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イメージノベル『Eye of The World』  作:ちまだり

第1話「撃退士たちの学園」



街が燃えている。

今日まで当たり前のように通っていた学校が。
部活帰りに友人達とたむろった商店街が。
そして住宅街も――。

大樹(だいき)トオルは原型を留めず焼け落ちた自宅を前に、放心してその場にへたり込んでいた。

今朝、いつも通り笑顔で送り出してくれた母親。
有名ゲームデザイナーとして自宅にオフィスを構える父親。
今年の春には中学生になるはずだった妹。

(みんな‥‥どこに行ったんだよ?)

玄関先から庭にかけて赤黒い血溜まりが広がり、その所々に衣服の切れ端、そして人間の髪の毛や骨、内臓の一部と思しき物体が散乱している。
それが家族の変わり果てた姿だと悟った瞬間、トオルは胃の内容物を残らず嘔吐していた。
心が、体が、目の前の現実を受け付けない。

『何だ、生き残りか?』

空を見上げると、そこに「奴」が浮かんでいた。
表向きは人間の若い男。
だがその背中から左右に広がるコウモリのような翼が奴の正体を物語っている。

『まあ慌てて狩る必要もあるまい。この土地はもう俺様の物だしな』

まるで道ばたの雑草でも見るかのように冷ややかな眼差し。
「‥‥畜生っ」
手近に転がるコンクリートの破片を握りしめ、力一杯投げつけた。
蟷螂の斧にも等しい抵抗。
だが確かに当たったはずのその石塊は、奴の体を呆気なく擦り抜けた‥‥。


●久遠ヶ原学園

けたたましく鳴る電子音が、トオルを強引に目覚めさせた。
「‥‥」
布団の中から伸ばした手で探り、ようやく見つけた目覚ましのアラームを止める。
寝覚めの気分は最悪だった。
「ふぅ。‥‥またあの夢か」
以前ほどではなくなったといえ、今でも週に一度は生々しく「あの日」の光景を夢の中で見せつけられる。
おそらく一生忘れることはできないだろう。
故郷が悪魔の占領下におかれた直後、久遠ヶ原から派遣された撃退士部隊による決死の民間人救出作戦が実施された。
奇跡的に救出されたトオルは、その後避難所で撃退士の適性を見いだされ、自らここ久遠ヶ原学園に編入することとなったのだ。

(‥‥ところでいま何時だ?)
布団から亀のごとく頭を出し、目覚ましを覗いたトオルは、
「げっやばい!」
ベッドから飛び降り、パジャマ代わりのスウェットスーツを脱ぎ捨てた。
どうやらアラームのセットを2時間ばかり間違えたらしい。
大慌てで洗顔を済ませ、壁にかけた制服に着替える。
ちなみに今の学園は私服OKなのだが、トオルには手持ちの私服じたい少ないのだ。
トオルは高等部1年。一般人の高校生であればバイトや親からの小遣いが主な収入源だろうが、久遠ヶ原学園生徒の場合、撃退士として受けた依頼の報酬がこれに当たる。
しかしせっかく報酬が入っても、稼ぐそばから魔具や魔装、それにスキル購入の方に回してしまうため、なかなか服を買う分まで残せない。
(今の装備ももっと強化したいし‥‥いくらお金があっても足りないなあ)
元々ファッションに興味がある方でもないので、さほど不自由には感じないが。

インスタントコーヒーを入れ、朝食のトーストが焼ける頃になると何やら気分が落ち着き、さっきまで大慌てしていたのが馬鹿らしくなってきた。
「ま、いーか。今から登校しても3限目には間に合うだろ」
久遠ヶ原学園は出席日数に関してさほどうるさくない。
優先されるべきは撃退士としての活動。依頼の実績はそのまま成績に加算されるため、授業への出席については生徒の自由意志に任されている部分が大きい。
トオルの場合、半年前まで本土の学校に通っていたのでまだ「学生は毎朝早起きしてきちんと登校するもの」という慣習が体に残っているが、あと半年も経てばすっかりここの生活時間に馴染んでいることだろう。
‥‥それはそれで問題があるような気がしなくもないが。
ともあれ勉強道具をカバンに詰め、財布にスマホ、そして魔具・魔装を収納したヒヒイロカネを身につけると、トオルは登校するため学生寮を出た。

