●リプレイ本文
●馬車
「いつ襲われるかわからないので、寄り道せずに遺跡へ向かおうな、と。上手いことウーバスが倒せれはいいな、と」
「そうだな。早く解決しないと、テオカにまで火の粉がかかる事になるからな」
ヤード・ロック(eb0339)に声をかけられ、外を眺めていたツィーネは振り返って答えた。
一同は馬車や馬などで一団となり、ウーバスを迎え撃つ古代遺跡へと向かう途中である。
「ところで‥‥ツィーネ、何もされなかったか? ハインツのところで」
ギラギラとした目で語るヤードの後頭部を、リスティア・バルテス(ec1713)が杖でコツンと叩く。ツィーネが困った顔をしていたからだ。
「珍しく寝ていないと思ったら!」
リスティアの叱咤をヤードは聞こえないフリをした。そそくさと馬車後部にいって寝転がるといびきをかいた。
「ありがとう。ティア」
「まあ、口は悪いけど、ヤードの心配ももっともなのよね」
ツィーネとリスティアはしばらく二人で話す。リスティアは後であらためて仲間にアンデットの説明をする予定だ。
その近くの席でエイジ・シドリ(eb1875)はリンカ・ティニーブルー(ec1850)から借りた武器の調子を確認していた。簡易縄ひょうは既に製作済みである。
エイジは窓の戸を開けた。
「リンカ・ティニーブルー、貸してくれて助かった」
「いいのさ、それぐらい。それより少し先を見てこよう」
エイジは外にいるリンカに声をかける。リンカは愛犬愛馬と共にセブンリーグブーツで馬車と併走していたのだ。
馬車の外には愛馬スカアハで先導するブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)の姿もある。
「ペガサスの二頭とも、ちゃんとついてきてますね」
ブリジットが馬車の御者をするクリス・クロス(eb7341)に話しかけた。二頭のペガサスとはブリジットのセルフィナとクリスのホクトベガの事だ。
「上空からの監視をしてくれているみたいですね。いつ襲われるかわからないので、なるべく人通りの少ない道を行きましょう」
クリスが答えるとブリジットが頷く。
「寒いでしょう? 御者を代わります」
馬車内から御者台にヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)が現れる。クリスは御者を任せて馬車内に退く。
「そろそろウーバスとの戦いに決着をつけたいものですね」
「来年に災厄を持ち越さない為にも頑張りましょう」
新たに御者となったヴァレリアと挨拶を交わしてブリジットは先導に戻る。
「これなら」
馬車内に魔除けの風鐸の音が届いていた。ハインツが椅子にもたれて寝る横で、オグマ・リゴネメティス(ec3793)は耳を澄ます。
馬車は時々横風であおられる。これなら馬車が走って起こす風ではなく、自然の風といえる。この状態が続く限り、馬車にはアンデットが近寄れない。
「リアナが手に入れてくれた地図‥‥」
オグマは地図を広げた。マオーク町周辺のものだが、正確なものではなかった。マオーク町が廃墟になったのはかなり昔である。必要とされない場所の地図が廃れるのは当然の事だ。
オグマがマオーク町の地図を手に入れたかったのには理由があった。今回ウーバスを倒せなかった場合、次はマオーク町で迎え撃つような予感がしていたのだ。
オグマはその予感が外れる事を祈りながら地図を仕舞った。
●古代遺跡
「見晴らしが‥‥良すぎるといっていいな」
二日目、リンカは夕日の中で周囲を見渡した。地下へと続く古代遺跡の入り口部分を除けば何もない。草原のど真ん中であった。
野営の準備と同時に警戒体制を敷いた。
睡眠を考えて三組の三時間交代である。これなら六時間の睡眠時間を確保出来る。
A班がクリス、エイジ、ヤード。
B班がツィーネ、ブリジット、オグマ。
C班がヴァレリア、リンカ、リスティア。
さっそくC班が休憩に入る。
太陽は沈み、ウーバス襲来の警戒は始まった。
「町なんかだと酒場の姉ちゃんなんかと話せるのにな、と」
古代遺跡近くで焚き火にあたりながら、ヤードは呟く。
馬車は古代遺跡のくぼんだ場所があり、目立たないように停車されている。馬は最低限の頭数が繋がれ、残りはなるべく休めるように古代遺跡への階段の途中で休ませてある。
魔除けの風鐸は馬車に吊り下げられたままだ。澄んだ音が鳴り響く。
「さっき何かいったか? ヤード・ロック」
