●リプレイ本文
●出発
一日目の早朝、ツィーネと今後の相談をする為に冒険者達は集合する。
これからミランテ夫人が用意してくれた馬車でツィーネが隠れる山小屋に向かう予定であったが、誰もが胸騒ぎを覚えていた。
ツィーネの身を心配し、もしもに備えて三人の冒険者が先発組として出発する事になった。
「万が一、ツィーネが用意出来て居ないと困るからな。極力急ぐからそれまで頼む」
馬車で向かうリンカ・ティニーブルー(ec1850)は先行するヤード・ロック(eb0339)にツィーネへと毛糸の外套を預ける。山ならば雪が積もっていてもおかしくない季節だからである。
「確かに預かったんだぞ、と。リスティア、シュネー急ぐんだな、と」
ヤードはフライングブルームに跨り、いつでも飛び立てる体勢をとった。
「用意出来たわ。シュテルン、後ろのティアもよろしくね」
グリフォンの頭を撫でるとシュネー・エーデルハイト(eb8175)は飛び乗る。
「よろしくね、なるべく静かにしてるわ」
リスティア・バルテス(ec1713)が後ろに乗るとグリフォンは翼を大きく広げた。
「ツィーネ、今行くぞーーー!!」
ヤードが叫びながら大空へと一直線に飛び去った。
シュネーもグリフォンを舞い上がらせて遠くの空に消えてゆく。
先発組の三人を見送ったところで、馬車組も出発の用意を始めた。
「なるべく早く向かった方がよさそうだ。が、急がば回れというジャパンの諺もあるように、無理な進路は慎もう」
馬車の御者は西中島導仁(ea2741)が務めてくれる。先発組の分も含めてすぐに必要のない荷物は馬車に載せられていた。
「これで不足はありません。すべての準備は整いましたわ」
馬車内で荷物のチェックをしていた国乃木めい(ec0669)が、窓から西中島に話しかける。
「どの馬も万端だ。出発しよう」
エイジ・シドリ(eb1875)は馬車の牽引に冒険者の馬達を繋げ終わると、御者台へあがる。西中島が疲れた時には御者を代わるつもりのエイジである。
「それでは私が先頭で道案内をしますので」
セブンリーグブーツを履いたオグマ・リゴネメティス(ec3793)が歩き始めて、馬車が後をついてゆく。同じくセブンリーグブーツを履いたリンカは殿を務めた。
速度は徐々に上がってゆく。
冒険者達の愛犬も馬車と併走して進み、やがてパリの城塞門を抜ける。
オグマが吊した魔除けの風鐸を鳴らしながら、馬車は一路ツィーネの待つ山へと駆けてゆくのだった。
●ツィーネの安否
「まるで戦いがあったみたい‥‥」
グリフォンから雪上に降りたリスティアは周囲を見回す。太い枝がいくつも雪面に転がり、足跡や転んだへこみがたくさん残っていた。
先発組が山小屋周辺に着陸したのは二日目の夕暮れ時である。
「これは‥‥」
シュネーが雪に残っていた染みを見つけて屈む。夕日で赤く染まっているせいでわかりにくいものの、手に取ればはっきりとわかった。血が混じる雪である。
二人をよそにヤードは山小屋へと突き進む。山小屋の近くにはこの前使用した馬車が停められてある。
「ツィーネ〜お前に会うために急いで来たぞ!」
戸を開いて薄暗い山小屋の中にヤードは足を踏み入れた。射し込む夕日に照らされる馬二頭がまず目に入る。馬車を牽引していた二頭だ。
「ツィーネ!」
「ヤードか‥‥。そうか、仲間が来てくれたのか‥‥」
ヤードは魔剣を抱くように藁の上に寝転がるツィーネを発見する。そして側に駆け寄った。
「その足の怪我はどうしたんだ!? は、早く癒さないといけないぞ、と」
ヤードが叫ぶ前に、リスティアとシュネーも山小屋へやって来た。
「すぐによくなるからね」
リスティアがツィーネにリカバーを施す。間もなくツィーネは元気になるが、念の為安静にしてもらう。
ヤードは毛糸の外套を震えるツィーネにかけてあげた。
「ロジャーに襲われたんだ。何とか追い返したが、まだ近くに潜んでいるはず。それにグールとおぼしき二体も森の中で見かけたので注意が必要だ‥‥」
すぐに日が暮れてランタンを灯す中、ツィーネが状況を説明する。
シュネーはとても小さな暖炉で火を起こした。もうすぐ命に関わる寒さが訪れるであろう。残っていた薪はわずかだが、敵が徘徊してるかも知れない夜の雪山で燃料を探すわけにはいかなかった。エイジと国乃木が持たせてくれたボロ布などや壊れた桶が役に立つ。
「ティアは定期的にデティクトアンデットを。ヤードはツィーネをお願い」
