●リプレイ本文
●到着まもなくの開戦
六日目の昼過ぎ。冒険者十名はランタンの灯火を頼りに暗い地下遺跡ズノーリムの通路を突き進んでいた。
一日目に空飛ぶ絨毯でパリを飛び立った冒険者達が、トノスカの部下に先導されながらブノイル領のアンゼルム領主の城に着陸したのが三日目の夕暮れ時。魔力を回復する為に睡眠をとってから地下迷宮ズノーリムに向かい、今に至る。
パリを出立する時には、多くの友人知人が見送ってくれた。その中にはトノスカに連れられた少年テオカの姿もあった。
クレア・エルスハイマー、李風龍、李雷龍、マミ・キスリング、レン・コンスタンツェ、明王院月与、チサト・ミョウオウイン。彼、彼女らから手渡された祈紐を冒険者達は各自大事に身につけている。
連れてきたペットは西中島導仁(ea2741)のペガサス・光刃皇のみ。その他はすべてパリに置いてゆかれた。
「通路にイッパイおったで〜」
斥候から戻ってきたシフールのイフェリア・アイランズ(ea2890)が仲間達に報告する。大勢のロンシャルの騎士団が狭い通路内でひしめき合っている状況だと。
その様子はまもなく冒険者の誰もが目撃する所となった。
「すみません。よろしいですか」
ツィーネが先頭になって道を開けてもらい、一行はロンシャル騎士団の隊長ババモーア・フェルテスへと近づいた。
「部下達はもう限界だ。屈強なツィーネ殿とお仲間が揃った今こそ討って出る機会。それでよろしいか?」
「了解した。ただ魔法をかける時間をくれないか? そちらもアースダイブをかける手間があるだろう」
ババモーアとツィーネの相談が行われている間、ロンシャル騎士団から様々な品が冒険者達に支給される。魔力を必要とする者にはソルフの実を、弓を扱う者には矢という具合に。仲間からの回復が間に合わない状況も考えられるので、ポーションもいくつか配布される。
相談が終わったツィーネから十五分後の決行が仲間達に伝えられた。各自決行までの残り時間を考えながら魔法付与を始める。
ヒリアステ分隊の一人がツィーネに挨拶する。アースダイブをかけてくれるウィザードだ。冒険者達は地上に出られればよいので六分のみの付与が行われた。
ちなみに泳ぎの得意な者には一時間の付与がされるという。不得意な者を地上まで補佐する役目が任された。
「とりあえず‥‥皆集まって」
決行の直前、リスティア・バルテス(ec1713)は、レジストデビルを発動させて白く輝いた。不安だったものの、無事に超越発動が成功した瞬間であった。
決行の笛が地下迷宮内で鳴り響く。
アースダイブを付与された者達は石壁を潜り、地上を目指して土中で手足をもがかせる。
「それではお先に」
仲間内で一番に向かったのは円巴(ea3738)である。
「こういうゴリ押しは嫌いじゃねぇ」
続いてはシャルウィード・ハミルトン(eb5413)が壁へと潜り込んだ。
「最初に道を切り開いておくわ」
シュネー・エーデルハイト(eb8175)は心配するリスティアに微笑んでから石壁に消えた。
前衛が先行するのは地上でたむろしているはずの亡霊を排除して一定の空間を確保する為である。西中島だけはペガサスと一緒なのでバティ領側の本来の出入り口へと急いでいた。
「わたしから離れないようにな」
ツィーネは後衛の護衛役を引き受けていた。
「もちろんや〜♪ ツィーネはんと一心同体やで。ま、地上での偵察はするんやけどな〜」
「さあ、行くぞ。イフェリア・アイランズ」
ツィーネに飛びつこうとするイフェリアの襟部分をエイジが後ろから掴んで止める。
先にツィーネが土中に潜ると、リンカ・ティニーブルー(ec1850)、リスティア、イフェリア、オグマ・リゴネメティス(ec3793)、エイジ・シドリ(eb1875)の順で続いた。
殿を望んだリンカだが、男性に触られるのを防ぐためにツィーネが女性で囲むよう配慮した順番である。
「なんだこれは!」
地上へと出たリンカは、弓と矢の用意をしながら目を瞬かせた。
あまりにたくさんのゴースト系アンデッドの亡霊が浮かんでいるせいで、空全体が青白く輝いていた。
ツィーネが手を引っ張ってくれてリスティアが地上へと這い出る。すぐにホーリーフィールドを張って一時的な安全地帯が確保される。
「これは確かに亡霊が住まう領地だな」
エイジが近くの木に掴まって身体全体を地上へと出す。すぐに用意してきた魔力が込められている投網を構えた。
向かってくる亡霊に網を投げて一時的に動きを止める。隙間から出ないうちにリンカとオグマが魔弓で亡霊を仕留めてゆく。
