●リプレイ本文
●決戦の地
その町の名はマオーク。
廃墟と化して人は住まず、昼間でも様々なアンデットが徘徊する忘却の町。
旧ベルツ邸、ウーバスの屋敷があった場所でもあり、ハインツによる依頼の場に何度もなった土地だ。
「この辺にしましょう。ちょうどよさそうだ」
御者のクリス・クロス(eb7341)が手綱を引いて馬車を停める。他の移動手段で併走していた冒険者も動きを止めた。
場所の決め手はオグマ・リゴネメティス(ec3793)が予め用意してくれていた地図であった。
冒険者達は二日目の昼頃、マオーク町を見渡せる場所に辿り着く。
次々と冒険者達が馬車から降りて野営の準備を行う。ハインツが用意してくれた大量のたいまつを降ろし、テントを張ったり、近くの森で薪を拾う。
「これとこれを組み合わせれば‥‥」
エイジ・シドリ(eb1875)は拾った小枝とロープを使って鳴子を周囲に張り巡らす。自分の持ってきたロープだけでは足りず、仲間のも借りて何カ所かに取り付ける。
道中に簡易縄ひょうと銀付きの網は用意済みだ。作業をしながら幸福の銀のスプーンを貸した時のツィーネの笑顔を思いだし、少しだけ照れるエイジであった。
「なんとか今回で終わりにしたいな、と。あいつとの因縁も」
ヤード・ロック(eb0339)はツィーネの両手を握り、顔を近づける。
「それはそうなんだけど‥‥。ヤード、ここは女性用のテントだぞ」
ツィーネがヤードのおでこに腕を突っ立てて顔を遠ざける。それでもヤードは屈しない。
「また来たのね!」
プンスカと眉を吊り上げたリスティア・バルテス(ec1713)によって、ヤードが女性用テントから摘みだされる。
「まあ‥‥あれでもヤードはツィーネを心配しているのよね。今度こそ、決着をつけよう。ウーバスに」
「そうだな。ティア。哀しい出来事はここで終わりにしよう」
リスティアの言葉にツィーネは強く頷いた。
「作戦通りに睡眠をとらせてもらうよ」
リスティアの友人である蓬仙霞(eb9212)もテント内に現れる。
既に班分けは決まっていた。
A班がクリス、エイジ、ヤード。
B班がツィーネ、ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)、オグマ。
C班がヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)、蓬仙、リスティア。
三組の三交代が冒険者達の案だが、深夜から朝にかけての六時間は全員で事に当たるべきだとツィーネは進言する。アンデットを考慮するとその方がいいと仲間も賛成してくれて少々の変更が加えられていた。
「C班の休みからだったな。わたしは見張りに向かおう」
ツィーネがリスティアと蓬仙を残してテントを出る。
「今度こそウーバスとの戦いに決着をつけたいものですね。確かに一筋縄ではいかないでしょうが、皆の力を合わせれば、道は開かれるはずです」
「その通りだ。一緒に力を合わせよう」
テントに入ろうとしたヴァレリアとツィーネはいくつか言葉を交わす。ツィーネはそのままB班の仲間の元に向かった。
「しばらく風は吹いてくれるはずです」
オグマはウェザーコントロールで天候を曇りに変えた事をツィーネに伝える。必ずしも曇りならば風が吹く訳ではないのだが、そうなりやすいのは確かである。
魔除けの風鐸はハインツが休む馬車に道中からずっと取り付けられていた。今も涼やかな音が周囲に流れる。鳴っている間はレイスを含むアンデットは周囲に近づけない。
「ジャイアントクロウにも注意が必要ですね」
ブリジットは遠くのマオーク町上空を見上げた。
B班は野営地からマオーク町の方角を監視していた。A班はその他の方角を監視する。
「どうかウーバスを倒して下さい。お願いします」
馬車から出てきたハインツは見張りの冒険者一人一人に声をかけた。そして指輪を渡してゆく。少しでも戦いが有利になるようにと。
C班には交代の時に渡すつもりらしい。
殺されるかも知れない囮役もかなりの覚悟が必要である。ハインツはかなり緊張しているようだ。
時間は過ぎ、夕暮れになる。太陽が沈み、暗闇が訪れた。
夜になると行動範囲が広がるのか、焚き火に誘われるのか、野営地に迷い込もうとするアンデットがいる。大抵は一匹のみで、実力者の多い冒険者達の敵ではなかった。
