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イメージノベル『久遠ヶ原学園の美少女がこんなに残念な訳がない!』

第三話「姫崎カレンの野望」



●0時間目「俺のリアルがそんなに充実している訳がない」

久遠ヶ原学園での生活も、早いものでもう1年近くが経とうとしている。
ここへ来てからの数ヶ月は、本当にバカみたいに早かった。
毎日が新しい体験との遭遇だったから、それも仕方のない話である。

天魔との遭遇は俺たちの日常だ。
戦うことに目新しさはあっても、それ自体に驚くことはほとんど無い。
それよりも。
周囲で毎日のように起こる、漫画みたいなドタバタ騒ぎのほうが、俺にとっては非日常のように感じられる。

例えば、犬の着ぐるみを着た青年がキャンパスを闊歩していたり。
例えば、謎の薬を飲まされた結果として男なのに巨乳になってしまったり。
例えば、可愛いあの子に惚れ薬を飲ませようとしたら、間違ってイカツい先輩のカレーに混入させてしまったり。
……例えば、そのへん歩いてる女の子をナンパしたら実は男だったり……

うむ、この話はこれぐらいにしておいてやろう。
別に俺の話ではない。久遠ヶ原あるある話であって俺の話ではない。大事なことだから何度でも言う、俺の体験談ではない。

……ところで。
久遠ヶ原学園を知っている者なら周知とは思うが、この島にはハッキリとした地図がない。
21世紀、世界中をバーチャル散歩できるこの時勢にとんだ時代錯誤だが、やむにやまれぬ大人の事情があるのだから仕方ない。
そういうものだと諦めてしまえば、意外となんとかなるもので……。
最初はどこに何があるかも分からず苦労したものだが、今となってはこの島全部が俺の庭のようなものである。
住めば都とはよく言ったもの。
こうして落ち着くまでには色々事件もあったけれど、それはきっと久遠ヶ原に馴染むための洗礼だったのだと、今は思っている。

俺は別に中学時代ぼっちだったとか、引きこもってたとか、そんなんじゃない……が。
(もちろんそういう経歴の奴も結構いるが、彼らについて何か特別な感情を持っている訳ではないので悪しからず)
かといってドヤ顔で自慢できるほど充実した生活を送っていた訳でもない。
結論から言えば――友達はいたが彼女はいなかった。

ここまで来た以上、単刀直入に言おう。

そろそろ彼女ほしいです。
できれば、中二病でもマニアックな腐女子でもない、普通の女の子希望。


●1時間目「ラブストーリーは唐突に」

――何から伝えればいいのか。
ちょっと自分でもよく分からないまま時は流れ、ぶっちゃけ一夜明けた。
切なくなるぐらい清々しい朝、俺の脳だけが曇り澱んでいた。
圧倒的……まさにっ! 圧倒的寝不足っ……!

……いや、思考が晴れないのは寝不足のせいでもあるが、それ以上に寝不足になった原因の方である。

未だに信じられないのだが……今、俺の手中には非常にファンシーな封筒が握られている。
中に収められた、これまたファンシーな便箋には、ファンシーな文字でファンシーな文章がしたためられていた。

『磯子くんへ――
ずっと伝えたくて我慢してたけど どうしても聞いて欲しいコトがあります
突然の呼び出しごめんなさい 今日の放課後 屋上で待ってます ――カレン』

手紙。そう、手紙だ。
女の子からのラブレターが、ヤギに食われず俺の手元にやって来たのだ……奇跡的に……!
(別にヤギが食った訳じゃなく最初から出されていないだけとか、そういう無粋な突っ込みを入れてはいけない)
女の子からのラブレターといえば、基本的に読むより前にヤギに食われるものと相場が決まっている訳だが――
(そもそも言われるほどヤギって紙食わねぇよとか、そういう無粋な突っ込み(以下略))
なんという奇跡。なんという僥倖。
否、沈まれ俺の震える右手、今はまだ慌てる時間じゃない。

手紙の主――姫崎 カレン(ひめざき かれん)は、俺の所属するクラスで一番可愛いと評判の美少女である。
久遠ヶ原学園は広い。
様々なタイプの女性がいるし、その誰もが魅力的であることは確かだ。
けれど、俺はカレンほど素敵な女性を他に知らない。
笑顔がかわいくて、声もかわいくて、性格も悪くない。
人を貶すようなことはしないし、誰にでも優しく分け隔てなく接する広い心の持ち主。
そして意外と……大きい。
何が? 愚問だな。わかるだろ男なら。
え、何でそんなに細かく知ってるか? 毎日見てるのかって?
見てるに決まってるだろ。考えてもみろ、身近にそこまで出来た美少女がいて目で追わない方がおかしい。

外見は可愛いけど人格が破綻している、なんてことも稀によくある久遠ヶ原学園生。
勇気を出して告白したら「私にはお姉さまが」などという斜め上の返事が待っていることも少なくない。
そんな環境に、いい意味でも悪い意味でも慣れて(訓練されて)しまっているからこそ。
……残念じゃない美少女の存在は、俺たち男子学生の憧れであり一種の心のオアシスなのである。

