t-onとは、フロンティアワークスが運営するコンテンツの
最新情報やオトクな情報を配信するポータルサイトです。

イメージノベル『欠落性渇望症候群』    作:yakigote

第1話「感情系ダイナマイト」


愛しているから始めたら、ラブロマンスになんて成れやしない。

1.ブロークンデイズ・ブロークンハート
悲劇は、いつだって夜に起きるものだ。
真夏の深夜。街の中心部から外れた、権利の先もわからない廃病院。
お誂え向き。そう言ってしまえば事足りるシチュエーションだったように思う。
残暑はまだ厳しいが、夏休みも終りが近い。高校生活でたった三度しかない長期休暇。否、受験期のことを考えれば二度しかないのだ。そんな先のことを考えても、憂鬱になるだけだが。
つまりは、肝試しだったのだ。夏の思い出を作ろうと。どうせなら心に残る体験をしようと。仲間を集め、懐中電灯だけを頼りに乗り込んだ。
それが、浅はかだったのだ。考えてみれば、愚かしい。自分から危険に首を突っ込んでいて、誰も同情などするものか。例え信仰心に浅いこの国であっても、例え万能の科学時代を信じ込んでいたとしても。それに近づきたくない。
恐ろしいという本能には気づいていたはずなのに。気づかなかったはずがないのに。
それでも、いつだってわかった時にはもう遅い。もう、遅いのだ。歯の根が鳴る。この身が震えて止まらない。恐怖はいつだって同じ所からくる。
死の予感。それも確かな予測と繋がれば、それは身を竦ませ歩くことすらままならないようしがみついてくる。
言葉にすれば、簡単なことだ。面白半分に覗きこんだ虎の穴が留守ではなかった。それだけのことなのだ。それだけのことなのだから、自分達はこうして、命を落とそうとしている。
いいや、表現に間違いがあった、自分達。というのは間違いだ。だってもう彼らはいないのだから、今まさに失われているのだから。
部屋の隅で腰が抜け、ただただ震えている無抵抗な食事たる私の前で。咀嚼の音を立てて貪られているのだから。
食べる音。食べる音。食べる音。耳を塞いでも聞こえてくる、食べる音。目を閉じることなんてできやしない。目に見える光景はただただ恐ろしかったが、それこそ悍ましかったが。何も見えないよりも遥かにマシだ。 いつくるかもわからない死の実感。痛みの直前に身体も強張らせられないなんてきっと狂ってしまう。きっと違ってしまう。それが本当に恐ろしいから。そうでなんてありたくないから。私は見ているのだ。じっとじっと見ているのだ。
口内に消えていく腕、指、私があげた指輪。考えないことにする。本当に、本当に、こんな時に順番は最後だなんてやめてほしい。
食べられていく友達―――名前は考えない―――から目を逸らせば、自然。視界の中心は恐怖の根源に移る。 私達を、私達を腹の中に収めていく主。化物。血まみれの、少女。少女。小さな、女の子だった。
幼い。見た目だけで言えば、自分達のそれよりもずっと下になるだろう。
日本人にはありえない綺麗な金髪。透けるような白い肌。小さな手足。だが、それらも赤く濡れて久しい。悪趣味なストロベリーデコレーション。人間じゃない。人間でなんてあるわけがない。
天魔。正しく化物。ヒトとは違うもの。耳にはしていた。聞いたことはあった。でも、ずっと遠い話だと思っていた災厄。
恐ろしい。なんて恐ろしい。ガチガチガチガチ五月蝿い歯の根が止まらない。恐ろしい。本当に恐ろしい。これが化物だなんて些細な事で、これがヒトを食べるなんてのも些細なことだ。
だって、ほら、ずっと。ずっと。ずっとなのだ。これが現れてから。××××の首を千切って、●●●●の腕を引っこ抜いて、■■■■のことを生きたまま噛み砕いて。今も嗚呼もう思い出したくない彼女を食べて食べて美味しそうにしている間、ずっと。ずっと笑っている。
それが恐ろしくてたまらない。どうして笑っている。否、どうしてだなんて。わかっている。わかりきっている。下卑た笑みでもなく、復讐の狂気でもない。そんなものをみたことはないが、そんなものは理解できないだろうから逆にあれとは違うのだと理解できる。
あれは、ただただ楽しんでいるのだ。子供みたいに、正しく姿通り子供みたいに無邪気にはしゃいでいるのだ。公園で見かけるような、友達と駆けまわる小さな子らと何ら変わらない。何ら変わりはしない。
食べている間も殺している間も今立ち上がって私と目を合わすこの瞬間も楽しそうに―――恐怖が増す。数値化できるものならとうに振り切ったそれがもういちど跳ね上がる。心音よ。心音よ。どうか止まってはくれないか。気づかれないようにだなんてわがままを言わないから。せめてこれ以上生かさないでくれないか。
自分を誤魔化すために自分の正気を保つためだけに装っていた平静が一気に潰しくだされる。ずちゃりずちゃりと響く音。
皮の靴底と撒き散らされた肉が肉と重なってすり潰されながらもこちらへと歩み寄る笑顔の音。音。音。月が隠れた。二度目の満月。明るい夜。それが、この少女の影で隠れた。それほどに近く知覚つまり私の命はあと幾ばくもなく手が伸ばされて私の視界を覆う覆う覆う覆う、
「おねえちゃん、あーそーぼ」
響く高音。うるさい。やかましい。でも止まらない。止まってくれない。わかってる。わかってる。これは私の私の悲鳴。悲鳴悲鳴。もう私が私が壊れた証明に鳴り響く絶叫惨状喉が枯れて出し尽くす前に私が私でなくなり尽くす前に喚き散らしたそれを―――
暗転。





