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イメージノベル『久遠ヶ原学園の美少女がこんなに残念な訳がない!』

第一話「俺の親友と幼馴染が修羅場すぎる」

●0時間目「現実なんてそんなもん」
人生の転機に直面したとき、日本人は往々にして、不安と期待を抱くものだろう。
新生活で起こるかもしれない嬉しいハプニング。
新しい仲間たちとの出会い。
……それが失敗する可能性に思い至っての、恐怖。
高校デビュー、大学デビューという言葉はよく聞くけれど。
俺も例外ではなく――半年前、華々しく高校デビューを飾る、予定、だった。

話はまったく変わるのだが。
金はないが時間は有り余っている学生時代、誰だって一度くらいは妄想するだろう。

たとえばそれは、突然始まるクラスメイト同士の戦争だったり。
たとえばそれは、美少女転入生がたまたま隣の席になって始まるラブロマンスだったり。
たとえばそれは、転校をきっかけに突然モテはじめる、ちょっぴりエッチなコメディだったり。

――俺だって出会い頭に美少女とぶつかって、意図せずうっかり胸触りてぇよ。



●1時間目「無個性という個性について」

茨城県沖に浮かぶ人工島に作られた大規模教育機関――久遠ヶ原学園。
迫り来る『天魔』という害悪に対抗する唯一の手段である『アウル』の使い手、『撃退士』の養成に特化した、世界初の教育機関。
設立当初はいわゆる軍学校であったが、ある事件をきっかけに改革運動が起こり――いまや世界でも屈指の、自由な校風の学園となった。

自由と言えば聞こえはいいが、裏を返せば無秩序ともいえる。
こと対天魔の実戦任務に関しては、超法規的措置がとられる事も少なくなく。
社会常識、モラル、善悪の判断。それらが欠けた撃退士の存在は、時として平和を脅かすものとなりかねない。
ゆえに、撃退士養成過程においても、通常の現代義務教育と同等の知識、および情操教育が不可欠。
これらが意味するところは――すなわち。
久遠ヶ原学園は、世界の存亡を左右するであろう目下唯一の機関であると同時に。
国籍や人種の垣根を超えて膨大な数の青少年が共同生活を送る、世界最大の教育機関である前に――ごくごく普通の学校なのである。

任務のため本土や海外に赴けば、現地では特別視されることもなくはない、訳だけれども。
島内に住む一般人は商店経営者や一部の教師など、本当にひと握り。
だから一度この学園に舞い戻れば、基本的に周囲は誰しも撃退士か元撃退士、どちらかである。

つまり。
幸か不幸か、俺は今日もいつもと同じ、嫌になるほど普通の高校生だ。


磯子青護(いそご・せいご)。久遠ヶ原学園高等部1年生、男。
性格は凡庸かつ平和主義。趣味は読書。得意な教科は社会科で、成績は贔屓目に見て中の上くらい。
俺という人物を表す記号は、おそらくそのぐらいだろう。
俺の家には空から落ちてきた女の子も、血の繋がらない妹も、喋る犬だっていない。
両親は健在だし隣家の住人は老夫婦。
壮絶な過去や隠された出生の秘密? あるわけないだろ、そんなもの。
現実は小説より不思議なことだらけだと、昔、誰かが言ったというけれど……俺には非凡など夢のまた夢である。

ひとつでも珍しいパーソナリティがあれば、きっと俺だって、こんなパッとしない人生じゃなくて。
ある日家に帰ったら家族が酷い目に遭っていたり、目の前で友達が未知の生命体に捕食されたりしていたかもしれない。
いや、そんな悲劇はできれば御免だが――
美少女ロボットがいきなり自宅に届いたり、あまつさえ不慮の事故で美人教師押し倒しちゃったりな方向なら……全力でウェルカムな訳だよ。
うるせぇな、言うだけ言うだけ。ラッキースケベに憧れるお年頃なんだよ許せ。

……アウル適正がある、と初めて分かった時は、正直飛び上がって喜んだ。
ちょうど15歳で反抗期だったのもあるけれど。
「俺は選ばれてしまった……だから行かなければ、あの地に」
なんて実態も知らないのに無駄に格好つけて、高校進学を機に地元離れてきた訳で。
ああ、思い出すだけでもう嫌だ、半年前の自分黒歴史すぎて殴りたい。

