●リプレイ本文
●出発
一日目早朝、明王院月与と玄間北斗に見送られて、レイス浄化の馬車一行はパリを出発する。
これから玄間北斗はパリを巡ってウエスト勢力の情報集めをする予定だ。何かが掴めればツィーネ宛としてギルドに手紙を残しておくつもりである。
「そろそろお昼を過ぎましたし、こちらを」
馬車内の国乃木めい(ec0669)は月与に作ってもらった特製パンを仲間に分ける。中身にはシチュー風味や炒めた肉と野菜などの具が入ったものがあった。包みに工夫がされていて、まだほんのりと温かい。
「しかし、ロメール殿もなかなか大胆な案を考えるものだ」
パンを頂きながら西中島導仁(ea2741)が話しを切りだす。これから向かう幽霊の森での浄化についてである。
なるべく少ないレイスを誘いだして体力を削りとり、ピュアリファイで止めをして浄化させるのが作戦の流れだ。
ピュアリファイ用の魔力を補充する為には術者の六時間睡眠が必要であった。これに合わせて八から九時間の戦いのサイクルが決められてある。
「私の本領発揮ね。がんばるわよ!」
クレリックのリスティア・バルテス(ec1713)は張り切っていた。
「私も浄化を手伝わせていただきますわ」
僧侶の国乃木もリスティアと同じくピュアリファイが唱えられる。なるべくタイミングを合わせて浄化をする心づもりだ。
「これを用意してきたわ。やりすぎないようには注意するけど、威力は必要だもの」
シュネー・エーデルハイト(eb8175)はアンデットスレイヤーの剣の鞘を持って少し持ち上げる。
推測だが浄化すべきレイスは二十体。もしも誘いだしに失敗したら浄化を待たずに倒さなくては身に危険が及ぶ。そうなった時、優先すべきは仲間の安全だ。
「レイスと決着付けられるといいのだけどな、と。それにしても美味しいんだな、と」
ヤード・ロック(eb0339)は、いつものようにツィーネの隣りに座ってパンをかじる。
「レイスを浄化し、そして次はロジャーを‥‥」
顔をあげたツィーネは真剣な眼差しであった。
「警戒は任せてくれ。遠距離からある程度はレイスの体力を削れるはずだ」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)は弓のアンデットスレイヤーの手入れを続ける。オグマ・リゴネメティス(ec3793)と一緒に弓矢での攻撃を仕掛ける予定であった。
ツィーネは御者台のエイジ・シドリ(eb1875)の隣りに移動すると、セブンリーグブーツで併走するオグマに声をかける。
「中に温かいパンがある。頂いたらどうだろう?」
「わかりました。それでは失礼して」
オグマは馬車に乗り込むと国乃木からパンを受け取った。
「御者を交代しよう。美味しいぞ」
「感謝する。ツィーネ・ロメール」
ツィーネはパンをエイジに渡し、代わりに手綱を受け取る。しばらくはツィーネが御者となった。
「まずザオに話を通すのが筋だろう。集落にいてもらっても良いと思うが」
「そうだな。浄化の前にはそうしたい」
エイジにツィーネが頷く。
「エイジ、中で暖まった方がいいんだぞ、と」
「お、おい。そんなに急がなくても!」
ヤードが馬車内から半身を乗りだして、半ば強引にエイジと交代する。わざわざ寒空の下にヤードが現れたのはツィーネの隣りにいたいからだ。
しばらくして馬車は停められた。焚き火で暖をとりながらの休憩時間である。
「テオカ、元気にしてる?」
「元気過ぎるくらいだ。ミランテ夫人に迷惑をかけてないといいのだが」
リスティアはツィーネと何気ない会話を交わす。あらかたの相談が終わり、後は森の外縁にある集落に向かうだけである。それまでの間、少しでもツィーネに穏やかな時間を過ごしてもらおうとリスティアは考えていた。
西中島と国乃木は焚き火で石を焼き、ボロ布で包んで仲間に分ける。これがあるだけで結構寒さがしのげるものである。
一行は一晩の野営を経て、二日目の夕方に幽霊の森外縁の集落へと到着するのだった。
●浄化
三日目の朝、何人かの冒険者が森の中の小屋に向かおうと準備を整えていると、声をかけられる。目的のザオがその場に立っていた。
「俺の勘もけっこう冴えているな」
ツィーネから事情を聞いたザオは、しばらく集落に滞在する事を承諾した。かつての隣人達に安らぎをとザオは冒険者達に改めて頼んだ。