2.ステイデイズ・ステイハート
日常と、非日常。その隙間。その境界線。その向こう側に憧れる者は多い。
つまらない勉強。つまらない社会。つまらない現実。そこから抜け出したい。そこから離れてみたい。
多感な年頃ならなおさらで。彼、咲々・鶫のような高校生であればそれこそと言えた。抜け出したい。今この瞬間に感じている退屈から解放されたい。できればそれは、自分の望む形であって欲しい。
否、彼の場合は一般的なそれと比べても少々特殊かもしれない。もしくは、そういった鬱憤を抱えている誰かに話せば贅沢と取られかねないものだった。
ここ、久遠ヶ原学園。いち教室の中は静かなものだ。聞こえてくるのは教師の発する意味不明な子守唄ばかり。これでは眠気に微睡むのも、思春期特有の物思いに耽ってしまうのも誰が咎められよう。
もっともらしい理屈をつけ、最早日本語とはかけ離れた記号を紙面に移すだけの筆記具から手を離し、最初から読み返しても理解できないであろう教科書を立てていざゆかん睡魔との戦いの場へ―――
怒られた。
っていうか殴られた。出席簿で。なにも角を使わなくてもいいと思う。
「―――――ッ!?」
「目線が違うと、聞いているのかそうでないのかの違いすら案外わかるものだよ」
頭頂部を抱え、痛みに反論できない自分。教室に響く学友たちの笑い声。学校中で鳴るチャイム。どこでだって変わらない、授業の区切りを知らせるものだ。
教師は黒板の前に戻ると、ひとことふたこと話しては部屋を去っていった。きっと、今日のそれを取りまとめたのだろう。聴いていなかった自分にはその概要すら理解できなかったが。
眼が冴える。授業中は眠たくて、休憩時間は溌剌としている。そういうものだ。
きっと、教師という職業は催眠術を備えているに違いない。そしてそれは、偉くなるほど効力を増すのだろう。だって、一般教師よりも校長のほうが遥かに強力なそれを所持しているのだから。
「あんたねぇ、寝るなら寝るで上手く隠れなさいよ」
級友の声。振り向かなくても、誰だかわかる。幼馴染なんてのはそういうものだ。
幼馴染の女の子。シチュエーション染みたことを言ってしまえば、何やら甘酸っぱいフレーズでもあるのだが。出てくるため息は恋慕ではなく呆れである。要は腐れ縁。長々と続く友人関係に過ぎない。
「そういうお前はどうなんだよ」
「あたし? あたしはほら、真面目だから―――しっかり寝てました」
二度目のため息。あの教師、何が案外わかるものだよ、だ。何もわかってはいないではないか。
机に伏し、窓の外を眺めた。三度目のため息。これは、幼馴染に向けたものでも教員に向けたものでもない。今の現状に対してのそれだ。
退屈な授業、繰り返される基礎訓練。はじめのうちは、目新しい後者にも心を踊らせたものだったが。それもすぐに飽きてしまった。
実戦投入されない戦闘能力。燻って、不満は積もる。ここは、そういうところではなかったのかと。
久遠ヶ原学園。ここは、撃退士と呼ばれる特殊技能者を育成するための機関だ。
激化していく天魔事件。それに対抗しうる力を持つ彼らを訓練し、それらによって解決させていく。時には大規模な軍勢同士の戦闘行動すら辞さない特異施設。
ここのことを、鶫は少なくともそう思っていたし、一般的な知識としても間違ってはいないだろう。
だから。だからこそ、この現状に不満を抱いている。授業。授業。基礎訓練。未だ、実剣を手にしたこともない。
戦う力があると言われたから、ここに来たというのに。特別だと聴かされたから、その境を超えたはずだったのに。
「――――――グミッ、ツグミっ、ちょっと聞いてるの!?」
「…………え?」
どうやら、考え事に没頭していたらしい。ひとつどころに集中しすぎて、周りが見えなくなる。長所でもあるが、悪いクセとも言えた。訓練中にも、よく教師に叱られたものだ。
