●リプレイ本文
●準備
早朝のパリ船着き場。
冒険者一行は弁当を用意してくれた駒沢兵馬に感謝して帆船へと乗り込んだ。
帆船はセーヌ川を下り、やがてドーバー海峡を航行した。三日目の夕方に北海の港町オーステンデへと入港し、翌日には馬車で城下町カノーを目指す。
往路の途中でツィーネは仲間達に心情を吐露する。今回の依頼はあまりに危険だと感じられ、引き受けるにあたってかなり躊躇したのだと。
その上でみんなと一緒ならどうにか出来るだろうと一人ずつ手を握って感謝するツィーネであった。
四日目の夕方に城下町カノーに到着した一行は城へと泊まる。
「頼みがあるのだが――」
エイジ・シドリ(eb1875)は地下迷宮『ズノーリム』に関する文献を城の案内の者に願う。パリ出発前にリンカ・ティニーブルー(ec1850)がトノスカに頼んでおいたおかげで連絡が先に届き、資料の用意は済んでいた。
エイジとリンカは部屋に吊されたランタンの灯火を頼りに資料を読み進めてゆく。
あらかじめトノスカからいわれていた通り、大した内容は記されていなかった。それでもいくつかの気になる記述を発見する。
「隣人に気をつけろとある‥‥。どういう意味だろうか?」
「この本にも似たような文があるな。『迷宮だけが敵ではない。その仲間は本物か?』と」
リンカとエイジの会話に仲間達はくつろぎながらも耳を傾ける。
「どういう意味でしょうね」
円巴(ea3738)は持ってきたアンデットスレイヤーの槍を手入れをしながら会話に参加する。
「何か地下迷宮に出るのかしら? ん? ティア、どうかしたの?」
シュネー・エーデルハイト(eb8175)は隣りでベットに座って考え込んでいるリスティア・バルテス(ec1713)に声をかける。
「何かが喉元まで出かかっているんだけど‥‥」
それからしばらく唸り続けたリスティアだが、結局思いだせはしなかった。
「迷宮に入ったのなら俺とシュネー殿が前衛として先に歩き、巴殿は殿の約束だったな」
西中島導仁(ea2741)はオーラテレパスを唱え終わってから仲間へと振り返る。達人クラスになると一日持つ魔法なので就寝前に使っておいたのだ。魔力の温存である。
(「逢えるやろか〜。ノリアッテはんといちゃこらいちゃこらしたいな〜」)
イフェリア・アイランズ(ea2890)はロンシャル騎士団の女性分隊長ノリアッテ・パナピスを想い浮かべていた。
不謹慎なことを考えたイフェリアがニヤリと笑う。それを見たリンカはよからぬ不安を感じて身震いする。
「クレバスセンサーのスクロールを持ってきましたので、何かの役に立つはずです」
オグマ・リゴネメティス(ec3793)は地下迷宮を記す為の道具類を確認していた。うまく目的の青銅製の巨大な扉まで辿り着けたとしても、帰りの道順がわからなければ依頼の意味を成さないからだ。迷宮探査は地図作りと同じである。
遅くならないうちに冒険者達は明日に備えて就寝するのだった。
●ズノーリム
城下町カノーから地下迷宮ズノーリムの門までは比較的近い距離にある。歩いても向かえる距離だが、ロンシャル騎士団のパナピス分隊が馬車で運んでくれる約束になっていた。
ペットの一部を城で預かってもらった冒険者一行はさっそく出発する。
「ノリアッテはんとこうやって逢えるやなんて運命を感じるで〜。ところでお願いがあるんやけど――」
ノリアッテ分隊長の耳元でイフェリアが何かを伝える。一瞬、顔を真っ赤にしたノリアッテが考えておくとだけイフェリアに答えた。
その他にズノーリム内で宝などの価値ある物が見つかった場合についても訊ねた。エイジも興味があってノリアッテを見つめる。
残念ながらノリアッテはそれを答えられる立場になかった。アンゼルム領主に意向を伝えておくとされて、この話題は終わる。
約二時間で馬車は目的地に到着した。
ここでロンシャル騎士団からランタン用油の他に食料の提供も行われる。騎士団からのせめてもの応援だという。
「ここがそうなのですか?」
疑問を感じたのはオグマだけではなかった。案内された場所は、どうみてもただの馬小屋であったからだ。
「この馬小屋の床から入り口の門が発見されたんです。カーデリ等に見つからないようにそのままの姿で保存してあります。周囲で働く人々はみんな変装した手練れの者達なので安心して」
