●リプレイ本文
●集落へ
冒険者達は集合場所であるギルドで地図と馬車を受け取った。依頼人ウエストではなく、頼まれたギルド員によって。
クリス・クロス(eb7341)が御者を務めて馬車は発車する。遙か上空にはペガサス・ホクトベガが翼を広げていた。
リンカ・ティニーブルー(ec1850)と国乃木めい(ec0669)は、セブンリーグブーツで拠点とする森外縁の集落へ先に向かう。
ツィーネは馬車の仲間に調べてきた事を話す。
ウエストとロジャーが義賊であったなどの噂はパリには存在しない。見送ってくれた玄間も同じ事をいっていた。
「ツィーネ、普段だと、どんな服を着ているんだ、と」
明るくツィーネに話しかけるヤード・ロック(eb0339)。
「なんかやらしい‥‥。ヤードには気を付けてね、ツィーネ」
ヤードに時折ツッコミを入れるリスティア・バルテス(ec1713)。
「まあまあ、二人とも」
ヤードとリスティアの様子に苦笑いをするツィーネ。
「休日? 工作は楽しいものだ」
エイジ・シドリ(eb1875)は馬車内後部で武器作りをし、たまに気になる話題に参加する。
「皆さん、お元気ですね」
クリスは御者をしながら賑やかな馬車内の話しを聞いていた。会話にはあまり参加しなかったが、楽しい雰囲気は悪いものではない。
馬車一行とは逆に、先乗りしたリンカと国乃木の表情は険しかった。
「禍々しいな」
「まだ日が昇っているというのに、これほどの怪しさは」
集落の近くに視界をはみ出して存在する不気味な森に先乗りした二人は圧倒される。続いて二人は集落民にあたって情報収集を始めた。
二日目の夕方、馬車が集落へと到着して合流するのであった。
●情報
三日目、リンカと国乃木が前日に約束を取り付けておいた老人の家へと全員で向かった。口が重い集落民の中で唯一、森にまつわる話しをしてくれる人物だ。
「昨日、掻い摘んで話してくれた事を、もう一度詳しく教えてくれないだろうか?」
リンカは老人に頼んだ。
老人は暖炉の前で椅子を揺らしながら口を開いた。
「あの森にたくさんの幽霊が徘徊するのは知っておるようじゃが‥‥、どうしてそうなったかを知らぬようじゃな。まずはそこから話そう」
老人は語る。
三年程前までは森を挟んで真向かいの周辺に村があった。
外縁部というより少し中に入った位置にあり、森の恵みで潤っていた村である。森はかなり大きいので集落とはかなりの距離だ。
老人は村がみまわれた大虐殺に触れた。この集落の者誰でも知っている惨事だが、起きた理由までは誰も知らない。老人を除いて。
伝聞によれば、村に盗賊の宝が隠されているとの理由で、別の盗賊達が襲ったそうだ。結果、宝が見つからなかった腹いせと口封じの為に村の人々は殺されてしまった。
(「もしや‥‥」)
話しを聞きながら国乃木は想像する。すべてではないが、今まで地図が収められていた小箱があった場所には幽霊が存在していた。もしかすると小規模ながら盗賊によって同じような事がそれらの場であったのでないかと。
老人の話しは続く。
大虐殺の後、報われぬ魂は昇天せず、この世を彷徨う事となる。森の幽霊徘徊の始まりであった。
『しかし』と老人は話しを続ける。
集落の人々の多くは大虐殺後に幽霊の徘徊が始まったと考えているが、元猟師である老人の意見は違っていた。それ以前にも森には幽霊がいたと。
確かにたくさんの幽霊徘徊が始まったのは大虐殺後だが、既に五年程前から森の奥深くでは彷徨っていたという。
「しかし村の人々を皆殺しなんて‥‥」
ツィーネの呟きに老人は首を横に振る。