お前は戦闘中に周りが見えていない。そんなことでは乱戦で命を落としかねない、などと。実感がわかない。当たり前だ。その焦がれる実戦に、いまだ足を踏み入れすらしていないのだから。
「ごめん。なんだっけ?」
「もう……だからね、あれよ。廃病院の話」
「ああ、それかぁ。『現代日本に現れた人喰い』だっけ?」
今朝方に学寮で見かけた新聞の一面。その見出しが、そんな陳腐な言い回しだった。
人食い。惨殺事件。テレビや雑誌、ニュースサイトとあらゆるメディアがその話題を報じている。
一週間ほど前、夏休みの最終日に起きた廃病院での悲劇。肝試しにでも来ていたのだろう、高校生くらいと思しき遺体が複数発見された。首を、腕を、脚を。文字通り潰されて絶命していた彼ら彼女ら。だが、異常性はそこにとどまらない。
欠損部が、異様に多いのだという。複数の死体に見受けられる幾ばくかの欠損箇所。内蔵、筋肉、軟骨。そういう言い方をすれば、そういった結論に達してしまってもおかしくはないのかもしれない。
曰く、これは食われているのだと。その可能性が高いとした公務機関の発表に、話題性を求める職業者達は迷わず飛びついた。そして流れ続ける虚実推定妄想入り混じった仮説。仮説。仮説。
「そうよそれ。んでね、それがどうやら天魔の仕業らしいって話」
天魔。天魔。天使と、悪魔。なるほど、そう考えれば理屈は通る。否、不可解なものすべてをそれらのせいにしてしまえば筋が成り立つと考えてしまうだけかもしれないが。
それでもここはそういうところで。この世界はそういうものだ。その結論ありきで進めなければならないことも多数あるのだろう。
天使。悪魔。それらは正しく、文字通りの存在では無い。良いほうが天使で、悪いほうが悪魔という簡略な構図も成り立たない。信仰すべき神やそれこそ魔王というものが実在し、自分達に君臨しているわけでもない。少なくともこの学校は、そういうものだとは捉えていない。
ただ、異世界の侵略者。彼らはそれ以外のなにものでもない。
ただただ領地を取り合っているだけの両国にすぎない。いがみ合い、それぞれを砕きあっている集団にすぎない。侵略者は彼ら、侵略目標はこの世界。迷惑極まりない連中だ。
よって天魔。善悪の区別として区切ること無く合わせて天魔。どちらも人類にとっての害悪そのものである。
だが、それらがファンタジックな神話に綴られるとまではいかないものの、電源ゲームに出てくるような敵モンスター程には人類以上のそれを持ち合わせているのだから、害性も知れよう。
それでも、人類に対抗手段がないわけではない。伝説の勇者が存在するわけではないが、戦士。ハンター。ヒーロー。そういうものに類する何かは実在する。
つまりはそれを、撃退士と呼ぶのだが。それもまた、彼の燻っている原因でもあるわけで。つまりは、幻想と現実。ヒーローもバイトをする。アイドルもトイレに行く。そういうギャップの実体験なのかもしれなかった。
「センセー達がさ、事件のこと話してるの聞いちゃったのよ。だから、近いうちに正式な依頼にもなるんじゃないかしら」
依頼。それはつまり、撃退士に対しての天魔討伐願いである。そうであればどんなによいことか。
否。胸中でかぶりを振る。喜んではいけない。人が死んでいるのだから、それを望ましいものだと考えてはいけない。
だが、人の脅威となる超常との対決。どんなにか、待ち望んだことだろう。それにどれだけ憧れて、ここへ所属したことだろう。
自然と、握りしめられた拳。試したい。試してみたい。この学校は特別だ。そして、自分もそうだと認められたからここにいる。ここにいられるのだ。
だから、試してみたい。戦士。ハンター。ヒーロー。その憧れを掴んだはずの現実を、確かめてみたい。
予鈴が鳴る。また、微睡むだけの授業が始まるのだ。同じように脳はそれを全く受け付けず。しかし物思いに耽るそれは、つい一時間前とは全く別のことを考えていた。