「なんでもないぞ、と。綺麗所いっぱいだからわがままはいわないぞ、と」
鳴子作りをするエイジの訊ねに、ヤードはとぼけて答えた。
「計画通りウーバスが来るとしたら、どのような攻撃を仕掛けてくるのでしょうか」
エイジとヤードの側で、オグマは夜空を見上げる。星が瞬いているのは上空の風が強いせいだ。もしレイスが飛んでくるならば、すぐに発見出来るはずだ。
「普通に攻撃を仕掛けてくるとは思えませんね。とにかく警戒しますね」
オグマの言葉にヤードとエイジは同意する。
オグマは馬車に注意を向けた。中ではハインツが休んでいる。風鐸が鳴っている今は比較的安心出来るが、問題は自然の風が吹かなくなった時だ。
馬車のすぐ近くではブリジットとツィーネが剣を片手で抱えて待機していた。
「ツィーネさんはウーバスがどうやって襲って来ると思いますか?」
「この場所を選んだときから考えていた事だが、憑依して襲撃するのはまず間違いないだろうな」
ブリジットとツィーネはウーバスについて語る。馬車上空ではペガサスセルフィナが舞う。
しばらくすると焚き火近くにペガサスホクトベガに跨ったクリスが降り立つ。
「かなり遠くまで上空から監視しに行きましたが、怪しいものは発見できませんでした」
クリスの報告の後、今度はヤードがフライングブルームで上空の監視に飛び立つ。出来れば道連れが欲しかったヤードだが、この前懲りたので一人で向かう。
最初だけは六時間後で交代となる。C班とA班が入れ替わった。
「ここで迎え撃つなんて、思い切った手にでたよね‥」
リスティアはツィーネに近寄って話しかける。
「町中で戦うのは無理だからな。ティア、寒いから焚き火の近くの方がいいぞ」
「うううん。ハインツを守らないといけないしね」
答えたリスティアは『ツィーネも』と心の中で呟いた。
「確かに一筋縄ではいかないでしょうが、皆の力を合わせれば、道は開かれるはずです」
ヴァレリアはハインツの守りをツィーネ、ブリジット、リスティアに任せて、焚き火の方に向かった。
「地上からも探った方が万全だからな。行くぞ、黒曜」
リンカは愛犬を連れてセブンリーグブーツで周囲の捜索を始める。
二日目夜から三日目朝にかけて、怪しい兆候は見られなかった。
三日目の日中。そして夜から四日目の朝にかけても何事もない。
事が起きたのは四日目の午後を過ぎた頃であった。
●群れ
最初に異変に気がついたのはリンカであった。彼方に土煙が上がっているのを発見し、仲間に知らせた。
まずは寝ていた仲間を起こす。
クリスがペガサスで上空から確認しに行った。
「馬です。たくさんの馬がこの古代遺跡の入り口に向かって来ています!」
戻ってきたクリスの言葉に仲間は驚く。土煙の幅は尋常ではない。あれが馬の群れならば半端な対応ではどうしようもなかった。
あまりの馬の多さにウーバスは見つからなかった。ウーバスが馬の扱いに慣れた何者かをそそのかしているのは想像出来るが、その正体がわからなければどうにもならないからだ。
逃げだすにも、今から準備したのではやがて追いつかれてしまう。
「動物を使うかも知れないと考えていたが、ここまで大規模とは。仕方がない‥‥。ティア、頼んだ」
「わかったわ。ハインツ、こっちね」
リンカはリスティアに頼んでハインツを古代遺跡内に退避させた。
過去に囚われ、そして脱出したのなら古代遺跡内の地の利はウーバスにある。出来れば使いたくはないが、この状況で安全なのは古代遺跡内しかなかった。馬達やほとんどのペット達も古代遺跡内に移動させる。
馬の大群が間近に迫り、遺跡へと降りる階段の途中に冒険者のほとんどは身を潜めた。
「いくぞ、と」
ヤードがムーンアローを放つ。ウーバスを念じて放つのだが、昼間に遠方のムーンアローの軌跡を追うのは難しい。大体の方向がわかる程度だ。
ただ、術者のヤードに戻ってこないところからして近くにウーバスがいる事は確かだ。
ペガサスに飛び乗ったブリジットが飛翔する。ヤードからフライングブルームを借りたヴァレリアもだ。
階段に隠れたまま、ヤードはムーンアローを唱え続けた。リンカ、エイジ、オグマも射程距離に入り次第、弓をしならせる。最前列の馬を転倒させて全体を転ばそうとするが、簡単にはいかなかった。
ツィーネは階段下に移動して、銀製の檻を動かせるように待機していた。
オグマの清らかな聖水は入り口の周囲に振りかけてある。少しでもレイスのウーバスの侵入を防ぐ為だ。
