●リプレイ本文
●パルネ領
イリューシャ・グリフ(ec1876)の御者によって荷馬車一行がパルネ領オーミィユ町の目前にまで到達したのは、四日目の昼過ぎであった。
荷馬車は草むらに隠し、馬のみを変装したクリミナ・ロッソ(ea1999)が町の宿屋へと連絡を出して預かってもらう。
様子を見ながら一晩を野営で過ごした。
五日目の朝方に全員で領主館を訪ねる。ジュエル・ランド(ec2472)の空飛ぶ絨緞を使い、上空から目立たぬように。
一行は控え室で領主トロシーネ・パルネが現れるのを待つ。全員がシリディアと面倒を起こさないようチェリーピアスをどこかしらに飾っていた。
「クロード、やっぱり気にしてる?」
リスティア・バルテス(ec1713)が沈んだ表情のクロードを心配する。
「何でもないといったら嘘になりますけど、平気です」
「‥‥ごめんね‥辛いと思うけど‥、彼女には眠ってもらうよ」
自然体のクロードの様子に、かえってリスティアは哀しみを感じた。道中に全員の意見が摺り合わられ、倒すべき第一の目標はアーミルに決められていたのだ。
リチャード・ジョナサン(eb2237)の考えは的を射ていた。ルノーはトロシーネが裏切るのを見越している。クロードと力を貸す冒険者が領主館で待ち伏せする事さえ予見しているのかも知れないと。
そうなればルノーがクロードと繋がりのあるアーミルを利用するのは想像に難くなかった。これ以上クロードを苦しめない為にも、アーミルを狙うのが冒険者の総意となる。
「マント、後でちゃんとつけますので。貸して頂いてありがとうございます」
「ええ、こういう場では外すのが礼儀ですものね。わかっているわ」
クロードはセレスト・グラン・クリュ(eb3537)にマントと指輪の礼をいう。
(「この部屋でも廊下へ繋がるドアが二つ、隣室へのドアが一つ――」)
イリューシャは間取りを頭の隅に置く。特にルノーを通す場所はよく調べなくてはならないと考えていた。
「クロード、どの辺やったかな? ルノーの城があるんわ」
「パルネ領主から詳しい説明があると思いますが、オーミィユ町から離れた山奥にあります。複雑な地形で馬車で三日はかかるようです。この町に立ち寄らなければ、パリから五日ぐらいだと。‥‥今頃、ルノーはこちら向かっている最中なのでしょうか‥‥」
ジュエルはクロードが両方の拳を強く握っているのを知る。
「お待たせしましたわ。席はそのままに」
トロシーネと従者が現れた。
まずセレストの質問にトロシーネは答える。地下室でシリディアは寝ていると。
ただし本当に寝ているのかはわからない。人であった頃の習慣が残り、眠っているフリをしているだけかも知れなかった。
「手鏡を俺達が見つけたとこから既に罠だったというか、ルノーの遊びの入り口だったんだろう。そこでだが――」
リチャードが仲間と相談してきた作戦をトロシーネに伝える。トロシーネに異論はなかった。
「以前と同じならば、ルノーはスレイブの女性二人を連れ、ペルペ教徒十名程と一緒に現れるはず。町に潜伏するペルペ教徒もルノー滞在の間は領主館の周辺にたむろうはず。こちらもそれなりの用意をしなくてはなりません」
トロシーネは自らの考えの後、従者にパルネ領側の戦力を説明させた。
小さい領地とはいえ、いくつかの騎士団、兵隊をトロシーネは配下に置いている。
しかし目立つのは問題であり、今回に限れば実際に力を借りられるのは領主館でトロシーネを護る近衛兵のみである。
近衛兵はバンパイアに特化したものではないが、ちゃんと魔力が付加された武器を装備していた。
ちょうど昼頃に会議が終わる。
ルノー一行が訪れる今夜までに、すべての用意をしなくてはならなかった。
「こんな感じかしら。ルノーの顔が見物だわ」
セレストはトロシーネと共に地下室のシリディアの元を訪れていた。
寝ているシリディアの顔に酷い化粧を施してゆく。今のシリディアに恋を語るならば、あまりにも滑稽である。
只のイタズラをセレストは施した訳ではなかった。怒らせてルノーに冷静さを失わせる為だ。シリディアにこれ以上手を出させない意味もある。
セレストとシリディアは地下室を出て階段を登る。
「貴女もいつか老いて領主から身を引くはず。その時、継承者は何方になるのかしら?」
「今は親戚筋に第一継承者はいますが、わたくしより歳をとっております。現実に考えますとやはり親戚筋の第四継承者が継ぐことになるはず」
「貴女が生きている間はよいとして、その後の妹君はどうなさるおつもり? 次代当主にお任せするつもりなのですか?」
「それは‥‥」
トロシーネは言葉を詰まらせる。
一階へ繋がる隠し扉を二人は潜り、待っていた従者と合流する。
