●リプレイ本文
●暗闇の底へ
初日に集まった冒険者達はトノスカ嬢が用意してくれた空飛ぶ絨毯に乗ってパリを出発する。
パリから遠いブノイル領の城下町カノーに到着したのが三日目の暮れなずむ頃。旅路で疲れた身体はアンゼルム領主の城で癒される。
四日目の早朝。
空飛ぶ絨毯で城を出発した冒険者一行は、大して時間もかけず山々に囲まれたバティ領中央の遺跡の町へと降り立った。何日もかけて迷路の地下通路を進んでいた頃が、まるで嘘のような簡便さである。
アンゼルム領主によって新たに『バルシャワ』と名付けられたものの、この名が民に浸透するかどうかには誰もが疑問を感じていた。
これまでもバティ領という古い土地の名前で呼ばれ続けていたからだ。足下の広がるという地下都市ズノーリムからカーデリ・ダマーを含める亡霊等を排除して、やっとバルシャワと呼ばれるのであろう。
冒険者一行は地下に向かう為に町中央の塔の中へと足を踏み入れた。床が抜けて開いた穴から地下のズノーリムへと向かう作戦であった。
塔を警護するロンシャル騎士団と挨拶を交わすと、ツィーネは穴の内壁に沿って張り付くように造られている頼りない石階段を下り始める。
「ちょいと先を見てこよか〜」
「どこに敵が潜んでいくかわからない。気をつけてな」
イフェリア・アイランズ(ea2890)は優しい言葉をかけてくれたツィーネの胸元へダイブしそうなるが、すんでの所で思い留まった。こんな足場の悪い場所でおふざけをしたら、二人で地下へと真っ逆様である。
「あ、これを持っていってね」
リスティア・バルテス(ec1713)はホーリーライトで出現させた光球をイフェリアに手渡す。たいまつの代わりになるし、それにアンデッドが近寄れなくなる特性を持っている。今回の地下探検にはうってつけの魔法の球だ。
「ほな、葉月一緒に行くで〜」
イフェリアは自らの羽根で飛びながら穴底へと降下してゆく。ウンディーネの葉月と共に。
葉月は精霊だが、仲間の多くは飛翔可能な騎乗動物を連れてきていた。
地下都市というからにはそれなりの広さがあると踏んでいたからだ。それに塔に出来た穴の大きさが事前にわかっていたおかげもある。
西中島導仁(ea2741)はペガサス・光刃皇。
リスティアはペガサス・メロン。
シュネー・エーデルハイト(eb8175)はグリフォン・シュテルン。
オグマ・リゴネメティス(ec3793)はグリフォン・ピエタ。
オラース・カノーヴァ(ea3486)はペガサス。
何体かの冒険者達のペットは城に預けられていた。
「ここにもつけておこう。少し待ってくれ」
エイジ・シドリ(eb1875)は石壁の隙間に金具でロープを取り付ける。
どちらもアンゼルム領主の命に従い、ロンシャル騎士団が用意してくれたものである。目印になるし、突然の敵襲の時には身体を固定するのにも使えた。
(「早く底まで降りたほうがいいな」)
リンカ・ティニーブルー(ec1850)は弓矢を手に亡霊等の来襲に備えながら進む。希にだがこの穴から亡霊が地上に現れる事もあるという。これから歩む先は決して安全な道とはいえなかった。
「ここで百。印をつけておきましょうか」
円巴(ea3738)は地図作りの一環として側壁の石組み段数を数える。大体だが、これで地上から穴の底までの深さがわかるはずだ。
途中、一体の亡霊と遭遇したものの、西中島とオラースによってすぐに退治される。塔の底は約百五十メートルもの深さにあった。
「酷い状態ですね。埋もれている箇所も多いですし」
オグマは光球で照らされた穴底の様子を眺めた。落下した床が粉々になって、辺り一面が酷い有様である。
冒険者達は協力して石を退かす。そしてようやく埋もれていた壁面に伸びる一本のトンネル状の通路を発見する。
「進むしかないわね。注意は必要だけど」
シュネーはグリフォンに跨ったまま通路へ入ってみた。
床から天井までは約五メートル。飛ぶのは難しいが、グリフォンと一緒に通過するのは問題ない。仲間が連れてきたペット達も同様であろう。
「この状況だと前後から挟み打ちにされるかも知れんな。その時にはホーリーフィールドを活用しようか」
西中島はリスティアと相談する。続いて自らに付与してあるオーラテレパスでペガサスにも伝えておく。