「わしに大虐殺の真実を教えてくれた人物は、たった一人の村の生き残り‥‥。生きているならば、まだ森の中に住んでおるはずじゃ」
老人の言葉に一同は驚く。幽霊は狂気にかられるものだ。その幽霊が徘徊する森の中に人間が住むなど普通はあり得ない。
「なんでも村の生き残りの自分だけには危害を加えないといっておった。まあ、年月を経るごとに狂気は強まる。いつか取り憑き殺されるだろうとはいっておったがな」
老人は生き残った村人を今なら40歳ぐらいの男性と語った。
「これに頼めるだろうか?」
エイジは預かっていた森の地図を取りだし、老人に男が住んでいるはずの小屋の位置を教えてもらう。
老人の家を後にし、冒険者達はそれぞれに情報集めを開始した。
「これは、参りました‥‥」
ペガサスに跨り、上空から森を探ろうとしたクリスが呟く。
森に近づこうとすると、たくさんのレイスが一斉に襲いかかってくる。あらかじめ空中に張っておいたホーリーフィールドを壁にして逃げたので大事はない。
森の内部を調べられなかったが、空からの侵入は不可能なのがよくわかったクリスであった。
「こりゃ大変なんだぞ、と‥‥」
ヤードは岩陰に身を潜める。試しに森に入る直前の位置でレイスを念じながらムーンアローを放った所、見事に当たったのだ。
最大射程は約200メートル。まさかこんな近くにいるとはヤードは本気で思っていなかった。
幽霊がいなければ自らに当たるのは一応覚悟していた。ツィーネの必死さにちょっとだけ心が動いてたせいだ。
まさに幽霊が徘徊しているやっかいな森である。
レイスがいなくなると仲間のいる集落へ戻るヤードであった。
ヤードとは別な方角からエイジは森を調べていた。
「比較的大きな草食動物が好む植物は食べられていない。つまり、動物も幽霊の被害を受けていることになる」
エイジが気にしていたのは植生に関してである。
国乃木から借りた道返の石の発動させて少しだけ森の中に入っていた。幽霊の分布に何か関係するのではと考えていたのだ。
普通なら森を挟んで集落の反対側にあった村の辺りに幽霊が出没するはずだが、老人によれば森全体に分布しているようだ。
残念ながら植物との因果関係は見つけられない。しかし幽霊の被害が野生動物にまで影響している事はわかった。
リスティアは集落の礼拝所を訪れる。
残念ながら定住している聖職者はいない。
二ヶ月に一度、周囲の村や集落を巡回している司祭がいるらしい。この間来たばかりでしばらくは訪れそうもなかった。
礼拝所を管理している集落の者は何も語ろうとはしなかった。森の幽霊を言葉にするだけで呪われると信じられているようだ。
リスティアは集落の人々の生活をかき回すつもりはなく、大人しく引き下がった。
「ティア、どうだった?」
外で待っていたツィーネがリスティアに近寄る。
「ダメね。老人のいった以上を知るには森に入るしかないみたい。後は森に住む男の人に聞くしかないわ」
「どちらにしろ、森に入らなければならないか‥‥」
リスティアとツィーネは歩きながら遠くの森のシルエットを眺めた。
●森の小屋
五日目の朝、冒険者達は老人に馬車と馬を預けて森に足を踏み入れる。
まずは森の中に住む男の小屋が目的地とされた。比較的幽霊が現れない地域を教えてもらい、地図を見ながら進んだ。
道返の石は常に発動される。黄金の枝の準備も整えられていた。しかし少ないはずの幽霊は想定を上回る。
「そこだ! ツィーネ・ロメール、そっちに一体向かった!」
手裏剣などを取り付けた槍風武器でエイジは天を突いた。
「ホクトベガ、頼みますよ」
クリスは歩かせて連れてきたペガサスにホーリーフィールドを張ってもらう。自らは短刀で戦いながら、主に仲間の回復に努めた。