「パルネの林檎は最高ね。あたしは娘にも、その子にも。ここの林檎を使ったパイを食べさせたいわ」
そういってセレストはトロシーネと別れるのだった。
「なるほどな」
イリューシャは広間を覆う屋根の上に登って天窓を確認していた。トロシーネの指示で既に釘で打ちつけてある。
「ここにいましたか。イリューシャ殿」
リチャードも屋根へ登ってきた。
「バンパイアの横暴を食い止めましょう。まずはスレイブです」
「そうだな。ここである程度倒しておかないとな。クロードの奴、どうしてるんだ?」
「先程部屋で見ましたが落ち着いた様子でした。どうやらすべての乗り越えてから、ここに来たようです」
二人はしばらく屋根の上から領主館の周囲を見渡す。
広い庭があって、煉瓦塀が敷地を取り囲んでいる。門は四個所あり、どれも馬車が通るには充分な大きさがあった。
クリミナは自分とセレストが用意してきた酒を出してもらう為に調理場を訪れる。睡眠を誘う薬を混ぜてもらう算段も含めて相談しておく。
「クロードさん」
「は、はい」
クリミナは部屋へと戻るとクロードへ話しかけた。
「戦いの直前において、私は改めて貴方に問うはずです。彼女を討つ『覚悟』について。もし出来ていないのであれば、私達の後ろで、心身両方、ご自身の守りを固めていて下さい」
クリミナはなるべく優しくクロードに考えを伝えるのだった。
リスティアは領主館内にあったジーザスの像を前にして、十字架を手に祈りを捧げていた。
(「せめて母なる浄化にて‥‥…私の手でトドメを。クロードに恨まれる事になったとしても‥‥」)
リスティアも覚悟を決めていた。
会議中のトロシーネに不審な点は見つからなかった。一応の注意はしておくが、これで敵はルノー一行に絞れるとリスティアは考える。
「ジュエル‥‥」
「お祈りしとったんか?」
リスティアが顔をあげると、ジュエルが視界に入った。
「調べておったんや。テレパシーで連絡する場合の位置や、ルノーが逃げ込みやすそうな部屋とかな」
「連絡をしてくれると助かるわ。お願いね」
「任しておいてや」
「そうだ。クロードはどこにいるか知らないかな?」
「さっき、クリミナさんと一緒に部屋におったで」
「そう、ありがとう」
リスティアはジュエルに礼をいって部屋へと向かう。部屋にいたクロードとクリミナの三人で何気ない会話をする。
窓から床へ落ちる陽光は徐々に動き、最後には部屋の壁を赤く照らした。
闇の訪れはもうすぐであった。
●バンパイア
深夜、六両にも及ぶ馬車の列がランタンの灯りを頼りに領主館へ到着する。
馬車から先にアーミルとサルーシャが降りる。続いてルノーが姿を現した。
(「どっちがどっちや‥‥」)
建物の小窓から見張っていたジュエルがスレイブの二人を交互に見るがわからない。アーミルとサルーシャは血の繋がりがあり、元々よく似ている。
さらに髪型や服装、化粧の仕方、ほくろの位置まで同じにされていた。身長もドレスの下に隠れた靴などで調節されているのだろう。同じ高さである。
小部屋に隠れる仲間の元に戻り、ジュエルは報告した。考えていたよりペルペ教徒の数が多い事も合わせて。
惑いのしゃれこうべの音があまりに大きくなって、セレストは止める。
「クロード、わかるか?」
隠し穴から広間を覗いていたイリューシャがクロードと替わる。しばらく二人を眺めていたクロードだが首を横に振る。
(「これも奴の遊びの一つか‥‥」)
リチャードはルノーのたちの悪さに唇を噛んだ。
トロシーネの勧めによってペルペ教徒達が酒に口をつけてゆく。呑めば寝ないまでも、動きが緩慢になるはずだ。
「シリディアに何をした!」
広間に現れたルノーが怒鳴る。
ルノーは真っ先に地下室のシリディアの元に向かった。怒った理由はシリディアに施された化粧についてであろう。
「いくね」
リスティアはレジストデビルをイリューシャとリチャードの順でかける。
「それでは」
クリミナは仲間に祝福をかけてゆく。頷くクロードにも聖なる母の祝福を授けた。
他にも冒険者は可能な限りの魔法を付与する。
「やけに警備の数が多いように感じる。どういうつもりなのだ。トロシーネ」
「ルノー様によりよく過ごしてもらえるように、使用人を増やしたのです。お気に障ったのなら、どうかお許しを」
ルノーをトロシーネが引きつける。すぐ近くではトロシーネの従者が待機する。
広間に繋がる隠し扉が静かに開け放たれた。クロードと冒険者は広間に足を踏み入れる。
大剣を手にリチャードは真っ先に斬り込む。わざと目立って敵の視線を集める。ルノーもリチャードの動きを目で追う。
(「これでいい」)
リチャードの剣はペルペ教徒一人を壁へと弾き飛ばす。自分を中心にして集まったペルペ教徒にリチャードはニヤリと笑う。敵の向こう側に走る仲間の姿を見たからだ。