シュネーは防寒の用意を整えて一時間に一回程度、外を巡回する。
四人の誰もが一睡も出来ずに一晩は過ぎ去った。
三日目の太陽が昇った後でも油断出来ないが、なるべく離れないようにして燃料になりそうな木々を集めておく。
夕方になり、馬車組が山小屋へ到着する。酷く疲れていた四人は仲間に後を任せて深く眠るのであった。
●危険な帰り道
真夜中、馬車組は目が覚めた先発組とツィーネに道中での出来事を語る。
ツィーネも見かけたグールに襲われたのだが、倒したのは一体のみである。もう一体は現れなかったという。
帰るにあたり、一つ問題が残っていた。この前掘りだしたロジャー・コレクションの一部についてである。
国乃木はわかる範囲での元の所有者への返却や教会への寄付を願うが、スペクター・ロジャーに狙われた現状ではパリへ持ち帰るのは難しい。
眩しき翼の王冠のように忌まわしき品であり、完全封印のつもりで教会に寄贈するのならともかく、一時的に預かってもらうのは難しいからだ。
結果、山小屋の床下に穴を掘って埋めておく事に決まる。これから雪に閉ざされる土地なので、ロジャーが誰かに憑依して掘りだそうとしても不可能だと考えたのだ。
落ち着いた所で、暖炉の火によってエイジが持ってきた新巻鮭を主とする鍋料理が作られる。
「これ美味しいな。身体も暖まる」
ツィーネの笑顔を見られてエイジは『よかった』と心の中で呟いた。
厳重な見張りの元で夜を過ごし、四日目の朝が訪れた。
雪がチラホラと降り始めていたので、一行は帰りを急いだ。
山小屋の側に停めていた馬車の御者はエイジが引き受けてくれる。西中島が走らせる馬車と共に山道を下り始めた。
道にも雪が積もっていたものの、深さは五センチ前後である。車輪をとられる事はなかったが、滑りやすさには注意が必要だ。特に下りは速度が出やすいので、わざとゆっくり気味に走らせる。行きにはセブンリーグブーツで併走した冒険者も馬車に乗り込んでいた。
「何だ!」
突然目の前に飛びだすものがあって西中島が馬車を急停車させる。エイジも停車させた。
「グールのようですね」
真っ先に馬車から降りた国乃木が道のど真ん中に立つ敵を見つめた。
「これ以上は近づけないはずです」
馬車に吊した魔除けの風鐸の音を聞きながら、オグマが弓矢を用意する。
「グールはやる気のようだな。‥‥ここは戦うべきか?」
エイジは手裏剣を手に構えた。展開によってはマウンテンピックに持ち替えるつもりである。
「このまま道に居座られて、睨み合いをしても埒があかないな」
リンカもオグマのように弓を用意する。国乃木とリスティアからグールならば通常の武器でも倒せると聞いていたので、レミエラによる魔力の矢を出現させておく。
「雪の降りも強くなってきた。先を急ごう」
西中島が霊剣を抜いて構えた。
念のためのホーリーフィールドがリスティアによって張られる。相互に様々な魔法付与も行われた。
戦いが始まり、遠隔の矢が二本、そして手裏剣がグールに命中する。そして近接の西中島、シュネーが一気に畳み込んだ。
実力差は歴然であり、すぐにグールの排除は済むはずであった。
「あそこに誰か隠れてるわ!!」
リスティアがデティクトアンデットで感知し、道の脇に広がる森の奥に隠れていたドワーフを発見する。反応から考えてもただのドワーフではなく、憑依されているのは明白であった。
「女神への捧げ‥‥べき!! 跪けよ!!」
ドワーフが叫んだ言葉によって、冒険者達はスペクター・ロジャーが憑依しているのだと確信した。
「ツィーネに酷いことをしてくれたんだな、と!」
ヤードがグラビティーキャノンを放ち、ドワーフを雪上に転倒させる。
「一つのことにこだわり、自らの死すら気づかずこの世をさまよいつづける‥‥人それを『妄執』という‥‥」
西中島はグールに止めを刺すと起きあがろうとしていたドワーフへ振り返りながら口上を述べる。
「卑怯にもほどがあります」
オグマはアイスコフィンのスクロールを取りだした。ドワーフがどのような人物かわからないまま無闇に傷つける訳にはいかないからだ。
「さすがに警戒しているようですね」
国乃木はコアギュレイトを唱えられるように構えていたが、ドワーフは決して射程距離に入ってこなかった。
冒険者達が膠着を感じ始めた時、ツィーネは魔剣を手にドワーフへ走り寄る。
逃げようとしたドワーフだが、足が草に絡まって転倒する。ツィーネに頼まれたヤードがプラントコントロールで仕掛けたのである。
「今だ!!」