「亡霊が近づいたら早めに伝えるわね」
リスティアはデティクトアンデッドによって周囲の不死者の存在がわかるように努めていた。油断は禁物だが、おかげで一行は亡霊の不意打ちを考えないでも済む。
今回の目的はズノーリム内の様子を観察してルートの把握。つまり、出来る限りこちらの存在を亡霊等に知られずに順路を把握し、カーデリ・ダマーが普段いる場所を特定しなければならなかった。
その為にズノーリムまでの詳細な地図作りを冒険者達は行っていた。
塔の穴底から続くトンネル状の通路は南の方角へ続く。最後には大きく曲がって巨大な空間へと出た。
地上からの光が何らかの方法で届けられていて、天井の一部がまばらに輝いていた。おかげで薄暗くはあるものの、目を凝らせば空間全体を捉えられる。
亡霊の存在を気にしながら、冒険者達は地下空間を物陰から覗き込んだ。そこには地上の廃墟によく似た町並が広がっていた。
「亡霊はいないようだな。一体どこにいったのだ、奴らは」
オラースのいう通り、巨大な地下都市があるというのにカーデリはおろか亡霊の一体も見あたらなかった。
リスティアのデティクトアンデッドにも反応はない。罠の可能性を考えてリスティアが光球をいくつか作り上げた。それを二人か三人の組で一つ受け取って調査が始まる。
ちなみにアンゼルム領主からはソルフの実が提供されていた。無尽蔵にある訳ではないが、ある程度は好きな時に魔力を回復させられる。
「まだすべてではないが、これだけ調べても亡霊はどこにもいない‥‥。わたしたちは間違った場所に来てしまったのだろうか‥‥」
天井部分の光もなくなった夜の時間、ツィーネは仲間達と焚き火を囲んだ。
燃料は家の中にあった家具などをばらして使われた。地上の遺跡とは違って、この地下都市の施設はあまり壊れていない。埃や砂こそ酷かったが、風化も殆どしていなかった。
「どこにもおらんなんて不思議やな〜。なぁ、ツィーネはん」
ちゃっかりとイフェリアはツィーネとリンカの間に座って白湯を頂いていた。
「まだ時間はある。明日はもっと細かい所まで調べてみよう」
淡々と話しながらもエイジの瞳は興味の輝きで満ちている。この地下にある町には変わった構造の建物が多かったからである。
「テントにレジストマジックをかけておいたわ」
リスティアは就寝時に襲われても亡霊等の攻撃を退けられるように魔法の防御膜を各テントに付与してくれた。
「とにかく地図の他にも、次の機会に役立つ何かを手に入れておきたいものだな」
「それはあたいも考えていた。気にかかるものがあればとりあえず記録し、出来れば持ち帰りたいものだ」
円巴とリンカの意見に多くの仲間達が賛同してくれる。
「まずは俺が見張りを引き受けよう」
立ち上がった西中島は側にいたペガサス・光刃皇のたてがみを撫でた。
「それでは私もピエタと一緒に」
グリフォンの世話をしていたオグマも最初の見張りを引き受けてくれる。
「ツィーネ、カーデリは一体どこにいると思う?」
シュネーはテント内で寝転がりながら、まだ瞳を閉じていない隣のツィーネへ問いかけた。
「そうだな‥‥。ここには確かに亡霊は見あたらないが、結構近くにいるとわたしは考えている」
しばらくシュネーとツィーネは話してから眠りに就くのであった。
●双子の町
翌朝から調査は再開された。
連れてきたペガサスやグリフォンを活用して空中から、または地上から壁の隙間をなぞるようにして冒険者達は亡霊等の姿を探す。
この地下の町がズノーリムでないとすれば、別のどこかに存在するはずである。そしてここから繋がる秘密の通路があるはずだと冒険者達は想像していた。
「ここは‥‥。いやに歪んだ構造の部屋だな」
怪しげな建物の広間を発見したのはエイジであった。
目の錯覚で壁があるように見えるが、実は暗闇が続く通路が存在していた。仲間を呼び集めて詳しい調査が行われる。
「少し奥に入ると、たくさんの亡霊がいるはずだわ」
リスティアが通路の奥に不死者がたくさんいる事を告げる。
「この奥が怪しいのか」
オラースは戟を宙で一回転させてから戦いの準備を始めた。
「一気に殲滅しかないだろう。俺が突っ切って光刃皇にホーリーフィールドを張ってもらおう」
西中島はさっそうとペガサスに飛び乗る。