寮から学園までは徒歩15分ほど。
この近さは有り難いが、日々の起床時間をますます遅くしている元凶でもある。
何しろキャンパスがハンパなく広大なため、むしろ校門を通って高等部棟へたどり付く方が遠く感じるほどだ。
「ふわ〜、あんな寝坊したのにまだ眠いや」
交差点の赤信号で立ち止まり、トオルはあくびをかみ殺した。
何となく目が覚めきってない。これも今朝の夢見が悪かったせいだろう。
「今から登校か? ずいぶん余裕だな」
「?」
背後からかけられた声に、寝ぼけ眼を擦りながら振り向く。

そこに悪魔がいた。

服装はトオルと同じ学園制服。
ひょろりとした長身痩躯。
髪と瞳の色は国籍不明だが、男としてはまあまあ整った顔立ち。
だがそんなものは「特徴」のうちにすら入らない――奴の背中から生えたあの「黒い翼」に比べれば。
「――てめぇっ!!」
反射的にトオルは光纏していた。
魔具を召喚するのももどかしく、拳を固めて目前に出現した悪魔めがけて殴りかかった。
拳が空を切り、視界の中で天地が反転する。
気づいた時は既にコンクリートの路面に背中から投げ落とされていた。
「‥‥目は覚めたか?」
「痛って〜‥‥あれ? ゲオルグ?」
「いったい誰と人違いされてるかは知らんが‥‥」
高等部3年、はぐれ悪魔のゲオルグはムスっとした表情で乱れた髪を手櫛で整えた。
「朝、出くわす度に殴りかかってくるのはそろそろ勘弁してもらいたいのだが」
「‥‥悪かったよ」
「とりあえず立て。町中でみっともない」
ゲオルグは片手を差し出すと、その痩身からは想像もつかぬ怪力でひょいとトオルの体を吊り上げるように立たせた。
「はぐれ」とは悪魔陣営から離反し、久遠ヶ原学園に亡命した悪魔達の俗称だ。
彼らは悪魔本来のエネルギー源である人間の魂を捕食しないことを誓約し、その見返りとして同族達の追跡と報復から学園全体の力を以て庇護されている。
人間と同じ食事だけでも生きていけるといえ、魂の捕食を止めたはぐれは急速に弱体化し、同じ階級にあった同族の悪魔に比べても格段に弱くなってしまう。
だがゲオルグの場合弱体化したその状態でも中堅クラス撃退士に匹敵する身体能力(もっともこれは人類側に帰順後、撃退士として新たに身につけた力も含まれるが)を維持しているわけだから――。
(日頃バカスカ人間の魂食ってる悪魔連中って‥‥どんだけ強いんだ?)
トオルは内心で空恐ろしくなる。
「しかし大樹、おまえも撃退士になってそろそろ半年だろうが? どうせ殴りかかるなら一発くらい当ててみせろ。何だか私の方が人間を虐待しているようで世間体が悪い」
「んなこといわれたってなぁ」
少しカチンと来るが、こればかりは元が人間と悪魔、そして撃退士としてのキャリアにも開きがある以上、いかんともし難い。

