(クロキイバラ)黒木茨
2015年07月13日 WTシングルノベル 納品
注意点
日常も非日常もその間も愛してます。
基本的に三人称になると思われます。
一人称か三人称か、ご希望がある場合発注する際に指定してください。
口調や呼称もしっかり指定して頂くとより忠実に描写できます。
下ネタ、スケベネタ、同性愛や特殊な性的嗜好などに抵抗はありませんが、規定などの事情で限界がある場合がございます……
しっかりとしたミステリー、ホラー、ちゃんと考察されたSF系はご期待に副えるかかなり不安なジャンルです……
申し訳ありません。
基本的に三人称になると思われます。
一人称か三人称か、ご希望がある場合発注する際に指定してください。
口調や呼称もしっかり指定して頂くとより忠実に描写できます。
下ネタ、スケベネタ、同性愛や特殊な性的嗜好などに抵抗はありませんが、規定などの事情で限界がある場合がございます……
しっかりとしたミステリー、ホラー、ちゃんと考察されたSF系はご期待に副えるかかなり不安なジャンルです……
申し訳ありません。
サンプル(一人称)
「絵、好きなんですか」
寂れた美術館で、彼と最初に交わした言葉の冒頭はこれだった。はずだ。というのも、今となっては私も彼も覚えていないからだ。
この美術館はある物好きが道楽で作ったもので、そこらにあるようなものと比べると小さく、展示の数も少なく、正直どうして経営できているのかよくわからない。飾られている絵も有名なものは何一つなく、無名の画家のものが中心だ。しかし、私はこの無名の画家のファンであり、ここの雰囲気が好きだったから毎日通っていた。入場料がタダ同然であったことも理由の一つであったが。
客という客は私ぐらいなもので、たまに来る客も一通り巡ればもう二度と来ることはない。しかしたった一人の例外が彼だ。ある時期から訪れて以来、二人目の常連である。ちなみに一人目は私だ。満遍なく巡っては作品の出来と何も盗まれていないことに満足する私とは違い、彼はただこの絵の前でぼうっとして一日を過ごし、閉館と共に帰っていく。最初はどうも思っていなかったが、ただなんとなく興味を持って話しかけることにした。
あまり要領を得ない私の言葉に彼はああ……と漏らしてから、丁寧にこう言った。
「思い出の絵なんです。親友――というか、恋人というか……大切な人と見た気がして」
「気がして?」
思い出の絵という割には、随分と曖昧なものだ。彼がじいっと見ている絵はある家族の描かれた絵だった。しかし人物の服装や顔立ちを鑑みるに日本のものではない。この画家は日本人だったはずだから、おそらく想像で描いたか、近くの外国人をもとに描いたのか――
ところどころ考証してみればそれもわかるのだろうけれど、そういった手間が割かれるほどの知名度はなかったのだろう。プレートに刻まれた題名は掠れていて読めない。だからこの絵は『西洋人の家族が描かれている絵』というものでしかない。
「ぼんやりとして覚えていないんです。思い出したくてしょうがないのですが、思い出そうとするたびに忘れてしまって」
「たいへんですね」
「そうですね。でもそれでいいのかもしれません」
そう言って自嘲気味に笑った彼の笑顔が哀愁を誘った。が、私にどうにかできるものではない。思い出そうとするたびに忘れる思い出か――
「……なにか辛い思い出でも?」
……いいや、何てことを聞いているんだ、私は。これは取り消すべきだろう。
「あ、いえ、別にそんなつもりでは」
「いいえ、ですがそうですね、忘れたほうが良い思い出なのかも」
慌てて取り消すももう時は既に遅く。しかし彼は怒ることもなく、穏やかに受け答えている。その穏やかさにはあと少し押したら壊れてしまいそうな脆さがあった。なんとなくだが、怖い。
「そういった思い出でもないのに、ですか?」
「ええ、まあ……思い出そうとしても忘れるということは、そういうことなんでしょう」
彼はううん、といまいち的を射ない答えを返して、そのまま絵の鑑賞に戻ってしまった。こうしてしっかりと見直してみても、この絵は私にとって『西洋人の家族が描かれている絵』である。絵に対する感情は人それぞれなので、それを私がとやかく言う資格はない。彼からしてみれば、私こそあちこちに動き回っている落ち着きのない変人に見えているかもしれない。そのまま私も彼も“いつもどおり”の行動をし、閉館の時間を迎えた。ちょうど帰りに彼の姿を見かけたので、声をかけてみる。
「ええっと……」
「どうしました?」
なんだぽかんとした表情をしている。なにか、おかしなことでも言ってしまったろうか。彼は苦笑して呟いた。
「いけませんね、最近物忘れが激しくて。年をとったんでしょうか」
思えば、この時点で彼を蝕むものに気付けばよかったのだ。どう見たって若い彼が、呆けているなんてことがあるはずがないのに。
