●リプレイ本文
●出発
一日目の夜明け前。西中島導仁(ea2741)、ヤード・ロック(eb0339)、リスティア・バルテス(ec1713)の三人はツィーネ宅を訪れた。
パリに残すテオカとトノスカの事が気になったからである。
「中に入って少しだけ待ってくれ」
ツィーネは三人を招き入れると別室で用意を続ける。
寝室から飛び起きてきたテオカが居間にいたリスティアの足下に抱きつく。
「テオカ、元気だった?」
「うん♪ このあいだのチーズありがと〜♪」
「あれはヤードの分もあったのよ」
「そうなんだ。どっちもおいしかったよ♪」
テオカを追いかけるようにリスティアの前に現れたのは噂のトノスカだ。ブノイル領のアンゼルム領主から派遣された女性である。ブノイル領との連絡とパリでテオカの面倒をみるのが役目らしい。
リスティアはトノスカと社交辞令的なやり取りをした。トノスカは物静かな印象の女性であった。
(「一見良さそうではあるが‥‥」)
西中島は腕を組んで壁へ寄りかかり、リスティアと話すトノスカを観察する。印象はリスティアと同じだが、今回だけで結論を出すのは早計だと思える。
「テオカ、帰りだとなかなか寄れないんで最初にやってきたんだぞ、と」
「あ、ヤードお兄ちゃんだ♪」
ヤードは近寄ってきたテオカの頭を撫でて今回もお土産を買ってくる約束をする。
ツィーネの支度が終わり、三人は一緒にパリ船着き場へと向かった。待っていた仲間達と港町オーステンデ行きの帆船へと乗り込む。
教会の鐘の音を合図にして帆船は出港した。
「あたいも行けばよかったかな」
甲板のリンカ・ティニーブルー(ec1850)はリスティアからトノスカがどんな人物だったかを聞いた。ブノイル領でトノスカがどのような人物かを調べてから対面しようと考えていたリンカである。
「シュテルンとヒューゲルには、なるべくおとなしくしてもらわないとね」
船倉から甲板に上がってきたシュネー・エーデルハイト(eb8175)は、リスティアとリンカの二人に近づく。グリフォンと愛馬をなだめてきたばかりであった。
「船倉に余裕があって安心しました。テルプシコラも大丈夫でしょう」
オグマ・リゴネメティス(ec3793)もまたシュネーと同じく船倉の愛馬の様子を確認してきたばかりである。集まっている仲間の元へ足を運ぶ。
さらにツィーネが甲板に姿を現すと、樽に潜んでいた何かが静かに飛びだす。その正体はイフェリア・アイランズ(ea2890)だ。
「きゃあぁぁ〜〜!」
イフェリアはツィーネを手始めにイタズラを敢行する。背後から飛んで近づき、背骨にそって人差し指を滑らせた。
「待てって言われて待っとったら、捕まるやんかいさ〜♪」
イフェリアは女性陣全員に追いかけられるが、狭い船内の廊下を飛んで逃げまくる。
「イフェリア・アイランズの奴、また何かしでかしたな」
船室内で弓の手入れをしていたエイジ・シドリ(eb1875)が廊下の方角へと振り向いた。側には前回注意を記しておいたオーステンデから城下町カノーまでの地図が置かれてあった。
一行がオーステンデで下船したのは三日目の夕方。翌日、迎えの馬車に乗り込んでブノイル領を目指す。
ブノイル領の城下町カノーに到着したのは四日目の宵の口であった。
●調査
ツィーネ一行は城へと泊まったものの、アンゼルム領主との二度目の謁見は八日目と先延ばしになる。それまでの間、城下町カノーに繰りだしてのさらなる調査を行った。
「土産はついでなんだぞ、と。うん、聞き込みのついでついで‥‥」
ヤードはテオカへの土産探しがてら町を彷徨う。わかったのはさらにゴースト系アンデッドの出現が増えている事実だ。木彫りの人形をヤードが購入した時にも近くで騒ぎが起こった。兵士達が退治したものの、領民の不安はとても間近である。
「そうか。邪魔をしたな」
エイジは町でバティ領の状況を詳しく知っている人物を探そうとした。知っているとされる人物に辿り着きはするものの、実際には大した情報を得られない。
町に古書を扱う店や図書館はなく、エイジは城内の書庫内への立ち入りを望んだ。二日の審査期間を待ったものの、残念ながら許可は下りなかった。
「逆に書物への興味が沸きますね」
「知られたくはない、重要な何かが書かれているに違いない」
オグマもエイジと同じように書庫への立ち入り許可を拒否される。仕方なく個人所有の書物が残されていないかとオグマとエイジは町周辺を探し回ったが、これといったものは手に入らなかった。
秘密とされたこの前のアンゼルム領主からの情報は確かに詳しいものである。だがそれは相対する当事者の片方からのものでしかない。もう片方のカーデリ側か、もしくは第三者の客観的な欲しいところだ。