ノリアッテ分隊長の案内で馬小屋内へと冒険者達は踏み入れた。そして一角に敷かれた藁を除けると石の蓋がある。それを外すと階段があり、途中で石造りの門が行く手を阻む。
「よろしければ戻って来るまでにこちらを」
円巴は持ってきた武器類を幽霊等の襲撃に備えて置いてゆく。レミエラに関しては着脱の問題があるので見送られた。
「ティア、お願い」
「わかったわ」
シュネーに頼まれたリスティアはホーリーライトを唱えて光球を出現させた。たいまつやランタンの代わりになる上にアンデッドも避けてゆくとても便利な魔法だ。
何が起こるかわからないのでランタンも灯される。
「さて、入ろうか」
西中島が門を開くと冷たい空気が肌を撫でてゆく。
一行はノリアッテとパナピス分隊に別れを告げて探索を開始した。
石の門を抜けると、また地下へと続く階段がある。周囲に注意をしながら下り、やがて広い空間へと到達する。
「最初から正念場か」
エイジの言葉通り、広い空間にはたくさんの通路口が存在していた。
「一つずつ調べてゆくしかなさそうだな」
リンカはランタンを高く掲げながら軽いため息をつく。
広い空間を中心にして探索が始まる。
油の消費から宵の口頃だと判断された頃、一同は再集結する。そしてこのやり方ではいつまで経っても調査が終わらないだろうと結論に至った。
「迷子になる覚悟をした上で突き進むしか方法はない。ということか」
西中島にツィーネが頷く。
ひとまず見張りの順番を決めて就寝となる。
「まだモンスターと接触していないけど、奥にいけばわからないわね」
「そうですね。注意しながら進まないといけま‥‥」
シュネーとオグマが話している途中で物音が反響する。二人はすぐに仲間達を起こす。そして周辺を調べたものの、特に危険な存在は発見されなかった。
●味方が敵
「ここで少し待機だ」
隊列の先頭を歩いていた西中島が振り返って仲間達を止める。
「イフェリアさん、また偵察をお願い出来るだろうか?」
「任しといてや〜。ほな、いってくるわ〜」
ツィーネに頼まれたイフェリアは羽根を広げて一人迷宮を飛んでゆく。
「それではここまでの状況を」
オグマはクレバスセンサーで周囲に隠し扉などがないのを確かめた上で、ここまでの進路を用意してきた羊皮紙に描き込んでゆく。
「俺も先程までの調べをまとめよう」
エイジも地図作成を行った。結果を残すのは二人がかりでもかなり大変な作業である。
「あの日の物音以外に何もないのがかえって不気味に感じますね」
「そうね。一体なんだったのかしら? あれは」
円巴とシュネーが話している横で、リンカがスクロールのアースダイブを発動させる。そして石の床や壁を抜けようとするが跳ね返された。
「どうやらこの辺りの石材は普通のものではないようだ」
「そろそろ本格的な迷宮ってわけね。あ、そろそろホーリーライトが切れる頃だから新しいのを作らなくっちゃ」
石壁を叩いてみるリンカとリスティアが言葉を交わす。
ランタン油の消費から計算すると、今は九日目の昼頃だ。何度か迷いはしたものの、順調にバティ領方面へ進んでいるはずである。
「ざっと見たとこ、ここから先は一直線や。迷路、終わったんかいな?」
戻ってきたイフェリアによれば、ここからしばらくは分岐がないと報告する。
「楽に感じられるが、ようは魔法を使って逃げる事も不可能な一本道‥‥というわけだな」
リンカが暗闇の向こうを見つめて呟く。
「それでも行かなくては‥‥。みんな準備はいいだろうか?」
ツィーネの言葉に仲間達が呼応する。そして緊張の一歩を踏みだした。
天井は比較的高く、床から四メートルはある。左右は三メートル程度なので、余裕をもって前へ進めた。
ひたすらに歩き、広い空間へと到達する。調べてみるが隠し扉などは見つからず、前後に伸びる一本通路という状況は変わらない。
宵の口を過ぎた頃なので、ここで野営を行う事となった。いつものように見張りの順番を決めて、その他の者達は眠りに就く。
「震えるほどではないが‥‥冷えるな」
「そうだな。焚き火が欲しいところだが、ここには燃やすものもないし」
見張りはエイジと西中島の番となる。二人はホーリーライトとランタンの火に照らされる周囲を眺めていた。
