●リプレイ本文
●苦悩
一日目の朝、一行の馬車はパリを出発する。
御者を引き受けたクリス・クロス(eb7341)が後ろの馬車内を眺めると、誰もが押し黙っている。
テオカが誘拐されて一番落ち込んでいるのはやはりツィーネのようだ。リスティア・バルテス(ec1713)に寄りかかって俯いている。
いつものんびりとした様子のヤード・ロック(eb0339)には怒りの表情が見て取れた。
エイジ・シドリ(eb1875)は普段通りに道具作りをしているが、どことなく手さばきに覇気がない。
一番端の席でリンカ・ティニーブルー(ec1850)が小箱を膝の上に乗せて外を眺める。考え事をしているようだ。
オグマ・リゴネメティス(ec3793)は吊した魔除けの風鐸を見つめていた。
クリスは出発前に行方不明者としてテオカの名を官憲に報告しておいた。大した効力がないのはわかっているがもしもの為だ。
ペガサス・ホクトベガが上空からちゃんとついてきている。馬車を牽く馬以外のペットは馬車後部に乗せられていた。
冒険者達は夕暮れが近づいて野営を行う。焚き火を囲んで保存食を口にする。
「‥‥テオカの事、ハインツにも伝えておいたぞ、と」
ヤードが嫌っているハインツに連絡をとった事実は多くの冒険者にとって驚きであった。特にリスティアが瞬きを何度もする。
ヤードは家を出かける時、地図を使ってテオカの居場所をダウジングで占ってみたが成果はなかった。余計な心配をかけない為にツィーネには内緒にしておく。
「心配するなといっても無理だろうが、相手は犯罪のプロだ。こんな事をいっては変だが、プロだからこそ取引がある限り、奴らはテカオを害せない」
リンカがツィーネに水を汲んできたカップを手渡す。
「ありがとう」
ツィーネは受け取るとカップの水を見つめた。
「まずは慌てないことが大切です。テオカ君を救出するには遠回りに感じられますが、結局ウエストと取引する事が一番の近道であるように思えます。みんなで決めた事はきっと正しい選択ですよ」
クリスはツィーネに元気づけようとする。
「そうよ、ツィーネ。王冠を見つけたら、こっちの方が有利になるかも知れないしね」
リスティアは笑顔でツィーネに話しかけるが心の中は違う。ウエストに対して腹の中が煮えくり返っていた。
「森に男が住んでいる小屋まで行き、説得して、奥まで案内してもらうのが、まずはやるべき事だな」
エイジが薪を焚き火にくべる。
「『眩しき翼の王冠』を手に入れれば問題はないのですよね?」
オグマは参加していなかった頃を報告書や仲間から聞いて補完していた。ただ今一要領を得ない部分もあるので、今回は仲間の意向に沿って動く事にする。
「そうだ。その前にまずは小屋の男を説得する事が第一だ。この前、名前を聞いても教えてくれなかったのは、警戒されていた事に他ならないからな」
リンカは小屋での会話を思いだす。
男には協力をするつもりはないとはっきりと言葉にしていた。村の大虐殺を瓦礫の下で見ている事しか出来なかった男にとっては思いだしたくはない過去だからだ。しかし悲劇に救いをもたらしてくれる存在と自分達を評価してくれたのもまた事実である。
ツィーネが立ち上がり、自分の頬を叩く。
「今は王冠を手に入れる事だけを考えるようにする」
気合いを入れ直したツィーネは仲間に微笑むのだった。
●森
一行が森の外縁部に到着したのは二日目の夕方であった。
小箱内に入っていた紙片を組み合わせて出来上がった大元の地図はなかったが、大まかな写しをツィーネは持っている。抜け落ちた情報が重要かそうでないのかは今の所わからないが、それでもとっかかりにはなる。
馬車を集落に預けると、そのまま一晩を野営で過ごした。
翌朝の三日目、冒険者達は徒歩で森に足を踏み入れる。
「悔しいなぁ‥こうするしか手がだせないなんて‥」
リスティアの呟きに反論する者はいない。
クリスはいざという時の為に手綱を引く形でペガサスを連れてゆく。他に連れてゆくのはリンカの愛犬二頭だ。他はすべて馬車と一緒に集落で預かってもらう。
オグマの魔除けの風鐸のおかげか以前と違って幽霊共は襲って来なかった。遠くで窺うように漂っているのは視認出来る。ただし、いつ風が止むかもしれない。森の外では吹いていても内では木々に遮られて無風の場合もあり得る。油断は禁物であった。
ヤードは植物が行く手を阻んでいる個所をプラントコントロールで退ける。
リンカとオグマは魔力を込められる弓と矢を持ち、常に撃てる体勢を保ちながら進んだ。
リスティアもピュアリファイをいつでも放てるように心構えを持つ。
