●リプレイ本文
●道中
冒険者とクロードはカインと円に見送られて荷馬車でパリを出発する。
パルネ領はパリから遠く、荷馬車で三日半の場所にある。
「ジュエル、大丈夫かしらね」
四日目、荷馬車の手綱を握るシュネー・エーデルハイト(eb8175)が呟く。
冒険者がそれぞれに考えてきた案を三日間の道中で煮詰めた結果、シフール便を装ったジュエル・ランド(ec2472)が手紙を届ける手筈となる。
大空を飛んでいったジュエルは、今頃、領主館のあるオーミィユ町に着いているはずだ。
「体裁は整えたので読んで頂けると思うわ」
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は荷台に作られた椅子に座り、遠ざかる景色を観ながらシュネーに答えた。
手紙は上質の羊皮紙で作られた封筒に入れられていた。クリュ家の紋章印が封蝋の部分に押されているものだ。
「領主トロシーネの監視役とかいそうだよな。教団との連絡役を兼ねていたりさ。‥‥気をつけねぇーとな」
イリューシャ・グリフ(ec1876)は御者台のシュネーの横に座る。御者役は二時間で交代となる。
「監視役はもしやバンパイアなのでしょうか。いるとすれば、行動の自由から考えてペルペ教徒などの人とは思いますが、調べるつもりでおきましょう」
クリミナ・ロッソ(ea1999)は荷台に振り返ったイリューシャに話しかける。
「トロシーネの気に障る言葉があるとすれば‥‥、やはり妹のシリディアに関することだろうか」
どんな説得をするにせよ、相手を不愉快にするのは避けるべきだとリチャード・ジョナサン(eb2237)は考えていた。
トロシーネ・パルネは領主だ。怒らせれば何かと問題になる。
仲間で考えた作戦は、スレイブのシリディアの存在には目を瞑った上で、トロシーネに協力を要請するものだ。
一筋縄ではいかないだろうが、ここで力を貸してもらえればルノーの城に近づける可能性が一気に高くなる。
「クロード、正直にいうとね。クレリックの立場から言えばバンパイアを見逃すことはしたくない‥‥。でも‥それを身内の人に納得しろっていうのはひどいし、無理だと思う。トロシーネをクロードはどう思っているの?」
クロードに話しかけるリスティア・バルテス(ec1713)の脳裏には妥協という言葉がこびりついていた。
「トロシーネ領主はルノーに脅迫されている。シリディアは見張り役兼、姉のトロシーネ領主の心を縛る為の存在。これまでの道中でみんながいっていた通りだと思う。肉親の情を利用した卑怯な手です」
リスティアを見つめるクロードの目は悲しげであった。
「どうにもやりきれないわね‥‥。ティア、シリディアはやはり人の血を吸って長らえているのかしら。どう思う?」
シュネーの質問に一番詳しいリスティアが厳しい表情を浮かべる。
「そこが問題なのよね‥‥」
他の動物の血で我慢させているかも知れない。もしかすると権力を持つトロシーネが、人の血を吸わせているかも知れない。今の時点では、どちらかなのか誰にも分からなかった。
●シフール便
パルネ領の中心となるオーミィユ町。
領主館の廊下にある椅子の上にジュエルは行儀良く座っていた。髪を結んでみたりと変装している。
仲間の荷物に潜り込んで町に入り込むつもりだったが、時間の関係で先行したのだ。
(「けっこうな時間が経っているけど、どうなっているんやろ‥‥」)
ジュエルは近くで槍を持ち立っていた見張りの兵士にニカッと笑顔を振りまく。何故か兵士の鎧にはピアスのような飾りが取り付けられていた。
領主館の受付に手紙を渡してもうすぐ三時間が経つ。手紙を読むには充分過ぎる時間だ。
ジュエルが待っているのは返事の手紙をもらう為である。
どのような返事をしようかトロシーネは悩んでいるのだろう。そうジュエルは考える。
「お待たせ致しました。こちらをお持ちになって下さい」
受付が廊下に現れて預かった返事の手紙をジュエルに渡す。ちゃんと手紙には封蝋がされてあり、パルネ家の新しい紋章も押されてあった。開けられたような不審な点はどこにもない。
「ありがとうございました〜。これからもご贔屓お願いします〜」
普段とは違う口調で挨拶をし、ジュエルは領主館を後にする。
「あれや」
ジュエルは上空から仲間の荷馬車を発見する。オーミィユ町から少しだけ離れた森の近くに停まっていた。テントを用意しているので、ここで野営をするつもりのようだ。
ジュエルは荷馬車に降り立つと、クロードに預かってきた手紙を渡した。
仲間で手紙を回し読みをし、今後の相談が行われるのだった。
●夜の領主館
日が暮れてオーミィユ町の囲む城壁門が閉じる。
