●リプレイ本文
●出港
教会の鐘が鳴り響く中、帆船が船着き場から離れてセーヌの流れに漂う。
ブノイル領へと向かう一行を見送ったのは、少年テオカとトノスカ嬢だけではなかった。
遠ざかる帆船の甲板に立つ円巴(ea3738)にフィリッパと若宮天鐘が手を振る。
フィリッパは出航前に亡霊についての考察を円巴に話した。若宮天鐘は夜明け前にギルドで目を通した報告書の要点を円巴に伝えてある。
まずは蛇行するセーヌ川に沿って帆船は河口を目指した。セーヌ河口を通過したのなら東へと船首を向けて北海に面するオーステンデに向かうであろう。さらに馬車に乗り換えて一日でブノイル領の城下町カノーである。
辿り着くだけでも長い道のりなので、初日の一行はまだくつろいだ様子でいた。
(「やっぱ最初は『すきんしっぷ』が大事っちゅ〜ことで〜」)
シフールレンジャーのイフェリア・アイランズ(ea2890)は息を殺して天井にへばりつく。狙っていたのは初参加の円巴。眼下は女性陣用の船室だ。
ドアが開いて円巴が船室に戻ってくる。
(「いまや〜!」)
何か言葉を発しながらイフェリアは円巴の胸に飛び込もうとする。
その時、煌めく白刃が舞う。
イフェリアの髪が何本かが床に落ちた。
「じょ、冗談や〜〜!! ああ、びっくりしてもうた〜〜」
「冗談とは?」
もう少しで円巴に真っ二つにされるところだったイフェリアである。叫び声を聞いて散らばっていた仲間達も集まってくる。
「まったく懲りないな、イフェリアさんは。ん?」
軽いため息をつくツィーネに、懲りないイフェリアはダイブを敢行するのであった。
●カノー
四日目の夕方、城下町カノーに辿り着いた一行は城に一泊させてもらう。
翌日には宛われた世話係にいくつかの願いを伝えた。
エイジ・シドリ(eb1875)の強い希望もあって借りた兵士は十名。そのうち三名は御者を任すので戦いに割けるのは実質七名である。七名とも戦闘馬を操る頼もしい者達だ。
馬車は四両あるので残る御者一名はオグマ・リゴネメティス(ec3793)に任された。
相談の上、各馬車には最低でも冒険者一名が乗り込む事になった。
馬車Aにはツィーネとリスティア・バルテス(ec1713)、Bにはヤード・ロック(eb0339)とエイジ、Cにはリンカ・ティニーブルー(ec1850)とイフェリア、Dには円巴と決まる。オグマは馬車Dの御者担当だ。
愛馬やペガサスに騎乗して馬車群に同行するのは藤枝育(ec4328)と西中島導仁(ea2741)の二名。イフェリアは前もってバハラッカ集落の人々に救援が来ることを知らせる役目を買ってでた。途中までは計画通り馬車Cに同乗させてもらう。
リンカはセブンリーグブーツで併走するつもりでいたが、ツィーネの願いによって馬車へ乗り込むのを了承する。道に仕掛けられているかも知れない罠については兵士達が注意すると約束してくれた。
冒険者が連れてきたペットの中で戦闘にも物怖じしない馬は馬車へと繋がれる。そうでない馬は城での預かりとなる。
兵士達との打ち合わせもあって、五日目は城へ滞在のまま終わってしまう。
バハラッカ集落に出発したのは六日目の日の出前であった。
●集落内へ
「さて、いつどこから現れるかな」
ヤードが馬車B内の窓から顔を出し、流れてゆく森の景色を眺める。山裾なので微妙な坂道を馬車は登り続けていた。
道の周囲は別として、視界の多くは深く森に包まれている。
ツィーネと別の馬車であるのを残念に思いながら、ヤードは覗くのを止めて椅子に寝転がる。目の前ではエイジが組み合わせた武器の点検をしていた。
「ツィーネの話だと、テオカ、木彫りの人形を気に入ってくれたみたいなんだぞ、と」
「そうか。今度俺も何か作ってやるのもいいかも知れないな。もっともそんな時間があればだが」
ヤードとエイジは雑談を交わす。さすがに昼寝をする気分にはなれなかったヤードであった。
ツィーネとリスティアを乗せた馬車Aは先頭を走る。リスティアが時折不死者探査を行い、アンデッドが近くにいないかを探りながら進む。
すでにイフェリアは馬車群から離れてバハラッカ集落に向かっていた。馬車だと遠回りしてければならない道のりでも、シフールのイフェリアなら飛ぶ事でショートカットが可能だ。速度は馬車の方が速いものの、イフェリアが先に到着するはずである。