エイジは作った槍風の武器を手に先頭を歩いた。
以前の向かった時とは違って順調であった。夕方には小屋へと到着する。
男は小屋に入れてくれたが言葉数は少ない。以前に冒険者達が訪れた時に知っている全ては話したからだ。
冒険者達は森の奥を調べる為の拠点として小屋の周囲を貸して欲しいと男に頼んだ。
男はため息をしながら首を横に振る。
「知っていることは話すといったが、手伝いは出来ないとちゃんと答えたはずだ。世を捨てた俺を煩わせないでくれ。いつか腐ってこの森の大地に戻るのが望みなんだ。その時が来るまでは穏やかに生きていきたい」
男の後ろ向きさを諭したくなる冒険者達であったが、そこまでの心境になった理由があるのだろうととどまる。ウエストが仕掛けたと思われる森外縁にあった村の大虐殺は、それだけ酷かったのだろう。
小屋の片隅には十字架があった。
「テオカが‥‥、テオカが危ないんです」
ツィーネが絞りだすような声で男に事情を話す。テオカを引き取った理由から始まって、幽霊になってしまったテオカの兄を倒した事までを伝えた。テオカの兄はツィーネの恋人であった。そして今、テオカが誘拐されている。たかが財宝一つの為に。
「亡くなった恋人の弟を育てているのは感心するが、俺には関係のない事だ‥‥」
男は泊まるのなら勝手にしろと言い残し、ベットへ潜り込んでしまう。
居心地が悪いのは承知だが、冒険者達は安全を考えて小屋で休む事にする。森に漂う幽霊はかつての隣人である男を今の所は襲わない。近くにいれば安全であった。
一晩が過ぎ去る。翌朝の四日目、男は冒険者達の前に立った。
「手伝ってやる。眩しき翼のなんとかを手に入れれば、テオカってガキは助かるんだな?」
男の問いにツィーネは強く返事をした。
「なぜ気が変わったの?」
「俺が住んでいた村が全滅したのと同じ理由で、大変な目に遭っているガキがいるんだろ? 正直いって、あんたらは気にしちゃいないが、そのガキの為ならって思っただけさ」
リスティアに背中を向けたまま、男は答える。
「とにかくありがとう‥‥。名前、教えてくれるかな?」
「ザオって呼んでくれ。やると決めたからには森の奥まで連れてってやる。用意しな」
ザオはリスティアの頭に手を乗せながらすれ違うと、出かける為の準備を始めた。
「ツィーネさん、よかったですね」
「泣いてなんかいられないのに‥‥。ありがとう、クリス」
クリスが優しい言葉をかけるとツィーネの瞳から涙が零れ落ちる。その様子を見たヤードが慌ててツィーネに近づく。
「ヤードもありがとう‥‥本当に」
「お、俺は何にもしてないぞ、と」
ツィーネからヤードの手を両手で強く握りしめる。
「テオカが連れ去られたのを知った時に怒ってくれたじゃないか。あれで充分だ」
「そんな事もあったような、なかったような‥‥。絶対テオカは無事に取り戻すからな。あいつの思い通りにはさせないぞ、と」
ヤードは照れながらもツィーネに誓った。
「これをあの男に渡してくれ。礼といってはなんなのだが」
エイジは手持ちのワインの何本かをツィーネに預けた。女性から手渡された方がいいだろうとエイジは考えたのである。
「少し違う幽霊がどんな相手なのかが問題ですね」
手際のよいオグマは既に準備を完璧に整えてあった。他の冒険者も急いで支度をする。
用意が出来次第、一行はザオと共に森の奥へと出発するのであった。
●森の深淵
注意深く、いつでも戦闘に入っても対応出来るように前衛は武器を手にしている。後衛は魔法が唱えるように備えていた。
昼間なのに暗い状況も多く、たいまつやランタンが必需品であった。
森の中は起伏が激しくて大きな岩も転がっていた。それらをすり抜けたり、または魔法を使って排除しながら進んでゆく。
まだ暮れなずむ頃であったが、ザオの提案で早めの野営を行った。このままだと今日中に他のとは異質な幽霊が徘徊する場所に着いてしまうからだ。
幽霊が徘徊する夜を緊張状態のまま野営で過ごす。
五日目の朝日が昇ると同時に一行は問題の場所へと向かう。
そこは深くはないが窪んだ土地になっていた。
鬱蒼と茂った草木のせいでとても暗い。だからといって不用意に幽霊がいる近くで灯りは使えなかった。
途中で白骨化した遺体を発見する。レミエラを握ったまま亡くなっていた。
全員が息を殺しながら一歩一歩近寄る。やがて薄暗い中にポツリと輝く何かを見つけた。
リスティアは正体をスペクターだと判断する。レイスより上位の幽霊だ。加えて普通のスペクターとも、どこか違うような気がするとリスティアは囁く。
スペクターは何かを喋っているようだが、はっきりと聞き取れなかった。