「トオル! ゲオちゃん! おっはよー♪」
世にも脳天気な声と共に、道の向こうからショートカットの活発そうな少女がぱたぱた走ってきた。 高等部1年でトオルのクラスメイトでもある彩乃(あやの)ユア。
ただし彼女は私服のブラウスにミニスカートという出で立ちなので、魔具装備用の革ベルトがなければ一般人の女子高生と見分けがつかないだろう。
「ゲオちゃんって誰だ? 私の名は‥‥」
「あれ〜今日は一緒に登校?」
ゲオルグの言葉を途中で遮り、というか全然聞かないまま、少女の口が囀るように動いた。
「もうっ、いつの間にか2人とも仲良しさんになっちゃって〜。おねーさんは嬉しいよ、ウンウン」
「往来でいきなり襲いかかってくる相手を人間の世界では『仲良し』というのか? 初耳だな」
皮肉めいた言葉と共に、ゲオルグがトオルを冷たく横目で見る。
「う”っ‥‥」
「ほら、『ケンカするほど仲がいい』っていうじゃなーい?」
「勘違いするなよ? おれはこいつとは――」
「反発するしながらも育まれる男同士の友情。それはいつしか種族の垣根を超えた禁断の愛に発展し‥‥キャア☆」
「‥‥腐ってやがる‥‥」
「何を妄想してるか知らんが、頼むから口には出さないでくれ。頭が痛くなる」
トオルは呆れ果て、ゲオルグも露骨に顔をしかめた。
今日も朝からテンション高いユアの腐発言を黙らせるのは、なまじの天魔討伐より難しい。

そもそもの切っ掛けは、久遠ヶ原に来て初日の新入生オリエンテーション。
上級生としてたまたまガイド役を務めたゲオルグの姿を見るなり、トオルは怒りに我を忘れて殴りかかっていた。
一部の悪魔が「はぐれ」として久遠ヶ原に庇護されていることは、知識としては知っていた。
だが当時のトオルにとってははぐれといえども「悪魔」。憎んでも憎み足りない存在が何食わぬ顔で人間の学園に入り込んでいることが許せなかったのだ。
もちろん先刻同様、鎧袖一触で叩きのめされた。当時はまだ未熟だったこともあり、その場で気絶し戦闘不能という失態。
この件が学園内の「種族対立」に発展することを危惧した学園上層部では一時トオルの退学処分も検討されたらしいが、結果的に被害者のゲオルグが傷ひとつ負わなかったこと、また当人が「別に気にしていない。悪魔を嫌う人間がいることも、その理由も理解している」と証言したためトオルの処分は見送られた。
問題はそのあと。

『おまえ、今のまま実戦に出たら、悪魔どころか下っ端のディアボロに食われるぞ?』

実技訓練や依頼の際、なぜかゲオルグの方から頻繁にトオルに絡んでくるようになった。
どうやら「気に入られた」らしい。
このあたり、悪魔の感性というのは今ひとつ理解できないが。
偶然ながらクラスメイトのユアが以前からゲオルグと親しかった(学年は同じでも彼女が撃退士になったのはトオルより半年ほど早い)こともあり、それ以来何となく腐れ縁のような関係が続いている。
3人は先日の進級試験や最近の依頼の件などについて、とりとめのない雑談を交わしつつ歩き出した。


●異界から来た者達

キャンパスに入ると、何やら周囲が騒がしい。
特に女子生徒が。
「うそっ、レミエル様!?」
慌ててスマホを取り出したユアがシャッターを切り始めた。 周囲を囲みキャアキャア騒ぐ女生徒達には目もくれず、無言で足早に校舎へと向かう金髪碧眼の青年レミエル・N・ヴァイサリスは天使陣営を離反し人類側に亡命した天使、いわゆる「堕天」の1人。
人並み外れた(人ではないが)美貌から女子生徒にファンが多く、有志による「レミエル親衛隊」が結成されているとも聞く。
「お宝写真ゲーット! 今朝はツいてるわぁ、早速待ち受けにしよ♪」
ホクホク顔でスマホを操作するユア。

正確な数は不明だが、「はぐれ」「堕天」として学園に所属する悪魔や天使は少なくない。
中には教師や研究員を務める者もいるが、彼らの大半はゲオルグの様に一般の学園生徒とさして変わらぬ生活を送っているのが実情だ。
つまり久遠ヶ原は日本で唯一の撃退士養成校であると同時に「人間と天使と悪魔が共存する」類い希な場所ともいえる。

