●リプレイ本文
●馬車内
眩しき翼の王冠。
これまでのツィーネと冒険者達の努力が実を結び、大まかな在処があきらかとなる。入手出来たのなら、テオカがツィーネの元に戻る日は近かった。
「眩しき翼の王冠を探しださなくてはな」
エイジ・シドリ(eb1875)が御者となり、馬車は土埃をたてながら駆ける。これまでに何度も往復した道のりであった。
「突然の用事でこれなかったみたい」
リスティア・バルテス(ec1713)は参加してくれる予定であった友人の話をツィーネに語る。
頷くツィーネの隣りの椅子ではヤード・ロック(eb0339)がいつものように寝ころんでいた。ツィーネの側にいるのもいつもの事である。
「なんとか王冠見つけて‥‥早くテオカを助けてあげないとな‥‥」
仰向けでツィーネを眺めながらヤードは呟く。
「ありがとう。ヤード」
見下ろすツィーネが微笑んだ。微笑み返すヤードだが、リスティアの視線が気になって寝返りをうつ。
「ま、まあこの問題が解決するまでは何もするつもりはないんだぞ、と」
ヤードはそそくさと眠るふりをした。
「ロジャー・グリム‥‥なんでそこまで王冠に拘るのかしら? どう思う、ツィーネ?」
リスティアは憑依されたときの印象をツィーネに訊ねる。
ツィーネがスペクターに頭の中で囁かれた言葉にはいくつか意味不明なものも含まれていた。正気を失っているのだからそれが普通なのかも知れないが、エイジが気にしている女神が何度も繰り返し使われていたという。
スペクター・ロジャーは眩しき翼の王冠をまるで恋人のように表現していた。そこに真実が隠されているのかも知れない。
「女神というキーワードは誘導するときに活用させてもらおう」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)は愛犬二頭に囲まれながら座席についていた。窓に肘を乗せて仲間に視線を向ける。そしてツィーネから小箱を受け取った。
「これにもロジャーの想い出が残っているのかも知れないな」
今一度リンカは小箱を眺める。
陰守森写歩朗(eb7208)はグリフォンで先行した為に馬車には乗っていなかった。運がよければ森外縁の集落へ迎えに来てくれたザオと会っているかも知れない。人々を怖がらせないように集落から離れた場所にグリフォンは隠すつもりらしい。
「そろそろ代わろう」
「わかった。手綱を頼む」
ツィーネが御者台に移動し、エイジが馬車内へと入った。
「どうした? リスティア・バルテス」
「や、別にエイジが嫌いって事はないの。ほんとに」
エイジが道具作りの為、銀のネックレスを分解し始めるとリスティアが引きつった顔を見せる。
エイジはリスティアの狂化条件を思いだし、なるべく馬車の隅で作業を続けた。今回は簡易縄ひょうと銀のつぶて付き網である。
「テオカ、もうすぐだから待ってろよ‥‥」
寝ころぶヤードが閉じていた瞼を半分開いて呟くのだった。
●森
先行した陰守は集落に待機していたザオと接触し、丁度よい洞窟を教えてもらってそこにグリフォンを隠す事にした。
巨体なので木々が密集した森に連れてはいけなかったからである。幽霊が邪魔をするので上空から森に入るのも難しかった。
仲間が到着するまでの陰守は集落からザオの小屋までの最短ルートに目印としてランタンを取り付ける作業を行う。
二日目の夕方、馬車が森外縁の集落に到着する。陰守とザオは合流し、一晩を集落で過ごした。
三日目の朝、馬車やペット達を集落に預けて一行は森に足を踏み入れた。
かつての隣人であったザオと一緒のおかげで、レイスとなってしまった人々は一行を襲わなかった。
ザオの小屋に立ち寄って一晩を過ごし、四日目の早朝に出発してスペクターが徘徊する森の最深部に向かう。
スペクターを誘いだし、十個所を掘り返す作業を実行に移したのは五日目の朝からであった。
●囮と箱
「これで1時間は持つはず‥時間に気をつけて」
リスティアはリンカにレジストデビルを施して、少しでも被害が少なくなるように気づかった。
リンカが囮役をしてスペクターを誘導している間に、他の仲間達は十個所に埋められている金属製の箱を掘り返す作戦である。