正直、そんな競争率高そうな子に好かれる要素が自分のどこにあったかと不安にならないでもない。
勿論嫌われるようなことも無かったはずだけれど、かといって普段そんなに仲がいいかと問われると正直微妙だし。
実はこのラブレターはフェイクで、行ったら美人局的なアレだったりして、ビリビリの学ラン着た番長が待ってるとか。
それでその番長が「ワシの女に手出しよって」みたいな感じで因縁つけてきて久遠ヶ原の番長決定戦に発展したり……

無いな、うん。

番長は屋上に呼ばないと思うし。
呼ぶとしても体育館裏だろ。この学園、体育館の裏に普通に校舎あったりするからアレだけどな。
……いや、論点そこじゃなくてな。
第一アレだ、番長に恨まれたり敵視される要素が俺のどこにあるって。
俺アレですし、ごくごく一般的なちょっと頼りない草食系男子ですし……。

自分で言ってて悲しくなってきたし、そろそろ屋上に行こうかと思う。
もう面倒だ。当たって砕けることにしよう。
幸い、この1年で酷いオチにも耐性がついてきている。
爆発オチでもおネエ系オチでも腐女子オチでも、何でも来いよって胸張れるだけの覚悟はある……!

『この学園で甘酸っぱい恋の思い出を作りたければ、リア充滅殺仮面さん達により手厚く爆破される覚悟を持て』
ふと、親友・川中島弘史のありがたーい言葉が脳裏に蘇る。
酸いも甘いも分かち合ったダチの一言、俺は片時も忘れたことはない。
(腐女子諸君、奴は友達であって変な含みは全くないのでガタッされている場合は是非早々にご着席ください)
リア充化して滅殺されるなら本望。
儚い夢と散っても「またこのオチか」と笑って済ませるだけの甲斐性はある(多分)。

そう。
爆破される準備はできていた。


●2時間目「右手と右足が同時に出てしまうメカニズムについて」

ドギマギ、なんて言葉を使う日が……まさか己の人生に訪れるとは。

白状する。弘史にものすごい先走って自慢してしまった。
これで別に告白とかじゃなく「実はお金貸してほしいの!」とかだったら恥ずかしさで死ねるレベル。
いやカレンちゃんはそんな事を頼んでくる子じゃないって信じてる、信じてるけど!
……だからといって好きでもない男にピンクのハートの便箋使って手紙書く娘じゃないとは言い切れない。歯がゆい。

気づけば指定された時間より早くたどり着いてしまっていて。
屋上でひんやりとした海風を体に感じながら、俺は物思いに耽っていた。

カレンちゃんが俺に伝えたいことって、何だろう。
イコール告白! は本当に先走りすぎていると自分でも思うけれど、
それ以外にこんな人気のない所に呼び出してまで伝えるべき事が思い当たらないのも事実――

『――前世の仇!』
『先輩たち付き合ってるんですよね? いいです、大丈夫です、分かってますから私ッ!』

嫌な思い出ばかりが走馬灯のように蘇る。
……やめろ、信じさせてくれ。カレンちゃんは……カレンちゃんだけは、そんな残念美少女じゃない!
俺達のアイドルがそんなに残念なわけがないって!

思わず白目になる俺。嘲笑うかのように強くなる、冬の気配を孕んだ北風。
正直、本当に春が近いのか不安になる肌寒さだ。
浮かびそうになる涙を堪えつつ、眼下の街に視線を向ける。
久遠ヶ原の春は、まだ少し遠そうだけれど――嗚呼、俺の春は何処にか。

「わ、磯子くんもう来てたんだね」
ガタンと扉を開く音に反応して振り向くと、そこには姫崎カレンの姿。
少なくとも名義借りの美人局ではなかったようだと安心して、俺は思わず表情を綻ばせた。
「待った?」
「いや、今来たとこ」
嘘です。もう10分以上待ってました。俺、テンプレ乙。
「……それで、話って何?」
無駄なキメ顔で問いかけてみた。
多分彼女からは少女漫画に出てくるヒーローのように見えるに違いない。そうであってくれ。希望的観測。
勿論――保険じゃないが重ねて言う――
彼女が俺に好意を持っているに違いない、なんて浮かれた勘違いするほど楽観的じゃあないけれど。

「あのね、私……ずっと前から磯子くんのこと気になってたの」
「え」
まさか。
まさか本当に……?
予想通り、ある意味予想外の展開に硬直する俺を尻目に、カレンは視線を彷徨わせながら恥ずかしそうに俯いて。
「だからその、えっと――」
「は、は、はい」
続く言葉を待ちわびる。
ついに。
ついに、俺にも春がぁぁぁぁ!
「――大好きな磯子くんに、私、これを着て欲しいの!」
「お、おう……?」
ものすごい勢いで差し出される黒い布。
思わず受け取る俺、恐る恐る視線を布へ向ける、と。

あ、はい、猫耳メイドですね。
……って、はい?