「ティア、そろそろ行きましょうか」
「ツィーネも一緒にどう?」
シュネーとリスティアの調査にツィーネも同行する。主にアンゼルム領主の評判や領内への人の出入りを調べた。
アンゼルム領主の評判は可もなく不可もなくだ。出入りに関しては田舎の領地だけあって、日に百人も関所を通過したのなら多い方らしい。怪しい人物なら領内に入るのを拒否されるか、もしくは官憲に目をつけられるであろう。
バティ領に眠っているという黄金については謎のままに終わる。ただ一つだけ気になる噂があった。実はバティ領に人を送っているのはアンゼルム領主の差し金というものだ。その真意の理由となるとあまりにあやふやで、どれも信用に足るものではなかったが。
「ブノイル家の忠実なる一族の出身か‥‥」
リンカは城に残って主にトノスカの素性を調べる。トノスカのベルイア家はブノイル家を補佐する一族である。
遡ればファントム・カーデリのダマー家を補佐していた一族だった。つまりベルイア家はブノイル家に協力する形でダマー家を滅ぼしたようだ。
「天井付近の状態はバッチリや」
「そうか。俺も廊下の繋がり方は覚え込んだ。脱出経路は把握しておかないとな」
イフェリアと西中島は城内の把握に努めていた。誰が敵であっても退路の確保は重要だからだ。
滞在の日々は過ぎ去り、やがて謁見の八日目が訪れた。
●カーデリ・ダマー
黒雲が漂う薄暗い午後、ツィーネは一行はアンゼルム領主との二度目の謁見を迎えた。
今回は個室ではなく広間での対面である。
「ここまでご苦労であった。ツィーネ殿の手紙は早々に届いておる」
アンゼルム領主はツィーネがバティ領の懸案を引き受けてくれた事に感謝の言葉を述べる。
「引き受けたからには全力を尽くすつもりでいますが、まだまだ情報が足りません。こちらのエイジやオグマが望んだ通り、是非に書庫への許可を――」
ツィーネが願いを伝えている時にアンゼルム領主に配下の一人が近づく。耳元で何かを囁くとアンゼルム領主の顔色が変わった。
「ツィーネ殿とその一行の方々。たった今入った情報によれば城下町に大量の亡霊が現れたという。少しでも力を貸して欲しいのだが」
「町に亡霊が?」
アンゼルム領主にツィーネが答えると、他の冒険者達が互いに顔を見合わせる。
その時突然、女性の高笑いが広間に反響した。見上げれば天井のシャンデリアの上に何者かの姿があった。
「あれは‥‥ファントム!」
リスティアが叫ぶと仲間達は一斉に戦闘の体勢をとる。デティクトアンデットの反応もアンデッドを示していた。
「カーデリ!!」
護衛のクレリックが作りだしたホーリーフィールドに守られながら、アンゼルム領主は漂うアンデッドをカーデリと叫んだ。
「お久しぶり、アンゼルム。以前に会った時には精悍な青年であったのに時の流れは惨いもの。今にも倒れそうではありませんか」
ファントムのカーデリはゆっくりと床へと舞い降りる。
「何をしに現れたのだ?」
「警告をしに」
アンゼルム領主の問いにカーデリが口元に笑みを浮かべた。
「貴様!」
「待って欲しい!」
兵士達がカーデリに斬りかかろうとするのをツィーネが身を乗りだして止める。
「アンゼルム様、しばしカーデリとの会話の機会を与えて頂けませんか?」
ツィーネは兵士達に囲まれたアンゼルム領主を見上げた。
「差し出がましいようですが、私からもお願いします」
オグマがツィーネの言葉に続けて願う。しばしの間の後でアンゼルム領主は頷いた。
「みんなもいいだろうか?」
ツィーネは仲間へと振り向く。反対する者は誰もいなかった。
(「オーラテレパスは必要なさそうだ」)
西中島は一歩退くものの、霊剣の柄に手をかけていつでも抜ける構えをとる。
(「ここは武装放棄はなしだな」)
状況を判断したエイジはハープボウを取りだす。合わせたのは稲妻の矢だ。
(「綺麗な姉ちゃんやな〜」)
羽ばたいたイフェリアはカーデリの様子をまじまじと眺めた。腰まで長い金髪をなびかせた二十歳前後の女性の容姿である。半透明なのは亡霊だからであろう。
(「ツィーネには指一本触れさせないんだぞ、と」)
ヤードはツィーネの隣りに立ち、いつでもかばえる体勢をとる。
「ファントムよ。カーデリと呼ばせてもらおう。お前は何故、山に囲まれたバティ領に飽きたらず、さらに外へと侵出を始めたのだ?」
「賢しい女がしゃしゃり出てきたか。まあよい。アンゼルムも聞いておけ。カーデリ・ダマーはここに宣言する。わたしの望みはアンゼルムが所有するすべての領地を手に入れる事。三ヶ月の猶予をやろう。その間に出てゆくがよい」
「勝手な」