そんな敵でも緊張を誘うのには充分であった。冒険者達の神経をすり減らしてゆく。
三日目の朝日を観たときに安堵のため息をもらす冒険者は多かった。
●戦いの時
三日目は何事なく過ぎ去る。
四日目も襲うのは緊張だけで何も起こらない。
五日目の深夜、三匹の動物がきっかけとなって戦いが始まった。
焚き火やたいまつによる灯りはあったものの、最初は声のみで何が起きているのか、冒険者の誰にもわからない。
その鳴き声が三匹の猿のものだと知った時には遅かった。置かれた状況としては仕方ないのだが、ウーバスに先手を打たれてしまう。
三匹の猿にはレイスが取り憑いていた。猿達を追いかけてアンデットの群れが野営地に到着しつつある。
「どれがウーバスなのかわかりませんが‥‥、後顧の憂いを無くする為に檻に閉じこめるのは最後の手段。浄化する事を目標としませんといけませんわね」
ヴァレリアは向かってくるアンデットの群れを見据えながらカターナを構える。
「ゾンビや骨の女に興味はないんだぞ、と!」
ヤードは範囲に入る寸前にマグナブローを唱えた。炎の柱が夜空に立ち昇り、辺りを強烈に真っ赤に照らした。アンデットのズゥンビなどが巻き込まれて焼けただれてゆくが、猿達は素速く避けていた。
「二段構えで!」
オグマはヤードに続いてファイヤーボムを唱え、地上すれすれで弾けさせた。倒すまでにはいかないものの、かなりのアンデットの戦闘能力を削いだ事になる。腐った手足が大地に転がった。
「こいつで」
エイジは集めておいた小石をスリングで飛ばして敵を誘導し、予め作っておいた落とし穴に誘導する。エイジ自身が驚くほど効果的にアンデット共が穴へと落ちてゆく。念のために傍らには網や簡易縄ひょうもあった。
「ティア、任せてくれ」
蓬仙は仲間の攻撃をすり抜けて近づいてくるアンデットを切り裂く。多くの敵と対峙する為に足などを狙って動けなくする事を優先させる。
「ウーバスが来たら、浄化するね」
「ティア、任せた」
リスティアは近くにいたツィーネに声をかける。傷ついた仲間もリカバーで癒しながら警戒も怠らない。猿達はいつの間にかどこかに姿を消していた。
ヴァレリアはコアギュレイト、ピュアリファイを活用しながらアンデットを斬り伏せてゆく。それが出来たのも後方に控える蓬仙のおかげだ。少々逃しても安心して任せられるからである。
「ウーバスはどこに?」
ブリジットはペガサスのセルフィナの背中を借り、空中からアンデットを排除しながらウーバスを探す。
いくらアンデットを倒したとしても解決には繋がらない。しなくてはならないのがウーバスの討伐なのをブリジットは重々承知していたからだ。
「一緒に戦っておくれ。ホクトベガ」
道返の石の発動を終えたクリスはペガサスに乗る。どこかにウーバスと仲間のレイス二体がいるはずである。
「当たればいいな、と」
ヤードはムーンアローを放つが、戻ってきて自分に当たってしまう。どうやら近い範囲にはいないようだ。そう考えた矢先、猿の姿を再発見する。第二弾のアンデットを連れて猿が再び戻ってきたのだ。
戦いながらオグマはふと気がつく。風はいつの間にか止んでいた。風鐸の効果は現在無効になっていると。
迫ってくる第二弾のアンデットに向かって、再びヤードとオグマの炎攻撃が加えられた。ほとんど同時期に、三匹の猿から青白い炎が夜空に舞い上がる。
アンデットは腐肉を落としながら野営地に近づく。空飛ぶ青白い炎は夜空を飛び回った。
今度こそはとヤードが放ったムーンアローが漂う青白い炎に突き刺さる。それこそ、レイスのウーバスである。
地上のアンデット侵攻を抑えるのは前衛のヴァレリア、蓬仙。後方からの援護をヤード、オグマ、エイジが行う。
撃ち洩らしをツィーネが片づける。傷ついた仲間をリスティアが癒してゆく。ハインツは馬車から降ろされた銀製の檻近くに立っていた。
ブリジットとクリスはそれぞれのペガサスで宙を駆り、レイスに空中戦を挑んでいた。二人の武器がレイスを捉える。だが残りのレイス一体がペガサスの横をすり抜けてゆく。ウーバスだ。
「エリク!! お前がいなけれ‥‥ば!」
ウーバスは青い輝きを増しながら叫んだ。ハインツは迫り来るウーバスを目撃して身体が固まる。
「ハインツ!」
ハインツを押しのけたツィーネにウーバスが憑依しようとする。ツィーネは痺れるような衝撃に悲鳴をあげた。
「ツィーネ!」