ツィーネは柄でドワーフのみぞおちを打ちつける。すると憑依していたスペクター・ロジャーが背中から抜けだした。
「これは特別だ‥‥。当たれ!」
リンカが放った破魔矢は逃げ去るスペクター・ロジャーの背中へと命中する。
青白い炎は森の闇の中に消えていった。
気絶しているドワーフを馬車に乗せると冒険者一行は下山を急いだ。
ドワーフは麓の村の者であり、知らぬ間にスペクター・ロジャーに憑依されて山を登っていたのだという。
麓に到着して冒険者一行はドワーフと別れる。戦いに時間を要したので、そのまま麓で野営を行った。
遠くの暗闇にスペクター・ロジャーであろう青白い炎が漂っているのを国乃木が発見する。地上からでは遠回りしないと辿り着けない崖の辺りなので、今回は放置する事にした。
「見張っているつもりなのか、呆然としているのか。よくわからない敵だな。スペクターというのは」
「リスティアさんと国乃木さんがいうには、特別なスペクターのようです。普通は見境なく襲うらしいので。宝飾品に関しても執拗ですし」
見張りをしていた西中島とオグマは焚き火にあたりながらスペクター・ロジャーを話題にする。
スペクターから視線をそらして山の方角を向いても真っ暗で何も見えなかった。
ただ、風で流れてきた雪が麓付近にも降っている。山では大雪であろう。これで冬の間、あの山は閉ざされる事となる。
夜空が白み始める頃にはスペクター・ロジャーはいなくなった。
それからもスペクター・ロジャーに注意するものの、追いかけてくる様子はない。少なくとも今回は諦めたようであった。
●そして
八日目の暮れなずむ頃にパリへ戻った冒険者達は報告を済ませてギルドで話し合いを行った。
「みんな、おかげで助かった。戦っている間に怪我をしてしまい、そしてあの寒さ‥‥。あのまま数日を一人で過ごしていたらどうなっていた事か‥‥」
ツィーネが改めて仲間にお礼をいう。
「気にしないでもいいんだぞ、と。俺はツィーネの味方なんだから。みんなもきっとそうだぞ、と」
ヤードはちゃっかりとツィーネの隣りに座っている。ちなみに道中での保存食が足りず、国乃木に一つもらったヤードである。
「ロジャーはツィーネを追いかけて山小屋に現れたのでしょうか? それともコレクションを探していたのでしょうか?」
オグマの疑問はもっともであり、様々な意見が交わされた。
真実はスペクター・ロジャーのみが知るのであろうが、コレクションが第一で、ツィーネはついでだったと冒険者達は推測した。
例えツィーネがついでだったとしても危険は残る。第一、アンデッドは本来この世に存在してはならないものだ。
ツィーネは今後の行動において、二つの存在を選り分けて考えていた。
かつてウエストが滅ぼした村の人々が彷徨う姿になった森のレイス達の括りが一つ。もう一つがスペクター・ロジャーである。
ゴースト系アンデッドで同じ森を徘徊しているとはいえ、二つの素性がまったく違うのは、はっきりとしていた。
「そうだな。ザオにも世話になったし、一緒くたに考えるのはよくない。具体的には、どうするつもりなんだ? ツィーネ・ロメール」
「先に森のレイス達の浄化を考えている。残るは二十体ぐらいだろうか?」
エイジの質問にツィーネが答える。
「ピュアリファイが使えますわ」
「アンデッドに効果のある聖水って手もあるわね‥‥」
国乃木とリスティアは、浄化の方法を語った。
「感化されてロジャーについていったレイスもいる。逆をいえばレイス達が浄化されてゆくのをロジャーが黙ってみているとは限らない。自身以外の幽霊も徘徊しているおかげで、あの森は滅多に人が立ち寄らない場所となっているのだからな」
「俺もリンカの考えに賛成だ。あのロジャーが大人しくしているはずがない。死した者はいるべき世界へ還るべきだ」
リンカの意見に西中島の考えも加わった。
「森を彷徨うレイスを安らかに浄化させて一度体制を整え、その上でロジャーを倒す。さらに森の奥に埋まっている宝飾品のコレクションを掘り返して、持ち主がわかる物は返し、その他は教会に寄付をするべき‥‥と考えてるの? ツィーネは」
「その流れが一番だと思っている。ま、ここで急いで結論を出しても仕方がない。次も手伝ってもらえると嬉しい」
まとめてくれたシュネーにツィーネが頷いて話し合いは終わった。
ミランテ夫人の使いの者が現れて冒険者達にお礼のレミエラが贈られる。
ツィーネは仲間と一人ずつ握手をして冒険者ギルドを立ち去るのであった。