低い土地のせいか風は吹いておらず、状況的には不利である。
スペクターの狂気は危険だと、リスティアが仲間に注意を促す。だが、このままでは埒があかないのも事実であった。
オグマがリヴィールエネミーで調べてみるが、やはり敵意があると出る。
それでもヤードはテレパシーで訊ねてみた。手掛かりを得る為だ。
(「お前さんは一体王冠の何を知っているんだぞ、と」)
最初の問いかけにはスペクターの反応がなかった。引き続き話しかけると、輝きが増したような印象を受ける。
「登れ!」
リンカが叫んだ。
「援護します!」
オグマが矢を放ってスペクターを威嚇する。リンカも後退しながら矢を放つ。
プラントコントロールで動かすにはあまりに周囲の草木が多かった。スペクターは木々の隙間を縫うように飛びながら攻撃を仕掛けてくる。
全員が泥の斜面を登り、脱出をはかった。
「あ!」
「ツィーネ・ロメール!」
ツィーネが足を滑らせて斜面に転倒する。エイジは槍状の武器を差し伸ばしてツィーネに掴まらせると引きあげた。
「逃げましょう!」
クリスがペガサス・ホクトベガに跨り、ツィーネとエイジの上空にホーリーフィールドを張って武器を手に盾となる。
エイジがツィーネの肩をスカーフで縛る。転んだ拍子でツィーネは怪我をしていた。
「ツィーネ、こっちよ!」
リスティアがピュアリファイでスペクターを牽制すると、ツィーネの手を握って駆けだした。
「こっちだぞ、と!」
ヤードはスペクターを引きつけるべく、グラビティーキャノンを派手にぶっ放す。魔力の補給に実もかじって。
「これが見えないか!」
リンカも囮となる為にツィーネから預かった小箱を高く掲げた。愛犬二頭も激しく吠えまくる。
あきらかにスペクターの様子に変化が起こった。リンカばかりを狙うようになったのである。
一行が散らばったせいか、他の漂っていたレイス共も攻撃を仕掛けてくる。
後退しながらの戦いは長引いたが、ある一定の場所を越えるとスペクターは追いかけて来なくなる。
「眩し‥き翼の王冠は俺の‥‥ものだ‥! 渡さん!」
去り際のスペクターのはっきりとした叫び声を誰もが耳にした。
●そして
一行が森の小屋に戻ったのは六日目の昼頃である。ツィーネの怪我が大した事なく済んだのは仲間のおかげであった。
一晩を過ごして森外縁部の集落へと向かう。ザオはこれからも手伝ってくれるのを約束して森の小屋に戻ってゆく。
疲労が溜まっていたので一行は集落で休養をする。九日目の朝、預けておいた馬車でパリへの帰路についた。
スペクターの叫び声から想像されるものは一つしかあり得なかった。あのスペクターこそ、『ロジャー・グリム』のなれの果てではないかと一行の誰もが考えていた。
リンカは小箱についても考察する。少なくともあのスペクターが執着する品物の一つである事は間違いないと。
十日目の夕方にパリに戻るものの、ウエストからツィーネへの接触はなかった。ウエスト側の条件を探りだしたかったクリスは残念がる。
王冠の前の持ち主であるロームシュト家のミランテ夫人によれば、職人が技巧と時間をあますところなくつぎ込んだ一品で、複製品を作る事は無理なようだ。工作魂が動いていたエイジであるが断念するしかない。
「エイジ、無理に笑わせようとしなくても、大丈夫だから」
「いや、別にそう‥‥ま、そういうことだ」
エイジは最後の最後で頭の上のウサギ耳をツィーネに突っ込まれる。それでツィーネが元気になるのならと、否定する無粋な真似はしなかった。
「ツィーネ、大丈夫よ。テオカ君はきっと」
「ティア」
泣きそうなリスティアをツィーネが逆に慰める。
「これ、受け取ってくれるだろうか。あの遺体の無念を引き受ける為にも」
ツィーネがレミエラをギルドのカウンターで交換して仲間に手渡す。元の持ち主に返してあげたいが、白骨の死体から身元がわかるものは何一つ出てこなかった。
レミエラが世に広まったのは最近だ。危険な森の奥にあった白骨遺体は何なのか。謎が残る。
「ミランテ夫人と相談した上で次の依頼を決めるが、幽霊の森の奥に向かう事になるはずだ」
他の者に聞こえないように、ツィーネは囁くように仲間へ話した。どこにウエストの間者がいるかわからないからだ。
「王冠を手に入れないと、ウエストも現れないのかも知れませんね」
オグマはギルド内を見回した。
「テレパシーでの会話はメチャクチャだったぞ、と。会話は無理だな」
ヤードはスペクターが話しの通じる相手ではないのを改めて口にする。
ツィーネが全員に感謝して解散となる。心配した冒険者の一部はツィーネを家まで送り届けるのであった。