リスティアはピュアリファイを唱え、ツィーネを浄化する。我に返ったハインツもブリジットから預かった清めの塩をツィーネに投げつけた。
堪えられず、ウーバスがツィーネの身体から飛びだす。
その時、風が吹く。魔除けの風鐸が鳴るとウーバスは意志とは関係なく退かざるを得ない。
逃げようとした方向に銀製の檻があり、衝突してウーバスは空中でよろめいた。
二体のレイスを倒し終わったペガサスを駆るブリジットとクリスは、ウーバスに連続で攻撃を加える。
夜空に青白い炎が飛び散った。
ハインツ・ベルツは見上げた。ウーバス最後の時を。
ウーバスはつい先程ハインツの事を『エリク』の名で呼んだ。ウーバスは妹のレイス『エフーナ』とは違い、似ているとはいえ、ちゃんとハインツとその父親エリクを区別していたはずだ。
ハインツの脳裏に考えが過ぎる。結局ウーバスが戦っていたのは自分の父であったのだと。わかっていてなおウーバスが叫んだ名前はエリクだったのだと。
「この魂が安らかな癒しを得る事が出来ますように」
襲ってきたアンデットが倒し終わると、ヴァレリアは地面に膝をついて祈りを捧げた。
クリスもペガサスのホクトベガから降りて十字を切る。
ツィーネも祈り、他の仲間も何名か祈りを捧げた時、朝日が昇り始めた。
六日目の夜明けであった。
●パリへ
リカバーで回復を行った後、一行はすぐに馬車や愛馬でマオーク町近郊を立ち去る。馬車の御者はヴァレリアに任された。
アンデットが現れない安全な場所まで移動すると冒険者達は睡眠をとる。何名かが見張りの為に起きていたが、いつの間にか眠ってしまう。疲労は極度に達していたようだ。
眠らずに起きていたのはツィーネとハインツだけであった。
薪を集める時間もないので、馬車に積んでいたたいまつで焚き火をしていた。離れているとはいえ、仲間が眠る周囲のテント内も多少暖まるはずである。
「もしよろしければなのですが‥‥いえ、是非ツィーネさんにお願いしたい事があります。屋敷に留まってロウトと同じくわたしの護衛をしてもらえませんでしょうか? もちろん相応の報酬は支払います。ロウトもツィーネさんの実力も知っていますし、一人の護衛だとどうしても――」
ハインツの長い説得は続いた。しかしツィーネは首を横に振って答える。
「先はどうなるかはわからないが、冒険者を続けるつもりだ。‥‥いろんな事がある。辛いこともあるのだが‥‥わたしに合っているようなんだ。冒険者というのは」
「そうですか。残念です‥‥。また何かあればよろしくお願いします。いつか依頼を出す事もあるでしょう」
今度のツィーネはハインツに首を縦に振って答えた。
回復がはかれるギリギリの六時間の睡眠を終え、冒険者達はパリへの帰路を急ぐ。
辿り着いたのは七日目の真夜中であった。
「ふぅ、これでとりあえずは一段落‥‥かな、と。ツィーネも安心して自分の部屋に戻れるかな、と」
ヤードはツィーネがハインツの屋敷から自宅に戻るのが嬉しくてたまらないようだ。まるで今回の依頼目的がその為であったかのように。
「ツィーネ、いい? 一段落したけど別れの挨拶は『またね〜』だからね」
迫るリスティアにツィーネはコクコクと頷く。
「もう一度、テオカ君と会いたいですね」
ブリジットにツィーネは感謝していた。ブリジットはいろいろとテオカを気づかってくれていた。
「自分の生きたいように生きてくれ。何かあれば助けにいく」
エイジの言葉は相変わらずクールであったが、心の中が違うのはツィーネもよくわかっていた。
「亡者達も解き放たれたことでしょう。機会があればまた何処で」
ヴァレリアは祈りを捧げ、ツィーネも十字架を手に祈る。
「お元気で。ツィーネさんにセーラ神のご加護がありますように」
クリスにツィーネは感謝する。御者は簡単のようで気をつかうものだ。率先してやってくれたのはとても助かった。
「ティアの協力で来てみたけど、助けになったみたいでよかったよ」
蓬仙のおかげでアンデットの群れを抑えきってウーバスを倒す余裕が出来たとツィーネはお礼をいう。
「まだまだこれからお会いすることもあるはずです」
オグマの風鐸がなければ戦いがより大変になっていたとツィーネは考えていた。強く握手をして別れを告げる。
最後に冒険者ギルドにはツィーネとハインツが残る。護衛のロウトがギルドに訪れて、とりあえずはテオカの待つベルツ邸へと帰宅となる。
それから数日後、ツィーネはテオカと共に自宅へと戻るのであった。