滞在の日数は多くはない。馬車と馬を集落に預けると一行は森に向かった。
森の外に安全な野営地を用意して、そこを拠点とする。睡眠による魔力回復もここで行う予定だ。
オグマが野営地に立てた細長い丸太の天辺に魔除けの風鐸を吊す。天候も雨が降らない程度に悪くさせておく。これで自然の風が吹いている間はアンデッドであるレイスは近づけない。
まずはそれほど森に深く踏み入れない周辺でレイス浄化を始めた。
「一体か二体がいいはずだ」
国乃木から引魂旛を借りたエイジはレイスのおびき寄せ役を引き受けた。もしもの護衛としてツィーネが同行する。
森の薄暗い中、遠くに青白い炎を見つけるとエイジは引魂旛を大きく振る。やがて気がついたレイス二体は引魂旛目がけて飛んできた。
「戻るぞ」
「わかった」
ツィーネとエイジが森の外へ向かって駆ける。こうなればレイスはもう二人を追わずにはいられない。レイスの飛行速度はそれなりに速い。通常ならば、すぐに追いつかれてしまうのだが、そのようにはならなかった。
誘導する経路へオーラパワーを付与した網がいくつも木の枝に張られていたからだ。網には大きな隙間があるので完全な壁とはならない。しかし時間稼ぎをするだけなら充分であった。
「この方角なんだぞ、と」
ヤードが薄暗い森の中にムーンアローを放ち、より正確なレイスの位置を示す。待機していたリンカとオグマは弓矢を構えた。
「向かって右に集中しよう!」
「了解しました!」
青白く輝くレイス二体を目視したリンカとオグマは矢を放つ。
「ティア、最後はよろしくね!」
構えたシュネーは森から飛びだしてきたエイジ、ツィーネとすれ違う。そして森から飛びだしてきたレイス一体に剣戟を喰らわせた。
「こちらは任せろ!」
もう一体は西中島が相手をしてくれた。シュネーもそうだが、手加減の頃合いがとても難しい。それだけシュネーと西中島の一撃は重かった。
「シュネーさんが戦うレイスを先に!」
国乃木は西中島が引きつけてくれているうちにレイスへ近づき、コアギュレイトで動けなくさせる。
「貴方達を救いにきたの。御願い、受け入れて!」
リスティアは説得を試みるが、レイス達の心には届かなかった。
先に国乃木がピュアリファイを唱える。
「‥‥迷える魂に、セーラ様の慈悲と救済を!」
頬に涙を伝わせるリスティアは国乃木の後に続く。
レイスは浄化された。最後の一瞬だけレイスが安らかな表情を浮かべたようにリスティアには見えた。
残る一体も浄化されると、ツィーネと一緒に何人かの冒険者が祈りを捧げる。
魔力にはまだ余裕があったが、安全のために睡眠の時間となった。魔力回復の必要がない仲間によって見張りが行われる。
八時間後、再びレイスを誘き出しての作戦は繰り返された。
森の浅い周辺を漂うレイスと戦うのであれば、夜間でもなんとかなった。もちろん迷わない為の篝火の用意や、ヤードのプラントコントロールによる補助は必要であったが。
五日目には森の奥に踏み入れてのレイス浄化が行われる。昨日までに浄化させたレイスは十五体である。
「逆恨みで彼にまで彷徨われても厭らしいですし」
国乃木は途中で発見したウエスト・オリアイリの死体を埋葬して祈りを捧げる。
自然石の墓標にツィーネは清らかな聖水を降り注いだ。
憎き敵であったが、この世に幽霊となって彷徨えば、さらなる不幸をまき散らす存在になるだろう。それは冒険者達の望む未来ではなかった。
密集する森の中では自然の風は届かず、途中での魔除けの風鐸による安全確保は難しかった。しかしついていたのか不意を襲われる事もなく、一行は難なくレイス三体の浄化を成功させた。推測では残り二体である。
ここで森の外に一旦戻るのか、ザオの小屋で一晩を過ごすのかの選択に迫られた。
相談した上でザオの小屋で休む事が決まる。七日目の朝には帰り始めなければならず、明日が実質的な最終日となるからだ。
あらかたのレイスは浄化したので危険はかなり少なくなっていた。だがスペクター・ロジャーの存在を冒険者の誰もが頭の隅に置いていた。
スペクター・ロジャーはコレクションが埋められている最奥の窪地にいるはずだが安心は出来ない。何故なら理由さえあれば彼は場を離れる事を厭わないからだ。