「元はダマー家の土地。よそ者にいわれる筋合いなど最初からないわ。それとも何か? 盗み取った土地にしがみつく為に、一度は死んだバティ領の民を今一度消し去ろうとでもいうのか? どこまでも性根の腐った一族だな」
「そちらにはそちらの筋というものがあるのだろう。わたしはその事に対してどうこういうつもりはない。ただ大きな疑問が一つある。何故、今なのだ? 悠久の年月の間、バティ領で満足していたはずなのに、どうして?」
「デビルの侵攻を好機と感じた事が一つ。もう一つはそこの老いぼれに聞くがよい。きっとまだお前達には話していないはずだ」
カーデリの発言にツィーネはアンゼルム領主を見つめた。しかしアンゼルム領主は何も語らなかった。
「仕方がない。わたしが話してやる。黄金がバティ領に眠っているという噂を聞いた事があるだろ? それはアンゼルムを始めとするブノイル家の者達が長年流してきたものなのだ。確かにバティ領に黄金は存在する。だが手に入れるにはわたしを倒さなくてはならないのだ。何百何千という命が消え、その一部が同胞へと姿を変えていった。これは過去の報いなのだ。ブノイル家はバティ領を滅ぼそうとしたが、逆に敵勢力を強めてしまったという訳だ。間抜けな話だ」
「噂は知っているが、わたしたちは黄金についてはアンゼルム領主から聞かされていない」
「ほう‥‥。やり方を変えたのか? アンゼルム。それとももっと別の方策を考えたのか?」
「アンゼルム様!」
ツィーネはアンゼルム領主を強く睨んだ。
「‥‥先祖が本家ダマー家にした仕打ちは、わがブノイル家の罪。しかし今は民を守ることこそが使命。罪人に黄金の在処を言い含めて、バティ領に向かわせた事も確かにある。噂に浮かれて勝手に探しに行った者も数知れない。だがすべてはバティ領を開放し、平和を求める行為であった。事実先祖の懸念の通り、こうしてカーデリが率いる亡霊達は山の外側への侵攻を始めたではないか」
「今更言い合った所で積年の恨み。答えが見つかるはずもない。わたしたちは警告も含めてバティ領を徐々に拡大してゆく。三ヶ月を越えた時は躊躇はないと思え」
アンゼルム領主にそう言い残してカーデリは床をすり抜けて姿を消した。
「訊ねる必要もなかったか‥‥」
リンカは調停を切りだそうとしたが、話し合いの中にそのような隙はなかった。
(「やはり隠し事があったのね。果たしてこれだけかしら?」)
シュネーはアンゼルム領主への疑惑を深める。
後で冒険者達は知ることになるが、カーデリが城から消えてからすぐに城下町カノーを襲った亡霊達も撤退したという。
ブノイル家とダマー家、互いに譲れぬ怨念を冒険者達は目の当たりにしたのだった。
●そして
九日目の朝、一行は城下町カノーを後にした。その日の深夜は港町オーステンデの宿で一晩を過ごす。
「カーデリはまるで人のようでした。狂気にとらわれていないとすれば強敵ですね」
オグマは窓辺に吊した魔除けの風鐸を眺めながら仲間に話しかける。
「出来れば調停をと考えたが‥‥、あの様子だと無理そうだな」
リンカは腕を組んでツィーネに振り返った。
「あまりにこじれているな。わたしも無理だと感じた」
ツィーネは乾いた喉を壷から汲んだ水で潤す。
「この前の話の時にも感じたけど、アンゼルム領主のブノイル家にも非はあるのよね。ん? どうしたの? ティア。浮かない顔をして」
「な、なんでもないわ。とにかく詳しい事がわかってよかったわ」
シュネーにリスティアがとぼけてみせた。アンデッドを浄化するのがクレリックの使命である。成り行きを見守る為にあえて黙っていたリスティアであった。
「何にせよカーデリ・ダマーと話せてよかったのではないか? これから戦う敵から直接情報を取り出せたのは大きいからな。‥‥‥‥イフェリア・アイランズ、何をしようとしている?」
「な、なんでもないんやで。たまには床の冷たさもええもんや〜♪ 癒されるわぁ〜♪ えっと‥‥ごめんちゃい」
西中島に話しかけていたエイジがベットの下に隠れるイフェリアを発見した。また女性陣の背中に指をなぞらせてイタズラをしようとしていたらしい。
「死んでも昇天できないとは、哀れなものだな」
西中島がぽつりと呟くと、リスティアが大きく頷いた。
「ツィーネ、これはテオカへのお土産なんだぞ、と」
「ありがとう。騎士の木彫り人形か。きっと喜ぶぞ」
ヤードがツィーネにテオカへのお土産を手渡す。
アンゼルム領主からの願いを引き受けた事により、冒険者達はレミエラや追加の報酬を受け取っていた。どのような理由がバティ領のカーデリ側にあるにせよ、アンデッドはこの世にいてはならない存在である。それだけは真実であった。
十日目の朝、一行は帆船へと乗り込んでオーステンデを出港する。航海の末、十二日目の夕方にパリの船着き場へと入港した。