「そちらをお願いします!」
「わかったわ!」
国乃木とリスティアはホーリーフィールド内で止めのピュアリファイを計る。
「ツィーネ、気をつけろよ、と!」
ヤードはムーンアローで幽霊に対抗した。なるべく遠距離を狙い、仲間の近くに来たときには疲弊するようにしておく。
「こっちだ!」
リンカは三本の矢を魔弓で同時に放つ。これによって一気に幽霊を瀕死に追いつめてゆく。
「これでは‥‥」
ツィーネは悲しい瞳で消えてゆく青白い炎を見つめた。
100メートルも歩くと幽霊に遭遇してしまう。一体ずつ、倒していかなければならなかった。
最初はなるべく浄化するように努めていたが、余裕がなくなってきて危うくなる。
日が暮れて夜になっても進みを止める事は出来なかった。こんな場所で野営をするのは自殺行為だからだ。
ランタンを灯して冒険者達は森の中を歩き続ける。
戦いによって魔力も尽きかけた頃、ようやく目的の男の小屋まで辿り着いた。
「こんな場所に人が訪ねて来るとは!」
男は驚きの声をあげながら、冒険者達を小屋の中に入れてくれる。
小屋には滅多に幽霊は現れないと男はいう。冒険者達は急に身体から力が抜け落ちる。
既に時間は深夜だ。
ツィーネ、エイジ、リンカは、念の為の見張りを行った。疲労はかなりであったが、ここは踏ん張り所である。
魔力の必要な冒険者達が先に眠る。
交代をして睡眠をとり、全員が回復したのは六日目の暮れなずむ頃だった。
●ロジャー
冒険者達はなるべく言葉を選び、男に村で起きた大虐殺についてを訊ねた。
思いだしたくない過去であるのは、誰にも容易に想像出来る。しばらく男は黙っていた。
「‥‥もしかするとあんた達が、この森、そしてあの村で起こった悲劇に救いをもたらしてくれるのかも知れん。手伝いは出来ないが知ってる事は話そう」
男は語り始める。
盗賊が村を襲っている間、男は最初に崩された見張り台の瓦礫の下に埋まっていた。息を殺して、瓦礫の隙間から見えてしまう残虐非道な行いから目を背ける事しか出来なかった。
「盗賊共の会話によれば、なんでも『ロジャー・グリム』という泥棒がいて、盗んだ宝を溜め込んでいたそうだ。盗賊のギルドやら寄り合いには所属していなかったらしい。ロジャーには収集癖があって、盗んだ品を市場に出さなかったともいっていた。だから足取りが掴めなかったんだろうな」
「コレクターなら、確かに手放しはしない‥‥」
男の言葉にエイジが同感する。
「ロジャーという奴は、特に宝石や金が使われた身につける装飾品に目がなかったようだ。ロジャーが村に居たという情報で盗賊共はやってきたようだが‥‥ロジャーどころか、よそ者が住み着いた例なんてありやしない。あの村で生まれ育った俺がいうんだから間違いはねえ。偽の情報のせいで村はあんな目に‥‥」
男は冒険者達に背中を向ける。
「‥‥盗賊共は『眩しき翼の王冠』ってのを特に欲しがっていたよ。パリならどんな品物か、調べればわかるんじゃねえかな」
「ロジャーのこと、教えてくれてありがとう。あの‥‥『ウエスト・オリアイリ』って知らないかな? 偽名かも知れないけど」
リスティアは依頼人のウエストについて訊ねてみるが、男は知らないようだ。
話題は五年程前からいるらしい森の最深部の幽霊に移る。
男は村が平和であった頃、森の最深部までは行っていなかった。噂も聞いた事がない。
「だが‥‥、こうやって森に住み始めてから一度だけ奥に入った。その時、変わった幽霊を見かけたよ。かつて同じ村の住民であった幽霊ではなく、知らない顔だった。他の幽霊より強く輝いているような感じで、ずっとうめき声をあげていたな。さすがに危険を感じて近寄らなかったが」