リンカとスペクターの状況はザオが遠くから監視してくれる。場合によってはリスティアとエイジがリンカの補助に向かう予定になっていた。
作戦開始前に窪地周辺を全員で調べ上げる。新たなスペクターの犠牲者はおらず、十個所が判明してから移された形跡も見あたらなかった。
「女神とやらはどこにいるんだ? ロジャー」
リンカは窪地の上からツィーネから借りた小箱を掲げてスペクターを挑発する。青白い炎のようなスペクターが奇声をあげるとリンカを追いかけ始めた。
リンカの手には弓矢が握られていた。愛犬二頭も一緒に森を駆けめぐる。
計画通り、リンカが一個所目の埋められた周辺からスペクターを遠ざけてくれた。
冒険者達は穴掘りの道具を手にして窪地へと降りてゆく。
「まずはこれで」
陰守がスクロールをいろいろと試してみる。
クレバスセンサーはまったく役に立たない。ウォールホールは箱が一メートルより深く埋められているので、これも意味を成さなかった。
アースダイブは正確な箱の位置を知る為にとても有効であった。水泳が得意でないと効果を存分に発揮出来ないが、素人でもがんばれば二メートルぐらいまでは潜れる。陰守の他にヤードも使えたので二人がかりですぐに箱の位置を探し当てる。
「潮干狩りならぬ王冠狩りだな、と」
ヤードがスコップを大地に突き立てた。すべてはテオカとツィーネの為だと、普段は見せない真面目さで土を退けてゆく。
「こんなに大変だったんだ‥‥」
リスティアはつるはしを振り下ろしながら、ツィーネがわざとスペクターに憑依された時を思いだす。五人がかりで掘ってもなかなか掘り進めないというのに、ツィーネはたった一人でこなしていた。リスティアの胸の奥が痛くなる。
「レイスは大丈夫のようだな」
エイジはスペクター以外の幽霊からの攻撃を心配していたが取り越し苦労であった。普段の窪地にはスペクターしかおらず、ザオが近くにいなくても支障はない。
穴掘りが順調なのを確認し、エイジは仲間に一言かけてからリンカの元へと向かう。一人で囮になるのは大変だ。一つのミスが致命的になってしまうからだ。
ザオは頼れる男だが、スペクターが相手となると話は別である。エイジはリンカの補助を務める。
「これだ!」
ようやく金属製の箱が地面から現れてツィーネが蓋を開く。
深い森の奥の窪地で、なおかつ掘った穴の中なので昼間でもとても暗かった。もってきたランタンで箱の内部を照らすと、あまりの目映さにその場の誰もが目を細める。
金や宝玉で作られた宝物が丁寧に区分けされて納められていた。金属製の厳つい箱の外見からはとても想像出来ない中身である。
一つ一つを確認し、ミランテ夫人から聞いた眩しき翼の王冠の特徴と照らし合わせる。残念ながら目的の眩しき翼の王冠は一つ目の箱からは発見出来なかった。
箱の中身には手をつけずに、そのまま埋める選択がとられる。
もしもスペクター・ロジャーがなんらかの方法で盗られたのを知ったのなら、これまで以上に暴れるかも知れない。そうなれば支障が出るかも知れないからだ。
あくまで手に入れるのは眩しき翼の王冠のみにすべきというツィーネの提案を仲間は受け入れてくれた。
「もうすぐ一時間ね‥‥」
リスティアがリンカに施したレジストデビルが切れるのを気にする。
途中でエイジが加勢してくれたとはいえ、一時間も逃げおおせるのは並大抵の苦労ではなかった。
一旦退却をし、リンカとエイジには休んでもらう。二人の疲れ具合からいって一日に三回が限度である。囮を交代をする手もあるが、ここはそれぞれの得意分野が尊重された。
帰りの時間を逆算し、調査の最終日となる七日目だけは四回が予定される。
当然すべてを掘り返す前に眩しき翼の王冠が見つかれば、後はスペクター・ロジャーを倒してパリへ帰るのみであった。
陰守は空いた時間を使って、ランタンを周囲の枝へ取り付ける。
五日目に掘った三個所から眩しき翼の王冠は発見されない。六日目の三個所も空振りであった。
埋まっていたどの箱にも信じられないような宝ばかりが納められていて、生前のロジャーが大泥棒であったのかがよくわかる。
