●リプレイ本文
●出発
ソペリエに見送られた馬車一行は幽霊の森外縁の集落を目指す。
御者を引き受けてくれたのは西中島導仁(ea2741)である。一人で受け持つには大変なので、エイジ・シドリ(eb1875)とツィーネが時折交代した。布に包んだ焼いた石を懐に忍び込ませていても、今時期の寒さは厳しかった。
ツィーネが御者をしているとヤード・ロック(eb0339)がいつの間にか隣りに座っている。たまにリスティア・バルテス(ec1713)がヤードにちょっかいを出すのも見慣れた風景だ。
オグマ・リゴネメティス(ec3793)はセブンリーグブーツで馬車に併走し、たまに先行して斥候をしてくれた。野盗などの面倒はあらかじめ排除しておくに限る。
御者をしていない時のエイジは馬車後部で工作を行う。
シュネー・エーデルハイト(eb8175)はグリフォン・シュテルンで馬車の上空を飛翔する。防寒の準備は万端でも、休憩中は焚き火の前で釘付けである。
特に冷える夜、身体の中から暖める為に国乃木めい(ec0669)は酒類を仲間に振る舞った。テント内にはエイジ、リンカ、国乃木が用意したボロ布が敷き詰められる。
ボロ布があると火の用意も簡単になるのでとても重宝された。
森に近づくにつれ、積雪が目立ち始める。
馬車窓の戸を開けたリンカ・ティニーブルー(ec1850)がツィーネと一緒に外を眺めた。
「やっとここまで来たな。後一息だ、今しばらく頑張ろう」
「そう、あともう少しだ‥‥」
遠くには夕日に照らされる雪化粧をした幽霊の森が佇んでいた。
●集落
二日目の夜、森外縁の集落に到着した一行は空き小屋を貸してもらう。
「光刃皇、明日の移動を頼むぞ。スペクターを倒さなくてはならないのだ」
西中島はペガサス・光刃皇の世話をする。魔力を効率的に使う為に昨晩かけておいたオーラテレパスで言い聞かせる。まだそれほど慣れていないのでスキンシップは大切であった。
「戦う時にはリンカを後ろに乗せるわ。お願いね」
シュネーは野外の大木の下でグリフォン・シュテルンの背中を撫でる。身体が大きいので小屋に入れるのは無理があったからだ。
「藁をもらってきた。これでシュテルンも少しは寒さをしのげるだろう」
リンカとツィーネが藁を載せた荷台を引っ張りながらシュネーに近づく。グリフォンに藁をかけてあげると三人で小屋へと戻った。
「こんな感じでいいだろう。助かった、オグマ・リゴネメティス」
「雪は厄介です。着いたらスコップである程度は取り除くつもりですが、すべては無理でしょうし」
エイジは貝殻類砕きの作業をオグマに手伝ってもらっていた。後は袋に詰めておけば終了である。森の奥に着いたのなら、滑り止めとして雪上にばらまくつもりであった。
「ツィーネ寒かったんだぞ、と。こっちが暖かいんだぞ、と」
小屋に戻ってきたツィーネをヤードは暖炉の側まで導いた。そして国乃木が作ってくれたミルク入りスープを手渡す。
「ありがとう、ヤード」
「お安いご用なんだぞ、と。もしよければ俺が暖めてあげよ〜〜おっとっとと!!」
ツィーネに答えようとしたヤードは長椅子に座りながら倒れそうになる。後ろからリスティアが小突いたからだ。
「ツィーネ、寒いわね。大丈夫?」
リスティアはツィーネとヤードの間に割り込んで座る。
「寒いな。ティアは平気なのか?」
「うううん。あたしも‥‥寒い。明日からはもっと寒くなるけど頑張らないと!」
ツィーネとティアは微笑み合う。その様子を横目で眺めたヤードがため息をつく。
「さあ、みなさんもお召し上がりになってね。集落の方からの頂き物で作ったスープですわ」
国乃木が暖炉に集まった仲間にスープをよそる。
「そういえば‥‥、最近ザオは集落に立ち寄っていないそうだ」
ツィーネが藁を集落の人からもらった時に聞いた話を仲間に伝える。
森の奥まで飛んで向かうのはすでに決まっていた。途中で森の中の小屋に立ち寄り、ザオに会ってゆく事になった。
●ザオ
三日目の朝、冒険者達はスペクター・ロジャーを倒す為に森の奥へと出発する。