さすがにこれだけ熱弁すれば、誰もが納得してくれただろう。
重ねて言うけれど。俺は今日もいつもと同じ、嫌になるほど普通の高校生なのである。

そう――俺「は」。



●2時間目「親友はなんかすごい漫画みたいな奴」

午前の授業が終わり、昼休み。
今日も今日とて購買のパンを確保できなかった俺は、可もなく不可もなく量だけが取り柄の学生食堂で、伸びたラーメンを啜っていたわけだが。

「いーそーごーくーん! さっさと食って野球行こうぜっ!」

笑顔で駆け寄ってくる無駄にチャラチャラした黒縁メガネの男は、学生寮で同室となった腐れ縁の川中島 弘史(かわなかじま・ひろし)。
彼の手にはパックの牛乳と焼きそばパンが2つ。
しかも焼きそばパンは、学園内にいくつか存在する購買の中でも、上位を争う人気店の看板商品だ。レア度はなかなか高い。
「お前はまた連勝記録更新か……」
「フッ……今日はいろいろあって、じゃんけん勝負だったのだよ。いやー俺様マジラッキーボーイだわ」
「そのラッキーが毎日となりゃ、それがお前の実力なんだろ。つーか食い物に対する執念だろ。リアルラックとか関係なく」
「なるほど? 実力だとしたら、磯子の実力はお察しってことデスネ?」
……おかしい、墓穴を掘ったようだ。
八つ当たり的に恨みがましい視線を送るけれど、弘史は相変わらずにやにや笑いを浮かべていやがった。うぜぇ本当うぜぇ。

しかしだ。たかがパンと侮るなかれ。久遠ヶ原の購買戦争は、結構マジで洒落にならない。
なにせ生徒は全員特殊能力者。その力がぶつかり合うのだから笑えないのだ。
フライングしてゲットしようものなら、筋肉ダr……体格のいい遠野冴草先生の教育的指導を受けることになる。
高レベルの先輩を押し分けつつ。美女が繰り出す色仕掛けにも惑わされず。
鉄の心に鋼の体を持たねば入手困難なはずのそれを――弘史は入学以来、毎日のように獲得しているわけだ。
ちなみに一度も俺に譲ってくれたことはない。
奴が腹黒いのも一因ながら、食に対する執着が異常なのが大きな理由のようだ。
「うひひ、焼きそばパン……この無骨な造形からは想像もつかない繊細なその味を思うと、食べる前から興奮が止まらねぇわ。
炭水化物オン炭水化物でありながら何故か絶妙にマッチする、塩気のあるソースに乗った僅かな素材の甘味と酸味……っ」
「そんなに旨いなら一口よこせ、2つもあるんだから」
「嫌。ぜってぇ嫌。だって磯子にはメリットあるかもしれないけどさ、俺には何もないわけじゃん」
俺の食べているラーメンを指差し、弘史は眉をひそめる。
曰く、そんなマズいもの食べる位なら飢え死にするとのことだが。美食家気取りか。
ラーメン茹でてる学食のオヤジに謝れ。食糧難にあえぐ層に土下座しろ。そして飢えやがれ。

けれど心で悪態をつきながらも、下手に出ず弘史を懐柔する術など思いつかず。
「……感動を分かちあおうという気持ちはないのか」
食い下がってみる、けれど。
「やだー磯子ちゃん女子じゃあるまいしー俺頼まれても連れションとか行かないかんね? ほんとマジ勘弁ー」
「悪いけど、毎夜パックして寝てるお前にだけは言われたくなかったわ」
分かり合える日は遠そうだ。



●3時間目「もし久遠ヶ原学園の敷地面積を某ドームに換算したら」

昼食を終え、俺と弘史は有志の草野球サークルに参加し一汗流した、の、だが。

「うわ、やべ。タオル忘れた」
試合を終えて教室に戻ろうという段になって、俺はようやく気づいた。
今日持ち歩いている学生カバンの中に、どうやらタオルを入れ忘れてしまったようだ。

久遠ヶ原学園は広い。
どれだけ広いかといえば、……えーと、どれだけだったっけな。
とにかく籍を置く学生でさえ、その広さを正確に把握していないほど広い。
検索すればわかるだろう? 愚問である。
シュトラッサーだとか、ヴァニタスだとか、元人間の天魔までいるこのご時勢。
天魔だってインターネットの恩恵に預かれる訳である。
ひとつの軍事施設である久遠ヶ原学園の航空写真など載せてみろ。久遠ヶ原炎上だ。物理的な意味で。

で、だ。
今俺たちのいる場所から寮までは、遠いのだ。全速で走っても往復十分は欲しい。
いくら撃退士の身体能力がオリンピックアスリート並だといっても、疲れを知らない訳じゃない。
もっと端的に言うと――そう、疲れてるし面倒くさいのである。