これらには目もくれずウエストが欲しがる宝は眩しき翼の王冠のみ。形はすでに知らされていたが、実物はどんなものなのか誰もが興味があった。
七日目、意識が飛んでいるはずのスペクターでも状況を怪しむそぶりをみせる。
リンカが挑発してもなかなか窪地から離れようとはしなかった。
エイジが銀が混じった網を投げて、やっと動き始める。銀が取り付けられていない網の間からすり抜けるとエイジを追いかけ始めた。
通算で九回目の掘り返しの時、箱から取りだした豪華な布袋からツィーネが中身を取りだす。
「これか‥‥!」
絵などで大まかな形は知っていたが、本物は想像を超えていた。金無垢の表面へ施された髪の毛の細さ程の彫刻と曇りのない透き通る宝玉。人が作ったとは思えない出来映えは誰もを魅了してやまなかった。
ツィーネは袋ごと眩しき翼の王冠を取りだして、仲間と一緒に箱を埋め直した。
周囲は暗かった。森の外ならば夕暮れ時なのかも知れないが、すでに夜といってもよい状況だ。
わずかに地面に射した夕日のおかげでヤードはザオの危険を察知する。
「ザオ! あっちだぞ、と!」
ヤードが魔法で植物を動かしてザオに逃げ道を用意した。スペクターがザオの存在に気づき、目標を変えていたのだ。
「脱出するぞ!」
ツィーネの叫び声が周囲に響き渡った。
時間に余裕があればスペクターを倒す予定であったが、残された時間はあまりに少なかった。ザオの安全も考えて、ツィーネは退却を決断する。
「光の示す方向へ逃げて下さい!」
身軽な陰守が木に登って枝に取り付けられたランタンに火を点けてゆく。
幽霊の徘徊する闇の森の中でバラバラに逃げて迷子になったのなら一大事である。ランタンは道標となった。
スペクターに触られて衝撃を受けたザオに陰守は木の上から薬を投げ渡す。
「こっちよ!」
リスティアがザオをかばうとピュアリファイでスペクターを威嚇する。そして二人で草木を分けながらランタンの導く方角へと逃げる。
「ロジャー・グリム。女神は何処にいるのだ!」
エイジが叫びながら簡易縄ひょうでスペクターを挑発した。
「これをやろう!」
エイジのおかげでスペクターが一瞬動きを止める。スペクターの目の前に立ったリンカは持っていた小箱を遠くに放り投げた。
スペクターが箱を探しに遠ざかる。
「いまのうちだ!」
リンカが殿となって全員がランタンの示す道を駆け抜けた。
金属製の箱を掘り返した事実はスペクターにばれていない。知られていればどこまでも追いかけられたかも知れないが、そういう事態には至らなかった。
ザオの小屋まで行くのは諦めて半端な場所で野営を行う。
スペクター・ロジャーを倒せなかったのは心残りであったが、肝心の眩しき翼の王冠は手に入れることが出来た。
「みんな‥あり‥‥が‥‥‥‥」
ランタンが一つだけ灯る暗闇の森の中、ツィーネは涙を浮かべて仲間達に感謝するのだった。
●パリ
八日目の朝が訪れて、一行はザオに森外縁の集落まで送ってもらう。暮れなずむ頃に到着したので、そのまま一晩を集落で過ごす。
預けてあった馬車に乗り込んで帰路についたのは、九日目の早朝であった。十日目の夕方にはパリへ到着する。
冒険者ギルドではミランテ夫人の使いが待っていた。慰労のお金とレミエラが冒険者達に贈られる。
「安全を考えるとミランテ夫人の屋敷でお世話になるのが一番だと思う。きっとウエストは眩しき翼の王冠を手に入れる為に接触してくるはずだ。テオカとの交換を提示したのは他ならぬ奴なのだから‥‥」
ツィーネは冒険者ギルド内を見渡した。ウエストの息がかかった者がいるかも知れないからだ。
「ウエストからの接触を示す行為があったら、すぐに依頼を出すつもりだ。もし取引に失敗したらテオカは‥‥」
ツィーネは頭を振り、最悪の想像を吹き飛ばした。
「次にみんな会う時はテオカを取り戻す時だ。どうかうまくいくように手伝って欲しい」
ツィーネは眩しき翼の王冠が入った布袋を大事に抱えながら一人一人と握手をする。そしてミランテ夫人の使いと共に冒険者ギルドを後にする。
外で待っていた馬車にツィーネが乗り込む。馬車はミランテ夫人の屋敷を目指して駆けだした。