「ったくミーハーだなぁ。これだから女ってやつは‥‥」
「同感だ」
「そういやゲオルグは堕天のこと、どう思ってるんだ?」
「正直、好きではないな。堕天といえど天使は天使だ」
もっと優等生的な返答を予想していたトオルは、やや意外に思った。
「強いて敵対する理由もないから、依頼や学園行事で一緒になった時は一応普通に接しているが」
「何だよ? それじゃ半年前のおれとおんなじ‥‥」
「ああ、そうだ。だから大樹、おまえのことを気に入ったんだよ」
ゲオルグはこともなげに答えた。
「私が悪魔だからといっておべっかを使ったり、無理に友好的な態度を装ってくる連中よりよほど信頼できるからな」
口の端から鋭く尖った犬歯を剥き、ニヤリと笑う。
(うわっ! こいつ、やっぱ悪魔だ‥‥)
どん引きするトオル。
半年間の学園生活ではぐれ悪魔に対する偏見はだいぶ薄れた。
ゲオルグは口こそ悪いが、彼の手助けで撃退士として同期入学の生徒達より多くの経験を得られたのも確かだし、その点は内心感謝している。
とはいえ‥‥。
(やっぱりよく分かんねーなぁ。悪魔の考えることって)
チラっと思うトオルであった。


●アリス様が見てる

午後、トオルは教室でその日最後の授業を受けていた。
科目は「退魔史」、担当教師は陰陽師のアリス・ペンデルトン。
日本と世界の歴史を退魔術との関連に絞ってひもとくこの科目は、久遠ヶ原学園ならではのユニークな授業の一つといえるだろう。

「日本における陰陽師は鎌倉時代に移る頃、12世紀後半には表舞台から追いやられる訳ぢゃが――」
外見はどう上に見ても女子中学生くらい。しかしてその実年齢は「戦前から生きてるのでは?」とまことしやかに囁かれる謎多き女教師は、その小柄な体と口を目一杯動かし、精力的に授業を続けていた。
「丁度この頃フランス辺りでも、魔女狩りの元となる異端審問が始まったとされるんぢゃ。 面白い流れぢゃろう?」

(う〜ん、意外と難しいなあ)
元々歴史科目が苦手なトオルには聴いてる内容の半分も理解できない。
おまけに午後のいちばん眠くなる時間帯とあり、時折うとうとしてハッと顔を上げるリフレイン。
周囲を見回しても、出席生徒の半数くらいは堂々と居眠りしていたり、携帯ゲーム機でダンジョン探索にのめり込んだり、教科書に隠して漫画や雑誌を読んだりしている。

授業終了5分前。アリスは教科書を閉じ、ニカっと笑った。
「‥‥では本日の授業のレポートを8千字程度にまとめるのぢゃ。提出は来週のこの授業。期限厳守ぢゃゾぃ☆」
それまで居眠りや内職に没頭していた生徒達が一斉にざわめいた。
「あ、あのっ、先生――」
「いやいや! みなまでいうな」
アリスは両手を振って生徒達の言葉を遮った。
「たとえ見た目はサボっているように見えても! 皆の衆が心の目、心の耳で真面目に授業を受けていたこと、このアリスよぉ〜っく分かっておるゾぃ♪」
満面の笑顔が、生徒達を不安のどん底に突き落とす。
「‥‥とはいえ課題は課題。未提出の生徒にはその場で罰ゲームを行ってもらう。いや皆の衆には必要ないと思うがのぉ〜。ちなみに内容はくじびき方式ぢゃ☆」
いいながら、教卓の下から何やら大きなダンボール箱を抱え上げ、ドスンと卓上に置いた。
あの箱の中一杯に「罰ゲーム」の指示書が詰まっているらしい。
「何あの重量感!?」
「謀られたーっ!!」
教室内は怨嗟と絶望の叫びに満たされた。