「マジかぁ。部室になら予備あるはずだけど、使う系?」
それとも俺の汗が染み込んだこのタオルを……とか言いつつにじり寄ってくる弘史に蹴りを入れる。
容赦ねぇなぁと痛がる紙防御の彼に、スキルも上乗せしてやろうかと脅しをかける系脳筋男子、俺。
「お前んとこの部って、部室この近くだっけ」
「そうそう、あの建物」
弘史の指差す先は比較的近く。寮に戻るよりは余程近いし、貸してくれるなら甘えようと俺は頭を下げた。
「貸してくれ。一緒に行くわ」
「おっけー任せろ」
なんだかんだで食べ物関係以外は紳士だ。いい友達だと思う。食べ物関係以外は。


そんなこんなで、二人して弘史の所属する部へ赴くことになった。
彼は何故か、文芸関係の部活に出入りしている。
チャラい外見や言動にそぐわない気もするが、本人曰く「俺がサブカルだ」との事なので、あまり触れないようにしていたりとか……。
故に。学園にやってきてもう半年近くが経とうとするけれど、彼の所属する『オカルト文学研究会』に足を運ぶのは、初めてだ。
初めて来る理由は部活の名前でおおむねお察しください。今更だが俺なんでこんな奴と友達なんだろうか。 しかし。

汗だくのまま授業を受けるか。
オカルト文学研究会に行くか。
疲れた体に鞭打って、一度寮に戻るか。

……僅かにオカ文を上回る、汗の不快指数。
不可抗力である。不可抗力。
ここは教師が魔女のコスプレしてたり、購買で学園長のブロマイド販売してたりするマンモス学園なのだ。
怪しげな部活だってごまんとある。俺ひとりがそんな部活のひとつに踏み入れる事なんて、些細なことに決まっている!

脳内会議終了。
部室の奥で手招く弘史の元へ、覚悟を決した俺はのろのろと歩み寄るのだった。



●4時間目「再会を邂逅って言う奴の8割は中二病」

無事タオルを受け取り、顔を伝う汗を拭ったところで。
おもむろに部室のドアが開いた。
「あ」
ほかの部員がやってくる可能性を忘れていた俺は、慌てて振り向き名乗りをあげる。
相手の顔は逆光でよく見えないが、同年代の女生徒、だろうか。
「お邪魔してます、俺は川中島の友達で――」
しかし。
「……青護くん?」
なんで俺の名前知ってるんだ、と。目を細め相手の素性を暴こうと、注視する。
艶やかな黒い髪。
知っている。俺はこいつを、知っている――。中学時代の同級生、園沢園子!
俺が授業中に先生をお母さんと呼んだ現場を目撃した憎き相手。
悪いか、俺の16年の人生で最大の汚点は今のところそれなんだ。
そのうえ俺はこいつにジャーマンスープレックスをかけられたことがある。どうだ、立派な因縁の相手だろう。
だが同時に……俺も彼女の中学時代を知っている。知っているのだ。
彼女が、
ひどい、
電波少女だったことを。

詳しく話せば長くなるので簡潔に説明すると、だが。
園沢の前世は、大正時代に某地方で力を持った華族の娘だった。本人談。
名前は宝龍院 玲良(ほうりゅういん・れいら)。
玲良が18歳のときに宝龍院家は没落、その後彼女は復讐の旅に出る。
相手は父を奸計にかけた元使用人の磯辺という男。園沢いわく俺の前世だそうだ。
――数年後、志半ばで病に倒れるまで、彼女は磯辺の足跡を辿り続けた。
ぶっちゃけ俺も気になって調べたが寺しか出てこなかったのでガセ確定だと思う。設定。設定だ。設定。


「なんでお前、ここにいるんだ。両親の転勤で転校したんじゃ……」
「青護くんこそ。地元の高校に進学したんじゃなかったの?」
思わぬ再会。
さほど仲はよくなかったうえ、言わばお互いに黒歴史を知る存在だ。自然と言葉選びも慎重になっていくというもの。
「え、何、二人とも知り合い?」
問う弘史に、園沢は控えめに頷いて答える。
「地元中学校で同じクラスだったのよ。まさか青護くんまで久遠ヶ原に来てるとは思わなかったなぁ」
「マジか、すげぇ偶然もあるもんだな」
他人事のように弘史は笑ってやがるが……いや奴にとっては他人事か。焦っているのは俺達だけだろう。
「この学園広いからさ、卒業まで気付かない奴とかも多そうなのにな。これ運命じゃね?」
やったじゃん、と俺の肩を小突く弘史。何がやったんだ何が。俺はむしろ気づかずに過ごしたかったよ。
……けれど。
少し、引っかかる。彼女の態度が案外普通であることに。違和感が拭えない。
中学時代の彼女から類推するならば。
よもやこのような場所で貴様と再び逢い見える時がこようとは、うんたらかんたら……などと因縁を付けてくるに決まっている。