西中島はペガサスで飛翔した。シュネーはグリフォンに跨り、リンカを後ろに乗せて飛び立つ。
ヤードは自前のフライングブルームである。ツィーネはヤードから空飛ぶ木臼、エイジは西中島のフライングブルームを借りた。
「遠くに出かけているのだろうか‥‥」
着地したツィーネが呟く。途中、森の小屋に立ち寄ってもザオの姿はなかった。
大した時間もかからず、窪地から少し離れた拓けた地点に六名が到着する。
「すぐに戻るわ」
シュネーが空飛ぶアイテム類を仲間から預かるとグリフォンで引き返す。しばらくして国乃木、リスティア、オグマを連れて戻ってきた。
全員が揃った所で準備を行う。
まずは雪を除いて野営場所を整えた。国乃木のアイデアで雪だるまを作り、風が吹き込まないようにテントを囲む。
エイジとオグマはスコップを手に雪かきをする。ヤード、西中島も手伝った。焚き火用の枯れ枝も手分けして集められる。
オグマは魔除けの風鐸をテント近くの木の枝に吊したが、ウェザーコントロールのスクロールはまだ使わなかった。タイミングを誤り、これ以上の雪が降ると大変だからだ。スペクター・ロジャーとの戦いが始まるまでは控えておく。
拓けた周囲すべてを除雪するのは無理なので、エイジが用意した砕いた貝殻がばらまかれる。雪が振りそうならオグマに天候を変更してもらうつもりであった。
一通りの準備が出来た所でエイジ、リンカ、オグマ、リスティアが偵察に向かう。
「あちらの方角、八十メートルぐらいよ」
窪地へ近づきながら、リスティアがデティクトアンデットでスペクター・ロジャーの位置を探る。
「ちょっ、ちょっと待って下さい」
スクロールのブレスセンサーで周囲を探ったオグマが先を歩く三人を呼び止めた。人の呼吸する地点がリスティアの感知したスペクター・ロジャーと重なるらしい。
「その人物、憑依されていると考えるべきだな」
エイジの意見に三人も同意見である。
「あたいが覗いてこよう」
リンカが一人で確認しに向かうが、それほどは近づかない。視力の良さを活かして昼間でも薄暗い窪地を遠くから眺める。
戻ってきたリンカは浮かない表情だった。その場の三人に伝え、そして野営地に戻ってあらためて話される。
「そんな‥‥。ザオがロジャーに憑依されているなんて」
ツィーネが唇の端を噛んだ。
「せっかくこの森もいい意味で変わろうとしているんだぞ、と。ザオも無事でなければ気持ちよくないんだぞ、と」
ヤードがツィーネの肩を優しく叩いた。
「すぐに殺される事はないと思いますが、急ぐべきでしょうね」
「そうね。急がないと」
国乃木がシュネーと目を合わせて頷く。
「なんたる卑怯者! ロジャー・グリム!」
西中島は握り拳を近くの木の幹に叩きつける。
「もうすぐ日暮れだ。夜は我々にとってあまりに不利。少しでも早くとは思うが‥‥しかし‥‥」
ツィーネは悩んだ末に決定した。
スペクター・ロジャーに憑依されたザオを一晩監視し、彼の身に急変があったのならどの様な状況でも突入する。
ザオに何事もなくても、四日目の朝日が昇ると同時に作戦開始である。
やがて長く冷え込む夜が始まるのだった。
●スペクター・ロジャー
「やるぞ‥‥」
空が白み始めて太陽が昇り、ツィーネが仲間に合図を出す。
レジストデビルなどの付与魔法が施されてから作戦が開始された。
「女神は今そこにいるのだろうか!」
憑依されたザオが穴掘りを始めようとしたその時、目前に飛びだしたエイジが叫んだ。
エイジは木々の間を抜けて拓けた周辺へと駆ける。雪上であったが、すべらずの靴のおかげで安定感があった。
憑依されたザオがエイジを追いかけて拓けた周辺に足を踏み入れる。
エイジはテント近くでリスティアから借りた引魂旛を大きく振った。足下にはもしもに備えた工作で組みあげた武器が隠されている。
ここで大いなる迷いが憑依するスペクター・ロジャーに襲いかかる。引魂旛には引き寄せられ、魔除けの風鐸の音からは遠ざかりたいという相反する気持ちだ。
「呪縛!」
国乃木が戸惑う様子の憑依されたザオにコアギュレイトを放つ。
エイジは国乃木より少しだけわざと遅らせて、オーラパワーを付与してもらった網をザオに被せた。