クリミナはジュエルから空飛ぶ絨緞を借りると、護衛をしてくれるイリューシャと一緒に空から町へ侵入する。降りた場所は領主館の庭であった。
「早いとこ、済ませようぜ」
イリューシャがアンデット特効の日本刀に手を添える。いつバンパイアが現れても戦えるようにと。
昼は人間、夜はスレイブのシリディアが、領主であるトロシーネを見張っているというのがイリューシャの考えだ。
当たっていれば、現在の領主館はシリディアが徘徊しているはずである。
「ここにはいないわ。次に行きましょう」
クリミナはセレストから借りた惑いのしゃれこうべを発動させて調べる。シリディアがいるはずなので、反応があっても不思議ではなかった。問題は他にいるかどうかだ。
カタカタと歯を鳴らすしゃれこうべを止める。目視で周囲を調べてみると、灯りが洩れる窓にシリディアの姿を発見した。それ以外の範囲でしゃれこうべが反応する事はなかった。
二人は領主館を立ち去り、町の外にある仲間との野営場所へ戻った。
領主館にいるバンパイアはシリディアのみで、他はすべて人間という結果になる。それでもペルペ教徒が潜り込んでいるかも知れなかった。
●密会
トロシーネの手紙には、時間と待ち合わせ場所が記されていた。
六日目から七日目にかけての太陽が昇る少し前、町の外にあるリンゴ農園の小屋に来て欲しいとある。
「バンパイアが活動しにくい時間帯に会うのなら、少なくても話し合うつもりがあるということだな」
六日目の深夜、リチャードは小屋の外でイリューシャと共に周囲の警戒を行っていた。トロシーネに不信感を与えないように杖以外の武器を持たず素手である。
「そういうことだ。本人は置いておくとして、問題はトロシーネの周囲にいる誰を信じていいのかだ。目安としてはいつ頃からトロシーネにかしづくようになったかな。復興戦争後だと確実に怪しいぜ」
イリューシャが遠くの夜空を眺めた。ほんのわずかだが明るくなっていた。夜明けは近い。
「来たで〜」
夜空に浮かんで監視していたジュエルから一報が入る。馬に乗ったトロシーネと、従者一人が向かってくるという。
ジュエルのいった通りに騎乗するトロシーネがリンゴの木の隙間を縫って現れた。
クリミナが発動させた惑いのしゃれこうべに反応はない。
「この者はわたくしの一族に使える従者の家系の者。信用して下さい。あまり時間がないのでさっそく」
トロシーネは馬から飛び降りると、そのまま小屋へ入ってゆく。とても四十歳を越えた身のこなしとは思えないほど軽快であった。
男の従者についてはイリューシャが身体検査をした上で中に入れる。
「このようなお時間を指定して申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ」
セレストとトロシーネが挨拶を交わした。テーブルも椅子もなく、立ったままの話し合いとなる。
(「兵士と同じピアスをつけているなあ」)
ジュエルはトロシーネの耳につけられたピアスを見つめる。
ランタンの灯りに照らされた小屋の中は一種独特の世界が広がっていた。外で警備する仲間も参加出来るように、扉は閉められず開け放たれる。
「手紙をお読みになって、こちらがどの程度を知っているのか想像なされていると思います。‥‥妹のシリディア様はバンパイアスレイブだと考えています。どうでしょうか?」
クロードが単刀直入に話しを切りだした。これをトロシーネが認めない限り、話し合いは本題に入れない。
「‥‥ええ、その通りです」
「わたしはバンパイアノーブルのルノー・ド・クラオンを追っています。ルノーはご存じで?」
「‥‥理解しました。ルノーを倒そうとしているのですね。おやめなさい。あなた方が敵う相手ではありません」
「どういう意味です?」
クロードとトロシーネはにらみ合う。
「この地までルノーを追ってきたのなら、ペルペテュエル教団はご存じでしょう。あの者との約束事として、パルネ領での布教は認めていません。ですが、それは表向き。きっとわたくしの知らないところでペルペテュエルの暗躍があるはず‥‥」
トロシーネがうつむいた。
「貴女の事情は知らないけど、本当にそれでよいの? 領主なのでしょう? 別に仲間になって欲しい訳じゃないわ。でも、利害が一致するのなら力を貸して」
シュネーは少々強めにトロシーネに語りかける。
「ここにいるクロードは‥‥、私達の依頼人であるクロード・ベンはバンパネーラなの」
シュネーはあらかじめクロードから許可を得た上で話す。スレイブにされてしまったアーミルとの関わりについても。
トロシーネの顔色が変わる。薄暗い小屋の中だが、誰も目にもはっきりとわかった。