気配を感じ、座っていたエイジが見上げるように振り返る。
「交代の時間にはだいぶ早いぞ。眠っておいた方がいい」
そこにはいつの間にかシュネーとオグマが立っていた。
「寒いのなら、くっついていれば温かいわ」
「そうですね。そうしましょう‥‥」
シュネーが微笑み、オグマは瞳を見開く。
「お、おい!」
シュネーが西中島に抱きつこうとする。
エイジにはオグマが跪き、首へ両腕を回そうとした。
次の瞬間、シュネーの首に剣が突き刺さる。こめかみに矢が刺さったオグマは床へと転んだ。
「そいつらは違うわ!!」
西中島は新たな声の存在に目を疑った。シュネーに剣を突き立てていたのもシュネーであったからだ。
「偽者です!! 本物は私達です!」
テントから半身を乗りだして弓を構えるオグマも叫ぶ。その場にはシュネーとオグマが二人ずつ存在していた。
「とにかく敵はこっちだ!」
エイジは矢が突き刺さるオグマから血ではない何かが流れでているのを知って一旦退く。西中島も同じような行動をとった。
騒ぎの中で他の仲間達も目を覚ます。
「思いだしたわ! きっと文献の記述にあったのは変身できるジェルみたいなクリーチャー。そいつらはドッペルゲンガーよ!」
リスティアは叫んだ後で安全地帯用のホーリーフィールドを張る。
「クリーチャーならば!」
円巴は握りしめる二刀のうち『斬妖剣+0クリーチャースレイヤー』でオグマに化けたドッペルゲンガーを斬り伏せる。
「こちらは任せてくれ!」
飛びだしたツィーネも魔剣でシュネーに化けているドッペルゲンガーを狙う。
「戦いはお仲間に任せておいたほうがよさそうや‥‥。あれは何や?!」
天井近くまで飛んで周囲を警戒するイフェリアは近づく妙な物体を発見し、仲間達へと知らせた。
ドッペルゲンガー二体の他に、丸くて黒い石のような物体が転がりながら勢いよく向かってくる。
「これはブラックスライムよ! 体当たりの他に酸を飛ばしてくるわ!!」
リスティアが正体を見破る。
円巴のソニックブームがブラックスライムの軌道を逸らす。
「弾けろ!」
エイジが投擲したスカルダガーで狙ったのはブラックスライムと床の接点である。先読みをした上で命中させるとブラックスライムはさらに不安定になり、左右の横壁へと衝突を繰り返しながら転がる。
「貴様もドッペルゲンガーの仲間か!」
大きく振りかぶった西中島の剣の一撃でブラックスライムの球が歪む。
冒険者達はドッペルゲンガー二体の退治に成功した。さらに戻ってきたブラックスライムも倒しきる。
負った傷は軽微でリカバーやオーラリカバーですぐに治療された。
「そないなことがあったんか! ならウチはリンカはんと‥‥」
事情を聞いたイフェリアは隣りにいたリンカに抱きつこうとして頭をコツンと殴られる。
まだ深夜のはずだが目が覚めてしまった一行は探索を再開した。
通路を突き進み、十日目の朝と思われる頃に目的の青銅の門の間近まで到達する。そしてこれまでつけてきた壁の印を確認しながら折り返す。
途中何度か休憩しながら十一日目の夕方に馬小屋へと戻った。
待機していた馬車へと乗り込むとそのまま城へと向かう。
青銅の扉までの到達をアンゼルム領主に報告すると冒険者達はすぐに眠りに就いた。それほど疲れていたのである。
出来上がった地図はアンゼルム領主の部下によって写しが作られた上で、ツィーネの手元に戻された。
●そして
十二日目の朝、パリへの帰路に就こうとした冒険者一行をロンシャル騎士団のノリアッテ分隊長が見送ってくれる。
「昨日はお疲れだったので謁見の際に話題にしなかったのですが、宝が眠っていた際にはみなさんの所有にしてよいとアンゼルム領主様は仰ってました。今回は特に収穫がなかったようなので次回にでも頑張って下さい」
「そうかありがとう。だが収穫はあったのだ。友の大切さを今一度確認出来たからな。パリで少し英気を養って、また挑戦することになるはずだ」
ツィーネとノリアッテ分隊長が握手を交わした後で馬車が発車する。
ちなみにノリアッテ分隊長に抱きつこうとするイフェリアは西中島によって止められていた。
一行は夕方にオーステンデへと到着する。そして帆船へと乗り換えて、十五日の夕方にはパリへと到着した。