階段下にはクリスと共にペガサスのホクトベガの姿もあった。入り口を塞ぐようにホクトベガにホーリーフィールドを張ってもらう。
「一人にムーンアローが当たっている? あれですね」
上空のブリジットが古代遺跡とは反対の方向に走る騎乗する者達を発見する。応援を呼ぼうにも古代遺跡を馬の群れが襲う瞬間であった。
仲間なら大丈夫と、ブリジットはヴァレリアと共に逃げる騎乗の者達を空中から追う。すでにムーンアローが届かない位置にまで騎乗する者達は離れていた。
「亡者は本来居るべき場所に疾くお帰りなさい! それが自然の摂理というものですわ」
フライングブルームから飛び降りたヴァレリアはタイミングを計り、コアギュレイトで逃げる一頭の動きを止める。数頭の馬が巻き込まれて転倒してゆく。
ヴァレリアは落馬した者達にピュアリファイをかけた。耐えきれずにレイスが飛びだしたところを叩き斬る。
ブリジットはペガサスで空中を疾走しながら、ムーンアローが当たっていた騎乗の男を追う。そして攻撃を仕掛けた。
騎乗の男も剣で反撃したが大した腕ではない。もたれるように騎乗の男が倒れ、ブリジットは落馬の巻き添えになりそうになる。幸いに避けたが、その間にウーバスが落馬寸前の男から飛びだした。
「ハインツ‥‥とツィーネなる者に‥安らぎはないと‥‥伝えておけ‥‥」
捨て台詞を残し、ウーバスは彼方に消え去る。体勢を立て直したブリジットは、一度は追いかけようと考えるが止めた。馬の群れに襲われた仲間が心配だったのだ。
「この魂が安らかな癒しを得る事が出来ますように」
ヴァレリアはレイスを退治し終わり、簡単な祈りを捧げる。続いて取り憑かれていた者達の治療をリカバーで行う。
古代遺跡に戻ったブリジットは屋根が吹き飛んだ馬車を目撃する。
幸いに仲間は無事であった。怪我をしている者もいたが治療出来る範囲である。クリス、リスティアのリカバーによってすぐに回復がはかられた。
ヴァレリアも取り憑かれていた者達を連れて古代遺跡に戻った。
太陽が地平に沈む。周囲を警戒しながらも全員で話し合いが行われた。
ブリジットによれば、ウーバスはかなりの深手を負ったと思われる。この依頼の間に襲われる事はないともいえた。
ウーバスが残した言葉も、ブリジットの印象によれば負け惜しみに他ならない。
取り憑かれていた者達は馬の牧場で働いていたと一行に告げる。頭の中での囁きに抵抗出来ず、こんな事をしでかしてしまったと悔いていた。
彼らに罪はなく、誰も責めるような真似はしなかった。
●帰路
翌日の五日目はエイジとオグマによって馬車の修理が行われる。
夕方には出来上がるが、屋根のないまるで荷馬車のような馬車が出来上がった。本格的な修理はパリで専門の職人にしてもらえばいい。
早めではあるが六日目の朝に一行は古代遺跡を後にする。取り憑かれていた者達を、望む場所に連れて行ってあげる為だ。
遠回りをしながらも最終日の八日目に一行はパリへと戻った。
真っ先に冒険者ギルドを訪れて報告を行う。
「ツィーネさん、これをクリスマスプレゼントとして、テオカ君に」
「いいのですか? こんな良い物を」
ブリジットがツィーネに手渡したのは十字架のネックレスであった。ツィーネは感謝して受け取る。
ハインツはギルドで待っていた護衛のロウトから追加謝礼金を受け取り、それを冒険者達に手渡してゆく。
「すべてを終わらせる為に‥‥なるべく早めに次の依頼を出したいと考えています。本当に後一歩だと思うのです‥‥。どうにかしてウーバスの思考を先読みすれば、倒せると思うのですが‥」
ハインツは冒険者に感謝し、ロウト、ツィーネと共に屋根のない馬車で邸宅へと戻っていった。
「ツィーネの寝顔は結構かわいいんだな、と」
ヤードの呟きを聞いたエイジは興味をそそられたが、とりあえず黙っておくことにした。
「先読みですか」
「確かに、それが必要か」
オグマとリンカが話し合う。
「ツィーネとハインツが無事だったのはよかったけど‥‥」
リスティアは、まだ二人の危険が去っていない事を心配する。もちろんテオカの事も含めて。
「直接の対決さえできれば、倒せるはずなのです。事実、他のレイスはわたくし一人で倒せたのですから」
「ウーバスを身動き出来なくさえすれば‥‥なんとかなりそうです」
ヴァレリアとクリスも言葉を交わしていた。
冒険者達は依頼が終わった後でも、しばらくギルドで談義を続けた。