「いるわ! 空中に浮かんでいる二体が進行方向の右側に」
「ティアはそのまま感覚を研ぎ澄ませていてくれ。御者の方、併走する兵士や仲間に伝えて欲しい」
リスティアに頷いたツィーネは御者に頼んだ後で窓から手を伸ばして大きく振った。予め決めておいた敵出現の合図だ。
馬車Bの御者が気がつき、さらに後方へと手が振られる。停車せずにこのまま突っ切る合図も伝えられた。
併走する騎乗の兵士七名、そして西中島と藤枝育はそれぞれに武器を手にして敵襲に備える。前もって敵がゴースト系アンデッドだとわかっているので、どれもが魔法武器であった。
「素通りさせた? 何故そんな真似を‥‥」
亡霊が襲ってきたのならペガサス・光刃皇と共に大空で戦おうと考えていた西中島である。しかし目視可能な距離と位置に浮かびながら亡霊二体はまったく動こうとしなかった。
「集落へ誘っているんだろう。あの二体は監視役って辺りか。嫌な感じがするねぇ」
愛馬を駆る藤枝育が西中島に近づいて話しかける。
それから先の道中でも一行は何度か亡霊の姿を目撃した。しかし襲われずにそのまま通過する。
(「これはかなりまずい展開だな‥‥。かといって引き返す訳にもいかない」)
リンカは馬車C内で魔力の込められた網を傍らに置いて考察する。
以前にアンゼルム領主が送った兵士達はバハラッカ集落に入る前に襲われて撤退を余儀なくされたという。
今回になってファントム・カーデリは作戦を変えてきたはずだ。バハラッカ集落には辿り着かせるが、生きたまま帰さないつもりなのだろう。
変えた理由はただ一つ。城で遭遇した自分達がカーデリに目をつけられたとしか考えられなかった。
太陽が高く空に昇った頃、救出の馬車群はバハラッカ集落に到着する。
「ひもじいようやけど、みんな無事や〜」
イフェリアが集落の奥から現れて状況を仲間に説明する。集落の長の屋敷で取り残された人々がまとまって暮らしているという。
確認の為、藤枝育とリスティアがイフェリアに連れられて長の屋敷へと向かった。
「反応はないわ。大丈夫よ」
「それなら馬車を近づけようぜ」
屋敷がリスティアの不死者感知の範囲に入っても何も引っかからなかった。藤枝育はアンデッドスレイヤーの鞭を収める。
屋敷の中には子供十名、老人七名、大人八名の姿があった。
「風鈴が鳴っている限りは平気なはずです。アンデッドは逃げていきますので」
オグマは集落の子供達が見守る中、家屋の軒下に魔除けの風鐸を吊す。さらに風が吹きやすいようにウェザーコントロールのスクロールで天候を悪い方向に変化させておいた。
「これを食べて少しでも元気を出して欲しい」
リンカは余分に持ってきた甘い味の保存食を集落の人々に分ける。他の冒険者達も日数分の持ってきた保存食の中から余分になりそうな数を集落の人々に提供する。
「亡霊が集まってきましたか」
円巴は曇りの空を見上げた。青白い炎のような亡霊達が集落を取り囲もうとしていた。その数は徐々に増えてゆく。
「決して集落の外へは出さないつもりか‥‥」
ツィーネが円巴の隣りに立って一緒に空を眺める。
冒険者と兵士は見張りの位置と順番を相談する。魔力が必要な者の六時間睡眠を優先した上で、隙のないローテーションが組まれた。
深夜になって天候が崩れて雷が鳴り響く。子供達が怖がらないようにランタンが灯し続けられるのであった。
●ひととき
亡霊に囲まれるという緊張の中だが七日目は休憩の一日になる。
比較的腹が満たされて一日が経てば集落の人々も何とか動けるようになるだろうという考えからだ。
明日には命をかけての脱出をしなければならず、少しでも集落の人々と意志疎通をはかる冒険者達であった。
●脱出
雨が降りしきる八日目の早朝、バハラッカ集落からの脱出は決行される。
「行くぞ! 光刃皇!」
西中島がペガサスで空を駆けて亡霊の渦へと突入した。
それを合図にして地上の馬車群が発車する。車輪が泥水を弾かせながら集落を抜け出す。すると道を塞ぐように亡霊達が立ちはだかった。
「やらせるわけねぇじゃんよ!」
騎乗して先行する藤枝育はアンデッドスレイヤーの鞭をしならせて亡霊を絡め取る。引きずって馬車群から遠ざからせ、さらなる次の亡霊を狙う。