「矢を放て! 狙わなくても当たるぞ! まずは押し切れ!!」
ロンシャル騎士団の号令が周囲に響き渡った。
(「偵察はもう少し待っとこか。今出ていったら射たれてしまうかもしれへんし」)
ひとまずイフェリアはスクロール作りだしたアイスチャクラの円盤で攻撃の手助けを始めた。
(「これは引くに引けない我慢比べですね」)
オグマは複数の矢をまとめて放つ。
尋常ではない数の亡霊との戦いは、どのような犠牲が出ようとも弱気になった時点で負けとなるのはあきらかだ。味方が全滅しても不思議ではなかった。
「待たせたな!」
亡霊を切り裂きながらペガサスを駆る西中島がツィーネの前に現れ、仲間全員が再集結する。
「みんな戦いながら聞いて欲しい。わたしが考えるに、この戦いを早く終わらせるにはカーデリ・ダマーを倒さなくてはならない。どう見てもあの塔がこの遺跡の街の中心地。確信はないがおそらく‥‥」
ツィーネが一瞬、剣先で示した彼方には巨大な塔がそびえていた。
「カーデリが隠れていなかったとしても、あの塔には特別な何かがありそうだな」
リンカの呼びかけにツィーネが「そうだ」と叫ぶ。
(「カーデリ‥‥。何か特別な能力とかを備えていても不思議ではない」)
円巴は刃を亡霊に突き立てると、一瞬だけ塔に視線を移して目を細める。
「数だけでいえば、敵が圧倒的ね」
シュネーは迷いを断ち切り、ただひたすらに亡霊を斬ってゆく。
ほとんど無言のまま、戦場を駆け抜けたのはシャルウィードである。前もって仲間に伝えてあったが、戦いに集中する為の癖のようなものらしい。
「光刃皇、ホーリーフィールドを!」
西中島は仲間達の真上で空中戦を繰り広げていた。ペガサス・光刃皇の力を借りて狂気の亡霊を仕留めてゆく。
約百七十名のブノイル領側の戦力と、無数とも感じられるバティ領の亡霊との戦いは翌朝まで続けられた。
このままではまずいと交代で休憩がとられたものの、戦いの最中で眠れる剛胆さを持ち合わせる者はロンシャル騎士団の騎士でもかなり少なかった。それは冒険者達にもいえた。
九日目の昼頃にようやく亡霊の攻勢が弱まる。とはいえ数百メートル先の空中で青白い亡霊が漂っている状況に変わりはなかった。
●突入
十日目早朝。バティ領ズノーリム出入り口付近の本隊から一団が分離する。
行き先は遺跡のような街の中心にある巨大な塔。
一団の中心となっていたのは冒険者十名。同行するのは剣と槍で戦うザザドス分隊と、弓を主に扱うカタビアナ分隊である。
イフェリアが偵察してくれたおかげで塔の直前までのルートは確認されていた。
進攻経路上で多くの亡霊と遭遇した際には石造りの建物内に逃げ込んだ。
合図としてイフェリアがスクロールのライトニングサンダーボルトによる稲妻を天に向かって輝かせると、拠点のロンシャル騎士団が魔力が込められた矢を一斉に放った。
遺跡の一角に矢の雨が降り注ぐ。
塔へと向かう一団は外には出ずに、追ってきた亡霊を廃墟内で倒していった。
リスティアはホーリーフィールドを張るのに徹する。西中島のペガサスの力も得て、聖なる障壁によって味方の安全を計った。
その他の補助魔法で味方の支援もしたが、問題なのは魔力である。ソルフの実で補給しながらの行動となるが、無尽蔵にある訳でもない。
余裕がある時にはハーミットスタッフで仲間に自分を軽く叩いてもらい、魔力の節約を心がけるリスティアであった。
最も前で戦うのは円巴とシャルウィードである。打ち損じてもよいので手数によって亡霊を圧倒してゆく。
円巴は剣技によってソニックブーム、ソニックボンバーを放ち、まとめて敵に手傷を負わせた。
シャルウィードの戦い方も基本は円巴と同じだが注意する場所が違っていた。亡霊は壁などの障害物をものともしない。壁や地面から現れた亡霊に対処したのはシャルウィードであった。
亡霊の一時的な足止めは引き続きエイジの投げ網が活用される。しかし常に使える訳ではなく、アンデッドスレイヤーの手裏剣で牽制する時もあった。
まずは亡霊を近寄らせない事が大切である。注意すべきは憑依だとエイジは戦いの前から考えていた。
ペガサスを駆り、主に空中で戦う西中島の役目は自然と囮となった。多くの亡霊を引き連れて空中を飛び回り、仲間への攻撃が集中しないように西中島は務めた。もちろんすれ違い様の亡霊には口上を叫びながら剣を叩きつける。
戦闘中のイフェリアが行っていたのは仲間への情報連絡だ。リスティアと共にホーリーフィールド内に留まり、優れた視力を活かしてかなり遠くからの敵の襲来に備えた。