イリューシャはスレイブに向かって一直線に駆けていた。アーミルか、サルーシャかはわからないが、離れた位置にスレイブ二人がいる今がチャンスであった。
イリューシャの白刃が一人のスレイブの背中に大きく斜めに傷を刻んだ。
「そいつはアーミルではありません!」
叫び声で判断したクロードが仲間に伝える。
「退け!」
イリューシャは斬撃を続けようとするが、ペルペ教徒が間に入ってサルーシャが遠のく。
「そこで迷っててや」
ジュエルがコンフュージョンを使ってペルペ教徒を撹乱した。その間に従者がトロシーネを広間から別室へと移動させた。
「シリディアはどうだったかしら? とても美しい姿だったでしょう?」
セレストは後衛を襲おうとするペルペ教徒と剣を交えながら、ルノーを挑発する。
「貴様か! あのようなふざけた事をしでかしたのは!」
ルノーの意識がセレストに向かった。
「防がなければ‥‥」
クリミナは次々とコアギュレイトでペルペ教徒の動きを止める。魔力も補給し、少しでも仲間の負担が軽くなるように可能な限り、連続で使用する。
(「クロードは?」)
クリミナはクロードの姿が見あたらないのに不安を感じる。しかし探そうにも状況がそれを許さなかった。
「何もさせないよ!」
リスティアはピュアリファイでルノーの動きを牽制する。外れても気にせず、ルノーの行き先を潰してゆく。
(「どこに?」)
リスティアは魔法を唱えながらも周囲に注意を向けた。サルーシャはイリューシャが追っているので任せればよい。しかしアーミルの姿が広間のどこにもなかった。
「クロード‥‥」
「大丈夫です。心配しないで。仲間にはテレパシーで連絡をお願いします。さあ、いって」
領主館の外にある階段の踊り場にはクロードとジュエル、そしてアーミルの姿があった。
アーミルが逃げてクロードが追う。さらにジュエルが追いかけたのだ。
後ろ髪を引かれながら、ジュエルは広間へと戻ってゆく。
アーミルはずっと微笑んでいた。透き通るような肌の白さを除けば、昔と変わらないようにも見える。
「私は‥‥」
クロードがアーミルに声をかけた瞬間、大きな破壊音が頭上で響く。窓の戸が吹き飛び、巨大なコウモリが夜空に飛びだす。
壊れた窓ではセレストが身を乗りだしながら魔力を補給している。
「戯れ言はお終いだ! バリオ・ロンデア!」
踊り場の片隅にコウモリが降りる。人型に戻ったルノーは怒りにかられていた。
ルノーのディストロイの黒い輝きがクロードに向かって放たれる。
クロードも相打ち覚悟で魔法を詠唱していた。
(「え?」)
クロードに被さったアーミルが血を吐く。ルノーのディストロイはアーミルに命中したのだ。
クロードの放ったブラックホーリーはルノーを捉えて傷を負わせる。
バランスを崩して寄りかかった手すりが壊れ、クロードとアーミルは踊り場から落下した。
「ルノー様‥‥」
声が聞こえ、踊り場から地面を見下ろしていたルノーが振り返る。
広間から逃げてきたサルーシャが階段を駆け下りてルノーに抱きつく。
「傷物になったか」
ルノーはサルーシャの背中の傷を見ると突き放した。そしてディストロイをサルーシャにも叩き込んだ。
「ルノー、なんて奴だ!」
追ってきたイリューシャは全てを目撃した。
「焼き払え! こんな館など!」
ルノーは叫び、再び巨大なコウモリとなって夜空に羽ばたく。
その声に呼応して、領主館の外で待機していたペルペ教徒が武器を手に門へなだれ込んだ。
領主館は戦場へと変わるのだった。
クロードが気絶から目を覚ました時、朝日が昇り始めていた。
上半身を起こすとクロードは側で横たわるアーミルを見つける。
「バリオ‥‥」
「アーミル」
アーミルが手を伸ばす。クロードが触れようとすると、灰になって風に吹かれる。
次第に人の形は崩れていった。
「囚われし魂に今救済を」
日陰で苦しんでいたサルーシャを、リスティアはピュアリファイで浄化する。
一晩続いたペルペ教徒との戦いは終わった。
領主館のいくらかが破壊されただけで、冒険者とパルネ側には死者はいなかった。冒険者の献身なる活躍と、クロードが仲間に提供した薬のおかげである。
サルーシャも、アーミルも倒し、勝利を得たはずなのに誰の心も晴れていなかった。
「少し、この場所でアーミルの事を思いだしてあげたいのです‥‥」
クロードは領主館に留まると冒険者達に話した。次の依頼はパリにいるモルオンテス夫妻に連絡するので大丈夫だという。
トロシーネからお礼として、冒険者達にいくらかの報償が支払われた。
残るバンパイアは保護を約束しているシリディアを除けば、全ての元凶であるルノー・ド・クラオンのみになる。
八日目の昼前、冒険者達はパリへの帰路についた。