「あんたとの腐れ縁も長かったが、そろそろ終わりにしたいんだぞ、と!」
続いてヤードがムーンアローを放つと、ザオの背中辺りに青白い炎が浮かび上がる。スペクター・ロジャーは苦労しながらも網の隙間から抜けだした。
「そちらには行かせません!」
森の奥へと逃げようとするスペクター・ロジャーに向けてオグマがたくさんの矢を放ち、空中に幕を張った。弓のおかげで魔力を帯びた矢である。
「ザオ!」
「今、治療してあげるわね」
ツィーネとリスティアはザオを確保してテント内で休ませる。リスティアはリカバーをザオに施し、さらにホーリーフィールドをテント周辺に張った。これで魔除けの風鐸が鳴りやんでも、すぐに襲われる事はない。
少なくなった魔力をリスティアはソルフの実で回復させた。
「森には向かわせない!」
シュネーが操るグリフォンの後ろに乗ったリンカは上空からロジャーの動きを牽制する。リンカが放つ矢も弓のあかげで魔力を帯びていた。
スペクター・ロジャーの弱り具合を確認しながら、リンカはアンデッド特効の破魔矢を命中させる。
「女神はこっちだ!」
エイジはテント周辺から離れるとあらためて引魂旛を振る。
「この世でやり残したものがある者は、死してなおそれに魂を絡め取られ、輪廻の輪から外れ現世に留まる‥‥人それを『未練』という‥‥」
エイジの側に立つ西中島は口上を延べながら霊剣を構えた。急接近するスペクター・ロジャーを見上げながら。
すれ違い様に西中島の一撃が決まり、スペクター・ロジャーが悲鳴をあげる。
「ロジャー・グリム!」
さらにツィーネの魔剣が胸板を貫く。それでもスペクター・ロジャーは森へと逃げ込もうとする。
「こっちはだめよ!」
グリフォンで先回りしたシュネーが妖精の盾でスペクター・ロジャーを押し返す。さらに剣撃も加えられた。
「セーラ様の慈悲あれ!」
リスティア渾身のピュアリファイがスペクター・ロジャーに止めを刺した。徐々に青白いスペクター・ロジャーの姿が消えてゆく。
「‥‥女‥神‥‥よ‥‥」
最後に呟きを残してスペクター・ロジャーは浄化される。
何人かの冒険者が祈りを捧げた。ツィーネもその中の一人であった。
●そして
一行はもう一晩だけ森の拓けた野営地に留まる。幸いにもザオに大事はなかった。
森を後にする時、冒険者達はスペクター・ロジャーに言葉を投げかける。
「‥‥女神には会えた? ロジャー」
リスティアは悲しげにロジャーが消えた空中を見上げた。
「貴様に名乗る名はなし‥‥その未練を断ち、貴様のいるべき所に還れ」
西中島は剣を一振りして鞘に収める。
「女神か‥‥」
エイジは最後までスペクター・ロジャーがこだわっていた女神という言葉が気にかかる。
「迷わないでもう休みなさい」
シュネーは目をわずかに細めて呟いた。
「安らぎを‥‥」
国乃木もあまり語らず、祈りをもって気持ちを示す。
「せめて安らかに眠れ。天なら待つ者も居るだろうから‥‥」
リンカはスペクター・ロジャーが浄化した空中の真下の雪面に破魔矢を突き刺した。墓標の意味も込められているようだ。破魔矢の先は地面にまで届いていた。
「わたしのを使ってくれないか?」
「そう仰るのなら」
オグマはツィーネからもらった清らかな聖水を破魔矢にかけて一緒に祈る。
「とりあえずは一区切りついたかな、と。もしまた出てきてツィーネに迷惑をかけたら承知しないぞ、と」
ヤードはこれでロジャーを忘れるつもりである。それよりもツィーネと約束した食事の事で頭の中は一杯であった。
一行を乗せた馬車は八日目の昼にはパリに到着する。
冒険者ギルドでは、ロームシュト家のミランテ夫人が待っていた。すべてを終わらせてくれた事に感謝し、追加の謝礼金と指輪が冒険者達に贈られる。使われた分の魔力回復の薬も補充された。
「おかげですべてが解決した。特にテオカの安全がわたしにとってなによりだ。みんな、ありがとう。そうそう、近々あらためて集まる機会を作るつもりだ。ヤード、食事の話しはその時に」
笑顔のツィーネはミランテ夫人と共に冒険者ギルドを立ち去った。