●狙われた町

「まいったな‥‥今回ばかりは真面目にやらねーと」
トオルは青ざめた顔で教室を出た。
せめて参考資料でも捜そうかと図書室目指して廊下を歩いていた、その時。
壁際に設置された掲示板の一角に目が止まった。
そこはちょうど依頼斡旋所のある部屋の前。
掲示板一杯に張り出された数多くの張り紙の1枚に、赤字で『緊急』と大書された依頼告知書がある。
見れば、とある地方都市の近傍にディアボロが現れたという。
「今のところ死傷者はなし‥‥ただし隣町に買い物に出た女の子が1人行方不明‥‥か」
気づいた時には、既に斡旋所の中にいた。
名も知らぬ小さな町の運命が、悪魔に占領された自らの故郷と重なる。
相手は悪魔より遙かに格下のディアボロだが、一般人しかいない町に侵入を許せば、いかなる惨事となるかは明白だ。
(レポートは‥‥明日でもできる)
バイトの大学部生らしい受付係に声をかけ依頼参加の手続きを済ますと、トオルはその足で転移装置のある施設へと急いだ。
受付係の説明によれば「事態は一刻の猶予も許されない」とのこと。
戦闘に必要な魔具・魔装はヒヒイロカネの形で所持しているので、着替える間も惜しんでの飛び入り参加だ。

転移装置の前まで行くと、既に依頼参加の撃退士達十数名が集まっていた。
その中にはゲオルグ、ユアの姿もある。
「ちょっとぉー、何でトオルまで来るの? 今夜レポート写させてもらおうと思ってたのに!」
「勝手に決めるな! レポートが気になるなら、依頼なんか受けずに自分でやりゃいいだろ?」
「そうはいかないわ! 今回の報酬で買いたいお洋服があるんだもん☆」
「あのなあ‥‥」
「2人ともその辺にしとけ。‥‥参加者はこれで全員か?」
今回のメンバー中では最古参になるゲオルグが仕切る形で、さっそく即席の作戦会議が始まる。

「あのぉ、ゲオルグ先輩って、悪魔なんですよね‥‥?」
撃退士になってまだ日も浅いと思しき初等部の少女が、おずおず尋ねてきた。
「そうだが?」
「えーとぉ‥‥ディアボロって悪魔が作った手下の怪物だからぁ〜‥‥同じ悪魔のゲオルグ先輩が命令すれば、おとなしく引き下がるんじゃないですかぁ?」
一瞬、気まずい空気がその場に流れた。
(あーあ‥‥おれも昔、おんなじこと訊いて恥かいたっけなぁ‥‥)
「残念ながら奴らの知能はそれほど高くない」
これまで新人撃退士達から何十回となく訊かれたであろう同じ質問に対し、ゲオルグは特に嫌な顔もせず淡々と答えた。
「人間の世界でいうなら、さしずめ猟犬だな。奴らが従うのはあくまで『飼い主』である悪魔の命令だけ。それ以外の相手は天使だろうが人間だろうがお構いなしだ。そして飼い主以外の悪魔も例外ではない」
さらに今回相手にするのは、その「飼い主」にさえ見捨てられ、魂を持つ存在と見ればそれこそ見境なしに襲う「野良ディアボロ」らしいと付け加えた。


転移は一瞬で終わり、通常空間に出ると、そこは依頼を出した町から数Km離れた平坦な荒蕪地だった。
本来の目標地点とは若干の誤差があったが、見晴らしの良さが幸いし、索敵を開始して間もなく町へと移動する異形の怪物を発見した。
体長3mほど、4足歩行の両生類型ディアボロ。その形状は「巨大なワニガメ」といえば分かりやすいだろうか。
最も違和感を与えるのは、甲羅の部分からうようよと生え、イソギンチャクのごとく揺れ動く無数の触手だ。 あの触手を伸ばして人間を捕らえるのだろうか?
撃退士達は全力で駆け出した。
最優先目的は、怪物が町へ侵入することの阻止。
奴と町の間に割って入る形で回り込むと、光纏した撃退士達は一斉に各自の魔具・魔装を召喚し、出発前の打ち合わせに従った陣形でディアボロを包囲する。

