップル成立企画】を執り行うのじゃ!」
「はぁ」
「ラブラブカップルを大量生産すれば、一転、都市伝説は塗り替えられ、わらわは縁結びの女神として爆誕する!」
「……はぁ」
もうツッコミを入れる気力もなくし、橋の手すりの上で上体を前に倒しすぎた白蛇は、そのまま、ぽしゃんと池に落ちてしまった。
パソコン画面はかき消える。
後には弁天の満足げな笑い声が響くばかりであった。
哀れな白蛇も、不名誉を返上せんと燃える弁天も、未だ知るよしもない。
あの恋人たちが、結局、雨宿りができずに口論になり、喧嘩別れをしたことを。
かくして弁天の受難は続くのであるが、それはまた、別の話である。
それは有名な都市伝説のひとつである。いつ発生したのか定かではないが、少なくとも数十年以上前から存在するらしい。
しかし、別離の謂れがあろうとも、井の頭公園を訪れるカップルは減らない。なにしろ吉祥寺にほど近く、動物園と水族館を有し、春にはお花見の名所ともなる重宝なデートスポットなのだ。
さて。
梅雨時の日曜日、あいにくの曇天を押して、ボートを乗り終えたひと組の男女がいた。
ふたりとも10代後半、初々しい高校生カップルである。
「その。悪かったかな。こんなところに来ちゃって」
「やだ、そんな。一緒にボートに乗っただけなのに」
「だってさ……。聞いたことあるよね? 井の頭公園でボートに乗ると、別れちゃうって噂」
「でも、別れるっていうのは、その前につき合ってなきゃ無理なことだし。……つき合ってるの? 私たち」
「う、それは。あの……うん」
うろたえて顔を真っ赤にしながらも、少年は少女に向き直る。
「前々から言おうと思ってたんだ。その、ぼくとつき合ってください」
「え?」
少女の頬が、ぱっと薔薇色に染まる。
だめかな? 急だったかな? ううん、そんなことない。でも、私なんかでいいの?
そんなやりとりを経て、誕生したばかりの恋人たちは、そっと手をつないで公園の散策を始めた。
狛江橋を右手に、池の周りを道なりにぐるりと進む。
ぽつりと雨粒が落ちてきたが、そこはなりたての恋人同士、特に気にする様子もない。
池に張りだした欅(けやき)や、吹き上げる噴水、そのまわりを泳ぐ鴛鴦(おしどり)に目を細めながら進む。
やがてふたりは、鮮やかな朱塗りの社(やしろ)の前で立ち止まった。
雨脚が強くなった。
近辺を歩いていた家族連れは、足早に公園から抜けていく。
社付近には、彼らだけが取り残された。
灰色の空を映して、池の水面は暗い。薄暗い空と鬱蒼とした木々とは対照的に、社の朱色だけが照り映えて、どこか禍々しい。
……彼らは、さっさと通り過ぎるべきであった。
しかし告白が受け入れられて有頂天の少年は、かなり気が大きくなっている。
そして。
こともあろうに、この公園に縁切り伝説がある理由について解説を始めてしまったのだ。
「どうして井の頭公園で、カップルがボートに乗ると、良くないんだと思う?」
「えー? わかんない」
「ここの弁天さまに嫉妬されるからなんだってさ」
「そうなの? どうして?」
「弁天さまは女の神様だから、仲のいい恋人同士を見るのは悔しいらしいんだ。だから、別れさせられる」
「ふぅん。こわい神様だね」
「弁財天宮にお参りするのも、男女が一緒に行っちゃいけないって言うよ。別々に、時間をずらして行けばいいみたいだけど」
「そうなんだ。物知りだね」
「いやぁ、そんなことないけどさ」
そう。
彼女の尊敬をかちえるために、少年が蘊蓄を披露しているこの場所こそが、井の頭弁財天の社であった。
ここに、井の頭公園ボート伝説の中核をなす存在が。
幾多もの恋人たちを引き裂いてきたと言われる最強の女神が。
——『弁天さま』が祀られているのである。
少年は弁財天宮を横目で見た。
そして、ささっと背を向け、話を逸らす。
「雨、降ってきたね。どこか行きたいところとか、ある?」
「んーと、そうねぇ」
初々しい恋人たちは雨宿りの心配をし始めた、その時。
池に、ざわりと波が立った。