●3時間目「僕は女友達が少ない」

「えっと、この衣装が何だって?」

カレンちゃんが着てくれるっていうなら、そりゃ俺もやぶさかではない、というか喜んでお願いするが。
今、彼女は何と言った。
俺に、これを、着ろと。言わなかったか?

「だから、私は磯子くんにこれを着てほしいのっ」

残念ながら聞き間違いではなかったようだ。
思わず頭を抱え座り込む俺に、カレンちゃんは首を傾げ背をかがめて問うのである。
その角度やばいです。見えそうです。何が? 聞くな、わかるだろ。

「磯子くん……ねぇ、駄目? すっごく似合うと思うんだ、お揃いで着てデートしたいな」

デートとあらば勿論、喜んで!
……なんて言うと思ったか、バカヤロー!(バカヤロー……バカヤロー……)

ああ、そんな事だろうと思ったさ。
オチの存在しない展開なんて俺の人生にはきっと存在しない。それはこの1年弱で身につまされた純然たる真実である。
俺みたいなごくごく普通の男子高校生を女装させて何が楽しいんだ。
女の子の考えていることは、本当に……わけがわからないよ。
万が一、億が一にでも、それで俺がイケナイ方向に目覚めちゃったらどう責任取ってくれるっていうんだ。
嘘ですごめんなさい、目覚めません。目覚めませんから。

「猫耳が嫌ならメイドだけでもいいんだよ……?」
そういう問題じゃねぇ。俺の中の小さい俺がツッこむが、それを口にできる勇気はなかった。
……いや、正直カレンちゃんとのデートに食指が動かないと言ったら嘘になるのだ。
だが。
だがしかし。
久遠ヶ原学園は自由である。フリーダムである。自由すぎるのである。
学園祭のイロモノ具合を見ればお察しであろうが、一度そんなコスプレしてしまったら最後、そのネタで後々まで揶揄われるのは必至。
デートできるけど後々汚名に泣くか。
デートできなかった悲しみを背負い非モテ街道を爆進するか。
(普通の格好でデートしようって誘えとか、そういう真っ当なツッコミを入れてはいけない。THE草食系をなめるな)
チキンハートな俺は天秤にかける。
カレンちゃんとのペアルックデートか。
その後彼女ができるかもしればい可能性か。
俺の未来はどっちだ……?
(ペアルックって言うけどお前それ猫耳メイドだぜっていうツッコミは無用だ、草食系とか関係なくそこは触れてはいけない場所なので)

謎の選択を迫られ、謎の冷や汗を流す俺。
いやその、当然着てくれるよね、といった空気を醸し出されても困るわけだが。
助けを求めるように眼下に視線をやる、が、そこに救世主がいる訳でもなく――

――なく?

「悩む理由がわからないけど、実は女装願望が……?」
「……園沢!? なんでお前ここにいるんだよ!? って! 無いから、絶対無いから!」
「そ、そ、園沢じゃない! 宝龍院玲良だ!」

予想外の人物の影を見つけ、思わず飛び退る俺。
隠密状態で屋上近くの壁に張り付き潜んでいたのは、園沢園子その人であった。お前……ストーカーか。
だが驚くことに、潜んでいたのは彼女だけではなく。

「ひどい、磯子先輩っ! 川中島先輩という人がありながら女性にうつつを抜かすだなんて!」

ついでとばかりに物陰から飛び出してくる後輩女子。
ていうか、そこは普通「ひどい、私というものがありながら」だろう。何で他人の名前が出るか。しかも男。
いかん、ノンストップ目眩。
先生……俺には、女の子という生き物がよくわかりません。


●HR「爆発オチのほうがまだマシだった」

だめだこの学園、早くなんとかしないと……。
そうだ風紀委員になろう。この学園の乱れた風紀を正すにはそれが
決意を胸に抱き俺は――って、流石にアレだよ、そんなに立ち直り早くねぇよ。
それに久遠ヶ原学園の風紀委員っていうのは、普通の風紀委員と若干違うんだ。
普通の警察に撃退士を取り締まれって言ったって無理に決まっている。
ゆえに風紀の乱れってレベルじゃない島内の犯罪までが、風紀委員のテリトリーなのである。

話がそれたが。
眼前で繰り広げられる、俺を巡る3人の女の争い。
どこで見ていたのか知らないが、いつの間にか現れた弘史がニヤニヤ顔で俺の肩に手を置いた。
「いやー磯子ちゃん、モテる男は辛いねぇ」
これなら正直モテない方がましだ、なんて言っても、きっとリア充爆発しろって言われるんだろうな。
久遠ヶ原は怖いところです。

というか……彼女たちの言葉の応酬、聞いているだけでめまいがしてきたんだが。
どうしてこうなった。どうしてこうなった!?

信じない、俺は絶対に信じないぞ。
久遠ヶ原学園の美少女がこんなに(人数的な意味で)残念な訳がない――!


【終わっとけ】

(執筆:クロカミマヤ)

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