「いつも通りでいくわよ!」
両手に鉤爪を装備したユアが、トオルと併走しながら声をかけた。
全身金色のオーラをまとうその姿は、日頃のお気楽な言動が別人のように凜とした女撃退士だ。
「あたしは左側面から回りこんであいつを牽制するから。頼んだわよ?」
ツーハンデッドソードの柄を握りしめ、トオルも無言で頷く。
阿修羅のユアが囮となって敵を攪乱、その隙を付いてルインズブレイドのトオルが肉迫し本命の一撃を叩き込む連携攻撃。
この時ばかりは性別の違いなど超えて互いの思考と行動が手に取るように伝わり合い、少年と少女は一心同体となって悪魔の生み出した獣に立ち向かう。

後衛からゲオルグが放つ遠距離攻撃魔法に援護されつつディアボロに接近すると、トオルの目はふと怪物の背中に人影らしきものを捉えた。
間違いない。ディアボロの触手に絡め取られ、ぐったりしたまま上下に揺られているのはトオル達と同世代の少女。
おそらく行方不明になったという町の娘だろう。
「ユア‥‥今日は俺が囮になって奴の注意を前方に引きつける。その隙に、何とかあの子を助け出せないか?」
「オーケイ。やってみるわ」
両手剣を振りかざし、トオルは喉から雄叫びを迸らせて突撃した。
醜悪な怪物の姿が視界一杯に広がり、敵の口から吐き出された炎ブレスがトオルの体を灼く。
「こんちくしょおぉぉぉっ!!」
火傷の痛みに耐えつつ、大きく飛び上がったトオルはディアボロの顔面めがけて斬りつけた。
怪物は前肢を振り上げ、うるさそうに横薙ぎに払った。
少年の体がひとたまりもなく吹き飛ばされ、宙を舞う。
急速に意識が遠のく視界の端で、トオルは側面からディアボロの背中に駆け上ったユアが奴の触手を切り飛ばして少女を救出する姿を確認した。

目が覚めた時、既に戦闘は終了していた。
救出作戦に成功したあと、ユアは少女と気絶したトオルを抱えて後退し、他の仲間たちによる包囲攻撃でディアボロは殲滅されたという。
トオル自身のケガも、アストラスヴァンガードの回復スキルによりすっかり癒やされていた。
「あの子は‥‥?」
「無事よ。ほら、そこに」
ユアに言われて振り向くと、すぐ傍らにあの少女が座り込んでいた。
アスヴァンが両者を続けて回復させる都合上、並んで横たわっていたらしい。
意識が戻ったのは彼女の方が先のようだが。
肩にかかるくらいのセミロングの髪、色白で小作りな顔。
服装こそ地味な色柄のワンピースドレスだが、改めて間近で見るとハッとするような美少女と正面から目が合い、一瞬どうリアクションしたらよいか分からなくなる。
「‥‥あの、私‥‥?」
「もう心配ないわ。怪物はあたしたちがやっつけたから♪」
気さくに声をかけたのはユアだった。
トオルを指さすと、
「それと、お礼を言うなら彼にね。身を挺してあなたを救った白馬の騎士、大樹トオル君でーす☆」
「ちょっ、おま! 何言って――」
「の、乃亜(のあ)サオリと申します‥‥その‥‥ありがとうございました」
ユアの言葉を素直に信じたらしい。
少女は改めて正座するとトオルに向かい深々と頭を下げた。
「いやあの、こ、これは任務で当然の、撃退士としておれはしたまでで‥‥」
あたふた答えるトオルの言葉は日本語になってない。

「とりあえず依頼は成功だ。みんなよくやってくれた」

ゲオルグの言葉で、トオルもようやく我に返った。
「ここでパーティーは解散とする。さて、私は町への報告がてら彼女を送っていくが‥‥大樹と彩乃はどうする?」
「あ‥‥お、おれも一緒に行きます。乃亜さんもまだ本調子じゃないだろうし」
「ならあたしも行きまーす。トオルがまだ本調子じゃないみたいだし☆」
まぜっかえすようなユアの言葉も、今のトオルの耳には入らない。
一応自分で歩けるようだが、まだ足元の覚束ないサオリに肩を貸してやり、トオル達一行は町を目指した。