その話をしてからしばらくして、彼は美術館には来なくなった。私はそれに関してとくに何か思いはしなかった。人間心移りはするものだ。とくに絵のような静止した存在となると、見飽きるときもくるのだろう。
彼と再会したのはそれからだいぶ後の街中だった。私が駅を訪れた時、ちょうど彼の姿を見かけて声をかけたのが最後の記憶になる。
「お久しぶりです」
私の声に、彼は振り向いてから困ったような笑みを見せて言った。
「はじめまして、どこかで会いましたか?」
寂れた美術館で、彼と最初に交わした言葉の冒頭はこれだった。はずだ。というのも、今となっては私も彼も覚えていないからだ。
この美術館はある物好きが道楽で作ったもので、そこらにあるようなものと比べると小さく、展示の数も少なく、正直どうして経営できているのかよくわからない。飾られている絵も有名なものは何一つなく、無名の画家のものが中心だ。しかし、私はこの無名の画家のファンであり、ここの雰囲気が好きだったから毎日通っていた。入場料がタダ同然であったことも理由の一つであったが。
客という客は私ぐらいなもので、たまに来る客も一通り巡ればもう二度と来ることはない。しかしたった一人の例外が彼だ。ある時期から訪れて以来、二人目の常連である。ちなみに一人目は私だ。満遍なく巡っては作品の出来と何も盗まれていないことに満足する私とは違い、彼はただこの絵の前でぼうっとして一日を過ごし、閉館と共に帰っていく。最初はどうも思っていなかったが、ただなんとなく興味を持って話しかけることにした。
あまり要領を得ない私の言葉に彼はああ……と漏らしてから、丁寧にこう言った。
「思い出の絵なんです。親友――というか、恋人というか……大切な人と見た気がして」
「気がして?」
思い出の絵という割には、随分と曖昧なものだ。彼がじいっと見ている絵はある家族の描かれた絵だった。しかし人物の服装や顔立ちを鑑みるに日本のものではない。この画家は日本人だったはずだから、おそらく想像で描いたか、近くの外国人をもとに描いたのか――
ところどころ考証してみればそれもわかるのだろうけれど、そういった手間が割かれるほどの知名度はなかったのだろう。プレートに刻まれた題名は掠れていて読めない。だからこの絵は『西洋人の家族が描かれている絵』というものでしかない。
「ぼんやりとして覚えていないんです。思い出したくてしょうがないのですが、思い出そうとするたびに忘れてしまって」
「たいへんですね」
「そうですね。でもそれでいいのかもしれません」
そう言って自嘲気味に笑った彼の笑顔が哀愁を誘った。が、私にどうにかできるものではない。思い出そうとするたびに忘れる思い出か――
「……なにか辛い思い出でも?」
……いいや、何てことを聞いているんだ、私は。これは取り消すべきだろう。
「あ、いえ、別にそんなつもりでは」
「いいえ、ですがそうですね、忘れたほうが良い思い出なのかも」
慌てて取り消すももう時は既に遅く。しかし彼は怒ることもなく、穏やかに受け答えている。その穏やかさにはあと少し押したら壊れてしまいそうな脆さがあった。なんとなくだが、怖い。
「そういった思い出でもないのに、ですか?」
「ええ、まあ……思い出そうとしても忘れるということは、そういうことなんでしょう」
彼はううん、といまいち的を射ない答えを返して、そのまま絵の鑑賞に戻ってしまった。こうしてしっかりと見直してみても、この絵は私にとって『西洋人の家族が描かれている絵』である。絵に対する感情は人それぞれなので、それを私がとやかく言う資格はない。彼からしてみれば、私こそあちこちに動き回っている落ち着きのない変人に見えているかもしれない。そのまま私も彼も“いつもどおり”の行動をし、閉館の時間を迎えた。ちょうど帰りに彼の姿を見かけたので、声をかけてみる。
「ええっと……」
「どうしました?」
なんだぽかんとした表情をしている。なにか、おかしなことでも言ってしまったろうか。彼は苦笑して呟いた。
「いけませんね、最近物忘れが激しくて。年をとったんでしょうか」
思えば、この時点で彼を蝕むものに気付けばよかったのだ。どう見たって若い彼が、呆けているなんてことがあるはずがないのに。
その話をしてからしばらくして、彼は美術館には来なくなった。私はそれに関してとくに何か思いはしなかった。人間心移りはするものだ。とくに絵のような静止した存在となると、見飽きるときもくるのだろう。
彼と再会したのはそれからだいぶ後の街中だった。私が駅を訪れた時、ちょうど彼の姿を見かけて声をかけたのが最後の記憶になる。
「お久しぶりです」
私の声に、彼は振り向いてから困ったような笑みを見せて言った。
「はじめまして、どこかで会いましたか?」