この状況下で一体ずつを倒してゆくのは至難の業である。まずは道を拓く事こそが大切だと誰もが感じていた。
兵馬俑は主人である藤枝育のいうことを聞いて馬車内Aで大人しく鎮座する。高速移動しながらの戦いに兵馬俑は不向きだからだ。
「カーデリ、近くで見ているのだろう! こんな事をして何になる!」
ツィーネは馬車Aの御者の横に立ち、襲ってくる亡霊を魔剣の刃で弾く。
「危ない! ツィーネ」
リスティアはホーリーフィールドを張って馬車Aに亡霊が近づくのを防いだ。
亡霊が近づきすぎると悪意によって張れない。張ったとしても走る馬車内なのですぐに後方へと消え去る。使い所が難しいもののうまくやれば絶大な防衛効果を発揮するのがホーリーフィールドだ。リスティアの腕が問われる状況であった。
「ツィーネは俺が守るんだぞ、と」
馬車Bに乗るヤードは前方の窓を開けて視界を確保し、馬車群へ近づいてくる亡霊にスクロールのムーンアローを飛ばし続けた。
「もし左側から敵がやって来たら教えてくれ」
エイジは馬車Bへ一緒に乗っている集落の人々に監視を頼んだ。
自らは亡霊が多く飛んでいる右側に身を乗りだす。先端にアンデッドスレイヤーの手裏剣を取りつけた棒を振り回し、亡霊を近づけさせないのを第一に行動する。
藤枝育から預かったゼムゼム水が集落の母親によって投げられたりもした。子供を守る時の女性はとても気丈である。
馬車Cでも亡霊との戦いは続けられていた。
「これ頼んだんや〜」
イフェリアは同乗していた集落の猟師にスクロールで作り上げたアイスチャクラを手渡す。もちろん自分の分を用意して近づいてくる亡霊を狙ったイフェリアである。
「次を!」
リンカは馬車Cの御者台に座りながら弓矢を次々と放つ。馬車内の子供達が渡してくれる矢を受け取って雨空へと射った。
矢は馬車Cに備え付けのものから消費する。まとめて亡霊が襲ってきた時には魔力の込められた網を投げて勢いをなくし、危険を凌いだ。
「これほどの数とは‥‥」
円巴は髪を乱しながら馬車Dの屋根の上に立っていた。亡霊の単体攻撃は刃でやり過ごし、複数同時に襲われそうになった時にはソニックブームでやり返す。
最後尾だけあって後方から追いかけてくる亡霊がよく見えた。
円巴は目を細めると構えた刀を振り下ろす。千切れた亡霊一部が青白い火花のように飛び散る。
「蛇行します! どこかに掴まって下さい!」
馬車Dの御者を務めるオグマが円巴に叫んだ。
殿を任された以上、馬車Dには前の馬車三両を無事に逃がす役目がある。Dの馬車にはオグマと円巴以外には誰も乗っていない。リンカの考えを採り入れて、いさという時には犠牲にする一両とされていたからだ。
あっという間に一時間が過ぎ、さらに二時間が経過する。この頃になってようやく追ってくる亡霊の数は少なくなっていた。
「あれはカーデリ‥‥」
ツィーネは雨水を顔で受けながら、薄暗い空でひときわ目立つ亡霊を見上げた。
見下ろす態度のカーデリはしばらくして山の方角へと飛び去ってゆく。他の亡霊達もカーデリと共に姿を消した。
安全を確認してから馬車群が停車する。
「よくがんばってくれました‥‥」
最後尾だった馬車Dの破損は特に激しく、道沿いの森の中に棄ててゆく事となる。主に囮となる為の激しい動きのせいであったが、そのおかげでかなりの亡霊が引きつけられて集落の人々に被害はなかった。
オグマだけでなく、多くの冒険者や兵士、集落の人々も馬車Dにお別れを告げる。
オグマと円巴が馬車三両に分かれて乗り込んで再び出発する。城下町カノーに馬車群が到着したのは夕暮れ時であった。
●そして
アンゼルム領主から追加の報酬とレミエラを受け取った冒険者一行は、九日目の朝に馬車でカノーを後にした。
馬車の備品であった保存食、薬や矢の消費は特に請求されずに終わる。
夕方にはオーステンデに到着し、十日目の朝にパリ行きの帆船へ乗り込んだ。
この頃オーステンデではある事件が勃発していたのだが、船着き場の使用は認められていたので特に支障はなかった。
帆船は北海からドーバー海峡へと航行し、やがてセーヌ川を上り始める。
十二日目の夕方、冒険者達は無事にパリの地を踏むのであった。