まさかとは思うが――目を、覚ましたのか?
いや、そんな馬鹿な。
普通の高校ならいざ知らず、ここは久遠ヶ原学園。
どれほど普通の学生生活と近いと主張したところで、自分たちはアウル適正を認められて入学した能力者だ。
あれほど「予知能力がある」だの「前世の記憶がある」だの言っていた彼女が、力を得た今になって突然まともになる事なんて……うん、無いだろ。

だが、警戒を続ける俺の予想を裏切るが如く。
園沢は俺のもとへ駆け寄ってきたかと思えば――そのまま腕を取り、腕を引き、ずるずると部室の外へと連れ出される俺。
おい、当たってる。当たってるよ! 何が? 言わせんなバカ。柔らかいなくそ!
夢にまで見たラッキースケベにドギマギしつつも、一応、一応抗う態度を見せてみる健気で健全な俺である。
「な、な、なんだよ!?」
「ごめんね青護くんっ、ちょっと2人きりで話したいことがあるの!」
それは黒歴史の口止めか。
或いは……まさか、もしやもしやの告白フラグか。
まさかな。……まさかな。
っていうかよく見たら何こいつたかだか半年見ないぐらいで可愛くなってるような気がする。
現金だが仕方ない、俺だって男の子なのである。
まさかとは思いつつ、少しぐらい、期待しちゃっても仕方ないだろ?


●HR「どうせそんな事だろうと思った」

「ここまで来れば大丈夫かな」
部室の裏側までやって来たところで、園沢はようやく俺の腕を離してくれる。
「……で、何だよ?」
不機嫌を装いつつ問えば、彼女は少し考えあぐねる様子を見せてから、切り出した。

「磯辺、貴様あの男とずいぶん親しいようだが」

はい来たー。磯辺来ましたー。予想通りの展開だわ。最初に予想していた通りの展開だわ!
ちくしょう俺の純情返せ。
声色まで操るスキルの高さには最早、感服せざるをえないけれど。
問題はそんなことじゃなくてだな。もういいや、色々諦めようと思う。
「寮が同室なだけ。それより園沢、お前もう高校生なんだし、いい加減その変な設定やめろ」
もしくは今後二度と俺に近寄るな。
そう言おうと思ったけれど、園沢が鬼気迫る表情で詰め寄ってきたせいで言えなかった。怖い。
君子危うきに近寄らずと言うけれど、危うい方が這い寄ってくる場合はどうしたらいいんですか、教えて頭いい人。
「園沢ではない、宝龍院玲良だ!」
「いや話聞けよ」

ダメだ、こいつ早く何とかしないと。
思うが動けない。いつから久遠ヶ原にいるのか分からないが……こいつ、多分俺より強いぞ。
「磯辺、お前は忘れてしまったのか。あの男は――あの男こそが! 宝龍院家を裏切るという大罪をお前に行わせた張本人であろう!?」

……ど、どうしよう……なんか設定増えてる……。

「どうしても奴との繋がりを持ち続けるというのならば……再びお前が裏切る前に、私が、この手で、お前を断罪する!」
「園沢さん、あの、日本語でお願いします」
「園沢ではない、宝龍院玲良だッ!」

叫びながら園沢は、胸元のペンダントに手をあてた。
それはおそらくヒヒイロカネ。V兵器と呼ばれる撃退士専用武器を携行する際に用いる特殊金属。
空間がゆらぎ、やがて具現化する。日本刀の姿をしたV兵器が現に姿をあらわす。
「待て園沢、話せばわかる」
「だから園沢と呼ぶな――」
「あ、磯子に玲良ちゃん。ようやく見つけた、こんなところにいたのか」

……ん? レイラ?
思わず園沢の顔を見つめ、俺は――

「なぁ、園ざ」
「わー! わぁぁぁぁー!」
「園子ちゃ」
「きょ、きょ、今日のところはこれぐらいにしといてあげるわ……ッ!!」

目に見えて動揺した挙句、捨て台詞を残して去っていく園沢。
なんとなく理解した。要するに……本名を隠したいんだろう。
俺と弘史が仲良くし続けていれば、いずれ自分の本名がバレるのは間違いない。
その前に俺とこいつを引き離さねばと思った末の奇行。なるほど筋が通るではないか。

「どうしたんだろうな、玲良ちゃん」
「さぁ、な」

オーケー。
どうやら当分は園沢の扱いに困らなそうだと、とりあえず喜びの報告。



【第二話につづく】

(執筆:クロカミマヤ)

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