「‥‥本格的な話しをする前に二つの事を守って頂きたいのです。一つはそちらのセレスト様の手紙で触れられていた王宮についてです。どんな事があろうとも、バンパイアに関してを中央に知らせるのは慎む事。非がルノーにあるとはいえ、一族の恥を晒す訳には参りません。もう一つは妹のシリディアには絶対に手を出さない事。スレイブになったとはいえ、大切な妹です。ルノーが倒された暁には地下の特別室に閉じこめましょう。ですが、殺すのは認めません。これを受け入れられなければ、早々にパルネ領を立ち去るように。以後、踏み入れる事は領主として許しません」
トロシーネの顔を決意に満ちていた。
「シリディアさんの命を繋ぐため‥‥それが偽りであってルノーに縋ったのですね」
クリミナはやさしくトロシーネに語りかけた。シリディアがこれまでどうやって長らえてきたかについての答えを引きだす。
トロシーネの提案を受けて、冒険者のみで話し合った。
セレストとリスティアはスレイブのシリディアを浄化させたいと考えていた。最初から突っぱねられた形になり、選択を迫られる。
シリディアの生存の為、人をエサにはしていないというトロシーネの言葉を信じ、不本意ながら受け入れる。
あくまで内密に事を運び、王宮には知らせないという条件もきつくはある。ただし代わりにパルネ領の援助が得られるはずだ。
二つの条件を呑む事にし、クロードがトロシーネに返事をする。
「そこの奴は本当に大丈夫なのか? ペルペ教の回し者じゃないだろうな。筒抜けだからな。こいつがそうだとすれば」
外で警戒していたイリューシャは振り返り、トロシーネの従者を睨みつける。
「この場でわたくしが死ねといえば、彼はそうします」
「じゃ死んでもらってくれ。死ねばどっちであれ、秘密は守られるからな」
イリューシャの言葉を受けて、トロシーネはしばらく従者を見つめた。唇を噛み、そして『死んで』と呟いた。
従者が取りだしたナイフで自らの喉を突こうとした時にイリューシャが腕を掴む。
「そこまでだ。信じよう。仲間もそう思ったはずだ」
イリューシャは地面に落ちたナイフを拾って従者に手渡す。
「ルノーはすべてを玩具扱いにする。ペルペ教にしても、教団施設や相当数の教徒を使い捨てにしたのを目の辺りにしたよ。領主のあなたもいらなくなったのなら、ルノーは迷わず捨てるだろう。戦うなら今だ。倒すのを手伝ってくれないだろうか?」
明るくなってきた空を見上げながら、リチャードは考えを語る。
「あの‥‥、ルノーの城がパルネ領にあるとクロードは考えているわ。合っているのなら教えて欲しいの」
リスティアはシリディアの件を我慢しながら、一番知りたい事をトロシーネに訊ねる。
「お教えしましょう。ですが、勝手にいかれてはわたくしも困るのです。装備を整えて再びお越しになった時、必ずお教えします。これをお持ちになって下さい」
トロシーネは従者から受け取った物を冒険者一人一人に手渡す。チェリーピアスといわれるものだ。
「このピアスをつけた者は襲わないようにとシリディアはルノーに命令されています。これから領主館を訪れる時は必ずつけるようにお願いします」
前に冒険者が領主館を訪れた時、トロシーネが慌てていた理由がなんとなくだがわかる。もしかすると近くの部屋にシリディアがいたのかも知れない。
「手紙を届けに行った時も危険やったのかな?」
ジュエルはクロードに小声で囁いた。
「ジュエルさんは勘もいいし、素速いから平気ですよ。きっと」
「そやな。きっと平気やけど、せっかくだし、もらっておこうか」
ジュエルはピアスを大事にしまう。
「次の夜はきっとぐっすり眠れるはずよ。私の望みは、貴女の魂の安らぎ。貴女方がそれを得ようと願うなら、私は力を惜しまない」
立ち去ろうとするシリディアにセレストは一声をかける。
条件とされたシリディアと王宮の件について、トロシーネはきっと考えを変え、自ら質してくれるとセレストは信じながら見送るのであった。
●帰路
偽装を施した野営場所は何事もなく、盗まれたものもなかった。
八日目の昼前に冒険者達はオーミィユ町周辺を後にする。
帰りの道中も長い。その間にこれからについての話し合いがされる。
ルノーの城がある場所を教えてもらったとして、どうやって攻め入るかだ。
もしもペルペテュエル教団の攻勢があったのなら援護が不可欠である。その時は領主であるトロシーネに頼まなくてはならない。
クロードはパルネ領内の安全な宛先をトロシーネに教えてもらった。少々の時間は必要だが、ここに送れば確実にトロシーネの元に届くという。
「アーミル‥‥必ず」
道中の野営時、イリューシャとリチャードはテントの中でクロードの寝言を聞く。
十一日目の夕方、冒険者達を乗せた馬車は無事にパリへと到着した。