この戦いは迅速さが求められた。通路の入り口部分を塞ぐようにリスティアが強固なホーリーフィールドを張る。
各自、補助魔法の付与が終わった。リンカ、オグマが片膝を立てて並び、魔力を矢へ込められる弓を構えた。
通路の奥は真っ暗で何も見えなかったが、リスティアによれば一直線の先に不死者がたむろっているという。その言葉を信じてリンカとオグマは可能な限りの矢を射ち続ける。
(「来たで〜」)
薄ぼんやりと青白い炎が見えるとイフェリアは手にしていたスクロールを使う。ライトニングサンダーボルトの稲光を青白い炎の中心へと叩き込んだ。
「行くわよ!!」
続いてシュネーがグリフォンに乗って通路へと勢いよく突入する。続いてペガサスを駆るオラース。その後ろを西中島がペガサスで床ギリギリの低空を飛んだ。
襲ってきた亡霊をシュネーとオラースが圧倒的な力で蹴散らす。まるで火花のように後白い亡霊等が弾けて四散してゆく。
身体をペガサスに沿うように前屈みにした西中島は、戦う二人の間をすり抜けてゆく。そのまま稲妻の攻撃でぽっかりと開いた亡霊等の隙間へと飛び込んだ。接触攻撃をされてもひたすらに耐えて亡霊の集団から抜け出す。
(「ホーリーフィールドでここを防いでくれ!!」)
西中島はオーラテレパスでペガサス・光刃皇にホーリーフィールドの展開を望む。
光刃皇は位置をずらしながら次々と通路を塞ぐようにホーリーフィールドを張ってくれた。これによって亡霊等は通路の一定区間に閉じこめられる事となる。通路を形成する建材には魔力が込められていて亡霊等は脱出不可能であった。
円巴とツィーネはリスティアが張ったホーリーフィールドを突破されぬように亡霊等を斬って消滅させてゆく。
約百五十メートルの通路内にいた亡霊二十体弱すべてを冒険者達は排除する。
落ち着いた後で冒険者達は通路を進んだ。単体の亡霊と遭遇したが、どれも逃さずに消し去ってゆく。
今は祈る時間はなかった。ツィーネを始めとした何人かの冒険者は心の中で十字を切る。亡霊になったとはいえ、かつて人であったのだから。
「ここが本当のズノーリム‥‥」
円巴の呟きの通り、通路を抜けた先には先程までいた無人の地下空間と似た町並が広がっていた。違うのは青白い炎がそこかしこに漂っている事だ。
「ウチがちと探ってこよか〜」
イフェリアは危険なのでウンディーネの葉月をツィーネに預けてから飛んでゆく。リンカも単独で探りに向かった。
その他の冒険者達は身を隠しながら町並を監視し続ける。
戻ったイフェリアとリンカの報告を聞いた冒険者の多くは驚きの表情を浮かべた。
どうやら単なる印象ではなく、この空間は先程までいた地下の町とうり二つの構造であるらしい。道路の配置、建物の形状までもすべてがそっくりであった。
冒険者達は亡霊等に見つからないうちに、通路を辿ってもう一つの無人の地下空間へと戻る。
そして相談の上、無人となっている地下空間側の詳しい地図を描き上げる事が決められた。
まったく同じならばファントム・カーデリを攻略するのに、これ以上の有用な情報はあり得ない。イフェリアとリンカによれば、特に亡霊等が集まっていた建物も判明している。おそらくその建物にカーデリはいるのだろう。
通路から希に飛びだしてくる亡霊を注意して倒しながら地図作成は進んだ。
帰りの時間を逆算してぎりぎりまで滞在し、冒険者達は地下空間を後にする。
塔の穴を登って地上へ出ると、空飛ぶ絨毯で城へと立ち寄る。報告を聞いたアンゼルム領主は喜び、冒険者達へ追加報酬を贈った。その他に使用した矢に関しても補充が行われるのだった。
●そして
パリへ戻った冒険者達はギルドでさっそく報告を済ませる。続いて出来上がった地図を広げて次回の相談を行った。
カーデリがいると思われる建物は、通路の出口から約五百メートル先に建っている。
石造りの四階建ての屋敷。地下は二階まで存在する。
さすがにどの階にカーデリがいるかまでは判明していなかった。
屋敷周辺の亡霊の数は百を下らないであろう。当然ながら屋敷に辿り着くまでにも多くの亡霊は漂っている。
「どうやってカーデリ・ダマーの元まで辿り着くか‥‥。やはりそれが一番の問題か」
ツィーネは眉間を寄せながら呟く。
深夜まで冒険者達はギルドの個室で相談を続けるのであった。