六日目の朝が訪れてると冒険者達は残りのレイスを探し回った。しかし森は広く、なかなか見つからない。残る可能性はスペクター・ロジャーがいる森の奥である。
「これまでのようにエイジとわたしが囮になってやるしかないか」
「ツィーネ、それだとダメよ。あんなに狭いところじゃ逃げ場がないわ。それにレイスなら何とかなっても、ロジャーに気づかれたらとても大変」
ツィーネの両肩をリスティアが掴んで説得する。
「逃げ回るだけならともかく、ここ以上の密集ならうまく剣を振り回せないもの。ティアのいう通りよ」
シュネーがリスティアの意見を補強した。
「その通りだな。しかも相手は幽霊だから、障害物は関係なしに動き回れるからな。地の利は相手側にある」
西中島は振り返り、真っ暗な森の奥を見つめる。
「この森では魔除けの風鐸は役に立たないでしょう。そして弓を射る立場でお話しますと、いきなりの接近戦に持ち込まれたのなら、役目が果たせなくなります」
「同感だ。別の作戦を考えるべきだ」
オグマとリンカはそれぞれの弓を手にとってツィーネに語った。ちなみに出来るだけ矢は回収していたが、いくつか折れたものもある。
「森の外縁までレイス達を誘導すればいいのだが、方法は‥‥」
エイジが顎に手をあてて考える。
「レイスやスペクターは空を飛べますわね‥‥。なら、こちらも飛んだらどうかしら?」
国乃木が思いついた作戦を説明する。たまたまだが、仲間は複数の空を飛べるアイテムも持っている。それを活用する作戦であった。
「誰かフライングブルームを貸してくれないか?」
「ツィーネは森の外にいて欲しいんだぞ、俺が囮になるんだぞ、と。任せて欲しいだぞ、と」
ヤードはツィーネが空飛ぶアイテムを借りて囮になるのを止めると、自ら志願した。その他の囮役も決まった。
空飛ぶアイテムに相乗りをして一行全員が一旦森の外縁に移動する。
ヤード、オグマ、エイジは再びフライングブルームで飛び立つ。エイジのは西中島から借りたものだ。
以前と違い、邪魔のいない空を高速に移動すれば、森の最奥への到着もわずかな時間で済んだ。そして決意したヤードが低空を飛び始めた。
すぐに一体のレイスが空飛ぶヤードを発見して取り憑こうとする。やがてスペクター・ロジャーも気がつく。我慢して旋回を続けていると、もう一体レイスが森から現れた。
飛び回るヤードだが、レイス二体とスペクター一体より増える様子は窺えない。これで全部だと判断したヤードは、巨大な木の横を通り過ぎた。
太い木の枝にはエイジが立ち、引魂旛を振っていた。落ちないように蔦で幹に身体を縛りつけて。
レイス一体が引魂旛に気がつく。
エイジは短刀で蔦を切り、発動させておいたフライングブルームで飛び立った。
引魂旛は大木の裏に隠れていたオグマが受け取る。エイジと同じようにしてもう一体のレイスを引きつけて宙を駆けた。
ヤードはスペクター・ロジャーを引きつけながら森の上空を縦横無尽に飛び回る。
エイジとオグマは森外縁で待機する仲間の元へレイス二体を誘導した。
「もうそろそろ、飛べなくなるんだぞ、と」
ヤードが焦りを感じ始めると、オグマとエイジが戻ってきた。
「二体とも浄化は終わった!」
「脱出です!」
「わかったぞ、と!」
エイジ、オグマに呼応したヤードは一気に速度をあげ、スペクター・ロジャーから逃げ切った。もう一度フライングブルームを発動し直すと、遠回りをして仲間と合流する。
森外縁の集落に戻った冒険者一行はザオにレイス達の浄化が終わった事を伝えると、預けていた馬と馬車を受け取って出発した。集落で一晩を過ごすと迷惑がかかるかも知れないと考えたからだ。
野営時、スペクター・ロジャーは現れなかった。
翌日の七日目、一行は再度パリへの帰り道を辿る。
八日目の夕方にはパリへ到着し、冒険者ギルドを訪れた。
まずは受付嬢が預かっていた玄間北斗の手紙をツィーネが受け取る。どうやら、ウエストの勢力は内部分裂を起こしているようだ。
依頼の報告を済ませると、ツィーネはミランテ夫人の使いの者が持ってきた追加のお礼を仲間に分ける。
「あれだけいた森のレイスも、すべていなくなった。残るはスペクター・ロジャーのみ。気を抜いてはいけないが、あの森が平和になるのも近いな」
ツィーネは感慨深く呟くと、冒険者ギルドを後にするのだった。