瞬間、公園中に白い霧が立ちこめる。
朱塗りの社の前に、風が小さく渦を巻く。
白い霧はゆるやかにまとまって、美しい人型を描き出した。
古風に結い上げた黒髪に、透けるような薄衣に包まれた白い肌。
切れ長の目はきららかな知性をたたえ、唇は桜の薄紅。
——弁天登場、であった。
傍(かたわら)には使者たる白蛇が、すっと鎌首をもたげている。
「待ちや! そこな若者!」
弁天はしなやかな両腕を胸の前で組み、恋人たちの背後から、凛とした声を響かせた。
「ん?」
「なに?」
少年と少女は、怪訝そうに振り返る。
彼らは弁天が出現した瞬間を見ておらず、したがって、彼女が人ならぬ存在であることを知る由もない。
「誰あのひと」
「さぁ?」
豪快にスルーされ、弁天は片眉を吊り上げた。
「おぬしは誤解しておるぞえ。わらわはそのような心の狭い神ではないわ。妙な噂を立てられて迷惑千万じゃ!」
「いきなり何なの……?」
「すごい美人だね。あんな薄い服、よく着れるなあ。うわ、長い足」
「ちょっと! どこ見てるのよ。早く行こう。目を合わせないほうがいいよ」
「綺麗なのに、どこかおかしいのかな……。気の毒だね」
「失礼な!」
通りすがりの不審な女と認識されてしまった弁天は、むっとして言いつのる。
「良いか、少年! 考えてみるがよい。そもそも『女の神様だから嫉妬する』とは何事ぞ。女性蔑視もはなはだしい。ジェイソンとかジョナサンとかいう問題に抵触するではないか」
「ええっと、それは、もしかして、ジェンダーと言いたいんですか……?」
「おお。それじゃそれ」
「うーん」
少年は考え込んだ。素直な性格らしい。
「そう言われれば、そんな気もします」
「相手にしちゃだめだったら!」
少女は少年の腕を掴み、引っぱる。
弁天は勝ち誇ったように胸を張った。
「そもそも誰のおかげで、ここで呑気にボート遊びができると思っておる? 井の頭池に毎日2万トン以上もの湧水があったのははるか昔のこと。多摩地域が都市化するにつれ、水は枯れてしまったのじゃ。それでも未だに池が水を湛えていられるのは、市当局の努力もあろうが、水の女神でもあるわらわの守護あってこそ」
「……悪いけど、私たち急いでるの」
「恋が終わるのは自己責任じゃ。デート場所のせいにするなぞ言語道断、うまくいかなくて当然」
「何ですって? 言いがかりもほどほどにしてよ」
成就したばかりの恋に水をさされ、少女は気色ばんだ。恋敵でもあるかのように『不審な女』をきっ、と睨む。その視線の凄みに、少年は多少、引いている。
「まあまあ。おふたりとも落ち着いて」
のんびりした声とともに、ひょいと割って入ったのは、成り行きを不安げに見守っていた白蛇だった。
井の頭弁財天の眷属、蛇之助である。
「すみませんねぇ。弁天さまに悪気はないんですよ。さぁさ、おふたりとも、雨に打たれますと体に良くないです。屋根のあるところへ移動したほうがいいですよ。どうぞ、お幸せに」
「蛇が……喋った?」
「この人の腹話術とかよ。ねえ、もう関わり合いになるのはやだよ。行こうってば」
少年の腕を強く引き、少女は一刻も早くその場を離れようとする。
「おふたりにはジブリ美術館とか、いいんじゃないですかね。すぐそこの坂道を上って500mほどで着けますよー」
白蛇が言うや言わずのうちに、まさしくその坂道を、少年を引きずるようにして少女は駆け上っていった。
本降りになってきた雨が、木々の葉の隙間からこぼれ落ち、彼らの背を濡らす。
「おぬし、おせっかいなくせに、気の利かぬやつじゃのう」
去っていく恋人たちを見つめたまま、弁天がぽつりと呟く。
白蛇はおどおどと、あるじの顔色をうかがった。
「何か、まずかったですか」
「かわいそうじゃが、雨宿りはできまいて。ジブリ美術館は日付指定の予約制じゃ」
とっぷりと、初夏の夜が更けていく。
とうに雨の上がった空には、欠け始めた月が淡い光を放ち、噴水の止まった池に影を映す。
湿気を含んで、緑の香が強い。