そこは円形の広場を中心にビルや民家が立ち並ぶ小さな町だった。
背中の翼を隠したゲオルグが出迎えの町長に依頼の顛末を報告すると、不安そうに集まっていた住民達の間に安堵の空気が広がった。
「――サオリ!」
群衆の間から走り出た中年の夫婦が叫ぶ。
「父さん! 母さん!」
サオリも小走りで駆け寄り、親子3人抱き合って泣き出す。
(一件落着か‥‥)
無事に両親と再会したサオリの姿に今は亡き自らの家族を重ね、トオルの鼻の奥がツンとなった。
「指揮官はどなたですかな?」
大声を張り上げながら、群衆の中から詰め襟服にサングラスをかけた30絡みの男が進み出た。
「指揮官ではないが、話があるなら私が聞こう」
そう答えたゲオルグに歩み寄ると、男は自ら名乗った。
「この町の自警団団長を務める浦部(うらべ)と申します」
「自警団‥‥?」
ゲオルグはもちろん、トオルやユアも眉をひそめる。
「おっと、もちろん天魔どもと直に戦おうなどと無謀なことは考えちゃいませんよ?」
サングラスの男は口の端を歪めて笑った。
「何しろ奴らには透過能力がある。貴方がた撃退士と違い、我々しがない一般人が武器を取ったところで無駄ですからなぁ」
どこか嫌みったらしい物言いにトオルはムッとし、ユアに至っては早くも険しく男を睨みつける。
「我が自警団の活動は天魔の早期発見と通報、一般住民の速やかな避難誘導‥‥まあそんなところです」
「なるほど。で、その団長殿が何のご用で?」
「まずは今回のディアボロ退治に感謝しましょう。しかし、あなた方はなぜ奴らを生み出す元凶である悪魔そのものを滅ぼしてくれないのですか?」
「悪魔は大敵だ‥‥下っ端のディアボロとはわけが違う。今回、悪魔の存在は認められなかったが、仮に見つけたとしてもこの人数では返り討ちに遭うのがオチだろう」
「おやおや、聞きましたか皆さん!」
男は両手を広げ、芝居がかった仕草で住民達に振り返った。
「お強い撃退士様でも、悪魔には手も足も出ないそうだ! いったい我々はどうしたらよいものか?」
(何なんだ? このおっさん‥‥)
「まま、いいじゃないですか浦部さん。幸い被害もなかったことですし、今日の所はひとつ」
慌てて駆け寄った町長が窘めると、男は薄笑いを浮かべ演説を止めた。


「何よっあのオヤジ! 頭きちゃう!」
学園への帰路、ユアが怒りをぶちまけた。 トオルはトオルで、別れ際に最後まで手を振り見送ってくれたサオリの姿をぼんやり思い出していたが、ユアの剣幕が凄まじいのでやむなく口を挟む。
「おれだって悔しいよ‥‥でもああ思われても仕方ない。今のおれたちは下級クラスの悪魔にさえまともに歯が立たないんだから」
「トオルは奴の肩を持つっての!?」
「違うって。ただ、おれたちにもっと力があれば‥‥」
言い争う2人の横で、ゲオルグはじっと何事か考え込んでいる。
「ゲオちゃんはどう思う? やっぱ腹立つでしょ、あんなコト言われて!」
「うん? すまん。ちょっと考え事をしていた」
「何を?」
「あの町には前にも行った覚えがある。いや、これでもう3度目だ‥‥しかも、いつも野良ディアボロの討伐依頼で」
「‥‥?」
「特定の悪魔の関与は認められず、特段悪魔勢力の強い地域でもない‥‥だとすれば何故だ? あの町には、何かディアボロに狙われやすい理由でもあるのか?」
トオルとユアはケンカも忘れてゲオルグの顔を見つめた。

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