男は小屋の荷物の中から指輪をいくつか取りだした。
「その時、近くにこんな物が落ちていた。何かの役立つかも知れない。持っていけ」
冒険者達は男から指輪を受け取った。
「そうだ。一つだけうめき声ではなくて、はっきりとした言葉があった。『眩しい翼のなんとか』っていってたよ」
「きっと『眩しき翼の王冠』だぞ、と」
ヤードが男の話しに、集落の老人の言葉を思いだして呟いた。
●帰り
七日目の朝、冒険者達は森の外縁部を目指した。
森に住む男が先導してくれたおかげで幽霊に襲われるずに済んだ。ただし、うろつきながら様子を窺う幽霊も多くいる。
「どんなに繕っても、こいつらがモンスターなのは間違いない。あんたらだけなら襲われるしな。それを倒すのに文句はない。だが、俺にとっては親しい隣人だった。できるだけ安らかに倒してやってくれ。頼むよ」
男が寂しそうに冒険者達へ頼んだ。ランタンで周囲を照らす国乃木は頷いた。
真夜中になったが、無事に森の外縁部まで冒険者達は辿り着く。
男も冒険者達と一緒に一晩を野営で過ごした。朝になると森の中に帰ってゆく。
冒険者達は集落へ向かい、老人に森であった事を話した。そして九日目の朝、預けていた馬車を受け取ってパリへの帰路についた。
●ウエスト
十日目の夕方、冒険者達はパリに辿り着き、そのままギルドへと向かった。
依頼人である中年紳士ウエストは待っていた。
「森の中には――」
リンカは仕方なく森について知った事を伝える。それが依頼であったからだ。
とても不本意であった。
もしかするとウエストは大罪人かも知れない。リンカはウエストが村の大虐殺を指揮した首謀者ではないかと考えていた。だが、今のところ何も証拠はなかった。
「ありがとうございます。これで大分がわかってきました。次回は、」
「次回はない。少なくともわたしは参加しない」
ウエストの言葉を遮ってツィーネが宣言する。
「ロジャーとお前は義賊ではなかった。そしてあの森の周辺では、ロジャーを追っていた盗賊共によって村が一つ消されていた。わたしはロジャーの足取りを未だに追っている人物を一人知っている‥‥。ウエスト、お前が村を消したんじゃないのか?」
「面白い事を仰る。ツィーネさん、今日はここまでにしましょう。落ち着いたら考え直してくださいね」
ウエストは帽子を被り、ギルドから消える。
「ツィーネ、これからどうするの?」
リスティアが心配そうに訊ねた。
「『眩しき翼の王冠』について調べれば何かわかるはずだ。ウエストは何か悪巧みを考えている。それを止めなければならない。悲しい人達が増えるのはたくさんだ‥‥」
ツィーネが呟いた悲しい人達とは森に彷徨う幽霊達の事である。
「高価な品なら貴族がまず思いつきますが」
「わたしもその辺りからではないかと――」
ツィーネにクリスが話しかける。
「ツィーネ、パリでデートならいつでもつき合うぞ、と。あっ!」
ヤードがツィーネに近づこうとすると間にリスティアが割り込んだ。
「ツィーネ・ロメール、次はパリでの情報集めなのか?」
「そうなるはずだ。よかったら一緒に。いつも頼りにしている」
ヤードとリスティアがいがみ合っている横で、ツィーネとクリスの会話にエイジが加わる。
「ウエスト‥‥、いけ好かないな」
「今でも村を消滅させるぐらいの力を持っているのかが心配だ」
さらにリンカも加わった。
「喧嘩はいけませんよ」
国乃木がヤードとリスティアの喧嘩を収める。
冒険者達は報告を終えてもしばらくギルドで話し続けるのだった。