社から少し離れ、橋の手すりにひらりと腰掛けながら、弁天はずっと愚痴っていた。
「それにしても不愉快じゃ。公園でボートに乗るなどというのは、いかにも安易なデートコースではないか。発想と努力を惜しみ易きに流れておきながら、何もかもわらわの責任にするとは。心得違いもはなはだしい」
「あのぉ、弁天さま……。何も昨日今日広まったジンクスではないんですし、神様なんですから、もっとこう、鷹揚に」
「そう思って何十年も我慢したと云っておろうが。まあよい。わらわとて、手をこまねいているつもりはない。誤解を解くべく、あのあといろいろ調べてみたのじゃ。わらわの力を駆使し、世界中を回ってな」
「……?」
白蛇は鎌首をもたげたまま、上体をやや横に倒した。彼なりに『首を傾げ』てみたのだ。
なぜならば、井の頭弁天の活動範囲、つまり〈神〉としての力が心おきなく発揮できる場所ーー早い話が彼女の『ショバ』は、井の頭公園を拠点に、せいぜいが武蔵野市、三鷹市あたりで限界なのである。それだって、常に他の神様との競合は免れない。
そんな弁天が、世界中を回ったなどとははなはだ怪しい。
第一、恋人たちが去ってから、この時間になるまで弁天が何をして過ごしたかというと……。不愉快じゃ不愉快じゃと言いつつも、そこら辺の娘に化けて吉祥寺の街を散策していたのだ。
やれ今日はサンロード商店街のアーケードが工事中で落ち着かないだの、公園口右側の喫茶店の、洋菓子とワインのセットがいけるだの、ヨド◯シカメラ吉祥寺店を冷やかして、気の毒な店員に新型MacBookの説明を延々2時間させただの、それなりに充実した日曜日の午後を過ごしたようなのに。
傾いたまま硬直している白蛇を鼻で笑い、弁天は池に手をかざした。
「わらわの前身は水神サラスヴァティ。聖なる河の女神ぞ。動かずしても情報は流れ、集まってくる。いでよ! 林檎まーくのにゅーぱそこん!」
池の水面が、銀色の鏡のように滑らかになる。弁天の指先の動きにつれ、巨大なスクリーンさながらに長方形の枠が描かれた。その真ん中に、大手検索サイトのロゴが浮かび上がる。
検索バーには『行ってはダメ! 別れのジンクススポット』と打ち込まれた。画面が変わり、検索結果が表示される。
白蛇は、今度は上体を前に傾けた。『うなだれた』のだ。
「……ヨ◯バシで、こっそり検索してきたんですね。わかりましたから、こんな大がかりに再現してくださらなくとも」
「ちゃんと見ろ、この大量の、有象無象の縁切り伝説を。何も我が井の頭公園だけの独壇場ではないぞえ。ほれ、江ノ島にも上野の不忍池にもある」
「あー。でもそれは全部、弁財天が祀られているところなんで、弁天さま嫉妬説の補強にしかならないのでは」
「関係のない有名どころもあるぞ。浦安のなんとかランドとやらも『初デートで行くと別れる』率が高いではないか。井の頭公園が西の横綱なら、こなた東の横綱」
「ずいぶん狭い範囲の東西ですねぇ」
「おぬし、そのどうでもいいような口振りは何ぞ。わらわが濡れ衣を着せられたままで良いのか?」
「だって弁天さま。都市伝説は根深いですよ。どう啓蒙なさるおつもりで?」
「うむ。わらわに考えがある。ここで縁結びイベントを行うのじゃ」
「はぁあ?」
「街コンとやらが流行っておるそうではないか。大々的に【井の頭弁天プレゼンツ、公園でボートに乗ってカップル成立企画】を執り行うのじゃ!」
「はぁ」
「ラブラブカップルを大量生産すれば、一転、都市伝説は塗り替えられ、わらわは縁結びの女神として爆誕する!」
「……はぁ」
もうツッコミを入れる気力もなくし、橋の手すりの上で上体を前に倒しすぎた白蛇は、そのまま、ぽしゃんと池に落ちてしまった。
パソコン画面はかき消える。
後には弁天の満足げな笑い声が響くばかりであった。
哀れな白蛇も、不名誉を返上せんと燃える弁天も、未だ知るよしもない。
あの恋人たちが、結局、雨宿りができずに口論になり、喧嘩別れをしたことを。
かくして弁天の受難は続くのであるが、それはまた、別の話である。