フラグ回収が早すぎる。
そんなことを考えてしまう自分を鑑みれば、まだまだ思春期からは抜け出せていないのかもしれない。
否、思春期を抜けだしたなんて考えている事自体が、まだまだ特有のあの病気まっただ中なのかもしれないが。
いつもどおりの退屈な授業。退屈な訓練。汗をかいて気だるさはあるが、充実感は感じられない。それもまた、いつもどおりだ。真剣味にかけているつもりはない。それでも、どこか熱が入らないことも事実だった。
終業の鐘が鳴って、一日の大半を縛るそれから解放される。ここからは日課。さして期待を込めることもなく、掲示板の前へと足を運んでいた。
ここで言う掲示板とは、即ち依頼掲示板のことだ。別にわざわざアナログな手段を取る必要もなく、携帯端末で確認できなくもないのだが。もしかしたら、このほうが早いかもしれない。そんな淡い期待を込めての行為だった。それが功を奏したのかもしれない。
それにしても、都合の良いことだ。この掲示物を前にして、そう感じてしまうのもやむなしと言えただろう。鶫の視線は、ひとつの張り紙に向けられていた。
『天魔討伐願い』。
胸の中がざわついている。辿る視線。概要。集合場所。依頼報酬。作戦日時。そして、参加資格。そこには、待ち焦がれた一文が綴られていた。即ち、『資格問わず』。
握る拳に力が増した。それは、自分が申し入れても良いということだ。待ちに待った、渇望に渇望した実戦へと足を踏み入れても良いということだ。
こうしてはいられない。集合場所を再度確認する。急がなければ。撃退士が足りていないのはわかっているが、ここまで規定が広ければそれもわからない。自分みたいなやつが、他にもいないとは限らないのだ。
走り出したい気持ちを懸命に抑えていた。変なことで教師に捕まり、せっかくのチャンスを逃しては悔やんでも悔やみきれない。急げ。逸る心臓。高鳴れ。もっと高鳴れ。今時分は、夢見た英雄への道を手に入れたのだ。 それが、どんな苦難と知ることになるやも知らず。


 次話に進む>>
page top