イフェリアとリスティアの護衛を主に行ったのはツィーネである。
弓術での遠隔攻撃を放つオグマとリンカの護衛を務めるのはシュネーだ。リスティアの支援を受けながら間近まで迫った亡霊を斬り伏せてゆく。
オグマとリンカは弓矢を使って亡霊が遠方にいる間に傷を負わせ、仲間の刃が捉えた時になるべく一撃で仕留められるようにと心がけていた。
矢は有限であり、いたずらな消費は自らの首を絞める。ロンシャル騎士団が放った矢の中で使えそうなものが刺さっているとオグマとリンカは抜いて補給を忘れない。
エイジ、リスティア、イフェリアも矢集めを手伝ってくれた。
空が赤く染められた頃、ようやく一団は塔へと辿り着く。
ザザドス分隊で動ける者は約半数、カタビアナ分隊は三分の二。冒険者達は何とか戦える状態を維持していた。
ザザドス分隊とカタビアナ分隊が塔の出入り口付近に待機する。冒険者達は意を決して塔内部に突入した。
塔は大きさから複雑だと思われていたが、単純な円筒構造となっていた。
空を簡単に飛べるイフェリアとペガサスに乗った西中島が塔の上の部分を探ったものの、これといったものは発見されない。ファントム、カーデリ・ダマーの姿もだ。
「いきなり亡霊が追ってこなくなったが、これはどういう事だ?」
たいまつを掲げたリンカがツィーネと視線を合わせる。
「確かにおかしいな‥‥。おかしいといえばここもそうだ。木などが朽ち果てるに充分な昔に建てられた塔であっても、いくらなんでも何にもなさすぎる」
ツィーネのいう通り、塔の一階部分に石畳が敷かれているだけだった。他にあるのはせいぜい内壁部分に造られた螺旋の石階段程度だ。
「なんや音がしーへんか? どこからやろ?」
イフェリアが耳をそばだてる。
「確かに何か聞こえるな」
「ああ、何となくだが」
シャルウィードとリンカにも聞こえたが、他の仲間が感じるにはもうしばらくの時間が必要だった。
「あぶない。ツィーネ!!」
ツィーネが立っていた付近の石床が波打ち、リスティアが叫んだ。
「これに掴まれ!」
エイジが咄嗟に投げた縄ひょうは、ツィーネの近くにあった石の隙間へと突き刺さる。ツィーネはロープの部分を握りしめてぶら下がった。
「手をもっと伸ばせ!」
崩れてゆく石畳の上を走ってシャルウィードがツィーネの救出に向かう。無事引き揚げられたツィーネと共に全員が安全なところまで引き返す。
塔一階の石床は完全に抜け落ちたようだが、埃のせいで全容を確認する事は出来なかった。ほとんど何も見えない状態が続く。
すると、けたたましい笑い声が塔内に反響した。
その声に冒険者の多くは聞き覚えがある。カーデリのものだ。
「よくぞここまで。まさかこの様な状況にわたしが追い込まれるとは。しかし、まだ終わった訳ではありません。わたしたちバティ領に住む者にはズノーリムが残されています」
カーデリの物言いに冒険者達が首を傾げた。ズノーリムとはブノイル領とバティ領を繋ぐ地下通路だと認識していたからである。
「何をいっているの? この塔の名もズノーリムなの?」
「ズノーリムとは地下迷宮なのでは?」
シュネーとオグマが問うた後、かなり遅れてカーデリの笑い声が届いた。
「ズノーリムとはこの塔の下にある都の名。塔の名でも、ましてや単なる通路の名でもなく。わたしたちの栄光の場所――」
カーデリが答え始めた頃、青白い炎のような亡霊の集団が塔の底へと飛び込んでゆく。
「地下にわたしたちがいる限り、この地を自由には出来ないだろうて。さあ、どうする? 裏切り者のブノイルが遣わせた者達よ!!」
後はカーデリの笑い声が響き続けた。
(「まさかデビルやバンパイヤなどと手を組んだのでは‥‥」)
円巴は疑念を感じていたが、今それを知る術はない。
「まるで死の世界だな」
すべてが収まった後、西中島はたいまつをかざして穴を覗き込んだ。しかし地底へと続く暗闇を照らす事は出来なかった。
●そして
バティ領の地上から亡霊がいなくなったおかげで帰りは楽になる。空飛ぶ絨毯で城下町カノーまでひとっ飛びであった。
ロンシャル騎士団の一部は地下迷宮を通っての帰還となる。その為に冒険者達がアンゼルム領主への報告を先に済ませた。
冒険者達はあまり休む間もないままパリへの帰路に就いた。
ズノーリム。
カーデリのいう通り、ズノーリムが塔の下に広がる地下都市であるならば、まだバティ領を取り戻したとはいえない。
今一度考えるというアンゼルム領主の言葉を、空飛ぶ絨毯の上で思いだすツィーネであった。